古事記 上巻
根の堅州国
再び八十神に殺されかけた大穴牟遅神は、母神の勧めで須佐之男命のいる根の堅州国へ逃れ、娘の須勢理毘売と結ばれる。須佐之男命は蛇・むかで・蜂の部屋や野火の試練を課すが、大穴牟遅神は須勢理毘売と鼠に助けられて切り抜け、須佐之男命の宝を奪って逃げる。須佐之男命は彼を大国主神と認め、国作りを命じる。
- 1於是於是ここに、、、八十神八十神やそがみ見見みててて、、、且且また欺欺あざむきてきてきて、、、山山やまににに率率いててて入入いりてりてりて、、、大樹大樹おおぎををを切切きりりり伏伏ふせせせ、、、矢矢やををを茹茹はめめめ、、、其其そののの木木きににに打打うちちち立立たててて、、、其其そののの中中なかににに入入いらしめてらしめてらしめて、、、卽卽すなわちちち、、、其其そのののををを打打うちちち離離はなちてちてちて、、、拷拷うちちち殺殺ころしきしきしき。。。爾爾かれ亦亦また其其そののの御祖御祖みおやののの命命みこと、、、哭哭なきつゝきつゝきつつ求求まげばげばげば、、、見見み得得えててて、、、卽卽すなわちちち其其そののの木木きををを拆拆さきてきてきて取取とりりり出出いででで活活いしてしてして、、、其其そののの御子御子みこににに告告のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「汝汝な、、、此此こにあらばにあらばにあらば、、、遂遂ついににに八十神八十神やそがみににに滅滅ほろほさえなむほさえなむほさえなむ。。。」」」ととと告告のりりり給給たまひてひていて、、、乃乃すなわちちち木木こののの國國くにのののののの神神かみののの御所御所みとににに、、、速速いそがしがしがし遣遣やりりり給給たまひきひきいき。。。爾爾かれ、、、八十神八十神やそがみ、、、覓覓まぎぎぎ追追おひひい臻臻いたりてりてりて、、、矢刺矢刺やさすすす時時ときににに、、、木木このののよりよりより漏漏くききき逃逃にれてれてれて去去さりりり給給たまひきひきいき。。。御祖御祖みおやののの命命みこと、、、御子御子みこににに告告のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「須佐能男須佐能男すさのおののの命命みことのましますのましますのまします、、、ののの堅洲國堅洲國かたすくにににに參向參向まいむかてよてよてよ。。。必必かならずずず其其そののの大神大神おおかみ議議はかりりり給給たまひなむひなむいなむ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまふふう。。。かれかれかれ、、、詔命詔命みことのののまに〳〵まに〳〵まにまに、、、須佐之男須佐之男すさのおののの命命みことののの御所御所みとににに參到參到まいいたたりしかばたりしかばたりしかば、、、其其そののの御女御女みむすめ、、、出出いででで見見みててて、、、ひしてひしていして相婚相婚あひましてひましていまして、、、還還かえりりり入入いりてりてりて其其そののの御父御父みちちににに、、、「「「甚麗甚麗いとうるわはははしきしきしき神神かみ參來參來まいきつつつ。。。」」」ととと言言もうししし給給たまひきひきいき。。。於是八十神見。且欺率入山而。切伏大樹。茹矢。打立其木。令入其中。卽打離其冰目矢而拷殺也。爾亦其御祖命哭乍求者。得見。卽拆其木而。取出活。告其子言。汝有此間者。遂爲八十神所滅。乃速遣於木國之大屋毘古神之御所。爾八十神覓追臻而。矢刺之時。自木俣漏逃而去。御祖命告子云。可參向須佐能男命所坐之根堅洲國。必其大神議也。故隨詔命而。參到須佐之男命之御所者。其女須勢理毘賣出見。爲目合而相婚。還入白其父言甚麗神來。
