蜻蛉日記 下巻 第48章
氷を食う童と道綱の右馬助
作者は人に誘われて忍びの参詣に出かけ、祓所の氷を袖に包んで食べながら行く童姿の者に出会う。年が明けて天延二年正月、兼家の訪れの絶えたまま正月を迎えた作者は、月の夜に山を眺めて涙する。道綱は右馬助に任じられ、右馬頭の藤原遠度が養女の年齢を尋ねる。二月、作者は夢に導かれて山深い寺に参詣し、雨の中で雲を分けて山を登る。
- 1などなどなどいふいふいうほどほどほどににに、、、行行おこなひひいのののほどほどほどももも過過すぎぎぎぬぬぬ。。。忍忍しのびびびたるたるたる方方かたにににいざいざいざとととさそふさそふさそう人人ひともももありありあり。。。何何なにかかかはははとてとてとてものものものしししたれたれたればばば、、、人人ひとおほうおほうおおう詣詣もうでででたりたりたり。。。誰誰たれとととしるしるしるべきべきべきにににもももあらあらあらなくなくなくににに、、、我我わ一一ひと人人り苦苦くるしうしうしゅうかたはらかたはらかたわらいたしいたしいたし。。。はらへはらへはらえなどなどなどいふいふいう所所ところにににたるひたるひたるいいふいふいうかたかたかたなうなうのうしししたりたりたり。。。をかしうをかしうおかしゅうもももあるあるあるかなかなかなととと見見みつゝつゝつつ歸歸かえるるるににに、、、おとなおとなおとなゝるゝるなるものものものゝゝの、、、わらはわらはわらわさうぞくさうぞくそうぞくしししててて髮髮かみをかしげをかしげおかしげにににててて行行ゆくくくありありあり。。。見見みれれればばばありありありつるつるつる氷氷こおりををを一一ひと重重えののの袖袖そでににに包包つつみみみもたりもたりもたりててて、、、くひくひくいゆくゆくゆく。。。故故ゆえあるあるあるものものものにににやややあらあらあらむむんととと思思おもふふうほどほどほどににに、、、我我わががが諸諸もろ共共ともなるなるなる人人ひと、、、物物ものをををいひいひいいかけかけかけたれたれたればばば、、、ひくゝみひくゝみひくくみたるたるたる聲聲こえにににててて「「「丸丸まろをををのたまふのたまふのたまうかかか」」」ととといふいふいうををを聞聞きくくくにににぞぞぞ、、、なはなはなわものものものなりなりなりけりけりけりととと思思おもひひいぬるぬるぬる。。。頭頭かしらついてついてついて「「「これこれこれ食食くははわぬぬぬ人人ひとははは、、、思思おもふふう事事ことならならならざるざるざるかかか」」」ととといふいふいう。。。まがまがしうまがまがしうまがまがしゅう「「「さささいふいふいうものものものゝゝの袖袖そでぞぞぞぬらすぬらすぬらすめるめるめる」」」とととひとりひとりひとりごちごちごちててて、、、又又また思思おもふふうやうやうよう、、、
- 2「「「我我わががが袖袖そでのののこほりこほりこおりははは春春はるももも知知しらららなくなくなくにににこゝろこゝろこころとけとけとけてててももも人人ひとののの行行ゆくくくかなかなかな」」」。。。
- 3歸歸かえりりりててて三日三日みかばかりばかりばかりありありありててて賀賀か茂茂もににに詣詣もうでででたりたりたり。。。雪雪ゆき風風かぜいふいふいうかたかたかたなうなうのう降降ふりりりくらがりくらがりくらがりてててわびしかりわびしかりわびしかりしししににに、、、風風かぜおこりおこりおこりててて臥臥ふしししなやみなやみなやみつるつるつるほどほどほどににに、、、しもつきしもつきしもつきにににもももなりなりなりぬぬぬ。。。しはすしはすしわすももも過過すぎぎぎにににけりけりけり。。。十五日十五日じゅうごにちなかなかなかありありあり。。。大大たい夫夫ふののの雜雜ぞう色色しきのののをのこをのこおのこどもどもどもなびすなびすなびすとてとてとて騷騷さわぐぐぐををを聞聞きけけけばばば、、、やうやうやうやうようようゑひゑひえい過過すぎぎぎててて、、、「「「あなあなあなかまかまかまややや」」」などなどなどいふいふいう聲聲こえ聞聞きこゆるゆるゆる。。。