古事記 上巻
神生みと伊邪那美命の死
国を生み終えた二神は、家・海・河口・風・木・山・野などの神々を次々に生む。最後に火の神迦具土を生んだ伊邪那美命は陰部を焼かれて亡くなり、悲しんだ伊邪那岐命は十拳剣で迦具土の首を斬る。その血と体から多くの神々が生まれる。
- 1既既すでににに國國くにををを生生うみみみ竟竟をへてへてへて、、、更更さらににに神神かみををを生生うみますみますみます。。。かれかれかれ生生うみませるみませるみませる神神かみののの御名御名みなははは、、、大事忍男大事忍男おおことおしおののの神神かみ、、、次次つぎににに石土毘古石土毘古いわつちびこののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに石巢比賣石巢比賣いわすひめののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに大戶日別大戶日別おおとひわけののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに天之吹男天之吹男あめのふきおののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに大屋毘古大屋毘古おおやびこののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに風木津別之忍男風木津別之忍男かざもつわけのおしおののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに海海うみののの神神かみ、、、御名御名みなはははののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに水戶水戶みなとののの神神かみ、、、御名御名みなはははののの神神かみ、、、次次つぎににに妹妹いも速秋津比賣速秋津比賣はやあきつひめののの神神かみををを生生うみましきみましきみましき。。。既生國竟。更生神。故生神名大事忍男神。次生石土毘古神。〈訓石云伊波亦毘古二字以音下效此〉次生石巢比賣神。次生大戶日別神。次生天之吹上男神。次生大屋毘古神。次生風木津別之忍男神。〈訓風云加邪訓木以音〉次生海神名大綿津見神。次生水戶神名速秋津日子神。次妹速秋津比賣神。〈自大事忍男神至秋津比賣神幷十神〉
- 2此此こののの速秋津日子速秋津日子はやあきつひこ速秋津比賣速秋津比賣はやあきつひめ二柱二柱ふたはしらののの神神かみ、、、河海河海かわうみににに因因よしりてりてりて持持もちちち別別わけてけてけて、、、生生うみませるみませるみませる神神かみののの御名御名みなははは沫那藝沫那藝あわなぎののの神神かみ、、、次次つぎににに沫那美沫那美あわなみののの神神かみ、、、次次つぎににに頰那藝頰那藝つらなぎののの神神かみ、、、次次つぎににに頰那美頰那美つらなみののの神神かみ、、、次次つぎにににののの神神かみ、、、次次つぎににに國之水分國之水分くにのみくまりののの神神かみ、、、次次つぎににに天之久比奢母智天之久比奢母智あめのくひざもちののの神神かみ、、、次次つぎににに國之久比奢母智國之久比奢母智くにのくひざもちののの神神かみ。。。次次つぎににに風風かぜののの神神かみ御名御名みなはははののの神神かみををを生生うみますみますみます、、、次次つぎににに木木こののの神神かみ御名御名みなはははののの神神かみををを生生うみますみますみます、、、次次つぎににに山山やまののの神神かみ御名御名みなはははののの神神かみををを生生うみますみますみます、、、次次つぎににに野野ぬののの神神かみ御名御名みなはははののの神神かみををを生生うみますみますみます、、、亦亦またののの御名御名みなははは野椎野椎のづちののの神神かみととと申申もうすすす。。。