蜻蛉日記 下巻 第47章
餌袋の歌と中川への転居
天延元年五月、道綱は大和の女とほととぎすや菖蒲の歌を贈答する。兼家は、地方へ下る人への餞別の歌を餌袋に入れてほしいと作者に頼み、返歌の優劣の判定まで求める。八月、兼家の足は近江の女のもとに繁く向かい、作者は父の用意した中川の家に、兼家に告げずに移る。川霧の立つ山里で、作者は「我が中川はあせにけらしも」と歌う。年末には冬の衣の仕立てだけが届く。
- 1五月五月ごがつののの初初はじめめめめののの日日ひににになりなりなりぬれぬれぬればばば、、、例例れいののの大大たい夫夫ふ、、、
- 2「「「うちうちうちとけとけとけててて今日今日きょうだにだにだに聞聞きかかかむむん時時ほとと鳥鳥ぎすしのびしのびしのびもももあへあへあえぬぬぬときときときははは來來きにににけりけりけり」」」。。。
- 3かへりかへりかえり事事こと、、、「「「時時ほとと鳥鳥ぎすかくれかくれかくれなきなきなき音音ねををを聞聞きかせかせかせてててはははかけかけかけはなれはなれはなれぬるぬるぬる身身みとととやややなるなるなるらむらむらん」」」。。。
- 4五日五日いつか、、、
- 5「「「物物ものおもふおもふおもうににに年年とし經經へけりけりけりとてとてとてあやめあやめあやめ草草ぐさ今日今日きょうにににたびたびたびたびたびたびすぐしすぐしすぐしてててぞぞぞしるしるしる」」」。。。
- 6かへりかへりかえり事事こと、、、
- 7「「「つもりつもりつもりけるけるける年年としのののあやめあやめあやめもももおもほえおもほえおもおえずずず今日今日きょうももも過過すぎぎぎぬるぬるぬる心心こころ見見みゆれゆれゆればばば」」」
- 8とととぞぞぞあるあるある。。。いかにいかにいかに恨恨うらみみみたるたるたるにににかかかあらあらあらむむんとととぞぞぞあしかりあしかりあしかりけるけるける。。。さてさてさてれいれいれいのののものものもの思思おもひひいははは、、、このこのこの月月つきももも時時とき々々どき同同おなじじじやうやうようなりなりなり。。。二十日二十日はつかののの程程ほどににに「「「遠遠とおうううものものものするするする人人ひとにににとくとくとくせせせむむん。。。このこのこの餌餌え袋袋ぶくろののの內內うちににに袋袋ふくろ結結むすびびびててて」」」とととあれあれあればばば、、、結結むすぶぶぶほどほどほどににに出出いででで來來きにににたりたりたりややや。。。「「「歌歌うたををを一一ひと重重え袋袋ぶくろににに入入いれれれ給給たまへへえ。。。こゝこゝここにににいといといとなやましうなやましうなやましゅうててて、、、えええ讀讀よむむむまじまじまじ」」」とととあれあれあればばば、、、いといといとをかしうをかしうおかしゅうててて「「「のたまへのたまへのたまえるるる物物ものあるあるある限限かぎりりり讀讀よみみみ入入いれれれててて奉奉たてまつるるるをををもももしもりやうしもりやうしもりょうせせせむむん。。。にににとふくるとふくるとうくるをををぞぞぞ給給たまははわましましまし」」」とととものものものしししつつつ。。。二日二日ふつかばかりばかりばかりありありありててて、、、心心こころちちちのののいといといと苦苦くるしうしうしゅうてててももも、、、事事こと久久ひさしけれしけれしければばばなむなむなん、、、ひとへひとへひとえ袋袋ぶくろととといひいひいいたりたりたりしししものものものををを、、、わびわびわびてててかくかくかくなむなむなんものものものしししたりたりたりししし。。。返返かへしししかうかうこうかうかうこうなどなどなどあまたあまたあまた書書かきききつけつけつけててて、、、「「「いといといとようようようさだめさだめさだめててて給給たまへへえ」」」とてとてとて、、、雨雨あめもよもよもよにににあれあれあればばば、、、少少すこししし情情なさけあるあるある心心こころちちちしししててて待待まちちち見見みるるる。。。劣劣おとりりり優優すぐれれれりりり見見みゆれゆれゆれどどど、、、さかしうさかしうさかしゅうことわらことわらことわらむむんもももあいなくあいなくあいなくてててかうかうこうものものものしししけりけりけり、、、
