古事記 下巻
曾婆訶理と反正天皇
石上神宮の履中天皇のもとに来た弟の水歯別命は、身の潔白を示すために墨江中王を討てと命じられる。水歯別命は中王に仕える隼人の曾婆訶理を「大臣にしてやる」とそそのかして主君を殺させるが、主君を殺した不義を憎み、大臣の位を与えた宴で大きな椀に顔が隠れた隙に斬り殺す。近つ飛鳥・遠つ飛鳥の地名の由来。履中天皇の崩御と、第十八代反正天皇の系譜。
- 1こゝにこゝにここに其其そのののののの命命みこと、、、參來參來まいきましてましてまして申申もうさしめさしめさしめ給給たまふふう。。。かれかれかれ天皇天皇すめらみこと詔詔のらしめらしめらしめ給給たまはくはくわく、、、「「「吾吾あ、、、汝汝なががが命命みこと若若もししし墨墨すみののの江江えののの中中なかつつつ王王みこととと同同おなじじじ心心こころならむかとならむかとならむかと思思おもほせばほせばおせば、、、相言相言あいいはじはじわじ。。。」」」ととと告告のらしめらしめらしめ給給たまへばへばえば、、、「「「吾吾あははは穢穢きたなききき心心こころなしなしなし、、、墨墨すみののの江江えののの中中なかつつつ王王みこととと同同おなじじじ心心こころもあらずもあらずもあらず。。。」」」ととと答答こたへへえ申申もうししし給給たまひきひきいき。。。亦亦また詔詔のらしめらしめらしめ給給たまはくはくわく、、、「「「然然しからばらばらば今今いま還還かえりりり下下おりてりてりて、、、墨墨すみののの江江えののの中中なかつつつ王王みこををを殺殺ころしてしてして上上たてまつりりり來來きませませませ。。。そのそのその時時ときにこそにこそにこそ、、、吾吾あ必必かならずあひずあひずあい言言いはははめめめ。。。」」」ととと告告のらしめらしめらしめ給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ卽卽すなわちちち難難かた波波なみににに還還かえりりり下下くだりましてりましてりまして、、、墨墨すみののの江江えののの中中なかつつつ王王みこににに近近ちかくくく仕仕つかへへえ奉奉たてまつるるる、、、名名なはははををを欺欺あざむきてきてきて、、、「「「若若もししし汝汝な吾吾あがいふことがいふことがいうことをををきかばきかばきかば、、、吾吾あ天皇天皇すめらみこととなりとなりとなり、、、汝汝なををを大臣大臣おおおみににに作作なしてしてして、、、天天あめののの下治下治したしろさむとすさむとすさむとす。。。いかにいかにいかに。。。」」」とのりたまひきとのりたまひきとのりたまいき。。。曾婆訶理曾婆訶理そばかり、、、「「「命命みことのののまに〳〵まに〳〵まにまに。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。かれそのかれそのかれその隼人隼人はやびとににに祿多祿多ものさわににに賜賜たまひてひていて、、、「「「然然しからばらばらば汝汝なののの王王みこををを殺殺とりりり奉奉たてまつれれれ。。。」」」ととと告告のりりり給給たまひきひきいき。。。こゝにこゝにここに曾婆訶理曾婆訶理そばかり、、、己己おのががが王王みこののの廁廁かはやににに入入いりませるりませるりませるををを竊竊うかがひてひてひて、、、矛矛ほこもちてもちてもちて刺刺さしてしてして殺殺ころせせせ奉奉たてまつりきりきりき。。。