- 2爾爾かれ、、、其其そののの大神大神おおかみ出出いででで見見みててて、、、「「「此此こははは、、、といふといふという神神かみぞぞぞ。。。」」」ととと告告のりりり給給たまひてひていて、、、やがてやがてやがて喚喚よびびび入入いれてれてれて、、、其其そののの蛇蛇へみののの室屋室屋むろやににに寢寢ねしめしめしめ給給たまひきひきいき。。。於是於是ここに、、、其其そののの御妻御妻みめ須勢理毘賣須勢理毘賣すせりびめののの命命みこと、、、蛇蛇へみのののををを其其そののの夫夫ひこじににに授授さずけてけてけて曰曰のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「其其そののの蛇蛇へみ食食くはむとせばはむとせばわむとせば、、、此此こののの比禮比禮ひれををを三度三度みたび擧擧ふりてりてりて、、、打打うちちち撥撥はらひたまへひたまへひたまえ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまふふう。。。故故かれ、、、敎敎をしへのへのへの如爲如爲ごとせ給給たまひしかばひしかばいしかば、、、蛇蛇へみ、、、自自ずかららら靜靜しずまりしまりしまりし故故かれににに、、、平平たいらくくく寢寢ねててて出出いででで給給たまひきひきいき。。。亦亦また、、、來來きるるる日日ひののの夜夜よるははは、、、ととと蜂蜂はちとのとのとの室屋室屋むろやににに入入いれれれ給給たまひしひしいしををを、、、且且また吳公吳公むかで、、、蜂蜂はちののの振物振物ひれををを授授さずけてけてけて、、、先先さきののの如如ごと敎敎おしへへえ給給たまひしひしいし故故かれににに、、、平平たいらくくく出出いででで給給たまひきひきいき。。。亦亦また、、、ををを大野大野おおぬののの中中なかににに射入射入いいれてれてれて、、、其其そののの矢矢やををを採採とらしめらしめらしめ給給たまふふう。。。故故かれ、、、其其そののの野野ぬににに入入いりますりますります時時ときににに、、、卽卽すなわちちち火以火以ひもててて其其そののの野野ぬををを燒燒やききき廻廻めぐらしつらしつらしつ。。。於是於是ここに、、、出出いでむでむでむ所所ところををを知知しらざるらざるらざる間間まににに、、、鼠鼠ねずみ來來きててて云云いひけるひけるいけるははは、、、「「「內內うちははは、、、外外とははは窄々窄々すぶすぶ。。。」」」斯斯かくいふくいふくいう故故かれににに、、、其處其處そこををを蹈蹈ふみしかばみしかばみしかば、、、落落おちちち入入いりりり隱隱かくりしりしりし間間まににに、、、火火ひははは燒燒やけけけ過過すぎぬぎぬぎぬ。。。爾爾ここににに、、、其其そののの鼠鼠ねずみかのかのかの鳴鏑鳴鏑なりかぶらををを咋咋くひひひ持持もちちち出出いででで來來きててて奉奉たてまつりきりきりき。。。其其そののの矢矢やののの羽羽はははは其其そののの鼠鼠ねずみののの子等子等こども、、、皆皆みな喫喫くひたりきひたりきひたりき。。。於是於是ここに、、、其其そののの御妻御妻みめ、、、須世理毘賣須世理毘賣すせりびめははは、、、ををを持持もちてちてちて哭哭なきつゝきつゝきつつ來來きましましまし、、、其其そののの父父ちちののの大神大神おおかみははは、、、既既すでににに死死しせぬとおもほしてせぬとおもほしてせぬとおもおして、、、其其そののの野野ぬににに出出いででで立立たたせばたせばたせば、、、すなはちすなはちすなわち、、、其其そののの矢矢やををを持持もちてちてちて奉奉たてまつるるる時時ときににに、、、家家いえににに率率いててて入入いりてりてりて、、、八田間八田間やたまののの大室大室おおむろににに喚喚よびびび入入いれてれてれて、、、其其そののの御頭御頭みかしらののの虱虱しらみををを取取とらせらせらせ給給たまひきひきいき。。。故故かれ、、、其其そののの御頭御頭みかしらををを見見みればればれば、、、吳公吳公むかで多多おおかりかりかり。。。於是於是ここに其其そののの御妻御妻みめ、、、ののの木木こののの實實みととと赤土赤土はにとととををを、、、其其そののの夫夫ひこじににに授授さずけけけ給給たまへばへばえば、、、其其そののの木木こののの實實みををを咋咋くひひひ破破やぶりりり、、、赤土赤土はにををを含含ふくみてみてみて唾唾つばききき出出いししし給給たまへばへばえば、、、其其そののの大神大神おおかみ、、、吳公吳公むかでををを喰喰くひひひ破破やぶりてりてりて唾唾つばききき出出いすとすとすと思思おもほしてほしておして、、、御御おん心心こころににに愛愛はしくしくしく思思おもほしてほしておして御寢御寢みねましきましきましき。。。