此此こののの大山津見大山津見おおやまつみののの神神かみ野椎野椎のづちののの神神かみ二柱二柱ふたはしらののの神神かみ、、、山野山野やまのににに因因よしりてりてりて持持もちちち別別わけてけてけて、、、生生うみませるみませるみませる神神かみののの御名御名みなははは天之狹土天之狹土あめのさづちののの神神かみ、、、次次つぎににに國之狹土國之狹土くにのさづちののの神神かみ、、、次次つぎににに天之狹霧天之狹霧あめのさぎりののの神神かみ、、、次次つぎににに國之狹霧國之狹霧くにのさぎりののの神神かみ、、、次次つぎににに天之闇戶天之闇戶あめのくらどののの神神かみ、、、次次つぎににに國國くにののの闇戶闇戶くらどののの神神かみ、、、次次つぎににに大戶惑子大戶惑子おおとまといこののの神神かみ、、、次次つぎににに大戶惑女大戶惑女おおとまといめののの神神かみ。。。次次つぎににに生生うみませるみませるみませる神神かみののの御名御名みなははは、、、ののの石楠船石楠船いわくすぶねののの神神かみ、、、亦亦またののの御名御名みなははは天天あめののの鳥船鳥船とりぶねととと申申もうすすす。。。次次つぎにににののの神神かみををを生生うみましみましみまし、、、次次つぎににに火之夜藝速男火之夜藝速男ひのやぎはやおののの神神かみををを生生うみますみますみます、、、亦亦またののの御名御名みなははは火之炫毘古火之炫毘古ひのかがびこののの神神かみ、、、亦亦またののの御名御名みなはははののの神神かみととと申申もうすすす。。。此此こののの御子御子みこををを生生うみますにみますにみますに因因よしりりり、、、燃燃もかえてかえてかえて病臥病臥やみこやせりせりせり。。。になりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、金山毘古金山毘古かなやまびこののの神神かみ、、、金山毘賣金山毘賣かなやまびめののの神神かみ、、、次次つぎににに屎屎くそになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、ののの神神かみ、、、次次つぎににに波邇夜須毘賣波邇夜須毘賣はにやすびめののの神神かみ。。。次次つぎににに尿尿ゆまりになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、ののの神神かみ、、、次次つぎににに和久產巢日和久產巢日わくむすびののの神神かみ、、、此此こののの神神かみののの御子御子みこをををののの神神かみととと申申もうすすす。。。かれかれかれ、、、伊邪那美伊邪那美いざなみののの神神かみははは火火ひののの神神かみををを生生うみませるにみませるにみませるに因因よしりてりてりて、、、遂遂ついにににりましぬりましぬりましぬ。。。凡凡すべててて、、、伊邪那岐伊邪那岐いざなぎ伊邪那美伊邪那美いざなみ二柱二柱ふたはしらののの神神かみ、、、共共ともににに生生うみませるみませるみませる島島しま、、、十四島十四島とおまりよしま。。。神神かみ、、、三十五柱三十五柱みそじまりいつはしら。。。此速秋津日子速秋津比賣二神。因河海持別而生神名沫那藝神。〈那藝二字以音下效此〉次沫那美神。〈那美二字以音下效此〉次頰那藝神。次頰那美神。次天之水分神。〈訓分云久麻理下效此〉次國之水分神。次天之久比奢母智神。〈自久以下五字以音下效此〉次國之久比奢母智神。〈自沫那藝神至國之久比奢母智神幷八神〉次生風神名志那都比古神。〈此神名以音〉次生木神名久久能智神。〈此神名亦以音〉次生山神名大山〈上〉津見神。次生野神名鹿屋野比賣神。亦名謂野椎神。〈自志那都比古神至野椎幷四神〉此大山津見神。野椎神二神。因山野持別而。生神名天之狹土神。〈訓土云豆知下效此〉次國之狹土神。次天之狹霧神。次國之狹霧神。次天之闇戶神。次國之闇戶神。次大戶惑子神。〈訓惑云麻刀比下效此〉次大戶惑女神。〈自天之狹土神至大戶惑女神幷八神〉次生神名鳥之石楠船神。亦名謂天鳥船。次生大宜都比賣神。〈此神名以音〉次生火之夜藝速男神。〈夜藝二字以音〉亦名謂火之炫毘古神。亦名謂火之迦具土神。〈迦具二字以音〉因生此子。美蕃登〈此三字以音〉見炙而病臥在。多具理邇〈此四字以音〉生神名金山毘古神。〈訓金云迦那下效此〉次金山毘賣神。次於屎成神名波邇夜須毘古神。〈此神名以音〉次波邇夜須毘賣神。〈此神名亦以音〉次於尿成神名彌都波能賣神。次和久產巢日神。此神之子謂豐宇氣毘賣神。〈自宇以下四字以音〉故伊邪那美神者。因生火神。遂神避坐也。〈自天鳥船至豐宇氣毘賣神幷八神〉凡伊邪那岐伊邪那美二神。共所生島壹拾肆島。神參拾伍神。〈是伊邪那美神未神避以前所生。唯意能碁呂島者。非所生。亦蛭子與淡島。不入子之例。〉
