古典ライブラリー

蜻蛉日記 下巻 第46章

伊尹の死と八幡の祭

天禄三年十月、作者は山寺に紅葉を見に行く。十一月一日、一条の太政大臣伊尹が亡くなり、兼家の一族はいよいよ栄える。年が明けて天延元年、兼家は時折訪れるが、作者は老いた自分の姿を恥じる。院の小弓では道綱が諸矢を射て勝ち、八幡の祭では兼家の華やかな行列が作者の車の前を通る。道綱は大和の女に菖蒲の歌を贈り、近所の火事には兼家がすぐに見舞いに来る。

  1. 1神かみ神かみかみ無な無なな月づき月づきづき、、、例れい例れいれいののの年とし年としとしよりよりよりももも時雨しぐれ時雨しぐれしぐれがちがちがちなるなるなる心こころ心こころこころなりなりなり。。。十じふ十じふじゅうよよよ日か日かかののの程ほど程ほどほどににに例れい例れいれいののの物もの物ものものするするする山やま山やまやま寺でら寺でらでらににに、、、紅もみ紅もみもみ葉ぢ葉ぢじももも見み見みみがてらがてらがてらととと、、、これこれこれかれかれかれいざなはいざなはいざなわれれればばば物もの物ものものすすす。。。今日けふ今日けふきょうしもしもしも時雨しぐれ時雨しぐれしぐれ、、、降ふ降ふふりりりみみみ降ふ降ふふらららずずずみみみひねもすひねもすひねもすににに、、、このこのこの山やま山やまやまいみじういみじういみじゅう面おも面おもおも白しろ白しろしろきききほどほどほどなりなりなり。。。ついたちついたちついたちののの日ひ日ひひ、、、一條いちでう一條いちでういちじょうののの太だい太だいだい政じやう政じやうじょうのののうせうせうせ給たま給たまたまひひいぬぬぬとととのゝしるのゝしるののしる。。。例れい例れいれいののの「「「あなあなあないみじいみじいみじ」」」などなどなどいひいひいいててて聞き聞きききききあへあへあえるるる夜よ夜よよ、、、初はつ初はつはつ雪ゆき雪ゆきゆき七八寸しちはつすん七八寸しちはつすんしちはっすんののの程ほど程ほどほどたまれたまれたまれ。。。あはれあはれあわれあはれあはれあわれいかでいかでいかで君きん君きんきん達だち達だちだち步あゆ步あゆあゆみみみ給たま給たまたまははわむむんなどなどなど、、、我わ我わわがががするするする事こと事ことこともももなきなきなきまゝまゝままににに思おも思おもおもひひいをれをれおればばば、、、例れい例れいれいののの世よ世よよののの中なか中なかなか、、、いよいよいよいよいよいよさかえさかえさかえのゝしるのゝしるののしる。。。しはすしはすしわすののの二十日はつか二十日はつかはつかあまりあまりあまりににに見み見みみえええたりたりたり。。。
  2. 2さてさてさて年とし年としとし暮く暮くくれれれはてはてはてぬれぬれぬればばば、、、例れい例れいれいのののことことことしししてててのゝしりのゝしりののしり明あか明あかあかしししててて、、、三四日みかよか三四日みかよかみかよかもももなりなりなりにににためためためれれれどどど、、、こゝこゝここにににははは改あらたま改あらたまあらたまれれれるるる心こころ心こころこころちちちもももせせせずずず。。。鶯うぐひす鶯うぐひすうぐいすばかりばかりばかりぞぞぞいつしかいつしかいつしかとととおとおとおとしししたるたるたるをををあはれあはれあわれととと聞き聞ききくくく。。。五日いつか五日いつかいつかばかりばかりばかりののの程ほど程ほどほどににに晝ひる晝ひるひる見み見みみえええ、、、又また又またまた十じふ十じふじゅうよよよ日か日かか廿日はつか廿日はつかはつかばかりばかりばかりににに、、、人ひと人ひとひと寐い寐いい亂みだ亂みだみだれれれたるたるたる程ほど程ほどほど見み見みみえええ、、、このこのこの月つき月つきつきぞぞぞ少すこ少すこすこしししあやしあやしあやしととと見み見みみえええたるたるたる。。。このこのこの頃ころ頃ころころ、、、つかさつかさつかさめしめしめしとてとてとて、、、例れい例れいれいののの暇いとま暇いとまいとまなげなげなげにににのゝしるのゝしるののしる。。。二月にぐわつ二月にぐわつにがつににになりなりなりぬぬぬ。。。紅こう紅こうこう梅ばい梅ばいばいののの常つね常つねつねののの年とし年としとしよりよりよりももも色いろ色いろいろこくこくこく、、、めでたうめでたうめでとう匂にほひ匂にほひにおいひひいたりたりたり。。。我わ我わわがががこゝちこゝちここちにににのみのみのみあはれあはれあわれととと見み見みみなななれれれどどど何なに何なになにととと見み見みみたるたるたる人ひと人ひとひとなしなしなし。。。大たい大たいたい夫ふ夫ふふぞぞぞ折をり折をりおりりりりててて例れい例れいれいののの所ところ所ところところにににやるやるやる、、、
  3. 3「「「かひかひかいなくなくなくててて年とし年としとしへへへにににけりけりけりとととながむれながむれながむればばばたもとたもとたもと花はな花はなはなののの色いろ色いろいろにににこそこそこそしめしめしめ」」」。。。
  4. 4かへりかへりかえりごとごとごと、、、
  5. 5「「「年とし年としとしををを經へ經へへてててなどなどなどかかかあやあやあやなくなくなく空そら空そらそらにににしもしもしも花はな花はなはなのののあたりあたりあたりををを立た立たたちちちははは染そ染そそめめめけむけむけん」」」
