蜻蛉日記 下巻 第49章
右馬頭遠度の求婚
天延二年二月、道綱は、兼家と右馬頭遠度が養女のことを話題にしていると伝える。遠度は兼家の許しを得たとして、作者に養女への求婚の手紙をよこし、紅梅につけて歌を贈る。作者は兼家の真意をはかりかねて返事を延ばすが、兼家は「返事は適当にせよ」と言うばかりである。三月、遠度は兼家の言葉として「暦が悪いので来月に」と伝えてくる。
- 1からからからうじうじうじててて歸歸かえりりりててて、、、又又またののの日日ひいでいでいでゐゐいののの所所ところよりよりより夜夜よ更更ふけけけててて歸歸かえりりり來來きててて臥臥ふしししたるたるたる所所ところよりよりより歸歸かえりりりててていふいふいうやうやうよう「「「殿殿とのなむなむなんきんぢきんぢきんじががが、、、司司つかさののののののこぞこぞこぞよりよりよりいといといとせちこせちこせちこのののたうぶたうぶとうぶ事事ことのののあるあるあるををを、、、そこそこそこにににあらあらあらむむん子子こははは、、、いかゞいかゞいかがなりなりなりたるたるたる、、、大大おおきききなりなりなりややや、、、心心こころちちちづきづきずきにににたりたりたりやややなどなどなどのたまひのたまひのたまいつるつるつるををを、、、又又またかのかのかのかみかみかみももも、、、殿殿とのははは仰仰おおせせせられられられつるつるつるとととやややあつあつあつなどなどなどなむなむなんのたまひのたまひのたまいつれつれつればばば、、、さりさりさりつつつとととなむなむなん申申もうしししつれつれつればばば、、、あさてあさてあさてばかりばかりばかり、、、よきよきよき日日ひなるなるなるををを御御おん文文ふみ奉奉たてまつらららむむんとととなむなむなんのたまひのたまひのたまいつるつるつる」」」ととと語語かたるるる。。。いといといとあやしきあやしきあやしきことことことかなかなかな、、、まだまだまだ思思おもひひいかくかくかくべきべきべきにににもももあらあらあらぬぬぬをををととと思思おもひひいつゝつゝつつ寢寢ねぬぬぬ。。。こここてててそのそのその日日ひににになりなりなりてててまたまたまたありありあり。。。いといといと返返かえりりりしししとととうちうちうち解解とけけけしししにくげにくげにくげなるなるなるさまさまさましししたりたりたり。。。內內うちははわののの詞詞ことばははは「「「月月つき頃頃ころははは思思おもふるふるうる事事ことありありありててて殿殿とのににに傳傳つたへへえ申申もうさささゝせゝせさせ侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、事事ことのののさまさまさまばかりばかりばかり聞聞きこししし召召めしししつつつ。。。今今いまはははやがてやがてやがて聞聞きこえさせえさせえさせよよよとととなむなむなん仰仰おおせせせ給給たまふふうととと承承うけたまわりりりにににしししことことこと、、、いといといとおほけなきおほけなきおおけなき心心こころののの侍侍はべりりりけるけるけるととと思思おぼししし咎咎とがめめめさせさせさせ給給たまははわむむんををを、、、つゝみつゝみつつみ侍侍はべりりりつるつるつるににになむなむなん。。。ついでついでついでなくなくなくてててとととさへさへさへ思思おもひひい給給たまへへえしししににに、、、つかさつかさつかさめしめしめし見見み給給たまへへえしししににになむなむなん、、、このこのこの佐佐すけののの君君きみのののかうかうこうおはしませおはしませおわしませばばば參參まいりりり侍侍はべらららむむんととと人人ひと見見みとがむとがむとがむまじうまじうまじゅう思思おもひひい給給たまふるふるうるににに」」」などなどなど、、、いといといとあるあるあるべかしうべかしうべかしゅうににになしなしなし、、、端端はしににに「「「武藏武藏むさしととといひいひいい侍侍はべるるる人人ひとののの御御み曹曹ぞう司司しににに、、、いかでいかでいかで侍侍さぶらははわむむん」」」とととありありあり。。。