古典ライブラリー

古事記 上巻

根の堅州国

再び八十神に殺されかけた大穴牟遅神は、母神の勧めで須佐之男命のいる根の堅州国へ逃れ、娘の須勢理毘売と結ばれる。須佐之男命は蛇・むかで・蜂の部屋や野火の試練を課すが、大穴牟遅神は須勢理毘売と鼠に助けられて切り抜け、須佐之男命の宝を奪って逃げる。須佐之男命は彼を大国主神と認め、国作りを命じる。

  1. 1於是ここに於是ここにここに、、、八十神やそがみ八十神やそがみやそがみ見み見みみててて、、、且また且またまた欺あざむ欺あざむあざむきてきてきて、、、山やま山やまやまににに率ゐ率ゐいててて入い入いいりてりてりて、、、大樹おほぎ大樹おほぎおおぎををを切き切ききりりり伏ふ伏ふふせせせ、、、矢や矢ややををを茹は茹ははめめめ、、、其そ其そそののの木き木ききににに打う打ううちちち立た立たたててて、、、其そ其そそののの中なか中なかなかににに入い入いいらしめてらしめてらしめて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち、、、其そ其そそのののををを打う打ううちちち離はな離はなはなちてちてちて、、、拷う拷ううちちち殺ころ殺ころころしきしきしき。。。爾かれ爾かれかれ亦また亦またまた其そ其そそののの御祖みおや御祖みおやみおやののの命みこと命みことみこと、、、哭な哭ななきつゝきつゝきつつ求ま求ままげばげばげば、、、見み見みみ得え得ええててて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち其そ其そそののの木き木ききををを拆さ拆ささきてきてきて取と取ととりりり出い出いいででで活い活いいしてしてして、、、其そ其そそののの御子みこ御子みこみこににに告の告ののりりり給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「汝な汝なな、、、此こ此ここにあらばにあらばにあらば、、、遂つひ遂つひついににに八十神やそがみ八十神やそがみやそがみににに滅ほろ滅ほろほろほさえなむほさえなむほさえなむ。。。」」」ととと告の告ののりりり給たま給たまたまひてひていて、、、乃すなは乃すなはすなわちちち木こ木ここののの國くに國くにくにのののののの神かみ神かみかみののの御所みと御所みとみとににに、、、速いそ速いそいそがしがしがし遣や遣ややりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。爾かれ爾かれかれ、、、八十神やそがみ八十神やそがみやそがみ、、、覓ま覓ままぎぎぎ追お追おおひひい臻いた臻いたいたりてりてりて、、、矢刺やさ矢刺やさやさすすす時とき時ときときににに、、、木こ木ここのののよりよりより漏く漏くくききき逃に逃ににれてれてれて去さ去ささりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。御祖みおや御祖みおやみおやののの命みこと命みことみこと、、、御子みこ御子みこみこににに告の告ののりりり給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「須佐能男すさのを須佐能男すさのをすさのおののの命みこと命みことみことのましますのましますのまします、、、ののの堅洲國かたすくに堅洲國かたすくにかたすくにににに參向まゐむか參向まゐむかまいむかてよてよてよ。。。必かなら必かならかならずずず其そ其そそののの大神おほかみ大神おほかみおおかみ議はか議はかはかりりり給たま給たまたまひなむひなむいなむ。。。」」」ととと詔の詔ののりりり給たま給たまたまふふう。。。かれかれかれ、、、詔命みこと詔命みことみことのののまに〳〵まに〳〵まにまに、、、須佐之男すさのを須佐之男すさのをすさのおののの命みこと命みことみことののの御所みと御所みとみとににに參到まゐいた參到まゐいたまいいたたりしかばたりしかばたりしかば、、、其そ其そそののの御女みむすめ御女みむすめみむすめ、、、出い出いいででで見み見みみててて、、、ひしてひしていして相婚あ相婚ああひましてひましていまして、、、還かへ還かへかえりりり入い入いいりてりてりて其そ其そそののの御父みちち御父みちちみちちににに、、、「「「甚麗いとうるは甚麗いとうるはいとうるわはははしきしきしき神かみ神かみかみ參來まゐき參來まゐきまいきつつつ。。。」」」ととと言まを言まをもうししし給たま給たまたまひきひきいき。。。於是八十神見。且欺率入山而。切伏大樹。茹矢。打立其木。令入其中。卽打離其冰目矢而拷殺也。爾亦其御祖命哭乍求者。得見。卽拆其木而。取出活。告其子言。汝有此間者。遂爲八十神所滅。乃速遣於木國之大屋毘古神之御所。爾八十神覓追臻而。矢刺之時。自木俣漏逃而去。御祖命告子云。可參向須佐能男命所坐之根堅洲國。必其大神議也。故隨詔命而。參到須佐之男命之御所者。其女須勢理毘賣出見。爲目合而相婚。還入白其父言甚麗神來。