爾爾ここににに、、、其其そののの大神大神おおかみののの御髮御髮みかみををを握握とりてりてりて、、、其其そののの室室むろののの椽椽たりき每每ごとににに結結ゆひひい著著つけてけてけて、、、五百引石五百引石いおびきいわををを其其そののの室室むろののの戶戶とににに取取とりりり塞塞さへてへてえて、、、其其そののの御妻御妻みめ須世理毘賣須世理毘賣すせりびめををを負負おひてひていて、、、其其そののの大神大神おおかみののの、、、生弓矢生弓矢いくゆみや、、、又又また其其そののの天天あめのののををを取取とりりり持持もたしてたしてたして、、、逃逃にげげげ出出いでますでますでます時時ときににに、、、其其そののの天天あめののの詔琴詔琴のりごと樹樹きにににふれてふれてふれて、、、地地つち、、、動鳴動鳴とよきぬきぬきぬ。。。かれかれかれ、、、其其そののの御寢御寢みねませるませるませる大神大神おおかみ、、、聞聞きききき驚驚おどろかしてかしてかして、、、其其そののの室室むろををを引引ひききき仆仆たおししし給給たまひきひきいき。。。然然しかれどもれどもれども、、、椽椽たりきににに結結ゆへるへるえる御髮御髮みかみををを解解とかするかするかする間間まににに、、、遠遠とおくくく逃逃にげげげ給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、こゝにこゝにここに、、、黃泉比良坂黃泉比良坂よもつひらさかまでまでまで追追おひいでましてひいでましていいでまして、、、遙遙はろばろにみさけてばろにみさけてばろにみさけて、、、大穴牟遲大穴牟遲おおなむじののの神神かみをををよばひてよばひてよばいて曰曰のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「其其そののの汝汝なががが持持もたるたるたる生大刀生大刀いくだち生弓矢生弓矢いくゆみやををを以以もつててて、、、汝汝なががが庶兄弟庶兄弟あにおとどもどもどもをばをばをば、、、坂坂さかののの御尾御尾みおににに追追おひひい伏伏ふせせせ、、、河河かはののの瀨瀨せににに追追おひひい撥撥はらひてひてひて、、、汝汝な、、、大國主大國主おおくにぬしののの神神かみととと爲爲なりりり、、、亦亦また宇都志國玉宇都志國玉うつしくにたまののの神神かみとなりてとなりてとなりて、、、其其そののの我我あががが女女おんな、、、須世理毘賣須世理毘賣すせりびめををを嫡妻嫡妻むかいめとしてとしてとして、、、ののの山山やまののの山本山本やまもとににに、、、ににに宮柱宮柱みやばしら太知太知ふとしりりり、、、高天高天たかまののの原原はらににに高知高知たかしりてりてりて居居おれれれ、、、よよよ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、其其そののの大刀弓大刀弓たちゆみををを持持もちてちてちて、、、其其そののの八十神八十神やそがみををを追追おひひい避避そくるくるくる時時ときににに、、、坂坂さかののの御尾御尾みお每每ごとににに追追おひひい伏伏ふせせせ、、、河河かはののの瀨瀨せ每每ごとににに追追おひひいはらひてはらひてはらいて、、、國作國作くにつくりりり始始はじめめめ給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、其其そののの八上比賣八上比賣やかみひめははは、、、先先さきののの期期ちぎりのごとのごとのごと御寢所御寢所みと與與あたはしつはしつわしつ。。。かれかれかれ、、、其其そののの八上比賣八上比賣やかみひめははは、、、率率いててて來來きましつれどもましつれどもましつれども、、、其其そののの嫡妻嫡妻むかいめ須世理毘賣須世理毘賣すせりびめをををかしこみてかしこみてかしこみて、、、其其そののの生生うませるませるませる御子御子みこをばをばをば、、、木木こののの俣俣またににに插插さしししはさみてはさみてはさみて返返かえりましきりましきりましき。。。