蜻蛉日記 下巻 第44章
賀茂祭と大和だつ女
天禄三年四月、作者は賀茂祭の御禊を見物し、一条の太政大臣伊尹の威勢を目にする。道綱は祭見物の帰りに見かけた女車を追い、大和の女と歌を贈答する。五月の節句には、作者が菖蒲の根に添えて歌を贈り、道綱も相手の女に歌を贈る。長雨の頃、作者は石山で会った法師に、道綱の出世だけを祈ってほしいと頼む。
- 1こゝこゝここににに物忌物忌ものいみ繁繁しげくくくててて、、、四月四月しがつははは十十じゅうよよよ日日にちににになりなりなりたれたれたればばば、、、世世よにににははは祭祭まつりとてとてとてのゝしるのゝしるののしるなりなりなり。。。人人ひと、、、忍忍しのびびびてててとととさそへさそへさそえばばば、、、みそぎみそぎみそぎよりよりよりはじめはじめはじめててて見見みるるる。。。わたくしわたくしわたくしみてぐらみてぐらみてぐら奉奉たてまつらららむむんとてとてとてまうでまうでもうでたれたれたればばば、、、一條一條いちじょうのののおほきおほきおおきまうでまうでもうであひあひあい給給たまへへえりりり。。。いといといといかめしういかめしういかめしゅうのゝしるのゝしるののしるなどなどなどいへいへいえばばばさらさらさらなりなりなり。。。さしさしさし步步あゆみみみなどなどなどししし給給たまへへえるるるさまさまさま、、、いたういたういとう似似に給給たまへへえるるるかなかなかなととと思思おもふふうににに、、、大方大方おおかたののの儀儀ぎ式式しきももも、、、これこれこれににに劣劣おとるるる事事ことあらあらあらじじじかしかしかし。。。これこれこれをををあなあなあなめでためでためでた、、、いかなるいかなるいかなる人人ひとなどなどなど、、、思思おもふふう人人ひとももも聞聞きくくく人人ひとももも、、、いふせきいふせきいうせきくくくぞぞぞいとゞいとゞいとどものものものははは覺覺おぼえええけむけむけんかしかしかし。。。さるさるさる心心こころちちちなからなからなからむむん人人ひとににに引引ひかかかれれれててて、、、又又またくくく院院いんのののわたりわたりわたりにににものものものするするする日日ひ、、、大大たい夫夫ふももも引引ひききき續續つづけけけてててあるあるあるににに、、、車車くるまどもどもどもかへるかへるかえるほどほどほどににに、、、よろしきよろしきよろしきさまさまさまににに見見みえええけるけるける、、、女女おんな車車くるまのののしりしりしりににに續續つづきききそめそめそめにににけれけれければばば、、、後後おくれれれずずずおもひきおもひきおもいきけれけれければばば、、、家家いえををを見見みせせせじじじとととにににやややあらあらあらむむん、、、とくとくとく紛紛まぎれれれいきいきいきにににけるけるけるををを、、、追追おひひいててて尋尋たずねねねはじめはじめはじめててて、、、又又またののの日日ひかくかくかくいひいひいいやるやるやるめるめるめる、、、
- 2「「「思思おもひひいそめそめそめ物物ものをををこそこそこそおもへおもへおもえ今日今日きょうよりよりよりはははあふひあふひあおい遙遙はるかににになりなりなりやややしししぬぬぬらむらむらん」」」
- 3とてとてとてやりやりやりたるたるたるににに、、、さらにさらにさらにおぼえおぼえおぼえずずずなどなどなどいひいひいいけむけむけんかしかしかし。。。されどされどされど、、、又又また、、、
- 4「「「わりなくわりなくわりなくもももすぎすぎすぎ立立たちちちにににけるけるける心心こころかなかなかな三輪三輪みわののの山山やまもともともとたづねたづねたずねはじめはじめはじめててて」」」
- 5ととといひいひいいやりやりやりけりけりけり。。。大和大和やまと立立たつつつ人人ひとなるなるなるべしべしべし。。。かへしかへしかへし、、、
- 6「「「三輪三輪みわののの山山やままちまちまち見見みるるる事事ことのののゆゝしさゆゝしさゆゆしさににに杉杉すぎ立立たてててりりりともともともえええこそこそこそ知知しらせらせらせねねね」」」
- 7とととなむなむなん。。。かくかくかくてててつごもりつごもりつごもりににになりなりなりぬれぬれぬればばば、、、人人ひとははは卯卯うののの花花はなののの蔭蔭かげにににももも見見みえええずずず、、、音音ねだにだにだになくなくなくてててはてはてはてぬぬぬ。。。廿八日廿八日にじゅうはちにちにににぞぞぞ例例れいのののひもろぎひもろぎひもろぎのののたよりたよりたよりににに「「「なやましきなやましきなやましき事事ことありありありててて」」」などなどなどありありありききき。。。五月五月ごがつににになりなりなりぬぬぬ。。。「「「さうぶさうぶそうぶののの根根ね長長ながききき」」」などなどなどこゝこゝここなるなるなる若若わかききき人人ひと騷騷さわげげげばばば、、、徒徒つれ然然づれなるなるなるににに取取とりりり寄寄よせせせてててつらぬきつらぬきつらぬきなどなどなどすすす。。。「「「これこれこれかしこかしこかしこににに、、、同同おなじじじほどほどほどなるなるなる人人ひとににに奉奉たてまつりりり」」」などなどなどいひいひいいててて、、、