  2. 2爾かれ爾かれかれ、、、其そ其そそののの大神おほかみ大神おほかみおおかみ出い出いいででで見み見みみててて、、、「「「此こ此ここははは、、、といふといふという神かみ神かみかみぞぞぞ。。。」」」ととと告の告ののりりり給たま給たまたまひてひていて、、、やがてやがてやがて喚よ喚よよびびび入い入いいれてれてれて、、、其そ其そそののの蛇へみ蛇へみへみののの室屋むろや室屋むろやむろやににに寢ね寢ねねしめしめしめ給たま給たまたまひきひきいき。。。於是ここに於是ここにここに、、、其そ其そそののの御妻みめ御妻みめみめ須勢理毘賣すせりびめ須勢理毘賣すせりびめすせりびめののの命みこと命みことみこと、、、蛇へみ蛇へみへみのののををを其そ其そそののの夫ひこぢ夫ひこぢひこじににに授さづ授さづさずけてけてけて曰の曰ののりりり給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「其そ其そそののの蛇へみ蛇へみへみ食く食くくはむとせばはむとせばわむとせば、、、此こ此ここののの比禮ひれ比禮ひれひれををを三度みたび三度みたびみたび擧ふ擧ふふりてりてりて、、、打う打ううちちち撥はら撥はらはらひたまへひたまへひたまえ。。。」」」ととと詔の詔ののりりり給たま給たまたまふふう。。。故かれ故かれかれ、、、敎をし敎をしをしへのへのへの如爲ごとせ如爲ごとせごとせ給たま給たまたまひしかばひしかばいしかば、、、蛇へみ蛇へみへみ、、、自づか自づかずかららら靜しづ靜しづしずまりしまりしまりし故かれ故かれかれににに、、、平たひら平たひらたいらくくく寢ね寢ねねててて出い出いいででで給たま給たまたまひきひきいき。。。亦また亦またまた、、、來き來ききるるる日ひ日ひひののの夜よる夜よるよるははは、、、ととと蜂はち蜂はちはちとのとのとの室屋むろや室屋むろやむろやににに入い入いいれれれ給たま給たまたまひしひしいしををを、、、且また且またまた吳公むかで吳公むかでむかで、、、蜂はち蜂はちはちののの振物ひれ振物ひれひれををを授さづ授さづさずけてけてけて、、、先さき先さきさきののの如ごと如ごとごと敎をし敎をしおしへへえ給たま給たまたまひしひしいし故かれ故かれかれににに、、、平たひら平たひらたいらくくく出い出いいででで給たま給たまたまひきひきいき。。。亦また亦またまた、、、ををを大野おほぬ大野おほぬおおぬののの中なか中なかなかににに射入いい射入いいいいれてれてれて、、、其そ其そそののの矢や矢ややををを採と採ととらしめらしめらしめ給たま給たまたまふふう。。。故かれ故かれかれ、、、其そ其そそののの野ぬ野ぬぬににに入い入いいりますりますります時とき時ときときににに、、、卽すなは卽すなはすなわちちち火以ひも火以ひもひもててて其そ其そそののの野ぬ野ぬぬををを燒や燒ややききき廻めぐ廻めぐめぐらしつらしつらしつ。。。於是ここに於是ここにここに、、、出い出いいでむでむでむ所ところ所ところところををを知し知ししらざるらざるらざる間ま間ままににに、、、鼠ねずみ鼠ねずみねずみ來き來ききててて云い云いいひけるひけるいけるははは、、、「「「內うち內うちうちははは、、、外と外ととははは窄々すぶすぶ窄々すぶすぶすぶすぶ。。。」」」斯か斯かかくいふくいふくいう故かれ故かれかれににに、、、其處そこ其處そこそこををを蹈ふ蹈ふふみしかばみしかばみしかば、、、落お落おおちちち入い入いいりりり隱かく隱かくかくりしりしりし間ま間ままににに、、、火ひ火ひひははは燒や燒ややけけけ過す過すすぎぬぎぬぎぬ。。。爾ここ爾ここここににに、、、其そ其そそののの鼠ねずみ鼠ねずみねずみかのかのかの鳴鏑なりかぶら鳴鏑なりかぶらなりかぶらををを咋く咋くくひひひ持も持ももちちち出い出いいででで來き來ききててて奉たてまつ奉たてまつたてまつりきりきりき。。。其そ其そそののの矢や矢ややののの羽は羽ははははは其そ其そそののの鼠ねずみ鼠ねずみねずみののの子等こども子等こどもこども、、、皆みな皆みなみな喫く喫くくひたりきひたりきひたりき。。。