古事記 上巻
天の安の河の誓約
別れを告げに高天の原へ昇る須佐之男命を、天照大御神は国を奪いに来たと疑い、武装して迎える。須佐之男命は心の潔白を証すため誓約(うけい)を申し出て、二神は天の安の河をはさんで互いの持ち物から神々を生む。天照大御神の剣から宗像の三女神、須佐之男命が玉から五柱の男神が生まれる。
- 1かれかれかれ是是ここににに速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みことののの申申もうししし給給たまはくはくわく、、、「「「然然しからばらばらば天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみににに請請もうしてしてして罷罷まかりなむりなむりなむ。。。」」」ととと申申もうししし給給たまひてひていて、、、乃乃すなわちちち天天あめににに參上參上まいのぼりますりますります時時ときににに、、、山川山川さんせん悉悉ことごとににに動動とよみみみ、、、國土皆國土皆くにつちみな震震ゆりきりきりき。。。爾爾ここににに天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ聞聞きききき驚驚おどろかしてかしてかして、、、「「「あがあがあが那勢那勢なせののの命命みことののの上上のぼりりり來來きますますます由由ゆえははは、、、必必かならずずず善善よはははしきしきしき心心こころならじならじならじ、、、我我あががが國國くにををを奪奪うばはむとはむとわむと欲欲ほつほすにこそほすにこそほすにこそ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひてひていて、、、卽卽すなわちちち御髮御髮みかみををを解解ときききににに纏纏まかしてかしてかして、、、左左ひだり右右みぎりののの御角髮御角髮みみずらにもにもにも御鬘御鬘みかずらにもにもにも左左ひだり右右みぎりののの御手御手みてにもにもにも、、、各各おのおの八尺八尺やさかのののののの五百津五百津いおつののの美須麻流之珠美須麻流之珠みすまるのたまををを纏纏まききき持持もたしてたしてたして、、、背背そびらにににははは千入千入ちのりのののををを負負おひひい五百入五百入いおのりののの靫靫ゆきををを附附つけけけ、、、亦亦また稜威稜威いつのののををを取取とりりり佩佩はしてしてして、、、弓腹弓腹ゆばら振振ふりりり立立たてててててて、、、堅庭堅庭かたにわははは向股向股むかももににに蹈蹈ふみみみ沒沒なずみみみ、、、沫雪沫雪あわゆきなすなすなす蹶蹶くえはははららかしてららかしてららかして、、、稜威稜威いつのののびびび蹈蹈ふみみみ建建たけびてびてびて、、、待待まちちち問問とひひい給給たまはくはくわく、、、「「「何故何故など上上のぼりりり來來きませるませるませる。。。」」」ととと問問とひひい給給たまひきひきいき。。。爾爾ここににに速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みことののの答答もうししし給給たまはくはくわく、、、「「「僕僕あははは邪心邪心きたなきこころなしなしなし、、、唯唯ただ大御神大御神おおみかみののの御言御言みこと以以もちてちてちて、、、僕僕あががが哭哭なきいさちるきいさちるきいさちる事事ことををを問問とひひい給給たまひしひしいし故故かれににに、、、白白もうしつらくしつらくしつらく、、、『『『僕僕あははは妣妣ははののの國國くにににに往往まからんとらんとらんと思思おもひてひていて哭哭なくくく。。。』』』ととと申申もうししかばししかばししかば、、、大御神大御神おおみかみ、、、『『『汝汝なははは此此こののの國國くににににはははななな住住すみそみそみそ。。。』』』ととと詔詔のりりり給給たまひてひていて、、、神逐神逐かむやらひやらひひやらひいやらい給給たまふふう故故かれににに、、、罷罷まかりりり往往いなむとするなむとするなむとする狀狀さまををを申申もうさんとさんとさんと思思おもひてこそひてこそいてこそ參上參上まいのぼりつれりつれりつれ、、、けしきけしきけしき心心こころ無無なししし。。。」」」