古典ライブラリー

古事記 中巻

応神天皇の后妃と御子

第十五代応神天皇は軽島の明宮で天下を治め、品陀真若王の三人の娘をはじめ多くの妃を迎えて二十六柱の御子をもうける。天皇は大山守命と大雀命に「兄と弟と、どちらがかわいいか」と尋ね、天皇の心を察した大雀命の答えを喜んで、皇位を末子の宇遅能和紀郎子に継がせることにする。

  1. 1ののの命みこと命みことみこと。。。島しま島しましまののの明あか明あかあかののの宮みや宮みやみやにましましてにましましてにましまして、、、天あめ天あめあめののの下治したしろ下治したしろしたしろしめしきしめしきしめしき。。。此こ此ここののの天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、ののの眞若まわか眞若まわかまわかののの王きみ王きみきみののの御女みむすめ御女みむすめみむすめ、、、三柱みはしら三柱みはしらみはしらののの女王ひめみこ女王ひめみこひめみこににに娶あ娶ああひませるひませるいませる、、、一柱ひとはしら一柱ひとはしらひとはしらののの御名みな御名みなみなははは、、、高木之入日賣たかぎのいりひめ高木之入日賣たかぎのいりひめたかぎのいりひめののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎににに中なか中なかなか日ひ日ひひ賣め賣めめののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎににに弟日賣おとひめ弟日賣おとひめおとひめののの命みこと命みことみこと。。。(((此こ此ここののの女王等ひめみこたち女王等ひめみこたちひめみこたちののの御父みちち御父みちちみちち、、、品陀ほむだ品陀ほむだほむだののの眞若まわか眞若まわかまわかののの王きみ王きみきみははは、、、五百木之入日子いほきのいりひこ五百木之入日子いほきのいりひこいおきのいりひこののの命みこと命みことみこと、、、尾張をはり尾張をはりおわりののの連つら連つらつらののの祖おや祖おやおや、、、建伊那陀たけいなだ建伊那陀たけいなだたけいなだののの宿禰すくね宿禰すくねすくねののの女むすめ女むすめむすめ、、、志理都紀斗賣しりつきとめ志理都紀斗賣しりつきとめしりつきとめににに娶あ娶ああひてひていて、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこなりなりなり。。。)))かれかれかれ高木之入日賣たかぎのいりひめ高木之入日賣たかぎのいりひめたかぎのいりひめののの命みこと命みことみことののの御子みこ御子みこみこ、、、額田ぬかた額田ぬかたぬかたののの大中日子おほなかひこ大中日子おほなかひこおおなかひこののの命みこと命みことみこと。。。つぎにつぎにつぎにののの命みこと命みことみこと。。。次つぎ次つぎつぎににに伊奢之眞若いざのまわか伊奢之眞若いざのまわかいざのまわかののの命みこと命みことみこと。。。つぎにつぎにつぎに妹大原いもおほはら妹大原いもおほはらいもおおはらののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎに高たか高たかたか目め目めめののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。(((五柱いつはしら五柱いつはしらいつはしら。。。)))中なか中なかなか日ひ日ひひ賣め賣めめののの命みこと命みことみことののの御子みこ御子みこみこ、、、木之荒田きのあらた木之荒田きのあらたきのあらたののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎにののの命みこと命みことみこと。。。つぎにつぎにつぎに根鳥ねとり根鳥ねとりねとりののの命みこと命みことみこと。。。(((三柱みはしら三柱みはしらみはしら。。。)))弟日賣おとひめ弟日賣おとひめおとひめののの命みこと命みことみことののの御子みこ御子みこみこ、、、阿部あべ阿部あべあべののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎに阿具知能三腹あぐちのみはら阿具知能三腹あぐちのみはらあぐちのみはらののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎに木之菟野きのうの木之菟野きのうのきのうのののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎに三野みぬ三野みぬみぬののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。(((五柱いつはしら五柱いつはしらいつはしら。。。)))またまたまた丸邇之比布禮能意富美わにのひふれのおほみ丸邇之比布禮能意富美わにのひふれのおほみわにのひふれのおおみののの女むすめ女むすめむすめ、、、名な名ななはははををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、。。。