古事記 上巻
国譲り
高天の原の神々は、ついに建御雷神と天鳥船神を出雲に遣わす。伊那佐の小浜で剣を逆さに立てて国を譲るよう迫られた大国主神は、子の事代主神に答えを委ね、事代主神は承諾して身を隠す。力比べを挑んだ建御名方神も敗れて科野の諏訪に逃れ、大国主神は壮大な宮殿を建てることを条件に国を譲る。
- 1こゝにこゝにここに天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「またまたまた何何いずれのれのれの神神かみををを遣遣つかはしてばはしてばわしてば善善よけむけむけむ。。。」」」かれかれかれ、、、思金思金おもいかねののの神神かみまたまたまた諸諸もろもろののの神達神達かみたち白白もうしけらくしけらくしけらく、、、「「「天天あめののの安安やすののの河河かはののの河上河上かわかみののの天天あめののの石屋石屋いわやににに坐坐ますすす、、、名名なはははののの尾羽張尾羽張おはばりののの神神かみ、、、これこれこれ遣遣つかはすべしはすべしわすべし。。。若若もししし又又またこのこのこの神神かみならずばならずばならずば、、、そのそのその神神かみののの御子御子みこののの男男をののの神神かみ、、、これこれこれ遣遣つかはすべしはすべしわすべし。。。先先まづそのづそのずその天天あめののの尾羽張尾羽張おはばりののの神神かみははは、、、天天あめののの安安やすののの河河かはののの水水みずををを逆逆さかさまににに塞塞ふたききき上上あげてげてげて、、、道道みちををを塞塞ふたききき居居おればればれば、、、あだしあだしあだし神神かみははは得得え行行ゆかじかじかじ、、、かれかれかれ別別ことににに、、、天天あめののの迦久迦久かくののの神神かみををを遣遣つかはしてはしてわして問問とひひい給給たまふべしふべしうべし。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。かれこゝにかれこゝにかれここに天天あめののの迦久迦久かくののの神神かみををを使使つかはははしてしてして、、、天天あめののの尾羽張尾羽張おはばりののの神神かみににに問問とふふう時時ときににに、、、「「「かしこしかしこしかしこし、、、仕仕つかへへえ奉奉たてまつらむらむらむ。。。然然しかれどもれどもれども此此こののの道道みちにににははは、、、僕僕あががが子子こ建御雷建御雷たけみかずちののの神神かみををを遣遣つかはすべしはすべしわすべし。。。」」」ととと申申もうしてしてして、、、乃乃すなわちちち貢進貢進たてまつりきりきりき。。。かれかれかれ、、、天天あめののの鳥船鳥船とりぶねののの神神かみををを建御雷建御雷たけみかずちののの神神かみににに副副そへてへてえて遣遣つかはしきはしきわしき。。。於是天照大御神詔之。亦遣曷神者吉。爾思金神及諸神白之。坐天安河上之天石屋。名伊都之尾羽張神。是可遣。〈伊都二字以音〉若亦非此神者。其神之子建御雷之男神。此應遣。且其天尾羽張神者。逆塞上天安河之水而。塞道居故。他神不得行。故別遣天迦久神可問。故爾使天迦久神。問天尾羽張神之時。答白恐之仕奉。然於此道者。僕子建御雷神可遣。乃貢進。爾天鳥船神。副建御雷神而遣。
- 2こゝこゝここをもてをもておもて、、、このこのこの二柱二柱ふたはしらののの神神かみ、、、出雲出雲いずもののの國國くにののの小濱小濱おはまににに降降くだりりり著著つきてきてきて、、、十掬劒十掬劒とつかつるぎををを拔拔ぬきてきてきて、、、浪浪なみののの穗穗ほににに逆逆さかさまににに刺刺さししし立立たてててててて、、、其其そののの劒劒つるぎののの前前さきににに趺趺あぐみみみ坐坐いててて、、、其其そののの大國主大國主おおくにぬしののの神神かみににに問問とひひい給給たまはくはくわく、、、「「「天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみ高木高木たかぎののの神神かみののの命命みこともちてもちてもちて、、、問問とひにひにいに使使つかはははせりせりせり。。。