- 8「「「かくれかくれかくれぬぬぬににに生生おひひいそめそめそめにににけるけるけるあやめあやめあやめ草草ぐさ知知しるるる人人ひとなしなしなしににに深深ふかきききしたしたした根根ねををを」」」
- 9ととと書書かきききててて、、、なかなかなかにににむすびむすびむすびつけつけつけててて、、、大大たい夫夫ふののの參參まいるるるにににつけつけつけてててものものものすすす。。。かへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 10「「「菖菖あや蒲蒲め草草ぐさ根根ねににに顯顯あらわるゝるゝるる今日今日きょうだにだにだにはははいついついつかかかととと待待まちちちしししかひかひかいもももありありありけれけれけれ」」」。。。
- 11大大たい夫夫ふににに、、、今今いまひとつひとつひとつ、、、とととかくかくかくしししてててかのかのかの所所ところににに、、、
- 12「「「我我わががが袖袖そでははは引引ひくくくとととぬらしぬらしぬらしつつつあやめあやめあやめ草草ぐさ人人ひとのののたもとたもとたもとにににかけかけかけてててかわかせかわかせかわかせ」」」。。。
- 13御御おん返返かえりりり事事こと、、、
- 14「「「引引ひきききつつつらむらむらん袂袂たもとはははしらしらしらずずずあやめあやめあやめ草草ぐさあやあやあやなきなきなき袖袖そでにににかけかけかけずずずもももあらあらあらなむなむなん」」」
- 15ととといひいひいいたなりたなりたなり。。。六日六日むいかのののつとめてつとめてつとめてよりよりより、、、あやあやあやはじまりはじまりはじまりててて三四日三四日みかよか降降ふるるる。。。川川かわとととまさりまさりまさりててて人人ひと流流ながるるるととといふいふいう。。。それそれそれもももよろづよろづよろずをををながめながめながめ思思おもふふうににに、、、いといといといふいふいうぞぞぞ限限かぎりにににもももあらあらあらねねねどどど今今いまはははおもおもおも馴馴なれれれにににたるたるたる事事ことなどなどなどはははいかにいかにいかにもももいかにいかにいかにももも思思おもははわぬぬぬににに、、、このこのこの石山石山いしやまににに逢逢あひひいたりたりたりししし法師法師ほうしののの許許もとよりよりより、、、「「「御御おんいのりいのりいのりをををなむなむなんするするする」」」ととといひいひいいたるたるたる。。。返返かえりりり事事ことににに「「「今今いまははは限限かぎりににに思思おもひひいはてはてはてにににたるたるたる身身みをををばばば佛佛ほとけもももいかゞいかゞいかがししし給給たまははわむむん。。。唯唯ただ今今いまはははこのこのこの大大たい夫夫ふををを人人ひと々々びとしくしくしくてててあらせあらせあらせ給給たまへへえなどなどなどばかりばかりばかりををを申申もうししし給給たまへへえ」」」とととかくかくかくにににぞぞぞ何何なにとととをりをりおりあらあらあらむむん。。。かきかきかきくらしくらしくらしててて淚淚なみだこぼるゝこぼるゝこぼるる。。。十日十日とおかににになりなりなりぬぬぬ。。。今日今日きょうぞぞぞ大大たい夫夫ふにににつけつけつけてててふみふみふみあるあるある。。。「「「惱惱なやましきましきましき事事ことのみのみのみありありありつゝつゝつつ、、、覺覺おぼ束束つかなきなきなき程程ほどににになりなりなりにににけるけるけるををを、、、いかにいかにいかに」」」などなどなどぞぞぞあるあるある。。。返返かえりりり事事こと、、、又又またののの日日ひ物物ものするするするにににぞぞぞつくるつくるつくる。。。「「「昨昨きの日日うははは立立たちちちかへりかへりかえり聞聞きこゆゆゆべくべくべく思思おもひひい給給たまへへえしししををを、、、このこのこのたよりたよりたよりならならならでででははは聞聞きこえええむむん事事こともももびなきびなきびなき心心こころちちちににになりなりなりにににけれけれければばばなむなむなん。。。いかにいかにいかにとととのたまはせのたまはせのたまわせたるたるたるははは何何なにかかかよろづよろづよろずことわりことわりことわりににに思思おもひひい給給たまふるふるうるべきべきべき。。。