古典ライブラリー

蜻蛉日記 下巻 第39章

夢解きと養女の話

天禄三年二月、くつろいでいたところに兼家がふいに訪れ、作者はきまりの悪い思いをする。石山の法師から「月と日を受ける」吉夢を告げられ、夢解きに問うと「天下を思いのままにする人が出る」と言われる。作者は将来を案じ、身分の卑しくない女の子を養女に迎えようと思い立つ。兼家がかつて通った源兼忠の娘が産んだ女の子が、志賀の麓で暮らしていると聞く。

  1. 1うちうちうち解と解ととけけけたるたるたる事こと事ことこと多おほ多おほおおくくくてててあるあるある所ところ所ところところににに、、、午むま午むまうまののの時とき時ときときばかりばかりばかりににに「「「おはしますおはしますおわしますおはしますおはしますおわします」」」とととのゝしるのゝしるののしる。。。いといといとあわたゞしきあわたゞしきあわただしき心ここ心ここここちちちするするするににに、、、這は這ははひひい入い入いいりりりたれたれたればばば、、、怪あや怪あやあやしくしくしくわれわれわれかかかひとりひとりひとりにににもももあらあらあらぬぬぬにににててて向むか向むかむかひひいゐゐいれれればばば、、、心ここ心ここここちちちもももにににらららなりなりなり。。。しばししばししばしありありありててて臺だい臺だいだいなどなどなど參まゐ參まゐまいりりりたれたれたればばば少すこ少すこすこしししくひくひくいなどなどなどしししててて、、、日ひ日ひひ暮く暮くくれれれぬぬぬととと見み見みみゆるゆるゆる程ほど程ほどほどににに、、、明日あす明日あすあす春かす春かすかす日が日ががののの祭まつり祭まつりまつりなれなれなればばばみてぐらみてぐらみてぐら出いだ出いだいだししし立た立たたつつつべかりべかりべかりけれけれければばばなどなどなどてててうるはしううるはしううるわしゅうひれひれひれさうぞきさうぞきそうぞき、、、ごぜんごぜんごぜんあまたあまたあまた引ひ引ひひきききつれつれつれ、、、おどろおどろしうおどろおどろしうおどろおどろしゅう追お追おおひひい散ちら散ちらちらしししてててらるらるらる。。。即すなは即すなはすなわちちちこれこれこれかれかれかれさしさしさし集あつま集あつまあつまりりりててて、、、いといといとあやしうあやしうあやしゅううちうちうち解と解ととけけけたりたりたりつるつるつる程ほど程ほどほどににに、、、「「「いかにいかにいかに御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじつつつらむらむらん」」」などなどなど、、、口くち口くちくち々ぐち々ぐちぐちいとほしげいとほしげいとおしげなるなるなることことことをををいふいふいうににに、、、ましてましてまして見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしきしきしき事こと事ことこと多おほ多おほおおかりかりかりつるつるつるととと思おも思おもおもふふう心ここ心ここここちちちだにだにだに、、、身み身みみにににうじうじうじはてはてはてられられられぬるぬるぬるととと覺おぼ覺おぼおぼえええけるけるける。。。いかなるいかなるいかなるにににかかかありありありけむけむけん、、、このこのこのごろごろごろののの日ひ日ひひ、、、照て照ててりりりみみみ曇くも曇くもくもりりりみみみ、、、いといといと春はる春はるはる寒さ寒ささむるむるむる年とし年としとしとととおぼえおぼえおぼえたりたりたり。。。よるよるよるははは月つき月つきつきあかしあかしあかし。。。十二日じふににち十二日じふににちじゅうににち雪ゆき雪ゆきゆきこちこちこちかぜかぜかぜにににたぐひたぐひたぐいててて、、、散ち散ちちりりりまがふまがふまがう。。。午むま午むまうま時どき時どきどきばかりばかりばかりよりよりより雨あめ雨あめあめににになりなりなりててて靜しづか靜しづかしずかににに降ふ降ふふりりり暮くら暮くらくらすすすまゝまゝまま、、、從したが從したがしたがひひいててて世よ世よよののの中なか中なかなか哀あはれ哀あはれあわれげげげなりなりなり。。。今日けふ今日けふきょうまでまでまで音おと音おとおとなきなきなき人ひと人ひとひとももも、、、思おも思おもおもひひいしししにににたがはたがはたがわぬぬぬ心ここ心ここここちちちするするするををを、、、今日けふ今日けふきょうよりよりより四日よか四日よかよかかかかののの物もの物ものもの忌いみ忌いみいみにににやややあらあらあらむむんととと思おも思おもおもふふうにににぞぞぞ少すこ少すこすこしししのどめのどめのどめたるたるたる。。。十七日じふしちにち十七日じふしちにちじゅうしちにち雨あめ雨あめあめのどやかのどやかのどやかににに降ふ降ふふるるるににに、、、方かた方かたかたふたがりふたがりふたがりたりたりたりととと思おも思おもおもふふう事こと事ことこともももありありあり。。。世よ世よよののの中なか中なかなか哀あはれ哀あはれあわれににに心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆる程ほど程ほどほどににに石いし石いしいし山やま山やまやまにににをとゝしをとゝしおととし詣まう詣まうもうでででたりたりたりしししににに、、、心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそかりかりかりししし夜よ夜よよななな夜よ夜よよななな、、、陀だ陀だだ羅ら羅らら尼に尼ににいといといと尊たふと尊たふととうとううう讀よ讀よよみみみつゝつゝつつ、、、らいだうらいだうらいどうにににたゝずむたゝずむたたずむ法ほふ法ほふほう師し師ししありありありききき。。。問と問ととひひいしかしかしかばばば「「「こぞこぞこぞからからから山やま山やまやま籠ごも籠ごもごもりりりしししててて侍はべ侍はべはべるるるなりなりなり。。。糓こく糓こくこく斷だち斷だちだちなりなりなり」」」などなどなどいひいひいいしかしかしかばばば「「「さらさらさらばばば祈いのり祈いのりいのりせよせよせよ」」」ととと語かた語かたかたらひらひらいししし法ほふ法ほふほう師し師ししのののもともともとよりよりよりいひいひいいおこせおこせおこせたるたるたるやうやうよう「「「いぬるいぬるいぬる五日いつか五日いつかいつかののの夜よ夜よよののの夢ゆめ夢ゆめゆめににに、、、御おほん御おほんおおんににに手て手ててににに、、、月つき月つきつきととと日ひ日ひひとととををを受う受ううけけけ給たま給たまたまひひいててて、、、月つき月つきつきをををばばば足あし足あしあしののの下した下したしたににに踏ふ踏ふふみみみ、、、日ひ日ひひをををばばば胸むね胸むねむねにににあてあてあてゝゝて抱いだ抱いだいだききき給たま給たまたまふふうとととなむなむなん見み見みみててて侍はべ侍はべはべるるる。。。