- 3かれこゝにかれこゝにかれここに伊邪那岐伊邪那岐いざなぎののの命命みこと詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「愛愛うつくしきしきしき我我あががが那邇妹那邇妹なにもののの命命みことややや、、、子子こののの一一ひとつつつ木木きににに易易やすへつるかもへつるかもえつるかも。。。」」」ととと宣宣のりりり給給たまひてひていて、、、御枕御枕みまくらべにべにべに匍匐匍匐はらばひひひ、、、御足御足みあしべにべにべにはははらばひてらばひてらばいて泣泣なききき給給たまふふう時時ときににに、、、御涙御涙みなみだににに成成なりませるりませるりませる神神かみははは、、、香山之畝尾香山之畝尾かぐやまのうねおののの木木こののの本本もとにますにますにます、、、御名御名みなはははののの神神かみ。。。故故かれそのそのその神避神避かむさりまししりまししりましし伊邪那美伊邪那美いざなみののの神神かみははは、、、出雲出雲いずもののの國國くにととと伯伎伯伎ははきののの國國くにとのとのとの堺堺さかいののの山山やまににに葬葬かくしまつりきしまつりきしまつりき。。。故爾伊邪那岐命詔之。愛我那邇妹命乎。〈那邇二字以音下效此〉謂易子之一木乎。乃匍匐御枕方。匍匐御足方而哭時。於御涙所成神。坐香山之畝尾木本。名泣澤女神。故其所神避之伊邪那美神者。葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也。
- 4是是ここににに伊邪那岐伊邪那岐いざなぎののの命命みこと、、、みみみ佩佩はかせるかせるかせるををを拔拔ぬきてきてきて、、、其其そののの御子御子みこ迦具土迦具土かぐつちののの神神かみのみのみのみ首首おびとををを斬斬きりりり給給たまふふう。。。爾爾ここにそのにそのにその御刀御刀みはかしのさきにつけるのさきにつけるのさきにつける血血ち、、、にたばしりつきてにたばしりつきてにたばしりつきて成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、石拆石拆いわさくののの神神かみ、、、次次つぎににに根拆根拆ねさくののの神神かみ、、、次次つぎににに石筒之男石筒之男いわつつのおののの神神かみ、、、次次つぎににに御刀御刀みはかしののの本本もとにつけるにつけるにつける血血ちももも、、、湯津石村湯津石村ゆついわむらにたばしりつきてにたばしりつきてにたばしりつきて成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、甕速日甕速日みかはやひののの神神かみ、、、次次つぎははは樋速日樋速日ひはやひののの神神かみ、、、次次つぎにににののの神神かみ、、、亦亦またののの御名御名みなははは建布都建布都たけふつののの神神かみ、、、亦亦またののの御名御名みなははは豐布都豐布都とよふつののの神神かみ、、、次次つぎににに御刀御刀みはかしののの手上手上たがみにあつまるにあつまるにあつまる血血ち、、、手俣手俣たなまたよりよりより漏漏くききき出出いててて成成なりませるりませるりませる神神かみののの御名御名みなははは、、、ののの神神かみ、、、次次つぎににに闇御津羽闇御津羽くらみつはののの神神かみ。。。上上かみののの件件くだり、、、石拆石拆いわさくののの神神かみよりよりより下下しも、、、闇御津羽闇御津羽くらみつはののの神神かみまでまでまで、、、幷幷あわせてせてせて八柱八柱やはしらははは、、、御刀御刀みはかしににに依依よりてりてりて生生なりませるりませるりませる神神かみなりなりなり。。。於是伊邪那岐命。拔所御佩之十拳劒。斬其子迦具土神之頸。爾著其御刀前之血。走就湯津石村。所成神名。石拆神。次根拆神。次石筒之男神。〈三神〉次著御刀本血亦。走就湯津石村。所成神名。甕速日神。次樋速日神。次建御雷之男神。亦名建布都神。〈布都二字以音下效此〉亦名豐布都神。〈三神〉次集御刀之手上血。自手俣漏出。所成神名。〈訓漏云久伎〉闇淤加美神。〈淤以下三字以音下效此〉次闇御津羽神。上件自石拆神以下。闇御津羽神以前。幷八神者因御刀所生之神者也。
