蜻蛉日記 下巻 第51章
卯月の約束とほととぎす
兼家が「八月ごろに」と日取りを延ばしたので、作者はほっとする。約束の四月を延ばされた遠度は腹を立てて訪れ、「契りおきし卯月はいかに」と歌を書き置く。二十二日の夜、遠度は御簾に手をかけて迫るが、作者は取り合わない。翌朝、作者がほととぎすの歌で見舞うと、遠度は「高き峰にのぼる(出家する)」とまで書いてよこす。
- 1さてさてさて猶猶なおこゝこゝここにににはははいといといといちいちいちはやきはやきはやき心心こころちちちすれすれすればばば思思おもひひいかくるかくるかくる事事こともももなきなきなきををを「「「これこれこれそそそよりよりよりかくかくかくなむなむなん仰仰おおせせせありありありききき」」」とてとてとて「「「せむるせむるせむるととと聞聞きこえええよよよ」」」とととのみのみのみあれあれあればばば、、、いかでいかでいかでさささはははのたまはせのたまはせのたまわせにににかかかあらあらあらむむん、、、いといといとかしかましけれかしかましけれかしかましければばば見見みせせせ奉奉たてまつりりりつつつべくべくべくててて御御おん返返かえりりりことことこといひいひいいたれたれたればばば「「「さささははは思思おもひひいしかしかしかどどどももも、、、佐佐すけののの急急いそぎぎぎしししつるつるつる程程ほどにににててて、、、いといといとはかはかはかににになむなむなんなりなりなりにににけるけるける。。。おもへおもへおもえ御御み心心こころ變變かわらららずずずばばば、、、八月八月はちがつばかりばかりばかりににになむなむなん、、、なりなりなりにににものものものししし給給たまへへえかしかしかし」」」とととあれあれあればばば、、、いといといとめやきめやきめやき心心こころちちちしししててて「「「かくかくかくなむなむなんはべはべはべめるめるめる。。。いちいちいちはやかりはやかりはやかりけるけるけるこよみこよみこよみははは、、、ふぢやうふぢやうふじょうなりなりなりとととははは、、、されされさればばばこそこそこそ聞聞きこえさせえさせえさせしかしかしか」」」ととと物物ものしししたれたれたればばば、、、返返かえりりり事事こともももなくなくなくててて、、、とととばかりばかりばかりありありありててて「「「みづからみづからみずからいといといと腹腹はら立立だたしきしきしき事事こと聞聞きこえさせえさせえさせににになむなむなん參參まいりりりつるつるつる」」」とととあれあれあればばば「「「何何なに事事ことにににかかか、、、いといといとおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく侍侍はべらららむむん。。。さらさらさらばばばこなたこなたこなたににに」」」ととといはせいはせいわせたれたれたればばば、、、「「「よしよしよしよしよしよしかうかうこう夜夜よ晝晝ひる參參まいりりりつるつるつるとととあれあれあればばば何何なにごとごとごとにににかきかきかきてててはははいとゞいとゞいとど遙遙はるかににになりなりなりなななむむん」」」とてとてとて、、、いらへいらへいらえてててとととばかりばかりばかり佐佐すけととと物物もの語語がたりしししててて、、、立立たちちちててて硯硯すずり紙紙かみとととこひこひこいたりたりたり。。。出出いしししたれたれたればばば、、、かきかきかきててておしおしおしひねりひねりひねりててて入入いれれれててていぬいぬいぬ。。。見見みれれればばば、、、
- 2「「「契契ちぎりりりおきおきおきししし卯卯う月月ずきはははいかにいかにいかに時時ほとと鳥鳥ぎす我我わががが身身みのののうきうきうきにににかけかけかけ離離はなれれれつゝつゝつつ。。。
- 3いかにいかにいかにししし侍侍はべらららましましまし。。。くしくしくしいたくいたくいたくこそこそこそ。。。暮暮くれにににををを」」」ととと書書かきききたりたりたり。。。手手てもももいといといとはべりはべりはべりしげしげしげなりなりなりややや。。。返返かえりりりごとごとごとやがてやがてやがて追追おひひいててて書書かくくく、、、
