古今和歌集 巻第十八 雑歌下 969番
今ぞ知る
今こそわかった、待つのは苦しいものだと。人が待っている里には、絶えず訪れるべきであったのだ。
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- 1紀紀きののの利貞利貞としさだががが阿波阿波あわののの介介すけにまかりけるにまかりけるにまかりける時時ときむまのむまのむまのはなむけせむとてはなむけせむとてはなむけせむとて今日今日きょうといひおくれりけるといひおくれりけるといいおくれりける時時ときにここかしこにまかりありきてにここかしこにまかりありきてにここかしこにまかりありきて夜夜よふくるまでふくるまでふくるまで見見みえざりければえざりければえざりければ遣遣つかわしけるしけるしける詞書
- 2今今いまぞぞぞ知知しるるる初句
- 3苦苦くるしきものとしきものとしきものと二句
- 4人人ひとまたむまたむまたむ三句
- 5里里さとをばかれずをばかれずおばかれず四句
- 6問問とふべかりけりふべかりけりうべかりけり結句
現代語訳
〔詞書〕紀利貞が阿波介として下る時、送別の宴をしようと「今日」と言い送っていたのに、あちこち出歩いて夜が更けるまで帰ってこなかったので贈った歌。
今こそわかった、待つのは苦しいものだと。人が待っている里には、絶えず訪れるべきであったのだ。
意訳
友を待つ苦しさを知り、自分も待たせている人を訪ねるべきだった、と反省を交えて詠む。
語釈・文法注
- かれず
- 途絶えずに。
和歌
- 作者
- 在原業平(ありわらのなりひら) 825–880
平城天皇の皇子阿保親王の子。右近衛権中将などを務め、「在五中将」と呼ばれた。仮名序は「その心餘りて詞たらず」と評する。『伊勢物語』の主人公「昔男」のモデルとされる。六歌仙・三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第十八・雑歌下・969番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「紀の利貞が阿波の介にまかりける時むまのはなむけせむとて今日といひおくれりける時にここかしこにまかりありきて夜ふくるまで見えざりければ遣しける」(紀利貞が阿波介として下る時、送別の宴をしようと「今日」と言い送っていたのに、あちこち出歩いて夜が更けるまで帰ってこなかったので贈った歌)。
解説
在原業平の歌。『伊勢物語』第四十八段にも見える。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、174〜175頁(コマ100)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日