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蜻蛉日記 下巻 第43章

隣家の火事と道綱

天禄三年三月、作者は八幡の祭の還立ちを見物し、道綱が舞人に加わる姿を見る。十八日、清水詣の帰りの夜中に、作者の家の隣の家から火が出る。急いで帰ると、道綱が家の人々を車に乗せ、門を固めて取り仕切っていた。兼家は遅れて駆けつけ、翌朝、焼け出された人々のために衣類を届けてくる。

  1. 1又また又またまたののの日ひ日ひひ、、、かへさかへさかえさ見み見みみむむむととと、、、人ひと人ひとひと々びと々びとびとののの騷さわ騷さわさわぐぐぐにににももも、、、心こころ心こころこころいといといとあしうあしうあしゅうててて臥ふ臥ふふしししくるさくるさくるさるれるれるればばば、、、みみみ心ここ心ここここちちちなきなきなきににに、、、これこれこれかれかれかれそゝのかせそゝのかせそそのかせばばば、、、唯ただ唯ただただびびび榔らう榔らうろう一ひと一ひとひとつつつににに四よ四よよ人たり人たりたりばかりばかりばかり乘の乘ののりりりててて出い出いいでででたりたりたり。。。冷れい冷れいれいはれはれはれ院ゐん院ゐんいんのののみかどみかどみかどののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたににに立た立たたてててりりり。。。ことことこと人びと人びとびと多おほ多おほおおくくくももも見み見みみざりざりざりけれけれければばば、、、人ひと人ひとひと一ひと一ひとひと人り人りりこちこちこちしししててて立た立たたてててれれればばば、、、とととばかりばかりばかりありありありててて渡わた渡わたわたるるる人ひと人ひとひと、、、我わ我わわががが思おも思おもおもふふうべきべきべき人ひと人ひとひともももべいじうべいじうべいじゅう一ひと一ひとひと人り人りり舞ま舞ままひひい人びと人びとびとににに一ひと一ひとひと人り人りりまじりまじりまじりたりたりたり。。。このこのこのことことことなるなるなるこここなしなしなし。。。十八日じふはちにち十八日じふはちにちじゅうはちにちににに淸きよ淸きよきよ水みづ水みづみずへへへまうづるまうづるもうずる人ひと人ひとひとににに又また又またまた忍しの忍しのしのびびびてててまじりまじりまじりたりたりたり。。。そやそやそやはてはてはてゝゝてまかづれまかづれまかずればばば時とき時ときときははは子ね子ねねばかりばかりばかりなりなりなり。。。諸もろ諸もろもろ共とも共ともともなるなるなる人ひと人ひとひとののの所ところ所ところところににに歸かへ歸かへかえりりりててて物もの物ものものなどなどなどものものものするするする程ほど程ほどほどににに、、、あるあるあるものものものどもどもども「「「このこのこの戌いぬ戌いぬいぬ亥ゐ亥ゐいののの方かた方かたかたにににめめめなむなむなんみゆるみゆるみゆる」」」ととと、、、「「「出い出いいでゝでゝでて見み見みみよよよ」」」などなどなどいふいふいうなれなれなればばば「「「もろこしもろこしもろこしぞぞぞ」」」などなどなどいふいふいうなりなりなり。。。うちうちうちにににははは猶なほ猶なほなお苦くる苦くるくるしきしきしきにににたりたりたりなどなどなど思おも思おもおもふふう程ほど程ほどほどににに、、、人ひと人ひとひと々びと々びとびと「「「かうかうこうののの殿との殿とのとのなりなりなりけりけりけり」」」ととといふいふいうにににいといといとあさましうあさましうあさましゅういみじいみじいみじ。。。我わ我わわががが家いへ家いへいえもももついぢついぢついじばかりばかりばかり隔へだ隔へだへだてててたれたれたればばば騷さわが騷さわがさわがしうしうしゅう若わか若わかわかききき人ひと人ひとひとをををももも惑まどは惑まどはまどわしししやややしししつつつらむらむらん、、、いかでいかでいかで渡わた渡わたわたらららむむんととと惑まど惑まどまどふふうにににしもしもしも、、、車くるま車くるまくるまのののすだれすだれすだれはははかけかけかけられられられけるけるける。。。ものものものとととはははからうしからうしかろうしててて乘の乘ののりりりてててこここししし程ほど程ほどほどににに、、、皆みな皆みなみなはてはてはてにににけりけりけり。。。