蜻蛉日記 下巻 第52章
女絵の歌と端午の節句
遠度は再び訪れて、八月まで宿直だけでも許してほしいと頼む。道綱が遠度の家から持ち帰った女絵に、作者は歌を書き添える。兼家は、作者が遠度を八月まで華やかにもてなしていると世間で噂していると冷やかし、作者は「今更にいかなるこま」の歌で応じる。五月四日、作者は神に雛衣を縫って奉り、五日には菖蒲を葺き、道綱と薬玉を作る。
- 1そのそのその暮暮くれににに又又またものものものしししててて「「「一一ひと夜夜よのののいといといとかしこきかしこきかしこきまでまでまで聞聞きこえさせえさせえさせ侍侍はべりりりしししをををおもひおもひおもい給給たまふれふれうればばば、、、更更さらにににいといといとかしこしかしこしかしこし。。。今今いまはははたゞたゞただ殿殿とのよりよりより仰仰おおせせせあらあらあらむむんほどほどほどををを、、、さふらはさふらはさうらわむむんなどなどなど聞聞きこえさせえさせえさせににになむなむなん今宵今宵こよいはははおひおひおい直直なおりりりしししててて參參まいりりり侍侍はべりりりつるつるつる。。。ななな死死しにににそそそととと仰仰おおせせせ侍侍はべりりりしししははは、、、千千ち歳歳とせののの命命いのち堪堪たふふうまじきまじきまじき心心こころちちちなむなむなんししし侍侍はべるるる。。。手手てををを折折おりりりり侍侍はべるるるははは、、、およびおよびおよび三三みつつつばかりばかりばかりはははいといといとようようようふしふしふしおきおきおきししし侍侍はべるるるととと、、、思思おもひひいやりやりやりのののはるかはるかはるかににに侍侍はべれれればばば、、、つれつれつれづれづれづれとととすごしすごしすごし侍侍はべらららむむん月月つき日日ひををを殿殿との居居いばかりばかりばかりををを簀簀すのののはしはしはしわたりわたりわたり許許ゆるささされれれ侍侍はべりりりなむなむなんややや」」」ととといといといとたとしへたとしへたとしえなくなくなくけざやかけざやかけざやかにににいへいへいえばばば、、、それそれそれににに從從したがひひいたるたるたる。。。かへりかへりかえりごとごとごとなどなどなど物物ものしししててて、、、今宵今宵こよいはははいといといととくとくとく歸歸かえりりりぬぬぬ。。。佐佐すけををを、、、明明あけ暮暮くれ呼呼よびびびまとはせまとはせまとわせるるるつまつまつまににに物物ものすすす。。。女女おんな繪繪えをかしくをかしくおかしくかけりかけりかけりけるけるけるがががありありありけれけれければばば、、、取取とりりりててて懷懷ふところににに入入いれれれてててもてもてもて來來きたりたりたり。。。見見みれれればばば釣釣つり殿殿どのととと思思おもしきしきしき高高こう欄欄らんにににおしおしおしかゝりかゝりかかりててて、、、中中なか鳥鳥じまののの松松まつをををまはりまはりまわりたるたるたる女女おんなありありあり。。。そこそこそこもともともとににに紙紙かみののの端端はしににに書書かきききてててかくかくかくおしおしおしへへへててて、、、
- 2「「「いかにいかにいかにせせせむむん池池いけのののみづみづみず波波なみさわぎさわぎさわぎてててはははこゝろこゝろこころのののうちうちうちのののまつまつまつにににかゝらかゝらかからばばば」」」。。。
- 3またまたまたやもめやもめやもめずみずみずみしししたるたるたる男男おとこののの、、、文文ふみ書書かきききさしさしさしててて、、、つらつらつらづゑづゑづえつきつきつきててて、、、ものものものおもふおもふおもうさまさまさましししたるたるたる所所ところににに、、、
- 4「「「さゝがにさゝがにささがにのののいづこいづこいずこともともともなくなくなく吹吹ふくくく風風かぜはははかくかくかくてててあまたあまたあまたににになりなりなりぞぞぞすすすらしらしらしももも」」」
