蜻蛉日記 下巻 第42章
賀茂詣と鴫の羽がき
閏二月十日、作者は誘われて賀茂社に詣で、北野で若菜を摘む少女たちを見て興じる。その夜、兼家が門を叩いて訪れる。その後、物忌みにかこつけて訪れが八、九日途絶えた折、作者は「鴫のもろ羽もたゆし」と歌を送る。三月、庭一面に花が散り敷き、八幡の祭の頃には、作者もひそかに参詣に出かける。
- 1六七日六七日むいかなのか物物もの忌忌いみととと聞聞きくくく。。。八日八日ようか雨雨あめ降降ふるるる。。。よるよるよるにににででで石石いしののの上上うえののの苔苔こけ苦苦くるしげしげしげににに聞聞きこえええたりたりたり。。。十日十日とおか、、、加加か茂茂もへへへ詣詣もううづうづず。。。「「「忍忍しのびびびててて諸諸もろ共共ともににに」」」ととといふいふいう人人ひとあれあれあればばば「「「何何なにかかかははは」」」とてとてとて詣詣もうでででたりたりたり。。。いついついつももも珍珍めずらしきしきしき心心ここちちちするするする所所ところなれなれなればばば今日今日きょうももも心心こころのののばゐばゐばい心心ここちちちあらあらあらたるたるたるべしべしべしなどなどなどするするするももも、、、かうかうこうしびしびしびけるけるけるはははととと見見みゆゆゆらむらむらん。。。さきさきさきののの通通とおりりりににに北北きた野野のにににものものものすれすれすればばば、、、さへさへさへにににものものもの摘摘つむむむ女女めわらはべわらはべわらわべなどなどなどもももありありあり。。。うちつけうちつけうちつけににに摘摘つむむむかかかととと思思おもへへえばばば、、、裳裳も裾裾すそ思思おもひひいやらやらやられれれてててけりけりけり。。。ふるふるふるおりおりおりうちうちうちめぐりめぐりめぐりなどなどなどするするするもももいといといとをかしをかしおかし。。。くらうくらうくろう家家いえににに歸歸かえりりりててて、、、うちうちうち寢寢ねたるたるたるほどほどほどににに、、、かどかどかどいちはやくいちはやくいちはやくたゝくたゝくたたく。。。胸胸むねうちうちうちつぶれつぶれつぶれててて覺覺さめめめたれたれたればばば、、、思思おもひひいのののほかほかほかにににさささなりなりなりけりけりけり。。。心心こころののの鬼鬼おにははは、、、若若もしししこゝこゝここちかきちかきちかき所所ところににに隙隙ひまありありありててて歸歸かえささされれれてててにににやややあらあらあらむむんととと思思おもふふうににに、、、人人ひとはははさりげさりげさりげなけれなけれなけれどどど、、、うちうちうち解解とけけけずずずこそこそこそ思思おもひひいあかしあかしあかしけれけれけれ。。。つとめてつとめてつとめて、、、少少すこししし日日ひたけたけたけててて歸歸かえるるる。。。さてさてさて五六日五六日いつかむいかばかりばかりばかりありありあり。。。十六日十六日じゅうろくにち、、、雨雨あめののの脚脚あしいといといと心心こころ細細ぼそししし。。。明明あくれくれくればばば、、、このこのこのぬるぬるぬる程程ほどににに、、、こまやかこまやかこまやかなるなるなる文文ふみ見見みゆゆゆ。。。「「「今日今日きょうははは方方かたふたがりふたがりふたがりたりたりたりけれけれければばばなむなむなん。。。いかゞいかゞいかがせせせむむん」」」などなどなどあああべしべしべし。。。返返かえりりり事事ごと物物ものしししてててとととばかりばかりばかりあれあれあればばばみづからみづからみずからなりなりなり。。。日日ひももも暮暮くれれれ方方がたなるなるなるをををあやしあやしあやしととと思思おもひひいけむけむけんかしかしかし。。。よよよににに入入いりりりててて「「「いかにいかにいかにみてぐらみてぐらみてぐらをををややや奉奉たてまつらららましましまし」」」などなどなど休休やすらひらひらいののの氣氣け色色しきあれあれあれどどど「「「いといといとやうないやうないようない事事ことなりなりなり」」」などなどなどそゝのかしそゝのかしそそのかし出出いだすすす。。。步步あゆみみみ出出いづるづるずるほどほどほどににに、、、あひなうあひなうあいのうよるよるよるずずずにににはははしもしもしもせせせじじじとととすすす」」」ととと、、、忍忍しのびやかびやかびやかにににいふいふいうををを聞聞きくくく。。。「「「さらさらさらばばばいといといとかひかひかいなからなからなからむむんことことことよよよ」」」とととありありありててて、、、「「「必必かならずずず今宵今宵こよいははは」」」とととありありあり。。。それそれそれもももしるくしるくしるく、、、そのそのその後後のち覺覺おぼ束束つかなくなくなくててて八九日八九日ようかここのかばかりばかりばかりににになりなりなりぬぬぬ。。。かくかくかく思思おもひひいおきおきおきててて、、、數數かずにににはははとととありありありしししなりなりなりけりけりけりととと思思おもひひいあまりあまりあまりててて、、、たまさかたまさかたまさかにににこれこれこれよりよりよりものものものしししけるけるけることことこと、、、
