古事記 上巻
八俣の大蛇
出雲の肥の河上に降った須佐之男命は、毎年娘を食べに来る八俣の大蛇から櫛名田比売を救うため、強い酒で大蛇を酔わせて斬り殺す。尾から出た草薙の大刀を天照大御神に献上し、須賀に宮を建てて「八雲立つ」の歌を詠む。続いて須佐之男命の子孫の系譜をたどり、大国主神の誕生に至る。
- 1故故かれ、、、逐逐やらはれてはれてわれて、、、出雲出雲いずものののののの肥肥ひのののなるなるなる、、、鳥髮鳥髮とりかみののの地地ところににに降降くだりましきりましきりましき。。。此此こののの時時ときしもしもしも、、、箸箸はし其其そののの河河かはよりよりより流流ながれれれ下下おりきりきりき。。。こゝにこゝにここに速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、其其そののの河上河上かわかみににに人人ひとありけりとありけりとありけりと思思おもほしてほしておして、、、尋覓尋覓まぎ上上のぼりりり往往ゆでまししかばでまししかばでまししかば、、、老夫老夫おきなととと老女老女おみなととと二人二人ふたりありてありてありて、、、童女童女おとめををを中中なかににに置置すゑてゑてえて泣泣なくなりくなりくなり。。。「「「汝等汝等いましたちははは誰誰たれぞぞぞ。。。」」」ととと問問とひひい給給たまへばへばえば、、、其其そののの老夫老夫おきな、、、「「「僕僕あははは國國くにつつつ神神かみ、、、大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみののの子子こなりなりなり。。。僕僕あががが名名なははは、、、妻妻めががが名名なははは手名椎手名椎てなづち、、、女女むすめががが名名なはははととと謂謂いすすす。。。」」」亦亦また、、、「「「汝汝なののの哭哭なくくく由由ゆえははは何何なにぞぞぞ。。。」」」ととと問問とひたまへばひたまへばいたまえば、、、「「「我我あががが女女むすめははは本本もとよりよりより八稚女八稚女やおとめありきありきありき。。。是是ここににに、、、高志高志こしのののなもなもなも、、、年每年每としごとににに來來きててて喫喫くふなるふなるふなる。。。今今いま其其それれれ來來きるべきときなるがるべきときなるがるべきときなるが故故かれににに泣泣なくくく。。。」」」ととと申申もうすすす。。。「「「其其そののの形形かたちははは如何如何いかさまにかさまにかさまにか。。。」」」ととと問問とひひい給給たまへばへばえば、、、「「「彼彼そががが目目めはははなしてなしてなして、、、身一身一みひとつにつにつに頭八頭八かしらやつつつ尾八尾八おやつありつありつあり。。。亦亦また、、、其其そののの身身みににに蘿蘿こけまたまたまた檜榲檜榲ひすぎ生生おひひひ、、、其其そののの長長ながさささ、、、谿八谿谿八谿たにやたに、、、尾八尾尾八尾をやをををを度度わたりてりてりて、、、其其そののの腹腹はらををを見見みればればれば、、、悉悉ことごとににに常常いつももも血爛血爛ちあえれたりれたりれたり。。。」」」ととと申申もうすすす。。。爾爾かれ、、、速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、其其そののの老夫老夫おきなににに、、、「「「これこれこれ、、、汝汝なののの女女おんなならばならばならば、、、吾吾あににに奉奉たてまつらむやらむやらむや。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまふにふにうに、、、「「「恐恐かしこけれどけれどけれど御名御名みなををを知知しらずらずらず。。。」」」ととと申申もうせばせばせば、、、「「「吾吾あははは天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみのののなりなりなり。。。かれかれかれ今今いま天天あめよりよりより降降くだりましつりましつりましつ。。。」」」ととと答答こたへへえ給給たまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに足名椎足名椎あしなづちののの神神かみ、、、「「「然然しかまさばまさばまさば恐恐おそろししし、、、奉奉たてまつらむらむらむ。。。」」」