蜻蛉日記 下巻 第55章
臨時の祭と日記の終わり
天延二年十一月、道綱は賀茂の臨時の祭の舞人に選ばれ、兼家が装束を整えて試楽の日に付き添う。祭の日、作者は兼家の車のまわりに上達部が集まり、道綱がもてはやされるのを見て晴れがましく思う。道綱は八橋の女と、葛城や雲の梯を詠んだ歌を交わす。年の暮れ、作者は魂祭をしながら尽きない物思いに沈み、日記はここで終わる。
- 1臨臨りん時時じののの祭祭まつりあさてあさてあさてとてとてとて佐佐すけ俄俄にはかににに舞舞まひひい人人びとにににめさめさめされれれたりたりたり。。。これこれこれにににつけつけつけてててぞぞぞ珍珍めずらしきしきしき文文ふみあるあるある。。。「「「いかゞいかゞいかがするするする」」」などなどなどゝゝとててているいるいるべきべきべきものものもの皆皆みなものものものしししたりたりたり。。。試試し樂樂がくののの日日ひあるあるあるやうやうよう「「「けがらひけがらひけがらいののの暇暇いとまなるなるなる所所ところなれなれなればばば內內うちにににもももえええ參參まいるるるまじきまじきまじきををを、、、參參まいりりり來來きててて見見み出出いしししたてたてたてむむんとととするするするををを、、、寄寄よせせせ給給たまふふうまじかまじかまじかなれなれなればばばいかゞいかゞいかがすすすつつつらむらむらん。。。いといといとおぼつかおぼつかおぼつかなきなきなき事事こと」」」とととありありあり。。。胸胸むねつぶれつぶれつぶれててて今今いまさらさらさらににになになになにせせせむむんにににかかかととと思思おもふふう事事ことしげれしげれしげればばば「「「とくとくとくさうぞきさうぞきそうぞきててて、、、かしこかしこかしこへへへををを參參まいれれれ」」」とてとてとていそがしいそがしいそがしやりやりやりたりたりたりけれけれければばば、、、まづまづまずぞぞぞうちうちうち泣泣なかかかれれれけるけるける。。。諸諸もろ共共ともににに立立たちちちててて舞舞まひひいわたりわたりわたりならせならせならせててて參參まいらせらせらせてててけりけりけり。。。祭祭まつりののの日日ひいかゞいかゞいかがははは見見みざらざらざらむむんとてとてとて出出いでででたれたれたればばば、、、またまたまたのののつらつらつらににになでなでなでふふふことことこともももなきなきなきびりやうびりやうびりょうせせせしししわくちわくちわくちうちうちうちおろしおろしおろしててて立立たてててりりり。。。口口くちののの方方かた、、、すだれすだれすだれののの下下しもよりよりより淸淸きよげげげなるなるなるかいかいかいねりねりねりににに、、、紫紫むらさきののの織織おり物物もの重重かさなりなりなりたるたるたる袖袖そでぞぞぞ出出いでででためためためるるるををを女女おんな車車くるまなりなりなりけりけりけりととと見見みるるる所所ところににに、、、車車くるまのののしりしりしりののの方方かたにににあたりあたりあたりたるたるたる人人ひとののの家家いえののの門門かどよりよりより六六ろく位位いなるなるなるものものものゝゝの、、、たちたちたちはきはきはきたるたるたるふるまひふるまひふるまい出出いででで來來きててて、、、前前まえののの方方かたにににひざまづきひざまづきひざまずきててて、、、ものものものをををいふいふいうににに、、、驚驚おどろきききててて目目めをををとゞめとゞめとどめててて見見みれれればばば、、、かれかれかれががが出出いででで來來きつるつるつる車車くるまのののもともともとにににははは、、、あかきあかきあかき人人ひと黑黑くろききき人人ひと多多おおうううててて數數かずもももしらしらしらぬぬぬほどほどほどににに立立たてててりりりけりけりけり。。。よくよくよく見見みもてもてもていけいけいけばばば、、、見見みししし人人ひと々々びとのののあたりあたりあたりなりなりなりけりけりけりととと思思おもふふう。。。例例れいののの年年としよりよりよりはははことことことどうどうどうなりなりなりててて、、、上上かん達達だち部部めののの車車くるまかいかいかいつれつれつれてててくるくるくるものものもの皆皆みなかれかれかれををを見見みてててなななべしべしべし。。。そこそこそことととにににもももとまりとまりとまりててて、、、おほじおほじおおじ所所ところににに口口くちをををつどへつどへつどえててて立立たちちちたりたりたり。。。