古典ライブラリー

古事記 下巻

志毘臣と歌垣

二王子が天下を治めようとするころ、平群臣の祖の志毘臣が歌垣で、袁祁命が妻にしようとしていた大魚という少女の手を取る。袁祁命も歌垣に立ち、二人は歌で激しく言い争う。夜が明けると、意富祁命・袁祁命は志毘臣が眠っている隙に軍を起こしてその家を囲み、討ち取る。その後、兄弟は皇位を譲り合い、名を明かした功のある弟の袁祁命が先に即位した。

  1. 1かれかれかれ、、、天あめ天あめあめののの下知したし下知したししたし召め召めめさむとせしさむとせしさむとせしほどほどほど、、、平羣へぐり平羣へぐりへぐりののの臣おみ臣おみおみののの祖おや祖おやおや、、、名な名ななはははののの臣おみ臣おみおみ、、、ににに立た立たたちてちてちて、、、そのそのその袁祁をけ袁祁をけおけののの命みこと命みことみことののの婚め婚めめさむとするさむとするさむとする美人をとめ美人をとめおとめののの手て手ててををを取と取ととれりれりれり。。。そのそのその孃女をとめ孃女をとめおとめははは、、、菟田うだ菟田うだうだののの首等おびとら首等おびとらおびとらががが女め女めめ、、、名な名ななはははといへりといへりといえり。。。かれかれかれ、、、袁祁をけ袁祁をけおけののの命みこと命みことみことももも歌垣うたがき歌垣うたがきうたがきににに立た立たたたしきたしきたしき。。。是ここ是ここここににに志毘しび志毘しびしびののの臣おみ臣おみおみ歌うた歌うたうたひけらくひけらくいけらく、、、大宮おほみや大宮おほみやおおみやののの   をををとつとつとつ   隅すみ隅すみすみかたぶけりかたぶけりかたぶけり   かくかくかく歌うた歌うたうたひてひていて、、、そのそのその歌うた歌うたうたののの末すゑ末すゑすえををを乞こ乞ここふふふ時とき時ときときににに、、、袁祁をけ袁祁をけおけののの命みこと命みことみこと歌うた歌うたうたひひい給たま給たまたまはくはくわく、、、   をぢなみこそをぢなみこそおじなみこそ   隅すみ隅すみすみかたぶけれかたぶけれかたぶけれ   かれかれかれ、、、志毘しび志毘しびしびののの臣おみ臣おみおみ亦また亦またまた歌うた歌うたうたひけらくひけらくいけらく、、、王みこ王みこみこののの   心こころ心こころこころををを寛ゆら寛ゆらゆらみみみ   臣おみ臣おみおみののの子こ子ここののの   八重やへ八重やへやへののの   入い入いいりりり立た立たたたずありたずありたずあり   是ここ是ここここににに、、、王きみ王きみきみ亦また亦またまた歌うた歌うたうたひひい給たま給たまたまはくはくわく、、、潮瀨しほせ潮瀨しほせしおせののの   波折なをり波折なをりなおりををを見み見みみればればれば   遊あそ遊あそあそびびび來き來ききるるる   がががはたでにはたでにはたでに   妻つま妻つまつまたてりたてりたてり見み見みみゆゆゆ   かれかれかれ、、、志毘しび志毘しびしびののの臣おみ臣おみおみ、、、愈いよいよ愈いよいよいよいよ忿いか忿いかいかりてりてりて、、、歌うた歌うたうたひけらくひけらくいけらく、、、大君おほきみ大君おほきみおおきみののの   王みこ王みこみこののの柴垣しばかき柴垣しばかきしばかき   八節結やふじま八節結やふじまやふじまりりり   結しま結しましまりりり廻もとほ廻もとほもとおししし   截き截ききれむれむれむ柴垣しばかき柴垣しばかきしばかき   燒や燒ややけむけむけむ柴垣しばかき柴垣しばかきしばかき   こゝにこゝにここに、、、王子みこ王子みこみこ亦また亦またまた歌うた歌うたうたひひい給たま給たまたまはくはくわく、、、よしよしよし   鮪しび鮪しびしびつくつくつく海人あま海人あまあまよよよ   其そ其そそがあればがあればがあれば   うらうらうら戀こほ戀こほこおしけむしけむしけむ   鮪突しびつ鮪突しびつしびつくくく鮪しび鮪しびしび   かくかくかく歌うた歌うたうたひてひていて、、、闘たたか闘たたかたたかひひひ明あか明あかあかしてしてして、、、退そ退そそけましぬけましぬけましぬ。。。明日つと明日つとつとめてめてめて、、、意富祁おほけ意富祁おほけおおけののの命みこと命みことみこと、、、袁祁をけ袁祁をけおけののの命みこと命みことみこと二柱ふたはしら二柱ふたはしらふたはしら、、、議はか議はかはかりりり給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「凡すべ凡すべすべててて朝廷みかど朝廷みかどみかどののの人等ひとども人等ひとどもひとどもははは、、、朝あした朝あしたあしたにににははは朝廷みかど朝廷みかどみかどににに參まゐ參まゐまいりりり、、、晝ひる晝ひるひるははは志毘しび志毘しびしびががが門かど門かどかどににに集つど集つどつどふふふ。。。