つぎにつぎにつぎに妹八田いもやた妹八田いもやたいもやたののの若郞女わかいらつめ若郞女わかいらつめわかいらつめ、、、つぎにつぎにつぎに女鳥めとり女鳥めとりめとりののの王きみ王きみきみ。。。(((三柱みはしら三柱みはしらみはしら。。。)))またまたまた其そ其そそののの矢河枝比賣やかはえひめ矢河枝比賣やかはえひめやかわえひめののの弟おと弟おとおと、、、袁那辨をなべ袁那辨をなべおなべののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、宇遲之若郞女うぢのわかいらつめ宇遲之若郞女うぢのわかいらつめうじのわかいらつめ。。。(((一柱ひとはしら一柱ひとはしらひとはしら。。。)))又咋俣長日子またくひまたながひこ又咋俣長日子またくひまたながひこまたくいまたながひこののの王きみ王きみきみののの女むすめ女むすめむすめ、、、息長おきなが息長おきながおきなが眞若まわか眞若まわかまわか中なか中なかなかつつつ比賣ひめ比賣ひめひめををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、ののの王きみ王きみきみ。。。(((一柱ひとはしら一柱ひとはしらひとはしら。。。)))またまたまた櫻井さくらゐ櫻井さくらゐさくらいののの田部たべ田部たべたべののの連つら連つらつらののの祖おや祖おやおや、、、島垂根しまたりね島垂根しまたりねしまたりねののの女むすめ女むすめむすめ、、、絲井比賣いとゐひめ絲井比賣いとゐひめいといひめををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、速總別はやぶさわけ速總別はやぶさわけはやぶさわけののの命みこと命みことみこと。。。(((一柱ひとはしら一柱ひとはしらひとはしら。。。)))またまたまた日向之泉ひむかのいづみ日向之泉ひむかのいづみひむかのいずみののの長比賣ながひめ長比賣ながひめながひめををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、大羽江おほはえ大羽江おほはえおおはえののの子こ子ここ。。。つぎにつぎにつぎに小羽江をはえ小羽江をはえおはえののの子こ子ここ。。。つぎにつぎにつぎに幡日之若郞女はたびのわかいらつめ幡日之若郞女はたびのわかいらつめはたびのわかいらつめ。。。(((三柱みはしら三柱みはしらみはしら。。。)))またまたまた迦具漏比賣かぐろひめ迦具漏比賣かぐろひめかぐろひめををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、川原田かはらだ川原田かはらだかわらだののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎに玉たま玉たまたまののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎに忍坂おさか忍坂おさかおさかののの大中比賣おほなかひめ大中比賣おほなかひめおおなかひめ。。。つぎにつぎにつぎに登富志とほし登富志とほしとおしののの郞女いらつめ郞女いらつめいらつめ。。。つぎにつぎにつぎに迦多遲かたぢ迦多遲かたぢかたじののの王きみ王きみきみ。。。(((五柱いつはしら五柱いつはしらいつはしら。。。)))またまたまた葛城之野伊呂賣かづらきのぬいろめ葛城之野伊呂賣かづらきのぬいろめかずらきのぬいろめををを娶あ娶ああしてしてして、、、生う生ううみませるみませるみませる御子みこ御子みこみこ、、、伊奢能麻和迦いざのまわか伊奢能麻和迦いざのまわかいざのまわかののの王きみ王きみきみ。。。(((一柱ひとはしら一柱ひとはしらひとはしら。。。)))此こ此ここののの天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことののの御子みこ御子みこみこたちたちたち、、、あはせてあはせてあわせて二十六王はたちまりむはしら二十六王はたちまりむはしらはたちまりむはしら。。。(((男王十一ひこみことをまりひとはしら男王十一ひこみことをまりひとはしらひこみことおまりひとはしら、、、女王十五ひめみことをまりいつはしら女王十五ひめみことをまりいつはしらひめみことおまりいつはしら。。。)))此こ此ここののの中なか中なかなかににに大雀おほさざき大雀おほさざきおおさざきののの命みこと命みことみことははは天あめ天あめあめののの下治したしろ下治したしろしたしろしめしきしめしきしめしき。。。品陀和氣命。坐輕島之明宮。治天下也。此天皇。娶品陀眞若王〈品陀二字以音〉之女。三柱女王。一名。高木之入日賣命。次中日賣命。次弟日賣命。〈此女王等之父。品陀眞若王者。五百木之入日子命。娶尾張連之祖。建伊那陀宿禰之女。志理都紀斗賣。生子者也。〉故高木之入日賣命之御子。額田大中日子命。次大山守命。次伊奢之眞若命。〈伊奢二字以音〉次妹大原郞女。次高目郞女。〈五柱〉中日賣命之御子。木之荒田郞女。次大雀命。次根鳥命。〈三柱〉弟日賣命之御子。阿倍郞女。次阿具知能〈此四字以音〉三腹郞女。次木之菟野郞女。次三野郞女。〈五柱〉又娶丸邇之比布禮能意富美之女。〈自比至美以音〉名宮主矢河枝比賣。生御子。宇遲能和紀郞子。次妹八田若郞女。次女鳥王。〈三柱〉又娶其矢河枝比賣之弟袁那辨郞女。生御子。宇遲之若郞女。〈一柱〉又娶咋俣長日子王之女。息長眞若中比賣。生御子。若沼毛二俣王。〈一柱〉又娶櫻井田部連之祖。島垂根之女。絲井比賣。生御子。速總別命。〈一柱〉又娶日向之泉長比賣。生御子。大羽江王。次小羽江王。次幡日之若郞女。〈三柱〉又娶迦具漏比賣。生御子。川原田郞女。次玉郞女。次忍坂大中比賣。次登富志郞女。次迦多遲王。〈五柱〉又娶葛城之野伊呂賣。〈此三字以音〉生御子。伊奢能麻和迦王。〈一柱〉此天皇之御子等。幷二十六王。〈男王十一。女王十五。〉此中大雀命者。治天下也。
