蜻蛉日記 下巻 第38章
下巻の始まりと大納言昇進
天禄三年(972)、下巻は穏やかな心で始まる。正月、道綱を参賀に送り出し、兼家の家の男たちと女房たちが桶の蓋を詠み交わす。兼家は大納言に昇進するが、作者は喜ぶ気にもなれない。それでも二月、兼家はふいに訪れて一夜を過ごし、朝ゆっくりと身支度をして帰っていく。
- 1かくかくかくててて又又また明明あけけけぬれぬれぬればばば、、、天天てん祿祿ろく三年三年さんねんにににいふいふいうめりめりめり。。。今年今年ことしももも、、、憂憂うきききもももつらきつらきつらきももも共共ともににに心心ここちちち晴晴はれれれててておぼえおぼえおぼえなどなどなどしししててて、、、大大たい夫夫ふさうぞかさうぞかそうぞかせせせててて出出いだししし立立たつつつ。。。おりおりおりはしりはしりはしりてててやがてやがてやがて拜拜はいするするするををを見見みれれればばば、、、いといといとゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう覺覺おぼえええててて淚淚なみだぐましぐましぐまし。。。行行おこなひひいもももせせせばばばやややととと思思おもふふう今宵今宵こよいよりよりよりふざうふざうふぞうなるなるなる事事ことあるあるあるべしべしべし。。。これこれこれ人人ひと忌忌いむむむととといふいふいう事事ことなるなるなるををを、、、又又またいかなるいかなるいかなるとてとてとてにににかかかととと心心こころ一一ひとつつつににに思思おもふふう。。。今年今年ことしははは天天てん下下かににににくきにくきにくき人人ひとありありありともともとも思思おもひひいなほなほなおらららじじじなどなどなどしめりしめりしめりててて思思おもへへえばばばいといといと心心こころ安安やすししし。。。三日三日みつかははは帝帝みかどののの御御おおんかうぶりかうぶりこうぶりとてとてとて世世よははは騷騷さわぐぐぐ。。。白馬白馬あおうまやややなどなどなどいへいへいえどもどもども心心ここちちちすさまじうすさまじうすさまじゅうててて七日七日なのかももも過過すぎぎぎぬぬぬ。。。八日八日ようかばかりばかりばかりににに見見みえええたるたるたる人人ひと、、、「「「いみじういみじういみじゅう節節せち會會えがちがちがちなるなるなる頃頃ころにににててて」」」などなどなどありありあり。。。つとめてつとめてつとめて歸歸かえるるるににに、、、しばししばししばし立立たちちちとまりとまりとまりたるたるたる、、、をのこをのこおのこどもどもどものののなかなかなかよりよりより、、、かくかくかく書書かきききつけつけつけててて、、、女房女房にょうぼうののの中中なかににに入入いれれれたりたりたり、、、
- 2「「「しもつけしもつけしもつけややや桶桶おけのののふたくふたくふたくをををあぢきなきあぢきなきあじきなきかげかげかげもももうかばうかばうかばぬぬぬ鏡鏡かがみとととぞぞぞ見見みるるる」」」。。。
- 3そのそのそのふたふたふたににに、、、酒酒さけくだものくだものくだものととと入入いれれれててて出出いだすすす。。。土土かわ器器らけににに女房女房にょうぼう、、、
- 4「「「さしさしさし出出いでででたるたるたるふたくふたくふたくををを見見みれれればばば身身みををを捨捨すてゝてゝててこのこのこのむむんははは玉玉たまのののこここぬぬぬととと定定さだめめめつつつ」」」。。。
- 5かくかくかくてててなかなかなかなかなかなかなるなるなる身身みのののひまひまひまなきなきなきにににつゝみつゝみつつみててて、、、世世よののの人人ひと々々びとのののさりさりさりててて行行おこなひひいもももせせせででで二二ふた七七なぬ日日かははは過過すぎぎぎぬぬぬ。。。十四日十四日じゅうよっかばかりばかりばかりににに、、、「「「古古ふるきききうへうへうえのののきぬきぬきぬ、、、これこれこれいといといとようようようしししててて」」」などなどなどいひいひいいてててありありあり。。。「「「着着きるるるべきべきべき日日ひははは」」」などなどなどあれあれあれどどど、、、いそぎいそぎいそぎももも思思おもははわででであるあるあるににに、、、使使つかいのののつとめてつとめてつとめて「「「おそおそおそかしかしかし」」」とととあるあるあるににに、、、