ととと申申もうししし給給たまへばへばえば、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ、、、「「「然然しからばらばらば、、、汝汝なののの心心こころののの清明清明あかきこときこときことははは何何なににしてにしてにして知知しらましらましらまし。。。」」」ととと詔詔のりたまひきりたまひきりたまいき。。。こゝにこゝにここに速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、「「「各各おのおのひてひてひて御子御子みこ生生うまなまなまな。。。」」」ととと答答もうししし給給たまふふう。。。故於是速須佐之男命言。然者請天照大御神將罷。乃參上天時。山川悉動。國土皆震。爾天照大御神聞驚而。詔我那勢命之上來由者。必不善心。欲奪我國耳。卽解御髮。纏御美豆羅而。乃於左右御美豆羅。亦於御鬘。亦於左右御手。各纏持八尺勾璁之五百津之美須麻流之珠而。〈自美至流四字以音下效此〉曾毘良邇者負千入之靫。〈訓入云能理下效此自曾至邇以音〉亦所取佩伊都〈此二字以音〉之竹鞆而。弓腹振立而。堅庭者。於向股蹈那豆美。〈三字以音〉如沫雪蹶散而。伊都〈二字以音〉之男建〈訓建云多祁夫〉蹈建而。待問。何故上來。爾速須佐之男命答白。僕者無邪心。唯大御神之命以。問賜僕之哭伊佐知流之事故。白都良久。〈三字以音〉僕欲往妣國以哭。爾大御神詔汝者不可在此國而。神夜良比夜良比賜故。以爲請將罷往之狀。參上耳。無異心。爾天照大御神詔然者汝心之清明。何以知。於是速須佐之男命。答白各宇氣比而生子。〈自宇以下三字以音下效此〉
- 2かれかれかれ爾爾ここににに各各おのおの天天あめのののののの河河かはををを中中なかににに置置おきてきてきて誓誓うけふふう時時ときににに、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ先先まづづず建速須佐之男建速須佐之男たけはやすさのおののの命命みことののの佩佩はせるせるせる十拳劒十拳劒とつかつるぎををを乞乞こひひひ度度わたしてしてして、、、三段三段みきだにににうちうちうち折折おりてりてりて、、、ももも瑲々瑲々もゆらににに天天あめのののににに振振ふりすゝぎてりすゝぎてりすすぎて、、、ににに齧齧かみてみてみて吹吹ふききき棄棄うつるつるつる氣吹氣吹いぶきののの狹霧狹霧さぎりににに成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、ののの命命みこと、、、亦亦またののの御名御名みなははは奧津島比賣奧津島比賣おきつしまひめののの命命みことととと謂謂いすすす。。。次次つぎにににののの命命みこと、、、亦亦またののの御名御名みなははは狹依比賣狹依比賣さよりひめののの命命みことととと謂謂いすすす。。。次次つぎににに多岐都比賣多岐都比賣たぎつひめののの命命みこと。。。速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみののの左左ひだりののの御角髮御角髮みみずらににに纏纏まかせるかせるかせる八尺八尺やさかののの勾璁勾璁まがたまののの五百津五百津いおつののの御統御統みすまるののの珠珠たまををを乞乞こひひひ度度わたしてしてして、、、瓊音瓊音ぬなとももも瑲々瑲々もゆらににに天天あめののの眞名井眞名井まないににに振振ふりりり滌滌すすぎてぎてぎて、、、さがみにかみてさがみにかみてさがみにかみて吹吹ふききき棄棄うつるつるつる氣吹氣吹いぶきののの狹霧狹霧さぎりににに成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、ののの命命みこと。。。亦亦また右右みぎりののの御角髮御角髮みみずらににに纏纏まかせるかせるかせる珠珠たまををを乞乞こひひひ度度わたしてしてして、、、さがみにかみてさがみにかみてさがみにかみて吹吹ふききき棄棄うつるつるつる氣吹氣吹いぶきののの狹霧狹霧さぎりににに成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、。。。