ととと白白もうしきしきしき。。。故所避追而。降出雲國之肥〈上〉河上在鳥髮地。此時箸從其河流下。於是須佐之男命。以爲人有其河上而。尋覓上往者。老夫與老女二人在而。童女置中而泣。爾問賜之汝等者誰。故其老夫答言僕者國神。大山〈上〉津見神之子焉。僕名謂足〈上〉名椎。妻名謂手〈上〉名椎。女名謂櫛名田比賣。亦問汝哭由者何。答白言我之女者自本在八稚女。是高志之八俣遠呂智。〈此三字以音〉每年來喫。今其可來時故泣。爾問其形如何。答白彼目如赤加賀智而。身一有八頭八尾。亦其身生蘿及檜榲。其長度谿八谷峽八尾而。見其腹者。悉常血爛也。〈此謂赤加賀知者。今酸醬者也。〉爾速須佐之男命詔其老夫。是汝之女者。奉於吾哉。答白恐亦不覺御名。爾答詔吾者天照大御神之伊呂勢者也。〈自伊下三字以音〉故今自天降坐也。爾足名椎手名椎神。白然坐者恐立奉。
- 2爾爾かれ、、、速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、すなはちすなはちすなわち其其そののの童女童女おとめをををににに取取とりなしてりなしてりなして、、、御角髮御角髮みみずらににに刺刺ささしてさしてさして、、、其其そののの足名椎足名椎あしなづち、、、手名椎手名椎てなづちののの神神かみににに告告のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「汝等汝等いましたち、、、ののの酒酒さけををを釀釀かみみみ、、、且且また、、、垣垣かきををを作作つくりりり廻廻めぐししし、、、其其そののの垣垣かきににに八八やつのつのつの門門かどををを作作つくりりり、、、門每門每かどごとににに八八やつのつのつのををを結結ゆひひい、、、其其そのさずきのさずきのさずき每每ごとににに酒船酒船さかぶねををを置置おきてきてきて、、、船每船每ふねごとににに其其そののの八鹽折八鹽折やしおおりののの酒酒さけををを盛盛もりてりてりて待待まちてよちてよちてよ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひきひきいき。。。故故かれ、、、告告のりりり給給たまへるへるえる隨隨まにまにしてにしてにして、、、かくかくかく設設まけけけ備備そなへてへてえて待待まつつつ時時ときににに、、、かのかのかの八俣大蛇八俣大蛇やまたおろちまことにまことにまことに言言いひしがごとひしがごといしがごと來來きつつつ。。。乃乃すなわちちち船每船每ふねごとににに、、、おのも〳〵おのも〳〵おのもおのも頭頭かしらををを垂垂し入入いれてれてれて其其そののの酒酒さけををを飮飮のみきみきみき。。。こゝにこゝにここに飮飮のみみみ醉醉えひてひてひて皆皆みな伏伏ふししし寢寢ねたりたりたり。。。すなはちすなはちすなわち、、、速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、其其そののの御佩御佩みはかかせるかせるかせる十拳劒十拳劒とつかつるぎををを拔拔ぬきてきてきて、、、其其そののの蛇蛇へみををを切切きりりり散散ちりたまひしかばりたまひしかばりたまいしかば、、、肥肥ひののの河河かわ血血ちになりてになりてになりて流流ながれきれきれき。。。かれかれかれ、、、其其そののの中中なかののの尾尾をををを切切きりりり給給たまふふう時時とき、、、御刀御刀みはかしののの刄刄は缺缺かけきけきけき。。。怪怪あやしとしとしと思思おもほしてほしておして、、、御刀御刀みはかしののの前以前以さきもててて、、、刺刺さししし割割さきてきてきて見見みそなはししかばそなはししかばそなわししかば、、、ののの大刀大刀たちありありあり。。。故故かれ、、、此此こののの大刀大刀たちををを取取とらしてらしてらして、、、異異あやしきしきしき物物ものぞとぞとぞと思思おもほしてほしておして、、、天照大御神天照大御神あまてらすおおみかみににに申申もうししし上上あげげげ給給たまひきひきいき。。。是是これはははののの大刀大刀たちなりなりなり。。。爾速須佐之男命。乃於湯津爪櫛取成其童女而。刺御美豆良。告其足名椎手名椎神。汝等釀八鹽折酒。且作迴垣。於其垣作八門。每門結八佐受岐。〈此三字以音〉每其佐受岐置酒船而。每船盛其八鹽折酒而待。故隨告而。如此設備待之時。其八俣遠呂智。信如言來。乃每船垂入己頭飮其酒。於是飮醉死由伏寢。爾速須佐之男命。拔其所御佩之十拳劒。切散其蛇者。肥河變血而流。故切其中尾時。御刀之刄毀。爾思怪。以御刀之前。刺割而見者。在都牟刈之大刀。故取此大刀。思異物而。白上於天照大御神也。是者草那藝之大刀也。〈那藝二字以音〉