  6. 6ととといへいへいえりりり。。。猶なほ猶なほなおありありありのののごとごとごとやややととと待ま待ままちちち見み見みみるるる。。。さてさてさてついたちついたちついたち三日みか三日みかみかののの程ほど程ほどほどににに、、、午うま午うまうまののの時とき時ときときばかりばかりばかりににに見み見みみえええたりたりたり。。。おつておつておつて耻はづか耻はづかはずかしうしうしゅうなりなりなりにににたるたるたるにににいといといと苦くる苦くるくるしけれしけれしけれどどどいかゞいかゞいかがはははせせせむむん。。。とととばかりばかりばかりありありありててて、、、「「「方かた方かたかたふたがりふたがりふたがりたりたりたり」」」とてとてとて、、、我わ我わわががが染そ染そそめめめたるたるたるともともともいはいはいわじじじ、、、匂にほひ匂にほひにおいふふうばかりばかりばかりののの櫻さくら櫻さくらさくらがさねがさねがさねののの綾あや綾あやあや、、、文もん文もんもんはははこぼれこぼれこぼれぬぬぬばかりばかりばかりしししててて、、、かたかたかたもんもんもんのののうへうへうえののの袴はかま袴はかまはかまつやつやつやつやつやつやとととしししててて遙はるか遙はるかはるかにににおひおひおいちらしちらしちらしててて歸かへ歸かへかえるるるををを聞き聞きききききつゝつゝつつ、、、あなあなあな苦くる苦くるくるししし、、、いみじういみじういみじゅうもももうちうちうち解と解ととけけけたりたりたりつるつるつるかなかなかなゝゝなどどど思おも思おもおもひひいててて、、、なりなりなりをををうちうちうち見み見みみれれればばば、、、いたういたういとうしをれしをれしおれたりたりたり。。。鏡かがみ鏡かがみかがみををを見み見みみれれればばばいといといとにくげにくげにくげにににはははありありあり。。。又また又またまたこたびこたびこたびうじうじうじはてはてはてぬぬぬらむらむらんととと思おも思おもおもふふう事こと事ことこと限かぎり限かぎりかぎりなしなしなし。。。かゝるかゝるかかる事こと事ことことををを盡つ盡つつきききせせせずずず眺なが眺ながながむるむるむる程ほど程ほどほどににに、、、朔つい朔ついつい日たち日たちたちよりよりより雨あめ雨あめあめがちがちがちににになりなりなりにににたれたれたればばば、、、いといといとなげなげなげにににめめめをををやすやすやすとととのみのみのみなむなむなんありありありけるけるける。。。五日いつか五日いつかいつか、、、夜よ夜よよ中なか中なかなかばかりばかりばかりににに、、、世よ世よよののの中なか中なかなか騷さわ騷さわさわぐぐぐををを聞き聞ききけけけばばば、、、されにされにされに燒や燒ややけけけにににしししにくきにくきにくき所ところ所ところところ、、、こたみこたみこたみはははおしおしおしなぶるなぶるなぶるなりなりなりけりけりけり。。。十日とをか十日とをかとおかばかりばかりばかりににに、、、又また又またまた晝ひる晝ひるひるつつつ方かた方かたかた見み見みみえええててて、、、「「「春日かすが春日かすがかすがへへへなむなむなん詣まう詣まうもうづづずべきべきべき程ほど程ほどほどののの覺おぼ覺おぼおぼ束つか束つかつかなさなさなさににに」」」とととあるあるあるももも例れい例れいれいならならならねねねばばばあやしうあやしうあやしゅう覺おぼ覺おぼおぼゆゆゆ。。。二月にぐわつ二月にぐわつにがつ十五日じふごにち十五日じふごにちじゅうごにちににに、、、院ゐん院ゐんいんののの小こ小ここ弓ゆみ弓ゆみゆみ始はじめ始はじめはじめまりまりまりててて出い出いいでででぬぬぬなどなどなどのゝしるのゝしるののしる。。。前まへ前まへまえしりへしりへしりえわきわきわきてててさうぞけさうぞけそうぞけばばば、、、そのそのその事こと事ことこと大たい大たいたい夫ふ夫ふふによりによりにより、、、とととかうかうこう物もの物ものものすすす。。。そのそのその日ひ日ひひににになりなりなりててて、、、上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめあまたあまたあまた「「「今年ことし今年ことしことしやんごとやんごとやんごとなかりなかりなかりけりけりけり。。。小こ小ここ弓ゆみ弓ゆみゆみ思おも思おもおもひひいあなくりあなくりあなくりててて念ねん念ねんねんせせせざりざりざりけるけるけるををを、、、いかならいかならいかならむむんととと思おも思おもおもひひいたれたれたればばば、、、さいそさいそさいそにににははは出い出いいでゝでゝでてもろもろもろ矢や矢ややしつしつしつ。。。つぎつぎつぎつぎつぎつぎあまたあまたあまたののの數かず數かずかずこのこのこの矢や矢ややににになむなむなんさしさしさしててて勝か勝かかちちちぬるぬるぬる」」」などなどなどのゝしるのゝしるののしる。。。さてさてさて又また又またまた二三日ふつかみか二三日ふつかみかふつかみか過す過すすぎぎぎててて、、、大たい大たいたい夫ふ夫ふふ「「「後のち後のちのちののの諸もろ諸もろもろ矢や矢ややははは悲かな悲かなかなしかりしかりしかりしかしかしかななな」」」などなどなどあれあれあればばば、、、ましてましてまして我わ我わわももも。。。おほやけおほやけおおやけにににははは、、、例れい例れいれいのののそのそのその頃ころ頃ころころ、、、八幡やはた八幡やはたやわたののの祭まつり祭まつりまつりににになりなりなりぬぬぬ。。。つれつれつれづれづれづれなるなるなるをををとてとてとて忍しの忍しのしのびやかびやかびやかににに立た立たたてててれれればばば、、、ことことことにににはなやかはなやかはなやかにににててて、、、いみじういみじういみじゅう追お追おおひひい散ち散ちちらすらすらすものものものくくく。。。