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蜻蛉日記 下巻 第40章

養女を迎える

作者は、少女の異母兄にあたる京の法師を介して、志賀の麓に住む少女の母に養女の話を申し入れる。母は泣きながらも承諾し、二月十九日、道綱が迎えに行く。その日折悪しく兼家が来て、作者は「捨て子を拾った」と言って少女を見せる。それが自分の娘だと知った兼家は涙を流し、夜更けまで泣き笑いして過ごす。

  1. 1かくかくかくてててことことこと腹ばら腹ばらばらのののせうとせうとしょうとももも京きやう京きやうきょうにににててて法ほふ法ほふほう師し師ししにににてててありありあり。。。こゝこゝここにににかくかくかくいひいひいい出いだ出いだいだしししたるたるたる人ひと人ひとひと知し知ししりりりたりたりたりけれけれければばば、、、それそれそれしししててて呼よ呼よよびびび取と取ととらららせせせててて語かた語かたかたらはらはらわするするするににに「「「何なに何なになにかかかははは。。。いといといと善よ善よよききき事こと事ことことなりなりなりとととなむなむなんおのれおのれおのれははは思おも思おもおもふふう。。。そもそもそもそもそもそもかしかしかしたにたにたにまほりまほりまおりててて物もの物ものものせせせむむん。。。世よ世よよののの中なか中なかなかいといといとはかなけれはかなけれはかなければばば今いま今いまいまはははかたちかたちかたちをををもももことことことににになしなしなしてててむむんとてとてとてなむなむなんさゝさゝささののの處ところ處ところところににに月つき月つきつき頃ごろ頃ごろごろははは物もの物ものものせせせらるゝらるゝらるる」」」などなどなどいひいひいい置お置おおきききててて、、、又また又またまたののの日ひ日ひひととといふいふいうばかりばかりばかりににに山やま山やまやま越ご越ごごえええににに物もの物ものものしししたりたりたりけれけれければばば、、、異こと異ことこと腹ばら腹ばらばらにににてててこまかこまかこまかににになどなどなどしもしもしもあらあらあらぬぬぬ人ひと人ひとひとのののふりふりふりはへはへはえたるたるたるをををあやしがるあやしがるあやしがる。。。「「「何なに何なになに事ごと事ごとごとににによりよりよりててて」」」などなどなどありありありけれけれければばばとととばかりばかりばかりありありありてててこのこのこの事こと事ことことをををいひいひいい出いだ出いだいだしししたりたりたりけれけれければばば、、、まづまづまずともともともかくかくかくもももあらあらあらででで、、、いかにいかにいかに思おも思おもおもひひいけるけるけるにににかかか、、、いといといといみじういみじういみじゅう泣な泣ななききき泣な泣ななきききててて、、、とかうとかうとこうためらひためらひためらいててて、、、「「「こゝこゝここにににももも今いま今いまいまははは限かぎり限かぎりかぎりににに思おも思おもおもふふう身み身みみをををばばばさるさるさるものものものにににててて、、、かゝるかゝるかかる所ところ所ところところにににこれこれこれをををさへさへさへひきひきひきさげさげさげてててあるあるあるををを、、、いといといといみじいみじいみじととと思おも思おもおもへへえどどどててていかゞいかゞいかがはははせせせむむんとてとてとてつるつるつるををを、、、さらさらさらばばばともともともかくかくかくももも、、、そこそこそこににに思おも思おもおもひひいさだめさだめさだめてててものものものししし給たま給たまたまへへえ」」」とととありありありけれけれければばば、、、又また又またまたののの歸かへ歸かへかえりりりてててさささなむなむなんととといふいふいう。。。うへうへうえなきなきなきことことことにににてててもももありありありけるけるけるかなかなかな。。。宿すく宿すくすく世せ世せせやややありありありけむけむけん、、、いといといと哀あはれ哀あはれあわれなるなるなるににに、、、「「「さらさらさらばばばかしこかしこかしこにににまづまづまず御おほん御おほんおおん文ふみ文ふみふみをををものものものせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえ」」」とととものものものすれすれすればばば、、、「「「いかゞいかゞいかがはははせせせててて。。。