- 5殺殺ころさえまししさえまししさえましし迦具土迦具土かぐつちののの神神かみののの御頭御頭みかしらになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなはははののの神神かみ、、、次次つぎににに御胸御胸みむねになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは淤縢山津見淤縢山津見おどやまつみののの神神かみ、、、次次つぎににに御腹御腹みはらになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは奧山津見奧山津見おくやまつみののの神神かみ、、、次次つぎににに御陰御陰みほとになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは闇山津見闇山津見くらやまつみののの神神かみ、、、次次つぎににに左左ひだりののの御手御手みてになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは志藝山津見志藝山津見しぎやまつみののの神神かみ、、、次次つぎににに右右みぎりののの御手御手みてになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは羽山津見羽山津見はやまつみののの神神かみ、、、次次つぎににに左左ひだりののの御足御足みあしになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは原山津見原山津見はらやまつみののの神神かみ、、、次次つぎににに右右みぎりののの御足御足みあしになりませるになりませるになりませる神神かみののの御名御名みなははは戶山津見戶山津見とやまつみののの神神かみ。。。かれかれかれ斬斬きりりり給給たまへるへるえる御刀御刀みはかしののの名名なはははといふといふという、、、亦亦またののの名名なははは伊都之尾羽張伊都之尾羽張いつのおはばりといふといふという。。。所殺迦具土神之於頭所成神名。正鹿山〈上〉津見神。次於胸所成神名。淤縢山津見神。〈淤縢二字以音〉次於腹所成神名。奧山〈上〉津見神。次於陰所成神名。闇山津見神。次於左手所成神名。志藝山津見神。〈志藝二字以音〉次於右手所成神名。羽山津見神。次於左足所成神名。原山津見神。次於右足所成神名。戶山津見神。〈自正鹿山津見神至戶山津見神幷八神〉故所斬之刀名。謂天之尾羽張。亦名謂伊都之尾羽張。〈伊都二字以音〉
現代語訳
国を生み終えると、二神はさらに神々をお生みになった。生んだ神の御名は、大事忍男神。次に石土毘古神、次に石巣比売神、次に大戸日別神、次に天之吹男神、次に大屋毘古神、次に風木津別之忍男神をお生みになった。次に海の神、御名は大綿津見神をお生みになり、次に河口の神、御名は速秋津日子神、次に妹の速秋津比売神をお生みになった。(大事忍男神から速秋津比売神まで、あわせて十神。)
この速秋津日子・速秋津比売の二柱の神が、河と海とを分け持って生んだ神の御名は、沫那芸神、次に沫那美神、次に頬那芸神、次に頬那美神、次に天之水分神、次に国之水分神、次に天之久比奢母智神、次に国之久比奢母智神である。次に(伊邪那岐・伊邪那美の二神は)風の神、御名は志那都比古神をお生みになり、次に木の神、御名は久久能智神をお生みになり、次に山の神、御名は大山津見神をお生みになり、次に野の神、御名は鹿屋野比売神をお生みになった。またの御名は野椎神という。この大山津見神と野椎神の二柱の神が、山と野とを分け持って生んだ神の御名は、天之狭土神、次に国之狭土神、次に天之狭霧神、次に国之狭霧神、次に天之闇戸神、次に国之闇戸神、次に大戸惑子神、次に大戸惑女神である。次に(二神が)お生みになった神の御名は、鳥之石楠船神、またの御名は天鳥船という。次に大宜都比売神をお生みになり、次に火之夜芸速男神をお生みになった。またの御名は火之炫毘古神、またの御名は火之迦具土神という。この子をお生みになったために、伊邪那美命は陰部を焼かれて病み臥せってしまわれた。そのとき吐いたものから現れた神の御名は、金山毘古神と金山毘売神。次に大便から現れた神の御名は、波邇夜須毘古神、次に波邇夜須毘売神。次に尿から現れた神の御名は、弥都波能売神、次に和久産巣日神。この神の子を豊宇気毘売神という。こうして伊邪那美神は、火の神を生んだために、ついにお亡くなりになった。伊邪那岐・伊邪那美の二柱の神がともに生んだ島は、あわせて十四島、神は三十五柱である。