誰たれ誰たれたれならならならむむんととと見み見みみれれればばば、、、御ご御ごごぜんぜんぜんどもどもどもののの中なか中なかなかににに、、、例れい例れいれい見み見みみゆるゆるゆる人ひと人ひとひとなどなどなどありありあり。。。さささなりなりなりけりけりけりととと思おも思おもおもひひいててて見み見みみるるるにににももも、、、ましてましてまして我わ我わわががが身み身みみいとほしきいとほしきいとおしき心こころ心こころこころちちちすすす。。。すだれすだれすだれ卷ま卷ままきききあげあげあげ、、、したしたしたすだれすだれすだれおしおしおしはさみはさみはさみたれたれたればばば、、、おぼつかおぼつかおぼつかなきなきなき事こと事ことこともももなしなしなし。。。このこのこの車くるま車くるまくるまををを見み見みみつけつけつけててて、、、ふとふとふと扇あふぎ扇あふぎおうぎをををさしさしさしかくしかくしかくしててて渡わた渡わたわたりりりぬぬぬ。。。御おほん御おほんおん文ふみ文ふみふみあるあるある。。。かへりかへりかえり事こと事ことことのののはしはしはしににに、、、「「「昨きの昨きのきの日ふ日ふうはははいといといとまばゆくまばゆくまばゆくててて渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまひひいにににききき」」」とととかたるかたるかたるばばば「「「などなどなどかかかははは。。。さささはははせせせでででぞぞぞなりなりなりけむけむけん。。。わかわかしうわかわかしうわかわかしゅう」」」ととと書か書かかきききたりたりたりけりけりけり。。。返かへ返かへかえりりり事こと事ことことにににははは「「「老お老おおいいい耻はづ耻はづはずかしさかしさかしさにににこそこそこそありありありけりけりけり。。。まばゆきまばゆきまばゆきさまさまさまににに見み見みみなしなしなしけむけむけん人ひと人ひとひとこそこそこそ、、、にくけれにくけれにくけれ」」」などなどなどぞぞぞあるあるある。。。又また又またまたかきかきかき絕た絕たたえええててて、、、十じふ十じふじゅうよよよ日か日かかににになりなりなりぬぬぬ。。。日ひ日ひひ頃ころ頃ころころののの絕た絕たたえええまままよりよりよりははは久ひさ久ひさひさしきしきしき心こころ心こころこころちちちすれすれすればばば、、、又また又またまたいかにいかにいかになりなりなりぬぬぬらむらむらんとととぞぞぞおもひおもひおもいけるけるける。。。大たい大たいたい夫ふ夫ふふ例れい例れいれいののの所ところ所ところところににに文ふみ文ふみふみものものものするするする。。。ことことことついついついつけつけつけてててもももあらあらあらずずず。。。これこれこれよりよりよりもももいといといと幼をさな幼をさなおさなきききほどほどほどののの事こと事ことことをををのみのみのみいひいひいいけれけれけれははは、、、かうかうこうものものものしししけりけりけり、、、
  7. 7「「「みみみがくれがくれがくれのののほどほどほどゝゝといふいふいうとてとてとてあやめあやめあやめ草ぐさ草ぐさぐさなほなほなおしたしたしたからからからむむん思おも思おもおもひひいあふあふあうやややととと」」」。。。
  8. 8かへりかへりかえりごとごとごと、、、なほなほしなほなほしなおなおし。。。
  9. 9「「「したしたしたからからからむむん程ほど程ほどほどをををもももしらしらしらずずずまこもまこもまこも草ぐさ草ぐさぐさ世よ世よよににに生お生おおひひいそはそはそわじじじ人ひと人ひとひとはははかるかるかるとてとてとて」」」。。。
  10. 10かくかくかくててて又また又またまた二十にじふ二十にじふにじゅうよよよ日か日かかののの程ほど程ほどほどににに見み見みみえええたりたりたり。。。さてさてさて三四日みかよか三四日みかよかみかよかのののほどほどほどににに、、、近ちか近ちかちこううう火ひ火ひひのののさわぎさわぎさわぎすすす。。。驚おどろ驚おどろおどろききき騷さわ騷さわさわぎぎぎするするするほどほどほどににに、、、いといといととくとくとく見み見みみえええたりたりたり。。。風かぜ風かぜかぜ吹ふ吹ふふきききててて久ひさ久ひさひさしうしうしゅう移うつ移うつうつりりり行ゆ行ゆゆくくくほどほどほどににに、、、とりとりとり過す過すすぎぎぎぬぬぬ。。。さらさらさらなれなれなればばばとてとてとて、、、歸かへ歸かへかえるるる。。。こゝこゝここにににととと見み見みみ聞き聞きききききけるけるける人ひと人ひとひとははは、、、まゐりまゐりまいりたりたりたりつるつるつるよしよしよしきこえきこえきこえよよよとてとてとて、、、かへりかへりかえりぬぬぬととと聞き聞ききくくくももも、、、おもおもおもだゝしだゝしだたしげげげなりなりなりつるつるつるなどなどなどかたるかたるかたるももも、、、くしくしくしはてはてはてにににたるたるたる所ところ所ところところにににつけつけつけててて見み見みみゆるゆるゆるならならならむむんかしかしかし。。。又また又またまたつごもりつごもりつごもりののの又また又またまたののの日ひ日ひひばかりばかりばかりにににありありあり。。。「「「這は這ははひひい入い入いいるるるまゝまゝままににに、、、火ひ火ひひなどなどなど近ちか近ちかちかききき夜よ夜よよこそこそこそきにきにきにはゝしはゝしははしけれけれけれ」」」とととあれあれあればばば、、、「「「衞ゑ衞ゑえ士じ士じじのののたくたくたくははは、、、いついついつももも」」」とととみえみえみえたりたりたり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