かくかくかく年とし年としとしごろごろごろははは聞きこ聞きこきこえええぬぬぬばかりばかりばかりににに承うけたまは承うけたまはうけたまわりりり馴な馴ななれれれたれたれたればばば、、、たれたれたればかりばかりばかり覺おぼ覺おぼおぼ束つか束つかつかなくなくなくはははおぼさおぼさおぼされれれずずずやややとてとてとてなむなむなん怪あや怪あやあやしししとととおぼさおぼさおぼされれれぬぬぬべきべきべきことことことなれなれなれどどど、、、このこのこの禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじののの君きみ君きみきみににに、、、心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそききき憂うれ憂うれうれひひいををを聞きこ聞きこきこえええじじじををを、、、傳つた傳つたつたへへえ聞きこ聞きこきこえええたるたるたるけるけるけるににに、、、いといといと嬉うれ嬉うれうれしくしくしくなむなむなんのたまはせのたまはせのたまわせしししととと承うけたまは承うけたまはうけたまわれれればばば、、、喜よろこ喜よろこよろこびびびながらながらながらなむなむなん聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる。。。もしもしもしうううつゝましきつゝましきつつましき事こと事ことことなれなれなれどどどあまたあまたあまたととと承うけたまは承うけたまはうけたまわるるるにににははは、、、睦むつ睦むつむつしきしきしき方かた方かたかたにににてててももも思おも思おもおもひひい放はな放はなはなちちち給たま給たまたまふふうやややとてとてとてなむなむなん」」」などなどなどものものものしししたれたれたればばば、、、又また又またまたののの日ひ日ひひ返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとありありあり。。。喜よろこ喜よろこよろこびびびしししなどなどなどありありありててて、、、いといといと心こころ心こころこころようようようゆるしゆるしゆるしたりたりたり。。。かのかのかの語かた語かたかたらひらひらいけるけるける事こと事ことことののの筋すぢ筋すぢすじもももそこそこそこののの文ふみ文ふみふみもももあるあるある。。。かつかつかつははは思おも思おもおもひひいやるやるやる心ここ心ここここちちちいといといと哀あはれ哀あはれあわれなりなりなり。。。よろづよろづよろず書か書かかききき書か書かかきききててて「「「霞かすみ霞かすみかすみににに立た立たたちちちこめこめこめられられられててて、、、筆ふで筆ふでふでのののたちたちたちどどどててて知し知ししららられれれねねねばばばあやしあやしあやし」」」とととあるあるあるももも、、、げにげにげにととと覺おぼ覺おぼおぼえええたりたりたり。。。それそれそれよりよりより後のち後のちのちももも、、、二ふた二ふたふた度たび度たびたびばかりばかりばかり文ふみ文ふみふみものものものしししててて、、、事こと事ことこと定さだ定さださだまりまりまり果は果ははてててぬれぬれぬればばば、、、このこのこのぜじぜじぜじたちたちたち至いた至いたいたりりりててて末すゑ末すゑすえににに出いだ出いだいだししし立た立たたてててけりけりけり。。。唯ただ唯ただただ獨ひとり獨ひとりひとり出いだ出いだいだししし立た立たたてててけむけむけんももも思おも思おもおもへへえばばばいといといと悲かな悲かなかなししし。。。おぼろげおぼろげおぼろげにににてててかくかくかくあらあらあらむむんややや。。。唯ただ唯ただただ親おや親おやおやもしもしもし見み見みみ給たま給たまたまははわゞゞばなどなどなどにににこそこそこそはははあらあらあらめめめ、、、さささ思おも思おもおもひひいたらたらたらむむんににに、、、我わ我わわがががもともともとにににてててももも同おな同おなおなじじじごとごとごと見み見みみるるる事こと事ことこと難かた難かたかたからからからむむんととと、、、又また又またまたさささとてとてとてならならならむむん時とき時ときとき、、、なかなかなかなかなかなかいとほしういとほしういとおしゅうもももあるあるあるべきべきべきかなかなかなゝゝなどどどゝゝと思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころ添そ添そそひひいぬれぬれぬれどどどいかゞいかゞいかがはははせせせむむん。。。