をかしさをかしさおかしさににに、、、やをらやをらやおら端端はしののの方方かたににに立立たちちち出出いでゝでゝでて、、、見見み出出いしししたれたれたればばば、、、月月つきいといといとをかしかりをかしかりおかしかりけりけりけり。。。ひんがしひんがしひんがしざまざまざまにににうちうちうち見見みやりやりやりたれたれたればばば、、、山山やま霞霞かすみみみ渡渡わたりりりててて、、、いといといとほのかほのかほのかににに心心こころすごしすごしすごし。。。柱柱はしらににによりよりより立立たちちちててて思思おもははわぬぬぬ山山やまなどなどなど思思おもひひい立立たてててれれればばば、、、八月八月はちがつよりよりより絕絕たえええにににししし人人ひとはかなくはかなくはかなくてててむつきむつきむつきにににぞぞぞなりなりなりぬるぬるぬるかしかしかしととと覺覺おぼゆるゆるゆるまゝまゝままににに、、、淚淚なみだぞぞぞさくりさくりさくりもももよゝよゝよよにににこぼるこぼるこぼるまでまでまで、、、
- 4「「「もろもろもろ聲聲こえににに鳴鳴なくくくべきべきべきものものものををを鶯鶯うぐいすはははむつきむつきむつきともともともまだまだまだ知知しらららずずずやややあるあるあるらむらむらん」」」
- 5とととおぼえおぼえおぼえたりたりたり。。。十五日十五日じゅうごにちににに大大たい夫夫ふしもにかししもにかししもにかしなどなどなどにににもももきほひきほひきおい行行おこなひひいなどなどなどすすす。。。などなどなどにににすすすらむらむらんととと思思おもふふう程程ほどにににつかさつかさつかさめしめしめしののの事事ことありありあり。。。珍珍めずらしきしきしき文文ふみにににててて「「「うまうまうまののの佐佐すけににになむなむなん」」」ととと吿吿つげげげたりたりたり。。。こゝこゝここかしこかしこかしこににに喜喜よろこびびびものものものするするするににに、、、そのそのその司司つかさののの、、、をぢをぢおじさへさへさへものものものしししたまへたまへたまえばばば參參もうううでででたりたりたりけるけるける。。。いといといとかしこうかしこうかしこう喜喜よろこびびびててて、、、事事ことのののついでついでついでににに殿殿とのにににものものものししし給給たまふふうなるなるなる。。。「「「姬姬ひめ君君きみはははいかゞいかゞいかがものものものししし給給たまふふう。。。いくついくついくつにににかかか御御おん年年としなどなどなどははは」」」ととと問問とひひいけりけりけり。。。歸歸かえりりりてててさささなむなむなんととと語語かたれれればばば、、、いかでいかでいかで聞聞きききき給給たまひひいけむけむけん、、、なとなとなと心心こころもももなくなくなく思思おもひひいかくかくかくべきべきべき程程ほどにににしししあらあらあらねねねばばばやみやみやみぬぬぬ。。。
- 6そのそのその頃頃ころ、、、院院いんののののしりのしりのしりゆみゆみゆみあああべしべしべしとてとてとて騷騷さわぐぐぐ。。。かみかみかみももも佐佐すけももも同同おなじじじ方方かたににに出出いでででゐゐいののの、、、日日ひ々々びにににはははいきいきいきあひあひあいつゝつゝつつ同同おなじじじ事事ことをををのみのみのみのたまへのたまへのたまえばばば「「「いかなるいかなるいかなるにににかかかあらあらあらむむん」」」などなどなど語語かたるるるににに二月二月にがつ廿日廿日はつかののの程程ほどににに夢夢ゆめににに見見みるるる、、、平平ひらあるあるある所所ところににに、、、忍忍しのびびびててて思思おもひひい立立たつつつ。。。何何なにばかりばかりばかり深深ふかくくくもももあらあらあらずずずととといふいふいうべきべきべき所所ところなりなりなり。。。