我我わががが思思おもふふう人人ひとにはかにはかにはかににに出出いでででたるたるたる程程ほどよりよりよりははは、、、供供とも人人びとなどなどなどもももきらきらしうきらきらしうきらきらしゅう見見みえええたりたりたり。。。上上かん達達だち部部め手手て每每ごとににに菓菓くだ物物ものなどなどなどさしさしさし出出いでででつゝつゝつつものものものいひいひいいなどなどなどししし給給たまへへえばばばおもおもおもたゝしきたゝしきたたしき心心こころちちちすすす。。。又又またふるめかしきふるめかしきふるめかしき人人ひとももも、、、例例れいのののゆるさゆるさゆるされれれぬぬぬことことことにににててて山山やま吹吹ぶきのののなかなかなかにににあるあるあるををを、、、うちうちうち散散ちりりりたるたるたる中中なかにににさしさしさし分分わきききてててとらへとらへとらえさせさせさせててて、、、かのかのかのうちうちうちよりよりより酒酒さけなどなどなどとりとりとり出出いでででたれたれたればばば、、、かはらけかはらけかわらけさしさしさしかけかけかけられられられなどなどなどするするするををを見見みれれればばば、、、唯唯ただそのそのそのかたかたかた時時ときばかりばかりばかりややや、、、行行ゆくくく心心こころもももありありありけむけむけん。。。さてさてさて佐佐すけにににかくかくかくてててやややなどなどなどさかしらさかしらさかしらがるがるがる人人ひとのののありありありてててものものものいひいひいい續續つづくくく人人ひとありありあり。。。八八やつ橋橋はしののの程程ほどにににやややありありありけむけむけん、、、始始はじめめめめててて、、、
- 2「「「かづらきかづらきかずらきややや神神かみ代代よのののしるししるししるし深深ふかからからからばばばたゞたゞただ一一ひとことことことにににうちうちうちもももとけとけとけなななむむん」」」。。。
- 3かへりかへりかえりごとごとごとこたびこたびこたびはははなななめりめりめり。。。
- 4「「「葛葛かずら城城きののの蛛蛛くも手手ではははいづこいづこいずこやややつはしつはしつわしのののふみふみふみ見見みてててけむけむけんとととたのむたのむたのむかひかひかいなくなくなく」」」。。。
- 5こたびこたびこたびぞぞぞかへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 6「「「通通かよふふうべきべきべき道道みちにににもももあらあらあらぬぬぬやややつはしつはしつわしのののふみふみふみ見見みてててきききとてとてとてなになになに賴賴たのむむむらむらむらん」」」
- 7ととと書書かきききてててしししててて書書かいいいたりたりたり。。。又又また、、、
- 8「「「なになになにかかかそのそのその通通かよははわむむん道道みちのののかたかたかたからからからむむんふみふみふみ始始はじめめめめたるたるたるあとあとあとをををたのめたのめたのめるるる」」」
- 9又又またかへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 10「「「尋尋たずぬぬぬらむらむらんかひかひかいやややなからなからなからむむん大大おお空空そらのののくもくもくもぢぢじははは通通かよふふうあとあとあとはかはかはかもももあらあらあらじじじ」」」。。。
- 11まけまけまけじじじととと思思おもひひい顏顏がおなめれなめれなめればばば、、、又又また、、、
- 12「「「おほおほおお空空そらももも雲雲くものののかけかけかけはしはしはしなくなくなくばばばこそこそこそかよふかよふかようはかなきはかなきはかなき歎歎なげきききをををもももせせせめめめ」」」。。。
- 13かへしかへしかへし、、、
- 14「「「ふみふみふみゝれゝれみれどどど雲雲くものののかけかけかけはしはしはしあやふしあやふしあやうしととと思思おもひひいしらしらしらずずずもももたのむたのむたのむなるなるなるかなかなかな」」」。。。
- 15又又またやるやるやる、、、
- 16「「「なほなほなおをらをらおらむむん心心こころたのもしたのもしたのもしあしあしあしたづたづたずのののくもくもくもぢぢじおりおりおりくるくるくるつばさつばさつばさやややはははなきなきなき」」」。。。
- 17こたみこたみこたみはははくらしくらしくらしとてとてとてやみやみやみぬぬぬ。。。しはすしはすしわすににになりなりなりにににたりたりたり。。。又又また、、、