かくかくかくいひいひいい契ちぎ契ちぎちぎりりりつれつれつればばば、、、思おも思おもおもひひい歸かへ歸かへかえるるるべきべきべきにににもももあらあらあらずずず。。。このこのこの十九日じふくにち十九日じふくにちじゅうくにち宜よろ宜よろよろしきしきしき日ひ日ひひなるなるなるをををととと定さだ定さださだめめめてててしかしかしかばばば、、、これこれこれ迎むか迎むかむかへへえににに物もの物ものものすすす。。。しのびしのびしのびててて唯ただ唯ただただ淸きよ淸きよきよげげげなるなるなる網あ網ああ代じろ代じろじろ車ぐるま車ぐるまぐるまににに、、、馬むま馬むまうまににに乘の乘ののりりりたるたるたるをのこをのこおのこどもどもども四よ四よよ人たり人たりたり、、、しもしもしも人びと人びとびとはははあまたあまたあまたあるあるある。。。大たい大たいたい夫ふ夫ふふやりやりやりててて這は這ははひひい乘の乘ののりりりててて、、、しりしりしりににに、、、このこのこの事こと事ことことににに口くち口くちくち入い入いいれれれたるたるたる人ひと人ひとひとととと乘の乘ののせせせてててやりやりやりつつつ。。。今日けふ今日けふきょう珍めづら珍めづらめずらしきしきしきせうそこせうそこしょうそこありありありつれつれつればばば「「「さささもももぞぞぞあるあるある。。。引ひ引ひひききき合あ合ああひひいてててははは惡あ惡ああしからしからしからむむん。。。いといといととくとくとくものものものせよせよせよ。。。暫しばら暫しばらしばらしししはははけしきけしきけしき見み見みみせせせじじじ。。。すべてすべてすべてありありありやうやうようににに從したが從したがしたがははわむむん」」」などなどなど定さだ定さださだめめめつるつるつるかひかひかいもももなくなくなく、、、さきさきさきだゝだゝだたれれれにににたれたれたればばば、、、いふいふいうかひかひかいなくなくなくてててあるあるある程ほど程ほどほどににに、、、とととばかりばかりばかりありありありててて來き來ききぬぬぬ。。。「「「大たい大たいたい夫ふ夫ふふはははいづこいづこいずこにににいきいきいきたりたりたりつるつるつるぞぞぞ」」」とととあれあれあればばば、、、とかうとかうとこういひいひいい紛まぎ紛まぎまぎらはしらはしらわしてててありありあり。。。「「「日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろもももかくかくかく思おも思おもおもひひいまうけまうけもうけしかしかしかばばば、、、身み身みみののの心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそさささににに人ひと人ひとひとののの捨す捨すすてててたるたるたる子こ子ここをををなむなむなん取と取ととりりりたるたるたる」」」などなどなどものものものししし置お置おおきききたれたれたればばば「「「いでいでいで見み見みみむむむ。。。たたたががが子こ子ここぞぞぞ。。。我われ我われわれ今いま今いまいまははは老お老おおいいいにににたりたりたりとてとてとて、、、わかうどわかうどわこうど求もと求もともとめめめててて、、、我われ我われわれをををかんだてかんだてかんだてししし給たま給たまたまへへえるるるならならならむむん」」」とととあるあるあるににに、、、いといといとをかしうをかしうおかしゅうなりなりなりててて、、、「「「さささははは見み見みみせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん。。。御み御みみ子こ子ここにににししし給たま給たまたまははわむむんややや」」」とととものものものすれすれすればばば、、、「「「いといといとよかよかよかなりなりなり。。。させさせさせむむん猶なほ猶なほなお々なほ々なほなお」」」とととあれあれあればばば、、、れれれもももとうとうとういぶかしさいぶかしさいぶかしさににに呼よ呼よよびびび出い出いいでででたりたりたり。。。聞き聞きききききつるつるつる年とし年としとしよりよりよりもももいといといとちひさくちひさくちいさくいふいふいうかひかひかいなくなくなく幼をさな幼をさなおさなげげげなりなりなり。。。