野野の燒燒やきききなどなどなどするするする頃頃ころののの花花はなはははあやしうあやしうあやしゅう遲遲おそききき頃頃ころなれなれなればばば、、、をかしかるをかしかるおかしかるべきべきべき道道みちなれなれなれどどどまだしまだしまだし。。。いといといと奧奧おく山山やまははは鳥鳥とりののの聲聲こえもももせせせぬぬぬものものものなりなりなりけれけれければばば鶯鶯うぐいすだにだにだに音音ねせせせずずずとととのみのみのみぞぞぞ珍珍めずららからからかなるなるなるさまさまさまににに涌涌わきききかへりかへりかえり流流ながれれれたるたるたる。。。いみじういみじういみじゅう苦苦くるしきしきしきまゝまゝままににに、、、辛辛かろうううじじじてててあるあるある人人ひともももありありありかしかしかし。。。うきうきうき身身み一一ひとつつつをををもてもてもて煩煩わずらふふうにににこそこそこそはははあああめれめれめれととと思思おもふふう思思おもふふう、、、いりいりいりあひあひあい吿吿つぐるぐるぐるほどほどほどにににぞぞぞ至至いたりりりあひあひあいたるたるたる。。。みみみあかしあかしあかしなどなどなど奉奉たてまつりりりててて、、、人人ひとすくすくすくばかりばかりばかり待待まちちちゐゐいするするするほどほどほど、、、いとゞいとゞいとど苦苦くるしうしうしゅうててて夜夜よあけあけあけぬぬぬととと聞聞きくくく程程ほどににに雨雨あめ降降ふりりり出出いでででぬぬぬ。。。いといといとわりなしわりなしわりなしととと思思おもひひいつゝつゝつつ、、、法師法師ほうしののの坊坊ぼうににに至至いたりりりててて、、、「「「いかゞいかゞいかがすすすべきべきべき」」」などなどなどいふいふいうほどほどほどににに、、、ことごとことごとことごと明明あけけけはてはてはてゝゝて、、、簑簑みの笠笠かさやややととと人人ひとははは騷騷さわぐぐぐ。。。我我わはははのどかのどかのどかにににててて眺眺ながむれむれむればばば、、、前前まえなるなるなる谷谷たによりよりより雲雲くもしづしづしづしづしずしずととと昇昇のぼるるるににに、、、いといといとものものもの悲悲かなしうしうしゅうててて、、、
- 7「「「思思おもひひいきききややや天天あまつつつそらそらそらなるなるなるあまあまあま雲雲ぐもををを袖袖そでしししててて分分わくるくるくる山山やま踏踏ふまままむむんとととははは」」」
- 8とととぞぞぞ覺覺おぼえええけらしけらしけらし。。。ありありありいふいふいう方方かたなけれなけれなければばばさてさてさてあるあるあるまじけれまじけれまじければばばとととかうかうこうたばかりたばかりたばかりててて出出いでででぬぬぬ。。。哀哀あわれなるなるなる人人ひとののの身身みにににそひそひそいててて見見みるるるぞぞぞ我我わががが苦苦くるしさしさしさもももまぎるまぎるまぎるばかりばかりばかり悲悲かなしうしうしゅう覺覺おぼえええけるけるける。。。
現代語訳
などと言っているうちに、勤行の期間も過ぎた。こっそりと(参詣する)所に、さあ(行こう)と誘う人もいる。どうして断ろうかと出かけると、人が大勢参詣していた。誰と知られるはずもないのに、私一人が苦しく、きまりが悪い。祓えなどという所に、つららが何とも言えないほど下がっていた。おもしろいものだと見ながら帰ると、大人びた者が、童の装束をして、髪をきれいにして歩いて行く。見ると、さっきの氷を一重の袖に包み持って、かじりながら行く。わけのある者だろうかと思っていると、私の連れの人が、何か言いかけたところ、含み声で「私をおっしゃるのか」と言うのを聞いて、なんだ(ただの)者だったのだと思った。頭をついて(会釈して)「これを食べない人は、思う事がかなわないのか(かなわないのだ)」と言う。縁起でもなく「そう言う者の袖こそ濡らすようだ」と独り言を言って、また思うことには、
「私の袖の氷(涙の氷)は、春も知らずに(解けずにいる)のに、心も(氷も)解けて、人は行くことよ」
帰って三日ほどして賀茂に参詣した。雪まじりの風が何とも言えないほど降って暗くなってつらかったところ、風邪をひいて寝込んで苦しんでいるうちに、十一月にもなった。十二月も過ぎてしまった。
