古今和歌集 巻第十六 哀傷歌 842番
朝露の
朝露の置く晩稲の山田を刈る、その「かり」ではないが、かりそめに、つらいこの世を思ってしまったことだ。
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現代語訳
〔詞書〕喪に服していた年の秋、山寺へ行く道で詠んだ歌。
朝露の置く晩稲の山田を刈る、その「かり」ではないが、かりそめに、つらいこの世を思ってしまったことだ。
意訳
刈り入れの山田を見て、この世のはかなさを思う。
語釈・文法注
- おくて
- 晩稲。
- かりそめに
- ほんのちょっと。「刈り」をかける。
和歌
- 作者
- 紀貫之(きのつらゆき) 872?–945?
『古今和歌集』の撰者の中心で、仮名序を書いた。御書所預などを経て土佐守となり、任期を終えて帰京する旅を『土佐日記』に書いた。理知的で技巧に富む歌風で、『古今和歌集』に最も多い百首あまりが入る。三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第十六・哀傷歌・842番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「おもひに侍りける年の秋山寺へまかりけるみちにてよめる」(喪に服していた年の秋、山寺へ行く道で詠んだ歌)。
修辞
- 序詞
- 上二句が「かり」を導く。
解説
紀貫之の歌。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、148〜149頁(コマ87)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日