近ちか近ちかちこううう呼よ呼よよびびびよせよせよせててて「「「立た立たたててて」」」とてとてとて立た立たたてててたれたれたればばば、、、たけたけたけ四尺しさく四尺しさくしさくばかりばかりばかりにににててて、、、髮かみ髮かみかみははは落お落おおちちちたるたるたるにににやややあらあらあらむむん、、、裾すそ裾すそすそさきさきさきたるたるたる心ここ心ここここちちちしししててて、、、たけたけたけににに四寸しすん四寸しすんしすんばかりばかりばかりぞぞぞ足た足たたらららぬぬぬ。。。いといといとらうたげらうたげろうたげにににてててかしらかしらかしらつきつきつきをかしげをかしげおかしげにににてててやうだいやうだいようだいいといといとあてあてあてはかはかはかなりなりなり。。。見み見みみててて「「「あはれあはれあわれいといといとらうたげらうたげろうたげなめりなめりなめり。。。誰た誰たたががが子こ子ここぞぞぞ。。。猶なほ猶なほなおいへいへいえいへいへいえ」」」とととあれあれあればばば、、、耻は耻ははぢぢじなかなかなかめるめるめるををを、、、さばれさばれさばれあらはしあらはしあらわしてててむむんととと思おも思おもおもひひいててて、、、「「「さささはははらうたしらうたしろうたしととと見み見みみ給たま給たまたまふふうややや。。。聞きこ聞きこきこえええてててむむん」」」ととといへいへいえばばば、、、ましてましてまして責せ責せせめめめらるらるらる。。。「「「あなあなあなかましかましかましつらつらつらにににかしかしかし」」」ととといふいふいうににに、、、驚おどろ驚おどろおどろきききててて、、、「「「いかにいかにいかにいかにいかにいかにいづれいづれいずれぞぞぞ」」」とととあれあれあれどどど、、、とみとみとみにににいはいはいわねねねばばば「「「もしもしもしさゝさゝささののの所ところ所ところところにににありありありととと聞き聞きききききしかしかしか」」」とととあれあれあればばば、、、「「「さささなめりなめりなめり」」」とととものものものするするするににに、、、「「「いといといといみじきいみじきいみじき事こと事ことことかなかなかな。。。今いま今いまいまははははふれはふれはふれうせうせうせにににけむけむけんとととこそこそこそ思おも思おもおもひひいしかしかしか。。。かうかうこうなるなるなるまでまでまで見み見みみざりざりざりけるけるける事こと事ことことよよよ」」」とてとてとてうちうちうち泣な泣ななかかかれれれぬぬぬ。。。このこのこの子こ子ここもももいかにいかにいかに思おも思おもおもふふうにににかかかあらあらあらむむん、、、うちうちうちうつうつうつ伏ぶ伏ぶぶしししててて泣な泣ななききき居ゐ居ゐいたりたりたり。。。見み見みみるるる人ひと人ひとひとももも哀あはれ哀あはれあわれににに、、、むかしむかしむかし物もの物ものもの語がたり語がたりがたりのののやうやうようなれなれなればばば皆みな皆みなみな泣な泣ななきききぬぬぬ。。。ひとへひとへひとえののの袖そで袖そでそであまたあまたあまたゝびゝびたび引ひ引ひひききき出い出いいでででつゝつゝつつ泣な泣ななかかかるれるれるればばば、、、いといといとうちつけうちつけうちつけにににもももありありあり。。。「「「こゝこゝここにににはははいまだいまだいまだ來こ來ここじじじとととするするする所ところ所ところところににに、、、かつてかつてかつていましいましいましたるたるたる事こと事ことこと、、、我われ我われわれゐゐいててていないないなむむん」」」などなどなど、、、たはぶれたはぶれたわぶれいひいひいいつゝつゝつつ、、、夜よ夜よよ更ふ更ふふくるくるくるまでまでまで泣な泣ななきききみみみ笑わら笑わらわらひひいみみみしししててて皆みな皆みなみな寢ね寢ねねぬぬぬ。。。つとめてつとめてつとめて歸かへ歸かへかえらららむむんとてとてとて、、、呼よ呼よよびびび出いだ出いだいだしししててて、、、「「「いといといとらうたかりらうたかりろうたかりけりけりけり。。。今いま今いまいまゐゐいててていないないなむむん。。。車くるま車くるまくるま寄よ寄よよせせせばばばふとふとふと乘の乘ののれれれよよよ」」」ととと、、、うちうちうち笑わら笑わらわらひひいててて出い出いいでででられられられぬぬぬ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