十月、例年よりも時雨がちな心である。十日過ぎごろに、いつも出かける山寺に、紅葉も見がてらと、誰彼に誘われたので出かける。今日にかぎって時雨が、降ったりやんだり一日中続いて、この山はたいそう趣深いころである。(十一月)一日、一条の太政大臣(伊尹)がお亡くなりになったと騒ぐ。例によって「ああ、たいへんなことだ」などと言って聞き合っている夜、初雪が七、八寸ほど積もった。ああ、ああ、どうやって(亡き人の)若君たちは(葬送に)歩いて行かれるだろうなどと、自分にはすることもないままに思っていると、例の世の中(兼家の一族)は、いよいよ栄えて騒いでいる。十二月の二十日過ぎに(あの人が)来た。

さて年もすっかり暮れたので、例年のように行事をして騒いで夜を明かし、三、四日にもなったようだが、ここでは改まった気持ちもしない。鶯だけが早くも声を立てたのをしみじみと聞く。五日ごろに昼に(あの人が)来て、また十日過ぎ、二十日ごろに、人が寝静まったころに来て、この月は少し妙だと思われた。このころ、除目だといって、例によって忙しそうに騒いでいる。二月になった。紅梅が例年よりも色濃く、すばらしく咲き匂っている。私の気持ちだけでしみじみと見るけれど、何とも見てくれる人はいない。大夫(道綱)が折って、例の所(大和の女)に送る。