こゝろらこゝろらこころらねねねばばば、、、なかなかなかなかなかなかいといといと心心こころやすくやすくやすくなむなむなんなりなりなりにににたるたるたる。。。風風かぜだにだにだにさむくさむくさむくととと聞聞きこえさすれえさすれえさすればばば、、、ゆゝしゆゝしゆゆしややや」」」ととと書書かきききけりけりけり。。。「「「引引ひかかかれれれててて賀賀か茂茂もててていづみいづみいずみにににおはしおはしおわしつれつれつればばば、、、御御おんかへりかへりかえりももも聞聞きこえええででで歸歸かえりりりぬぬぬ」」」ととといふいふいう。。。「「「めでためでためでたののの事事ことややや」」」とととぞぞぞ心心こころにににもももあらあらあらでででうちうちうちいはいはいわれれれけるけるける。。。このこのこの頃頃ころ、、、雲雲くものののたゝずまひたゝずまひたたずまい、、、しづしづしず心心こころなくなくなくててて、、、ともともともすれすれすればばば田子田子たごのののもももすそすそすそ思思おもひひいやらやらやらるゝるゝるる。。。郭郭ほとと公公ぎすののの聲聲こえ鳴鳴なきききかすかすかす。。。物物もの思思おもははわしきしきしき人人ひとははは、、、いいいこそこそこそ寢寢ねららられれれざなれざなれざなれ。。。あやしうあやしうあやしゅう心心こころようようよう寢寢ねらららるゝるゝるるけけけなるなるなるべしべしべし、、、これこれこれもももかれかれかれももも「「「一一ひと夜夜よ聞聞ききききゝゝき。。。このこのこの曉曉あかつきにににももも鳴鳴なきききつるつるつる」」」ととといふいふいうををを、、、人人ひとしもしもしもこそこそこそあれあれあれ、、、我我わしもしもしもまだしまだしまだしととといはいはいわむむんももも、、、いといといと耻耻はずかしけれしけれしければばば、、、物物ものはははいはいはいわででで心心こころののの中中なかにににおぼゆるおぼゆるおぼゆるやうやうよう、、、
- 16「「「我我わぞぞぞげにげにげにとけとけとけてててぬらぬらぬらめめめややや郭郭ほとと公公ぎすものものものおもひおもひおもいまさるまさるまさる聲聲こえとととなるなるなるらむらむらん」」」
- 17とととぞぞぞ忍忍しのびびびててていはいはいわれれれけるけるける。。。
現代語訳
ここでは物忌みが続いて、四月は十日過ぎになったので、世間では祭だと騒いでいる。ある人が、こっそり(見物しよう)と誘うので、御禊(賀茂の斎院の禊)から見物する。私的な幣を奉ろうと参詣すると、一条の太政大臣(藤原伊尹)が参詣にいらしていた。たいそう盛大に人が騒いでいるのは言うまでもない。歩いていらっしゃる様子が、たいそう(兼家に)似ていらっしゃるなと思うにつけても、全体の儀式も、これ(兼家の場合)に劣ることはないだろう。これを「ああ、すばらしい、どういう方か」などと、思う人も聞く人も(言うのを聞くと)、心が晴れずにいっそう物思いがされたことだろう。
そのような物思いのない人に誘われて、また……院のあたりへ出かけた日、大夫(道綱)も車を続けてついて来ていたが、車が帰るときに、感じのよい様子に見えた女車の後ろについて行き始めたので、遅れずに後を追ったところ、家を見せまいとしたのだろうか、すばやく紛れてしまったのを、追って行って探し始めて、翌日、このように言い送ったようだ。
「思い初めてから物思いをしています。葵祭の今日からは、逢う日もはるか遠くなってしまったのでしょうか」
と送ったところ、まったく覚えがないなどと言ったのだろう。けれども、また、
「わけもなく杉の立つ所を過ぎて来てしまった心ですよ。三輪の山もとを探し始めて」
と言い送った。大和の家筋の人であるようだ。返しは、
「三輪の山で待って逢うことが恐ろしいので、杉が立っている(そこが家だ)とも、お知らせできません」
とのことだった。こうして月末になったが、あの人(兼家)は卯の花の陰にも姿を見せず、便りさえないまま月が終わった。二十八日に、例の神事のついでに「気分のすぐれないことがあって」などと言ってきた。
五月になった。「菖蒲の根の長いもの」などと、ここにいる若い人々が騒ぐので、所在ないので取り寄せて(薬玉に)通したりする。「これを、あちら(兼家の邸)の同じ年頃の人(兼家の娘)に差し上げなさい」などと言って、
「隠れた沼に生え始めた菖蒲のように、知る人もないまま深く根を張っている(この子の)根を(見てください)」
と書いて、中に結びつけて、大夫が参上するのに託して贈る。返事は、
「菖蒲草の根が現れる今日こそは、いつかと待っていたかいもあったことです」