  2. 2こゝにこゝにここに天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと、、、大山守おほやまもり大山守おほやまもりおおやまもりののの命みこと命みことみことととと大雀おほさざき大雀おほさざきおおさざきののの命みこと命みことみこととにとにとに、、、「「「汝等いましたち汝等いましたちいましたちははは、、、兄あに兄あにあになるなるなる子こ子ここととと、、、弟おと弟おとおとなるなるなる子こ子ここととと、、、孰いづ孰いづいずれかれかれか愛うつく愛うつくうつくしきしきしき。。。」」」ととと問と問ととはしたまひきはしたまひきわしたまいき。。。(((天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことのかくのかくのかく問と問ととはしけるゆゑはしけるゆゑわしけるゆえははは、、、宇遲能和紀郞子うぢのわきいらつこ宇遲能和紀郞子うぢのわきいらつこうじのわきいらつこににに、、、天あめ天あめあめののの下治したしろ下治したしろしたしろしめさしめむのしめさしめむのしめさしめむの御心みこころ御心みこころみこころましつればなりましつればなりましつればなり。。。)))こゝにこゝにここに大山守おほやまもり大山守おほやまもりおおやまもりののの命みこと命みことみこと、、、「「「兄あに兄あにあになるなるなる子こ子ここぞぞぞ愛うつく愛うつくうつくしきしきしき。。。」」」ととと申まを申まをもうしたまひきしたまひきしたまいき。。。次つぎ次つぎつぎににに大雀おほさざき大雀おほさざきおおさざきののの命みこと命みことみことははは、、、天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみことののの問と問ととはしはしはし賜たま賜たまたまふふう大御心おほみこころ大御心おほみこころおおみこころををを知し知ししらしてらしてらして、、、申まを申まをもうしたまはくしたまはくしたまわく、、、「「「兄あに兄あにあになるなるなる子こ子ここははは既すで既すですでににに人ひと人ひとひとととと成な成ななりつればりつればりつれば、、、きこときこときこと無な無ななきききををを、、、弟おと弟おとおとなるなるなる子こ子ここはぞはぞはぞ、、、未いま未いまいまだだだ若わか若わかわかければければければ愛うつく愛うつくうつくしきしきしき。。。」」」とまとまとまをををしたまひきしたまひきしたまいき。。。こゝにこゝにここに天皇すめらみこと天皇すめらみことすめらみこと詔の詔ののりたまはくりたまはくりたまわく、、、「「「ののの言こと言ことことぞぞぞ、、、我あ我ああががが思おも思おもおもほすがほすがおすが如ごと如ごとごとくなるくなるくなる。。。」」」とのりたまひてとのりたまひてとのりたまいて、、、卽すなは卽すなはすなわちちち詔の詔ののりりり別わけ別わけわけけたまへらくけたまへらくけたまえらくははは、、、「「「大山守おほやまもり大山守おほやまもりおおやまもりののの命みこと命みことみことははは山海やまうみ山海やまうみやまうみののの政まつりごと政まつりごとまつりごとをををまままをををしたまへしたまへしたまえ。。。大雀おほさざき大雀おほさざきおおさざきののの命みこと命みことみことはははののの政執まつりごとと政執まつりごととまつりごととりもちてりもちてりもちて申まを申まをもうしたまへしたまへしたまえ。。。宇遲能和紀郞子うぢのわきいらつこ宇遲能和紀郞子うぢのわきいらつこうじのわきいらつこははは、、、らせらせらせ。。。」」」ととと詔の詔ののりりり別わけ別わけわけけたまひきけたまひきけたまいき。。。かれかれかれ大雀おほさざき大雀おほさざきおおさざきののの命みこと命みことみことははは、、、大君おほきみ大君おほきみおおきみののの命みこと命みことみことににに違たが違たがたがひまつらざりきひまつらざりきいまつらざりき。。。於是天皇。問大山守命與大雀命。詔汝等者。孰愛兄子與弟子。〈天皇所以發是問者。宇遲能和紀郞子。有令治天下之心也。〉爾大山守命。白愛兄子。次大雀命。知天皇所問賜之大御情而白。兄子者。既成人。是無悒。弟子者。未成人。是愛。爾天皇詔。佐邪岐阿藝之言。〈自佐至藝五字以音〉如我所思。卽詔別者。大山守命。爲山海之政。大雀命。執食國之政以白賜。宇遲能和紀郞子。所知天津日繼也。故大雀命者。勿違天皇之命也。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