わわわがががかたかたかたかくかくかく殘のこ殘のこのこりりり、、、あなたあなたあなたのののひとひとひともももこなたこなたこなたにににつどひつどひつどいたりたりたり。。。こゝこゝここにににははは大たい大たいたい夫ふ夫ふふありありありけれけれければばば、、、いかにいかにいかに土つち土つちつちにににやややはしらはしらはしらすすすらむらむらんととと思おも思おもおもひひいつるつるつる人ひと人ひとひとももも車くるま車くるまくるまににに乘の乘ののせせせ、、、かどかどかど强つよ强つよつようううなどなどなどものものものしししけれけれければばば、、、らうがはしきらうがはしきろうがわしき事こと事ことこともももなかりなかりなかりけりけりけり。。。あはれあはれあわれ、、、をのこをのこおのことてとてとてようようよう行おこな行おこなおこなひひいたりたりたりけるけるけるよよよととと見み見みみ聞き聞ききくくくももも悲かな悲かなかなししし。。。渡わた渡わたわたりりりたるたるたる人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは、、、唯ただ唯ただただ命いのち命いのちいのちのみのみのみわつかわつかわつかなりなりなりととと見み見みみなげくなげくなげくににに、、、火ひ火ひひしめりしめりしめりはてはてはてゝゝてしばししばししばしあれあれあれどどど、、、問と問ととふふうべきべきべき人ひと人ひとひとははは音おと音おとおとづれづれずれもももせせせずずず。。。さしもさしもさしもあるあるあるまじきまじきまじき所ところ所ところところ々どころ々どころどころよりよりよりももも問と問ととひひいつゝつゝつつしししててて、、、このこのこのわたりわたりわたりならならならむむんやややののの、、、うかがひうかがひうかがいにににててて急いそ急いそいそぎぎぎ見み見みみえええししし。。。よくよくよくもももありありありしししものものものををを、、、ましてましてましてもももなりなりなり果は果ははてててにににけるけるけるあさましさあさましさあさましさ、、、かなたかなたかなたなんどなんどなんど語かた語かたかたるるるべきべきべき人ひと人ひとひとははは、、、さすがさすがさすがににに雜ざふ雜ざふぞう色しき色しきしきややや侍さぶらひ侍さぶらひさぶらいやややととと聞き聞ききききき及およ及およおよびびびけるけるける限かぎり限かぎりかぎりははは、、、語かた語かたかたりりりつつつととと聞き聞きききききつるつるつるををを、、、あさましあさましあさましあさましあさましあさましととと思おも思おもおもふふう程ほど程ほどほどにににぞぞぞかどかどかどたゝくたゝくたたく。。。人ひと人ひとひと見み見みみててて「「「おはしますおはしますおわします」」」ととといふいふいうにににぞぞぞ少すこ少すこすこししし心こころ心こころこころ落お落おおちちちゐゐいててて覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆる。。。さてさてさて「「「こゝこゝここにににありありありつるつるつるをのこをのこおのこどもどもどもののの、、、きゝきゝきき吿つ吿つつげげげつるつるつるににになむなむなん驚おどろ驚おどろおどろきききつるつるつる。。。あさましうあさましうあさましゅう來こ來ここざりざりざりけるけるけるがががいとほしきいとほしきいとおしきことことこと」」」などなどなどあるあるある程ほど程ほどほどににに、、、ばかりばかりばかりににになりなりなりぬれぬれぬればばば、、、とりとりとりもももなきなきなきぬぬぬととと聞き聞ききくくく聞き聞ききくくく寢ね寢ねねにににけれけれければばば、、、ことことことしもしもしも心ここ心ここここちちちよげよげよげならならならむむんやうやうようににに、、、あさいあさいあさいににになりなりなりにににけりけりけり。。。今いま今いまいまもももとふとふとう人ひと人ひとひとあまたあまたあまたのゝしれのゝしれののしればばばせせせててて、、、名な名ななにににてててもももししし。。。騷さわが騷さわがさわがしうしうしゅうぞぞぞなりなりなりまさらまさらまさらむむんとてとてとて急いそ急いそいそがががれれれぬぬぬ。。。