於是ここに於是ここにここに、、、其そ其そそののの御妻みめ御妻みめみめ、、、須世理毘賣すせりびめ須世理毘賣すせりびめすせりびめははは、、、ををを持も持ももちてちてちて哭な哭ななきつゝきつゝきつつ來き來ききましましまし、、、其そ其そそののの父ちち父ちちちちののの大神おほかみ大神おほかみおおかみははは、、、既すで既すですでににに死し死ししせぬとおもほしてせぬとおもほしてせぬとおもおして、、、其そ其そそののの野ぬ野ぬぬににに出い出いいででで立た立たたたせばたせばたせば、、、すなはちすなはちすなわち、、、其そ其そそののの矢や矢ややををを持も持ももちてちてちて奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる時とき時ときときににに、、、家いへ家いへいえににに率ゐ率ゐいててて入い入いいりてりてりて、、、八田間やたま八田間やたまやたまののの大室おほむろ大室おほむろおおむろににに喚よ喚よよびびび入い入いいれてれてれて、、、其そ其そそののの御頭みかしら御頭みかしらみかしらののの虱しらみ虱しらみしらみををを取と取ととらせらせらせ給たま給たまたまひきひきいき。。。故かれ故かれかれ、、、其そ其そそののの御頭みかしら御頭みかしらみかしらををを見み見みみればればれば、、、吳公むかで吳公むかでむかで多おほ多おほおおかりかりかり。。。於是ここに於是ここにここに其そ其そそののの御妻みめ御妻みめみめ、、、ののの木こ木ここののの實み實みみととと赤土はに赤土はにはにとととををを、、、其そ其そそののの夫ひこぢ夫ひこぢひこじににに授さづ授さづさずけけけ給たま給たまたまへばへばえば、、、其そ其そそののの木こ木ここののの實み實みみををを咋く咋くくひひひ破やぶ破やぶやぶりりり、、、赤土はに赤土はにはにををを含ふふ含ふふふくみてみてみて唾つば唾つばつばききき出い出いいししし給たま給たまたまへばへばえば、、、其そ其そそののの大神おほかみ大神おほかみおおかみ、、、吳公むかで吳公むかでむかでををを喰く喰くくひひひ破やぶ破やぶやぶりてりてりて唾つば唾つばつばききき出い出いいすとすとすと思おも思おもおもほしてほしておして、、、御おん御おんおん心こころ心こころこころににに愛は愛ははしくしくしく思おも思おもおもほしてほしておして御寢みね御寢みねみねましきましきましき。。。爾ここ爾ここここににに、、、其そ其そそののの大神おほかみ大神おほかみおおかみののの御髮みかみ御髮みかみみかみををを握と握ととりてりてりて、、、其そ其そそののの室むろ室むろむろののの椽たりき椽たりきたりき每ごと每ごとごとににに結ゆ結ゆゆひひい著つ著つつけてけてけて、、、五百引石いほびきいは五百引石いほびきいはいおびきいわををを其そ其そそののの室むろ室むろむろののの戶と戶ととににに取と取ととりりり塞さ塞ささへてへてえて、、、其そ其そそののの御妻みめ御妻みめみめ須世理毘賣すせりびめ須世理毘賣すせりびめすせりびめををを負お負おおひてひていて、、、其そ其そそののの大神おほかみ大神おほかみおおかみののの、、、生弓矢いくゆみや生弓矢いくゆみやいくゆみや、、、又また又またまた其そ其そそののの天あめ天あめあめのののををを取と取ととりりり持も持ももたしてたしてたして、、、逃に逃ににげげげ出い出いいでますでますでます時とき時ときときににに、、、其そ其そそののの天あめ天あめあめののの詔琴のりごと詔琴のりごとのりごと樹き樹ききにににふれてふれてふれて、、、地つち地つちつち、、、動鳴とよ動鳴とよとよきぬきぬきぬ。。。かれかれかれ、、、其そ其そそののの御寢みね御寢みねみねませるませるませる大神おほかみ大神おほかみおおかみ、、、聞き聞ききききき驚おどろ驚おどろおどろかしてかしてかして、、、其そ其そそののの室むろ室むろむろををを引ひ引ひひききき仆たふ仆たふたおししし給たま給たまたまひきひきいき。。。然しか然しかしかれどもれどもれども、、、椽たりき椽たりきたりきににに結ゆ結ゆゆへるへるえる御髮みかみ御髮みかみみかみををを解と解ととかするかするかする間ま間ままににに、、、遠とほ遠とほとおくくく逃に逃ににげげげ給たま給たまたまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、こゝにこゝにここに、、、黃泉比良坂よもつひらさか黃泉比良坂よもつひらさかよもつひらさかまでまでまで追お追おおひいでましてひいでましていいでまして、、、遙はろ遙はろはろばろにみさけてばろにみさけてばろにみさけて、、、大穴牟遲おほなむぢ大穴牟遲おほなむぢおおなむじののの神かみ神かみかみをををよばひてよばひてよばいて曰の曰ののりりり給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「其そ其そそののの汝な汝ななががが持も持ももたるたるたる生大刀いくだち生大刀いくだちいくだち生弓矢いくゆみや生弓矢いくゆみやいくゆみやををを以もつ以もつもつててて、、、汝な汝ななががが庶兄弟あにおと庶兄弟あにおとあにおとどもどもどもをばをばをば、、、坂さか坂さかさかののの御尾みを御尾みをみおににに追お追おおひひい伏ふ伏ふふせせせ、、、河かは河かはかはののの瀨せ瀨せせににに追お追おおひひい撥はら撥はらはらひてひてひて、、、汝な汝なな、、