品陀和気命(応神天皇)は、軽島の明の宮にいらして天下を治められた。この天皇は、品陀真若王の娘である三柱の女王を妻とされた。一柱の御名は高木之入日売命、次に中日売命、次に弟日売命。(この女王たちの父の品陀真若王は、五百木之入日子命が尾張連の祖、建伊那陀宿禰の娘、志理都紀斗売を妻として生んだ子である。)そして高木之入日売命の御子は、額田大中日子命、次に大山守命、次に伊奢之真若命、次に妹の大原郎女、次に高目郎女。(五柱。)中日売命の御子は、木之荒田郎女、次に大雀命、次に根鳥命。(三柱。)弟日売命の御子は、阿倍郎女、次に阿具知能三腹郎女、次に木之菟野郎女、次に三野郎女。(五柱。)また丸邇之比布礼能意富美の娘、名は宮主矢河枝比売を妻として生んだ御子は、宇遅能和紀郎子、次に妹の八田

若郎女、次に女鳥王。(三柱。)またその矢河枝比売の妹、袁那弁郎女を妻として生んだ御子は宇遅之若郎女。(一柱。)また咋俣長日子王の娘、息長真若中比売を妻として生んだ御子は若沼毛二俣王。(一柱。)また桜井の田部連の祖、島垂根の娘、糸井比売を妻として生んだ御子は速総別命。(一柱。)また日向の泉の長比売を妻として生んだ御子は、大羽江王、次に小羽江王、次に幡日之若郎女。(三柱。)また迦具漏比売を妻として生んだ御子は、川原田郎女、次に玉郎女、次に忍坂大中比売、次に登富志郎女、次に迦多遅王。(五柱。)また葛城の野伊呂売を妻として生んだ御子は伊奢能麻和迦王。(一柱。)この天皇の御子たちは、あわせて二十六王(男王十一、女王十五)。この中で大雀命は天下を治められた。