暫しばら暫しばらしばらしししありありありててて、、、男をとこ男をとこおとこののの着き着ききるるるべきべきべき物もの物ものものどもどもどもなどなどなど數かず數かずかずあまたあまたあまたありありあり。。。「「「取と取ととりりりあへあへあえたるたるたるににに從したが從したがしたがひひいてててなむなむなん。。。かみかみかみにににまづまづまず」」」とてとてとてありありありけるけるける。。。「「「かくかくかく集あつ集あつあつまりまりまりたるたるたる人ひと人ひとひとににに物もの物ものものせよせよせよ」」」とてとてとて、、、急いそ急いそいそぎぎぎけるけるけるははは、、、俄にはか俄にはかにはかにににひはだひはだひわだののの杉すぎ杉すぎすぎ色いろ色いろいろめぐしめぐしめぐしたりたりたり。。。いといといとあやしけれあやしけれあやしければばば見み見みみざりざりざりききき。。。物もの物ものもの問と問ととひひいなどなどなどすれすれすればばば、、、三み三みみ人たり人たりたりばかりばかりばかりやまひやまひやまいごとごとごと口くち口くちくちぜちぜちぜちなどなどなどいひいひいいたりたりたり。。。廿日はつか廿日はつかはつかはははさてさてさて暮く暮くくれれれぬぬぬ。。。一日ついたち一日ついたちついたちののの日ひ日ひひよりよりより四日よか四日よかよか、、、例れい例れいれいののの物もの物ものもの忌いみ忌いみいみととと聞き聞ききくくく。。。こゝこゝここにににつどひつどひつどいたりたりたりししし人ひと人ひとひと々びと々びとびとははは、、、南みなみ南みなみみなみふたがるふたがるふたがる年とし年としとしなれなれなればばば、、、しばししばししばしもももあらあらあらじじじかしかしかし。。。かくかくかく廿日はつか廿日はつかはつかあがたあがたあがたありきありきありきののの所ところ所ところところへへへ皆みな皆みなみなわたらわたらわたられれれにににたりたりたり。。。こゝろこゝろこころもともともとなきなきなきことことことはははあらあらあらじじじかしかしかしととと思おも思おもおもふふうににに、、、我わ我わわががが心こころ心こころこころそきそきそきぞぞぞまづまづまず覺おぼ覺おぼおぼえええけむけむけんかしかしかし。。。かくかくかくのみのみのみうくうくうく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆる身み身みみなれなれなればばば、、、このこのこの命いのち命いのちいのちをををゆめゆめゆめばかりばかりばかり惜を惜をおしからしからしからずずずおぼゆるおぼゆるおぼゆる。。。このこのこのそみそみそみどもどもどもははは、、、柱はしら柱はしらはしらににに押お押おおししし付つ付つつけけけてててなどなどなど見み見みみゆるゆるゆるこそこそこそ、、、もしもしもしももも惜を惜をおしからしからしからむむん身み身みみのののやうやうようなりなりなりけれけれければばば、、、そのそのその二十五日にじふごにち二十五日にじふごにちにじゅうごにちににに、、、物もの物ものもの忌いみ忌いみいみなりなりなり果は果ははつるつるつるよしよしよしももも、、、かどかどかどののの音おと音おとおとすれすれすればばば、、、「「「かうかうこうてててなむなむなん固かた固かたかとうううさしさしさしたるたるたる」」」とととものものものすれすれすればばば、、、たうるゝたうるゝたうるる方かた方かたかたににに立た立たたちちちかへりかへりかえり音おと音おとおとすすす。。。又また又またまたののの日ひ日ひひははは例れい例れいれいののの方かた方かたかたふたがるふたがるふたがるととと、、、しかじかしかじかしかじか。。。晝ひる晝ひるひる間ま間ままにににみそみそみそててて御おほん御おほんおおんさいまつさいまつさいまつととといふいふいう程ほど程ほどほどにににぞぞぞててて歸かへ歸かへかえるるる。。。それそれそれよりよりより例れい例れいれいのののさはりさはりさわりなどなどなど聞きこ聞きこきこえええつゝつゝつつ日ひ日ひひ經へ經へへぬぬぬ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

