枕草子 第40段 随想的章段
説経師は
説経の講師は顔のよい人がよいと言い、説法の場に通いつめる元蔵人の振る舞いや、聴聞よりもおしゃべりに夢中な人々、さっそうと来てさっと帰る若い貴公子たちなど、説経の場に集まる人々の様子を皮肉をこめて描く。

- 1說說せつ經經きょうははは顏顏かおよきよきよきつとつとつとまもらへまもらへまもらえたるたるたるこそこそこそそのそのその說說とくくく事事ことのののたふとさたふとさとうとさももも覺覺おぼゆれゆれゆれ。。。ほかほかほかめめめしししつれつれつればばばふとふとふと忘忘わするゝるゝるるににに、、、にくげにくげにくげなるなるなるははは罪罪つみやややうううらむらむらんととと覺覺おぼゆゆゆ。。。このこのこの詞詞ことばはははとゞむとゞむとどむべしべしべし。。。すこしすこしすこし年年としなどなどなどのののよろしきよろしきよろしき程程ほどこそこそこそかやうかやうかようののの罪罪つみはははえええがたがたがたののの詞詞ことばかきかきかき出出いでででけめけめけめ。。。今今いまははは罪罪つみいといといとおそろしおそろしおそろし。。。又又またたふときたふときとうとき事事こと、、、だうしんだうしんどうしんおほかりおほかりおおかりとてとてとて、、、說說せつ經經きょうすすすととといふいふいう所所ところにににさいそさいそさいそにににいきいきいきぬるぬるぬる人人ひとこそこそこそ猶猶なおこのこのこの罪罪つみののの心心ここちちちにににはははさしもさしもさしもあらあらあらででで見見みゆれゆれゆれ。。。
- 2藏藏くら人人うどおりおりおりたるたるたる人人ひと、、、昔昔むかしははは御御ごぜんぜんぜんなどなどなどいふいふいう事事こともももせせせずずず、、、そのそのその年年としばかりばかりばかりうちうちうちわたりわたりわたりにににはははましてましてまして影影かげももも見見みえええざりざりざりけるけるける。。。今今いまはははさしもさしもさしもあらあらあらざざざめるめるめる。。。藏藏くら人人うどののの五位五位ごいとてとてとてそれそれそれをををしもしもしもぞぞぞいそがしういそがしういそがしゅうつかへつかへつかえどどど、、、猶猶なお名名な殘殘ごりつれづれつれづれつれづれにてにてにて心心こころ一一ひとつつつはははいとまいとまいとまあるあるある心心ここちちちぞぞぞすすすべかべかべかめれめれめればばば、、、さやうさやうさようののの所所ところににに急急いそぎぎぎ行行ゆくくくををを、、、一一ひとたびたびたび二二ふたたびたびたび聞聞ききききそめそめそめつれつれつればばば、、、常常つねにににまうでまうでもうでまほしくまほしくまほしくなりなりなりててて、、、夏夏なつなどなどなどのののいといといとあつきあつきあつきにににもももかたびらかたびらかたびらいといといとあざやかあざやかあざやかににに、、、うすうすうすふたふたふたあゐあゐあい、、、あをあをあおにぶにぶにぶののの指指さし貫貫ぬきなどなどなどふみふみふみちらしちらしちらしててて居居いたたためりめりめり。。。ゑぼしゑぼしえぼしにににものものものいみいみいみつけつけつけたるたるたるはははけふけふきょうさるさるさるべきべきべき日日ひなれなれなれどどど、、、くどくくどくくどくのののかたかたかたにににはははさはらさはらさわらずずずととと見見みえええむむんとととにににややや、、、急急いそぎぎぎ來來きてててそのそのその事事ことするするするひじりひじりひじりととと物物もの語語がたりしししててて車車くるまたつるたつるたつるさへさへさへぞぞぞ見見みいれいれいれ、、、ことことことにににつきつきつきたるたるたるけしきけしきけしきなるなるなる。。。久久ひさしくしくしく逢逢あははわざりざりざりけるけるける人人ひとなどなどなどのののまうでまうでもうで逢逢あひひいたるたるたるめづらしめづらしめずらしがりがりがりててて近近ちかくくくゐゐいよりよりより物物もの語語がたりししし、、、うなづきうなづきうなずき、、、をかしきをかしきおかしき事事ことなどなどなど語語かたりりり出出いでゝでゝでて、、、扇扇おうぎひろうひろうひろうひろげひろげひろげててて口口くちにににあてゝあてゝあてて笑笑わらひひいさうぞくさうぞくそうぞくしししたるたるたるずゞずゞずずかいかいかいまさぐりまさぐりまさぐり、、、手手てまさぐりまさぐりまさぐりにににししし、、、こなたこなたこなたかなたかなたかなたうちうちうち見見みやりやりやりなどなどなどしししててて車車くるまのののよしあしよしあしよしあしほめほめほめそしりそしりそしり、、、なにがしなにがしなにがしにてにてにてそのそのその人人ひとのののせせせししし八八はつ講講こう、、、經經きょう供供く養養ようなどなどなどいひいひいいくらべくらべくらべ居居いたるたるたるほどほどほどににに、、、このこのこの說說せつ經經きょうののの事事こともももきゝきゝきき入入いれれれずずず。。。なにかはなにかはなにかは、、、常常つねにににきくきくきくことことことなれなれなればばば耳耳みみなれなれなれてててめづらしうめづらしうめずらしゅう覺覺おぼえええぬぬぬにににこそこそこそはははあらあらあらめめめ。。。