汝汝ながががけるけるける葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くにははは、、、我我あががが御子御子みこののの知知しらさむらさむらさむ國國くにととと言依言依ことよししし給給たまへりへりえり。。。故故かれ汝汝なががが心心こころ奈何奈何いかにぞにぞにぞ。。。」」」ととと問問とひひい給給たまふふう時時ときににに、、、答答こたへまつらくへまつらくえまつらく、、、「「「僕僕あははは得得え申申もうさじさじさじ、、、我我あががが子子こののの神神かみ、、、これこれこれ白白もうすべきすべきすべきををを、、、鳥鳥とりののの遊遊あそびびび、、、取魚取魚すなどりしにしにしに御大御大みおののの前前さきににに往往ゆきてきてきて、、、未未いまだだだ還還かえりりり來來きずずず。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。かれこゝにかれこゝにかれここに天天あめののの鳥船鳥船とりぶねののの神神かみををを遣遣つかはしてはしてわして、、、八重事代主八重事代主やえことしろぬしののの神神かみををを召召めしてしてして問問とひひい給給たまふふう時時ときににに、、、其其そののの父父ちち大神大神おおかみににに、、、「「「かしこしかしこしかしこし、、、此此こののの國國くにははは、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこににに奉奉たてまつりりり給給たまへへえ。。。」」」といひてといひてといいて、、、卽卽すなわちちち其其そののの船船ふねををを蹈蹈ふみみみ傾傾かたぶけてけてけて、、、天天あめのののをををににに打打うちなしてちなしてちなして、、、隱隱かくりましきりましきりましき。。。是以。此二神降到出雲國伊那佐之小濱而。〈伊那佐三字以音〉拔十掬劒。逆刺立于浪穗。趺坐其劒前。問其大國主神言。天照大御神高木神之命以問使之。汝之宇志波祁流〈此五字以音〉葦原中國者。我御子之所知國言依賜。故汝心奈何。爾答白之。僕者不得白。我子八重言代主神。是可白然。爲鳥遊取魚而。往御大之前。未還來。故爾遣天鳥船神。徵來八重事代主神而。問賜之時。語其父大神言。恐之。此國者。立奉天神之御子。卽蹈傾其船而。天逆手矣於靑柴垣打成而。〈訓柴云布斯〉隱也。
- 3かれこゝにかれこゝにかれここに、、、そのそのその大國主大國主おおくにぬしののの神神かみににに問問とひひい給給たまはくはくわく、、、「「「今今いま汝汝なががが子子こ、、、事代主事代主ことしろぬしののの神神かみかくかくかく申申もうしぬしぬしぬ。。。またまたまた申申もうすべきすべきすべき子子こありやありやありや。。。」」」ととと問問とひひい給給たまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに又又また申申もうしつらくしつらくしつらく、、、「「「またまたまた我我あががが子子こ、、、ののの神神かみありありあり。。。これこれこれををを除除おきてきてきてははは無無なししし。。。」」」かくかくかく申申もうししし給給たまふふう折折をしもしもしも、、、このこのこの建御名方建御名方たけみなかたののの神神かみ、、、石石いわををを手末手末たなすえににに擎擎ささげてげてげて來來きててて、、、「「「誰誰たれぞぞぞ我我あががが國國くにににに來來きててて忍忍しのび〳〵び〳〵びしのびにににかくかくかく物言物言ものいふふう。。。