- 5とととものものものしししててて、、、もてもてもて歸歸かえりりり置置おきききけりけりけり。。。かくかくかくててて猶猶なお同同おなじじじごとごとごと「「「絕絕たえええずずず殿殿とのにににもよほしもよほしもよおし聞聞きこえええよよよ」」」などなどなど常常つねにににあれあれあればばば返返かえりりりごとごとごとももも見見みせせせむむんとてとてとて、、、かくかくかくのみのみのみあるあるあるををを「「「こゝこゝここにににははは答答こたへへえなむなむなん煩煩わずらひひいぬるぬるぬる」」」とととものものものしししたれたれたればばば、、、「「「程程ほどはははさささ物物ものしししてててしししををを、、、などなどなどかかか、、、かくかくかくはははあらあらあらむむん。。。八月八月はちがつ待待まつつつ程程ほどははは、、、そこそこそこにににびゞしうびゞしうびびしゅうもてもてもてなしなしなし給給たまふふうとととかかか、、、世世よにににいふいふいうめるめるめる。。。それそれそれはははしもしもしも、、、うめきうめきうめきももも聞聞きこえええてててむむんかしかしかし」」」などなどなどありありあり。。。たはぶれたはぶれたわぶれととと思思おもふふう程程ほどににに、、、たびたびたびたびたびたびかゝれかゝれかかればばば、、、やしうやしうやしゅう思思おもひひいててて、、、「「「こゝこゝここにににはははもよほしもよほしもよおし聞聞きこゆるゆるゆるにににはははあらあらあらずずず。。。いといといとうるさくうるさくうるさく侍侍はべれれればばば、、、すべてすべてすべてこゝこゝここにににはははののの給給たまふふうまじきまじきまじきことことことなりなりなりととと、、、物物ものししし侍侍はべるるるををを、、、なほうなほうなおうあああめれめれめればばば、、、見見み給給たまへへえ餘餘あまりりりてててなむなむなん。。。さてさてさてなでなでなでふふふことことことにににももも侍侍はべるるるかなかなかな。。。
- 6今更今更いまさらにににいかなるいかなるいかなるこまこまこまかかかなつくなつくなつくべきべきべきすさめすさめすさめぬぬぬ草草くさとととのがれのがれのがれせせせぬぬぬ身身みををを。。。
- 7あなあなあなまばゆまばゆまばゆ」」」とととものものものしししけりけりけり。。。かうかうこうののの君君きみ、、、猶猶なおこのこのこの月月つきののの內內うちにににははは賴賴たのみみみをををかけかけかけててて責責せむむむ。。。このこのこの頃頃ころ例例れいののの年年としにににももも似似にずずず。。。郭郭ほとと公公ぎすたちたちたちおとおとおとをををしししてててととといふいふいうばかりばかりばかりににに鳴鳴なくくくととと聞聞きくくくにににもももかくかくかく文文ふみののの端端はしつつつかたかたかたににに、、、例例れいならならならぬぬぬ郭郭ほとと公公ぎすののの音音おとなひなひないにににももも、、、安安やすききき空空そらなくなくなく思思おもふふうべかべかべかめれめれめれ、、、かしこまりかしこまりかしこまりををを、、、甚甚はなわだしうだしうだしゅうおきおきおきたれたれたればばば、、、つやゝかつやゝかつややかなるなるなることことことはははものものものせせせざりざりざりけりけりけり。。。すけすけすけ、、、うまうまうまぶねぶねぶねしばししばししばしととと借借かりりりけるけるけるををを、、、例例れいののの文文ふみのののはしはしはしににに、、、「「「佐佐すけののの君君きみににに異異ことならならならずずずばばば、、、うまうまうまぶねぶねぶねなしなしなしととと聞聞きこえさせえさせえさせ給給たまへへえ」」」とととありありあり。。。かへりかへりかえりごとごとごとにににももも「「「うまうまうまぶねぶねぶねはははたてたてたてたるたるたる所所ところありありありててて覺覺おぼえええずずずなれなれなればばば、、、給給たまふふうらむらむらんににに煩煩わずらしししはかはかはか」」」なんどなんどなんど物物ものしししたれたれたればばば、、、立立たちちち歸歸かえりりりててて「「「たてたてたてたるたるたる所所ところはべはべはべなるなるなるふねふねふねははは、、、今日今日きょう明日明日あすののの程程ほどににに埒埒らちふすふすふすべきべきべき所所ところほしげほしげほしげににになむなむなん」」」とととぞぞぞあるあるある。。。