- 9「「「うちうちうちとととのみのみのみ風風かぜののの心心こころをををよすよすよすめれめれめればばば返返かへしししははは吹吹ふくくくももも劣劣おとるるるらむらむらんかしかしかし」」」
- 10とととばかりばかりばかりぞぞぞものものものしししけるけるける。。。六七月六七月ろくしちがつ、、、同同おなじじじ程程ほどにににありありありつゝつゝつつはてはてはてぬぬぬ。。。つごもりつごもりつごもり二十八日二十八日にじゅうはちにちににに「「「すまひすまひすまいののの事事ことによりによりにより內內うちににに侍侍さぶらひひいつれつれつれどどどうちうちうちものものものせせせむむんとてとてとてなむなむなん急急いそぎぎぎ出出いでででぬるぬるぬるななな」」」とてとてとて見見みえええたりたりたりししし人人ひと、、、そのそのそのまゝまゝままににに八月八月はちがつ廿廿にじゅう日日にち餘餘あまりまでまでまで見見みえええずずず。。。聞聞きけけけばばば例例れいののの所所ところににに繁繁しげくくくなむなむなんととと聞聞きくくく。。。移移うつりりりにににけりけりけりととと思思おもふふう。。。からからからうつしうつしうつし心心こころもももなくなくなくてててのみのみのみあるあるあるににに、、、住住すむむむ所所ところはははいよいよいよいよいよいよ荒荒あれれれ行行ゆくくくををを、、、とととすくなすくなすくなにににもももありありありしかしかしかばばば、、、人人ひとにににものものものしししててて、、、我我わがががすてすてすて所所ところにににあらせあらせあらせむむんととといふいふいう事事ことををを、、、我我わががが賴賴たのむむむ人人ひと定定さだめめめててて、、、今日今日きょう明日明日あすひえひえひえはたはたはた中中なか川川がわののの程程ほどににに渡渡わたりりりぬぬぬべしべしべし、、、さささべしべしべしとととははは、、、さきざきさきざきさきざきほのめかしほのめかしほのめかしたれたれたれどどど、、、今日今日きょうなどなどなどもももなくなくなくてててやややはははとてとてとて、、、聞聞きこえさすえさすえさすべきべきべきことことことものものものしししたれたれたれどどど「「「つゝしむつゝしむつつしむことことことありありありてててなむなむなん」」」とてとてとてつれつれつれもももけれけれければばば、、、なになになにかかかはははとてとてとて、、、音音ねもももせせせででで渡渡わたりりりぬぬぬ。。。山山やま近近ちこううう河河かわ原原らかたかたかたかきかきかきなるなるなる所所ところににに、、、今今いまははは心心こころのののほしきほしきほしきににに入入いりりりたれたれたればばば、、、いといといとあはれあはれあわれなるなるなる住住すまひひいととと覺覺おぼゆゆゆ。。。二三日二三日ふつかみかににになりなりなりぬれぬれぬれどどど、、、知知しりりりげげげもももなしなしなし。。。五六日五六日いつかむいかばかりばかりばかり、、、「「「さりさりさりけるけるけるををを吿吿つげげげざりざりざりけるけるける」」」とととばかりばかりばかりありありあり。。。かへりかへりかえりごとごとごとににに「「「さささなむなむなんとととははは吿吿つげげげ聞聞きこゆゆゆとととなむなむなんおもひおもひおもいししし。。。いといといとびなきびなきびなき所所ところにににはははたかたうたかたうたかとう覺覺おぼえええしかしかしかばばばなむなむなん、、、見見み給給たまひひいなれなれなれにににししし所所ところにににててて今今いま一一ひとたびたびたび聞聞きこゆゆゆべくべくべくははは思思おもひひいししし」」」などなどなど絕絕たえええたるたるたるさまさまさまにににものものものしししつつつ。。。「「「さささもももこそこそこそはははあらあらあらめめめ、、、びなかびなかびなかなれなれなればばばなむなむなん」」」とてとてとて、、、跡跡あとををを斷斷たちちちたりたりたり。。。