こうして、(少女の)異母兄も京で法師をしている。ここにこの話を持ち出した人が知っていたので、その人を介して呼び寄せて相談させると、「どうして(異存がありましょう)。たいそう良いことだと私は思います。そもそも……して行きましょう。世の中がたいそうはかないので、今は姿も変えてしまおう(出家しよう)と言って、そこの所に、この何か月かはおいでなのです」などと言い置いて、翌日というくらいに山越えに出かけたところ、異腹で特に親しくもない人がわざわざやって来たのを、(母は)不審がる。「何の用で」などと言ったので、しばらくしてこの事を切り出したところ、まず何とも言わずに、どう思ったのだろうか、ひどく泣きに泣いて、あれこれためらって、「私自身も今はもう最期だと思っている身はさておいて、こんな所にこの子まで連れているのを、ひどくつらいと思うけれどどうしようもないと思っていましたが、それならどうでも、あなたが決めてください」と言ったので、(法師は)また帰ってきて、こういうことでしたと言う。この上もないことであった。前世の縁があったのだろうか、たいそうしみじみとしているので、「それなら、あちらにまずお手紙を差し上げなさいませ」と言うので、「どうしましょう。(書いた。)こうして長年、お便りを差し上げはしないものの、お噂を聞き慣れておりますので、どなたかとご不審には思われまいかと思って、妙だとお思いになるにちがいないことですが、この禅師の君に、心細い悩みを申し上げましたのを、お伝え申し上げたところ、たいそううれしいとおっしゃったと承りましたので、喜びながら申し上げます。まことに気がひけることですが、大勢(お子様がいらっしゃる)と承りますので、親しい方としてでも思い放ってくださるかと思いまして」などと書いてやったところ、翌日返事があった。喜んでいることなどがあって、たいそう快く許してくれた。あの(兼家との)恋のいきさつのことも、そこの手紙にある。一方では思いやる気持ちがたいそうしみじみとする。何やかやと書き書きして、「霞に立ちこめられて、筆の立ちどころもわからないので妙で」とあるのも、なるほどと思われた。それから後も二度ほど手紙をやりとりして、事がすっかり決まったので、この禅師たちが行って、(少女を)京に出立させた。ただ一人で送り出したのだろうと思うと、たいそう悲しい。並々のことでこうするだろうか。ただ父親がもしお世話してくださるならなどと思ってのことだろう、そう思っているのに、私のもとでも同じように(父親に)会うことは難しいだろうし、またそうなった時には、かえって気の毒なことになるだろうなどと思う心も加わったけれど、どうしようもない。こう約束してしまったので、思い返すべきでもない。この十九日がよい日だと決めていたので、これを迎えにやる。ひそかに、ただこぎれいな網代車に、馬に乗った男たち四人、下人は大勢いる。大夫をやって(車に)乗せて、後ろには、この事に口をきいた人と乗せてやった。今日、珍しく(あの人から)便りがあったので、「そういうこともあるかもしれない。鉢合わせしては具合が悪い。早く出かけなさい。しばらくは様子を見せまい。すべて成り行きに任せよう」などと決めたかいもなく、(あの人に)先を越されてしまったので、どうしようもなくているうちに、しばらくして(少女たちが)着いた。「大夫はどこに行っていたのか」と言うので、あれこれ言い紛らしていた。「日ごろもこうして考えておいたので、身の心細さから、人の捨てた子を引き取ったのです」などと言っておいたところ、「さあ見よう。誰の子だ。私が今はもう年をとったからといって、若い者を探して、私を見限りなさったのだろう」と言うので、たいそうおかしくなって、「それではお見せしましょう。御子になさいますか」と言うと、「たいそうよかろう。そうしよう、ぜひ」と言うので、私もとても見たかったので呼び出した。聞いていた年齢よりもたいそう小さく、たわいなく幼げである。近く呼び寄せて「立ってごらん」と言って立たせると、背丈は四尺ほどで、髪は抜け落ちたのだろうか、裾がそいだような感じで、背丈に四寸ほど足りない。たいそうかわいらしくて、頭の形も愛らしく、姿もたいそう上品である。(あの人が)見て、「ああ、たいそうかわいらしいようだ。誰の子だ。さあ言え言え」と言うので、恥ずかしいことでもないようなので、ままよ明かしてしまおうと思って、「それなら、かわいいとご覧になりますか。申し上げましょう」と言うと、ますます責められる。「まあうるさい、あなたの子ですよ」と言うと、驚いて、「どうした、どうした、どの子だ」と言うけれど、すぐには言わないでいると、「もしや、あの所にいると聞いていた(子)か」と言うので、「そのようです」と言うと、「たいそうたいへんなことだ。今はもう落ちぶれて行方知れずになっただろうと思っていた。こんなになるまで見なかったとは」と言って泣いてしまわれた。この子もどう思ったのか、うつぶして泣いている。見る人もしみじみとして、昔物語のようなので、皆泣いた。単衣の袖を何度も引き出しては泣かれるので、たいそう唐突なことでもある。「ここにはもう来まいと思う所に、(この子が)いらしたとは。私が連れて行こう」などと、冗談を言いながら、夜更けまで泣いたり笑ったりして皆寝た。翌朝、帰ろうとして(少女を)呼び出して、「たいそうかわいかった。すぐに連れて行こう。車を寄せたらさっと乗れよ」と、笑ってお出かけになった。