- 4「「「なほなほなお忍忍しのべべべ花花はな橘橘たちばなののの枝枝えだやややなきなきなきあふひあふひあうい過過すぎぎぎぬるぬるぬる卯卯う月月ずきなれなれなれどもどもども」」」。。。
- 5さてさてさてそのそのその日日ひ頃頃ころえらびえらびえらび設設もうけけけつるつるつる、、、廿二日廿二日にじゅうににちののの夜夜よものものものしししたりたりたり。。。こたみこたみこたみははは、、、さきざきさきざきさきざきのののさまさまさまにににもももあらあらあらずずず、、、いといといとつゞやかつゞやかつづやかににになりなりなりまさりまさりまさりたるたるたるものものものからからから、、、責責せむるむるむるさまさまさまいといといとわりなしわりなしわりなし。。。「「「殿殿とのののの御御おん許許ゆるささされれれははは道道みちなくなくなくなりなりなりにににたりたりたり。。。そのそのその程程ほどはるかはるかはるかににに覺覺おぼえええ侍侍はべるるるををを、、、御御おんかへりかへりかえりみみみにににててていでいでいでとととなむなむなん」」」とととあれあれあればばば「「「いかにいかにいかに思思おもしししてててかうかうこうはははのたまふのたまふのたまう。。。そのそのその遙遙はるかなりなりなりとととののの給給たまふふう程程ほどにににややや、、、うひうひういごとごとごとゞゞどもももせせせむむんとととなむなむなん見見みゆるゆるゆる」」」ととといへいへいえばばば「「「かひかひかいなきなきなきほどほどほどももも、、、物物もの語語がたりはははするするするははは」」」ととといふいふいう。。。「「「これこれこれはははいといといとさささにににはははあらあらあらずずず。。。あやにくあやにくあやにくにににおもぎらひおもぎらひおもぎらいするするするほどほどほどなれなれなればばばこそこそこそ」」」などなどなどいふいふいうももも、、、聞聞きききき分分わかかかぬぬぬやうやうようにににいといといとわびしくわびしくわびしく見見みえええたりたりたり。。。「「「むねむねむね走走はしるるるまでまでまで覺覺おぼえええ侍侍はべるるるををを、、、このこのこのみすみすみすののの內內うちにににだにだにだにさぶらふさぶらふさぶらうととと思思おもひひい給給たまへへえてててまかでまかでまかでむむん。。。一一ひとつつつ一一ひとつつつをををだにだにだに、、、爲爲なすすすことことことにににししし侍侍はべらららむむん。。。かへりかへりかえりみみみさせさせさせ給給たまへへえ」」」ととといひいひいいててて、、、すだれすだれすだれににに手手てをををかくれかくれかくればばば、、、いといといとけうとけれけうとけれきょうとけれどどど聞聞ききききももも入入いれれれぬぬぬやうやうようにににててて、、、「「「いたういたういとう更更ふけけけぬぬぬらむらむらんををを、、、例例れいはははさしもさしもさしも覺覺おぼえええ給給たまふふう夜夜よににになむなむなんあるあるある」」」ととと、、、つれつれつれもももなうなうのういへいへいえばばば、、、「「「いといといとかうかうこうははは思思おもひひいきこえさせきこえさせきこえさせずずずこそこそこそありありありつれつれつれ。。。あさましうあさましうあさましゅう、、、いみじういみじういみじゅう、、、限限かぎりりりなうなうのううれしうれしうれしととと思思おもひひい給給たまふふうべしべしべし。。。御御お曆曆こよみもちもちもちててて元元もとににになりなりなりぬぬぬ。。。わるくわるくわるく聞聞きこえさするえさするえさする御御み氣氣け色色しきもももかかりかかりかかり」」」などなどなどおりおりおり立立たちちちてててわびわびわびいりいりいりたれたれたればばば、、、いといといとなつかしさなつかしさなつかしさににに、、、「「「猶猶なおいといといとわりなきわりなきわりなきことことことなりなりなりややや。。。