、大國主おほくにぬし大國主おほくにぬしおおくにぬしののの神かみ神かみかみととと爲な爲ななりりり、、、亦また亦またまた宇都志國玉うつしくにたま宇都志國玉うつしくにたまうつしくにたまののの神かみ神かみかみとなりてとなりてとなりて、、、其そ其そそののの我あ我ああががが女をんな女をんなおんな、、、須世理毘賣すせりびめ須世理毘賣すせりびめすせりびめををを嫡妻むかひめ嫡妻むかひめむかいめとしてとしてとして、、、ののの山やま山やまやまののの山本やまもと山本やまもとやまもとににに、、、ににに宮柱みやばしら宮柱みやばしらみやばしら太知ふとし太知ふとしふとしりりり、、、高天たかま高天たかまたかまののの原はら原はらはらににに高知たかし高知たかしたかしりてりてりて居を居をおれれれ、、、よよよ。。。」」」ととと詔の詔ののりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、其そ其そそののの大刀弓たちゆみ大刀弓たちゆみたちゆみををを持も持ももちてちてちて、、、其そ其そそののの八十神やそがみ八十神やそがみやそがみををを追お追おおひひい避そ避そそくるくるくる時とき時ときときににに、、、坂さか坂さかさかののの御尾みを御尾みをみお每ごと每ごとごとににに追お追おおひひい伏ふ伏ふふせせせ、、、河かは河かはかはののの瀨せ瀨せせ每ごと每ごとごとににに追お追おおひひいはらひてはらひてはらいて、、、國作くにつく國作くにつくくにつくりりり始はじ始はじはじめめめ給たま給たまたまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、其そ其そそののの八上比賣やかみひめ八上比賣やかみひめやかみひめははは、、、先さき先さきさきののの期ちぎり期ちぎりちぎりのごとのごとのごと御寢所みと御寢所みとみと與あた與あたあたはしつはしつわしつ。。。かれかれかれ、、、其そ其そそののの八上比賣やかみひめ八上比賣やかみひめやかみひめははは、、、率ゐ率ゐいててて來き來ききましつれどもましつれどもましつれども、、、其そ其そそののの嫡妻むかひめ嫡妻むかひめむかいめ須世理毘賣すせりびめ須世理毘賣すせりびめすせりびめをををかしこみてかしこみてかしこみて、、、其そ其そそののの生う生ううませるませるませる御子みこ御子みこみこをばをばをば、、、木こ木ここののの俣また俣またまたににに插さ插ささしししはさみてはさみてはさみて返かへ返かへかえりましきりましきりましき。。。かれかれかれ其そ其そそののの御子みこ御子みこみこののの御名みな御名みなみなををを、、、木こ木ここののの俣また俣またまたののの神かみ神かみかみととと申まを申まをもうすすす。。。亦また亦またまたののの御名みな御名みなみなはははののの神かみ神かみかみともまともまともまをををすすす。。。爾其大神出見而。告此者謂之葦原色許男。卽喚入而。令寢其蛇室。於是其妻須勢理毘賣命。以蛇比禮〈二字以音〉授其夫云。其蛇將咋。以此比禮三擧打撥。故如敎者。蛇自靜故。平寢出之。亦來日夜者。入吳公與蜂室。且授吳公蜂之比禮。敎如先故。平出之。亦鳴鏑射入大野之中。令採其矢。故入其野時。卽以火廻燒其野。於是不知所出之間。鼠來云。內者富良富良。〈此四字以音〉外者須夫須夫。〈此四字以音〉如此言故。蹈其處者。落隱入之間。火者燒過。爾其鼠咋持其鳴鏑出來而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。於是其妻須世理毘賣者。持喪具而哭來。其父大神者。思已死訖。出立其野。爾持其矢以奉之時。率入家而。喚入八田間大室而。令取其頭之虱。故爾見其頭者。吳公多在。於是其妻。以牟久木實與赤土。授其夫。故咋破其木實。含赤土唾出者。其大神。以爲咋破吳公唾出而。於心思愛而寢。爾握其大神之髮。其室每椽結著而。五百引石取塞其室戶。負其妻須世理毘賣。卽取持其大神之生大刀與生弓矢。及其天詔琴而。逃出之時。其天詔琴拂樹而地動鳴。故其所寢大神聞驚而。引仆其室。然解結椽髮之間遠逃。故爾追至黃泉比良坂。遙望呼謂大穴牟遲神曰。其汝所持之生大刀生弓矢以而。汝庶兄弟者。追伏坂之御尾。亦追撥河之瀨而。意禮〈二字以音〉爲大國主神。亦爲宇都志國玉神而。其我之女須世理毘賣爲嫡妻而。於宇迦能山〈三字以音〉之山本。於底津石根宮柱布刀斯理。〈此四字以音〉於高天原冰椽多迦斯理〈此四字以音〉而居。是奴也。故持其大刀弓。追避其八十神之時。每坂御尾追伏。每河瀨追撥而。始作國也。故其八上比賣者。如先期美刀阿多波志都。〈此七字以音〉故其八上比賣者。雖率來。畏其嫡妻須世理毘賣而。其所生子者。刺狹木俣而返。故名其子云木俣神。亦名謂御井神也。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