意訳

〔少女の母〕少女の異母兄の法師が、志賀の麓の母のもとへ養女の話を伝えに行く。母は泣きに泣き、「私はもう最期と思う身、こんな所で娘を連れているのはつらい。あなたが決めて」と承諾する。作者は母に丁重な手紙を送り、母からも快い返事が届く。手紙には兼家との昔のいきさつも書かれていた。

〔迎えの日〕二月十九日、道綱が網代車で少女を迎えに行く。ところがその日、兼家から便りがあり、鉢合わせを避けようとしたかいもなく、兼家が先に来てしまった。

〔父と娘の対面〕作者は「人の捨てた子を拾ったのです」と言って少女を見せる。兼家は「私を見限って若い者を探したのか」と冗談を言うが、少女のかわいらしさに「誰の子だ、言え」と責める。「あなたの子ですよ」と明かすと、兼家は「落ちぶれて行方知れずになったと思っていた」と泣き、少女もうつぶして泣く。侍女たちも「昔物語のよう」と涙を流す。日記の中でもとりわけ劇的な場面である。

語釈・文法注

文法

「かしたにまほりて」
底本どおりで意味がとりにくい。
「ふりはへたる」
わざわざやって来た。
「思へどていかゞはせむとてつるを」
底本どおり。注記に異文がある。
「いかゞはせて」
底本どおり。注記に「てかく書く」などの異文があり、「いかがはせむとて(書く)」と解する。
「筆のたちどて知られねば」
底本どおり。注記に「も」の異文がある。筆の立ち所もわからないので。
「末に出し立てけり」
底本どおり。注記に「京」の異文があり、「京に出し立てけり」と解する。
「さきだゝれにたれば」
(兼家に)先を越されてしまったので。
「かんだてし給へる」
底本どおり。「勘当し給へる」(見限った)の意に解する。
「れもとういぶかしさに」
底本どおり。注記に「我」の異文があり、「我もとういぶかしさに」と解する。
「あなかましつらにかし」
底本どおり。注記に異文がある。まあうるさい、あなたの子ですよ、の意に解する。
「はふれうせにけむ」
落ちぶれて行方知れずになったのだろう。
「うちつけにもあり」
唐突なことでもある。

解説

天禄三年(972)二月十九日、作者は兼家と源兼忠の娘との間に生まれた少女を養女に迎えた。少女は十二、三歳で、志賀の麓で母と心細く暮らしていた。

兼家が少女を自分の娘と知って泣く場面は、日記の中でも特に劇的である。兼家にとって、忘れかけていた娘との思いがけない対面であった。兼家の涙には、作者への見方を改める気持ちも含まれていたかもしれない。

養女を迎えたことで、作者の家には新しい家族が加わった。下巻では、この養女の成長と、のちに持ち上がる縁談の話が、大きな筋の一つとなる。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、120–122頁(コマ63–64)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日