古事記 上巻
天孫降臨
葦原の中つ国の平定を受けて、天照大御神の孫、邇邇芸命が地上に降ることになる。天の八衢で待っていた猿田毘古神が道案内を申し出、天児屋命ら五伴緒の神々を従え、八尺の勾玉・鏡・草薙の剣を授けられた邇邇芸命は、筑紫の日向の高千穂の峰に降り、宮を構える。
- 1爾爾ここににに、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ高木高木たかぎののの神神かみののの御言御言みこともちてもちてもちて、、、ののの御子御子みこ、、、正勝吾勝勝速日天正勝吾勝勝速日天まさかあかつかちはやひあめののの忍穗耳忍穗耳おしほみみののの命命みことににに詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「今今いま葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くに言向言向ことむけけけ訖訖をへぬとへぬとへぬと白白もうすすす。。。かれかれかれ、、、言言ことよさしよさしよさし賜賜たまへりしへりしえりしまに〳〵まに〳〵まにまに、、、降降くだりましてりましてりまして知知しろしめせろしめせろしめせ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひきひきいき。。。爾爾ここににに、、、そのそのその日嗣日嗣ひつぎののの御子御子みこ、、、正勝吾勝勝速日天正勝吾勝勝速日天まさかあかつかちはやひあめののの忍穗耳忍穗耳おしほみみののの命命みことののの白白もうししし給給たまはくはくわく、、、「「「僕僕あははは降降くだりなむりなむりなむ裝裝よそひせしひせしひせしほどにほどにほどに、、、御子御子みこ生生うれれれ坐坐ましつしつしつ。。。御名御名みなははは、、、ののの命命みこと。。。此此こののの御子御子みこををを降降くだすべしすべしすべし。。。」」」ととと白白もうししし給給たまひきひきいき。。。このこのこの御子御子みこははは、、、高木高木たかぎののの神神かみののの御女御女みむすめ、、、ののの命命みことににに御合御合みあひましてひましていまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、天天あめのののののの命命みこと、、、次次つぎににに日子番能邇々藝日子番能邇々藝ひこほのににぎののの命命みことにますにますにます。。。こゝこゝここをもてをもておもて、、、申申もうししし給給たまふふうまに〳〵まに〳〵まにまに、、、日子番能邇々藝日子番能邇々藝ひこほのににぎののの命命みことににに仰仰おおせてせてせて、、、「「「このこのこの豐葦原豐葦原とよあしはらののの水穗水穗みずほののの國國くにははは、、、汝汝な知知しらさむらさむらさむ國國くになりとなりとなりと、、、言言ことよさしよさしよさし給給たまふふう。。。かれかれかれ、、、命命みことのののまに〳〵まに〳〵まにまに天降天降あもりますべしりますべしりますべし。。。」」」ととと宣宣のりりり給給たまひきひきいき。。。爾天照大御神高木神之命以。詔太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命。今平訖葦原中國之白。故隨言依賜。降坐而知看。爾其太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命答白。僕者。將降裝束之間。子生出。名天邇岐志國邇岐志〈自邇至志以音〉天津日高日子番能邇邇藝命。此子應降也。此御子者。御合高木神之女。萬幡豐秋津師比賣命生子。天火明命。次日子番能邇邇藝命。〈二柱〉也。是以隨白之。科詔日子番能邇邇藝命。此豐葦原水穗國者。汝將知國言依賜。故隨命以可天降。