かれかれかれ其其そののの御子御子みこののの御名御名みなををを、、、木木こののの俣俣またののの神神かみととと申申もうすすす。。。亦亦またののの御名御名みなはははののの神神かみともまともまともまをををすすす。。。爾其大神出見而。告此者謂之葦原色許男。卽喚入而。令寢其蛇室。於是其妻須勢理毘賣命。以蛇比禮〈二字以音〉授其夫云。其蛇將咋。以此比禮三擧打撥。故如敎者。蛇自靜故。平寢出之。亦來日夜者。入吳公與蜂室。且授吳公蜂之比禮。敎如先故。平出之。亦鳴鏑射入大野之中。令採其矢。故入其野時。卽以火廻燒其野。於是不知所出之間。鼠來云。內者富良富良。〈此四字以音〉外者須夫須夫。〈此四字以音〉如此言故。蹈其處者。落隱入之間。火者燒過。爾其鼠咋持其鳴鏑出來而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。於是其妻須世理毘賣者。持喪具而哭來。其父大神者。思已死訖。出立其野。爾持其矢以奉之時。率入家而。喚入八田間大室而。令取其頭之虱。故爾見其頭者。吳公多在。於是其妻。以牟久木實與赤土。授其夫。故咋破其木實。含赤土唾出者。其大神。以爲咋破吳公唾出而。於心思愛而寢。爾握其大神之髮。其室每椽結著而。五百引石取塞其室戶。負其妻須世理毘賣。卽取持其大神之生大刀與生弓矢。及其天詔琴而。逃出之時。其天詔琴拂樹而地動鳴。故其所寢大神聞驚而。引仆其室。然解結椽髮之間遠逃。故爾追至黃泉比良坂。遙望呼謂大穴牟遲神曰。其汝所持之生大刀生弓矢以而。汝庶兄弟者。追伏坂之御尾。亦追撥河之瀨而。意禮〈二字以音〉爲大國主神。亦爲宇都志國玉神而。其我之女須世理毘賣爲嫡妻而。於宇迦能山〈三字以音〉之山本。於底津石根宮柱布刀斯理。〈此四字以音〉於高天原冰椽多迦斯理〈此四字以音〉而居。是奴也。故持其大刀弓。追避其八十神之時。每坂御尾追伏。每河瀨追撥而。始作國也。故其八上比賣者。如先期美刀阿多波志都。〈此七字以音〉故其八上比賣者。雖率來。畏其嫡妻須世理毘賣而。其所生子者。刺狹木俣而返。故名其子云木俣神。亦名謂御井神也。
現代語訳
すると八十神はこれを見て、またもだまして山に連れて入り、大木を切り倒して、くさびを打ち込んで割れ目を作り、その中に大穴牟遅神を入らせると、すぐにそのくさびを打ち抜いて、挟み殺してしまった。そこでまた母神が泣きながら探し求めると、見つけ出して、その木を裂いて取り出し、生き返らせて、その子に「おまえがここにいたら、最後には八十神に滅ぼされてしまうだろう」と言って、すぐに木の国の大屋毘古神のもとへ急いで送り出された。ところが八十神は探し求めて追いつき、矢をつがえて引き渡しを迫ったので、大穴牟遅神は木の股をくぐり抜けて逃げ去られた。母神は子に「須佐能男命のいらっしゃる根の堅州国へ行きなさい。きっとその大神がよいようにはからってくださるでしょう」とおっしゃった。そこで、その言葉のとおりに須佐之男命のもとに参り着くと、その娘の須勢理毘売が出てきて大穴牟遅神を見て、目と目を見かわして結ばれ、家に戻ってその父に「とてもりっぱな神がおいでになりました」と申し上げた。
そこでその大神(須佐之男命)が出てきて見て、「これは葦原色許男という神だ」とおっしゃって、すぐに呼び入れて、蛇のいる部屋に寝かせられた。すると妻の須勢理毘売命は、蛇を払う領巾(ひれ)を夫に授けて、「その蛇が食いつこうとしたら、この領巾を三度振って打ち払いなさい」とおっしゃった。そこで教えのとおりにすると、蛇はおのずから静まったので、安らかに眠って出てこられた。また次の日の夜は、むかでと蜂のいる部屋に入れられたが、須勢理毘売がまた、むかでと蜂を払う領巾を授けて先のように教えたので、無事に出てこられた。また須佐之男命は、鏑矢を広い野原の中に射込んで、その矢を拾ってこさせた。大穴牟遅神がその野に入ったとき、すぐに火を放ってその野を周りから焼いた。そこで、出口がわからずにいると、鼠がやって来て言うには、「内はほらほら(中はがらんどう)、外はすぶすぶ(入口はすぼまっている)」。こう言うので、そこを踏むと、穴に落ちて隠れているあいだに、火は焼け過ぎていった。そこへその鼠が、あの鏑矢をくわえて持ってきて差し上げた。その矢の羽は、鼠の子どもたちがみな食べてしまっていた。