院院いんにににうちうちうちににになどなどなど侍侍さぶらひひい給給たまふふうらむらむらん。。。晝晝ひる間間まのののやうやうようににに思思おもしししなせなせなせ」」」などなどなどいへいへいえばばば、、、そのそのその事事ことののの心心こころははは苦苦くるしうしうしゅうこそこそこそはははあれあれあれ。。。とととにににすわりすわりすわりてててこたふるこたふるこたうるにににいといといといふいふいうかひかひかいなしなしなし。。。いらへいらへいらえわづらひわづらひわずらいててて、、、はてはてはてははは物物ものもももいはいはいわねねねばばば「「「あなあなあなかしこかしこかしこ、、、御御みけしきけしきけしきももも惡惡あしうしうしゅうはべはべはべめりめりめり。。。さらさらさらばばば今今いまははは仰仰おおせ事事ごとなからなからなからむむんにににははは聞聞きこえさせえさせえさせじじじ。。。いといといとかしこくかしこくかしこく」」」とてとてとて、、、つまつまつまはじきはじきはじきうちうちうちしししててて、、、ものものものもももいはいはいわででで暫暫しばしししありありありててて起起たちちちぬぬぬ。。。出出いづるづるずるににに「「「まつまつまつ」」」などなどなどいはすれいはすれいわすれどどど、、、「「「更更さらにににとらせとらせとらせででで」」」なんどなんどなんど聞聞きくくくににに、、、いとほしくいとほしくいとおしくなりなりなりててて、、、又又またつとめてつとめてつとめて、、、「「「いといといとあやにくあやにくあやにくににに、、、まつまつまつとととももものたまはせのたまはせのたまわせででで、、、歸歸かえらせらせらせ給給たまひひいめりめりめりしししははは、、、たひらかたひらかたいらかにににややや」」」ととと聞聞きこえさせえさせえさせににになむなむなん。。。
- 6「「「ほとゝぎすほとゝぎすほととぎすまたまたまた問問とふふうべくべくべくももも語語かたらはらはらわでででかへるかへるかえる山山やま路路じのののこここぐらかりぐらかりぐらかりけむけむけん
- 7こそこそこそいとほしういとほしういとおしゅう」」」ととと書書かきききててて物物ものしししたりたりたり。。。さしさしさし置置おきききてててなれなれなればばば、、、かれかれかれよりよりより、、、
- 8「「「問問とふふうこゑこゑこえはははいついついつとととなけれなけれなけれどどど郭郭ほとと公公ぎすあけあけあけてててくやしきくやしきくやしきものものものをををこそこそこそ思思おもへへえ
- 9ととといたういたういとうかしこまりかしこまりかしこまりうけうけうけ給給たまはりはりわりぬぬぬ」」」とととのみのみのみありありあり。。。さゝねりさゝねりささねりてててももも、、、又又またののの日日ひ、、、「「「佐佐すけののの君君きみ今日今日きょう人人ひと々々びとのののがりがりがりものものものせせせむむんとととするするするををを、、、もろもろもろともともともにににつかさつかさつかさにににととと聞聞きこえええににになむなむなん」」」とととしとししとししとしごとごとごとにににものものものしししたりたりたり。。。例例れいののの硯硯すずりこへこへこえばばば紙紙かみおきおきおきててて出出いしししたりたりたり。。。入入いれれれてててたるたるたるををを見見みれれればばば、、、恠恠あやしうしうしゅうわなゝきわなゝきわななきたるたるたる手手てにににててて「「「昔昔むかしののの世世よににに如何如何いかなるなるなる罪罪つみををを作作つくりくりくり侍侍はべりりりててて、、、かうかうこう妨妨さまたげげげさせさせさせ給給たまふふう身身みとととなりなりなり侍侍はべりりりけむけむけん。。。