- 2かれにかれにかれに、、、日子番能邇々藝日子番能邇々藝ひこほのににぎののの命命みこと、、、天降天降あもりまさむとするりまさむとするりまさむとする時時ときににに、、、天天あめのののににに居居おててて、、、上上かみははは高天高天たかまののの原原はらををを光光てらしらしらし、、、下下したははは葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くにををを光光てらすらすらす神神かみこゝにありこゝにありここにあり。。。かれかれかれ、、、こゝにこゝにここに、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ高木高木たかぎののの神神かみののの命命みこともちてもちてもちて、、、天天あめののの宇受賣宇受賣うずめののの神神かみににに詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「汝汝なははは手弱女手弱女たわやめなれどもなれどもなれども、、、ととと面勝神面勝神おもかつかみなりなりなり。。。かれかれかれ專專もわららら汝汝な行行ゆきてきてきて問問とはむははむはわむわ、、、わがわがわが御子御子みこののの天降天降あもりまさむとするりまさむとするりまさむとする道道みちををを、、、誰誰たれぞかくてぞかくてぞかくて居居おるとるとると問問とへへへ。。。」」」ととと宣宣のりりり給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ問問とはせはせわせ給給たまふふう時時ときににに、、、答答こたへへえ申申もうさくさくさく、、、「「「僕僕あははは國國くにつつつ神神かみ、、、名名なはははののの神神かみなりなりなり。。。出出いででで居居おるるる故故かれははは、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこ天降天降あもりますとりますとりますと聞聞ききつるきつるきつる故故かれににに、、、御前御前みさきににに仕仕つかへまつらむとしてへまつらむとしてえまつらむとして、、、參迎參迎まいむかへさもらふへさもらふえさもらう。。。」」」ととと申申もうししし給給たまひきひきいき。。。爾日子番能邇邇藝命。將天降之時。居天之八衢而。上光高天原。下光葦原中國之神。於是有。故爾天照大御神高木神之命以。詔天宇受賣神。汝者雖有手弱女人。與伊牟迦布神〈自伊至布以音〉面勝神。故專汝往將問者。吾御子爲天降之道。誰如此而居。故問賜之時。答白。僕者國神。名猨田毘古神也。所以出居者。聞天神御子天降坐故。仕奉御前而。參向之侍。
- 3こゝにこゝにここに天天あめののの兒屋兒屋こやののの命命みこと、、、布刀玉布刀玉ふとだまののの命命みこと、、、天天あめののの宇受賣宇受賣うずめののの命命みこと、、、伊斯許理度賣伊斯許理度賣いしこりどめののの命命みこと、、、玉玉たまののの祖祖やののの命命みこと、、、あはせてあはせてあわせてののの緒緒ををををくまりくまりくまり加加くわへてへてえて、、、天降天降あもりまさしめりまさしめりまさしめ給給たまひきひきいき。。。爾天兒屋命。布刀玉命。天宇受賣命。伊斯許理度賣命。玉祖命。幷五伴緒矣支加而。天降也。