これこれこれ夢ゆめ夢ゆめゆめときときときににに問と問ととはははせせせ給たま給たまたまへへえ」」」ととといひいひいいたりたりたり。。。いといといとうたてうたてうたておどろおどろしおどろおどろしおどろおどろしとととおもふおもふおもうににに、、、疑うたがひ疑うたがひうたがいそひそひそいてててをこをこおこなるなるなる心ここ心ここここちちちすれすれすれははは、、、人ひと人ひとひとにににももも解と解ととかかかせせせぬぬぬ時とき時ときときしもしもしもあれあれあれ、、、夢ゆめ夢ゆめゆめあはするあはするあわするものものもの來き來ききたるたるたるににに、、、異こと異ことこと人びと人びとびとののの上うへ上うへうえにににててて問と問ととはははすれすれすればばば、、、「「「うへうへうえもももなくなくなくいかなるいかなるいかなる人ひと人ひとひとののの見み見みみたるたるたるぞぞぞ」」」ととと驚おどろ驚おどろおどろきききててて「「「みかどみかどみかどををを我わ我わわがががまゝまゝままにににおぼしきおぼしきおぼしきさまさまさまののの政まつりごと政まつりごとまつりごとせせせむむんものものものぞぞぞ」」」とととぞぞぞいふいふいう。。。「「「されされさればばばよよよ。。。これこれこれががが空そら空そらそらあはせあはせあわせにににはははあらあらあらずずず。。。いひいひいいおこせおこせおこせたるたるたる僧そう僧そうそうののの疑うたがは疑うたがはうたがわしきしきしきなりなりなり。。。あなあなあなかまかまかま、、、いといといとにげにげにげなしなしなし」」」とてとてとて止や止ややみみみぬぬぬ。。。又また又またまたあるあるあるものものものゝゝのいふいふいう、、、「「「このこのこの殿との殿とのとののののみかどみかどみかどををを、、、四よ四よよつつつ足あし足あしあしににになすなすなすをををこそこそこそ見み見みみしかしかしか」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「これこれこれははは大だい大だいだい臣じん臣じんじん公く公くく卿ぎやう卿ぎやうぎょういでいでいでききき給たま給たまたまふふうべきべきべき夢ゆめ夢ゆめゆめなりなりなり。。。かくかくかく申まう申まうもうせせせばばば男をとこ男をとこおとこ君ぎみ君ぎみぎみののの大だい大だいだい臣じん臣じんじん近ちか近ちかちかくくくものものものししし給たま給たまたまふふうををを申まう申まうもうすすすとととぞぞぞおぼすおぼすおぼすらむらむらん。。。さささにににはははあらあらあらずずず。。。公きん公きんきん達だち達だちだち御おほん御おほんおおん行ゆ行ゆゆくくく先さき先さきさきののの事こと事ことことなりなりなり」」」とととぞぞぞいふいふいう。。。又また又またまたみづからみづからみずからのののをとゝひをとゝひおとといのののよよよ見み見みみたるたるたる夢ゆめ夢ゆめゆめ、、、右みぎ右みぎみぎののの方かた方かたかたののの足あし足あしあしののの裏うら裏うらうらににに、、、男をとこ男をとこおとこかかかとくとくとくいふいふいう文も文もも字じ字じじををを、、、ふとふとふと書か書かかきききてててつくれつくれつくればばば、、、驚おどろ驚おどろおどろきききててて引ひ引ひひききき入い入いいるるるととと見み見みみしししををを問と問ととへへへばばば、、、「「「このこのこの頃ころ頃ころころののの同おな同おなおなじじじ事こと事ことことののの見み見みみゆるゆるゆるなりなりなり」」」ととといふいふいう。。。これこれこれもももをこをこおこなるなるなるべきべきべきことことことなれなれなればばば、、、物もの物ものものぐるほしぐるほしぐるおしととと思おも思おもおもへへえどどど、、、さらさらさらぬぬぬ御み御みみぞうぞうぞうにににはははあらあらあらぬぬぬ我わ我わわががが一ひと一ひとひと人り人りりもたるもたるもたる人ひと人ひとひとももも覺おぼ覺おぼおぼえええぬぬぬさいはひさいはひさいわいもももやややとととぞぞぞ心こころ心こころこころののの中うち中うちうちににに思おも思おもおもふふう。。。
  2. 2かくかくかくはははあれあれあれどどど唯ただ唯ただただ今いま今いまいまののの如ごと如ごとごとくくくにににてててははは行ゆ行ゆゆくくく末すゑ末すゑすえさへさへさへ心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそきききににに、、、唯ただ唯ただただ一ひと一ひとひと人り人りり男をとこ男をとこおとこにににてててあれあれあればばば、、、年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろもももこゝこゝここかしこかしこかしこににに詣まう詣まうもううでうでうでなどなどなどするするする所ところ所ところところにににはははいのいのいの事こと事ことことををを申まう申まうもうししし盡つく盡つくつくしししつれつれつればばば、、、今いま今いまいまはははましてましてまして難かた難かたかたかるかるかるべきべきべき年とし年としとしよはひよはひよわいににになりなりなり行ゆ行ゆゆくくくををを、、、いかでいかでいかで賤いや賤いやいやしからしからしからざらざらざらむむん人ひと人ひとひとののの、、、をんなをんなおんなごごご一ひと一ひとひと人り人りりとりとりとりてててうしろみうしろみうしろみもももせせせむむん、、、一ひと一ひとひと人り人りりあるあるある人ひと人ひとひとをををもももうちうちうち語かた語かたかたらひらひらいててて、、、我わ我わわががが命いのち命いのちいのちのののはてはてはてにににもももあらあらあらせせせむむんとととこのこのこの日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろ思おも思おもおもひひい立た立たたちちちててて、、、これこれこれかれかれかれにににもももいひいひいい合あ合ああはすれはすれわすればばば「「「殿との殿とのとのののの通かよ通かよかよははわせせせ給たま給たまたまひひいししし源げん源げんげん宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょう兼かね兼かねかねとととかかか聞きこ聞きこきこえええししし人ひと人ひとひとののの御おほん御おほんおおんむすめむすめむすめののの腹はら腹はらはらにににこそこそこそ、、、女をんな女をんなおんな君ぎみ君ぎみぎみいといといと美うつ美うつうつくしげくしげくしげにににてててものものものししし給たま給たまたまふふうなれなれなれ。。。同おな同おなおなじうじうじゅうはははそれそれそれをををやややははは、、、さやうさやうさようにににももも聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ給たま給たまたまははわぬぬぬ。。。