「かいもなく年を経てしまったと眺めていると、袂は紅梅の花の色に染まってしまいます(血の涙で)」

返事は、

「年を経て、どうしてわけもなく、よりによって空に、花のあたりを立って染めたのでしょう」

と言ってきた。(兼家は)やはり以前のように(来るか)と待って見る。さて(三月)一日から三日ごろに、昼の時ごろに(あの人が)来た。……恥ずかしくなっているのでたいそう苦しいけれど、どうしようもない。しばらくして、「方角がふさがっている」と言って、私が染めたとも言うまい、匂うばかりの桜襲の綾、紋はこぼれるほど(鮮やかに)して、固紋の表袴をつやつやとさせて、遠くまで先払いをさせて帰るのを聞きながら、ああ苦しい、たいそう気を許した姿でいたことだと思って、身なりを見てみると、ひどくしおれている。鏡を見ると、たいそうみっともない。また今度は(あの人も)すっかり嫌になってしまっただろうと思うことはこの上ない。

このようなことを尽きることなく物思いしているうちに、一日から雨がちになったので、たいそう……とばかり思っていた。五日、夜中ごろに、世間が騒ぐのを聞くと、先ごろ焼けたにくらしい所が、今度は全部焼けてしまったのだった。十日ごろに、また昼ごろ(あの人が)来て、「春日へ参詣しなければならないので、しばらく会えないのが気がかりで」と言うのも、いつもと違うので妙に思われる。

