古事記 下巻
引田部赤猪子
雄略天皇は美和河で衣を洗う美しい少女、引田部赤猪子に「嫁がずに待て。いずれ召そう」と告げて帰り、そのまま忘れてしまう。赤猪子は八十年待ち続け、老いてから思いを伝えるために宮に参上する。驚いた天皇は約束を忘れたことを詫び、年老いた赤猪子と結婚できないことを悔やんで歌を贈る。
- 1またまたまた或或ある時時とき、、、天皇天皇すめらみこと、、、遊遊あそびばしつゝばしつゝばしつつ、、、ににに到到いたりませるりませるりませる時時ときににに、、、河河かはののの邊邊べににに衣衣きぬ洗洗あらふふふ童女童女おとめありありあり。。。それそれそれ容姿容姿かおいといといと麗麗よかりきかりきかりき。。。天皇天皇すめらみこと、、、そのそのその童女童女おとめににに、、、「「「汝汝なははは誰誰たががが子子こぞぞぞ。。。」」」ととと問問とはしければはしければわしければ、、、「「「己己おのががが名名なははは引田部引田部ひけたべのののととと申申もうすすす。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。かれかれかれ、、、詔詔のらしめらしめらしめ給給たまへらくはへらくはえらくわ、、、「「「汝汝な、、、嫁嫁とつがずてあれがずてあれがずてあれ、、、今今いま喚喚めしてむしてむしてむ。。。」」」ととと詔詔のらしめらしめらしめ給給たまひてひていて、、、宮宮みやににに還還かえりましきりましきりましき。。。故故かれ、、、そのそのその赤猪子赤猪子あかいこ、、、天皇天皇すめらみことののの命命みことををを仰仰あうぎぎぎ待待まちてちてちて、、、既既すでににに八十歲八十歲やそとせををを經經へたりきたりきたりき。。。是是ここににに、、、赤猪子赤猪子あかいこ思思おもひけるひけるいけるははは、、、命命みことををを仰仰あうぎぎぎ待待まちつるちつるちつる間間ほどににに、、、已已すでににに許多許多ここだののの年年としををを經經へててて、、、姿體瘦姿體瘦かおかたちやさかみみみ萎萎しおけてあればけてあればけてあれば、、、更更さらににに恃恃たのみなしみなしみなし。。。然然しかれどもれどもれども、、、待待まちつるちつるちつる情情こころををを顯顯あらはははしまをさずてしまをさずてしまおさずてははは、、、悒悒いぶせくてくてくて得得えあらじとおもひてあらじとおもひてあらじとおもいて、、、ののの机代机代つくえしろののの物物ものををを持持もたしめてたしめてたしめて、、、參出參出まいいててて獻獻まつりきりきりき。。。然然しかるにるにるに、、、天皇天皇すめらみことははは、、、先先さきににに告告のりりり給給たまへりしことへりしことえりしことをばをばをば既既はやくくく忘忘わすらしてらしてらして、、、そのそのその赤猪子赤猪子あかいこににに問問とはしけらくはしけらくわしけらく、、、「「「汝汝なははは誰誰たれやしやしやし老女老女おみなぞぞぞ、、、何何なにすれぞすれぞすれぞ參來參來まいきつるつるつる。。。」」」ととと問問とはしければはしければわしければ、、、赤猪子赤猪子あかいこ申申もうしけらくしけらくしけらく、、、「「「そのそのその年年としのそののそののその月月つきににに、、、天皇天皇すめらみことののの命命みことををを被被かがうりてりてりて、、、今今いま日日ひまでまでまで大命大命おおみことをををあふぎあふぎあうぎ待待まちてちてちて、、、八十歲八十歲やそとせををを經經へにたりにたりにたり。。。今今いまははは容姿容姿かお既既すでににに老老おいていていて、、、更更さらににに恃恃たのみなしみなしみなし。。。然然しかはははあれどもあれどもあれども、、、己己おのががが志志こころざしををを顯顯あらはははししし申申もうさむとしてこそさむとしてこそさむとしてこそ、、、參出參出まいいつれつれつれ。。。」」」ととと申申もうしきしきしき。。。こゝにこゝにここに天皇天皇すめらみこと、、、いたくいたくいたく驚驚おどろきましてきましてきまして、、、「「「吾吾あははは早早はやくくく先先さきののの事事ことををを忘忘わすれたりれたりれたり。。。然然しかるにるにるに、、、汝汝な、、、守守まもににに命命みことををを待待まちてちてちて、、、徒徒いたずらにらにらに身身みののの盛年盛年さかりををを過過すししことししことししこと、、、いといといと愛愛いとおししし。。。」」」