- 3さささはははあらあらあらででで講講こう師師じゐゐいてててしばししばししばしあるあるあるほどほどほどににに、、、さきさきさきすこしすこしすこしおはするおはするおわする車車くるまとゞめとゞめとどめててておるゝおるゝおるる人人ひと。。。蟬蟬せみのののはははよりよりよりもももかろげかろげかろげなるなるなる直衣直衣のうし、、、指指さし貫貫ぬき、、、すゞしすゞしすずしのののひとへひとへひとえなどなどなどきききたるたるたるももも、、、狩狩かり衣衣ぎぬ姿姿すがたにてにてにてももも、、、さやうさやうさようにてにてにてはははわかくわかくわかくほそやかほそやかほそやかなるなるなる三三み四四よ人人たりばかりばかりばかり、、、さぶらひさぶらひさぶらいのののものものもの又又またさばかりさばかりさばかりしししててて入入いれれればばば、、、もともともとゐゐいたりたりたりつるつるつる人人ひともももすこしすこしすこしうちうちうち身身みじろきじろきじろきくつろぎくつろぎくつろぎててて、、、かうざかうざこうざのののもともともと近近ちかききき柱柱はしらのののもともともとなどなどなどにににすゑすゑすえたれたれたればばば、、、さすがにさすがにさすがにずゞずゞずずおしおしおしもみもみもみなどなどなどしししててて伏伏ふししし拜拜おがみみみ居居いたるたるたるををを、、、講講こう師師じもももはえばえしうはえばえしうはえばえしゅう思思おもふふうなるなるなるべしべしべし。。。いかでいかでいかで語語かたりりり傳傳つたふふうばかりばかりばかりととと說說とききき出出いでででたるたるたる。。。聽聽ちょう問問もんするするするととと立立たちちち騷騷さわぎぎぎぬかづくぬかづくぬかずく程程ほどにににもももなくなくなくててて、、、よきよきよきほどほどほどにてにてにて立立たちちち出出いづづずとてとてとて、、、車車くるまどもどもどものののかたかたかたなどなどなど見見みおこせおこせおこせててて、、、われわれわれどちどちどちいふいふいう事事ことももも何何なに事事ごとならならならむむんとととおぼゆおぼゆおぼゆ。。。見見み知知しりりりたるたるたる人人ひとをををばばばをかしをかしおかしととと思思おもひひい、、、見見み知知しらららぬぬぬははは誰誰たれならならならむむんそれそれそれにににやややかれかれかれにににやややととと目目めをををつけつけつけててて思思おもひひいやらやらやらるゝるゝるるこそこそこそをかしけれをかしけれおかしけれ。。。
- 4「「「說說せつ經經きょうしししつつつ。。。八八はつ講講こうしししけりけりけり」」」などなどなど人人ひといひいひいい傳傳つたふるふるうるににに「「「そのそのその人人ひとはははありありありつつつややや、、、いかゞいかゞいかがははは」」」などなどなどさだまりさだまりさだまりててていはいはいわれれれたるたるたるあまりあまりあまりなりなりなり。。。などなどなどかかかはははむげむげむげにににさしさしさしのぞかのぞかのぞかででではははあらあらあらむむん。。。あやしきあやしきあやしき女女おんなだにだにだにいみじくいみじくいみじく聞聞きくくくめるめるめるものものものをををばばば、、、されされさればばばとてとてとて始始はじめめめつつつ方方かたはははかちかちかちありきありきありきするするする人人ひとはははなかりなかりなかりききき。。。たまさかたまさかたまさかにににはははつぼつぼつぼさうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどばかりばかりばかりしししててて、、、なまめきなまめきなまめきけさうけさうけそうじじじてててこそこそこそありありありしかしかしか。。。それそれそれももも物物ものまうでまうでもうでをををぞぞぞせせせししし。。。說說せつ經經きょうなどなどなどははは殊殊ことににに多多おおくくくもももきかきかきかざりざりざりききき。。。このこのこのごろごろごろそのそのその折折おりさしさしさし出出いでででたるたるたる人人ひとののの命命いのち長長ながくくくててて見見みましましましかかかばばば、、、いかいかいかばかりばかりばかりそしりそしりそしりひばうひばうひぼうせせせましましまし。。。
現代語訳
説経の講師は、顔のよい人がよい。じっと顔を見つめていてこそ、その説く教えの尊さも感じられる。よそ見をしていると、ふと聞いたことを忘れてしまうので、顔の憎らしげな講師では、聞く方が罪を得てしまうだろうと思われる。こんなことを書くのはやめておくべきだろう。もう少し年が若かったころなら、こんな罪になるような言葉も書き出しただろうけれど、今は罪がたいそう恐ろしい。また、尊いことだ、道心が深いのだといって、説経をするという所に一番に出かけていく人こそ、やはり、私のような罪深い心の者からは、それほどには見えない。