かれかれかれ、、、今いま今いまいまははは鮪必しびかなら鮪必しびかならしびかならずずず寢ね寢ねねたらむたらむたらむ、、、其そ其そそののの門かど門かどかどににに人ひと人ひとひとももも無な無ななけむけむけむ。。。かれかれかれ、、、今いま今いまいまならずならずならずははは、、、謀はか謀はかはかりりり難かた難かたかたけむけむけむ。。。」」」ととと謀はか謀はかはかりてりてりて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち軍いくさ軍いくさいくさををを興おこ興おこおこしてしてして、、、志毘しび志毘しびしびののの臣おみ臣おみおみののの家いへ家いへいえををを圍かく圍かくかくみてみてみて、、、殺と殺ととりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。故將治天下之間。平羣臣之祖。名志毘臣。立于歌垣。取其袁祁命將婚之美人手。其孃子者。菟田首等之女。名大魚也。爾袁祁命亦立歌垣。於是志毘臣歌曰。意富美夜能。袁登都波多傳。須美加多夫祁理。如此歌而。乞其歌末之時。袁祁命歌曰。意富多久美。袁遲那美許曾。須美加多夫弖禮。爾志毘臣亦歌曰。意富岐美能。許許呂袁由良美。淤美能古能。夜幣能斯婆加岐。伊理多多受阿理。於是王子亦歌曰。斯本勢能。那袁理袁美禮婆。阿蘇毘久流。志毘賀波多傳爾。都麻多弖理美由。爾志毘臣愈忿歌曰。意富岐美能。美古能志婆加岐。夜布士麻理。斯麻理母登本斯。岐禮牟志婆加岐。夜氣牟志婆加岐。爾王子亦歌曰。意布袁余志。斯毘都久阿麻余。斯賀阿禮婆。宇良胡本斯祁牟。志毘都久志毘。如此歌而。鬪明。各退。明旦之時。意富祁命袁祁命二柱議云。凡朝廷人等者。旦參赴於朝廷。晝集於志毘門。亦今者志毘亦寢。亦其門無人。故非今者。難可謀。卽興軍。圍志毘臣之家乃。殺也。
  2. 2こゝにこゝにここに二柱ふたはしら二柱ふたはしらふたはしらののの王子みこ王子みこみこたちたちたち、、、かたみにかたみにかたみに天あめ天あめあめののの下した下したしたををを相讓あひゆづ相讓あひゆづあいゆずりたまひてりたまひてりたまいて、、、意富祁おほけ意富祁おほけおおけののの命みこと命みことみことそのそのその御おん御おんおん弟おとうと弟おとうとおとうと袁祁をけ袁祁をけおけののの命みこと命みことみことににに讓ゆづ讓ゆづゆずりりり給たま給たまたまはくはくわく、、、「「「針間はりま針間はりまはりまののの志自牟しじむ志自牟しじむしじむががが家いへ家いへいえににに住す住すすめりしめりしめりし時とき時ときときににに、、、汝な汝ななががが命みこと命みことみこと、、、名な名ななををを顯あら顯あらあらはははしたまはざらましかばしたまはざらましかばしたまわざらましかば、、、更さら更さらさらににに天あめ天あめあめののの下し下しし臨し臨ししらせむらせむらせむ君きみ君きみきみとととははは爲ため爲ためためらざらましらざらましらざらましををを、、、既すで既すですでににに汝な汝ななががが命みこと命みことみことののの功いさを功いさをいさおにぞありけるにぞありけるにぞありける。。。かれかれかれ、、、吾あ吾ああ、、、兄このかみ兄このかみこのかみにににはははあれどもあれどもあれども、、、猶なほ猶なほなお、、、汝な汝ななががが命みこと命みことみこと、、、先ま先ままづづず天あめ天あめあめののの下した下したしたををを知し知ししろしめしてよろしめしてよろしめしてよ。。。」」」といひてといひてといいて、、、堅かた堅かたかたくくく讓ゆづ讓ゆづゆずりりり給たま給たまたまひきひきいき。。。かれかれかれ、、、得え得ええ辭いな辭いないなみみみ給たま給たまたまはずてはずてわずて、、、袁祁をけ袁祁をけおけののの命みこと命みことみことぞぞぞ、、、先ま先ままづづず天あめ天あめあめののの下治したしろ下治したしろしたしろしめしけるしめしけるしめしける。。。於是二柱王子等。各相讓天下。意富祁命讓其弟袁祁命曰。住於針間志自牟家時。汝命不顯名者。更非臨天下之君。是既爲汝命之功。故吾雖兄。猶汝命先治天下而。堅讓。故不得辭而。袁祁命。先治天下也。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