今いま今いまいまははは志し志しし賀が賀ががののの麓ふもと麓ふもとふもとににになむなむなんかのかのかのせうとせうとしょうとののの禪ぜん禪ぜんぜん師じ師じじののの君きみ君きみきみととといふいふいうににに就つ就つつきききてててものものものしししたまふたまふたまうなるなるなる」」」などなどなどいふいふいう人ひと人ひとひとあるあるあるときときときににに、、、「「「そよそよそよやややさるさるさることことことありありありきききかしかしかし。。。故こ故ここ陽やう陽やうよう成ぜい成ぜいぜい院ゐん院ゐんいんののの御おほん御おほんおおんのちのちのちぞぞぞかしかしかし。。。宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうなくなくなくなりなりなりてててまだまだまだ服ぶく服ぶくぶくののの中うち中うちうちににに、、、例れい例れいれいのののさやうさやうさようののの事こと事ことこと聞き聞ききききき過す過すすぐさぐさぐされれれぬぬぬ心こころ心こころこころにににててて、、、なになになにくれくれくれとととありありありしししほどほどほどににに、、、さめりさめりさめりしししことことことぞぞぞ。。。人ひと人ひとひとはははまづまづまずそのそのその心こころ心こころこころばへばへばえにににててて、、、ことことことににに今いま今いまいまめかしうめかしうめかしゅうもももあらあらあらぬぬぬうちうちうちににに、、、齡よはひ齡よはひよわいなどなどなどもももおうおうおうよりよりよりにににたへたへたえけれけれければばば、、、女をんな女をんなおんなはははさらさらさらむむんともともとも思おも思おもおもははわずずずやややありありありけむけむけん。。。されどされどされど返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとなどなどなどすすすめりめりめりししし程ほど程ほどほどににに、、、みづからみづからみずからふたゝびふたゝびふたたびばかりばかりばかりなどなどなどものものものしししててて、、、いかでいかでいかでにににかかかあらあらあらむむん、、、ひとへひとへひとえぎぬぎぬぎぬののの限かぎり限かぎりかぎりなむなむなん取と取ととりりりてててものものものしししたりたりたりししし。。。ことことことどもどもどもなどなどなどもももありありありしかしかしかどどど忘わす忘わすわすれれれにににけりけりけり。。。さてさてさていかゞいかゞいかがありありありけむけむけん、、、
  3. 3關せき關せきせき越こ越ここえええててて旅たび旅たびたび寐ね寐ねねなりなりなりつるつるつるくさくさくさまくらまくらまくらかりそめかりそめかりそめにににはははたたたおもほえおもほえおもおえぬぬぬかなかなかな、、、
  4. 4とととかかか、、、いひいひいいやりやりやり給たま給たまたまははわめりめりめりししし。。。猶なほ猶なほなおもももありありありしかしかしかばばば返かへ返かへかえりりり、、、ことごとしうことごとしうことごとしゅうもももあらあらあらざりざりざりききき。。。
  5. 5おぼつかなおぼつかなおぼつかな我われ我われわれにににもももあらあらあらぬぬぬ草くさ草くさくさまくらまくらまくらまだまだまだこそこそこそ知し知ししらららねねねかゝるかゝるかかる旅たび旅たびたび寐ね寐ねねははは、、、
  6. 6とととぞぞぞありありありしししををを、、、度たび度たびたび重かさな重かさなかさなりりりたるたるたるぞぞぞあやしきあやしきあやしきなどなどなど諸もろ諸もろもろ共とも共ともともにににとととぞぞぞ笑わら笑わらわらひひいてててききき。。。後のち後のちのち々のち々のちのちしるきしるきしるき事こと事ことこともももなくなくなくてててやややありありありけむけむけん、、、いかなるいかなるいかなるかへりかへりかえりごとごとごとにににかかか、、、かくかくかくあああめりめりめりききき、、、
  7. 7置お置おおききき添そ添そそふるふるうる露つゆ露つゆつゆににに夜よ夜よよななな夜よ夜よよななな濡ぬ濡ぬぬれれれこしこしこしははは思おも思おもおもひひいのののなかなかなかにににかわくかわくかわくそでそでそでかはかはかは、、、
  8. 8などなどなどあああめりめりめりししし程ほど程ほどほどににに、、、ましてましてましてはかなうはかなうはかのうなりなりなりはてはてはてにににしししををを、、、後のち後のちのちににに聞き聞きききききしかしかしかばばばありありありししし所ところ所ところところににに女をんな女をんなおんな子ご子ごご生う生ううみみみたなりたなりたなり。。。さささぞぞぞ」」」とととなむなむなんいふいふいうなるなるなる。。。さささもももあらあらあらむむん、、、「「「こゝこゝここににに取と取ととりりりてててやややははは置お置おおきききたらたらたらぬぬぬなどなどなどののの給たま給たまたまひひいしししそれそれそれなななゝりゝりなり。。。させさせさせむむんかしかしかし」」」などなどなどいひいひいいなりなりなりててて、、、便たよ便たよたよりりりををを尋たづ尋たづたずねねねててて聞き聞ききけけけばばば、、、このこのこの人ひと人ひとひとももも知し知ししらららぬぬぬ。。。幼をさな幼をさなおさなききき人ひと人ひとひとははは十二三じふにさむ十二三じふにさむじゅうにさんののの程ほど程ほどほどににになりなりなりにににけりけりけり。。。唯ただ唯ただただそれそれそれ一ひと一ひとひと人り人りりををを身み身みみにににかへかへかへてててなむなむなん、、、かのかのかの志し志しし賀が賀ががのののひんがしひんがしひんがしののの麓ふもと麓ふもとふもとにににててて、、、海うみ海うみうみををを前まへ前まへまえににに見み見みみ、、、志し志しし賀が賀ががののの山やま山やまやまをををしりへしりへしりえににに見み見みみたるたるたる所ところ所ところところののの、、、いふいふいう方かた方かたかたなうなうのう心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそげげげなるなるなるににに、、、明あか明あかあかししし暮くら暮くらくらしししてててあああなるなるなるととと聞き聞きききききててて、、、身み身みみをををつめつめつめばばば、、、難なに難なになに波は波ははのののことことことををを、、、さるさるさるすまひすまひすまいにににててて、、、思おも思おもおもひひい殘のこ殘のこのこししし、、、いひいひいい殘のこ殘のこのこすすすらむらむらんとととまづまづまず思おも思おもおもひひいやりやりやりけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