返返かえりりりごとごとごと聞聞きこゆゆゆべきべきべきををを「「「まづまづまずこれこれこれはははいかなるいかなるいかなる事事ことぞぞぞととと、、、物物ものしししてててこそこそこそははは」」」とてとてとてあるあるあるににに「「「物忌物忌ものいみややや何何なにやややととと折折おり惡惡あしししとてとてとて、、、えええ御御ご覽覽らんぜぜぜさせさせさせずずず」」」とてとてとて歸歸かえるるる程程ほどににに五六日五六日いつかむいかににになりなりなりぬぬぬ。。。覺覺おぼ束束つかなうなうのうもももやややありありありけむけむけん、、、すけすけすけののの許許もとににに「「「せちせちせちににに聞聞きこえさすえさすえさすべきべきべき事事ことなむなむなんあるあるある」」」とてとてとて呼呼よびびび給給たまふふう。。。いよいよいよいよいよいよとてとてとてあるあるある程程ほどににに、、、よろこひよろこひよろこいははは歸歸かへしししつつつ。。。そのそのその程程ほどににに雨雨あめ降降ふれれればばばいとほしいとほしいとおしとてとてとて出出いづるづるずる程程ほどににに文文ふみとりとりとりててて歸歸かえりりりたるたるたるををを見見みれれればばば紅紅くれないののの薄薄うす葉葉よう一一ひとかさねかさねかさねにににててて紅紅こう梅梅ばいにににつけつけつけたりたりたり。。。詞詞ことばははは「「「いそいそいそのののかみかみかみととといふいふいうことことことははは知知しろしろしろしめしめしめしたらたらたらむむんかしかしかし。。。
- 2春春はる雨雨さめにににぬれぬれぬれたるたるたる花花はなののの枝枝えだよりよりよりももも人人ひと知知しれれれぬぬぬ身身みのののそでそでそでぞぞぞわりなきわりなきわりなき。。。
- 3あがあがあが君君きみあがあがあが君君きみ猶猶なおおはしませおはしませおわしませ」」」ととと書書かきききててて、、、などなどなどにににかかかあらあらあらむむん、、、あがあがあが君君きみとととあるあるあるうへうへうえははは、、、かいかいかいけちけちけちたりたりたり。。。佐佐すけ「「「いかゞいかゞいかがせせせむむん」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「あなあなあなむづかしむづかしむずかしややや。。。道道みちににになむなむなん逢逢あひひいたるたるたるとてとてとて、、、參參もうでうでうでられられられねねね」」」とてとてとて出出いしししつつつ。。。かへりかへりかえりててて、、、「「「などなどなどかかか御御おんせうそくせうそくしょうそく聞聞きこえさせえさせえさせ給給たまふふうあひだあひだあいだにににてててももも、、、御御おん返返かえりりりのののなかるなかるなかるべきべきべきととといみじういみじういみじゅう恨恨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまへへえるるる」」」などなどなど語語かたるるるそそそ今今いま二日二日ふつか三日三日みかばかりばかりばかりありありありててて、、、からからからうじうじうじててて見見みせせせ奉奉たてまつりりりつつつ。。。「「「のたまひのたまひのたまいつるつるつるやうやうようははは、、、何何なにかかかははは、、、今今いま思思おもひひい定定さだめめめててて」」」とととなむなむなんいひいひいいてててしかしかしかばばば、、、「「「返返かえりりり事事ことははは早早はようううおしおしおし量量はかりりりてててものものものせよせよせよ。。。まだきまだきまだきににに來來きむむんとととあるあるあるとととなむなむなんびんなかびんなかびんなかめるめるめる。。。そこそこそこにににむすめむすめむすめありありありととといふいふいう事事ことははは、、、なべてなべてなべて知知しるるる人人ひともももあらあらあらじじじ。。。人人ひとことことことやうやうようにににもももこそこそこそ聞聞きけけけとととなむなむなんのたまふのたまふのたまう」」」ととと聞聞きくくくににに、、、あなあなあな腹腹はら立立だたししし、、、そのそのそのいはいはいわむむん人人ひとををを知知しるるるははは、、、なぞなぞなぞととと思思おもははわむむんかしかしかし。。。