しからばしからばしからば力競力競ちからくらべせむべせむべせむ。。。かれかれかれ我我あ先先まづそのづそのずその御手御手みてををを取取とらむらむらむ。。。」」」ととと云云いふふう。。。かれかれかれ、、、そのそのその御手御手みてををを取取とらしむればらしむればらしむれば、、、卽卽すなわちちち立冰立冰たちひににに取取とりなしてりなしてりなして、、、またまたまた劒刃劒刃つるぎはににに取取とりなしつりなしつりなしつ。。。かれかれかれ懼懼おそれてれてれて退退しりぞききき居居おりりり。。。こゝにそのこゝにそのここにその建御名方建御名方たけみなかたののの神神かみののの手手てををを取取とらむとらむとらむと乞乞こひかへしてひかへしてひかえして取取とればればれば、、、若葦若葦わかあしををを取取とるがごとるがごとるがごと、、、つかみひしぎてつかみひしぎてつかみいしぎて投投いたげはなちげはなちげわなち給給たまへばへばえば、、、卽卽すなわちちち逃逃にげげげ去去いにきにきにき。。。かれかれかれ追追おひひい往往ゆきてきてきて、、、科科おお野野ぬののの國國くにのののののの海海うみににに迫迫せめめめ到到いたりてりてりて、、、殺殺ころさむとしさむとしさむとし給給たまふふう時時ときににに、、、建御名方建御名方たけみなかたののの神神かみ申申もうしつらくしつらくしつらく、、、「「「かしこしかしこしかしこし、、、我我あをををななな殺殺ころししし給給たまひそひそいそ。。。此此こののの處處ところをををおきておきておきてははは、、、あだしあだしあだし處處ところににに行行ゆかじかじかじ。。。またまたまた我我あががが父父ちち大國主大國主おおくにぬしののの神神かみののの命命みことににに違違たがはじはじわじ、、、八重事代主八重事代主やえことしろぬしののの神神かみののの言言ことににに違違たがはじはじわじ。。。このこのこの葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くにははは、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこののの命命みことのののまに〳〵まに〳〵まにまに奉奉たてまつらむらむらむ。。。」」」ととと申申もうししし給給たまひきひきいき。。。故爾問其大國主神。今汝子事代主神。如此白訖。亦有可白子乎。於是亦白之。亦我子有建御名方神。除此者無也。如此白之間。其建御名方神。千引石擎手末而來。言誰來我國而。忍忍如此物言。然欲爲力競。故我先欲取其御手。故令取其御手者。卽取成立冰。亦取成劒刃。故爾懼而退居。爾欲取其建御名方神之手。乞歸而取者。如取若葦。搤批而投離者。卽逃去。故追往而。迫到科野國之洲羽海。將殺時。建御名方神白。恐。莫殺我。除此地者。不行他處。亦不違我父大國主神之命。不違八重事代主神之言。此葦原中國者。隨天神御子之命獻。
- 4かれかれかれ更更さらにまたにまたにまた還還かえりりり來來きててて、、、そのそのその大國主大國主おおくにぬしののの神神かみににに問問とひひい給給たまはくはくわく、、、「「「汝汝なががが子子こどもどもども、、、事代主事代主ことしろぬしののの神神かみ、、、建御名方建御名方たけみなかたののの神神かみ二神二神ふたはしらははは、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこののの命命みことのののまに〳〵まに〳〵まにまに、、、違違たがはじとはじとわじと申申もうしぬしぬしぬ。。。かれかれかれ、、、汝汝なががが心心こころ如何如何いかにぞにぞにぞ。。。」」」ととと問問とひひい給給たまひきひきいき。。。