大夫も、もう一つ、あれこれとして、あの女の所に、
「私の袖は、菖蒲を引こうとして濡らしてしまいました。その菖蒲草を、あなたの袂にかけて乾かしてください」
女の返事は、
「お引きになったという袂のことは存じません。菖蒲草を、わけもない(私の)袖にかけないでいただきたいものです」
と言ってきたようだ。
六日の早朝から長雨が始まって、三、四日降る。川が増水して人が流されたという。それにつけても、何もかもぼんやりと物思いにふけっていると、ひどく……と言うほどでもないが、今は見慣れてしまったことなどは、どうとも思わないでいると、あの石山で会った法師のもとから、「(あなたのための)御祈りをしております」と言ってきた。返事に「今はもうこれまでと思い切ってしまった身を、仏もどうなさいましょう。ただ今は、この大夫を一人前にしてくださいなどということだけを、お祈りください」と書くにつけても、何ということだろう、目の前が暗くなって涙がこぼれる。
十日になった。今日、大夫に託して(兼家からの)手紙がある。「気分の悪いことばかり続いて、すっかりご無沙汰になってしまったが、いかがか」などとある。返事は、翌日に出すときに託す。「昨日はすぐにお返事を差し上げようと存じましたが、このついででなくてはお便りするのも不都合な気持ちになってしまいましたので。いかがかとおっしゃったのは、何も、すべてもっともなことと存じましょうか。……ないので、かえってたいそう気楽になっております。風さえ寒くと申し上げれば、縁起でもないことですね」と書いた。(道綱が)「(兼家が)誘われて、賀茂の泉にいらっしゃったので、お返事も差し上げないで帰ってきました」と言う。「結構なことですね」と、心にもなく口に出してしまった。
このごろ、雲の様子が落ち着かず、ともすれば田子の裳裾(田植えの女の濡れた裾)が思いやられる。ほととぎすの声が鳴いて聞こえる。物思いのある人は眠れないというのに、不思議なほど気持ちよく眠ってしまうためだろう、誰もかれも「一晩聞いた。この明け方にも鳴いた」と言うのに、ほかならぬ私だけがまだだと言うのも、たいそう恥ずかしいので、何も言わずに心の中で思うことには、
「私が本当に、うちとけて寝ていたのだろうか。ほととぎすよ、物思いのつのる声となって鳴くのだろう」
と、そっと口ずさんでしまった。
意訳
〔賀茂祭の御禊〕天禄三年四月、作者は賀茂祭の御禊を見物し、一条の太政大臣伊尹の盛大な参詣を見る。兼家によく似た伊尹の姿に、人々の賞賛を聞きながら、作者は自分の境遇との隔たりを思う。
〔道綱の恋〕道綱は祭見物の帰りに、感じのよい女車を追いかけ、大和の家筋の女に歌を贈る。女は「杉の立つ所(三輪の山)を知らせることはできない」とつれなく返す。作者は息子の初めての恋の様子を、少し距離をおいて書きとめている。
〔端午の節句〕五月、作者は菖蒲の根に添えて、兼家の娘(道綱の異母姉妹)に歌を贈る。「隠れ沼に生えた菖蒲」は、世間に知られずにいる養女のことでもある。道綱も大和の女に菖蒲の歌を贈るが、女の返事はやはりそっけない。
〔祈りと諦め〕長雨の頃、石山で会った法師が祈りを続けていると言ってくる。作者は「自分のことはもう仏もどうにもならない。ただ道綱が一人前になるよう祈ってほしい」と答え、涙をこぼす。兼家の手紙にも、作者は「かえって気楽になった」と突き放した返事を書く。
〔ほととぎす〕人々がほととぎすの声を聞いたと言うのに、作者だけがまだ聞いていない。物思いのある人は眠れないはずなのに、と作者は自分の寝つきのよさを恥じ、「物思いがつのる声だから聞こえないのか」と歌う。
語釈・文法注
- 一條のおほきおとゞ
- 一条の太政大臣、藤原伊尹(924〜972)。兼家の同母兄。天禄元年(970)に摂政、翌年太政大臣。この年の十一月に亡くなる(第46章)。
文法
- 「みそぎ」
- 賀茂祭の前に斎院が賀茂川で行う禊。
- 「わたくしみてぐら」
- 私的に奉る幣帛。
- 「いふせきくぞ」
- 底本どおり。注記に異文がある。心が晴れない、の意に解する。
- 「又く院」
- 底本どおり。注記に異文があり、院の名ははっきりしない。
- 「後れずおもひきければ」
- 底本どおり。「おも」と「ひきければ」の間に注記がある。遅れずについて行った、の意に解する。
- 「あふひ」
- 「葵」と「逢ふ日」を掛ける。
- 「大和立つ人」
- 底本どおり。注記に異文がある。大和の家筋の人、の意に解する。
- 「ひもろぎのたより」
- 神事のついで。
- 「さうぶの根」
- 菖蒲の根。五月五日に長い根を比べたり、薬玉に通したりした。
- 「同じほどなる人」