亦亦また御鬘御鬘みかずらににに纏纏まかせるかせるかせる珠珠たまををを乞乞こひひひ度度わたしてしてして、、、さがみにかみてさがみにかみてさがみにかみて吹吹ふききき棄棄うつるつるつる氣吹氣吹いぶきののの狹霧狹霧さぎりににに成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、天津日子根天津日子根あまつひこねののの命命みこと。。。又又また左左ひだりののの御手御手みてににに纏纏まかせるかせるかせる珠珠たまををを乞乞こひひひ度度わたしてしてして、、、さがみにかみてさがみにかみてさがみにかみて吹吹ふききき棄棄うつるつるつる氣吹氣吹いぶきののの狹霧狹霧さぎりににに成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、活津日子根活津日子根いくつひこねののの命命みこと。。。亦亦また右右みぎりののの御手御手みてににに纏纏まかせるかせるかせる珠珠たまををを乞乞こひひひ度度わたしてしてして、、、さがみにかみてさがみにかみてさがみにかみて吹吹ふききき棄棄うつるつるつる氣吹氣吹いぶきののの狹霧狹霧さぎりににに成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、熊野久須毘熊野久須毘くまぬくすびののの命命みこと。。。故爾各中置天安河而宇氣布時。天照大御神。先乞度建速須佐之男命所佩十拳劒。打折三段而。奴那登母母由良爾〈此八字以音下效此〉振滌天之眞名井而。佐賀美爾迦美而。〈自佐下六字以音下效此〉於吹棄氣吹之狹霧所成神御名。多紀理毘賣命。〈此神名以音〉亦御名謂奧津島比賣命。次市寸島〈上〉比賣命。亦御名謂狹依毘賣命。次多岐都比賣命。〈三柱。此神名以音〉速須佐之男命。乞度天照大御神所纏左御美豆良八尺勾璁之五百津之美須麻流珠而。奴那登母母由良爾。振滌天之眞名井而。佐賀美邇迦美而。於吹棄氣吹之狹霧所成神御名。正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命。亦乞度所纏右御美豆良之珠而。佐賀美邇迦美而。於吹棄氣吹之狹霧所成神御名。天之菩卑能命。〈自菩下三字以音〉亦乞度所纏御鬘之珠而。佐賀美邇迦美而。於吹棄氣吹之狹霧所成神御名。天津日子根命。又乞度所纏左御手之珠而。佐賀美邇迦美而。於吹棄氣吹之狹霧所成神御名。活津日子根命。亦乞度所纏右御手之珠而。佐賀美邇迦美而。於吹棄氣吹之狹霧所成神御名熊野久須毘命。〈幷五柱。自久下三字以音〉
- 3是是ここににに天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ、、、速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みことににに告告のりたまはくりたまはくりたまわく、、、「「「このこのこの後後のちににに生生うれませるれませるれませる五柱五柱いつはしらののの男子男子ひこみこははは、、、我我あががが物物ものににに因因よしりてりてりて成成なりませりりませりりませり。。。故故かれ、、、自自ずかららら吾吾あががが御子御子みこなりなりなり。。。さきにさきにさきに生生うれませるれませるれませる三柱三柱みはしらののの女子女子ひめみこははは、、、物實物實ものざね汝汝なののの物物ものによりてによりてによりて成成なりませりりませりりませり。。。故故かれ、、、乃乃すなわちちち汝汝なののの御子御子みこなりなりなり。。。」」」斯斯かくくく詔詔のりりり別別わけけけ給給たまひきひきいき。。。於是天照大御神。告速須佐之男命。是後所生五柱男子者。物實因我物所成。故自吾子也。先所生之三柱女子者。物實因汝物所成。故乃汝子也。如此詔別也。