爾爾ここににに答答こたへまつらくへまつらくえまつらく、、、「「「僕僕あががが子子こどもどもども二神二神ふたはしらののの申申もうせるせるせるまに〳〵まに〳〵まにまに、、、僕僕あももも違違たがはじはじわじ。。。このこのこの葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くにははは、、、命命みことのののまに〳〵まに〳〵まにまに既既すでににに獻獻たてまつらむらむらむ。。。たゞたゞただ僕僕あががが住所住所すみかをばをばをば、、、天天あまつつつ神神かみののの御子御子みこののの知知しろしめさむしめさむしめさむ、、、とだるとだるとだる天天あめののの御巢御巢みすなしてなしてなして、、、底津岩根底津岩根そこついわねににに宮柱宮柱みやばしら太太ふとしりしりしり、、、高天高天たかまののの原原はらににに冰木冰木ひぎ高高たかしりてしりてしりて治治おさめめめ給給たまはばはばわば、、、僕僕あははは百足百足ももたらずらずらずににに隱隱かくりてりてりて侍侍さもららひなむらひなむらいなむ。。。またまたまた僕僕あががが子子こどもどもども、、、百八十神百八十神ももやそがみははは、、、八重事代主八重事代主やえことしろぬしののの神神かみ、、、神神かみののの御尾前御尾前みおさきとなりてとなりてとなりて仕仕つかへまつらばへまつらばえまつらば、、、違違たがふふう神神かみはははあらじあらじあらじ。。。」」」かくかくかく申申もうしてしてして、、、乃乃すなわちちち隱隱かくりましきりましきりましき。。。故更且還來。問其大國主神。汝子等。事代主神。建御名方神二神者。隨天神御子之命。勿違白訖。故汝心奈何。爾答白之。僕子等二神隨白。僕之不違。此葦原中國者。隨命既獻也。唯僕住所者。如天神御子之天津日繼所知之。登陀流〈此三字以音下效此〉天之御巢而。於底津石根宮柱布斗斯理〈此四字以音〉於高天原冰木多迦斯理〈多迦斯理四字以音〉而。治賜者。僕者。於百不足八十坰手隱而侍。亦僕子等。百八十神者。卽八重事代主神。爲神之御尾前而仕奉者。違神者非也。如此之白而。乃隱也。
- 5かれかれかれ、、、申申もうししし給給たまひしひしいしまに〳〵まに〳〵まにまに、、、出雲出雲いずもののの國國くにのののののの小濱小濱おはまににに、、、天天あめののの御舍御舍みあらかををを造造みやつこりてりてりて、、、水戶水戶みなとののの神神かみののの孫孫ひこ、、、ののの神神かみををを膳夫膳夫かしはでとしてとしてとして、、、天天あめののの御饗御饗みあえたてまつるたてまつるたてまつる時時ときににに、、、禱禱ほぎぎぎ申申もうしてしてして、、、櫛八玉櫛八玉くしやたまののの神神かみ鵜鵜うににに化化かりてりてりて、、、海海うみののの底底そこににに入入いりてりてりて、、、底底そこののの埴埴はにををを喰喰くひひひ出出いででで、、、天天あめののの八十毘良迦八十毘良迦やそびらかををを作作つくりてりてりて、、、海布海布めののの柄柄からををを鎌鎌かりてりてりてににに作作つくりりり、、、海蓴海蓴こもののの柄柄からををを燧杵燧杵ひきりぎねににに作作つくりてりてりて、、、火火ひををを鑽鑽きりりり出出いでてでてでて申申もうしけらくしけらくしけらく、、、「「「このこのこの我我あががが燧燧きれるれるれる火火ひははは、、、高天高天たかまののの原原はらにににははは神產巢日神產巢日かみむすび御祖御祖みおやののの命命みことののの、、、登陀流天登陀流天とだるあめののの新巢新巢にいすののの凝烟凝烟すすののの八拳八拳やつかたるまでたるまでたるまで燒燒やきあげきあげきあげ、、、地地つちののの下下したははは、、、底津岩根底津岩根そこついわねににに燒燒やきこらしてきこらしてきこらして、、、栲栲たく繩繩ただののの千尋繩千尋繩ちひろなわ打打うちはへちはへちわえ、、、釣釣つらせるらせるらせる海人海人あまががが、、、大口大口おおくちののの、、、さわ〳〵にさわ〳〵にさわさわに引寄引寄ひきよせあげてせあげてせあげて、、、拆竹拆竹さきたけのののににに、、、天天あめののの眞魚咋眞魚咋まなぐい獻獻たてまつらむらむらむ。