かくかくかくててて月月つき果果はてててぬれぬれぬればばば、、、遙遙はるかににになりなりなり果果はてててぬるぬるぬるににに、、、おもひおもひおもいうじうじうじぬるぬるぬるにににやややあらあらあらむむん、、、音音ねなうなうのうててて月月つき立立たちちちぬぬぬ。。。四日四日よかににに雨雨あめいといといといたういたういとう降降ふるるるほどほどほどににに、、、すけすけすけののの許許もとににに、、、「「「あまあまあまゝゝま侍侍はべらららばばば立立たちちち寄寄よらららせせせ給給たまへへえ。。。聞聞きこえさすえさすえさすべきべきべき事事ことなむなむなんあるあるある。。。うへうへうえにににははは身身みののの宿宿すく世世せののの思思おもひひい知知しららられれれ侍侍はべりりりててて、、、聞聞きこえさせえさせえさせずずずととと執執とりりり申申もうさささせせせ給給たまへへえ」」」とととありありあり。。。かくかくかくのみのみのみ呼呼よびびびつるつるつるははは、、、何何なにごとごとごとゝゝといふいふいうことことこともももなくなくなくててて、、、戯戯たわぶれれれつゝつゝつつぞぞぞ歸歸かへしししけるけるける。。。今日今日きょうかゝるかゝるかかる雨雨あめにににもももさはらさはらさわらででで、、、同同おなじじじ所所ところなるなるなる人人ひとものものものへへへまうでまうでもうでつつつ。。。障障さわるるることことこともももなきなきなきにににととと思思おもひひいててて出出いでででたれたれたればばば、、、あるあるある者者もの「「「女女おんなかみかみかみにににははは、、、きぬきぬきぬ縫縫ぬひひいててて奉奉たてまつるるるこそこそこそよかよかよかなれなれなれ。。。さしさしさし給給たまへへえ」」」ととと、、、寄寄よりりり來來きてててさゝめけさゝめけささめけばばば、、、「「「いでいでいで試試こころみみみむむんかしかしかし」」」とてとてとて、、、かとりかとりかとりのののひゝなひゝなひいなぎぬぎぬぎぬ三三みつつつ縫縫ぬひひいたりたりたり。。。したしたしたがひがひがいどもどもどもにににかうかうこうぞぞぞ書書かきききたりたりたりけるけるけるははは、、、如何如何いかなるなるなる心心こころばへばへばえにににかかかありありありけむけむけん、、、かみかみかみぞぞぞ知知しるるるらむらむらんかしかしかし、、、
- 8「「「白白しろ妙妙たえのののころもころもころもははは神神かみにににゆづりゆづりゆずりてててむむんへだてへだてへだてぬぬぬ中中なかにににかへしかへしかへしなすなすなすべくべくべく」」」。。。
- 9たまたまたま、、、
- 10「「「唐唐から衣衣ころもなれなれなれにににしししつまつまつまをををうちうちうちかへしかへしかえしわわわがががしたしたしたがひがひがいににになすなすなすよしよしよしもももがながながな」」」。。。
- 11又又また、、、
- 12「「「夏夏なつごろもごろもごろもたつたつたつやややとととぞぞぞ見見みるるる千早千早ちわやふるふるふる神神かみをををひとへひとへひとえにににたのむたのむたのむ身身みなれなれなればばば」」」。。。
