古今和歌集 巻第一 春歌上 52番
年ふれば
年を経たので、私の齢は老いてしまった。そうではあるが、この花を見ると、何の物思いもない。

現代語訳
〔詞書〕染殿の后(文徳天皇の后、明子)の御前で、花瓶に桜の花を挿させておられるのを見て詠んだ歌。
年を経たので、私の齢は老いてしまった。そうではあるが、この花を見ると、何の物思いもない。
意訳
老いた身でありながら、目の前の美しい桜を見れば心配事も忘れてしまう、と詠む。花は娘の明子をたとえ、天皇の后となって栄える娘を見る父の満足が込められている。
語釈・文法注
- 染殿の后
- 藤原良房の娘明子。文徳天皇の后で清和天皇の母。
- しかはあれど
- そうではあるけれど。
- 花をし
- 「し」は強意。
和歌
- 作者
- 藤原良房(前太政大臣)(ふじわらのよしふさ) 804–872
藤原冬嗣の子。娘明子の産んだ清和天皇の外祖父として、臣下で初めて摂政となり、太政大臣に至った。白河殿(染殿)に住んだ。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第一・春歌上・52番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「染殿の后の御前に花瓶に櫻の花をささせ給へるを見てよめる」(染殿の后(文徳天皇の后、明子)の御前で、花瓶に桜の花を挿させておられるのを見て詠んだ歌)。
修辞
- 寓意
- 「花」に后となった娘明子をたとえる。
解説
藤原良房が娘の栄華を喜んだ歌で、摂関政治を開いた人の満ち足りた心がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、9〜10頁(コマ18)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日