- 養女と同じ年頃の人。兼家の娘(のちの超子・詮子など)をさすか。
- 「あや」
- 底本どおり。注記に「め」の異文があり、「雨」と解する。
- 「いといふぞ」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「とかくにぞ何とをりあらむ」
- 底本どおり。意味がとりにくい。
- 「こゝろらねば」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「賀茂ていづみ」
- 底本どおり。注記に「の」の異文があり、「賀茂の泉」と解する。
- 「田子のもすそ」
- 田植えをする女の裳裾。長雨で濡れることを思いやる。
- 「寢らるゝけ」
- 寝られるせい。「け」は原因を表す。
和歌
思ひそめ物をこそおもへ今日よりはあふひ遙になりやしぬらむ
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 祭見物の帰りに見かけた女車の女に、翌日贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「あふひ」に「葵」と「逢ふ日」を掛ける。
わりなくもすぎ立ちにける心かな三輪の山もとたづねはじめて
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 女が「覚えがない」と返したのに、重ねて贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「すぎ」に「過ぎ」と「杉」を掛ける。
- 本歌
- 「我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」(『古今和歌集』雑下)をふまえる。
三輪の山まち見る事のゆゝしさに杉立てりともえこそ知らせね
- 詠者
- 大和の女
- 状況
- 道綱への返歌。
修辞
- 本歌
- 同じく「杉立てる門」の古歌をふまえ、家の目印の杉を教えられないと拒む。
かくれぬに生ひそめにけるあやめ草知る人なしに深きした根を
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 五月の節句に、菖蒲の根に結びつけて兼家の娘に贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「かくれぬ」に「隠れ沼」と「隠れぬ」を掛け、人に知られずにいる養女を菖蒲の根にたとえる。
菖蒲草根に顯るゝ今日だにはいつかと待ちしかひもありけれ
- 詠者
- 兼家の娘
- 状況
- 作者の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「根」に「音」をひびかせる。
我が袖は引くとぬらしつあやめ草人のたもとにかけてかわかせ
- 詠者
- 藤原道綱
- 状況
- 五月の節句に、大和の女に贈った歌。
修辞
- 縁語
- 「袖」「たもと」「かけ」「かわかせ」は衣の縁語。
引きつらむ袂はしらずあやめ草あやなき袖にかけずもあらなむ
- 詠者
- 大和の女
- 状況
- 道綱への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「あやめ」と「あやなき」の音を重ねる。
我ぞげにとけてぬらめや郭公ものおもひまさる聲となるらむ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 人々がほととぎすの声を聞いたと言うのに、自分だけ聞いていないのを恥じて、心の中で詠んだ歌。
解説
天禄三年(972)四月の賀茂祭で、作者は太政大臣伊尹の盛大な参詣を見た。兼家によく似た兄の栄華を目の当たりにして、作者は兼家の一族の繁栄と、そこから遠い自分の境遇を思わずにはいられない。伊尹はこの年の十一月に亡くなる。
下巻では、成長した道綱の恋が描かれる。大和の女との贈答は、『古今和歌集』の「我が庵は三輪の山もと」の歌をふまえたもので、道綱の歌の多くは母の作者が代作したと考えられている。
石山の法師への返事で、作者は自分のことはもう祈らなくてよい、道綱の出世だけを祈ってほしいと言う。兼家への期待を捨て、息子に望みをかける作者の心境の変化がよく表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、127–130頁(コマ66–68)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日