- 13暮暮くるれるれるればばば歸歸かえりりりぬぬぬ。。。明明あくれくれくればばば五日五日いつかののの曉曉あかつきにににせうとせうとしょうとたるたるたる人人ひとほかほかほかよりよりより來來きててて「「「いづらいづらいずら、、、今日今日きょうのののさそうさそうさそうははは、、、などなどなどかかか遲遲おそうううははは仕仕つこうううまつるまつるまつる。。。よるよるよるしししつるつるつるこそこそこそよけれよけれよけれ」」」などなどなどいふいふいうににに驚驚おどろきききてててしやうぶしやうぶしょうぶふくふくふくなれなれなればばば、、、皆皆みな人人ひとももも起起おきききててて、、、格格こう子子し放放はなちちちなどなどなどすれすれすればばば、、、「「「暫暫しばししし格格こう子子しはははななな參參まいりりりそそそ。。。たゆくたゆくたゆくかまへかまへかまえてててせせせむむん。。。御御ご覽覽らんぜぜぜんんんにににもももともともともなりなりなりけりけりけり」」」などなどなどいへいへいえどどど、、、みなみなみな起起おききき果果はてててぬれぬれぬればばば、、、事事こと行行おこなひひいてててつかすつかすつかす。。。昨昨きの日日うののの雲雲くも返返かえすすす風風かぜうちうちうち吹吹ふきききたれたれたればばば、、、あやめあやめあやめののの香香かははは、、、やうかやうかようかゝゝかへへへててていといといとをかしをかしおかし。。。簀簀す子子のこににに佐佐すけととと二二ふた人人りゐゐいててて「「「天天てん下下かののの木木き草草くさををを取取とりりり集集あつめめめててて、、、めづらしげめづらしげめずらしげなるなるなる藥藥くす玉玉だませせせむむん」」」などなどなどいひいひいいててて、、、そゝくりそゝくりそそくりゐゐいたるたるたる程程ほどににに、、、「「「このこのこの頃頃ころはははめづらしげめづらしげめずらしげなうなうのう、、、郭郭ほとと公公ぎすのののむらむらむらとりとりとりてててそふくそふくそうくにににおりおりおり居居いたるたるたる」」」などなどなどいひいひいいのゝしるのゝしるののしる聲聲こえなれなれなれどどど、、、空空そらをををうちうちうちかけりかけりかけりててて、、、二二ふた聲聲こえ三三み聲聲こえ聞聞きこえええたるたるたるははは、、、身身みにににしみしみしみてててをかしうをかしうおかしゅうおぼえおぼえおぼえたれたれたればばば、、、「「「山山やま郭郭ほとと公公ぎす今日今日きょうとてとてとてややや」」」などなどなど、、、いはいはいわぬぬぬ人人ひとなうなうのうぞぞぞうちうちうち遊遊あそびぶぶぶめりめりめり。。。少少すこししし日日ひたけたけたけてててかんかんかんののの君君きみ、、、「「「まてまてまてつがひつがひつがいににに物物ものししし給給たまははわゞゞば、、、諸諸もろ共共ともににに」」」とととありありあり。。。「「「さぶらはさぶらはさぶらわむむん」」」ととといひいひいいつるつるつるををを、、、しきりしきりしきりににに「「「遲遲おそししし」」」などなどなどいひいひいいててて人人ひとくれくれくればばば物物ものしししぬぬぬ。。。
現代語訳
その夕暮れに、また(遠度が)来て、「先夜、ひどく恐れ多いことまで申し上げましたことを思いますと、まったく恐縮しております。今はただ、殿から仰せがあるまでの間、(お側に)伺候していようなどと申し上げに、今夜は機嫌を直して参りました。死ぬなと仰せになったのは、千年の命も堪えられないほど(うれしい)気持ちがいたします。指を折って数えますと、指三本ほど(三か月)は、たいそうよく寝起きいたしますが、(八月までの)思いやりがはるかでございますので、所在なく過ごしますであろう月日を、宿直ほどに、簀子の端あたりをお許しいただけないでしょうか」と、たいそう比べものにならないほどはっきりと言うので、それに従った。返事などをして、今夜はたいそう早く帰った。
助(道綱)を朝晩呼び寄せていたついでに、(遠度の所に)行った。女絵の趣深く描いたものがあったので、(道綱が)取って懐に入れて持ってきた。見ると、釣殿と思われる所の高欄に寄りかかって、中島の松を見回している女がいる。そこに紙の端に書いて、このように貼り付けて、
「どうしよう。池の水の波が騒いで、心の中の松(待つ心)にかかったなら」
また、独り住まいをしている男が、手紙を書きかけて、頬杖をついて、物思いにふけっている様子の所に、