くつろいだ様子でいた所に、午の刻ごろ、「おいでになります、おいでになります」と騒ぐ。たいそう慌ただしい気持ちがしていると、(あの人が)這い入ってきたので、妙に、自分が自分でないような思いで向かい合っていると、気持ちも……である。しばらくして、食膳などを差し上げると、少し食べたりして、日が暮れたと見える頃に、「明日は春日の祭なので、幣を出し立てなければならない」などと言って、きちんと装束を整え、御前(先払い)を大勢引き連れて、大げさに先払いをしてお帰りになる。すぐに侍女たちが集まって、「ひどくくつろいでいらしたところを、どうご覧になったでしょう」などと、口々に気の毒そうなことを言うので、まして見苦しいことが多かったと思う気持ちでも、身にしみてうんざりされてしまったと思われた。どうしたことだろうか、この頃の日は、照ったり曇ったりして、たいそう春の寒い年だと思われた。夜は月が明るい。十二日、雪が東風にまじって散り乱れる。午の刻ごろから雨になって、静かに一日降り続くにつれて、世の中がしみじみとしている。今日まで便りのない人も、思っていたとおりの気がするが、今日から四日はあの物忌みだろうかと思うと、少し心が落ち着いた。十七日、雨がのどかに降るが、(こちらの)方角がふさがっていると思うこともある。世の中がしみじみと心細く思われる時に、一昨年石山に参詣した時、心細かった夜々に、陀羅尼をたいそう尊く読みながら、礼堂にたたずんでいた法師がいた。尋ねたところ、「去年から山籠りしております。穀断ちをしております」などと言ったので、「それなら祈ってください」と頼んでおいた法師のもとから言ってきたことには、「去る五日の夜の夢に、あなた様が御手に月と日とをお受けになって、月を足の下に踏み、日を胸に当ててお抱きになると見ました。これを夢解きにお尋ねなさいませ」と言ってきた。たいそういやに大げさだと思うにつけ、疑わしさも加わって、ばかばかしい気持ちがするので、人にも解かせないでいたが、折しも夢合わせをする者が来たので、他人の夢ということにして尋ねさせると、「この上もない。どなたが見た夢か」と驚いて、「朝廷を思いのままにして、思いどおりの政治をするにちがいない人だ」と言う。「やっぱり。これは夢解きが空合わせをしたのではない。言ってきた僧が疑わしいのだ。ああ黙って、まったく似つかわしくない」と言ってやめにした。また、ある者が言うには、「この殿の門を、四足門にするのを夢に見ました」と言うと、(夢解きは)「これは大臣公卿がお出になるはずの夢です。こう申し上げると、殿が大臣に近くていらっしゃることを申していると思われるでしょう。そうではありません。若君の御行く末のことです」と言う。また、私自身が一昨日の夜に見た夢、右の足の裏に、男が「かど」という文字をさっと書きつけたので、驚いて足を引き入れたと見たのを尋ねると、「この頃(の吉夢)と同じことが見えるのです」と言う。これもばかばかしいことなので、ばかげていると思うけれど、ほかでもない、私の一人持っている子(道綱)にも、思いがけない幸運があるのではないかと心の中で思う。