翌日、還立ち(祭の帰りの行列)を見ようと人々が騒いでいるのにも、気分がたいそう悪くて横になって苦しんでいたので、見る気持ちもないのに、侍女たちがせきたてるので、ただ檳榔毛の車一台に四人ほど乗って出かけた。冷泉院の御門の北の方に車を止めた。ほかの人もあまり見物していなかったので、人一人を……として止まっていると、しばらくして通る行列の人の中に、私の思う人(道綱)も、陪従として一人、舞人に一人加わっていた。これといって変わったこともない。十八日に、清水へ参詣する人に、またこっそり加わった。初夜の勤行が終わって退出すると、時刻は子の刻ごろである。同行した人の家に帰って食事などをしていると、ある者たちが「この北西の方に火が見えます」と言い、「出てご覧なさい」などと言うので、「唐土のことよ(遠い所だ)」などと言っているようだ。内心ではやはり苦しいと思っていると、人々が「長官殿(作者の家の隣)でした」と言うので、たいそうあきれてひどくつらい。わが家も築地ひとつ隔てているだけなので、騒がしく、若い人(養女)をもうろたえさせているだろう、何とかして帰ろうとうろたえていると、車の簾はかけられていた。何もわからないまま、やっとのことで乗って帰って来るうちに、(火事は)すっかり終わっていた。私の家はこうして焼け残り、あちら(焼けた家)の人もこちらに集まっていた。ここには大夫がいたので、どんなに土の上を走らせているかと思った人(養女)も車に乗せ、門を固く閉めたりしていたので、騒がしいこともなかった。ああ、男だけあってよくやったものだと見聞きするのも悲しい。(焼け出されて)移ってきた人々は、ただ命だけがかろうじて助かったと見て嘆くが、火がすっかりおさまってしばらくたっても、見舞うはずの人(兼家)は音沙汰もない。それほどでもない所々からも見舞いがあって、このあたりではないかと、様子をうかがいに急いでやって来たのに。以前はよく来てくれたものなのに、まして(こんなにも)なってしまったあきれたこと、あちらへ話すはずの人は、さすがに雑色や侍やと聞き知っている限りは話したと聞いたのに、あきれた、あきれたと思っているうちに門を叩く。人が見て「おいでになりました」と言うので、少しほっとした思いがする。さて、「ここにいた男たちが聞いて知らせたので驚いたのだ。あきれたことに来なかったのは気の毒なことだった」などと言っているうちに、(夜明け)ほどになったので、鶏も鳴いたと聞きながら寝たので、今年も気持ちのよさそうに、朝寝になってしまった。今も見舞う人が大勢騒いでいるので、……評判にもなる。騒がしくなるだろうと思って急いで帰られた。しばらくして、男の着るはずの物などがたくさん届いた。「取りあえずあるものを(届ける)。まず、かみ(焼け出された長官)に」と書いてあった。「こうして集まっている人に配れ」と言って急いだのは、急いで檜皮色の杉色の衣を……たものだった。たいそう妙なので見なかった。(見舞いの品を)尋ねたりすると、三人ほど、病気だとか口実だとかを言ってきた。二十日はそうして暮れた。一日から四日は、例の物忌みだと聞く。ここに集まった人々は、南がふさがる年なので、しばらくもいられないだろう。こうして二十日、地方回りの人(父)の家に皆移っていった。心配なことはないだろうと思うにつけても、自分の心細さがまず思われたことだろう。こうしてつらいとばかり思う身なので、この命を少しも惜しいとは思わない。この……どもが、柱に押しつけて(いる)などと見えるのこそ、もしや惜しむべき身のようであったので、その二十五日に、物忌みがすっかり明けたことも(知らせて)、門の音がすると、「こうしてしっかり閉めております」と言うと、たうるる方に引き返して音がする。翌日は例の方角がふさがると、これこれ。昼間に……といって帰る。それから、例の差し障りなどを言ってよこしながら日が過ぎた。