さて、二王子が天下を治めようとしたころ、平群臣の祖で名を志毘臣という者が歌垣に立って、袁祁命が妻にしようとしていた美しい少女の手を取った。その少女は菟田首らの娘で、名は大魚といった。そこで袁祁命も歌垣にお立ちになった。すると志毘臣が歌った。

大宮の向こうの軒の端は、隅が傾いているぞ。

こう歌って、その歌の下の句を求めると、袁祁命がお歌いになった。

大工の腕が下手だから、隅が傾いているのだ。

そこで志毘臣がまた歌った。

大君の心がゆるやかなので、臣の子の私の八重の柴垣の中に、入って来られずにいる。

すると王子がまた歌われた。

潮の流れの瀬の波の重なりを見ると、泳いでくる鮪(しび)のひれのそばに、妻が立っているのが見える。

すると志毘臣はますます怒って歌った。

大君の王子の柴垣は、何重にも結い固め、結いめぐらしてあるが、切れてしまう柴垣だ、焼けてしまう柴垣だ。

すると王子がまた歌われた。

(おふをよし)鮪を突く海人よ、その鮪が離れて行ったら、心寂しく思うだろう。鮪を突く、その鮪よ。

こう歌って、言い争いながら夜を明かして、それぞれ退いた。翌朝、意富祁命と袁祁命の二柱が相談なさった。「すべて朝廷の人々は、朝は朝廷に参り、昼は志毘の門に集まる。今ごろ志毘はきっと寝ているだろう。その門には人もいないだろう。今でなければ、討つのは難しいだろう」。こう相談して、すぐに軍を起こ

して、志毘臣の家を囲み、討ち取られた。

さて二柱の王子たちは、互いに天下を譲り合われ、意富祁命はその弟の袁祁命に譲っておっしゃった。「針間の志自牟の家に住んでいたとき、あなたが名を明かさなかったら、とても天下を治める君にはなれなかっただろう。これはひとえにあなたの手柄だ。だから私は兄ではあるけれど、やはりあなたが先に天下を治めなさい」。こう言って固く譲られた。そこで辞退することもできず、袁祁命が先に天下を治められた。