- 11九月九月くがつににになりなりなりててて、、、まだしきまだしきまだしきににに、、、格格こう子子しををを上上うえげげげててて見見み出出いしししたれたれたればばば、、、內內うちなるなるなるにににももも、、、とととなるなるなるにににももも、、、川川かわ霧霧ぎり立立たちちち渡渡わたりりりててて、、、麓麓ふもとももも見見みえええぬぬぬ山山やまののの見見みやらやらやられれれたるたるたるもももいといといと物物もの悲悲かなしうしうしゅうててて、、、
- 12「「「流流ながれれれてててのののとことことこ賴賴たのみみみてててこここしししかどかどかどももも我我わががが中中なか川川がわはははあせあせあせにににけらしけらしけらしももも」」」
- 13とととぞぞぞいはいはいわれれれけるけるける。。。ひんがしひんがしひんがしのののかどかどかどののの前前まえなるなるなる田田たどもどもども苅苅かりりりてててゆひゆひゆいわたしわたしわたしてててかけかけかけたりたりたり。。。たまさかたまさかたまさかにににももも見見みえええ問問とふふうひとひとひとにににははは、、、靑靑あお稻稻いね苅苅からららせせせててて馬馬うまににに飼飼かひひい、、、やいごめやいごめやいごめさせさせさせなどなどなどするするするわざわざわざにににおりおりおりたちたちたちてててありありあり。。。こだかこだかこだかののの人人ひともももあれあれあればばば、、、たかたかたかどもどもどもとととににに立立たちちち出出いでゝでゝでて遊遊あそびぶぶぶ。。。例例れいののの所所ところににに驚驚おどろかしかしかしにににやるやるやるめりめりめり。。。
- 14「「「さささごろもごろもごろものののつまつまつまももも結結むすばばばぬぬぬ玉玉たまののの緖緖おののの絕絕たえええみみみ絕絕たえええずずずみみみ世世よをををややや結結むすばばばむむん」」」。。。
- 15かへりかへりかえり事事ことなしなしなし。。。又又またほどほどほど過過すぎぎぎててて、、、
- 16「「「露露つゆ深深ふかききき袖袖そでにににひえひえひえつゝつゝつつあかすあかすあかすかなかなかなたれたれたれ長長ながききき夜夜よのののかたきかたきかたきなるなるなるらむらむらん」」」。。。
- 17返返かえりりりごとごとごとありありありともともとも、、、よしよしよしかゝかゝかかじじじ。。。さてさてさて二十二十にじゅう餘餘よ日日にちにににこのこのこの月月つきもももなりなりなりぬれぬれぬれどどど、、、跡跡あと絕絕たえええたりたりたり。。。あさましさあさましさあさましさははは「「「これこれこれしししててて」」」とてとてとて冬冬ふゆののの物物ものありありあり。。。「「「御御おん文文ふみありありありつるつるつるははは、、、はやはやはや落落おとちちちにににけりけりけり」」」ととといへいへいえばばば愚愚おろかなるなるなるやうやうようなりなりなり。。。返返かえり事事ごとせせせぬぬぬにににてててあらあらあらむむんとてとてとて、、、何何なに事事こととととももも知知しらららでででやみやみやみぬぬぬ。。。ありありありしししものものものどもどもどもははは、、、してしてしてふみふみふみもももなくなくなくてててものものものしししつつつ。。。そのそのその後後のちははは夢夢ゆめののの通通かよひひい路路じ絕絕たえええててて年年とし暮暮くれれれはてはてはてぬぬぬ。。。晦晦つごもりににに又又また「「「これこれこれしししてててとととなむなむなん」」」とてとてとてはてはてはてははは文文ふみだにだにだにもももなうなうのうてててぞぞぞ下下した襲襲がさねあるあるある。。。