- 3故故かれ、、、是是ここををを以以もつててて、、、其其そののの速須佐之男速須佐之男はやすさのおののの命命みこと、、、宮宮みや造造つくるべきるべきるべき地地ところををを出雲出雲いずもののの國國くにににに求求まぎぎぎ給給たまひきひきいき。。。爾爾ここにににののの地地ところににに到到いたりましてりましてりまして詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「吾吾あ、、、此此こににに來來きましてましてまして、、、我我あががが御御おん心心こころ淸々淸々すがすがししし。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひてひていて、、、其地其地そこになもになもになも宮作宮作みやつくりりり坐坐ましけるしけるしける。。。故故かれ、、、其地其地そこをばをばをば今今いまににに須賀須賀すがとぞいふとぞいふとぞいう。。。故是以其速須佐之男命。宮可造作之地。求出雲國。爾到坐須賀〈此二字以音下效此〉地而詔之。吾來此地。我御心須賀須賀斯而。其地作宮坐。故其地者。於今云須賀也。
- 4玆玆ここののの大神大神おおかみ、、、初初はじめめめ須賀須賀すがののの宮作宮作みやつくらししらししらしし時時ときににに、、、其地其地そこよりよりより雲雲くも立立たちちち騰騰のぼりきりきりき。。。爾爾かれ、、、御歌御歌みうた作作よみみみ給給たまふふう。。。其其そののの御歌御歌みうたははわ、、、つつつ みにみにみに 八重垣八重垣やえがき造造つくるるる 其其そののの八重垣八重垣やえがきををを是是ここにかのにかのにかの足名椎足名椎あしなづちののの神神かみををを喚喚よしてしてして、、、「「「汝汝なははは我我あががが宮宮みやののの首首おびとたれたれたれ。。。」」」ととと告告のりりり給給たまひひい、、、且且また、、、名名なをををののの宮主須賀之八耳宮主須賀之八耳みやぬしすがのやつみみののの神神かみととと負負おおせせせ給給たまひきひきいき。。。玆大神初作須賀宮之時。自其地雲立騰。爾作御歌。其歌曰。夜久毛多都。伊豆毛夜幣賀岐。都麻碁微爾。夜幣賀岐都久流。曾能夜幣賀岐袁。於是喚其足名椎神。告言汝者任我宮之首。且負名號稻田宮主須賀之八耳神。
- 5故故かれ、、、其其そののの櫛名田比賣櫛名田比賣くしなだひめををを以以もつててて、、、隱寢所隱寢所くみどににに起起おこしてしてして、、、生生うみませるみませるみませる神神かみののの御名御名みなををを、、、八島士奴美八島士奴美やしまじぬみののの神神かみといふといふという。。。又又また、、、大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみののの御女御女みむすめ、、、名名なははは神大市比賣神大市比賣かむおおいちひめににに娶娶あひましてひましていまして、、、御子御子みこののの神神かみ、、、次次つぎにににののの神神かみををを生生うみましきみましきみましき。。。御兄御兄みあに、、、八島士奴美八島士奴美やしまじぬみののの神神かみ、、、大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみののの御女御女みむすめ、、、名名なははは木花知流比賣木花知流比賣このはなちるひめににに娶娶あひましてひましていまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、布波能母遲久奴須奴布波能母遲久奴須奴ふわのもじくぬすぬののの神神かみ。。。此此こののの神神かみ、、、淤迦美淤迦美おかみののの神神かみののの女女おんな、、、名名なははは日河比賣日河比賣ひかわひめににに娶娶あひましてひましていまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、深淵之水夜禮花深淵之水夜禮花ふかふちのみずやれはなののの神神かみ。。。