そこで伊邪那岐命は、「いとしい我が妻よ、子どもひとりと引き換えにしてしまうとは」とおっしゃって、伊邪那美命の枕もとに腹ばい、足もとに腹ばって泣かれたとき、その涙から現れた神は、香具山の畝尾の木の下にいらっしゃる、御名は泣沢女神。こうしてお亡くなりになった伊邪那美神は、出雲の国と伯伎(伯耆)の国との境にある比婆の山に葬り申し上げた。
そこで伊邪那岐命は、腰に帯びておられた十拳剣を抜いて、その子迦具土神の首をお斬りになった。すると、その御刀の先についた血が、神聖な岩の群れに飛び散って現れた神の御名は、石拆神、次に根拆神、次に石筒之男神。次に御刀の根元についた血も、岩の群れに飛び散って現れた神の御名は、甕速日神、次に樋速日神、次に建御雷之男神、またの御名は建布都神、またの御名は豊布都神。次に御刀の柄に集まった血が、指の間から漏れ出て現れた神の御名は、闇淤加美神、次に闇御津羽神。以上、石拆神から闇御津羽神まで、あわせて八柱は、御刀によって生まれた神である。
殺された迦具土神の頭から現れた神の御名は正鹿山津見神、胸から現れた神は淤縢山津見神、腹から現れた神は奥山津見神、陰部から現れた神は闇山津見神、左の手から現れた神は志芸山津見神、右の手から現れた神は羽山津見神、左の足から現れた神は原山津見神、右の足から現れた神は戸山津見神である。そして、お斬りになった御刀の名は天之尾羽張といい、またの名を伊都之尾羽張という。
意訳
国土を生んだ二神は、続いてその国土で人が暮らすのに必要なものを神として生んでいきます。大事忍男神から大屋毘古神までは石・土・戸口・屋根など家の造りに、風木津別之忍男神以下は風・海・河口・水の配分・風・木・山・野にかかわる神々で、住まいから自然界へと世界が整えられていく順序になっています。神々の名を並べるだけの部分も、名前の意味をたどると、古代の人々が世界をどう見ていたかが浮かび上がります。
最後に生まれた火の神迦具土は、母の伊邪那美命を焼き殺してしまいます。苦しむ伊邪那美命の嘔吐物から鉱山の神、大便から粘土(埴)の神、尿から水の神と、穀物の神が生まれるのは、火を使って金属を精錬し、土器を焼き、水を引いて田を作るという、人の暮らしの技術の起源を語っているとも読めます。火は恵みであると同時に、命を奪う恐ろしいものでもあったのです。
妻を失った伊邪那岐命の嘆き「子の一つ木に易へつるかも」は、子ひとりと引き換えに妻を失ったことへの悲しみで、神話の中の神とは思えないほど人間的な言葉です。怒りにまかせて子を斬ると、その血から雷や刀剣の神々(建御雷之男神など)が生まれます。火と鉄と雷を結びつける発想は、刀鍛冶の仕事や落雷の火を思わせます。
語釈・文法注
- 大綿津見の神
- 海の神。「わた」は海、「つ」は「の」、「み」は神霊の意。のちに山幸彦(火遠理命)が訪れる海神の宮の主として登場する。
- 速秋津日子の神
- 河口(水戸)の神。妹の速秋津比売神と対になり、河と海の境をつかさどる。「あきつ」は開く口の意ともいう。
- 天之水分の神
- 「みくまり」は水配り。山から流れ出る水を田に分け配る神。吉野水分神社などに祭られる。
- 志那都比古の神
- 風の神。「しな」は息の長いこと、「つ」は「の」の意で、長く吹く風を表すとされる。龍田大社に祭られる。
- 久々能智の神
- 木の神。「くく」は茎、「ち」は霊力の意とされる。
- 大山津見の神
- 山の神。のちに須佐之男命の妻櫛名田比売の祖父、邇邇芸命の妻木花之佐久夜毘売の父として登場する。
- 鹿屋野比賣の神
- 野の神。「かや」は萱(屋根をふく草)。またの名の野椎神は野の精霊の意。
- 鳥の石楠船の神
- 天鳥船ともいう。鳥のように速く、楠のように堅い船を神格化したもの。国譲りの場面で建御雷之男神に従って地上に降る。
- 大宜都比賣の神
- 「け」は食物の意で、食物の女神。四国の阿波の国の名と同じ。のちに須佐之男命に殺され、その体から五穀が生まれる。