すると八十神はこれを見て、またもだまして山に連れて入り、大木を切り倒して、くさびを打ち込んで割れ目を作り、その中に大穴牟遅神を入らせると、すぐにそのくさびを打ち抜いて、挟み殺してしまった。そこでまた母神が泣きながら探し求めると、見つけ出して、その木を裂いて取り出し、生き返らせて、その子に「おまえがここにいたら、最後には八十神に滅ぼされてしまうだろう」と言って、すぐに木の国の大屋毘古神のもとへ急いで送り出された。ところが八十神は探し求めて追いつき、矢をつがえて引き渡しを迫ったので、大穴牟遅神は木の股をくぐり抜けて逃げ去られた。母神は子に「須佐能男命のいらっしゃる根の堅州国へ行きなさい。きっとその大神がよいようにはからってくださるでしょう」とおっしゃった。そこで、その言葉のとおりに須佐之男命のもとに参り着くと、その娘の須勢理毘売が出てきて大穴牟遅神を見て、目と目を見かわして結ばれ、家に戻ってその父に「とてもりっぱな神がおいでになりました」と申し上げた。

そこでその大神(須佐之男命)が出てきて見て、「これは葦原色許男という神だ」とおっしゃって、すぐに呼び入れて、蛇のいる部屋に寝かせられた。すると妻の須勢理毘売命は、蛇を払う領巾(ひれ)を夫に授けて、「その蛇が食いつこうとしたら、この領巾を三度振って打ち払いなさい」とおっしゃった。そこで教えのとおりにすると、蛇はおのずから静まったので、安らかに眠って出てこられた。また次の日の夜は、むかでと蜂のいる部屋に入れられたが、須勢理毘売がまた、むかでと蜂を払う領巾を授けて先のように教えたので、無事に出てこられた。また須佐之男命は、鏑矢を広い野原の中に射込んで、その矢を拾ってこさせた。大穴牟遅神がその野に入ったとき、すぐに火を放ってその野を周りから焼いた。そこで、出口がわからずにいると、鼠がやって来て言うには、「内はほらほら(中はがらんどう)、外はすぶすぶ(入口はすぼまっている)」。こう言うので、そこを踏むと、穴に落ちて隠れているあいだに、火は焼け過ぎていった。そこへその鼠が、あの鏑矢をくわえて持ってきて差し上げた。その矢の羽は、鼠の子どもたちがみな食べてしまっていた。