- 4こゝにこゝにここに、、、かのかのかのししし八尺八尺やさかののの勾璁勾璁まがたま、、、鏡鏡かがみ、、、またまたまた草那藝草那藝くさなぎののの劒劒つるぎ、、、またまたまた常世常世とこよののの思金思金おもいかねののの神神かみ、、、手力男手力男たじからおののの神神かみ、、、天天あめののの石門別石門別いわとわけののの神神かみをををそへそへそえ給給たまひてひていて、、、詔詔のりりり給給たまひつらくはひつらくはいつらくわ、、、「「「これのこれのこれの鏡鏡かがみははは、、、もももはははらあがらあがらあが御魂御魂みたまとしてとしてとして、、、あがあがあが御前御前みまえをををいつくがごといつくがごといつくがごと、、、いつきまつりいつきまつりいつきまつり給給たまへへえ。。。次次つぎににに思金思金おもいかねののの神神かみははは、、、御前御前みまえののの事事ことをををとりもちてとりもちてとりもちて、、、申申もうししし給給たまへへえ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひきひきいき。。。於是副賜其遠岐斯〈此三字以音〉八尺勾璁鏡。及草那藝劒。亦常世思金神。手力男神。天石門別神。而詔者。此之鏡者。專爲我御魂而。如拜吾前伊都岐奉。次思金神者。取持前事爲政。
- 5此此こののの二柱二柱ふたはしらののの神神かみははは、、、ののの宮宮みやにいつきまつるにいつきまつるにいつきまつる。。。次次つぎにににののの神神かみ、、、こここははは外外とつつつ宮宮みやののの度相度相わたらいにますにますにます神神かみなりなりなり。。。次次つぎににに天天あめのののののの神神かみ、、、またのまたのまたの名名なははは櫛石窻櫛石窻くしいわまどののの神神かみととと申申もうししし、、、またのまたのまたの名名なははは豐石窻豐石窻とよいわまどののの神神かみととと申申もうすすす。。。このこのこの神神かみははは御門御門みかどののの神神かみなりなりなり。。。次次つぎににに手力男手力男たじからおののの神神かみははは佐那縣佐那縣さなかたにませりにませりにませり。。。此二柱神者。拜祭佐久久斯侶伊須受能宮。〈自佐至能以音〉次登由宇氣神。此者坐外宮之度相神者也。次天石戶別神。亦名謂櫛石窻神。亦名謂豐石窻神。此神者。御門之神也。次手力男神者。坐佐那縣也。
- 6かれそのかれそのかれその天天あめののの兒屋兒屋こやののの命命みことははは、、、ののの連等連等むらじらががが祖祖おや。。。布刀玉布刀玉ふとだまののの命命みことははは、、、ののの首等首等おびとらががが祖祖おや。。。天天あめののの宇受賣宇受賣うずめののの命命みことははは、、、猨女猨女さるめののの君等君等きみらががが祖祖おや。。。伊斯許理度賣伊斯許理度賣いしこりどめののの命命みことははは、、、鏡作鏡作かがみつくりののの連等連等むらじらががが祖祖おや。。。玉玉たまののの祖祖やののの命命みことははは、、、玉玉たまののの祖祖やののの連等連等むらじらががが祖祖おや。。。故其天兒屋命者。〈中臣連等之祖〉布刀玉命者。〈忌部首等之祖〉天宇受賣命者。〈猨女君等之祖〉伊斯許理度賣命者。〈鏡作連等之祖〉玉祖命者。〈玉祖連等之祖〉
- 7かれかれかれ爾爾ここににに、、、天津日子番能邇々藝天津日子番能邇々藝あまつひこほのににぎののの命命みこと、、、天天あめののの石位石位いわくらををを離離はなれれれ、、、天天あめののの八重棚雲八重棚雲やえたなぐもををを押分押分おしわけてけてけて、、、稜威稜威いつののの道別道別ちわき〳〵き〳〵きちわきててて、、、天天あめののの浮橋浮橋うきはしににに、、、宇岐士摩理宇岐士摩理うきじまり、、、そりたたしてそりたたしてそりたたして、、、筑紫筑紫つくしののの日向日向ひむかののの高千高千たかち穗穗ほのののににに天降天降あもりましきりましきりましき。。。かれこゝにかれこゝにかれここに、、、天天あめのののののの命命みこと、、、天津久米天津久米あまつくめののの命命みこと、、、二人二人ふたり、、、天天あめののの石靫石靫いわゆきををを取負取負とりおひひい、、、ののの太刀太刀たちををを取佩取佩とりはききき、、、天天あめののの波士弓波士弓はじゆみををを取持取持とりもちちち、、、天天あめののの眞鹿兒矢眞鹿兒矢まかごやををを手挾手挾たばさみみみ、、、御前御前みさきににに立立たたしてたしてたして仕仕つかへへえ奉奉たてまつりきりきりき。。。