(正月)十五日、……がある。大夫(道綱)の雑色の男たちが、……といって騒ぐのを聞くと、だんだん酔いが回って、「ああ、やかましい」などと言う声が聞こえる。おもしろさに、そっと端の方に出て外を見ると、月がたいそう美しかった。東の方を眺めやると、山が一面に霞んで、たいそうほのかで心にしみる。柱に寄りかかって立って、思いがけない山(の暮らし)などを思って立っていると、八月から途絶えた人(兼家)は、はかなくも正月になってしまったのだなと思われるままに、涙がしゃくりあげるほどにこぼれるまで、
「声を合わせて鳴くはずなのに、鶯は正月になったともまだ知らないのだろうか」
と思われた。
十五日に、大夫は……などにも負けまいと勤行などをする。何のためにするのだろうと思っているうちに、除目のことがある。珍しく(兼家から)手紙で「右馬助に(任じられた)」と知らせてきた。あちこちにお礼に回ると、その役所の長官(右馬頭)は叔父でもいらっしゃるので参上した。(長官は)たいそう恐縮して喜んで、話のついでに「殿(作者の所)にいらっしゃるという姫君は、どうしていらっしゃいますか。お年はいくつに」と尋ねた。(道綱が)帰ってそう話すので、どうしてお聞きになったのだろう、……まだ思いをかけるような年でもないので、そのままになった。
そのころ、院で賭弓があるだろうと騒ぐ。長官(右馬頭)も助(道綱)も同じ組に出るので、毎日会っては同じこと(姫君のこと)ばかりおっしゃるので、「どういうことでしょう」などと語るうちに、二月二十日ごろに夢に見た、……ある所(寺)に、こっそり参詣を思い立つ。どれほども深くはないと言ってよい所である。野焼きなどをするころの花は妙に遅いころなので、趣深いはずの道だけれど、まだ(咲いていない)。たいそう奥山は鳥の声もしないものだったので、鶯さえ鳴かないで、ただ(水が)珍しい様子にわき返って流れている。たいそう苦しいままに、やっとのことで(ここまで来ている)人もいることだろう。つらい身ひとつを持て余しているのだろうと思いながら、入相の鐘が鳴るころに着いた。御灯明などを奉って、人が少なくなるまで待っているうちに、ますます苦しくて、夜が明けたと聞くころに雨が降りだした。たいそう困ったと思いながら、法師の坊に行って、「どうしたらよいか」などと言っているうちに、すっかり夜が明けて、蓑や笠やと人々が騒ぐ。私はのんびりと眺めていると、前の谷から雲が静かに昇ってくるので、たいそうもの悲しくて、
「思っただろうか。天の空にある雨雲を、袖で分けて行く山を踏もうとは」
と思われたことだ。……言いようもないので、そのままでいるわけにもいかないので、あれこれと工夫して出発した。(雨に濡れる)気の毒な供の人の身になって見ると、私の苦しさも紛れるほど悲しく思われた。
意訳
〔氷を食う者〕忍びの参詣の帰り道、作者は童の装束で、祓所の氷を袖に包んでかじりながら歩く者に出会う。「これを食わぬ人は思う事がかなわない」という言葉に、作者は縁起でもないと思い、解けない自分の涙の氷を歌う。
〔正月の月〕天延二年の正月、八月から兼家の訪れが絶えたまま年が明けた。雑色たちの騒ぐ声を聞きながら、作者は霞む山と月を眺め、鶯もまだ正月を知らないのかと、むせび泣く。
〔右馬助〕道綱は右馬助に任じられる。上司の右馬頭は兼家の弟の遠度で、道綱が挨拶に行くと、作者の養女の年齢を尋ねてくる。まだ幼い娘のことなので、作者は取り合わない。
〔山寺への参詣〕二月、作者は夢に見た山寺に参詣する。花はまだ咲かず、鳥の声もしない奥山で、雨に降られ、谷から昇る雲を袖で分けて山を下る。供の人々の苦労に、作者は自分の苦しさも忘れる。
語釈・文法注
- その司のかみ
- 右馬頭、藤原遠度(とおのり)。兼家の異母弟で、道綱の叔父にあたる。このあと作者の養女に求婚する。
文法
- 「行ひのほど」