- 4かれかれかれ、、、其其そののの先先さきににに生生うれませるれませるれませる神神かみ、、、多紀理毘賣多紀理毘賣たきりびめののの命命みことははは、、、ののの奧津宮奧津宮おきつみやににに坐坐ますすす。。。次次つぎににに市寸島比賣市寸島比賣いちきしまひめののの命命みことははは、、、胸形胸形むなかたののの中津宮中津宮なかつみやににに坐坐ますすす。。。次次つぎににに田寸津比賣田寸津比賣たぎつひめののの命命みことははは、、、胸形胸形むなかたののの邊津宮邊津宮へつみやににに坐坐ますすす。。。此此こののの三柱三柱みはしらののの神神かみははは胸形胸形むなかたののの君等君等きみらががが以以もちいつくちいつくちいつく三前三前みまえののの大神大神おおかみなりなりなり。。。故故かれ、、、此此こののの後後のちににに生生うれませるれませるれませる五柱五柱いつはしらののの御子御子みこののの中中なかににに、、、天天あめののの菩比菩比ほひののの命命みことののの御子御子みこ、、、建比良鳥建比良鳥たけひらとりののの命命みこと。。。(((此此こははは出雲出雲いずもののの國國くにののの、、、无邪志无邪志むざしののの國國くにののの造造みやつこ、、、上上かみつつつ菟上菟上うなかみののの國國くにののの造造みやつこ、、、下下しもつつつ菟上菟上うなかみののの國國くにののの造造みやつこ、、、伊自牟伊自牟いじむののの國國くにののの造造みやつこ、、、津島津島つしまののの縣縣あがたののの直直あたえ、、、遠江遠江とおつおうみののの國國くにののの造等造等みやつこらののの祖祖おやなりなりなり。。。)))次次つぎににに天津日子根天津日子根あまつひこねののの命命みことははは、、、(((凡河內凡河內おおしこうちののの國國くにののの造造みやつこ、、、額田部額田部ぬかたべののの湯坐湯坐ゆえののの連連つら、、、茨木茨木うばらきののの國國くにののの造造みやつこ、、、倭倭やまとののの田中田中たなかののの直直あたえ、、、山代山代やましろののの國國くにののの造造みやつこ、、、馬來田馬來田うまくたののの國國くにののの造造みやつこ、、、道道みちののの尻尻しりののの岐閉岐閉きへののの國國くにののの造造みやつこ、、、周芳周芳すおうののの國國くにののの造造みやつこ、、、倭倭やまとののの淹知淹知あむちののの造造みやつこ、、、高市高市たけちののの縣主縣主あがたぬし、、、蒲生蒲生かもうののの稻寸稻寸いなき、、、三枝部三枝部さきくさべののの造等造等みやつこらののの祖祖おやなりなりなり。。。)))故其先所生之神。多紀理毘賣命者。坐胸形之奧津宮。次市寸島比賣命者。坐胸形之中津宮。次田寸津比賣命者。坐胸形之邊津宮。此三柱神者。胸形君等之以伊都久三前大神者也。故此後所生五柱子之中。天菩比命之子建比良鳥命。〈此出雲國造。无邪志國造。上菟上國造。下菟上國造。伊自牟國造。津島縣直。遠江國造等之祖也。〉次天津日子根命者。〈凡川內國造。額田部湯坐連。茨木國造。倭田中直。山代國造。馬來田國造。道尻岐閉國造。周芳國造。倭淹知造。高市縣主。蒲生稻寸。三枝部造等之祖也。〉
現代語訳
そこで速須佐之男命は、「それならば、天照大御神にわけを申し上げてから参りましょう」とおっしゃって、天に昇っていかれると、山や川がことごとく鳴りとどろき、国土がみな揺れ動いた。それを聞いた天照大御神は驚いて、「我が弟が上ってくるのは、きっと善い心からではあるまい。私の国を奪おうと思っているのだろう」とおっしゃって、すぐに髪をほどいて男のように角髪に結い、左右の角髪にも髪飾りにも左右の手にも、それぞれ八尺の勾玉をたくさん貫き通した玉飾りを巻きつけ、背には千本の矢が入る靫を負い、胸には五百本の矢が入る靫を付け、さらに勇ましい竹の鞆を腕に着けて、弓の中ほどを握って振り立て、堅い地面に股まで踏み込み、淡雪のように土を蹴散らかして、勇ましく雄叫びをあげて踏みしめ、待ち受けて「何のために上ってきたのか」とお尋ねになった。そこで速須佐之男命は、「私には邪心はありません。ただ大御神(伊邪那岐命)のお言葉で、私が泣きわめくわけをお尋ねになったので、『私は亡き母の国に行きたくて泣いているのです』と申し上げたところ、大御神は『おまえはこの国に住んではならない』とおっしゃって追放されました。そこで、これから立ち去ろうとするわけを申し上げようと思って参上したのです。他意はありません」と申し上げた。すると天照大御神は「それならば、おまえの心が清く明らかであることは、どうしたらわかるのか」とおっしゃった。そこで速須佐之男命は「それぞれ誓約をして子を生みましょう」とお答えになった。