此此こののの神神かみ、、、天之都度閇知泥天之都度閇知泥あめのつどえちねののの神神かみににに娶娶あひましてひましていまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、淤美豆奴淤美豆奴おみずぬののの神神かみ。。。此此こののの神神かみ、、、布怒豆怒布怒豆怒ふのずのののの神神かみののの女女おんな、、、名名なははは布帝耳布帝耳ふてみみののの神神かみににに娶娶あひましてひましていまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、天之冬衣天之冬衣あめのふゆきぬののの神神かみ。。。此此こののの神神かみ、、、刺國大神刺國大神さしくにおおかみののの女女おんな、、、名名なははは刺國若比賣刺國若比賣さしくにわかひめににに娶娶あひましてひましていまして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、ののの神神かみ、、、亦亦またののの御名御名みなははは大穴牟遲大穴牟遲おおなむじののの神神かみととと謂謂いししし、、、亦亦またののの御名御名みなははは葦原色許男葦原色許男あしはらしこおののの神神かみととと謂謂いししし、、、亦亦またののの御名御名みなははは八千矛八千矛やちほこののの神神かみととと謂謂いししし、、、亦亦またののの御名御名みなははは宇都志國玉宇都志國玉うつしくにたまののの神神かみととと謂謂いすすす。。。幷幷あわせてせてせて御名五御名五みないつつありつありつあり。。。故其櫛名田比賣以。久美度邇起而。所生神名。謂八島士奴美神。〈自士下三字以音下效此〉又娶大山津見神之女。名神大市比賣。生子大年神。次宇迦之御魂神。〈二柱。宇迦二字以音〉兄八島士奴美神。娶大山津見神之女。名木花知流〈此二字以音〉比賣生子。布波能母遲久奴須奴神。此神娶淤迦美神之女。名日河比賣生子。深淵之水夜禮花神。〈夜禮二字以音〉此神娶天之都度閇知泥〈上〉神。〈自都下五字以音〉生子。淤美豆奴神。〈此神名以音〉此神娶布怒豆怒神〈此神名以音〉之女。名布帝耳〈上〉神。〈布帝二字以音〉生子。天之冬衣神。此神娶刺國大〈上〉神之女。名刺國若比賣生子。大國主神。亦名謂大穴牟遲神。〈牟遲二字以音〉亦名謂葦原色許男神。〈色許二字以音〉亦名謂八千矛神。亦名謂宇都志國玉神。〈宇都志三字以音〉幷有五名。
現代語訳
こうして追放された須佐之男命は、出雲の国の肥の河の川上の、鳥髪という所に降りられた。ちょうどそのとき、箸がその川から流れ下ってきた。そこで須佐之男命は、川上に人が住んでいると思って、探し求めて上っていかれると、老人と老女の二人が、少女をあいだに置いて泣いていた。「おまえたちは誰か」とお尋ねになると、老人は「私は国つ神で、大山津見神の子です。私の名は足名椎、妻の名は手名椎、娘の名は櫛名田比売と申します」と答えた。また「おまえが泣くわけは何か」とお尋ねになると、「私の娘はもとは八人おりました。それを高志の八俣の大蛇が毎年やって来て食べてしまうのです。今ちょうどそれがやって来る時期なので泣いているのです」と申し上げた。「その形はどのようなものか」とお尋ねになると、「その目はほおずきのように真っ赤で、体一つに頭が八つ、尾が八つあります。また、その体には苔や檜・杉が生え、長さは谷を八つ、峰を八つ渡るほどで、その腹を見ると、どこもいつも血がにじんでただれています」と申し上げた。そこで速須佐之男命は老人に、「この娘がおまえの娘ならば、私にくれないか」とおっしゃると、「恐れ多いことですが、あなた様のお名前を存じません」と申し上げる。「私は天照大御神の同母の弟である。今、天から降りてきたところだ」とお答えになった。すると足名椎神は「そうでいらっしゃるなら恐れ多いことです。差し上げましょう」と申し上げた。