かれかれかれ曾婆訶理曾婆訶理そばかりををを率率いててて、、、倭倭やまとににに上上たてまつりりり出出いでますでますでます時時ときににに、、、大坂大坂おおさかののの山山やまののの口口くちににに到到いたりましてりましてりまして思思おもほさくはほさくはおさくわ、、、曾婆訶理曾婆訶理そばかり、、、吾吾あががが爲爲ためににに大功大功おおきいさおあれどもあれどもあれども、、、既既すでににに己己おのががが君君きみををを殺殺ころせせせ奉奉たてまつれるれるれるははは、、、なりなりなり。。。然然しかれどもれどもれども、、、其其そののの功功いさおををを賽賽むくいずばいずばいずば僞僞いつわりりせしになりぬべしりせしになりぬべしりせしになりぬべし。。。既既すでににに契契ちぎりしごとりしごとりしごと行行おこなはばはばわば、、、還還かえりてそのりてそのりてその情情こころこそこそこそ惶惶かしこけれけれけれ。。。かれそのかれそのかれその功功いさおははは報報むくゆともゆともゆとも、、、そのそのその正身正身むざねをばをばをば滅滅ほろほしてむとぞほしてむとぞほしてむとぞ思思おもほしけるほしけるおしける。。。是是ここををを以以もつててて、、、曾婆訶理曾婆訶理そばかりににに詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「今今いま日日ひははは此此こ處處ところににに留留とどまりてまりてまりて、、、先先まづづず大臣大臣おおおみののの位位くらいををを賜賜たまひてひていて、、、明日明日あす上上たてまつりまさむりまさむりまさむ。。。」」」ととと告告のりりり給給たまひてひていて、、、そのそのその山山やまののの口口くちににに留留とどまりましてまりましてまりまして、、、卽卽すなわちちち假宮假宮かりみやををを造造みやつこりてりてりて、、、忽忽たちまににに豐樂豐樂とよのあかりせしてせしてせして、、、乃乃すなわちそのちそのちその隼人隼人はやびとににに大臣大臣おおおみののの位位くらいををを賜賜たまひてひていて、、、百官百官つかさずかさをををしてしてして拜拜おろがましめたまふましめたまふましめたまう。。。隼人隼人はやびと、、、歡歡よろこびてびてびて志遂志遂こころざしとげぬとぞげぬとぞげぬとぞ思思おもひけるひけるいける。。。爰爰ここにそのにそのにその隼人隼人はやびとににに、、、「「「今今いま日日ひ、、、大臣大臣おおおみととと同同おなじじじ杯杯つきののの酒酒さけををを飮飮のみてむとすみてむとすみてむとす。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひてひていて、、、共共ともににに飮飮のますますます時時ときににに、、、面面おもををを隱隱かくすすすにそのにそのにその進進すすむるむるむる酒酒さけををを盛盛もりたりりたりりたり。。。是是ここににに王子先王子先みこまづづず飮飮のみみみ給給たまひてひていて、、、隼人隼人はやびと後後のちににに飮飮のむむむ。。。かれそのかれそのかれその隼人隼人はやびと飮飮のむむむ時時ときににに、、、大鋺面大鋺面おおまりおもををを覆覆おおひたりきひたりきいたりき。。。かれかれかれ席席むしろののの下下したににに置置おかせるかせるかせる劒劒つるぎををを取取とりりり出出いでてでてでて、、、そのそのその隼人隼人はやびとががが頸頸くびををを斬斬きりりり給給たまひきひきいき。。。かくしてかくしてかくして明日明日あすぞぞぞ上上たてまつりいでましけるりいでましけるりいでましける。。。かれそのかれそのかれその地地ところをををつつつ飛鳥飛鳥あすかとなづくとなづくとなずく。。。倭倭やまとににに上上たてまつりりり到到いたりましてりましてりまして詔詔のりりり給給たまはくはくわく、、、「「「今今いま日日ひははは此此こ處處ところににに留留とどまりてまりてまりて、、、祓禊祓禊はらいしてしてして、、、明日明日あす參出參出まいいでてでてでて、、、神神かみののの宮宮みやををを拜拜おろがまむまむまむ。