そうはいっても、今のようでは行く末までも心細いのに、ただ一人の男の子なので、長年あちこちに参詣などする所では、そのこと(娘がほしいこと)を申し尽くしてきたけれど、今はいっそう(子を産むのは)難しい年齢になっていくので、何とかして身分の卑しくない人の女の子を一人引き取って世話もしよう、一人いる子(道綱)とも話し合わせて、私の命の終わりまでいさせようと、ここ数日思い立って、あの人この人に相談すると、「殿がお通いになった源宰相兼忠とか申し上げた人の御娘の腹に、女君がたいそうかわいらしくていらっしゃるそうです。同じことなら、その方をどうして、そのようにお申し入れなさらないのですか。今は志賀の麓に、あの(娘の)兄の禅師の君という方について暮らしていらっしゃるそうです」などと言う人がいた時に、「そうそう、そういうことがあったわ。故陽成院のご子孫だったのよ。宰相が亡くなって、まだ喪中のうちに、例によってそういうこと(女のこと)を聞き過ごせない性分で、何やかやとあったうちに、そうなったことなのよ。あの人はもともとそういう気性で、特に当世風でもなかったうちに、年齢なども(女より)ずっと上だったので、女の方はそうなろうとも思わなかったのでしょうか。それでも返事などはしていたようで、(あの人は)自分で二度ほど出かけて、どうしたものか、単衣だけを取って帰ってきたことがあったわ。いろいろあったけれど忘れてしまった。さて、どうだったか、