ととと詔詔のりりり給給たまひてひていて、、、婚婚めさまほしくさまほしくさまほしく思思おもほせどもほせどもおせども、、、そのいたくそのいたくそのいたく老老おいぬるにいぬるにいぬるに憚憚はばかりりり給給たまひてひていて、、、えええ婚婚めさずてさずてさずて、、、御歌御歌みうたををを賜賜たまひきひきいき。。。そのそのその御歌御歌みうた。。。御室御室みもろののの がもとがもとがもと 白檮白檮かしががが本本もと ゆゝしきかもゆゝしきかもゆゆしきかも またまたまた、、、引田引田ひけたののの 若若わかくへにくへにくえに 率寢率寢いねてましものてましものてましもの 老老おいにけるかもいにけるかもいにけるかも かれかれかれ、、、赤猪子赤猪子あかいこががが泣泣なくくく涙涙なみだににに、、、そのそのその服服きせるせるせるののの袖袖そで、、、悉濡悉濡ことごとぬれてれてれて、、、そのそのその大御歌大御歌おおみうたににに答答こたへへえ奉奉たてまつれるれるれる歌歌うた。。。御室御室みもろににに つくやつくやつくや つきつきつき餘餘あまししし 誰誰たれにかもにかもにかも依依よらむらむらむ 神神かみののの宮人宮人みやひと またまたまた、、、ののの 入江入江いりえのののはちすはちすはちす 花蓮花蓮はなばちす 身身みののの盛人盛人さかりびと 乏乏ともしきろかもしきろかもしきろかも かれかれかれ、、、そのそのその老女老女おみなににに祿多祿多ものさわににに賜賜たまひてひていて、、、返返かへししし遣遣やりりり給給たまひきひきいき。。。故故かれこのこのこの四歌四歌よつうたはははなりなりなり。。。亦一時天皇遊行。到於美和河之時。河邊有洗衣童女。其容姿甚麗。天皇問其童女。汝者誰子。答白己名謂引田部赤猪子。爾令詔者。汝不嫁夫。今將喚而。還坐於宮。故其赤猪子。仰待天皇之命。既經八十歲。於是赤猪子以爲。望命之間。已經多年。姿體瘦萎。更無所恃。然非顯待情。不忍於悒而。令持百取之机代物。參出貢獻。然天皇既忘先所命之事。問其赤猪子曰。汝者誰老女。何由以參來爾。赤猪子答白。其年其月。被天皇之命。仰侍大命至于今日。經八十歲。今容姿既耆。更無所恃。然顯白己志。以參出耳。於是天皇大驚。吾既忘先事。然汝守志待命。徒過盛年。是甚愛悲。心裏欲婚。憚其極老。不得成婚而。賜御歌。其歌曰。美母呂能。伊都加斯賀母登。加斯賀母登。由由斯伎加母。加志波良袁登賣。又歌曰。比氣多能。和加久流須婆良。和加久閇爾。韋泥弖麻斯母能。淤伊爾祁流加母。爾赤猪子之泣淚。悉濕其所服之丹摺袖。答其大御歌而歌曰。美母呂爾。都久夜多麻加岐。都岐阿麻斯。多爾加母餘良牟。加微能美夜比登。又歌曰。久佐迦延能。伊理延能波知須。波那婆知須。微能佐加理毘登。登母志岐呂加母。爾多祿給其老女以。返遣也。故此四歌者。志都歌也。
現代語訳
またあるとき、天皇が遊びにお出かけになって、美和河に着かれたとき、川のほとりで衣を洗っている少女がいた。その姿はたいへん美しかった。天皇がその少女に「おまえは誰の子か」とお尋ねになると、「私の名は引田部赤猪子と申します」と答えた。そこで天皇は「おまえは嫁がずにいなさい。そのうち召そう」と伝えさせて、宮にお帰りになった。そこで赤猪子は、天皇のお言葉を仰ぎ待って、八十年を過ごした。そこで赤猪子は考えた。「お言葉を待つうちに、多くの年を経て、姿もやせ衰えてしまったので、もう頼みにするものはない。けれども、待ち続けた心を打ち明けずにいては、胸がふさがって耐えられない」。そこで、たくさんの献上品を持たせて、宮に参上して差し上げた。ところが天皇は、以前におっしゃったことをすっかり忘れておられて、その赤猪子に「おまえはどこの老女か。何のためにやって来たのか」とお尋ねになった。赤猪子は申し上げた。「何年の何月に、天皇のお言葉をいただいて、今日までお言葉を仰ぎ待って、八十年を過ごしました。今は姿もすっかり老いて、もう頼みにするものはありません。けれども、私の思いを打ち明けようとして参上したのです」。そこで天皇はたいへん驚かれて、「私はとっくに以前のことを忘れていた。それなのにおまえは、操を守って言葉を待ち、むなしく女盛りを過ごしてしまったとは、まことにいとおしい」とおっしゃって、結婚したいと