あやしきあやしきあやしきさまさまさまにににのみのみのみなりなりなりまどひまどひまどい侍侍はべるるるははは、、、なりなりなり侍侍はべらららむむんことことことももも、、、いといといと難難かたししし。。。さらにさらにさらにさらにさらにさらに聞聞きこえさせえさせえさせじじじ。。。今今いまははは高高たかききき峰峰みねににになむなむなんのぼりのぼりのぼり侍侍はべるるるべきべきべき」」」などなどなどふさふさふさににに書書かきききたりたりたり。。。かへりかへりかえりごとごとごと「「「あなあなあな怖怖おそろしろしろしややや。。。などなどなどかうかうこうはははのたまはすのたまはすのたまわすらむらむらん。。。恨恨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまふふうべきべきべき人人ひとはははことことことにににこそこそこそはははべべべめれめれめれ。。。峰峰みねははは知知しりりり侍侍はべらららずずず。。。谷谷たにのののしるべしるべしるべはははしもしもしも」」」ととと書書かきききててて出出いしししたれたれたればばば、、、佐佐すけ、、、一一ひとつつつににに乘乘のりりりててて物物ものしししぬぬぬ。。。佐佐すけののの賜賜たまはりはりわり馬馬うま、、、いといといと美美うつくしげくしげくしげなるなるなるををを、、、とりとりとりててて歸歸かえりりりたりたりたり。。。
現代語訳
さて、やはりこちらではたいそう早すぎる気がするので、(結婚など)考えることもないのに、(遠度は)「これ、そちらから(兼家に)このように仰せがあった」と言って、「(私が)責め立てていると申し上げてください」とばかり言うので、どうしてそうおっしゃったのだろう、たいそううるさいので、(兼家に)お見せしようと思って、お返事を申し上げると、(兼家は)「そうは思ったが、助(道綱)の(祭の)準備をしている時なので、たいそう……になってしまった。思えば、(遠度の)お心が変わらないなら、八月ごろにでも、(そう)なさい」と言ってきたので、たいそう安心した気持ちがして、(遠度に)「このように(兼家が)申しているようです。早手回しの暦は、不定なものだと、だからこそ申し上げたのです」と言ってやると、返事もなくて、しばらくして、「自分で、たいそう腹立たしいことを申し上げに参りました」と言うので、「何事でしょうか。たいそう大げさでございましょう。それならこちらへ」と言わせると、「いやいや、こう夜昼参上したとあっては、何事に(つけても)……、いっそう(結婚が)遠くなってしまうだろう」と言って、答えてしばらく助と話をして、立ち上がって硯と紙を求めた。出してやると、書いてひねり結んで(こちらに)入れて帰っていった。見ると、
「約束しておいた卯月(四月)はどうなったのでしょう。ほととぎすが(鳴かずに)、私の身のつらさに遠く離れてしまって。
どうしたらよいのでしょう。ひどく気がふさいでおります。夕暮れに(伺います)」と書いてあった。筆跡もたいそう……そうである。返事をすぐに追いかけて書く。
「やはりお忍びなさい。花橘の枝がないでしょうか。葵(逢う日)の過ぎてしまった卯月ではありますが」
さて、その日ごろ選んで準備していた、二十二日の夜に(遠度が)来た。今度は、以前の様子とも違い、たいそう慎み深くなりまさったものの、責める様子はたいそうむちゃである。「殿のお許しは、(もう頼る)道もなくなってしまいました。その(八月という)時期がはるかに思われますので、あなたのお心遣いで、どうか(と思って)」と言うので、「どう思ってそうおっしゃるのですか。その遠いとおっしゃる時期にこそ、初めての(結婚の)事をもしようと思われます」と言うと、「甲斐のない時でも、話はするものですよ」と言う。「これはまったくそうではありません。あいにく(娘が)人見知りをする年ごろなので」などと言うのも、聞き分けないようで、たいそうつらそうに見えた。「胸が騒ぐほどに思われますので、せめてこの御簾の内に伺候していると思って退出しましょう。