関を越えて旅寝をした草枕、仮初めのこととは思われないことだ、

とか、言いやりなさったようだったわ。それでもなおあったので、返事は、たいしたこともなかった。

はっきりしないことです。我にもあらぬ草枕、まだ知りません、こんな旅寝は、

とあったのを、度重なったのが妙だなどと、一緒に笑ったことだった。その後、はっきりしたこともなかったのだろうか、どんな返事だったか、こうあったようだ、

置き添える露に夜ごと濡れてきたのは、(あなたの)思いの火の中で乾く袖でしょうか、

などとあったうちに、ましてはかなくなってしまったのを、後に聞いたところでは、あの所に女の子が生まれたそうよ。そうよ」と言うようだ。そうなのだろう。「(あの人が)ここに引き取って置いてはどうかなどとおっしゃったのが、その子なのでしょう。そうしましょう」などと話がまとまって、つてを求めて尋ねると、この人(禅師)も知らない。幼い人は十二、三歳ほどになったという。ただその子一人をわが身に代えて、あの志賀の東の麓で、海(湖)を前に見て、志賀の山を後ろに見る所の、言いようもなく心細そうな所で、明かし暮らしているそうだと聞いて、わが身をつねってみるにつけても、何もかも、そんな住まいで思い残し、言い残しているだろうと、まず思いやった。