いかにいかにいかにせせせましましましととと思思おもひひいやすらひやすらひやすらいててて、、、これこれこれかれかれかれにににいひいひいい合合あわすすすれれればばば、、、猶猶なお「「「このこのこの度度たびばかりばかりばかり試試こころみにににせよせよせよ。。。いといといと忌忌いみみみたるたるたるやうやうようにににのみのみのみあれあれあればばばかかか」」」ととと定定さだむるむるむる事事ことありありありててて、、、留留とどめめめてててききき。。。さるさるさるけけけなくなくなくしししててて、、、朔朔ついたちののの日日ひ大大たい夫夫ふににに持持もたせせせてててものものものしししたれたれたればばば、、、「「「いといといと淸淸きよくくくなりなりなりぬぬぬとてとてとてなむなむなんありありありつるつるつる」」」とてとてとてやみやみやみぬぬぬ。。。あさましあさましあさましととといへいへいえばばばおろかおろかおろかなりなりなり。。。さてさてさてこのこのこの霜霜しも月月つきににに縣縣あがたありきありきありきののの所所ところににに、、、うぶやうぶやうぶやののの事事ことありありありしししををを、、、えええ問問とはははででで過過すしししてててしししををを、、、いかにいかにいかになりなりなりにににけむけむけん。。。これこれこれにににだにだにだにととと思思おもひひいしかしかしかどどど、、、ことごとしきことごとしきことごとしきわざわざわざはははえええものものものせせせずずず、、、ことはたことはたことわたをををぞぞぞさまざまさまざまさまざまにににしししたるたるたる、、、例例れいののの事事ことなりなりなり。。。白白しろううう調調ちょうじじじたるたるたるこここ梅梅うめののの枝枝えだにににつけつけつけたるたるたるににに、、、
- 18「「「冬冬ふゆごもりごもりごもり雪雪ゆきにににまどひまどひまどいしししをりをりおり過過すぎぎぎててて今日今日きょうぞぞぞ垣垣かき根根ねのののうめうめうめををを尋尋たずぬるぬるぬる」」」
- 19とてとてとて、、、たちはきたちはきたちわきのののをををそれがしそれがしそれがしなどなどなどいふいふいう人人ひと、、、使使つかいにににててて夜夜よににに入入いりりりてててものものものしししけりけりけり。。。使使つかいつとめてつとめてつとめてぞぞぞ歸歸かえりりりたるたるたる。。。薄薄うす色色いろのののうちきうちきうちきひとひとひとかさねかさねかさねかづけかづけかずけたりたりたり。。。
- 20「「「枝枝えだ若若わかみみみ雪雪ゆきまままににに咲咲さけけけるるる初初はつ花花はなはははいかにいかにいかにとととゝふゝふとうににに匂匂においひひいますますますかなかなかな」」」
現代語訳
五月の初めの日になったので、例によって大夫(道綱)が、
「うちとけて、せめて今日だけでも(あなたの声を)聞きたいものです。ほととぎすが忍びきれずに鳴く時が来たのですから」
返事は、「ほととぎすが隠れもない声を聞かせては、(かえって)遠く離れてしまう身となるのでしょうか」
五日に、
「物思いをするうちに年を経てしまったと、菖蒲草を見て、今日(の節句)を何度も過ごしてきたことで知ります」
返事は、
「積もった年の菖蒲(の数)も思われません。今日も過ぎてしまう(あなたの)心が見えるので」
とある。どうして恨んでいるのだろうかと、(作者には)不快に思われた。
さて、例の(私の)物思いは、この月も時々同じようである。二十日ごろに、(あの人が)「遠くへ下る人に早く(餞別を)しよう。この餌袋の中に袋を結んで(入れてくれ)」と言ってきたので、結んでいるうちに出来上がっただろうか、「歌を一重の袋に入れてください。私はたいそう気分が悪くて、詠めそうにない」と言ってくるので、たいそうおかしくて、「おっしゃる物がある限り(歌を)詠み入れて差し上げましょう……。……をいただきたいものです」と言ってやった。二日ほどして、(あの人は)気分がたいそう苦しいけれども、事が長引いたので、一重袋と言っていたものを、困ってこのように(歌を)入れたのだった。返歌をこれこれとたくさん書きつけて、「よくよく(優劣を)判定してください」と言ってきて、雨もようなので、少し情のある気持ちがして待って見る。劣っているもの優れているものが見えるけれど、利口ぶって判定するのもつまらなくて、こう言ってやった。