- 2「「「かたかたかた時時ときにににかへしかへしかへし夜夜よ數數かずをををかぞふれかぞふれかぞうればばばしぎしぎしぎのののもろもろもろ羽羽はもももたゆしたゆしたゆしとととぞぞぞなくなくなく」」」。。。
- 3かへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 4「「「いかなれいかなれいかなれやややしぎしぎしぎのののはねはねはねがきがきがきかきかきかき知知しらららずずず思思おもふふうかひかひかいなきなきなき聲聲こえににに鳴鳴なくくくらむらむらん」」」
- 5とととはははありありありけれけれけれどどど、、、驚驚おどろかしかしかしてててももも悔悔くやしげしげしげなるなるなる程程ほどをををなむなむなんいかなるいかなるいかなるにににかかかととと思思おもひひいけるけるける。。。このこのこの頃頃ころ庭庭にはもももはらははらははらわずずず。。。花花はな降降ふりりり敷敷しきききててて海海うみととともももなりなりなりなむなむなんととと見見みえええたりたりたり。。。今日今日きょうははは二十七日二十七日にじゅうしちにち、、、雨雨あめ昨日昨日きのうののの夕夕ゆうべよりよりよりくだりくだりくだり、、、風風かぜののののちのちのち花花はなををを拂拂はらふふう。。。三月三月さんがつににになりなりなりぬぬぬ。。。木木こののの芽芽め少少すこしししこここがくれがくれがくれににになりなりなりててて、、、祭祭まつりののの頃頃ころ覺覺おぼえええてててたるきたるきたるきふえふえふえ戀戀こいしうしうしゅう、、、いといといともももそそそはれはれはれなるなるなるににに添添そへへえてててももも音音おとなきなきなき事事ことををを猶猶なお驚驚おどろかしししけるけるけるももも悔悔くやししし。。。それそれそれよりよりよりいいいののの絕絕たえええまままよりよりよりももも、、、安安やすからからからずずず覺覺おぼえええけむけむけんははは何何なにののの心心こころにににかかかありありありけむけむけん。。。このこのこの月月つき七日七日なのかににになりなりなりにににけりけりけり。。。「「「今日今日きょうぞぞぞこれこれこれ縫縫ぬひひいててて。。。愼愼つつしむむむことことことありありありてててなむなむなん」」」とととありありあり。。。珍珍めずららしげらしげらしげもももなけれなけれなければばば「「「うけうけうけ給給たまはりはりわりぬぬぬ」」」などなどなどつれなうつれなうつれのう物物ものしししけりけりけり。。。晝晝ひるはたはたはたよりよりより、、、雨雨あめのどかのどかのどかにににはじめはじめはじめたりたりたり。。。十日十日とおかおほやけおほやけおおやけははは、、、八八や幡幡はたののの祭祭まつりののの事事こととととのゝしるのゝしるののしる。。。我我われははは人人ひとのののまうづまうづもうずめるめるめる所所ところあああめるめるめるにににいといといと忍忍しのびびびででで出出いでででたるたるたるににに、、、晝晝ひるつつつ方方かたかへりかへりかえりたれたれたればばば、、、あるじあるじあるじののの若若わかききき人人ひと々々びと入入いりりりてててものものもの見見みむむむととと又又また渡渡わたるるる。。。さささなりなりなりとととあれあれあればばばかへりかへりかえりたるたるたる車車くるまもももやがてやがてやがて出出いだししし立立たつつつ。。。
現代語訳
(あの人は)六、七日物忌みと聞く。八日、雨が降る。夜に出て、石の上の苔も苦しそうに(雨音が)聞こえた。十日、賀茂へ参詣する。「こっそり一緒に」と言う人がいたので、「いいでしょう」と言って参詣した。いつも新鮮な気持ちのする所なので、今日も心が晴れる気持ちがするのだろうなどと(人は思う)にしても、こうも参詣を好むのかと見えるだろう。前のように北野に行くと、沢でものを摘む少女たちもいる。ふと、えぐを摘むのかと思うと、(「君がため…裳の裾濡れぬ」の歌が)思いやられた。ふる(野)のあたりを回ったりするのもたいそうおもしろい。暗くなって家に帰って寝ていると、門をせわしなく叩く。胸がどきりとして目が覚めると、思いがけずあの人であった。疑い心に、もしやこの近くの所に差し障りがあって帰されたのだろうかと思うと、あの人は何気ない様子だけれど、うち解けないで夜を明かした。翌朝、少し日が高くなって帰る。さて、五、六日ほどたった。十六日、雨の降り方がたいそう心細い。明けると、寝ているうちに、こまやかな手紙が来た。「今日は方角がふさがっていたので(行けない)。どうしよう」などとあるようだ。返事をして、しばらくすると本人が来た。日も暮れ方なのを妙だと思ったのだろう。夜になって、「どうだろう、幣をあげようか(泊まろうか)」などとためらう様子だけれど、「たいそうよくないことです」などと促して送り出す。歩み出る時に、「むやみに夜を過ごさないということはしまいと思う」と、ひそかに言うのを聞く。「それならたいそうかいのないことね」とあって、「必ず今夜は」とあった。それもそのとおり、その後音沙汰がなくて八、九日ほどになった。こう思いおいて、数のうちには(入れない)とあったのだと思いあまって、まれにこちらから送ったこと、