- 勤行の期間。年末の仏名会などか。
- 「たるひ」
- 垂氷。つらら。
- 「おとなゝるもの」
- 大人びた者。
- 「ひくゝみたる聲」
- 含み声。口ごもった声。
- 「なはものなりけり」
- 底本どおり。注記に「ほ」の異文がある。
- 「頭ついて」
- 頭をついて。会釈して。
- 「しもつきにもなりぬ。しはすも過ぎにけり」
- 底本どおり。前後の時の順序がとりにくい。
- 「十五日なかあり」
- 底本どおり。注記に「び」の異文がある。
- 「なびす」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「さくりもよゝに」
- しゃくりあげるほどに。
- 「しもにかし」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「うまの佐」
- 右馬助。右馬寮の次官。天延二年(974)正月の除目で道綱が任じられた。
- 「をぢさへものしたまへば」
- 右馬頭の遠度は道綱の叔父(兼家の異母弟)にあたる。
- 「なと心もなく」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「院ののしりゆみ」
- 底本どおり。注記に異文があり、「院の賭弓(のりゆみ)」と解する。
- 「平ある所」
- 底本どおり。注記に「原本四字空白」などとあり、寺の名がはっきりしない。
- 「いりあひ」
- 入相の鐘。日没に寺で撞く鐘。
- 「人すくばかり」
- 人が少なくなるまで。
- 「ありいふ方なければ」
- 底本どおり。注記に「いめ」の異文がある。
和歌
我が袖のこほりは春も知らなくにこゝろとけても人の行くかな
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 氷を食べながら行く者を見て、心の中で詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「とけ」に心が「解け」と氷が「解け」を掛ける。
- 見立て
- 袖の涙を、春になっても解けない氷に見立てる。
もろ聲に鳴くべきものを鶯はむつきともまだ知らずやあるらむ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 兼家の訪れの絶えたまま迎えた正月の月の夜、涙を流しながら詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「むつき」に「正月」と「睦月(睦まじい月)」をひびかせる。
思ひきや天つそらなるあま雲を袖して分くる山踏まむとは
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 雨の山寺で、谷から雲が昇るのを見て詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「あま雲」に「雨雲」と「天雲」を重ねる。
解説
氷を食べながら歩く者の場面は、作者が出会った見知らぬ人物を生き生きと描いた一節である。「これを食わぬ人は思う事がかなわない」という言葉は、氷を食べると願いがかなうという俗信を伝えるものかと考えられる。
天延二年(974)正月、道綱は右馬助に任じられた。上司の右馬頭は兼家の異母弟の藤原遠度で、ここから遠度による作者の養女への求婚が始まる。下巻後半は、この求婚の顛末が中心となる。
前年八月から兼家の訪れは絶え、作者は中川の家で正月を迎えた。霞む山を眺めて涙を流す姿には、夫に顧みられない妻の孤独がにじむ。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、139–141頁(コマ72–73)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日