こうして二神は天の安の河をあいだにはさんで誓約をなさった。まず天照大御神が、建速須佐之男命の帯びている十拳剣を受け取って三つに打ち折り、玉の音もゆらゆらと鳴らしながら天の真名井ですすいで、かみにかみ砕いて吹き捨てた息の霧から現れた神の御名は、多紀理毘売命、またの御名は奥津島比売命という。次に市寸島比売命、またの御名は狭依比売命という。次に多岐都比売命。速須佐之男命は、天照大御神の左の角髪に巻いていた八尺の勾玉の玉飾りを受け取って、玉の音もゆらゆらと天の真名井ですすぎ、かみにかみ砕いて吹き捨てた息の霧から現れた神の御名は、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命。また右の角髪に巻いていた玉を受け取って、かみ砕いて吹き捨てた息の霧から現れた神の御名は、天之菩卑能命。また髪飾りに巻いていた玉を受け取って、かみ砕いて吹き捨てた息の霧から現れた神の御名は、天津日子根命。また左の手に巻いていた玉を受け取って、かみ砕いて吹き捨てた息の霧から現れた神の御名は、活津日子根命。また右の手に巻いていた玉を受け取って、かみ砕いて吹き捨てた息の霧から現れた神の御名は、熊野久須毘命。
そこで天照大御神は速須佐之男命に、「この後に生まれた五柱の男の子は、私の持ち物をもとにして生まれた。だから当然、私の子である。先に生まれた三柱の女の子は、おまえの持ち物をもとにして生まれた。だから、おまえの子である」とおっしゃって、このように子を分けて定められた。
そして、その先に生まれた神のうち、多紀理毘売命は胸形(宗像)の奥津宮にいらっしゃる。次に市寸島比売命は胸形の中津宮にいらっしゃる。次に田寸津比売命は胸形の辺津宮にいらっしゃる。この三柱の神は、胸形君らがあがめ祭る三座の大神である。また、後に生まれた五柱の子のうち、天菩比命の子の建比良鳥命は、出雲国造・无邪志国造・上菟上国造・下菟上国造・伊自牟国造・津島県直・遠江国造らの祖先である。次に天津日子根命は、凡川内国造・額田部湯坐連・茨木国造・倭田中直・山代国造・馬来田国造・道尻岐閉国造・周芳国造・倭淹知造・高市県主・蒲生稲寸・三枝部造らの祖先である。
意訳
須佐之男命が昇ってくるだけで山川が鳴動し国土が揺れる――その荒々しさに、天照大御神は弟が攻めてきたと思い込みます。女神が髪を男の角髪に結い直し、矢を背負い、地面を踏み鳴らして雄叫びをあげる姿は、神話の中でも特に勇ましい場面です。天照大御神は穏やかな太陽の女神であるだけでなく、高天の原を守る武の神でもあったのです。
「誓約(うけい)」は、あらかじめ「こうなれば正しい、こうなれば誤り」と決めておいて、その結果によって神意を判断する占いの一種です。古事記では、どうなれば潔白かという条件が語られないまま子が生まれ、須佐之男命は女神が生まれたことを自分の勝ちとします(次の話)。日本書紀では「男子が生まれれば潔白」とする伝えもあり、条件の違いが古くから議論されてきました。
剣から生まれた三女神は、玄界灘に浮かぶ沖ノ島・大島と九州本土の宗像大社に祭られる宗像三女神で、大陸への航路を守る神です。一方、玉から生まれた五男神のうち、天之忍穂耳命の子が天孫降臨の邇邇芸命となり、天皇家につながります。つまりこの誓約は、天皇家の祖先が天照大御神の子であることを定めると同時に、多くの地方豪族(国造など)の祖先をも位置づける、系譜の要となる神話なのです。
語釈・文法注
- 御角髮
- 角髪(みずら)は男性の髪型。天照大御神が男装して戦いの身支度をしたことを表す。
- 八尺の勾璁
- 大きな勾玉。「五百津の美須麻流之珠」は、たくさんの玉を緒に貫いた玉飾り。のちに三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉となる。
- 千入の靫
- 千本の矢が入る靫(ゆき)。靫は矢を入れて背負う武具。「五百入の靫」は胸側に付けたもの。
- 稜威の竹鞆
- 勇ましい竹の鞆。鞆は弓を射るとき、左の手首に着けて弦が当たるのを防ぐ革の防具。「稜威(いつ)」は神聖で勢いの盛んなこと。
- 男建び