一つ一つ(のお願い)だけでも、かなえることにいたしましょう。お目をかけてください」と言って、簾に手をかけるので、たいそう気味が悪いけれど、聞き入れないふりをして、「ひどく夜が更けたでしょうに、いつもはそうも思われなさらない夜ですのね」と、そっけなく言うと、「まったくこうは思い申し上げておりませんでした。あきれたことに、ひどく、この上なくうれしいとお思いになるでしょう。暦を持って(いたのに)元に戻ってしまいました。悪く申し上げるご様子もこのとおりで」などと、すっかりしょげこんでいるので、たいそう気の毒で、「やはりたいそう無理なことですよ。院に内裏になどお仕えなさっているでしょう。昼間のようにお考えなさい」などと言うと、その事の心は苦しいことだろう。外に座って答えるので、たいそう甲斐がない。答えあぐねて、しまいには物も言わないので、「ああ恐れ多い、ご機嫌も悪いようです。それでは今は、(殿の)仰せがない限りは申し上げますまい。たいそう恐縮です」と言って、爪弾きをして、何も言わずにしばらくしてから立った。出るときに、「松明(を)」などと言わせたけれど、「決して受け取らないで」などと聞くと、気の毒になって、また翌朝、「たいそうあいにく、松明もお受けにならないでお帰りになったようですが、無事でしたか」とお便りして、
「ほととぎす(のあなた)は、また訪ねてくるようにも語らわずに帰っていく山路が、木暗かったことでしょう
それがお気の毒で」と書いて送った。(使いが手紙を)置いてきたので、あちらから、
「(ほととぎすが)問う声はいつということもありませんが、夜が明けて(戸を開けて)悔しい物思いをしております
と、たいそう恐縮して承りました」とだけある。……ても、翌日、「助の君は今日、人々の所に出かけようとしているが、一緒に役所に(行こう)と申し上げに(来ました)」と、……やって来た。いつものように硯を求めるので、紙を添えて出した。書いて入れてきたのを見ると、妙に震えた筆跡で、「前世にどんな罪を作りまして、こうお妨げになる身となったのでしょう。妙な有様にばかりなって迷っておりますのは、(思いを)遂げますことも、たいそう難しい。もう決して申し上げますまい。今は高い峰に登りましょう(出家しましょう)」などと、たくさん書いてある。返事に、「ああ恐ろしい。どうしてこうおっしゃるのでしょう。お恨み申し上げるべき人は、別にいるでしょう。峰のことは存じません。谷の道案内なら(いたしましょう)」と書いて出すと、助は(遠度と)同じ車に乗って出かけた。助は、(遠度から)いただいた馬の、たいそう美しいのを受け取って帰ってきた。
意訳
〔延びた日取り〕作者が兼家に遠度のことを伝えると、兼家は「八月ごろにでも」と答える。作者はほっとして遠度にそう伝える。
〔契りおきし卯月〕約束の四月を延ばされた遠度は腹を立てて訪れ、「約束した卯月はどうなったのか」という歌を書き置いて帰る。作者は「葵の日が過ぎても、花橘の枝はあるでしょう」と、なだめる歌を返す。
〔御簾に手をかける〕二十二日の夜、遠度は再び訪れ、せめて御簾の内に入れてほしいと簾に手をかけて迫る。作者は気味悪く思いながらも、そっけなくかわし、「昼間のようにお考えなさい」とたしなめる。遠度は爪弾きをして、松明も受け取らずに帰っていく。
〔高き峰〕翌朝、作者がほととぎすの歌で見舞うと、遠度は震える筆跡で「前世でどんな罪を作ったのか。高い峰に登ろう(出家しよう)」と書いてよこす。作者は「恨むべき人は別にいるでしょう」と兼家を暗にさし、軽く受け流す。
語釈・文法注
文法
- 「これそより」
- 底本どおり。注記に異文があり、「これ、そこより」の意か。
- 「いとはかになむ」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「おもへ」
- 底本どおり。注記に「三字も」とある。