「内と外とにばかり風の心を寄せるようなので、返し(の風)は、吹くのも劣るのでしょう」
とだけ言ってやった。
六月、七月は同じような状態で過ぎた。(七月)末の二十八日に、「相撲の事で内裏に伺候していたが、こちらに来ようと思って急いで退出したのだ」と言って来た人が、そのまま八月二十日過ぎまで来ない。聞くと、例の所(近江)に繁く通っていると聞く。心が移ってしまったのだと思う。正気もない気持ちでばかりいると、住む所はいよいよ荒れていくし、……人も少なかったので、人に話して、私の住まいを手放してしまおうということを、私の頼みとする人(父)が決めて、今日明日にも広幡の中川のあたりに移るのがよい、そうすべきだとは、前々からほのめかしていたけれど、今日なども(知らせ)ないままでよいものかと、申し上げるべきことを言ってやったが、「慎むことがあって」と言って素っ気なかったので、それならと、知らせもしないで移った。山が近く、川原の……ある所で、今は心の望むままに入ったので、たいそうしみじみとした住まいだと思われる。二、三日になったけれど、(あの人は)知った様子もない。五、六日ほどして、「そうだったのに知らせなかったとは」とだけある。返事に、「そうとはお知らせしようと思いました。たいそう不都合な所なので……と思われましたので、見慣れていらっしゃった所でもう一度申し上げようと思っておりました」などと、関係の絶えたような様子で言ってやった。「そうであろう。不都合な所だから(行くまい)」と言って、すっかり足が途絶えた。
九月になって、まだ早いうちに、格子を上げて外を眺めると、家の内でも外でも、川霧が一面に立ちこめて、麓も見えない山が見やられるのもたいそうもの悲しくて、
「流れのように末長く、床(寝所)を頼みにしてやって来たけれど、私たちの仲は、この中川のように浅くなってしまったらしい」
と口に出てしまった。東の門の前にある田を刈って、結い渡して掛けてある。たまに訪ねてくる人には、青稲を刈らせて馬に食べさせ、焼米を作らせなどする仕事に、(家の者が)おり立ってやっている。鷹飼いの人もいるので、鷹どもを(連れて)外に出て遊ぶ。(道綱は)例の所に驚かせに送ったようだ。
「衣の褄も結:むす+ばない玉の緒のように、絶えたり絶えなかったりしながら、二人の仲を結べないものでしょうか」
返事はない。また少しして、
「露の深い袖に冷えながら夜を明かすことです。誰が長い夜の(つらい)敵なのでしょうか」
返事はあったとしても、もう書くまい。さて、二十日余りにこの月もなったけれど、(兼家の)跡は絶えた。あきれたことには「これを(仕立てて)」と言って冬の物がある。(使いが)「お手紙があったのは、もう落としてしまいました」と言うので、愚かなようである。返事をしないでおこうと思って、何事とも知らないまま終わった。届いた物は、仕立てて手紙もなしに送った。その後は夢の通い路も絶えて、年もすっかり暮れた。月末に、また「これを仕立ててと(の仰せ)」と言って、しまいには手紙さえなしで下襲(の布)がある。どうしようかとためらって、あれこれの人に相談すると、やはり「今度だけは試しにしなさい。ひどく嫌がっているようにばかり(見えるのでは)」と決めることがあって、引き受けた。何気ないふうにして、一日に大夫に持たせて届けると、「たいそうきれいに出来たと言っていた」と言って終わった。あきれたと言っても言い足りない。
さて、この十一月に、地方回りの人(父)の所で、お産があったのを、見舞うこともできずに過ごしてしまったが、どうなっただろう。せめてこれ(年の初めのお祝い)だけでもと思ったけれど、大げさなことはできず、……をいろいろとした。例年のことである。白く仕立てた(産着を)小梅の枝につけたものに、