意訳

〔吉夢〕石山の法師から、「月と日を手に受け、月を足に踏み、日を胸に抱く」という夢を見たと知らせがある。夢解きに問うと「天下を思いのままにする人が出る」と言われ、作者は大げさだと思いながらも、道綱に思いがけない幸運があるのではと心ひそかに思う。

〔養女を思い立つ〕自分ももう子を産む年齢ではない。作者は身分の卑しくない女の子を養女に迎え、道綱とともに自分の老後の頼りにしようと思い立つ。

〔兼家の昔の恋〕侍女の一人が、兼家がかつて源兼忠の娘のもとに通い、女の子が生まれたことを思い出させる。作者は、兼家とその女との歌のやりとりまで覚えていて、侍女と笑い合った昔を語る。その女の子は十二、三歳になり、志賀の麓で母とともに心細く暮らしているという。かつての嫉妬の相手の子を、作者は養女に迎えようとするのである。

語釈・文法注

源宰相兼忠
源兼忠(902〜958)。陽成天皇の孫。参議。兼家はその娘のもとに通い、女の子をもうけた。

文法

「心ちもにらなり」
底本どおり。注記に異文があり、意味がとりにくい。
「ひれさうぞき」
底本どおり。注記に異文がある。装束を整えて、の意に解する。
「追ひ散してらる」
底本の注記に「出で」の脱字かとあり、「追ひ散らして出でらる」と解する。
「うじはてられぬる」
底本どおり。「倦じ果てられぬる」(すっかり嫌気がさされた)と解する。
「らいだう」
礼堂。本堂の前の、礼拝のための堂。
「糓斷」
穀断ち。穀物を断つ修行。
「御に手に」
底本の注記に「は」の異文があり、「御手に」と解する。
「夢とき」「夢あはするもの」
夢解き。夢の吉凶を判断する者。
「空あはせ」
いいかげんな夢合わせ。
「四つ足になす」
四足門にする。四足門は大臣家の門の形式。
「男かとくいふ文字」
底本の注記に「が」とあり、「かど(門)といふ文字」と解する。
「さらぬ御ぞうにはあらぬ我が一人もたる人」
底本どおりで意味がとりにくい。ほかでもない、私の一人持っている子(道綱)、の意に解する。
「いの事」
底本どおり。注記に異文がある。そのこと(娘を得たいこと)、の意に解する。
「難波のことを」
「何は(なには)のことを」。何もかも。

和歌

關越えて旅寐なりつるくさまくらかりそめにはたおもほえぬかな

詠者
藤原兼家
状況
昔、源兼忠の娘のもとに通った兼家が贈った歌として、侍女が思い出して語る。

修辞

縁語
「関」「旅寝」「草枕」と旅の縁語でつなぎ、一夜の契りを仮初めとは思わないと詠む。

おぼつかな我にもあらぬ草まくらまだこそ知らねかゝる旅寐は

詠者
源兼忠の娘
状況
兼家の歌への返歌。

修辞

縁語
兼家の「草枕」「旅寝」を受け、そんな旅寝はまだ知らないとそっけなく返す。

解説

天禄三年(972)二月、作者は養女を迎えることを思い立った。作者には道綱一人しか子がなく、娘をもつことは、当時の貴族の家にとって、入内や良縁による家の繁栄につながる大切なことであった。

養女の候補として挙がったのは、かつて兼家が通った源兼忠の娘の子であった。作者はその頃のことをよく覚えていて、兼家と女との歌を侍女と笑い合ったことまで語る。かつての嫉妬の相手の娘を引き取ろうとするところに、作者の心境の変化がうかがえる。

石山の法師の吉夢や夢解きの記事は、当時の人々が夢を重んじていたことを示している。作者は半信半疑ながらも、道綱の将来に期待を寄せている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、117–120頁(コマ61–63)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日