意訳

歌垣は、春や秋に若い男女が集まって歌を掛け合い、求愛する行事でした。袁祁命と志毘臣は、一人の少女をめぐって歌で争います。志毘臣は「大宮の隅が傾いている」と王家の衰えをあざけり、袁祁命は「大工が下手だからだ」と切り返します。さらに志毘臣は「王子の柴垣は切れてしまう、焼けてしまう」と挑発し、袁祁命は志毘(鮪)を魚にたとえて「鮪を突く海人」と歌い返しました。

朝廷の人々が昼は志毘臣の門に集まるというほど、志毘臣は大きな力をもっていました。二王子は、歌垣で夜通し争った志毘臣が眠りこけている朝をねらって討ち取ります。そのあと兄弟は皇位を譲り合い、播磨で名乗り出た功績のある弟の袁祁命が先に即位しました(顕宗天皇)。兄弟が皇位を譲り合う話は、仁徳天皇と宇遅能和紀郎子の話とも重なります。

語釈・文法注

志毘の臣
平群臣の祖。朝廷で大きな力をもっていた。日本書紀では平群臣真鳥の子の鮪(しび)で、武烈天皇と影媛を争う話になっている。
歌垣
男女が集まって歌を掛け合い、求愛する行事。
大魚
菟田首らの娘。袁祁命が妻にしようとしていた少女。
をとつ端手
向こう側の軒の端。王家の衰えをほのめかす。
大匠
「おほたくみ」。大工の棟梁。
八重の柴垣
何重にもめぐらした柴の垣根。志毘臣の勢力のたとえ。
鮪つく海人
鮪(しび)はマグロ。志毘臣の名を掛ける。
大魚よし
「鮪」にかかる枕詞。少女の名「大魚」も掛ける。

文法

原文の「亦今者志毘亦寢」
底本の原文は「志毘亦寢」と刷り、訓み下しは「鮪必ず寢たらむ」とする(通行本文は「志毘必寢」)。底本どおりとした。
原文の「圍志毘臣之家乃。殺也」
底本の原文は「乃」の後に句点を刷る。底本どおりとした。
明日めて
底本は「明日めて」と書いて「つとめて」と訓む。翌朝。

歌謡

大宮の をとつ端手 隅かたぶけり

詠者
志毘臣
状況
歌垣で、王家の衰えをあざけって歌いかけた歌。

修辞

比喩
宮の軒の隅が傾くことに、王家の衰えをたとえる。

大匠 をぢなみこそ 隅かたぶけれ

詠者
袁祁命(顕宗天皇)
状況
志毘臣の歌の下の句を付けて切り返した歌。

修辞

連歌
志毘臣の上の句に下の句を付ける。

王の 心を寛み 臣の子の 八重の柴垣 入り立たずあり

詠者
志毘臣
状況
袁祁命に挑んだ歌。

修辞

比喩
八重の柴垣に、自分の勢力をたとえる。

潮瀨の 波折を見れば 遊び來る 鮪がはたでに 妻たてり見ゆ

詠者
袁祁命(顕宗天皇)
状況
志毘臣のそばに大魚が立っているのを見て歌った歌。

修辞

掛詞
「鮪(しび)」に志毘臣を掛ける。

大君の 王の柴垣 八節結り 結り廻し 截れむ柴垣 燒けむ柴垣

詠者
志毘臣
状況
ますます怒って王子を挑発した歌。

修辞

くり返し
「柴垣」をくり返す。

大魚よし 鮪つく海人よ 其があれば うら戀しけむ 鮪突く鮪

詠者
袁祁命(顕宗天皇)
状況
志毘臣に最後に歌い返した歌。

修辞

枕詞
「大魚よし」は「鮪」にかかり、少女の名の大魚を掛ける。
掛詞
「鮪」に志毘臣を掛ける。

解説

日本書紀では、この歌垣の話は武烈天皇(小泊瀬稚鷦鷯天皇)が皇太子のときに、平群鮪と影媛を争った話として記されています。古事記と日本書紀で、同じ歌謡が別の天皇の物語に結びつけられている例です。

歌垣は、筑波山の歌垣(常陸国風土記・万葉集)などが知られ、古代の人々が歌を通じて恋をし、争ったことを伝えています。

関連

出典

底本
古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。286〜288頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日