さてさてさて返返かえりりり事事こと今日今日きょうぞぞぞものものものするするする。。。「「「このこのこの覺覺おぼえええぬぬぬ御御おんせうそこせうそこしょうそこはははこのこのこの除除じ目目もくののの德德とくにににやややととと思思おもひひいたまへたまへたまえしかしかしかばばば、、、即即すなわちちちももも聞聞きこえさすえさすえさすべかりべかりべかりしししををを、、、殿殿とのはははなどなどなどのたまはせのたまはせのたまわせたるたるたる事事ことのののいといといとあやしうあやしうあやしゅう覺覺おぼ束束つかなきなきなきををを、、、尋尋たずねねね侍侍はべるるるほどほどほどのののもろこしもろこしもろこしばかりばかりばかりににになりなりなりにににけれけれければばばなむなむなん。。。されどされどされど猶猶なお心心こころえええはべらはべらはべらぬぬぬははは、、、いといといと聞聞きこえさせえさせえさせむむん方方かたなくなくなく」」」とてとてとて、、、ものものものしししつつつ。。。はしはしはしににに「「「曹曹ぞう司司しにににとととのたまはせのたまはせのたまわせたるたるたる武藏武藏むさしははは、、、みだりみだりみだりににに人人ひとをををとととこそこそこそ聞聞ききききさすさすさすめれめれめれ」」」とととなむなむなん。。。さてさてさて後後のち同同おなじじじやうやうようなるなるなるとととどもどもどもありありあり。。。かへりかへりかえりごとごとごと、、、たびたびたびことことことにににしもしもしもあらあらあらぬぬぬににに、、、いたういたういとうはゞかりはゞかりはばかりたりたりたり。。。
- 4三月三月さんがつににになりなりなりぬぬぬ。。。むかしむかしむかしこゝこゝここにににももも、、、女房女房にょうぼうにににつけつけつけててて申申もうしししつかせつかせつかせけれけれければばば、、、そのそのその人人ひとののの返返かえりりりごとごとごと見見みせせせにににありありあり、、、「「「おぼめかせおぼめかせおぼめかせ給給たまふふうめれめれめればばばなむなむなん。。。これこれこれかくかくかくなむなむなん殿殿とのののの仰仰おおせせせはべはべはべめるめるめる」」」とととありありあり。。。見見みれれればばば、、、「「「このこのこの月月つき日日ひ惡惡あしかりしかりしかりけりけりけり。。。月月つき立立たちちちてててとととなむなむなん。。。こよみこよみこよみ御御ご覽覽らんじじじててて、、、たゞたゞただ今今いまももものたまはするのたまはするのたまわする」」」などなどなどぞぞぞ書書かいいいたるたるたる、、、いといといと怪怪あやしうしうしゅういちいちいち早早ばやききき曆曆こよみにににもももあるあるあるかなかなかな、、、なでなでなでふふふ事事ことなりなりなりよかるよかるよかる、、、あらあらあらじじじ、、、このこのこの文文ふみ書書かくくく人人ひとのののそらそらそらごとごとごとならならならむむんととと思思おもふふう。。。
現代語訳
やっとのことで帰って、翌日、(道綱が)賭弓の出居の所から夜更けに帰って来て、寝ている所から(起きて)帰って言うことには、「殿(兼家)が、『おまえの役所の長官(遠度)が去年からたいそう熱心におっしゃることがあるが、そちらにいるという子は、どうなったか、大きくなったか、分別がついたか』などとおっしゃったので、また、あの長官も、『殿は(そう)仰せられたか』などとおっしゃったので、『そうです』と申し上げたところ、『あさってあたりがよい日なので、お手紙を差し上げよう』とおっしゃった」と語る。たいそう妙なことだな、まだ(結婚など)思いをかけるような年でもないのにと思いながら寝た。
