古事記 下巻
雁の卵と枯野の船
日女島で雁が卵を生んだので、天皇は長寿の建内宿禰に「大和の国で雁が卵を生むと聞いたことがあるか」と歌で問い、建内宿禰は「聞いたことがない。御子が国を治める瑞祥だ」と祝う。免寸河の西の大木で作った速い船「枯野」は、のちに塩を焼き、焼け残りで作った琴の音は七里に響いた。仁徳天皇は八十三歳で崩じる。
- 1又一時天皇又一時天皇あるときすめらみこと、、、豐樂豐樂とよのあかりししし給給たまはむとしてはむとしてわむとして、、、にいでませるにいでませるにいでませる時時ときににに、、、其其そののの島島しまにににみたりきみたりきみたりき。。。かれかれかれ建內建內たけうちののの宿禰宿禰すくねののの命命みことををを召召めしてしてして、、、御歌御歌みうたもてもてもて鴈鴈かりののの子子こ產產あめるめるめる狀狀さまををを問問とはしはしはし給給たまへるそのへるそのえるその御歌御歌みうた。。。たまきたまきたまきはははるるる 內內うちののの 汝汝なこそはこそはこそわ 世世よののの つつつ 倭倭やまとののの國國くにににに 鴈子產鴈子產かりこうととと 聞聞きくやくやくや こゝにこゝにここに建內建內たけうちののの宿禰宿禰すくね、、、歌歌うたもてもてもて語語かたりりり申申もうさくさくさく、、、高光高光たかひかるるる 日日ひののの御子御子みこ うべしこそうべしこそうべしこそ 問問とひひい給給たまへへえ 眞眞まこそにこそにこそに 問問とひひい給給たまへへえ 吾吾あこそはこそはこそわ 世世よののの長人長人ながひと 空見空見そらみつつつ 倭倭やまとののの國國くにににに 鴈子產鴈子產かりこうととと 未未いまだだだ聞聞きかずかずかず かくかくかく申申もうしてしてして、、、御琴御琴みことををを賜賜たまはははりてりてりて歌歌うたひけらくひけらくいけらく、、、汝汝なががが御子御子みこややや 遂遂ついににに知知しらむとらむとらむと 鴈鴈かりははは子子こ產產あらしらしらし 此此こはははののの片歌片歌かたうたなりなりなり。。。亦一時。天皇。爲將豐樂而。幸行日女島之時。於其島鴈生卵。爾召建內宿禰命。以歌。問鴈生卵之狀。其歌曰。多麻岐波流。宇知能阿曾。那許曾波。余能那賀比登。蘇良美都。夜麻登能久邇爾。加理古牟登。岐久夜。於是建內宿禰。以歌語白。多迦比迦流。比能美古。宇倍志許曾。斗比多麻閇。麻許曾邇。斗比多麻閇。阿禮許曾波。余能那賀比登。蘇良美都。夜麻登能久邇爾。加理古牟登。伊麻陀岐加受。如此白而。被給御琴。歌曰。那賀美古夜。都毘邇斯良牟登。加理波古牟良斯。此者本岐歌之片歌也。
- 2此此こののの御世御世みよにににののの西西にしののの方方かたににに一高樹一高樹ひとつたかきありけりありけりありけり。。。そのそのその樹樹きののの影影かげ、、、旦日旦日あさひににに當當あたればればれば、、、淡道淡道あわじ島島しまににに及及およびびび、、、夕日夕日ゆうひににに當當あたればればれば、、、ののの山山やまををを越越こしえきえきえき。。。かれかれかれ、、、此此こののの樹樹きををを切切きりてりてりて船船ふねににに作作つくれるにれるにれるに、、、いといといと捷捷とくくく行行ゆくくく船船ふねにぞありけるにぞありけるにぞありける。。。時時ときにそのにそのにその船船ふねののの名名なををを、、、とぞいひけるとぞいひけるとぞいいける。。。かれかれかれ、、、このこのこの船船ふねをもてをもておもて、、、旦夕旦夕あさよいににに淡道淡道あわじ島島しまののの寒泉寒泉しみずををを酌酌くみてみてみて、、、りきりきりき。。。