そのころ妻の須世理毘売は、葬式の道具を持って泣きながらやって来た。父の大神は、もう死んでしまったと思って、その野に出て立っておられると、大穴牟遅神がその矢を持ってきて差し上げた。そこで家に連れて入り、広い大部屋に呼び入れて、自分の頭のしらみを取らせた。その頭を見ると、むかでがたくさんいた。そこで妻(須世理毘売)が椋の木の実と赤土を夫に渡したので、その木の実をかみ砕き、赤土を口に含んで吐き出すと、大神はむかでをかみ砕いて吐き出していると思って、心の中でかわいい奴だと思って眠ってしまわれた。そこで大穴牟遅神は大神の髪をつかんで、その部屋の垂木ごとに結びつけ、五百人がかりで引くほどの大岩をその部屋の戸口にふさいで置き、妻の須世理毘売を背負い、大神の生大刀と生弓矢、それに天の詔琴を持って逃げ出したところ、その天の詔琴が木に触れて、大地が鳴り響いた。そこで眠っていた大神は、聞いて驚き、その部屋を引き倒してしまわれた。けれども、垂木に結びつけた髪をほどいているあいだに、二人は遠くまで逃げてしまった。そこで大神は黄泉比良坂まで追いかけてきて、はるかに遠く見やって、大穴牟遅神に呼びかけておっしゃった。「おまえが持っている生大刀と生弓矢で、おまえの異母兄弟たちを坂のすそに追い伏せ、川の瀬に追い払って、おまえが大国主神となり、また宇都志国玉神となって、我が娘の須世理毘売を正妻とし、宇迦の山のふもとに、地の底の岩盤に太い宮柱を立て、高天の原に届くほど高く千木をそびえさせて住め。こやつめ」。
そこでその大刀と弓を持って、八十神を追い払うときに、坂のすそごとに追い伏せ、川の瀬ごとに追い払って、国作りを始められた。さて、あの八上比売は、先の約束どおり大穴牟遅神と結婚した。そこで八上比売を出雲に連れて来られたが、八上比売は正妻の須世理毘売を恐れて、生んだ子を木の股に挟んで帰ってしまった。それで、その子の名を木俣神という。またの名を御井神という。
意訳
八十神に二度殺され、二度生き返った大穴牟遅神は、ついに地上を離れ、須佐之男命の住む根の堅州国へ向かいます。そこで待っていたのは、さらに厳しい試練でした。蛇・むかで・蜂の部屋、火に囲まれた野原――須佐之男命は娘の婿となる若者に次々と難題を課します。これは「難題婿」と呼ばれる昔話の型で、若者が試練を乗り越えて一人前の者として認められる、成人儀礼の神話化だと考えられます。
大穴牟遅神を救ったのは、妻となった須勢理毘売の知恵と、小さな鼠でした。「内はほらほら、外はすぶすぶ」という鼠の言葉は、地面の下に空洞があることを謎めいた言い方で教えたもので、昔話らしいユーモアがあります。頭のしらみ取りで、むかでをかむ代わりに木の実と赤土をかんで吐き出すのも、須勢理毘売の機転でした。一人の力ではなく、周りの助けを得て困難を越えていくのが、大国主神の物語の特徴です。
最後に須佐之男命が叫ぶ言葉は、怒りと祝福が入り混じった、古事記の中でも特に印象的な場面です。宝を奪って娘を連れて逃げる婿を、「こやつめ」と罵りながら、大国主神となって国を治め、出雲に大きな宮を建てよと命じる。こうして大穴牟遅神は、須佐之男命から受け継いだ生大刀・生弓矢という武力と、天の詔琴という祭祀の力を手にして、地上の王「大国主神」となります。宇迦の山のふもとに建てる宮は、のちの出雲大社とされます。
語釈・文法注
- 冰目矢
- くさび。木を割るときに打ち込む。原文の「茹矢」は、割れ目にくさびを打ち込んでおく意。
- 大屋毘古の神
- 木の国(紀伊国)の神。神生みの段で生まれた家屋の神と同じ名。紀伊は「木の国」とも書き、樹木の神(五十猛神)の信仰がある。
- 木の俣より漏き逃れて
- 木の股をくぐって逃げる。木の股は神霊の通り道と考えられ、そこをくぐると追手から逃れられるとされた。