そのころ妻の須世理毘売は、葬式の道具を持って泣きながらやって来た。父の大神は、もう死んでしまったと思って、その野に出て立っておられると、大穴牟遅神がその矢を持ってきて差し上げた。そこで家に連れて入り、広い大部屋に呼び入れて、自分の頭のしらみを取らせた。その頭を見ると、むかでがたくさんいた。そこで妻(須世理毘売)が椋の木の実と赤土を夫に渡したので、その木の実をかみ砕き、赤土を口に含んで吐き出すと、大神はむかでをかみ砕いて吐き出していると思って、心の中でかわいい奴だと思って眠ってしまわれた。そこで大穴牟遅神は大神の髪をつかんで、その部屋の垂木ごとに結びつけ、五百人がかりで引くほどの大岩をその部屋の戸口にふさいで置き、妻の須世理毘売を背負い、大神の生大刀と生弓矢、それに天の詔琴を持って逃げ出したところ、その天の詔琴が木に触れて、大地が鳴り響いた。そこで眠っていた大神は、聞いて驚き、その部屋を引き倒してしまわれた。けれども、垂木に結びつけた髪をほどいているあいだに、二人は遠くまで逃げてしまった。そこで大神は黄泉比良坂まで追いかけてきて、はるかに遠く見やって、大穴牟遅神に呼びかけておっしゃった。「おまえが持っている生大刀と生弓矢で、おまえの異母兄弟たちを坂のすそに追い伏せ、川の瀬に追い払って、おまえが大国主神となり、また宇都志国玉神となって、我が娘の須世理毘売を正妻とし、宇迦の山のふもとに、地の底の岩盤に太い宮柱を立て、高天の原に届くほど高く千木をそびえさせて住め。こやつめ」。