さて天皇は、大山守命と大雀命にお尋ねになって、「おまえたちは、兄の子と弟の子と、どちらがかわいいか」とおっしゃった。(天皇がこのようにお尋ねになったのは、宇遅能和紀郎子に天下を治めさせようというお気持ちがあったからである。)すると大山守命は「兄の子がかわいいです」と申し上げた。次に大雀命は、天皇がお尋ねになったお気持ちを察して、「兄の子はもう大人になっておりますので心配はありませんが、弟の子はまだ幼いので、かわいいのです」と申し上げた。すると天皇は「雀吾君(さざきあぎ)の言葉こそ、私の思うとおりだ」とおっしゃって、すぐに役目を分けてお命じになった。「大山守命は山と海の政務をつかさどれ。大雀命は天下の政務をとり行って奏上せよ。宇遅能和紀郎子は皇位を継いで天下を治めよ」。そして大雀命は、天皇のお言葉に背くことはなかった。

意訳

応神天皇は、母の神功皇后の胎内にいたときから国を治めることを約束された天皇です。多くの妃と二十六人の御子が記され、その中から次の天皇(仁徳天皇)となる大雀命と、皇位を譲られる宇遅能和紀郎子が登場します。

天皇の問い「兄と弟、どちらがかわいいか」は、跡継ぎを末の子にしたいという天皇の本心を試すものでした。年長の大山守命は素直に「兄」と答え、大雀命は父の心を読んで「弟」と答えました。この答えによって、皇位は宇遅能和紀郎子に、天下の政務は大雀命に、山と海の政務は大山守命に、と役割が分けられます。この取り決めが、のちの大山守命の反乱と、兄弟の皇位の譲り合いの伏線になります。

語釈・文法注

品陀和氣の命
第十五代応神天皇。仲哀天皇と神功皇后の子。八幡神として信仰される。
輕島の明の宮
奈良県橿原市大軽町の辺りにあったとされる宮。
品陀の眞若の王
景行天皇の孫。その三人の娘が応神天皇の妃となった。
大山守の命
応神天皇の皇子。のちに皇位を狙って宇遅能和紀郎子に討たれる。
大雀の命
のちの第十六代仁徳天皇。
宮主矢河枝比賣
丸邇(和珥)氏の娘。宇遅能和紀郎子・八田若郎女・女鳥王の母。
宇遲能和紀郞子
応神天皇が皇位を継がせようとした末の皇子。日本書紀では菟道稚郎子。宇治(京都府宇治市)に宮があった。
若沼毛二俣の王
応神天皇の皇子。その子孫に継体天皇が出たとされる。
悒きこと無き
「いぶせし」は気がかりで心が晴れないこと。心配がない。
雀吾君
「さざきあぎ」。大雀命を親しんで呼んだ言い方。「あぎ」は親しい人への呼びかけ。
食國の政
天下の政治。「をすくに」は天皇が治める国。
天津日繼
天つ神の御子として受け継ぐ皇位。

文法

原文の「阿具知能」
底本の原文は「阿具知能〈此四字以音〉三腹郞女」と書き、訓み下しは「阿具知能三腹の郞女」とする。
大羽江の子
原文は「大羽江王。次小羽江王」とし、底本の訓み下しは「大羽江の子」「小羽江の子」と書く。
兄なる子と、弟なる子と
「兄の子と弟の子と」。年長の子と年少の子のどちらを愛するかという問い。
申したまへ
大雀命への命令の「食國の政執りもちて申したまへ」は、天下の政治をとり行って天皇に奏上せよの意。

解説

応神天皇は、古事記の中巻の最後の天皇で、仁徳天皇以下の下巻の天皇たちの祖にあたります。のちに八幡神として祭られ、宇佐八幡宮・石清水八幡宮などで武神として広く信仰されました。

応神天皇の段には、朝鮮半島からの渡来人や技術の伝来の記事が多く、この時代に大陸の文化が大量にもたらされたことを伝えています。一方、二十六人の御子をめぐる系譜は、のちの皇位継承の争いの舞台を整えるものになっています。大山守命・大雀命・宇遅能和紀郎子の三人の役割分担の話は、日本書紀にもほぼ同じ形で記されています。

関連

出典

底本
古事記(佐伯常麿校註) 国民図書、昭和4年(1929)。207〜210頁。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(原文・訓み下しは底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日