- 6「「「久久ひさしししとととはははおぼつかなしおぼつかなしおぼつかなしやややからからからごろもごろもごろもうちうちうち着着きてててなれなれなれむむんさてさてさて贈贈おくらららせよせよせよ」」」
- 7とととあるあるあるににに、、、違違たがひひいてててこれこれこれよりよりより文文ふみもももなくなくなくてててものものものしししたれたれたればばば、、、「「「これこれこれからからからよろしかよろしかよろしかめりめりめり。。。きききをををならならならぬぬぬがががわろさわろさわろさ」」」とととよよよりりりありありあり。。。ねたさねたさねたさにににかくかくかくものものものしししけりけりけり、、、
- 8「「「わびわびわびててて又又またとくとくとくととと騷騷さわげげげどどどかひかひかいなくなくなくててて程程ほど經經ふるるる物物ものはははかくかくかくこそこそこそありありありけれけれけれ」」」こそこそこそのののしししつつつ。。。それそれそれよりよりより後後のち「「「つかさつかさつかさめしめしめしにににててて」」」などなどなどゝゝとててて音音おとなしなしなし。。。今日今日きょうははは二十三日二十三日にじゅうさんにち、、、まだまだまだ格格こう子子しははは上上あげげげぬぬぬ程程ほどににに、、、或或ある人人ひと起起おきききはしはしはしにににててて妻妻つま戶戶どをををおしおしおし明明あけけけててて「「「雪雪ゆきこそこそこそ降降ふりりりたりたりたりけれけれけれ」」」ととといふいふいう程程ほどににに、、、鶯鶯うぐいすののの初初はつ聲聲こえたりたりたりどどど今年今年ことしもももまいてまいてまいて心心ここちちちももも老老おいいいずずず。。。きてきてきて例例れいのののかひかひかいなきなきなき一一ひとつつつごとごとごとももも覺覺おぼえええざりざりざりけりけりけり。。。つかさつかさつかさめしめしめし二十五日二十五日にじゅうごにちににに大大だい納納な言言ごんににになどなどなどのゝしれのゝしれののしれどどど、、、我我わががが爲爲ためはははましてましてまして、、、所所ところせきせきせきにににこそこそこそあらあらあらめめめととと思思おもへへえばばば御御おおんよろしびよろしびよろしびなどなどなどおこするおこするおこする人人ひとももも、、、かへりかへりかえりてててははは哢哢ろうずるずるずる心心ここちちちしししてててゆめゆめゆめ嬉嬉うれしからしからしからずずず。。。大大たい夫夫ふばかりばかりばかりぞぞぞえええもももいはいはいわずずずしたしたしたにににははは思思おもふふうべかべかべかめるめるめる。。。又又またののの日日ひばかりばかりばかり「「「などなどなどかかかいかにいかにいかにととといふいふいうまじきまじきまじきよろこびよろこびよろこびのののかひかひかいなくなくなくなむなむなん」」」などなどなどありありあり。。。又又またつごもりつごもりつごもりののの日日ひばかりばかりばかりににに、、、「「「なになになに事事ことかかかあるあるある。。。騷騷さわがしうしうしゅうてててなむなむなん。。。などなどなどかかか音音おとをををだにだにだにつらしつらしつらし」」」などなどなど、、、果果はてはははいはいはいわむむん事事ことのののなきなきなきにににやややあらあらあらむむん、、、さかさまさかさまさかさまごとごとごとぞぞぞあるあるある。。。今日今日きょうもももみづからみづからみずからははは思思おもひひいかけかけかけられられられぬぬぬなめりなめりなめりととと思思おもへへえばばば、、、かへりかへりかえりごとごとごとににに「「「御御おまへまへまえまうしまうしもうしこそこそこそ御御おおんいとまいとまいとまひまひまひまなかなかなかべかべかべかめれめれめれどどどあいなけれあいなけれあいなけれ」」」とととばかりばかりばかり物物ものしししつつつ。。。