そこで速須佐之男命は、ただちにその少女を神聖な爪櫛に変えて自分の角髪に挿し、足名椎・手名椎の神に「おまえたちは、何度もくり返し醸した強い酒を造り、また垣を作りめぐらし、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの桟敷を設け、その桟敷ごとに酒の器を置いて、器ごとにその強い酒を盛って待っていなさい」とおっしゃった。そこで、言われたとおりにそのように準備して待っていると、あの八俣の大蛇が本当に言ったとおりやって来た。そして器ごとに頭を一つずつ垂らし入れて、その酒を飲んだ。そうして飲んで酔っぱらい、みな伏して眠ってしまった。そこで速須佐之男命は、腰に帯びていた十拳剣を抜いて、その大蛇をずたずたに斬り散らされたので、肥の河は血に変わって流れた。そして、大蛇の中ほどの尾を斬ったとき、御刀の刃が欠けた。不思議に思って、御刀の先で尾を刺し裂いて見ると、都牟刈の大刀があった。そこでこの大刀を取って、これは不思議な物だと思って、天照大御神に献上された。これが草薙の大刀である。
こうして速須佐之男命は、宮を造る場所を出雲の国に探し求められた。そして須賀という所に来られて、「私はここに来て、心がすがすがしい」とおっしゃって、そこに宮を造ってお住まいになった。それで、その地を今も須賀という。
この大神が初めて須賀の宮を造られたとき、そこから雲が立ちのぼった。そこで歌をお詠みになった。その歌は、
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を(雲が幾重にも立ちのぼる出雲の地に、幾重もの垣をめぐらす。妻をこもらせるために、幾重もの垣を作る。その幾重もの垣よ)
そこであの足名椎神を呼んで、「おまえは私の宮の長となれ」とおっしゃり、名を稲田宮主須賀之八耳神とお授けになった。
そして櫛名田比売と寝所で交わって生んだ神の御名を、八島士奴美神という。また、大山津見神の娘、名は神大市比売と結婚して生んだ子は、大年神、次に宇迦之御魂神である。兄の八島士奴美神が、大山津見神の娘、名は木花知流比売と結婚して生んだ子は、布波能母遅久奴須奴神。この神が淤迦美神の娘、名は日河比売と結婚して生んだ子は、深淵之水夜礼花神。この神が天之都度閇知泥神と結婚して生んだ子は、淤美豆奴神。この神が布怒豆怒神の娘、名は布帝耳神と結婚して生んだ子は、天之冬衣神。この神が刺国大神の娘、名は刺国若比売と結婚して生んだ子が、大国主神である。またの名を大穴牟遅神、またの名を葦原色許男神、またの名を八千矛神、またの名を宇都志国玉神という。あわせて五つの名がある。
意訳
高天の原で乱暴を働いた須佐之男命は、地上に降りると一転して英雄になります。川を流れてくる箸から人の住まいを察し、泣いている老夫婦と娘を見つけて、怪物退治を引き受ける――罪を負って追放された神が、新しい土地で人々を救う神へと生まれ変わる場面です。娘を櫛に変えて髪に挿すのは、娘を守ると同時に、櫛に宿る呪力で自らの力を高める意味があったと考えられます。
八つの頭と八つの尾をもち、体に木が生え、谷や峰を八つも渡る大蛇は、肥の河(斐伊川)の氾濫や、山から流れ下る川そのものの姿だとする説があります。毎年娘を食べに来るのは、年ごとの洪水で田(稲田=櫛名田比売)が失われることのたとえとも読めます。また、大蛇の腹が血でただれ、尾から刀が出てくるのは、斐伊川上流で盛んだった砂鉄によるたたら製鉄と結びつけて解釈されることもあります。
大蛇を退治した須佐之男命は、須賀に宮を構えて「八雲立つ」の歌を詠みます。これは古事記に最初に出てくる歌で、のちに『古今和歌集』の仮名序で「すさのをのみことよりぞ、みそもじあまりひともじはよみける」と、和歌(五七五七七)の始まりとされました。後半の系譜は、須佐之男命の子孫として大国主神を位置づけ、高天の原の神々とは別の、出雲の神々の物語へと橋渡しをしています。
語釈・文法注
- 肥の河
- 出雲の斐伊川。中国山地の船通山(鳥上山)に発し、宍道湖に注ぐ。「鳥髪」はその上流の地名で、島根県奥出雲町の鳥上にあたる。
- 國つ神
- 地上(葦原の中つ国)に住む神。高天の原の天つ神に対していう。
- 足名椎
- 櫛名田比売の父。「なづ」は撫でる意で、娘を手足で撫でいつくしむ親を表すとされる。妻の手名椎と対になる名。
- 櫛名田比賣
- 「くしいなだひめ(奇し稲田姫)」の意とされ、美しい稲田の女神。須佐之男命の妻となる。島根県雲南市の須我神社・八重垣神社などに祭られる。
- 八俣大蛇
- 八つの頭と八つの尾をもつ大蛇。「をろち」の「を」は峰、「ち」は霊威ある神の意とする説がある。「高志の」は北陸の越の国からの、の意とも、地名ともいう。
- 赤加賀知
- 赤いほおずき。原文の分注に「赤加賀知と謂へるは、今の酸醬(ほおずき)なり」とある。