- 根の堅洲國
- 須佐之男命が住む地下の国。死者の国(黄泉の国)とも、海の彼方の国とも解される。ここでは試練と再生の場として描かれる。
- 須勢理毘賣
- 須佐之男命の娘。「すせり」は勢いよく進む意とされる。大国主神の正妻となる。後半では「須世理毘売」と書く。
- 目交ひ
- 目と目を見かわすこと。互いに心を通わせ、結ばれること。
- 葦原色許男
- 大国主神の別名の一つ。「しこを」は醜い男の意ではなく、強く勇ましい男の意。須佐之男命が一目でその本性を見抜いて呼んだ名。
- 比禮
- 領巾(ひれ)。女性が首から肩に掛けた細長い布。振ると呪力を発し、蛇や虫を払うことができると考えられた。
- 吳公
- むかで。原文は「呉公」と書く。
- 鳴鏑
- 鏑矢(かぶらや)。先に穴のあいた鏑を付け、射ると音が鳴る矢。
- 內は洞々、外は窄々
- 「ほらほら」は中が空洞でがらんとしているさま、「すぶすぶ」は入口がすぼまって狭いさま。穴の口は狭いが中は広い、と鼠が教えた。
- 喪具
- 葬式の道具。大穴牟遅神が焼け死んだと思った須世理毘売が持ってきた。
- 椋の木の實
- ムクノキの実。黒く熟し、かむと赤土と混ざってむかでをかみ砕いたように見える。
- 生大刀・生弓矢
- 生命力に満ちた大刀と弓矢。須佐之男命の持つ宝で、武力による支配の象徴。
- 天の詔琴
- 神のお告げを受けるときに弾く琴。祭祀の力の象徴で、のちに仲哀天皇の段でも琴を弾いて神託を受ける場面がある。
- 底津石根に宮柱太知り
- 地の底の岩盤に太い柱を立てて。「高天の原に冰椽高知りて」と対になる、宮殿をたたえる決まった言い回し。祝詞にもよく見える。
- 冰椽
- 千木(ちぎ)。屋根の両端で交差させて高く突き出した木。
- 宇迦の山
- 出雲大社の背後の山とされる。島根県出雲市大社町の宇迦山。
- 是奴
- 「こやつ」。こいつめ。相手をののしる言葉だが、ここには婿を認める親しみもこもっている。
- 木の俣の神
- 八上比売が木の股に挟んで置いていった子。またの名の御井神は井戸の神で、安産や水の守り神とされる。
文法
- 滅ほさえなむ
- 「滅ぼす」の未然形+受身の上代の助動詞「ゆ」の連用形「え」+強意の「ぬ」の未然形+推量の「む」。「きっと滅ぼされてしまうだろう」。
- 參來つ
- 「参来(まゐく)」の連用形+完了の助動詞「つ」。「(りっぱな神が)やって来ました」。
- 居れ
- 「居(を)り」の命令形。「住め」。須佐之男命が命令口調で言う。
- 原文の「意禮」
- 「おれ(汝)」。相手を見下して呼ぶ二人称。訓み下しは「汝(なれ)」と訓む。
- 須勢理と須世理
- 原文・訓み下しとも、前半は「須勢理毘賣」、後半は「須世理毘賣」と書く。底本どおりとした。
解説
根の堅州国の話は、大穴牟遅神が試練を経て大国主神になるまでを語る、成長の物語です。蛇の室・むかでと蜂の室・野火・しらみ取りという一連の試練は、古代の成人儀礼や、巫者になるための修行を反映していると考えられています。須佐之男命は、恐ろしい試練を課す父であると同時に、最後には若者を祝福して王位を授ける存在として描かれます。
大穴牟遅神が須佐之男命から奪った三つの宝――生大刀・生弓矢・天の詔琴――は、それぞれ武力と祭祀の力を表しています。高天の原の天照大御神から邇邇芸命に三種の神器が授けられるのと対になり、地上の支配の正統性が須佐之男命から大国主神へと受け継がれたことを示しています。
須佐之男命の最後の言葉に出てくる宮殿の描写は、出雲大社の古い姿と結びつけられます。平安時代には、出雲大社の本殿は高さ十六丈(約48メートル)あったという伝承があり、2000年には境内から、三本の巨木を束ねた鎌倉時代の柱の跡が見つかって、巨大な神殿の実在が裏づけられました。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。66〜71頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日