そこでその大刀と弓を持って、八十神を追い払うときに、坂のすそごとに追い伏せ、川の瀬ごとに追い払って、国作りを始められた。さて、あの八上比売は、先の約束どおり大穴牟遅神と結婚した。そこで八上比売を出雲に連れて来られたが、八上比売は正妻の須世理毘売を恐れて、生んだ子を木の股に挟んで帰ってしまった。それで、その子の名を木俣神という。またの名を御井神という。

意訳

八十神に二度殺され、二度生き返った大穴牟遅神は、ついに地上を離れ、須佐之男命の住む根の堅州国へ向かいます。そこで待っていたのは、さらに厳しい試練でした。蛇・むかで・蜂の部屋、火に囲まれた野原――須佐之男命は娘の婿となる若者に次々と難題を課します。これは「難題婿」と呼ばれる昔話の型で、若者が試練を乗り越えて一人前の者として認められる、成人儀礼の神話化だと考えられます。

大穴牟遅神を救ったのは、妻となった須勢理毘売の知恵と、小さな鼠でした。「内はほらほら、外はすぶすぶ」という鼠の言葉は、地面の下に空洞があることを謎めいた言い方で教えたもので、昔話らしいユーモアがあります。頭のしらみ取りで、むかでをかむ代わりに木の実と赤土をかんで吐き出すのも、須勢理毘売の機転でした。一人の力ではなく、周りの助けを得て困難を越えていくのが、大国主神の物語の特徴です。

最後に須佐之男命が叫ぶ言葉は、怒りと祝福が入り混じった、古事記の中でも特に印象的な場面です。宝を奪って娘を連れて逃げる婿を、「こやつめ」と罵りながら、大国主神となって国を治め、出雲に大きな宮を建てよと命じる。こうして大穴牟遅神は、須佐之男命から受け継いだ生大刀・生弓矢という武力と、天の詔琴という祭祀の力を手にして、地上の王「大国主神」となります。宇迦の山のふもとに建てる宮は、のちの出雲大社とされます。