さて、その日になって、また(遠度からの使いが)来た。たいそう……うちとけにくそうな様子をしていた。中の手紙の言葉は「この数か月、思うことがあって殿にお伝え申し上げさせましたので、事の次第だけはお聞きになりました。今はすぐに(直接)申し上げよと仰せになったと承りましたこと、たいそう身の程知らずな心があったとお咎めになるだろうと、遠慮しておりました。きっかけもないままでとさえ思っておりましたが、除目を拝見しましたところ、この助の君(道綱)がこう(右馬助に)おなりになったので、(私が)参上いたしましても人が見咎めることもあるまいと存じまして」などと、たいそうきちんと(書いて)、端に「武蔵と申します人のお部屋に、何とかして伺候したいものです」とある。返事を差し上げるべきところを、「まず、これはどういうことかと、(兼家に)尋ねてからに」と言っていると、(兼家の方では)「物忌みや何やと折が悪いと言って、お見せすることができない」と言って帰ってくるうちに五、六日になった。
(遠度は)気がかりでもあったのだろうか、助(道綱)のもとに「ぜひ申し上げたいことがある」と言ってお呼びになる。いよいよ(行こう)としているうちに、(遠度の)使いは帰してしまった。そのうちに雨が降るので気の毒だと思って出かけたところ、手紙を受け取って帰ってきたのを見ると、紅の薄様一重ねで、紅梅の枝につけてある。言葉は、「『石上』ということは、ご存じでしょう。
春雨に濡れた花の枝よりも、人知れぬ(思いを抱く)私の袖(の涙)こそ、どうしようもありません。
わが君、わが君、やはりおいでください」と書いて、どういうつもりだろうか、「あが君」とある上の方は、塗り消してある。助が「どうしましょう」と言うので、「ああ、面倒なこと。途中で会ったので(すぐに)参上できないと(言いなさい)」と言って出してやった。帰ってきて、「どうして、(作者に)お便りを差し上げていらっしゃる間であっても、お返事がないのか、とひどく恨み申し上げていらっしゃいます」などと語る。その後、二、三日ほどして、やっとのことで(兼家に遠度の手紙を)お見せした。「おっしゃったことは、どうして(急ぐことがあろう)、今、思い定めて(から)」と言ってきていたので、(兼家は)「返事は早く、適当に考えて出しなさい。早すぎるうちに来ようとあるのは不都合なようだ。そこに娘がいるということは、一般に知る人もあるまい。人が変なふうに聞くといけない、とおっしゃっている」と聞くにつけても、ああ腹立たしい、その(遠度が)言ってきた人を(遠度が)知っているのは、どういうわけだと(人は)思うだろうに。
さて、返事を今日出す。「この思いがけないお便りは、この除目のおかげかと存じましたので、すぐにもお返事申し上げるべきでしたが、殿がおっしゃったことがたいそう妙でよくわかりませんのを、お尋ねしておりますうちに、唐土ほど(遠い日数)になってしまいましたので。けれども、やはり納得できませんのは、申し上げようもなく」と言ってやった。端に「お部屋にとおっしゃった武蔵は、むやみに人を(寄せつけない)と聞いております」と書いた。さてその後、同じようなことがあった。返事は、そのたびごとにというわけでもなく、ひどく遠慮した。
三月になった。昔ここにも(いた)女房に託して(遠度が兼家に)申し上げさせたので、その人の返事を見せに(遠度から)使いが来て、「(あなたが)はっきりなさらないようなので。これ、このように殿の仰せがあるようです」とある。見ると、「この月は日が悪い。月が改まってから(に)ということだ。暦をご覧になって、今もおっしゃっている」などと書いてある。たいそう妙に早手回しの暦だな、どういうことでよいのだ、そんなことはあるまい、この手紙を書いた人のうそだろうと思う。
意訳
〔兼家の言葉〕道綱が伝えるには、右馬頭の遠度が去年から熱心に頼んでいることがあり、兼家も「あちらにいる娘は大きくなったか」と話題にしていたという。作者は、まだ幼い養女に縁談などと、いぶかしく思う。
〔遠度の手紙〕遠度からの手紙は、兼家の許しを得たことを前置きに、道綱が右馬助になったのを機に参上したいと礼儀正しく書かれていた。端には、養女付きの侍女「武蔵」の部屋に伺いたいとある。作者は兼家の意向を確かめてからと、返事を延ばす。