意訳

〔祭の行列〕八幡の祭の還立ちを見物に出た作者は、行列の中に、陪従と舞人として加わる道綱の姿を見る。

〔隣家の火事〕三月十八日、清水詣の帰りに、作者の家と築地ひとつ隔てた隣家が火事になる。作者が慌てて帰ると、道綱が養女を車に乗せ、門を固く閉めて、家を守っていた。「男だけあってよくやった」と、作者は息子の成長に胸を打たれる。

〔遅れた見舞い〕近所の人々が次々に見舞いに来るのに、兼家はなかなか来ない。夜明け近くにようやく現れた兼家は、翌朝、焼け出された人々のために衣類を届けてくる。作者は、命を惜しいとも思わない身の心細さをかみしめる。

語釈・文法注

文法

「かへさ」
還さ。祭の還立ち(帰りの行列)。
「臥しくるさるれば」
底本どおり。注記に異文がある。横になって苦しんでいたので、の意に解する。
「び榔」
檳榔毛(びろうげ)の車。
「冷はれ院」
底本どおり。注記に「二字ぜん」とあり、「冷泉院」と解する。
「人一人こちして」
底本どおり。注記に「二字だい」などの異文がある。
「べいじう」
陪従。祭の行列で楽を奏する役。
「そや」
初夜。夜の初めの勤行。
「めなむみゆる」
底本どおり。注記に「ひ」の異文があり、「火なむ見ゆる」と解する。
「もろこしぞ」
唐土のことだ。遠い所のことで関係ない、の意。
「かうの殿」
長官殿。作者の家の隣にあった役所の長官の家か。
「ものとはからうして」
底本どおり。注記に「四字さらにからう」などとある。
「わがかたかく殘り」
底本の注記に「二字かべ」とある。
「土にやはしらすらむ」
土の上を(裸足で)走らせているだろうか。
「わつかなり」
「わづかなり」。かろうじて助かった。
「名にてもし」
底本どおり。注記に異文がある。
「ひはだの杉色めぐしたり」
底本どおり。注記に異文がある。
「やまひごと口ぜち」
病気だとか口実だとか。
「我が心そきぞ」
底本どおり。注記に「ぼ」の異文があり、「我が心細きぞ」と解する。
「このそみども」
底本どおり。注記に「四字いみじきもの」などとある。
「晝間にみそて御さいまつ」
底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。

解説

天禄三年(972)三月十八日、作者の家の隣家が火事になった。作者は清水詣の帰りで不在だったが、十八歳の道綱が家を守り、養女を車に乗せて避難させていた。作者は息子の頼もしい成長を目の当たりにし、喜びとともに、自分を支える者がこの子しかいない心細さをも感じている。

兼家は遅れて見舞いに来たが、翌朝には焼け出された人々のための衣類を届けた。作者の家の周辺の人々を兼家が世話していたことがわかる。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、125–127頁(コマ65–66)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日