- 9かゝれかゝれかかれどどど今今いまはははものものものととともももおぼえおぼえおぼえずずずなりなりなりにににたれたれたればばば、、、なかなかなかなかなかなかいといといと心心こころ安安やすくくく、、、よるよるよるももも裏裏うらもももなうなうのう、、、うちうちうち臥臥ふしししててて寐寐ねたりたりたりたるたるたる程程ほどににに、、、かどかどかど叩叩たたくくくににに驚驚おどろきききかれかれかれててて怪怪あやしししととと思思おもふふう程程ほどににに、、、ふとふとふと明明あけけけてててけれるけれるけれる心心こころ々々ごころ騷騷さわがしくしくしく思思おもふふう程程ほどににに、、、妻妻つま戶戶ど口口ぐちににに立立たちちちててて「「「とくとくとくあけあけあけよよよややや」」」などなどなどあああなりなりなり。。。前前まえなりなりなりつるつるつる人人ひと々々びとももも、、、皆皆みなうちうちうち解解とけけけたれたれたればばば逃逃にげげげ隱隱かくれれれぬぬぬ。。。見見み苦苦ぐるしさしさしさにににゐざりゐざりいざりよりよりよりててて「「「やすらひやすらひやすらいにににだにだにだになくなくなくなりなりなりにににたれたれたればばば、、、いといといと難難かたしししややや」」」とてとてとてあくれあくれあくればばば、、、「「「さしさしさしでででのみのみのみ參參まいりりり來來くれれればばばにににやややあらあらあらむむん」」」とととありありあり。。。きときときとかかかありありあり月月つき方方かたににに松松まつ吹吹ふくくく風風かぜののの音音おといといといと荒荒あらくくく聞聞きこゆるゆるゆる。。。こゝらこゝらここら一一ひと人人り明明あかすすす夜夜よ、、、かゝるかゝるかかる音音おとのののせせせねねねばばばものゝものゝものの助助たすけにににこそこそこそありありありけれけれけれとととまでまでまでぞぞぞ聞聞きこゆるゆるゆる。。。明明あくれくれくればばば二月二月にがつにににもももなりなりなりぬぬぬめりめりめり。。。雨雨あめいといといと長長のど閑閑かににに降降ふるるるなりなりなり。。。格格こう子子しなどなどなどあけあけあけつれつれつれどどど、、、例例れいのののやうやうようににに心心こころあわたゞしからあわたゞしからあわただしからねねねばばば、、、雨雨あめのののするするするなめりなめりなめり。。。されどされどされどとまるとまるとまる方方かたははは、、、思思おもひひい懸懸かけけけられられられずずずとととばかりばかりばかりありありありててて、、、「「「をのこをのこおのこどもどもどもははは參參まいりりりにににたりたりたりややや」」」などなどなどいひいひいいててて起起おききき出出いでゝでゝでて、、、なよらかなよらかなよらかならならならぬぬぬ直直なお衣衣ししをれしをれしおれよいよいよい程程ほどなるなるなるかいねりかいねりかいねりののの袿袿うちきひとひとひとかさねかさねかさね、、、帶帶おびゆるらかゆるらかゆるらかにににてててあゆみあゆみあゆみ出出いづるづるずるににに、、、人人ひと々々びと御御おおん粥粥かゆなどなどなどてうじてうじちょうじててて侍侍はべるるるめれめれめれどどど、、、例例れい食食くははわぬぬぬものものものなれなれなればばば「「「何何なにかかかははは」」」などなどなど心心こころよげよげよげにににうちうちうちいひいひいいててて、、、太太た刀刀ちとくとくとくよよよとととあれあれあればばば、、、大大たい夫夫ふとりとりとりててて、、、すのこすのこすのこにににかたかたかたひざまづきひざまづきひざまずきてててゐゐいたりたりたり。。。のどかのどかのどかににに步步あゆみみみ出出いでゝでゝでて見見み廻廻まわしししててて、、、「「「前前せん栽栽ざいをををらうがはしくらうがはしくろうがわしく燒燒やきききためためためるるるかなかなかな」」」などなどなどありありあり。。。やがてやがてやがてそこそこそこもともともとにににあまあまあまかはかはかわはりはりはりたるたるたるをををさしさしさし寄寄よせせせ、、、をのこをのこおのこどもどもどもかるらかかるらかかるらかにににでもでもでもたげたげたげたれたれたればばば、、、這這はひひい乘乘のりりりぬぬぬめりめりめり。。。