お思いになったが、ひどく年老いていることをはばかって結婚することができず、御歌をお与えになった。その御歌は、
神の宿る三輪山の、神聖な樫の木のもと、その樫の木のもとのように、恐れ多くて近寄りがたいことよ、樫原の乙女は。
また、
引田の若い栗の林のように、若かったころに共寝すればよかったのに。年老いてしまったことよ。
すると赤猪子の流す涙で、その着ている丹摺りの袖がすっかり濡れた。そして天皇の御歌にお答えした歌は、
三輪山の神の宮に築いた玉垣の、築き残しのように、神に仕えて年を過ごしてしまった私は、今さら誰に頼ればよいのでしょう、神の宮人よ。
また、
日下江の入江の蓮、その花の蓮のように、若い盛りの人がうらやましいことです。
そこで天皇はその老女にたくさんの品物を与えて、帰らせなさった。そしてこの四首は静歌である。
意訳
天皇の気まぐれな一言を信じて、八十年も待ち続けた女性の物語です。若いころの美しい少女も、八十年たてば年老いた女性になります。それでも「待っていた心を伝えなければ」と宮に参上した赤猪子に、約束をすっかり忘れていた天皇はただ驚くばかりでした。
天皇は「若いころに共寝すればよかった」と悔やむ歌を贈り、赤猪子は「神に仕えるように待ち続けて年を取った私は、今さら誰に頼ればいいのか」「若い盛りの人がうらやましい」と答えます。強大な権力をもつ雄略天皇の物語の中で、人の一生のはかなさと誠実さを描いた、ほろ苦い一編です。
語釈・文法注
- 美和河
- 奈良県桜井市の三輪山のふもとを流れる初瀬川。
- 引田部の赤猪子
- 三輪山のふもとの引田(桜井市白河の辺り)の女性。
- 百取の机代の物
- たくさんの献上品を机に載せたもの。
- 嚴白檮
- 神聖な樫の木。三輪山の神が宿るとされた。
- 白檮原媛女
- 樫原の乙女。赤猪子のこと。神に仕える女性のように近寄りがたいことを言う。
- 若栗栖原
- 若い栗の木の林。若かったころのたとえ。
- 丹摺の袖
- 赤い色を摺り染めにした衣の袖。
- 玉垣
- 神社のまわりの垣根。
- 日下江
- 河内の日下(大阪府東大阪市日下町)にあった入江。
- 靜歌
- 宮廷の歌曲の名。
文法
- 原文の「仰侍大命」
- 底本の原文は、はじめを「仰待天皇之命」、のちを「仰侍大命」と刷る。底本どおりとした。
- 原文の「何由以參來爾」
- 「何のために参上したのか」。
- 誰やし老女
- 「どこの老女か」。「やし」は強めの助詞。
歌謡
御室の 嚴白檮がもと 白檮が本 ゆゝしきかも 白檮原媛女
- 詠者
- 雄略天皇
- 状況
- 八十年待ち続けて年老いた赤猪子に贈った歌。
修辞
- 序詞
- 神聖な樫のもとのようすから「ゆゆし(恐れ多い)」を導く。
引田の 若栗栖原 若くへに 率寢てましもの 老いにけるかも
- 詠者
- 雄略天皇
- 状況
- 前の歌に続けて、若いうちに共寝しなかったことを悔やんだ歌。
修辞
- 序詞
- 「若栗栖原」から「若く」を導く。
- 反実仮想
- 「率寢てましもの」。
御室に つくや玉垣 つき餘し 誰にかも依らむ 神の宮人
- 詠者
- 赤猪子
- 状況
- 天皇の歌に、涙で袖を濡らしながら答えた歌。
修辞
- 序詞
- 玉垣を「築き余す」ことから、年を重ねて残された身を言う。
日下江の 入江のはちす 花蓮 身の盛人 乏しきろかも
- 詠者
- 赤猪子
- 状況
- 前の歌に続けて、若い人をうらやんで詠んだ歌。
修辞
- 比喩
- 入江に咲く蓮の花に、若い盛りの人をたとえる。
解説
赤猪子の話は日本書紀には見えず、古事記独自のものです。四首の歌はもとは宮廷の歌曲(静歌)で、それを雄略天皇の物語に結びつけたものと考えられます。八十年という年月は誇張ですが、それによって天皇の言葉の重さと、待ち続けた女性の誠実さが際立っています。
関連
出典
- 底本
- 古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。272〜274頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日