「冬ごもりで雪に迷っていた時期も過ぎて、今日こそ垣根の梅(生まれた子)を訪ねることです」
と書いて、帯刀の何某という人を使いにして、夜になってから届けた。使いは翌朝帰ってきた。薄紫色の袿を一襲、褒美にもらっていた。(返歌は)
「枝が若いので、雪の間に咲いた初花は、いかがかとお尋ねくださって、いっそう匂いが増すことです」
意訳
〔道綱の贈答〕五月、道綱は大和の女にほととぎすや菖蒲の歌を贈る。女の返事は相変わらずつれなく、作者はその恨みがましさを不快に思う。
〔餌袋の歌〕兼家は、地方へ下る人への餞別の歌を作者に頼み、さらに返歌の優劣の判定まで求めてくる。作者は判定をせず、「内と外とに風を寄せるようなので、返しの風は劣るでしょう」と軽くかわす。夫婦の間に残っているのは、こうした和歌の才をめぐるやりとりだけである。
〔中川への転居〕八月、兼家は近江の女のもとへ通い詰める。荒れた家に住む作者を見かねて、父が広幡の中川の家に移るよう計らう。作者は兼家に知らせを送るが、そっけない返事しかないので、黙って移る。兼家は「不都合な所だから」と言って、それきり訪れなくなる。
〔中川の秋〕九月、川霧の立つ山里の家で、作者は「我が中川はあせにけらしも」と、川の名に夫婦の仲の浅さを重ねて歌う。田の稲刈りや鷹飼いの姿など、山里の暮らしが描かれる。
〔冬の衣〕訪れは絶えたのに、兼家から冬の衣の仕立てを頼む布だけが届く。手紙もなく下襲の布が届いたときには、作者は人に勧められてしぶしぶ仕立てる。「きれいに出来た」という言葉だけが返ってくる。
〔梅の産着〕父の家に子が生まれ、作者は白い産着を小梅の枝につけて祝いの歌を贈る。
語釈・文法注
文法
- 「しのびもあへぬとき」
- ほととぎすが忍びきれずに鳴く時。陰暦四月は忍び音、五月になると盛んに鳴くとされた。
- 「あしかりける」
- 不快に思われた。
- 「遠うものする人」
- 遠くへ赴任する人。受領として地方へ下る人への餞別。
- 「餌袋」
- 鷹の餌などを入れて持ち歩く袋。旅の携帯用にも使った。
- 「しもりやうせむ。にとふくる」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「ことわらむ」
- 判定しよう。
- 「すまひの事」
- 相撲の節会のこと。
- 「例の所」
- 兼家が通う女の所。近江と呼ばれる女(藤原国章の娘)をさすと考えられる。
- 「からうつし心」
- 底本どおり。注記に「ら」の異文がある。正気、の意に解する。
- 「とすくなにも」
- 底本どおり。注記に「人」の異文があり、「人ずくなにも」と解する。
- 「我が賴む人」
- 作者の父、藤原倫寧。
- 「ひえはた中川」
- 底本どおり。注記に異文があり、「広幡中川」と解する。京の東北、賀茂川の近く。
- 「つれもければ」
- 底本どおり。「つれもなければ」の意に解する。
- 「河原かたかきなる所」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「たかたう」
- 底本どおり。注記に「四字あまりびなく」などとある。
- 「中川」
- 地名の「中川」に、二人の「仲」を掛ける。
- 「やいごめ」
- 焼米。新米を炒って作る。
- 「こだかの人」
- 小鷹(はいたか)を使う鷹飼いの人。
- 「さるけなくして」
- 底本どおり。何気ないふうにして、の意に解する。
- 「うぶやの事」
- 産屋の事。出産。
- 「ことはた」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「たちはき」
- 帯刀。東宮坊の護衛の武官。
- 「薄色のうちき」
- 薄紫色の袿。使者への褒美(かづけ物)。
和歌