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。かれかれかれ、、、建御雷建御雷たけみかずちののの神神かみ、、、返返かえりりり參上參上まいのぼりてりてりて、、、葦葦あし原原はらののの中中なかつつつ國國くに、、、言向言向ことむけけけ和和やわしぬるしぬるしぬる狀狀さまををを復奏復奏かえりごとまおししし給給たまひきひきいき。。。故隨白而。於出雲國之多藝志之小濱。造天之御舍〈多藝志三字以音〉而。水戶神之孫。櫛八玉神。爲膳夫。獻天御饗之時。禱白而。櫛八玉神化鵜。入海底。咋出底之波邇。〈此二字以音〉作天八十毘良迦〈此三字以音〉而。鎌海布之柄。作燧臼。以海蓴之柄。作燧杵而。鑽出火云。是我所燧火者。於高天原者。神產巢日御祖命之登陀流天之新巢之凝烟〈訓凝烟云州須〉之。八拳垂摩弖燒擧。〈摩弖二字以音〉地下者。於底津石根燒凝而。栲繩之千尋繩打延。爲釣海人之。口大之尾翼鱸。〈訓鱸云須受岐〉佐和佐和邇〈此五字以音〉控依騰而。打竹之登遠遠登遠遠邇。〈此七字以音〉獻天之眞魚咋也。故建御雷神。返參上。復奏言向和平葦原中國之狀。
現代語訳
そこで天照大御神は「また、どの神を遣わせばよいだろうか」とおっしゃった。思金神と神々は「天の安の河の川上の天の石屋にいらっしゃる、名は伊都之尾羽張神、この神を遣わすべきです。もしこの神でないなら、その神の子の建御雷之男神を遣わすべきです。ただ、その天尾羽張神は、天の安の河の水を逆さまにせき止めて道をふさいでいるので、ほかの神は行くことができません。ですから、別に天迦久神を遣わして尋ねるべきです」と申し上げた。そこで天迦久神を遣わして天尾羽張神に尋ねたところ、「恐れ多いことです。お仕えいたしましょう。けれどもこの役目には、私の子、建御雷神を遣わすべきです」と申し上げて、すぐに差し出した。そこで天鳥船神を建御雷神に添えて遣わされた。
こうして、この二柱の神は出雲の国の伊那佐の小浜に降り着くと、十掬剣を抜いて波頭に逆さまに突き立て、その剣の切っ先にあぐらをかいて座り、大国主神に尋ねられた。「天照大御神と高木神の仰せで、問いただすために遣わされた。おまえが支配している葦原の中つ国は、我が御子が治める国として任された国である。おまえの考えはどうか」。すると大国主神は、「私はお答えできません。私の子の八重言代主神が答えるべきですが、鳥を狩り魚を捕りに美保の岬に行って、まだ帰ってきません」と申し上げた。そこで天鳥船神を遣わして、八重事代主神を呼び寄せて尋ねると、事代主神は父の大神に「恐れ多いことです。この国は天つ神の御子に差し上げなさいませ」と言って、すぐに自分の乗ってきた船を踏み傾け、天の逆手を打って、船を青柴垣に変えて、その中に隠れてしまわれた。
そこで建御雷神は大国主神に「今、おまえの子の事代主神はこのように申した。ほかに申すべき子はいるか」とお尋ねになった。大国主神は「もう一人、我が子の建御名方神がおります。これ以外にはおりません」と申し上げた。こう申し上げているあいだに、その建御名方神が、千人がかりで引くほどの大岩を指先に差し上げてやって来て、「誰だ、我が国に来て、こそこそとそんなことを言っているのは。それなら力比べをしよう。まず私がおまえの手をつかんでやろう」と言った。そこで建御雷神が自分の手をつかませると、たちまちその手を氷柱に変え、また剣の刃に変えた。建御名方神は恐れてしりぞいた。今度は建御雷神が建御名方神の手をつかもうと申し出てつかむと、若い葦をつかむように握りつぶして投げ飛ばしたので、建御名方神はすぐに逃げ去った。建御雷神はそれを追って行き、科野の国の州羽の海(諏訪湖)まで追いつめて殺そうとしたとき、建御名方神は「恐れ入りました。私を殺さないでください。私はこの地のほかには、どこへも行きません。また父の大国主神の命令に背きません。八重事代主神の言葉にも背きません。この葦原の中つ国は、天つ神の御子の仰せのとおりに差し上げます」と申し上げた。