- 雄叫び。勇ましく叫び、威嚇すること。
- 誓ひ
- 誓約(うけい)。神に誓ってあらかじめ結果の意味を決めておき、その結果で正否や吉凶を判断すること。
- 天の安の河
- 高天の原を流れる川。神々が集まって相談する場所で、天の石屋戸の場面でも八百万の神がここに集まる。
- 天の眞名井
- 高天の原にある神聖な井戸。「真名」はりっぱな、神聖な、の意。
- 瓊音も瑲々に
- 「ぬなと」は玉の音、「もゆら」は玉が触れ合ってゆらゆらと鳴るさま。原文は「奴那登母母由良爾」と音で書く。
- 齧齧に齧みて
- 「さがみにかみて」。かみにかみ砕いて。原文は「佐賀美爾迦美而」と音で書く。
- 多紀理毘賣の命
- 宗像三女神の一柱。沖津宮(沖ノ島)に祭られる。のちに大国主神の妻となる。
- 市寸島比賣の命
- 宗像三女神の一柱。中津宮(筑前大島)に祭られる。後世、弁財天と同一視され、厳島神社の祭神ともされる。
- 正勝吾勝勝速日天之忍穗耳の命
- 「まさかあかつ(正しく勝った、私が勝った)」「かちはやひ(勝つこと速い)」と勝利をたたえる語を重ねた名。天照大御神の長子とされ、子の邇邇芸命が地上に降る。
- 天之菩卑能命
- 天菩比命。のちに国譲りの最初の使者として地上に降るが、大国主神に従ってしまう。出雲国造の祖とされる。
- 物實
- 物のもととなるもの。子が生まれるもとになった持ち物(剣と玉)を指し、その持ち主の子とする。
- 胸形
- 宗像。福岡県宗像市・沖ノ島のあたり。宗像大社は沖津宮・中津宮・辺津宮の三宮からなり、2017年に「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として世界遺産に登録された。
- 國の造
- 国造(くにのみやつこ)。大和朝廷が地方の豪族を任じた、国ごとの長。以下の「直(あたへ)」「連(むらじ)」「県主(あがたぬし)」なども、朝廷から与えられた姓(かばね)や地方官の名。
文法
- 善はしき心ならじ
- 「うるはし」(よい、正しい)の連体形+「心」+断定の助動詞「なり」の未然形+打消推量の助動詞「じ」。「きっと善い心ではあるまい」。
- 原文の「附五百入之靫」
- 底本の原文には「曾毘良邇者負千入之靫」の次の「附五百入之靫」がないが、訓み下しは「五百入の靫を附け」と訓む。底本どおりとした。
- 齧齧に齧みて
- 底本の訓み下しは、初めの一か所だけ漢字で書き、ふりがなを付ける。初めの字は字形がはっきりしないので「齧」を当てた。二か所目からは「さがみにかみて」と仮名で書く。
- 天之菩卑能命
- 原文・訓み下しとも、ここでは「菩卑」と書くが、後の系譜では「天菩比命」と書く。
- 生まな
- 「生む」の未然形+意志の終助詞「な」。「(子を)生みましょう」。
解説
天照大御神と須佐之男命の誓約は、高天の原の神話の中心となる場面です。姉と弟が向かい合い、互いの持ち物を交換して子を生むという不思議な儀式によって、須佐之男命の心が試されます。剣と玉という、のちの三種の神器につながる宝物が使われていることも重要です。
この誓約で生まれた神々は、古代の日本の政治的な秩序と深くかかわっています。天照大御神の子とされた五男神の筆頭、天之忍穂耳命は天皇家の祖先です。須佐之男命の子とされた宗像三女神は、玄界灘の航海を守る神として朝廷から重んじられ、沖ノ島では四世紀から九世紀にかけて国家的な祭祀が行われたことが、大量の奉献品から確かめられています。
古事記はこの後、須佐之男命が「私の心が清いから、手弱女(女の子)が生まれた。だから私の勝ちだ」と宣言する場面へと続きます。しかし、誓約の条件をあらかじめ示していないため、なぜ女神が生まれると潔白なのかははっきりしません。日本書紀の本文では、男神が生まれれば潔白という条件を立て、須佐之男命(素戔嗚尊)の剣から男神が生まれるという、古事記とは逆の形をとっています。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。46〜51頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日