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ其地其地そこをををつつつ飛鳥飛鳥あすかととと名名なづけきづけきずけき。。。かれかれかれ石石いそののの上上かみののの神神かみ宮宮みやににに參出參出まいいでてでてでて、、、天皇天皇すめらみことににに、、、「「「政政まつりごと既既すでににに平平たいらけけけ訖訖をへてへてへて參上參上まいのぼりてりてりて侍侍さもらふふう。。。」」」ととと奏奏まおさしめさしめさしめ給給たまひきひきいき。。。かれかれかれ召召めししし入入いれてれてれて相語相語あいかたらひらひらい給給たまひきひきいき。。。於是其伊呂弟水齒別命。參赴令謁。爾天皇令詔。吾疑汝命。若與墨江中王。同心乎故。不相言。答白僕者無穢邪心。亦不同墨江中王。亦令詔。然者。今還下而。殺墨江中王而。上來。彼時吾必相言。故卽還下難波。欺所近習墨江中王之隼人。名曾婆加理。云若汝從吾言者。吾爲天皇。汝作大臣。治天下。那何。曾婆訶理。答白隨命。爾多祿給其隼人曰。然者殺汝王也。於是曾婆訶理。竊伺己王入廁。以矛刺而殺也。故率曾婆訶理。上幸於倭之時。到大坂山口。以爲。曾婆訶理。爲吾雖有大功。既殺己君。是不義。然不賽其功。可謂無信。既行其信。還惶其情。故雖報其功。滅其正身。是以詔曾婆訶理。今日留此間而。先給大臣位。明日上幸。留其山口。卽造假宮。忽爲豐樂。乃於其隼人。賜大臣位。百官令拜。隼人歡喜。以爲遂志。爾詔其隼人。今日與大臣。飮同盞酒。共飮之時。隱面大鋺盛其進酒。於是王子先飮。隼人後飮。故其隼人飮時。大鋺覆面。爾取出置席下之劒。斬其隼人之頸。乃明日上幸。故號其地謂近飛鳥也。上到于倭詔之。今日留此間。爲祓禊而。明日參出。將拜神宮。故號其地謂遠飛鳥也。故參出石上神宮。令奏天皇。政既平訖參上侍之。爾召入而相語也。
- 2天皇天皇すめらみことこゝにこゝにここに阿知阿知あちののの直直あたえををを、、、始始はじめてめてめてののの官官つかさににに任任めししし給給たまひひい、、、亦粮地亦粮地またたどころをもをもをも賜賜たまひきひきいき。。。亦亦また此此こののの御世御世みよににに若櫻部若櫻部わかざくらべののの臣等臣等おみらににに若櫻部若櫻部わかざくらべといふといふという名名なををを賜賜たまひひい、、、またまたまた比賣陀比賣陀ひめだののの君君きみたちにたちにたちに比賣陀比賣陀ひめだののの君君きみといふといふという姓姓かばねををを賜賜たまひきひきいき。。。亦伊波禮部亦伊波禮部またいわれべををを定定さだめめめ給給たまひきひきいき。。。このこのこの天皇天皇すめらみことののの御年六十四歲御年六十四歲みとしむそじまりよつ、、、御陵御陵みはかははは毛受毛受もずにありにありにあり。。。天皇於是以阿知直。始任藏官。亦給粮地。亦此御世。於若櫻部臣等。賜若櫻部名。又比賣陀君等。賜姓謂比賣陀之君也。亦定伊波禮部也。天皇之御年。陸拾肆歲。御陵在毛受也。