「蜘蛛の(巣に)どこからともなく吹く風は、こうして(あなたの思う人が)たくさんになっているらしい」
と書いて、(道綱が)持ち帰って置いてきた。
こうして(遠度は)やはり相変わらず「絶えず殿に(結婚を)催促してください」などといつも言ってくるので、(兼家に遠度への)返事も見せようと思って、「こうしてばかり言ってくるのを、こちらでは答えるのに困っております」と言ってやると、(兼家は)「時期はそう言ったのに、どうして、こうなのだろう。八月を待つ間は、そちらで華やかにもてなしていらっしゃるとか、世間で言っているようだ。それはまあ、うめき声も申し上げたいものだ」などとある。冗談だと思っているうちに、たびたびこう(言ってくる)ので、……と思って、「こちらでは(結婚を)催促申し上げているのではありません。たいそううるさくございますので、すべてこちらにはおっしゃるはずのないことだと言っておりますのに、やはり……ようなので、見かねまして(ご相談したのです)。さても、何ということでございましょう。
今さら、どんな駒(若い男)がなつくでしょう。誰も相手にしない(老いた)草だと、逃れようもない私の身に。
ああ、恥ずかしい」と言ってやった。
頭の君(遠度)は、やはりこの(五)月のうちには(と)期待をかけて責める。このごろは例年にも似ず、ほととぎすが……というほどに鳴くと聞くにつけても、このように手紙の端の方に、「いつもと違うほととぎすの訪れにも、心安らぐ空もなく思うことでしょう」(と書いてくるが)、恐縮の言葉を、たいそう(多く)書き置いてあるので、色よい返事はしなかった。
助が、馬槽(うまぶね)をしばらく借りようとしたのを、例の手紙の端に、「助の君と同じでないなら、馬槽はないと申し上げてください」とある。返事にも「馬槽は(すでに)立ててある所がありまして(行方が)わからないので、お借りになるのに面倒か(と)」などと言ってやると、すぐに返事があって、「立ててある所にあるという槽は、今日明日のうちに埒(囲い)を結ぶべき所が欲しそうで」とある。
こうして月が終わったので、(結婚の時期は)すっかり遠くなってしまったので、(遠度は)思い沈んでしまったのだろうか、音沙汰がなくて月が改まった。(五月)四日に雨がひどく降るころに、(遠度が)助のもとに、「雨の晴れ間がありましたらお立ち寄りください。申し上げたいことがあります。母上には、身の宿縁が思い知られまして、もう申し上げないとお取り次ぎください」と言ってきた。こうしてばかり呼んだのは、何事ということもなくて、冗談を言いながら帰したのだった。
今日、このような雨にもかまわず、同じ家にいる人がある所へ参詣した。差し支えることもないのでと思って(私も)出かけると、ある者が「女神には衣を縫って奉るのがよいそうです。そうなさいませ」と、寄ってきてささやくので、「さあ、やってみよう」と言って、かとりの雛衣を三つ縫った。下襲などにこう書いたのは、どういうつもりだったのだろうか、神だけが知っているだろう。
「真っ白な衣は神にお譲りしましょう。隔てのない仲に、(私たちを)返していただけるように」
もう一つ、
「着慣れた唐衣の褄を裏返すように、慣れ親しんだ夫を、私に従うようにする手立てがあればよいのに」
また、
「夏衣を裁つ(願いがかなう)かと見ることです。神をひたすら頼みとする身ですので」
日が暮れたので帰った。夜が明けると五日の明け方に、兄弟である人がよそから来て、「どうした、今日の菖蒲(の用意)は、どうして遅く仕えているのか。夜のうちにしてしまうのがよいのに」などと言うので、驚いて菖蒲を葺くことになったので、皆も起きて、格子を外したりするので、「しばらく格子はお上げするな。ゆっくり支度してしよう。ご覧になるにも都合がよいのだ」などと言うけれど、皆すっかり起きてしまったので、事を済ませて(菖蒲を)葺かせる。昨日の雲を吹き返す風が吹いたので、菖蒲の香りが……たいそう趣がある。