- 18「「「かたかたかたしきしきしきしししとしとしとしはははふれふれふれどもどもどもさささごろもごろもごろものののなみだなみだなみだにににしむるしむるしむる時時ときはははなかりなかりなかりききき」」」。。。
- 19「「「ものものものへへへなむなむなん」」」とてとてとてかへりかへりかえり事事ことなしなしなし。。。又又またののの日日ひばかりばかりばかり返返かえりりりごとごとごと、、、こひこひこいにににやりやりやりたれたれたればばば、、、「「「そばそばそばののの木木きににに見見みききき」」」とととのみのみのみ書書かきききててておこせおこせおこせたりたりたり。。。やがてやがてやがて、、、
- 20「「「我我わがががなるなるなるはははそばそばそばのののぬるぬるぬるかかかととと思思おもふふうまでまでまで見見みきききとととばかりばかりばかりももも氣氣け色色しきばむばむばむかなかなかな」」」。。。
- 21かへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 22「「「天天あま雲雲ぐもののの山山やまのののはるけきはるけきはるけきまろまろまろなれなれなればばばそばそばそばぬるぬるぬるいろいろいろはははときはときはときわなりなりなりけりけりけり」」」。。。
- 23「「「ふるふるふる年年としにににせちせちせち分分ぶするするするををを、、、こなたこなたこなたににに」」」などなどなどいはせいはせいわせててて、、、
- 24「「「いといといとせめてせめてせめて思思おもふふう心心こころををを年年としのののうちうちうちにににはるはるはるくるくるくることことこともももしらせしらせしらせてててしがしがしがななな」」」。。。
- 25かへりかへりかえり事事ことなしなしなし。。。又又またほどほどほどなきなきなき事事ことをををすくせすくせすくせなどなどなどやややありありありけむけむけん、、、
- 26「「「かひかひかいなくなくなくててて年年とし暮暮くれれれはつるはつるはつる物物ものならならならばばば春春はるにににもももあはあはあわぬぬぬ身身みととともももこそこそこそなれなれなれ」」」。。。
- 27こたみこたみこたみもももなしなしなし。。。いかなるいかなるいかなるにににかかかあらあらあらむむんととと思思おもふふうほどほどほどににに、、、かうかうこういふいふいう人人ひとあまたあまたあまたあああなりなりなりととと聞聞きくくく。。。さてさてさてなるなるなるべしべしべし、、、
- 28「「「我我わならならならぬぬぬ人人ひとまつまつまつならならならばばば待待まつつつととといはいはいわでででいたくいたくいたくななな越越こしししそそそ沖沖おきつつつ白白しら浪浪なみ」」」。。。
- 29返返かえりりり事事こと、、、
- 30「「「越越こしししもももせせせずずずこさこさこさずずずもももあらあらあらずずず浪浪なみよせよせよせののの濱濱はまはははかけかけかけつゝつゝつつ年年としをををこそこそこそ經經へれれれ」」」。。。
- 31年年としせめてせめてせめて、、、
- 32「「「さささもももこそこそこそははは浪浪なみののの心心こころはははつらからつらからつらからめめめとしとしとしさへさへさへ越越こゆるゆるゆるまつまつまつもももありありありけりけりけり」」」。。。
- 33かへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 34「「「千千ち歳歳とせ經經へるるるまつまつまつもももこそこそこそあれあれあれほどほどほどもももなくなくなく越越こえええてててははは歸歸かえるるる程程ほどやややとととほかずほかずほかず」」」
- 35とととぞぞぞあるあるある。。。あやしあやしあやし、、、なでなでなでふふふ事事ことぞぞぞととと思思おもふふう。。。風風かぜきききあるゝあるゝあるるほどほどほどにににやるやるやる、、、
- 36「「「吹吹ふくくく風風かぜにににつけつけつけてててもももものものものををを思思おもふふうかなかなかな大大おお海海うみののの浪浪なみのののしづしづしずこゝろこゝろこころなくなくなく」」」
- 37とてとてとてやりやりやりたるたるたるににに、、、「「「聞聞きこゆゆゆべきべきべき人人ひとははは今日今日きょうのののことことことををを知知しりりりてててなむなむなん」」」ととと、、、異異こと手手でしししてててひとひとひと葉葉はついついついたるたるたる枝枝えだにににつけつけつけたるたるたる。。。たちたちたちかへりかへりかえり「「「いとほしういとほしういとおしゅう」」」などなどなどいひいひいいててて、、、