〔紅梅の歌〕返事のないのを気にした遠度は、紅の薄様の手紙を紅梅につけて、道綱に託す。「人知れぬ身の袖ぞわりなき」と思いを訴え、「わが君、わが君」と書いて、その上を塗り消してある。
〔兼家の返事〕兼家は「返事は適当にせよ。早すぎるし、娘がいることも人は知らない」と言うだけで、作者は、そもそも遠度がどうして娘のことを知ったのかと腹を立てる。作者は「殿のお言葉がよくわからないので」と、慎重に返事を書く。
〔早すぎる暦〕三月、遠度は兼家の言葉として「この月は日が悪いので、来月に」という手紙を見せてくる。作者は、そんなに早く暦を持ち出すはずがない、書いた人のうそだろうと疑う。
語釈・文法注
- 司のかみ
- 右馬頭、藤原遠度。兼家の異母弟で、道綱の上司にあたる。作者の養女(兼家の娘)に求婚する。
文法
- 「いでゐ」
- 出居。賭弓などの儀式で、射手の控える座。
- 「臥したる所より」
- 底本どおり。注記に「二字にイ無」などとある。
- 「きんぢ」
- 汝(なんぢ)。おまえ。
- 「せちこのたうぶ」
- 切に請うのたまう。熱心に頼む。
- 「心ちづきにたりや」
- 分別がついたか。
- 「仰せられつるとや」
- 底本どおり。「と」は「こと」の意か。
- 「こてその日」
- 底本どおり。注記に「さ」の異文があり、「さてその日」と解する。
- 「いと返りしとうち解けし」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「あるべかしうになし」
- 底本どおり。注記に「二字か」とあり、「あるべかしう書きなし」の意か。
- 「武藏」
- 養女に仕える侍女の名。直接に娘に言い寄るのをはばかり、侍女の部屋に伺いたいと言う。
- 「よろこひは歸しつ」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「薄葉」
- 薄様(うすよう)。薄く漉いた鳥の子紙。
- 「いそのかみ」
- 「石上ふるとも雨にさはらめや逢はむと妹にいひてしものを」(『拾遺和歌集』などに見える古歌)をふまえ、雨にも障らずに逢いたいという気持ちを示す。
- 「あが君」
- わが君。親しみをこめた呼びかけ。
- 「語るそ今」
- 底本どおり。注記に「に」の異文がある。
- 「まだきに來むとあるとなむ」
- 底本どおり。「と」は「こと」の意か。
- 「人ことやうにも」
- 人が異様に(変なふうに)。
- 「もろこしばかり」
- 唐土ほど遠く。返事が遅れたことを大げさに言う。
- 「同じやうなるとども」
- 底本どおり。「と」は「こと」の意か。
- 「申しつかせければ」
- 底本どおり。申し伝えさせたので、の意に解する。
- 「なでふ事なりよかる」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
和歌
春雨にぬれたる花の枝よりも人知れぬ身のそでぞわりなき
- 詠者
- 藤原遠度
- 状況
- 返事のない作者に、紅梅の枝につけて贈った歌。
修辞
- 見立て
- 春雨に濡れた紅梅の枝に、人知れぬ恋の涙に濡れた袖を比べる。
解説
天延二年(974)二月、右馬頭藤原遠度は、兼家の許しを得たとして、作者の養女に求婚した。養女はまだ十二、三歳の少女で、作者は「まだ思ひかくべきにもあらぬを」と戸惑う。遠度は兼家の異母弟で、道綱の上司という立場を利用して、熱心に働きかけてくる。
兼家は「返事は適当に」と言うばかりで、自分の娘の縁談に深く関わろうとしない。作者は、兼家と遠度の間でどのような話がされたのかをはかりかねて、慎重に返事を書く。下巻の後半は、この求婚をめぐる作者と遠度、兼家のやりとりが細かく記されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、141–143頁(コマ73–74)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日