簀子に助と二人で座って、「天下の木や草を取り集めて、珍しい薬玉を作ろう」などと言って、そわそわしていると、「このごろは珍しくもなく、ほととぎすが群がって……に下りている」などと騒ぐ声がするけれど、空を飛びかけって、二声三声聞こえたのは、身にしみて趣深く思われたので、「山ほととぎすは今日(を知って鳴く)とてか」などと、口ずさまない人もなく興じているようだ。少し日が高くなって、頭の君(遠度)から、「真手結(まてつがい)においでになるなら、ご一緒に」と言ってきた。「伺いましょう」と言ったのを、しきりに「遅い」などと言って人が来るので、(道綱は)出かけた。
意訳
〔宿直の願い〕遠度は先夜の非礼をわび、八月までの間、せめて宿直のように簀子の端に置いてほしいと頼む。作者はそれを許す。
〔女絵の歌〕道綱が遠度の家から持ち帰った女絵には、中島の松を眺める女と、手紙を書きさして頬杖をつく男が描かれていた。作者はそれぞれに歌を書き添えて、遠度の家に返させる。
〔兼家の冷やかし〕作者が遠度の催促に困っていると兼家に伝えると、兼家は「八月まで華やかにもてなしているそうだね」と冷やかす。作者は「今さらどんな駒がなつくでしょう、誰も相手にしない草のような身に」と、老いた自分を卑下する歌で切り返す。
〔馬槽〕道綱が遠度から馬槽を借りようとしたことで、遠度と作者の間に機知に富んだやりとりが交わされる。
〔神への衣〕五月四日、作者は参詣先で女神に雛衣を縫って奉り、夫との仲がもとに戻るよう願う歌を書きつける。
〔端午の節句〕五日、兄弟に急かされて菖蒲を葺き、道綱と並んで薬玉を作る。ほととぎすの声に皆が興じるなか、遠度から道綱に真手結への誘いが来る。
語釈・文法注
文法
- 「おひ直りして」
- 底本どおり。機嫌を直して、の意に解する。
- 「な死にそ」
- 死ぬな。前章で遠度が出家をほのめかしたのに、作者が返事でそう言ったか。
- 「および三つばかり」
- 指三本ほど。八月までの三か月をさす。
- 「殿居ばかりを」
- 宿直(とのい)ほどに。
- 「たとしへなく」
- 比べものにならないほど。
- 「明暮呼びまとはせるつまに」
- 朝晩呼び寄せていたついでに。
- 「女繪」
- 女性向けの物語絵。
- 「おしへて」
- 底本どおり。注記に「二字だ」とあり、意味がとりにくい。
- 「まつ」
- 「松」と「待つ」を掛ける。
- 「やもめずみ」
- 独り住まい。
- 「さゝがに」
- 蜘蛛。
- 「びゞしう」
- 華やかに。
- 「やしう思ひて」
- 底本どおり。注記に「あ」の異文があり、「あやしう思ひて」と解する。
- 「なほうあめれば」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「こま」
- 駒。若い男のたとえ。
- 「すさめぬ草」
- 誰も相手にしない草。年老いた身のたとえ。「大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」(『古今和歌集』雑上)をふまえる。
- 「かうの君」
- 頭の君。右馬頭の遠度。
- 「たちおとをして」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「うまぶね」
- 馬槽。馬に飼い葉を与える桶。
- 「埒ふすべき」
- 埒(馬場などの柵)を結うべき。
- 「おもひうじぬる」
- 思いふさいでしまった。
- 「あまゝ」
- 雨間。雨の晴れ間。
- 「女かみ」
- 女神。
- 「ひゝなぎぬ」
- 雛衣。人形の衣。神への奉納物。
- 「たま」
- 底本どおり。注記に「二字ま」とあり、「また」と解する。
- 「せうとたる人」
- 兄弟である人。作者の兄弟。
- 「さそう」
- 底本どおり。注記に異文があり、菖蒲の用意のことと解する。
- 「しやうぶふく」
- 菖蒲葺く。五月五日に、邪気を払うため軒に菖蒲を葺く。