- 38「「「我我わががが思思おもふふう人人ひとはははたたたそそそとととははは見見みなせなせなせどもどもどもなげきなげきなげきのののえだえだえだにににやすまらやすまらやすまらぬぬぬかなかなかな」」」
- 39などなどなどぞぞぞいふいふいうめるめるめる。。。今年今年ことしいたういたういとうあるゝあるゝあるることことことなくなくなくててて、、、はだらはだらはだら雪雪ゆきふたゝびふたゝびふたたびばかりばかりばかりぞぞぞ降降ふりりりつるつるつる。。。佐佐すけののの朔朔つい日日たちのののものものものものものものどもどもども白白あお馬馬うまにににものものものすすすべきべきべきなどなどなどものものものしししつるつるつるほどほどほどににに、、、暮暮くれれれはつるはつるはつる日日ひにににはははなりなりなりにににけりけりけり。。。明日明日あすのののものものものをりをりおりまかせまかせまかせつゝつゝつつ、、、人人ひとにににまかせまかせまかせなどなどなどしししててて思思おもへへえばばば、、、かうかうこうながらながらながらこひこひこいけふけふけうににになりなりなりにににけるけるけるもももあさましうあさましうあさましゅう、、、みみみたまたまたまなどなどなど見見みるるるにににももも、、、例例れいののの盡盡つきききせせせぬぬぬことことことにににおぼゝれおぼゝれおぼおれてててぞぞぞはてはてはてにににけるけるける。。。年年としのののはてはてはてなれなれなればばば、、、夜夜よいたういたういとう更更ふけけけてててぞぞぞたゝきたゝきたたきくくくなるなるなる。。。今今いまににに平平たいらににに
現代語訳
(十一月の)臨時の祭があさってというときに、助(道綱)が急に舞人に召された。これにつけて、珍しく(兼家から)手紙がある。「どうするのか」などと言って、必要な物は皆そろえてくれた。試楽の日に(兼家が)言うことには、「穢れで籠もっている所なので、内裏にも参れないが、(そちらに)参って(道綱を)送り出してやろうと思うのに、(あなたは私を)寄せつけないだろうから、どうしたものか。たいそう気がかりなことだ」とある。胸がつぶれて、今さら何のために(来るのか)と思うことが多いので、「早く装束をつけて、あちらへ参りなさい」と言って急いで送り出したところ、まず泣けてきた。(兼家は道綱と)一緒に立って、舞をひととおり習わせて(宮中に)参らせたのだった。
祭の日、どうして見ないでいられようかと思って出かけると、向かいの列に、何ということもない檳榔毛の車が、……を下ろして止まっている。前の方の簾の下から、きれいな掻練に紫の織物を重ねた袖が出ているので、女車だったのだと見ていると、車の後ろの方に当たる人の家の門から、六位ほどの者で太刀を佩いた者が、……出てきて、前の方にひざまずいて何か言うので、驚いて目をとめて見ると、その者が出てきた車のもとには、緋の袍の人や黒い袍の人が大勢、数も知れないほど立っていた。よく見ていくと、見知った人々のあたり(兼家の一行)だったのだと思う。例年よりは……で、上達部の車が連なって来る者は皆、あの(兼家の)車を見て(止まる)のだろう。そこにとまって、……所に口をそろえて立っていた。私の思う人(道綱)が急に(舞人に)出た割には、供の人なども華やかに見えた。上達部が手ごとに果物などを差し出しては話しかけたりなさるので、晴れがましい気持ちがする。また古風な人(作者の父か)も、いつもの許されないことで、山吹(の衣の人々)の中にいるのを、散らばっている中から(兼家が)特に分けて捕まえさせて、あの(車の)中から酒などを取り出して、杯を差したりするのを見ると、ただそのわずかな時間だけは、(私にも)心が晴れる思いがあったことだろう。
さて、助に、こうしてはどうかなどと世話を焼く人があって、手紙をやり取りし続ける人があった。八橋のあたりの人だったろうか、初めて、
「葛城の神代のしるしが深いのなら、ただ一言でうちとけてほしいものです」
返事は、今度は(代筆)のようだ。
「葛城の蜘蛛手(八橋)はどこにあるのでしょう。八橋の文を見ただろうと頼みにしても甲斐はないでしょう」
今度こそ(自筆の)返事として、
「通うはずの道でもない八橋を踏んで見たからといって、何を頼みにするのでしょう」
と書いて……書いてあった。また、