二月十五日に、院の小弓の競技が始まって(道綱も)出場するなどと騒ぐ。前方・後方に分かれて装束を整えるので、その事を大夫のためにあれこれとする。その日になって、上達部が大勢、「今年はたいしたものだった。小弓は……て気にかけていなかったが、どうなるかと思っていたら、最初に出て諸矢(二本とも命中)を射た。次々と多くの数を、この矢で取って勝ったのだ」などと騒ぐ。さて、また二、三日過ぎて、大夫が「後の諸矢は悲しかった(見事だった)なあ」などと言うので、まして私も(うれしい)。

朝廷では、例年のそのころの八幡の祭になった。所在ないのでと、こっそり車を止めて見物していると、とりわけ華やかに、ひどく先払いをして来る者がある。誰だろうと見ると、御前駆の中に、いつも見かける人などがいる。(あの人)だったのだと思って見るにつけても、ますますわが身がみじめな気がする。簾を巻き上げ、下簾を挟んでいたので、(こちらの姿も)はっきり見える。(あの人は)この車を見つけて、さっと扇で顔を隠して通り過ぎた。(その後)お手紙がある。返事の端に、「昨日はたいそうまぶしそうにお通りになりました」と(供の者が)語っていたので、「どうしてですか。そんなことはしなくてもよかったでしょうに。若々しいこと」と書いた。返事には「老いの恥ずかしさからだったのだ。まぶしそうに見えたという人こそ憎らしい」などとある。

また(訪れが)途絶えて、十日余りになった。ふだんの途絶えよりも長い気がするので、またどうなってしまうのだろうと思った。大夫が例の所に手紙を送る。ことさらに……。こちらからも、ひどく幼いころのことばかり言ってきたので、こう贈った。

「水に隠れている(幼い)ほどだというので、菖蒲草がやはり下の根を張って(いるように、私の)思いが(あなたと)合うかと(待っています)」

返事は、ありきたりのものだった。

「下に張っているという程(の思い)も知りません。真菰草は世間に生い添うことはしないでしょう、人が刈るといって」

こうして、また二十日余りのころに(あの人が)来た。さて三、四日ごろに、近くで火事騒ぎがある。驚いて騒いでいるうちに、たいそう早く(あの人が)来た。風が吹いて長く燃え移っていくうちに、鶏の鳴く時も過ぎた。(火事は)もう心配ないというので帰る。ここにと見聞きした人は、(兼家が)参上したことを申し上げよと言って帰ったと聞くのも、(兼家が)面目ありげだったなどと話すのも、すっかり嫌になってしまった所につけて(そう)見えるのだろう。また月末の翌日ごろに来た。「這い入るなり、火など近い夜こそ……」と言うので、「衛士のたく火は、いつも(燃えています)」と答えた。

意訳

〔伊尹の死〕天禄三年十一月一日、兼家の兄で太政大臣の伊尹が亡くなる。初雪の夜、作者は遺された若君たちを思いやるが、兼家の一族はかえっていよいよ栄えていく。

〔新年と紅梅〕天延元年、作者の家では年が改まった気もしない。紅梅が例年より美しく咲いても、ともに見る人はいない。

〔老いの恥〕三月初め、昼に訪れた兼家は、華やかな桜襲の装いで帰っていく。気を許した姿でいた作者は、鏡に映るしおれた自分を見て、今度こそ兼家に愛想をつかされたと思う。

〔小弓と諸矢〕院の小弓の競技で、道綱は諸矢を射て勝ちに貢献する。上達部たちの賞賛を聞いて、作者は母として誇らしい。

〔八幡の祭〕祭見物の車の前を、兼家が華やかな行列を従えて通る。作者の車に気づいた兼家は扇で顔を隠す。「老いの恥ずかしさからだ」という兼家の返事に、作者はかえって二人の間の距離を思う。