- 3水齒別水齒別みずはわけののの命命みこと、、、多治比多治比たじひのののののの宮宮みやにましましてにましましてにましまして天天あめののの下治下治したしろしめしきしめしきしめしき。。。此此こののの天皇天皇すめらみこと、、、御身御身みみののの長九尺二寸半長九尺二寸半たけここのさかふたきあまり、、、御齒御齒みはははは長長ながさささ一寸廣一寸廣ひときひろさささ二分二分ふたきだ、、、上下等上下等かみしもひとしくしくしく齊齊ととのひてひてひて、、、既既すでににに珠珠たまををを貫貫ぬけるがけるがけるが如如ごとくなりきくなりきくなりき。。。天皇天皇すめらみこと、、、丸邇丸邇わにののの許碁登許碁登こごとののの臣臣おみののの女女め、、、都怒都怒つぬののの郞女郞女いらつめををを娶娶あしてしてして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、甲斐甲斐かいののの郞女郞女いらつめ。。。次次つぎににに都夫良都夫良つぶらののの郞女郞女いらつめ。。。(((二柱二柱ふたはしら。。。)))またまたまた同同おなじじじ臣臣おみののの女女め、、、弟比賣弟比賣おとひめををを娶娶あしてしてして生生うみませるみませるみませる御子御子みこ、、、財財たからののの王王みこ。。。次次つぎににに多訶辨多訶辨たかべののの郞女郞女いらつめ。。。幷幷あわせてせてせて四王四王よはしらましきましきましき。。。このこのこの天皇天皇すめらみことののの御年六十歲御年六十歲みとしむそじ、、、御陵御陵みはかはははにありにありにあり。。。水齒別命。坐多治比之柴垣宮。治天下也。此天皇。御身之長九尺二寸半。御齒長一寸廣二分。上下等齊。既如貫珠。天皇娶丸邇之許碁登臣之女。都怒郞女。生御子。甲斐郞女。次都夫良郞女。〈二柱〉又娶同臣之女。弟比賣。生御子。財王。次多訶辨郞女。幷四王也。天皇之御年陸拾歲。御陵在毛受野也。
現代語訳
さてその同母弟の水歯別命が参上して、お目通りを願い出た。すると天皇はこう伝えさせた。「私は、おまえがもしや墨江中王と同じ心ではないかと疑っているので、会って話はしない」。水歯別命が「私には汚い心はありません。墨江中王と同じ心でもありません」とお答えすると、天皇はまた「それなら今すぐ難波に戻って墨江中王を殺して上って来い。そのときこそ必ず会って話をしよう」と伝えさせた。そこで水歯別命はすぐに難波に戻り、墨江中王のそば近くに仕える隼人で、名は曾婆加理という者をだまして、「もしおまえが私の言うことを聞けば、私が天皇となり、おまえを大臣にして、天下を治めよう。どうだ」とおっしゃった。曾婆訶理は「仰せのとおりにいたします」と申し上げた。そこでその隼人にたくさんの品物を与えて、「それならおまえの主君を殺せ」とおっしゃった。そこで曾婆訶理は、自分の主君が厠に入るのをうかがって、矛で刺し殺した。そこで曾婆訶理を連れて大和へ上っていくとき、大坂の山の入口に着いて、こうお考えになった。「曾婆訶理は、私のためには大きな手柄を立てたが、自分の主君を殺したのは不義である。けれども、
その手柄に報いなければ、うそをついたことになる。かといって約束どおりにすれば、かえってその心が恐ろしい。だから手柄には報いても、その身は滅ぼしてしまおう」。そこで曾婆訶理に「今日はここにとどまって、まずおまえに大臣の位を与え、明日上っていこう」とおっしゃって、その山の入口にとどまり、すぐに仮の宮を造って、急いで宴を催し、その隼人に大臣の位を与えて、役人たちに拝ませた。隼人は喜んで、志を遂げたと思った。そこでその隼人に「今日は大臣と同じ杯の酒を飲もう」とおっしゃって、ともに飲むときに、顔が隠れるほど大きな椀に、勧める酒を盛った。そして王子がまず飲み、隼人がそのあとで飲んだ。その隼人が飲むとき、大きな椀が顔を覆った。そこで敷物の下に置いておいた剣を取り出して、その隼人の首を斬った。こうして翌日上っていかれた。それでその地を近つ飛鳥と名づけた。大和に上り着いておっしゃった。「今日はここにとどまって祓えをして、明日参上して神宮を拝もう」。それでその地を遠つ飛鳥と名づけた。そして石上神宮に参上して、天皇に「政務はすっかり片付けて、参上いたしました」と申し上げさせた。そこで天皇は呼び入れて、語り合われた。