かれそのかれそのかれその天天あめののの忍日忍日おしひののの命命みこと、、、(((此此こははは大伴大伴おおともののの連等連等むらじらががが祖祖おや。。。)))天津久米天津久米あまつくめののの命命みこと。。。(((此此こははは久米久米くめののの直等直等あたえらががが祖祖おやなりなりなり。。。)))玆玆ここにににののの韓國韓國からくにををを、、、ののの御前御前みさきににに求求まぎぎぎ通通とおりてりてりて、、、詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「こゝこゝここははは、、、朝日朝日あさひののの直刺直刺たださすすす國國くに、、、夕日夕日ゆうひののの日照日照ひてるるる國國くになりなりなり、、、故故かれ、、、此此こ地地つちぞいとぞいとぞいと吉吉よききき地地つち。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひてひていて、、、底津岩根底津岩根そこついわねににに宮柱宮柱みやばしら太知太知ふとしりりり、、、高天高天たかまののの原原はらににに冰椽冰椽ひぎ高知高知たかしりてりてりてまし〳〵まし〳〵ましましききき。。。故爾詔天津日子番能邇邇藝命而。離天之石位。押分天之八重多那〈此二字以音〉雲而。伊都能知和岐知和岐弖。〈自伊以下十字以音〉於天浮橋。宇岐士摩理。蘇理多多斯弖。〈自宇以下十一字亦以音〉天降坐于竺紫日向之。高千穗之久士布流多氣。〈自久以下六字以音〉故爾天忍日命。天津久米命二人。取負天之石靫。取佩頭椎之大刀。取持天之波士弓。手挾天之眞鹿兒矢。立御前而仕奉。故其天忍日命。〈此者大伴連等之祖〉天津久米命。〈此者久米直等之祖也〉於是詔之此地者。向韓國眞來通笠沙之御前而。朝日之直刺國。夕日之日照國也。故此地甚吉地詔而。於底津石根。宮柱布斗斯理。於高天原。冰椽多迦斯理而坐也。
現代語訳
そこで天照大御神と高木神の仰せで、日嗣の御子の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に、「今、葦原の中つ国を平定し終えたと報告があった。だから、先に任せたとおりに、降って治めなさい」とおっしゃった。すると日嗣の御子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命は、「私が降ろうと支度をしているあいだに、子が生まれました。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命といいます。この子を降らせましょう」と申し上げた。
この御子は、天忍穂耳命が高木神の娘、万幡豊秋津師比売命と結婚して生んだ子で、天火明命、次に日子番能邇邇芸命の二柱である。そこで、申し上げたとおりに、日子番能邇邇芸命に命じて、「この豊葦原の水穂国は、おまえが治める国であると任せる。だから命令のとおりに天から降りなさい」とおっしゃった。
そこで日子番能邇邇芸命が天から降ろうとなさるとき、天の八衢(道の分かれる所)にいて、上は高天の原を照らし、下は葦原の中つ国を照らしている神がいた。そこで天照大御神と高木神の仰せで、天宇受売神に「おまえはか弱い女であるが、向かい合う神ににらみ勝つ神である。だから、おまえが一人で行って尋ねなさい。『我が御子が天から降ろうとする道に、いったい誰がそうしているのか』と」とおっしゃった。そこで尋ねさせると、「私は国つ神で、名は猨田毘古神です。ここに出ているのは、天つ神の御子が天から降りておいでになると聞いたので、先導としてお仕えしようと思い、お迎えに参ったのです」と申し上げた。