- 同母兄
- 「いろせ」。同じ母から生まれた兄。ここでは天照大御神から見た弟の須佐之男命を指すが、「いろせ」は兄弟を広くいう。
- 湯津爪櫛
- 神聖な、歯の多い櫛。少女をこれに変えて髪に挿したのは、娘を大蛇から隠すためとも、櫛の呪力で自らを守るためともいう。
- 八鹽折の酒
- くり返し醸した強い酒。「しほり」は酒をしぼることとも、くり返し醸すこととも解される。
- 假庪
- 「さずき」。桟敷、仮に設けた棚。酒の器を置く台。
- 都牟刈の大刀
- よく切れる鋭い大刀。「つむがり」は「つみ切る」の意とされる。
- 草薙の大刀
- のちの三種の神器の一つ、草薙剣(天叢雲剣)。中巻で倭建命が焼津でこれを使って草を薙ぎ払い、火難を逃れたことから、この名が付いたとされる。現在は熱田神宮に祭られる。
- 須賀
- 島根県雲南市大東町須賀。須佐之男命が「すがすがし」と言ったことから付いた地名だとする地名起源説話。須我神社は「日本初之宮」と称する。
- 八雲起つ
- 雲が幾重にも立ちのぼる。「出雲」にかかる枕詞となった。
- 八重垣
- 幾重にもめぐらした垣。妻を迎えるための新しい宮の囲い。
- 夫妻隱みに
- 「つまごみに」。妻をこもらせるために。新婚の妻を住まわせる意。
- 稻田の宮主須賀之八耳の神
- 足名椎神に与えられた名。須賀の宮を管理する長の意。
- 大年の神
- 穀物の実り、特に稲の神。「とし」は稲の実りを表す。
- 宇迦之御魂の神
- 穀物の神。「うか」は食物の意。のちに稲荷神として伏見稲荷大社などに祭られる。
- 大國主の神
- 出雲を中心に葦原の中つ国を治めた神。大穴牟遅・葦原色許男・八千矛・宇都志国玉と五つの名をもち、名によってさまざまな物語の主人公となる。出雲大社の祭神。
文法
- 爛れたり
- 底本の訓み下しは「爛(あえ)れたり」と訓む。原文は「悉常血爛也」。
- 來つ
- 「来(く)」の連用形+完了の助動詞「つ」の終止形。「やって来た」。
- 夫妻隱みに
- 「籠(こ)む」(こもらせる)の連用形が名詞のように「に」に続いた形。
- 八雲起つの歌
- 原文は「夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁」と、一字一音の万葉仮名で書かれている。
- 宮主須賀之八耳
- 原文は「稻田宮主須賀之八耳神」。
歌謡
八雲起つ 出雲八重垣 夫妻隱みに 八重垣造る 其の八重垣を
- 詠者
- 速須佐之男命
- 状況
- 八俣の大蛇を退治して櫛名田比売を妻とした須佐之男命が、出雲の須賀に宮を建てたとき、そこから雲が立ちのぼったのを見て詠んだ。妻を迎える新しい宮をことほぐ歌。
修辞
- くり返し
- 「八重垣」を三度くり返し、幾重にも重なる垣と雲のイメージを重ねている。
- 枕詞
- 「八雲立つ」はのちに「出雲」の枕詞となった。
- 和歌の始まり
- 五七五七七の短歌の形をしており、『古今和歌集』仮名序で和歌の始まりとされる。
解説
八俣の大蛇退治は、古事記の中で最も劇的な英雄物語です。高天の原で乱暴者だった須佐之男命は、出雲に降ると、知恵(酒で酔わせる計略)と力(十拳剣)で怪物を倒し、娘を救って妻にする英雄として描かれます。ギリシア神話のペルセウスとアンドロメダの物語に似ていることから、「ペルセウス・アンドロメダ型」の神話と呼ばれることもあります。
大蛇の尾から出た草薙の大刀は、天照大御神に献上され、のちに天孫降臨のとき鏡・勾玉とともに邇邇芸命に授けられます。地上の怪物から得た剣が天上の神に献じられ、再び地上に降るという経路は、出雲の力が天皇家の宝に取り込まれていく過程を象徴しているとも読めます。
「八雲立つ」の歌は、のちに『古今和歌集』の仮名序で、地上で初めて詠まれた三十一文字の歌とされ、和歌の祖として尊ばれました。物語の最後に系譜を置き、須佐之男命の六代の子孫として大国主神を登場させる構成は、次の大国主神の物語群(稲羽の素兎・根の堅州国・国作り)への導入になっています。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。57〜62頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日