そこで建御雷神はまた出雲に戻ってきて、大国主神に「おまえの子の事代主神と建御名方神の二柱は、天つ神の御子の仰せに従って背かないと申した。さて、おまえの考えはどうか」とお尋ねになった。すると大国主神は、「我が子ら二柱の神が申したとおりに、私も背きません。この葦原の中つ国は、仰せのとおりにすっかり差し上げましょう。ただ私の住まいだけは、天つ神の御子が皇位を受け継いでお住まいになる、りっぱな天の御殿のように、地の底の岩盤に太い宮柱を立て、高天の原に届くほど高く千木をそびえさせて造ってくだされば、私は遠い隅に隠れてお仕えいたしましょう。また私の子ども、百八十の神々は、八重事代主神が先頭に立ち、後ろについてお仕えするならば、背く神はおりますまい」と申し上げて、そのまま隠れてしまわれた。
そこで、申し上げたとおりに、出雲の国の多芸志の小浜に天の御殿を造って、水戸神の孫の櫛八玉神を料理人として、天の御饗(みあえ)を差し上げるとき、櫛八玉神は祝福の言葉を申し上げて、鵜に姿を変えて海の底に潜り、底の粘土をくわえて出てきて、たくさんの平たい土器を作り、海藻の茎を刈り取って火きり臼を作り、海草の茎で火きり杵を作って、火をきり出して申し上げた。「この私がきり出した火は、高天の原では神産巣日御祖命の、りっぱな天の新しい御殿の煤が長く垂れ下がるまで焼き上げ、地の下では地の底の岩盤まで焼き固めて、楮の千尋の縄を延ばして釣りをする海人が釣り上げた、口の大きな尾びれの張った鱸(すずき)を、ざわざわと引き寄せ上げて、割り竹の台がたわむほどに、天のりっぱな魚料理を差し上げましょう」。こうして建御雷神は高天の原に帰り上って、葦原の中つ国を平定して従わせた様子をご報告申し上げた。
意訳
国譲りの交渉は、武の神、建御雷神の登場で決着に向かいます。波頭に逆さまに立てた剣の切っ先に座るという姿は、圧倒的な神威の表れです。大国主神は自ら答えず、子の事代主神に判断を委ねます。事代主神は託宣の神で、その言葉は神意そのものと考えられていました。船を踏み傾けて青柴垣に変え、その中に隠れるという所作は、のちに美保神社の「青柴垣神事」として今も再現されています。
ただ一人抵抗したのは、建御名方神でした。大岩を指先で持ち上げてやって来た力自慢の神も、氷柱や剣に変わる建御雷神の手には歯が立たず、若葦のように握りつぶされて諏訪まで逃げます。この力比べは、のちの相撲の起源とされることもあります。諏訪湖のほとりで命乞いをした建御名方神は、諏訪大社の祭神として祭られることになりました。
大国主神が国を譲る条件として求めたのは、天つ神の御子の御殿と同じように壮大な宮殿でした。これが出雲大社の起源とされます。最後に櫛八玉神が火をきり出して捧げる祝詞のような言葉は、出雲大社の古い祭りの様子を伝えるものといわれます。こうして、武力と交渉、そして祭りによって、地上の支配権は天の神々のものとなりました。
語釈・文法注
- 伊都の尾羽張の神
- 伊邪那岐命が迦具土神を斬った剣の名と同じ。天の安の河の上流で水をせき止めているという。剣の神格化。
- 建御雷の神
- 雷と剣の神。迦具土神を斬った剣の血から生まれた。国譲りを成し遂げ、のちに神武天皇に剣(布都御魂)を下す。鹿島神宮の祭神。
- 伊那佐の小濱
- 出雲大社の西にある稲佐の浜(島根県出雲市)。旧暦十月に八百万の神々を迎える神迎えの浜とされる。