そこで天児屋命・布刀玉命・天宇受売命・伊斯許理度売命・玉祖命、あわせて五つの職掌の長(五伴緒)を分け加えて、天から降らせなさった。
このとき天照大御神は、あの天の石屋戸で天照大御神を招き出した八尺の勾玉と鏡、それに草那芸の剣、また常世の思金神・手力男神・天石門別神を添えて、「この鏡は、もっぱら私の魂として、私自身を拝むのと同じように、あがめ祭りなさい。次に思金神は、祭りのことを取り持って政事を行いなさい」とおっしゃった。
この二柱の神(天照大御神の御魂の鏡と思金神)は、伊勢の五十鈴の宮にあがめ祭られている。次に登由宇気神、これは外宮の度相(わたらい)にいらっしゃる神である。次に天石戸別神、またの名を櫛石窓神といい、またの名を豊石窓神という。この神は宮の門を守る神である。次に手力男神は、佐那県にいらっしゃる。
さて、その天児屋命は中臣連らの祖先、布刀玉命は忌部首らの祖先、天宇受売命は猨女君らの祖先、伊斯許理度売命は鏡作連らの祖先、玉祖命は玉祖連らの祖先である。
そこで天津日子番能邇邇芸命は、天の岩の御座を離れ、天に幾重にもたなびく雲を押し分けて、勢いよく道をかき分けかき分けて、天の浮橋から浮島に立たれ、筑紫の日向の高千穂の霊峰(くじふるたけ)にお降りになった。そのとき天忍日命と天津久米命の二人が、天の岩の靫を背負い、柄頭が槌の形をした大刀を腰に帯び、天の櫨の弓を手に持ち、天の真鹿児矢を手挟んで、御前に立ってお仕えした。その天忍日命は大伴連らの祖先、天津久米命は久米直らの祖先である。こうして邇邇芸命は、背骨のようにやせた不毛の国々を、笠沙の岬を求めて通り過ぎて、「ここは朝日がまっすぐに射す国、夕日の照り輝く国である。だから、ここはたいそうよい土地だ」とおっしゃって、地の底の岩盤に太い宮柱を立て、高天の原に届くほど高く千木をそびえさせた宮殿にお住まいになった。
意訳
天孫降臨は、天照大御神の孫が地上に降り、その子孫が天皇として国を治めるという、天皇の統治の由来を語る神話です。もともと降るはずだった天忍穂耳命が、支度をしているあいだに生まれた子、邇邇芸命に役目を譲るという筋は、天皇の位が祖母(天照大御神)から孫へと受け継がれる形をとっています。持統天皇から孫の文武天皇への譲位と重ねて読む説もあります。
天の八衢で天上と地上を照らして待っていた猿田毘古神は、地上の道の神で、天孫の先導役を申し出ます。正体を問いただしに行ったのが、天の石屋戸で踊った天宇受売命でした。「面勝つ神」、つまりどんな神ともにらみ合って負けない女神が、未知の神と向き合うという設定は、巫女が神と対話する役割を担っていたことをうかがわせます。
邇邇芸命に授けられた勾玉・鏡・剣は、のちに三種の神器と呼ばれます。とりわけ鏡は「我が魂として祭れ」と命じられ、伊勢神宮に祭られることになりました。同行した五伴緒の神々は、それぞれ中臣・忌部・猿女・鏡作・玉祖という、宮廷の祭祀を担った氏族の祖先です。天孫降臨の神話は、天皇家と、それを支える氏族の役割を定める神話でもあるのです。
語釈・文法注
- 日嗣の御子
- 皇位を継ぐ御子。ここでは天照大御神の子、天忍穂耳命を指す。
- 天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇々藝の命
- 「にきし」はにぎやかに栄える意、「ひこほのににぎ」は稲穂がにぎやかに実る意とされる。天照大御神の孫(天孫)。
- 萬幡豐秋津師比賣の命
- 高木神(高御産巣日神)の娘。たくさんの布を織る女神の意。天忍穂耳命の妻で、邇邇芸命の母。
- 天の火明の命
- 邇邇芸命の兄。尾張連の祖とされる。
- 天の八衢
- 天上の道がいくつにも分かれる所。
- 伊牟迦布神と面勝神
- 向かい合う神(いむかふ神)に、顔を合わせて気後れしない神。にらみ合いに勝つ神の意。