「どうしてその通う道が難しいことがありましょう。踏み初めた跡(文を交わし始めたこと)を頼みにしているのです」
また返事は、
「尋ねるかいもないでしょう。大空の雲の道は、通う跡も何もないでしょう」
負けまいと思う様子なので、また、
「大空にも雲の梯がないのならこそ、通うことのはかない嘆きもするでしょうが(梯はあるのです)」
返しは、
「踏んでみても雲の梯は危ないものだと思い知らずに、頼みにしていらっしゃるのですね」
また送る。
「やはり(あなたの所に)降りようという心が頼もしいのです。葦鶴が雲の道から降りてくる翼がないことがありましょうか」
今度は、暗いと言って(返事は)なかった。十二月になった。また、
「独り寝で過ごした年は経ても、衣の(袖が)涙に染みる時はなかったのに(今は涙に濡れています)」
「出かけております」と言って返事はない。翌日ごろ、返事を求めにやると、「そばの木に見ました」とだけ書いてよこした。すぐに、
「私のことは、そばの(木が)濡れているかと思うほどに(涙に濡れて)見えたとだけでも、そぶりを見せてくださるのですね」
返事は、
「天雲の山のはるかな私なので、そばの濡れる色は常磐(変わらない緑)なのでした」
「旧年のうちに節分をするので、こちらで(方違えを)」などと言わせて、
「たいそうひたすら思う心を、年のうちに晴れて(春が来る)ことも知らせたいものです」
返事はない。また、間もないことを……などがあったのだろうか、
「甲斐もなく年が暮れ果ててしまうのなら、春にも逢わない身となってしまうでしょう」
今度も(返事は)ない。どうしたのだろうと思っているうちに、こう言い寄る人が大勢いるそうだと聞く。そのためだろう、
「私でない人を待つのなら、待つと言わずに、ひどく越さないでください、沖の白波よ」
返事は、
「越しもせず越さないのでもない。波の寄せる浜は、波をかけながら年を経ているのです」
年の瀬が迫って、
「そのように波の心はつれないのでしょう。年までも越える松もあるのですね」
返事は、
「千年を経る松もありましょうが、ほどもなく越えては帰る(波の)程は、遠くはないでしょう」
とある。妙だ、どういうことだと思う。風が荒れているころに送る。
「吹く風につけても物思いをすることです。大海の波のように、落ち着く心もなく」
と送ると、「お返事申し上げるはずの人は、今日のこと(物忌み)を知っていまして」と、別の筆跡で、葉が一枚ついた枝につけてある。すぐに返して「お気の毒に」などと言って、
「私の思う人はその人だとは見なしているけれど、嘆きの枝(の一葉)に心が安まらないことです」
などと言っているようだ。
今年はひどく荒れることもなくて、はだら雪が二度ほど降った。助の元日の装束や、白馬の節会に用いる物などを用意しているうちに、年の暮れ果てる日になってしまった。明日の物は……人に任せたりなどして思うと、こうしたままで……今日になってしまったのもあきれたことで、魂祭などを見るにつけても、例の尽きない物思いにおぼれて(年が)暮れてしまった。年の終わりなので、夜がたいそう更けてから、(追儺の)門を叩く音が聞こえてくるようだ。今に平に(底本のまま)
意訳
〔臨時の祭の舞人〕十一月、道綱は急に賀茂の臨時の祭の舞人に選ばれる。兼家は装束をそろえ、試楽の日には「そちらに寄せてもらえないだろうから」と言いながら、道綱に付き添って舞を教え、宮中に送り出す。作者はその姿に涙ぐむ。
〔祭の日〕祭の日、作者は見物の車の中から、兼家の車のまわりに上達部たちが集まり、道綱にも果物を差し出すのを見て、晴れがましく思う。兼家は父倫寧をも見つけて、酒をすすめる。作者は、ほんのひとときだけ心が晴れる。
〔八橋の女〕道綱は八橋のあたりの女と歌を交わす。葛城の神、八橋の蜘蛛手、雲の梯、沖つ白波などをふまえた歌を次々に贈るが、女には多くの求婚者があるらしく、なかなか応じない。
〔年の暮れ〕年の暮れ、作者は道綱の元日の装束や白馬の節会の支度に追われる。魂祭をしながら、例の尽きない物思いにおぼれて大晦日の夜を迎え、追儺の音が聞こえるところで、日記の本文は終わる。
語釈・文法注
文法
- 「臨時の祭」
- 賀茂の臨時の祭。十一月の下の酉の日に行われる。
- 「舞ひ人」
- 東遊(あずまあそび)を舞う人。
- 「などゝているべきもの」
- 底本どおり。「など」と「て」の間に注記がある。
- 「試樂」
- 祭の数日前に、宮中で舞楽を予行すること。
- 「けがらひの暇」