蔵人を辞めた人は、昔は御前駆なども務めず、その年くらいは内裏のあたりにはまして姿も見せなかったものだ。今はそうでもないようだ。蔵人の五位といって、その人をこそ忙しく使うけれど、やはり在任中の名残で所在なく、気持ちとしては暇があるような気がするのだろう、そういう説経の場に急いで出かけるのを、一度二度聞き始めると、いつも参詣したくなって、夏などのひどく暑いときにも、帷子をたいそう鮮やかに着て、薄二藍や青鈍の指貫などを踏み散らかして座っているようだ。烏帽子に物忌みの札を付けているのは、今日は外出を慎むべき日だけれど、功徳のためなら差し支えないと見せようとしてか、急いで来て、その説経をする聖と話をして、車を立てる場所の世話まで焼き、すっかりその場になじんだ様子である。久しく会わなかった人などが参詣していて出会ったのを珍しがって、近くに寄って話をし、うなずき、おもしろいことなどを話し出して、扇を大きく広げて口に当てて笑い、飾り立てた数珠をいじり回し、手でもてあそび、あちこちを見回したりして、車の良しあしをほめたりけなしたりし、どこそこで誰それが催した八講や経供養などを比べ合っているうちに、肝心の説経のことは耳に入れない。なに、いつも聞いていることなので、耳慣れて珍しくも思わないのだろう。
そうではなくて、講師が高座に座ってしばらくたったころに、先払いを少しさせた車をとめて降りてくる人。蝉の羽よりも軽そうな直衣や指貫、生絹の単衣などを着ている人も、狩衣姿の人も、そういう姿で若くほっそりした人が三、四人ほど、従者もまた同じくらい連れて入ってくると、もとから座っていた人も少し身動きして場所を空け、高座の近くの柱のもとなどに座らせると、さすがに数珠を押しもみなどして伏し拝んでいるのを、講師も晴れがましく思うのだろう。なんとか語り伝えられるほどにと、熱心に説き始める。聴聞するといっても、立ち騒いで額ずくほどのこともなく、ほどよいところで立ち上がって出ていこうとして、車の方などに目をやって、仲間うちで話していることも、何を言っているのだろうと気になる。見知っている人なら趣があると思い、知らない人なら誰だろう、あの人か、この人かと目をつけて思いやられるのが、おもしろい。
「説経があった」「八講が催された」などと人が言い伝えると、「あの人は来ていたか。どうだった」などと、決まって言われるのは、あまりのことだ。どうしてまったくのぞきに行かないでいられよう。身分の低い女でさえ熱心に聞くようなのに。とはいえ、昔は徒歩で出かける人などはいなかった。たまに出かけるときも、壺装束などをして、優美に化粧をしていたものだ。それも物詣でをしたのであって、説経などはそれほど多くは聞かなかった。このごろ説経の場に出かけていく人たちを、その昔の人が長生きして見たならば、どれほど非難し、悪口を言ったことだろう。
意訳
説経師は顔のよい人に限る、なぜなら顔を見つめていてこそ尊い教えが頭に入るから。作者はこの大胆な一言で段を始め、すぐに「こんなことは書くべきではない、今は罪が恐ろしい」と自ら打ち消してみせる。続いて、暇をもてあまして説経に通いつめる元蔵人、説経そっちのけでおしゃべりに興じる人々、さっそうと現れて早々に引き上げる若い貴公子たちと、説経の場に集まる人々を活写する。信仰の場が社交と見物の場になっている様子を、作者はおもしろがりつつ、皮肉な目で見ている。
語釈・文法注
- 說經師
- 説経をする僧。法会で経典の意味をわかりやすく説いて聞かせた。
文法
- 「罪やうらむ」
- 罪を得るだろうか。「う」は「得」。
- 「だうしん」
- 道心。仏道を求める心。
- 「さいそに」
- 最初に、真っ先に。
- 「ずゞかいまさぐり」
- 数珠を手でいじり回し。「かい」は接頭語「かき」の音便。
- 「つぼさうぞく」
- 壺装束。女性が外出するときの服装で、着物の裾をからげ、市女笠をかぶる。
解説
冒頭の「説経師は顔よき」は、枕草子の中でも特に大胆で有名な一文である。作者はすぐに「この詞はとゞむべし」「今は罪いとおそろし」と言い添えるが、それもまた、読者を意識した軽妙な語り口である。
説経の場は、当時の貴族にとって信仰の場であると同時に、人に会い、装いを見せ合う社交の場でもあった。作者は、説経そっちのけでおしゃべりをする人々や、さっそうと現れて早々に帰っていく貴公子たちを、観察者の目で描き出している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、194–195頁(コマ100)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日