- 猨田毘古の神
- 天孫降臨の道案内をした国つ神。鼻が長く、目が輝く姿と伝えられ、のちに道祖神や庚申信仰と結びついた。三重県伊勢市の猿田彦神社、鈴鹿市の椿大神社に祭られる。
- 五伴の緒
- 五つの職掌の長。天児屋命・布刀玉命・天宇受売命・伊斯許理度売命・玉祖命の五柱で、天の石屋戸の祭りで活躍した神々。
- 八尺の勾璁、鏡、草那藝の劒
- のちの三種の神器。勾玉と鏡は天の石屋戸の祭りで作られたもの、剣は須佐之男命が八俣の大蛇の尾から得たもの。
- 佐久々斯侶伊須受の宮
- 伊勢神宮の内宮。「さくくしろ」は「五十鈴」にかかる枕詞。五十鈴川のほとりにある。
- 登由宇氣の神
- 豊受大神。食物の神で、伊勢神宮の外宮(度相=度会)に祭られる。
- 天の石戶別の神
- 櫛石窓神・豊石窓神ともいい、宮殿の門を守る神。
- 中臣の連
- 神事・祭祀をつかさどった氏族。中臣鎌足が藤原の姓を賜り、藤原氏となった。
- 忌部の首
- 祭具の製作や捧げ物を担当した氏族。のちの斎部氏。平安時代に斎部広成が『古語拾遺』を著した。
- 高千穗の久士布流嶽
- 霊妙な峰の意。宮崎県の高千穂町と、宮崎・鹿児島県境の高千穂峰の二つの伝承地がある。
- 天の忍日の命
- 大伴氏の祖。天津久米命(久米氏の祖)とともに武装して天孫の先導をした。大伴氏・久米氏は朝廷の軍事を担った。
- 頭椎の太刀
- 柄頭(つかがしら)が槌のように丸くふくらんだ大刀。古墳から出土する。
- 膂肉の韓國
- 背骨のまわりの肉のようにやせた不毛の地。「韓国」を朝鮮半島の意にとる説もあるが、ここでは「空国(からくに)」で、荒れた土地の意とされる。
- 笠沙の御前
- 鹿児島県南さつま市の野間岬に当てる説がある。
文法
- 原文の「幷五伴緒矣支加而」
- 底本どおり。訓み下しは「五伴の緒をくまり加へて」(分け加えて)とする。
- 宇岐士摩理
- 原文の「宇岐士摩理蘇理多多斯弖」は音で書かれ、意味ははっきりしない。浮島に、そり立って、などと解される。底本の訓み下しは「宇岐士摩理、そりたたして」とする。
- 原文と訓み下しの違い
- 原文の「於是詔之此地者向韓國眞來通笠沙之御前而」を、訓み下しは「玆に膂肉の韓國を、笠沙の御前に求ぎ通りて」と訓む。「膂肉の」は日本書紀の表現(膂宍の空国)を取り入れた訓と思われる。
- まし〳〵き
- 「ます」(いらっしゃる)を重ねた「ましまし」+過去の助動詞「き」。
解説
天孫降臨は、天照大御神の命を受けた孫の邇邇芸命が、葦原の中つ国を治めるために高天の原から日向の高千穂に降るという神話です。古事記の上巻の中心をなす場面で、これによって天上の神々の系譜が地上の天皇の系譜へとつながっていきます。
降臨に際して授けられた三種の神器のうち、鏡は天照大御神の御魂とされ、伊勢神宮の内宮に祭られました。剣は熱田神宮に、勾玉は皇居に伝えられているとされます。古事記の記述は、伊勢神宮の内宮・外宮の起源や、宮廷祭祀を担った諸氏族の由来を一つの神話の中で語っており、律令国家の祭祀体系を神話によって裏づける役割を果たしていました。
天から山の頂に神が降るという話は、朝鮮半島の建国神話(檀君神話・駕洛国の首露王の神話)とよく似ており、北方アジアの天降り神話との関係が指摘されています。一方、降臨の地が日向(南九州)とされることについては、のちの神武天皇の東征とのつながりから、天皇家の起源を南九州に求める伝えがあったためとも考えられています。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。95〜100頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日