「片時に返した夜の数を数えると、鴫のもろ羽もだるくなるほど(羽がきの数が多い)と鳴くことです」。
返事に、
「どうして鴫の羽がきを、かき知らず、思うかいもない声で鳴くのだろう」
とはあったけれど、驚かしても悔しく思われるほどなのを、どうしてなのかと思った。この頃は庭も掃かない。花が降り敷いて、海にもなってしまうだろうと見えた。今日は二十七日、雨が昨日の夕方から降りだし、風が後から花を吹き払う。三月になった。木の芽が少し木陰を作るようになって、祭の頃が思われて、垂木(たるき)の笛が恋しく、たいそうしみじみとしているのに添えても、音沙汰のないことを、やはり(こちらから)驚かしたのも悔しい。それからの途絶えの間よりも、心穏やかでなく思われたのは、何の心だったのだろうか。この月の七日になった。「今日はこれを縫って。慎むことがあって(行けない)」とある。珍しくもないので、「承りました」などとそっけなく返事をした。昼ごろから雨がのどかに降りはじめた。十日、朝廷では八幡の祭のことで騒いでいる。私は人の参詣する所があるので、たいそうひそかに出かけたが、昼ごろ帰ってくると、家の若い人たちが(見物の車に)入って見物しようと、また出かける。そうだというので、帰ってきた車もすぐに出してやる。
意訳
〔賀茂詣〕閏二月十日、作者は誘われて賀茂社に詣で、帰りに北野で若菜を摘む少女たちを見る。「君がため」の古歌を思い出して興じる作者の心は、春らしく晴れやかである。その夜、兼家が門を叩いて訪れる。
〔鴫の羽がき〕その後、兼家は「必ず今夜は」と言いながら八、九日訪れない。作者は、鴫がもろ羽を何度もかくように夜を数えたと詠み、兼家は「どうしてかいのない声で鳴くのか」と返す。作者は、こちらから便りをしたことを悔やむ。
〔花の海〕三月、庭は掃かれないまま花が散り敷き、海のようになっている。八幡の祭の頃、作者もひそかに参詣に出かけ、若い女房たちは見物に出かける。
語釈・文法注
- ゑぐ
- えぐ。くろぐわいとも。水辺に生える草で、若菜として摘んだ。古歌「君がため山田の沢にゑぐ摘むと雪消の水に裳の裾濡れぬ」(『万葉集』)をふまえる。
文法
- 「よるにで石の上の苔苦しげに」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「心のばゐ心ちあらたるべし」
- 底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
- 「かうしびけるは」
- 底本どおり。注記に「すき」の異文があり、「かう好きけるは」(こうも参詣を好むのか)と解する。
- 「さへに」
- 底本どおり。注記に「は」の異文があり、「沢に」と解する。
- 「ふるおり」
- 底本どおり。注記に「四字ほとりなど」とある。
- 「心の鬼」
- 疑い心。
- 「やうない事」
- 益ない事。よくないこと。
- 「あひなうよるずにはしもせじとす」
- 底本どおり。注記に「かず」の異文がある。
- 「しぎのもろ羽」
- 鴫の羽がき。古歌「暁の鴫の羽がき百羽がき君が来ぬ夜は我ぞ数かく」(『古今和歌集』)をふまえ、来ない夜を数えることをいう。
- 「たるきふえ」
- 底本どおり。注記に「三字さかき」とある。
- 「いともそはれなる」
- 底本どおり。注記に「四字ものあはれ」とあり、「いともものあはれなる」と解する。
- 「いの絕えま」
- 底本どおり。注記に「か」の異文がある。
和歌
かた時にかへし夜數をかぞふればしぎのもろ羽もたゆしとぞなく
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 「必ず今宵は」と言いながら八、九日訪れのない兼家に送った歌。
修辞
- 本歌
- 「暁の鴫の羽がき百羽がき君が来ぬ夜は我ぞ数かく」(『古今和歌集』恋五)をふまえ、来ない夜を数えて鴫のもろ羽もだるくなると嘆く。
いかなれやしぎのはねがきかき知らず思ふかひなき聲に鳴くらむ
- 詠者
- 藤原兼家
- 状況
- 作者の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「かき」に羽を「掻き」と、知らず(かき知らず)を重ねる。
解説
閏二月の賀茂詣と北野での若菜摘みの見物は、下巻の作者の穏やかな日々を伝えている。作者は古歌を思い出しながら、春の野の情景を楽しんでいる。
鴫の羽がきの歌は、『古今和歌集』の有名な歌をふまえたもので、来ない夫を待つ夜の長さを詠む伝統的な表現である。作者は、こちらから便りをしたことを「悔し」と書き、自尊心と待つ心との間で揺れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、124–125頁(コマ65)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日