- 「やうかゝへて」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「藥玉」
- 五月五日に、菖蒲やよもぎを五色の糸で飾って柱などに掛けたもの。
- 「むらとりてそふく」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「かんの君」
- 頭の君。遠度。
- 「まてつがひ」
- 真手結。五月五日・六日の騎射に先立つ練習の儀式。
和歌
いかにせむ池のみづ波さわぎてはこゝろのうちのまつにかゝらば
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 女絵の、中島の松を眺める女の所に書き添えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「まつ」に「松」と「待つ」を掛ける。
- 縁語
- 「池」「波」「かかる」は水の縁語。
さゝがにのいづこともなく吹く風はかくてあまたになりぞすらしも
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 女絵の、手紙を書きさして物思いにふける男の所に書き添えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「かく」に蜘蛛が巣を「かく」と「斯く」を掛ける。
今更にいかなるこまかなつくべきすさめぬ草とのがれせぬ身を
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 兼家に、遠度を華やかにもてなしていると冷やかされて返した歌。
修辞
- 本歌
- 「大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし」(『古今和歌集』雑上)をふまえる。
白妙のころもは神にゆづりてむへだてぬ中にかへしなすべく
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 女神に奉る雛衣に書きつけた歌。
修辞
- 掛詞
- 「かへし」に衣を「返す」と仲を「返す(もとに戻す)」を掛ける。
唐衣なれにしつまをうちかへしわがしたがひになすよしもがな
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 同じく雛衣に書きつけた歌。
修辞
- 掛詞
- 「つま」に衣の「褄」と「夫」、「したがひ」に「下襲」と「従ひ」を掛ける。
夏ごろもたつやとぞ見る千早ふる神をひとへにたのむ身なれば
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 同じく雛衣に書きつけた歌。
修辞
- 掛詞
- 「たつ」に衣を「裁つ」と願いが「立つ」、「ひとへ」に「単衣」と「偏へ」を掛ける。
- 枕詞
- 「千早ふる」は「神」にかかる。
解説
遠度の求婚は、兼家が「八月に」と時期を延ばしたことで、こう着状態に入る。遠度は宿直だけでもと頼み、作者は女絵に歌を書き添えるなど、二人の間には礼儀と機知に富んだやりとりが続く。
兼家の冷やかしに対する「今更にいかなるこまか」の歌は、自分をもはや誰も相手にしない老いた草にたとえたもので、四十歳近い作者の自嘲がこめられている。この歌は日記の巻末の歌集にも、少し形を変えて収められている。
雛衣に書きつけた三首は、いずれも夫婦の仲がもとに戻ることを神に願う歌である。「神ぞ知るらむかし」と書く作者の胸の内には、兼家への思いがなお消えずに残っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、148–150頁(コマ77–78)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日