- 「なりにものし給へかし」
- 底本どおり。注記に「二字に」とある。
- 「めやき心ち」
- 安心な気持ち。
- 「ふぢやう」
- 不定。定まらないこと。
- 「何ごとにかきては」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「くしいたくこそ」
- ひどく気がふさいで。「屈し」。
- 「手もいとはべりしげなりや」
- 底本どおり。注記に「三字にっかはイ」とあり、意味がとりにくい。
- 「花橘」
- 「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(『古今和歌集』夏)にちなみ、五月以降にも望みがあることをいう。
- 「あふひ」
- 「葵」と「逢ふ日」を掛ける。
- 「つゞやか」
- 慎み深いさま。
- 「いで」
- 底本どおり。注記に「いかイ」とある。
- 「うひごと」
- 初事。初めての事。結婚をいう。
- 「おもぎらひ」
- 人見知り。
- 「御曆もちて元になりぬ」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「とにすわりて」
- 外に座って。簾の外にいることをいう。
- 「つまはじき」
- 爪弾き。不満や嫌悪を表すしぐさ。
- 「まつ」
- 松明。
- 「さゝねりても」
- 底本どおり。注記に「三字き」とあり、意味がとりにくい。
- 「しとしごとに」
- 底本どおり。注記に「四字とてかイ」とある。
- 「高き峰になむのぼり侍るべき」
- 山に入って出家しよう、の意。
- 「谷のしるべ」
- 峰に対して谷を言い、軽く受け流す。
- 「佐の賜はり馬」
- 遠度が道綱に贈った馬。
和歌
契りおきし卯月はいかに時鳥我が身のうきにかけ離れつゝ
- 詠者
- 藤原遠度
- 状況
- 約束の四月の結婚を延ばされて、硯と紙を求めて書き置いた歌。
修辞
- 掛詞
- 「うき」に「憂き」と、ほととぎすの鳴く「卯木(うつぎ)」をひびかせる。
なほ忍べ花橘の枝やなきあふひ過ぎぬる卯月なれども
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 遠度の歌に、すぐに追いかけて返した歌。
修辞
- 掛詞
- 「あふひ」に「葵」と「逢ふ日」を掛ける。
- 本歌
- 「五月待つ花橘の香をかげば」(『古今和歌集』)をふまえ、五月以降に望みをつなぐ。
ほとゝぎすまた問ふべくも語らはでかへる山路のこぐらかりけむ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 松明も受け取らずに帰った遠度を、翌朝見舞った歌。
修辞
- 見立て
- 遠度を、夜の山路を帰るほととぎすに見立てる。
問ふこゑはいつとなけれど郭公あけてくやしきものをこそ思へ
- 詠者
- 藤原遠度
- 状況
- 作者の見舞いの歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「あけて」に夜が「明けて」と戸を「開けて」を掛ける。
解説
兼家が「八月ごろに」と言ったことで、遠度の求婚は先送りになった。遠度は焦りを募らせ、御簾に手をかけるという強引なふるまいにまで及ぶ。作者はそれを「いとけうとけれど」と受け止めつつ、礼儀を失わずにかわしていく。
「高き峰にのぼる」と出家をほのめかす遠度に対して、作者は「谷のしるべはしも」と軽く受け流す。求婚者を手玉にとるような作者の応対には、養女の保護者としての落ち着きと、ほのかなユーモアが感じられる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、145–148頁(コマ75–77)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日