- 穢れのために出仕を控えている間。
- 「見出したてむ」
- 送り出してやろう。
- 「寄せ給ふまじかなれば」
- あなたは私を寄せつけないだろうから。
- 「舞ひわたりならせて」
- 舞をひととおり習わせて。
- 「またのつら」
- 向かいの列。
- 「びりやう」
- 檳榔毛(びろうげ)の車。
- 「せしわくち」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「かいねり」
- 掻練。練って柔らかくした絹。
- 「あかき人黑:くろ+き人」
- 緋の袍(五位)の人と、黒の袍(四位以上)の人。
- 「ことどうなりて」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「おほじ所」
- 底本どおり。注記に「お」の異文がある。
- 「ふるめかしき人」
- 古風な人。作者の父、藤原倫寧をさすか。
- 「山吹のなか」
- 山吹色の衣を着た人々の中。
- 「行く心」
- 心が晴れること。
- 「八橋の程」
- 三河の八橋の辺り(出身の人)か。女の素性ははっきりしない。
- 「かづらき」
- 葛城山。一言主の神の伝説をふまえる。
- 「蛛手」
- 蜘蛛の足のように、水の流れが八方に分かれる所。八橋の名の由来(『伊勢物語』第九段)。
- 「ふみ見てけむと」
- 「文」と「踏み」を掛ける。
- 「と書きてして書いたり」
- 底本どおり。「して」の脇に注記がある。
- 「雲のかけはし」
- 雲の梯。雲に架けたはしご。
- 「あしたづ」
- 葦鶴。鶴。
- 「そばの木」
- そば(そばの木、かなめもち)。「側」を掛ける。
- 「せち分」
- 節分。立春の前日。
- 「我ならぬ人まつならば」
- 「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」(『古今和歌集』東歌)をふまえる。
- 「ほかず」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「風きあるゝ」
- 底本どおり。注記に異文があり、「風吹き荒るる」の意と解する。
- 「異手」
- 別の人の筆跡。
- 「白馬」
- 白馬の節会。正月七日に宮中で白馬(あおうま)を見る行事。
- 「ものをりまかせつゝ」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「こひけふ」
- 底本どおり。注記に「に」の異文がある。
- 「みたま」
- 御魂祭。大晦日に祖霊を祭る行事。
- 「たゝきくなる」
- 大晦日の夜の追儺の門を叩く音が聞こえてくる。
- 「今に平に」
- 底本どおり。注記に「流布本有本ノマヽ四字」とあり、写本にもとからある意味不明の四字である。
和歌
かづらきや神代のしるし深からばたゞ一ことにうちもとけなむ
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 八橋のあたりの女に初めて贈った歌。
修辞
- 本説
- 葛城山の一言主の神の伝説をふまえ、一言でいいから返事がほしいと詠む。
葛城の蛛手はいづこやつはしのふみ見てけむとたのむかひなく
- 詠者
- 八橋の女
- 状況
- 道綱への返歌。代筆と見られる。
修辞
- 掛詞
- 「ふみ」に「踏み」と「文」を掛ける。
通ふべき道にもあらぬやつはしのふみ見てきとてなに賴むらむ
- 詠者
- 八橋の女
- 状況
- 同じく道綱への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「ふみ」に「踏み」と「文」を掛ける。
なにかその通はむ道のかたからむふみ始めたるあとをたのめる
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 女への歌。
修辞
- 掛詞
- 「ふみ」に「踏み」と「文」を掛ける。
尋ぬらむかひやなからむ大空のくもぢは通ふあとはかもあらじ
- 詠者
- 八橋の女
- 状況
- 道綱への返歌。
おほ空も雲のかけはしなくばこそかよふはかなき歎きをもせめ
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 負けまいとして贈った歌。
ふみゝれど雲のかけはしあやふしと思ひしらずもたのむなるかな
- 詠者