このこのこの船船ふねののの破破やぶれたるもてれたるもてれたるもて鹽鹽しおををを燒燒やきききききき。。。其其そののの燒燒やききき遺遺のこれるれるれる木木きををを取取とりてりてりて琴琴ことににに作作つくりたりしにりたりしにりたりしに、、、そのそのその音七里音七里おとななさとにきこえたりきにきこえたりきにきこえたりき。。。かれかれかれ歌歌うたににに、、、枯野枯野からぬををを 鹽鹽しおににに燒燒やききき 斯斯しががが餘餘あまりりり 琴琴ことににに作作つくりりり 搔搔かききき引引ひくやくやくや ののの門門とののの 門中門中となかのののににに 振振ふれれれ立立たつつつ ののの木木きののの さや〳〵さや〳〵さやさや こここははは靜歌靜歌しつうたののの返歌返歌かえしうたなりなりなり。。。このこのこの天皇天皇すめらみこと、、、御年八十三歲御年八十三歲みとしやそじまりみつ。。。御陵御陵みはかははは毛受毛受もずのののにありにありにあり。。。此之御世。免寸河之西。有一高樹。其樹之影。當旦日者。逮淡道島。當夕日者。越高安山。故切是樹以。作船。甚捷行之船也。時號其船。謂枯野。故以是船。旦夕酌淡道島之寒泉。獻大御水也。茲船破壞以。燒鹽。取其燒遺木。作琴。其音響七里。爾歌曰。加良怒袁。志本爾夜岐。斯賀阿麻理。許登爾都久理。加岐比久夜。由良能斗能。斗那加能。伊久理爾。布禮多都。那豆能紀能。佐夜佐夜。此者志都歌之返歌也。此天皇。御年捌拾參歲。御陵在毛受之耳上原也。
現代語訳
またあるとき、天皇が宴を催そうとして、日女島にお出かけになったとき、その島で雁が卵を生んだ
ことがあった。そこで建内宿禰命を召して、御歌で、雁が卵を生んだ様子をお尋ねになった。その御歌は、
(たまきはる)内の朝臣よ、あなたこそは世にも長生きの人だ。(そらみつ)大和の国で、雁が卵を生むと聞いたことがあるか。
そこで建内宿禰が、歌で申し上げた。
(たかひかる)日の御子よ、よくぞお尋ねくださいました。まことによくお尋ねくださいました。私こそは世にも長生きの者ですが、(そらみつ)大和の国で、雁が卵を生むとは、まだ聞いたことがありません。
こう申し上げて、御琴をいただいて歌った歌は、
あなたの御子が、ついには国をお治めになるしるしとして、雁は卵を生んだのでしょう。
これは祝い歌の片歌である。
この御世に、免寸河の西に一本の高い木があった。その木の影は、朝日に当たると淡道島にまで届き、夕日に当たると高安山を越えた。そこでこの木を切って船に作ると、たいへん速く進む船であった。その船の名を枯野といった。そこでこの船で、朝夕に淡道島の清水を汲んで、天皇のお飲み水として差し上げた。この船が壊れたので、その材で塩を焼き、焼け残った木を取って琴に作ると、その音は七里の遠くまで聞こえた。そこで歌われた歌は、
枯野を塩焼きの薪にし、その余りで琴を作り、かき鳴らすと、由良の海峡の、海峡の中の岩に、揺れ立っている海に浸った木のように、さやさやと鳴ることよ。
これは静歌の返し歌である。
この天皇のお年は八十三歳。御陵は毛受の耳原にある。
意訳
雁は北から渡ってくる鳥で、日本で卵を生むことはめったにありません。その珍しい出来事を、天皇は長寿の建内宿禰に問い、建内宿禰は「長生きの私も聞いたことがない。御子の治世が長く続くしるしです」と祝いました。長寿の臣下が天皇の治世を祝福する、宮廷の祝い歌です。