語釈・文法注

冰目矢
くさび。木を割るときに打ち込む。原文の「茹矢」は、割れ目にくさびを打ち込んでおく意。
大屋毘古の神
木の国(紀伊国)の神。神生みの段で生まれた家屋の神と同じ名。紀伊は「木の国」とも書き、樹木の神(五十猛神)の信仰がある。
木の俣より漏き逃れて
木の股をくぐって逃げる。木の股は神霊の通り道と考えられ、そこをくぐると追手から逃れられるとされた。
根の堅洲國
須佐之男命が住む地下の国。死者の国(黄泉の国)とも、海の彼方の国とも解される。ここでは試練と再生の場として描かれる。
須勢理毘賣
須佐之男命の娘。「すせり」は勢いよく進む意とされる。大国主神の正妻となる。後半では「須世理毘売」と書く。
目交ひ
目と目を見かわすこと。互いに心を通わせ、結ばれること。
葦原色許男
大国主神の別名の一つ。「しこを」は醜い男の意ではなく、強く勇ましい男の意。須佐之男命が一目でその本性を見抜いて呼んだ名。
比禮
領巾(ひれ)。女性が首から肩に掛けた細長い布。振ると呪力を発し、蛇や虫を払うことができると考えられた。
吳公
むかで。原文は「呉公」と書く。
鳴鏑
鏑矢(かぶらや)。先に穴のあいた鏑を付け、射ると音が鳴る矢。
內は洞々、外は窄々
「ほらほら」は中が空洞でがらんとしているさま、「すぶすぶ」は入口がすぼまって狭いさま。穴の口は狭いが中は広い、と鼠が教えた。
喪具
葬式の道具。大穴牟遅神が焼け死んだと思った須世理毘売が持ってきた。
椋の木の實
ムクノキの実。黒く熟し、かむと赤土と混ざってむかでをかみ砕いたように見える。
生大刀・生弓矢
生命力に満ちた大刀と弓矢。須佐之男命の持つ宝で、武力による支配の象徴。
天の詔琴
神のお告げを受けるときに弾く琴。祭祀の力の象徴で、のちに仲哀天皇の段でも琴を弾いて神託を受ける場面がある。
底津石根に宮柱太知り
地の底の岩盤に太い柱を立てて。「高天の原に冰椽高知りて」と対になる、宮殿をたたえる決まった言い回し。祝詞にもよく見える。
冰椽
千木(ちぎ)。屋根の両端で交差させて高く突き出した木。
宇迦の山
出雲大社の背後の山とされる。島根県出雲市大社町の宇迦山。
是奴
「こやつ」。こいつめ。相手をののしる言葉だが、ここには婿を認める親しみもこもっている。
木の俣の神
八上比売が木の股に挟んで置いていった子。またの名の御井神は井戸の神で、安産や水の守り神とされる。

文法

滅ほさえなむ
「滅ぼす」の未然形+受身の上代の助動詞「ゆ」の連用形「え」+強意の「ぬ」の未然形+推量の「む」。「きっと滅ぼされてしまうだろう」。
參來つ
「参来(まゐく)」の連用形+完了の助動詞「つ」。「(りっぱな神が)やって来ました」。
居れ
「居(を)り」の命令形。「住め」。須佐之男命が命令口調で言う。
原文の「意禮」
「おれ(汝)」。相手を見下して呼ぶ二人称。訓み下しは「汝(なれ)」と訓む。
須勢理と須世理
原文・訓み下しとも、前半は「須勢理毘賣」、後半は「須世理毘賣」と書く。底本どおりとした。

解説

根の堅州国の話は、大穴牟遅神が試練を経て大国主神になるまでを語る、成長の物語です。蛇の室・むかでと蜂の室・野火・しらみ取りという一連の試練は、古代の成人儀礼や、巫者になるための修行を反映していると考えられています。須佐之男命は、恐ろしい試練を課す父であると同時に、最後には若者を祝福して王位を授ける存在として描かれます。

大穴牟遅神が須佐之男命から奪った三つの宝――生大刀・生弓矢・天の詔琴――は、それぞれ武力と祭祀の力を表しています。高天の原の天照大御神から邇邇芸命に三種の神器が授けられるのと対になり、地上の支配の正統性が須佐之男命から大国主神へと受け継がれたことを示しています。

須佐之男命の最後の言葉に出てくる宮殿の描写は、出雲大社の古い姿と結びつけられます。平安時代には、出雲大社の本殿は高さ十六丈(約48メートル)あったという伝承があり、2000年には境内から、三本の巨木を束ねた鎌倉時代の柱の跡が見つかって、巨大な神殿の実在が裏づけられました。

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出典

底本
古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。66〜71頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日