- 領ける
- 「うしはく」。主人として支配する。原文は「宇志波祁流」と音で書く。
- 八重言代主の神
- 事代主神。「ことしろ」は神の言葉を代わって告げる意で、託宣の神。大国主神の子。島根県の美保神社、奈良県の鴨都波神社などに祭られる。
- 天の逆手
- 普通とは逆に手を打つこと。呪いや神事の特別な拍手とされる。
- 靑柴垣
- 青い柴で作った垣。神の籠る場所。事代主神は船を青柴垣に変えて、その中に隠れた(身を隠した)。
- 建御名方の神
- 大国主神の子。国譲りに抵抗して建御雷神と力比べをし、敗れて諏訪に逃れた。諏訪大社(長野県)の祭神。
- 千引石
- 千人がかりで引くほどの大岩。黄泉比良坂をふさいだ岩と同じ言い方。
- 科野の國の洲羽の海
- 信濃国の諏訪湖。
- 天津日繼
- 天つ神の系譜を受け継ぐこと。皇位の継承をいう。
- 百足らず八十坰手
- 「百足らず」は「八十」にかかる枕詞。「八十坰手(やそくまで)」は多くの曲がり角、すなわち遠い隅の方。大国主神が表舞台から退いて目に見えない世界に隠れることをいう。
- 多藝志の小濱
- 出雲の地名。出雲大社の近くとされるが、所在は未詳。
- 櫛八玉の神
- 水戸神(河口の神)の孫。料理人(膳夫)として天の御饗を整え、鵜となって海に潜った。
- 燧臼・燧杵
- 火をきり出す道具。板(臼)に棒(杵)を当てて錐のようにもみ、摩擦で火をおこす。出雲大社の火継ぎ神事に伝わる。
- 尾翼鱸
- 尾びれの張った鱸(すずき)。原文の分注に「鱸を訓みて須受岐(すずき)と云ふ」とある。
- とをゝ〳〵に
- 「とををとををに」。たわむほどに。割り竹で作った台が、たくさんの魚料理の重みでたわむさま。原文は「登遠遠登遠遠邇」。
文法
- 原文の「千引石擎手末」
- 「擎(ささ)ぐ」は高く持ち上げる意。底本の訓み下しも「擎げて」とする。
- 底津岩根
- 訓み下しは「底津岩根」と書き、原文は「底津石根」と書く。底本どおりとした。
- 侍らひなむ
- 「侍らふ(さもらふ)」の連用形+強意の助動詞「ぬ」の未然形+意志の助動詞「む」。「お仕えいたしましょう」。
- 原文の囲み
- 底本は原文の「乃隱也」「故隨白而」を枠で囲んで示している(校訂の注意を示すものと思われる)。本文はそのまま翻刻した。
解説
国譲りは、地上の国(葦原の中つ国)の支配権が、出雲の大国主神から天照大御神の子孫へと移る、古事記の上巻の中でも最も重要な場面の一つです。高天の原の神々は、天菩比神、天若日子と使者を送って失敗し、三度目にようやく武の神、建御雷神によって目的を果たします。
この神話には、大和の朝廷が出雲の勢力を服属させた歴史が反映していると考えられています。国を譲った大国主神は、壮大な宮殿(出雲大社)に祭られ、目に見えない神々の世界(幽事)を治める神となりました。日本書紀の一書では、高皇産霊尊が大己貴神に「顕露の事(目に見える政治)は皇孫が治め、汝は神事(目に見えない世界)を治めよ」と述べています。
建御名方神が諏訪に逃れて祭られる話は、古事記にだけ見え、日本書紀には登場しません。諏訪大社は古くから武の神として信仰され、鎌倉時代には武士たちの崇敬を集めました。一方、勝者の建御雷神は常陸の鹿島神宮に、ともに降った経津主神(日本書紀)は下総の香取神宮に祭られ、東国の守り神とされています。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。89〜94頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
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