うちとけて今日だに聞かむ時鳥しのびもあへぬときは來にけり
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 五月の初めに大和の女に贈った歌。
時鳥かくれなき音を聞かせてはかけはなれぬる身とやなるらむ
- 詠者
- 大和の女
- 状況
- 道綱への返歌。
物おもふに年經けりとてあやめ草今日にたびたびすぐしてぞしる
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 五月五日に贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「あやめ」に「菖蒲」と「文目(物の道理)」をひびかせる。
つもりける年のあやめもおもほえず今日も過ぎぬる心見ゆれば
- 詠者
- 大和の女
- 状況
- 道綱への返歌。
うちとのみ風の心をよすめれば返しは吹くも劣るらむかし
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 兼家が餞別の歌の返歌を多く書きつけ、優劣の判定を求めてきたのに答えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「返し」に「返歌」と「吹き返しの風」を掛ける。
流れてのとこ賴みてこしかども我が中川はあせにけらしも
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 中川の家に移った九月、川霧に包まれた山を眺めて詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「とこ」に「床」と「常」、「中川」に地名と「仲」を掛ける。
- 縁語
- 「流れ」「中川」「あせ(浅せ)」は川の縁語。
さごろものつまも結:むす+ばぬ玉の緖の絕えみ絕えずみ世をや結:むす+ばむ
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 大和の女に驚かしに贈った歌。
修辞
- 縁語
- 「つま」「結:むす+ぶ」「玉の緒」「絶え」は糸の縁語。
露深き袖にひえつゝあかすかなたれ長き夜のかたきなるらむ
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 返事のない女に重ねて贈った歌。
冬ごもり雪にまどひしをり過ぎて今日ぞ垣根のうめを尋ぬる
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 父の家に生まれた子の祝いに、白い産着を小梅の枝につけて贈った歌。
修辞
- 見立て
- 生まれた子を垣根の梅の初花に見立てる。
枝若み雪まに咲ける初花はいかにとゝふに匂ひますかな
- 詠者
- 父の家の人
- 状況
- 作者の祝いの歌への返歌。
解説
天延元年(973)、兼家の足は近江と呼ばれる女のもとへ繁く向かうようになった。作者は父倫寧の計らいで、兼家の邸に近い一条西洞院の家を出て、広幡中川の家に移る。兼家はこれを機に訪れを絶ち、二人の夫婦関係は事実上の終わりを迎える。
「我が中川はあせにけらしも」の歌は、新しい住まいの地名「中川」に二人の「仲」を重ね、それが浅くなった(あせた)と詠んだもので、下巻を代表する一首である。
訪れは絶えても、兼家は冬の衣の仕立てを作者に頼み続けた。仕立て物は妻の重要な役割であり、兼家にとって作者はなお「家」の妻の一人だったことがわかる。作者はそれを「あさましといへばおろかなり」と書きとめている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、135–138頁(コマ70–72)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日