天皇はそこで、阿知直を初めて蔵の官に任じ、また領地もお与えになった。またこの御世に、若桜部臣らに若桜部という名を与え、また比売陀君らに比売陀の君という姓をお与えになった。また伊波礼部を定められた。この天皇のお年は六十四歳。御陵は毛受にある。
水歯別命(反正天皇)は、多治比の柴垣の宮にいらして天下を治められた。この天皇は、御身の丈が九尺二寸半、御歯は長さ一寸、幅二分で、上下がそろって整い、まるで珠を貫き連ねたようであった。天皇は、丸邇の許碁登臣の娘、都怒郎女を妻として生んだ御子は、甲斐郎女、次に都夫良郎女。(二柱。)また同じ臣の娘、弟比売を妻として生んだ御子は、財王、次に多訶弁郎女。あわせて四王。この天皇のお年は六十歳。御陵は毛受野にある。
意訳
兄の履中天皇に疑われた水歯別命は、身の潔白を証明するため、反逆した墨江中王を討つことになります。中王に仕える隼人の曾婆訶理を「大臣にしてやる」と誘って主君を殺させますが、主君を裏切った者はいつか自分も裏切ると考え、約束どおり大臣の位を与えた直後に斬り殺しました。顔が隠れるほどの大きな椀で酒を飲ませ、その隙に斬るという場面は、冷酷な策略として印象に残ります。
翌日に到着した地を「近つ飛鳥」(大阪府羽曳野市飛鳥)、さらに翌日の地を「遠つ飛鳥」(奈良県明日香村)と名づけたという地名起源も語られます。水歯別命はのちに反正天皇として即位し、珠を連ねたような美しい歯をもつ、背の高い天皇として描かれています。
語釈・文法注
- 水齒別の命
- 第十八代反正天皇。歯が美しかったことからの名とされる。
- 隼人
- 南九州の人々。朝廷に仕えて宮門の警護などにあたった。
- 曾婆訶理
- 墨江中王に仕えた隼人。日本書紀では刺領巾。
- 不義
- 「きたなきわざ」。主君を殺すという道に外れた行い。
- 大鋺
- 「おほまり」。大きな椀。顔が隠れるほどの大きさだった。
- 近つ飛鳥
- 大阪府羽曳野市飛鳥の辺り。難波に近い飛鳥。
- 遠つ飛鳥
- 奈良県高市郡明日香村の辺り。難波から遠い飛鳥。
- 藏の官
- 朝廷の財物を納める蔵の管理をする役。
- 多治比の柴垣の宮
- 大阪府松原市上田の辺りにあったとされる宮。
- 毛受
- 大阪府堺市の百舌鳥。履中・反正天皇陵もこの地の古墳に治定されている。
文法
- 原文の「曾婆加理」と「曾婆訶理」
- 底本の原文は初出を「曾婆加理」、以下を「曾婆訶理」と書く。訓み下しも初出は「曾婆加里」とする。
- 賽いずば
- 底本の訓み下しは「賽いずば」と刷る。報いなければ。
解説
曾婆訶理の話は、日本書紀にもほぼ同じ形で記されています。主君を裏切った者を用いながら、用が済めば斬り捨てるという話は、忠義を重んじる考え方を示すとともに、皇位をめぐる争いの非情さを伝えています。
履中天皇の御世には、渡来人の阿知直を蔵の官に任じるなど、朝廷の組織が整えられていったことが記されます。反正天皇の段はごく短く、身体の特徴と系譜だけが記されています。中国の史書『宋書』に見える倭の五王のうち、「珍」を反正天皇にあてる説があります。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。249〜253頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
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