〔火事の見舞い〕近所の火事に、兼家はすぐに駆けつける。作者は人々が兼家の面目を語るのを聞きながら、もう心の離れた自分には、それも冷めて見えるのだろうと思う。

語釈・文法注

一條の太政のおとゞ
一条の太政大臣、藤原伊尹。兼家の同母兄。天禄三年(972)十一月一日に四十九歳で亡くなった。

文法

「時雨がちなる心」
時雨のように涙がちな心。
「たまれ」
底本どおり。注記に「る」の異文があり、「たまる」と解する。
「君達」
伊尹の若君たち。挙賢・義孝など。
「さかえのゝしる」
兼家の一族がますます栄えて騒ぐ。伊尹の死後、政権は兼通に移るが、兼家も権勢を伸ばした。
「寐亂れたる程」
寝静まったころ。
「つかさめし」
司召。官職を任命する儀式(除目)。
「見なれど」
底本どおり。注記に「ゆ」の異文がある。
「たもと花の色にこそしめ」
底本どおり。「たもと」と「花」の間に注記がある。
「おつて」
底本どおり。注記に異文がある。
「櫻がさね」
桜襲。表が白、裏が赤(または紫)の襲の色目。
「かたもんのうへの袴」
固紋の表袴。
「うじはてぬらむ」
嫌になってしまっただろう。「倦ず」。
「いとなげにめをやす」
底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
「されに燒:や+けにしにくき所」
底本どおり。注記に「き」の異文があり、「先に焼けたにくらしい所」と解する。前年の隣家の火事(第43章)のあった所か。
「二月十五日」
底本どおり。「二」の脇に「三」の異文の注記がある。
「院の小弓」
冷泉院で行われた小弓の競技。
「前しりへ」
前方・後方。競技の二組。
「あなくりて念せざりける」
底本どおり。注記に「げ」の異文がある。
「さいそ」
最初。
「もろ矢」
諸矢。二本の矢がともに的に当たること。
「後の諸矢は悲しかりしかな」
「悲し」はここでは、感に堪えない、見事だ、の意。
「八幡の祭」
石清水八幡宮の臨時祭。三月に行われる。
「御ぜん」
御前駆。行列の先払い。
「まばゆくて」
恥ずかしそうに。
「とかたるば」
底本どおり。注記に「れ」の異文があり、「とかたれば」と解する。
「ことついつけても」
底本どおり。注記に「二字なげ」とあり、意味がとりにくい。
「みがくれ」
水隠れ。水中に隠れていること。幼くて人目に出ないことをいう。
「とり過ぎぬ」
底本どおり。注記に異文がある。鶏の鳴く時刻も過ぎた、の意に解する。
「くしはてにたる」
底本どおり。「屈し果つ」すっかりふさぎこんでしまった、の意に解する。
「きにはゝしけれ」
底本どおり。注記に「二字には」とあり、意味がとりにくい。
「衞士のたく」
「御垣守衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ」(『詞花和歌集』)をふまえ、いつも思いに燃えていると答える。

和歌

かひなくて年へにけりとながむればたもと花の色にこそしめ

詠者
藤原道綱
状況
紅梅の枝を折って大和の女に贈った歌。

修辞

見立て
紅梅の色を、血の涙に染まった袂の色に見立てる。

年を經てなどかあやなく空にしも花のあたりを立ちは染めけむ

詠者
大和の女
状況
道綱への返歌。

みがくれのほどゝいふとてあやめ草なほしたからむ思ひあふやと

詠者
藤原道綱
状況
女がまだ幼いと言ってくるのに対して贈った歌。

修辞

掛詞
「あふ」に思いが「合ふ」と「逢ふ」を重ねる。

したからむ程をもしらずまこも草世に生ひそはじ人はかるとて

詠者
大和の女
状況
道綱への返歌。

修辞

掛詞
「かる」に草を「刈る」と、人が「離る(かる)」を掛ける。

解説

天禄三年(972)十一月一日、摂政太政大臣の藤原伊尹が亡くなった。伊尹の死後、関白には弟の兼通がつき、兼家との兄弟の確執が始まるが、作者は「例の世の中、いよいよさかえのゝしる」と、兼家の一族の繁栄を遠くから眺めるだけである。

翌天延元年(973)、兼家は時折昼に訪れるが、作者は自分の老いた姿を恥じ、鏡を見て「いとにくげ」と嘆く。八幡の祭で扇で顔を隠して通り過ぎる兼家とのやりとりも、かつての情熱的な関係とは違う、気まずい距離を感じさせる。

一方で、道綱は院の小弓で諸矢を射て評判をとった。作者の喜びは、もっぱら息子の活躍に向けられている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、133–135頁(コマ69–70)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日