朝日の影が淡路島に、夕日の影が高安山に届くほどの巨木から作られた船「枯野」は、淡路島の清水を天皇のもとへ運びました。船が壊れると塩焼きの薪にし、焼け残りから作った琴は七里先まで響いたといいます。巨木伝説と琴の起源を語る話で、古代の人々が大木や楽器に神秘的な力を感じていたことがうかがえます。
語釈・文法注
- 日女島
- 難波の島。大阪市西淀川区の姫島とする説がある。
- 鴈子產
- 雁が卵を生むこと。雁は日本では繁殖しないので、珍しい瑞祥とされた。
- たまきはる 內の朝臣
- 「たまきはる」は「うち」にかかる枕詞。「うちのあそ」は建内宿禰のこと。
- 世の長人
- 世にも長生きの人。建内宿禰は三百歳近く生きたと伝えられる。
- 空見つ
- 「やまと」にかかる枕詞。
- 祝歌の片歌
- 祝いの歌で、五七七の片歌の形のもの。
- 兔寸河
- 所在は未詳。大阪府高石市の辺りとする説がある。
- 高安の山
- 大阪府八尾市と奈良県の境の高安山。
- 枯野
- 「からぬ」。速い船の名。日本書紀では応神天皇の代の船とし、伊豆で作られたとする。
- 大御水
- 「おほもひ」。天皇の飲み水。
- 由良の門
- 紀淡海峡(由良の瀬戸)。
- 海石
- 「いくり」。海中の岩。
- 浸漬の木
- 「なづのき」。海水に浸かっている木。
- 毛受の耳原
- 仁徳天皇陵。大阪府堺市の大仙陵古墳に治定されている。
文法
- 原文の「免寸河」
- 底本は原文を「免寸河」、訓み下しを「兔寸河」と刷る。どちらも底本どおりとした。
- 原文の「御陵在毛受之耳上原也」
- 底本の原文は「耳上原」と刷り、訓み下しは「耳原」とする。
- うべしこそ
- 「まことにもっともなことに」。
歌謡
たまきはる 內の朝臣 汝こそは 世の長人 空見つ 倭の國に 鴈子產と 聞くや
- 詠者
- 仁徳天皇
- 状況
- 日女島で雁が卵を生んだことを、長寿の建内宿禰に問いかけた歌。
修辞
- 枕詞
- 「たまきはる」は「內」に、「空見つ」は「倭」にかかる。
高光る 日の御子 うべしこそ 問ひ給へ 眞こそに 問ひ給へ 吾こそは 世の長人 空見つ 倭の國に 鴈子產と 未だ聞かず
- 詠者
- 建内宿禰
- 状況
- 天皇の問いに答えた歌。
修辞
- 枕詞
- 「高光る」は「日」にかかる。
- くり返し
- 天皇の歌の句をくり返して答える。
汝が御子や 遂に知らむと 鴈は子產らし
- 詠者
- 建内宿禰
- 状況
- 御琴をいただいて歌った、天皇の治世を祝う片歌。
修辞
- 片歌
- 五七七の三句の歌。
枯野を 鹽に燒き 斯が餘り 琴に作り 搔き引くや 由良の門の 門中の海石に 振れ立つ 浸漬の木の さや〳〵
- 詠者
- (作者未詳)
- 状況
- 枯野の船の焼け残りで作った琴をたたえた歌。
修辞
- 比喩
- 琴の音を、海峡の岩に揺れる海中の木の音にたとえる。
- 擬音
- 結びの「さやさや」。
解説
仁徳天皇の段は、雁の卵の祝い歌と枯野の琴の話で終わります。どちらも天皇の治世の繁栄を祝う話で、聖帝とたたえられた仁徳天皇の御世をしめくくるのにふさわしい内容です。
枯野の話は、日本書紀では応神天皇の代のこととされ、伊豆国で作らせた「枯野」という船が老朽化したので塩を焼き、その焼け残りから琴を作ったと記されています。巨木の伝説は各地の風土記にも見られ、古代の人々が大木を神聖なものと考えていたことを示しています。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。244〜246頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日