- 八橋の女
- 状況
- 道綱への返歌。
なほをらむ心たのもしあしたづのくもぢおりくるつばさやはなき
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 女への歌。
かたしきしとしはふれどもさごろものなみだにしむる時はなかりき
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 十二月に女に贈った歌。
我がなるはそばのぬるかと思ふまで見きとばかりも氣色ばむかな
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 女が「そばの木に見き」とだけ返してきたのに対する歌。
天雲の山のはるけきまろなればそばぬるいろはときはなりけり
- 詠者
- 八橋の女
- 状況
- 道綱への返歌。
いとせめて思ふ心を年のうちにはるくることもしらせてしがな
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 年内の節分にことよせて贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「はる」に「春」と心が「晴る」を掛ける。
かひなくて年暮れはつる物ならば春にもあはぬ身ともこそなれ
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 返事のない女に重ねて贈った歌。
我ならぬ人まつならば待つといはでいたくな越しそ沖つ白浪
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 女に多くの求婚者がいると聞いて贈った歌。
修辞
- 本歌
- 「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」(『古今和歌集』東歌)をふまえる。
- 掛詞
- 「まつ」に「松」と「待つ」を掛ける。
越しもせずこさずもあらず浪よせの濱はかけつゝ年をこそ經れ
- 詠者
- 八橋の女
- 状況
- 道綱への返歌。
さもこそは浪の心はつらからめとしさへ越ゆるまつもありけり
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 年の瀬に贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「まつ」に「松」と「待つ」を掛ける。
千歳經るまつもこそあれほどもなく越えては歸る程やとほかず
- 詠者
- 八橋の女
- 状況
- 道綱への返歌。
吹く風につけてもものを思ふかな大海の浪のしづこゝろなく
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 風の荒れる日に女に贈った歌。
我が思ふ人はたそとは見なせどもなげきのえだにやすまらぬかな
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 別の筆跡で、葉の一枚ついた枝につけた返事が来たのに答えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「なげき」に「嘆き」と「投げ木」を掛ける。
解説
天延二年(974)十一月の賀茂の臨時の祭で、道綱は舞人に選ばれた。兼家は穢れを理由に作者の家を訪れることを遠慮しながらも、装束をそろえ、息子に舞を教えて送り出す。祭の日、上達部が兼家の車に集まり、道綱をもてはやす様子を見て、作者は「おもたゝしき心ちす」と書く。夫婦の関係は絶えても、道綱を通して兼家とのつながりは続いている。
道綱と八橋の女との贈答は、技巧的な歌が続き、作者が代作したものと考えられる。下巻の後半には、こうした道綱の恋の歌の記録が多い。
日記の本文は、天延二年の大晦日、魂祭をしながら物思いにおぼれる作者の姿で終わる。末尾の「今に平に」の四字は意味がとれず、底本の注記も、写本にもとからあると記すだけである。作者の物思いは、最後まで「例の盡きせぬこと」として書きとめられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、156–160頁(コマ81–83)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日