- 火之迦具土の神
- 火の神。「かぐ」は輝く、「つ」は「の」、「ち」は霊力。母の伊邪那美命を焼いて死なせた。火伏せの神として愛宕神社・秋葉神社などに祭られる。
- 美蕃登
- 陰部。原文は音で書き、〈此の三字は音を以ゐよ〉と注する。
- 多具理
- 嘔吐物。「たぐる」(吐く)の名詞形。
- 波邇夜須毘古の神
- 「はに」は埴(粘土)。粘土の神で、土器作りや田の土にかかわる。
- 彌都波能賣の神
- 水の神。「みつは」は水が走る、または水の出る所の意とされる。
- 豐宇氣毘賣の神
- 「うけ」は食物。穀物の女神で、伊勢神宮の外宮に祭られる豊受大神と同じ神とされる。
- 神避り
- 神が亡くなること。神は死ぬのではなく、この世を去っていくと考えて「かむさる」という。
- 泣澤女の神
- 涙から生まれた、泣く女の神。葬儀で泣く役の女(泣き女)の起源ともいわれる。奈良県橿原市の畝尾都多本神社に祭られる。
- 比婆の山
- 伊邪那美命を葬った山。島根県と広島県の境の比婆山などに当てる説がある。日本書紀の一書では紀伊国の熊野の有馬村に葬ったとする。
- 十拳劍
- 握りこぶし十個分の長さの剣。長い剣の一般的な呼び名で、特定の一本を指すのではない。
- 湯津石村
- 神聖な岩の群れ。「ゆつ」は「斎つ」で、神聖な、清らかな、の意。
- 建御雷之男の神
- 雷の神であり、刀剣の神。のちに国譲りの使者として出雲に降り、大国主神に国を譲らせる。鹿島神宮の祭神。
- 闇淤加美の神
- 谷の水をつかさどる龍神。「くら」は谷、「おかみ」は龍。雨乞いの神として貴船神社などに祭られる。
- 正鹿山津見の神
- 迦具土神の体から生まれた八柱の山の神の一つ。以下、体の各部から山の神が生まれるのは、火山や焼畑と山の関係を表すともいわれる。
- 天之尾羽張
- 伊邪那岐命が迦具土神を斬った剣の名。のちに国譲りの段で、天の安の河の上流にいる神として再び登場する。
文法
- 生みまし
- 「生む」の連用形+尊敬の補助動詞「ます」の連用形。神々を次々に生む場面で「…を生みまし、次に…を生みまし」と連用形で続けていく。
- 燃かえて
- 底本の訓み下し。原文は「見炙而」で、焼かれての意。「燃(も)かゆ」は焼かれて痛むことをいうか。
- 神避りましぬ
- 「神避る」(神が亡くなる)の連用形+尊敬の補助動詞「ます」の連用形+完了の助動詞「ぬ」。
- 易へつるかも
- 「易ふ」(取り替える)の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形+詠嘆の終助詞「かも」。「取り替えてしまったことよ」と嘆く。
- 原文の段落
- 底本は、迦具土神の体から生まれた神々の原文と、続く黄泉の国の前半の原文を一つの段落にまとめ、その訓み下しも一続きにしている。当サイトでは説話の切れ目で分け、黄泉の国の部分は次の話に入れた。
解説
国生みに続く神生みでは、三十五柱(原文の分注による数え方)の神々が生まれます。家・海・河口・水・風・木・山・野と、身のまわりの自然が一つひとつ神として名づけられていく様子は、自然のすべてに神が宿ると考えた古代の人々の世界観をよく表しています。
伊邪那美命の死は、日本神話で初めての「死」です。火の神を生んだために母神が死ぬという話は、世界各地にある、火の起源を語る神話と共通する要素をもっています。また、嘔吐物・大便・尿という汚れたものから鉱物・粘土・水・穀物の神が生まれる点も特徴的で、死や汚れが新たな生命や恵みを生むという考え方がうかがえます。
伊邪那岐命が迦具土神を斬る場面では、刀剣と雷の神々が生まれます。中でも建御雷之男神は、のちに国譲りの交渉で活躍する重要な神です。殺された迦具土神の体の各部から山の神々が生まれるのは、殺された神の体から作物が生まれる大宜都比売神の話(須佐之男命の段)と同じく、「死体化生型」と呼ばれる神話の型に属します。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。31〜37頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日