下下した簾簾すだれ引引ひきききつくろひつくろひつくろいててて、、、中中ちゅう門門もんよりよりより引引ひききき出出いでゝでゝでて、、、さきさきさきよいよいよい程程ほどににに追追おははわせせせてててあるあるあるももも、、、妬妬ねたげげげにににぞぞぞ聞聞きこゆるゆるゆる。。。日日ひ頃頃ごろいといといと風風かぜ早早はやしししとてとてとて、、、南南みなみ面面おもてののの格格こう子子しははは明明あけけけぬぬぬををを、、、今日今日きょうかうかうこうててて見見み出出いだしししててて、、、とととばかりばかりばかりあれあれあればばば、、、雨雨あめよいよいよい程程ほどにににのどやかのどやかのどやかににに降降ふりりりててて庭庭にはうちうちうち荒荒あれれれたるたるたるさまさまさまにににててて、、、朽朽くち葉葉ば所所ところ々々どころ靑靑あおみみみ渡渡わたりりりにににけりけりけり。。。哀哀あわれととと見見みえええたりたりたり。。。晝晝ひるつつつ方方かたかへしかへしかへしうちうちうち吹吹ふきききててて晴晴はるゝるゝるるがほがほがおののの空空そらはははしししたれたれたれどどど、、、心心ここちちちあやしうあやしうあやしゅう惱惱なやましうしうしゅうててて暮暮くれれれ果果はつるつるつるまでまでまでながめながめながめ暮暮くらしししつつつ。。。
- 10三日三日みつかににになりなりなりぬるぬるぬる夜夜よ、、、降降ふりりりけるけるける雪雪ゆき三四寸三四寸さんしすんばかりばかりばかりたまりたまりたまりててて今今いまももも降降ふるるる。。。すだれすだれすだれををを卷卷まきききててて眺眺ながむれむれむればばば「「「あれあれあれとかとかとかむむん」」」ととといふいふいう聲聲こえこゝこゝここかしこかしこかしこににに聞聞きこゆゆゆ。。。風風かぜさへさへさへ早早はやししし。。。世世よののの中中なかいといといと哀哀あわれなりなりなり。。。さてさてさて日日ひ晴晴はれれれなどなどなどしししててて八日八日ようかのののほどほどほどにににありきありきありきののの所所ところににに渡渡わたりりりたるたるたるははは、、、多多おおくくく若若わかききき人人ひとがちがちがちにににててて、、、箏箏そうののの琴琴こと、、、琵琵び琶琶わなどなどなど折折おりにににあひあひあいたるたるたる聲聲こえににに調調しらべべべなどなどなどしししててて、、、うちうちうち笑笑わらふふうことことことがちがちがちにににててて暮暮くれれれぬぬぬ。。。つとめてつとめてつとめてまらうどまらうどまろうど歸歸かえりりりぬるぬるぬる後後のち、、、心心こころのどかのどかのどかなりなりなり。。。唯唯ただ今今いまあるあるある文文ふみををを見見みれれればばば、、、「「「長長ながききき物物もの忌忌いみににに、、、うちうちうち續續つづききき若若わか座座ざととといふいふいうわざわざわざしししてててははは、、、愼愼つつしみみみけれけれければばば、、、今日今日きょうなむなむなんいといといと疾疾とくくくととと思思おもふふう」」」などなどなどいといといとこまやかこまやかこまやかなりなりなり。。。返返かえりりり事事ごと物物ものしししててて、、、いとゞいとゞいとどげにげにげにあああめれめれめれどどど、、、世世よにににもももあらあらあらじじじ、、、今今いまははは人人ひと知知しれれれぬぬぬさまさまさまににになりなりなり行行ゆくくくものものものをををととと、、、思思おもひひい過過すぐしぐしぐしてててあさましあさましあさまし、、、
現代語訳
こうしてまた年が明けたので、天禄三年というようだ。今年は、憂いもつらさも共に、心が晴れたように思われたりして、大夫(道綱)に装束を着せて送り出す。(庭に)降り走ってすぐに(父に)拝礼するのを見ると、たいそう感慨深く思われて涙ぐましい。勤行もしたいと思う今夜から、不浄のこと(月の障り)があるにちがいない。これは人が忌むということなので、またどうしたことかと心一つに思う。今年は、世の中に憎い人がいても思い悩むまいなどと、しんみり思うと、たいそう心安い。三日は帝の御元服だといって世間は騒ぐ。白馬の節会などといっても、気持ちが興ざめで、七日も過ぎた。八日ごろに姿を見せた人(兼家)は、「たいそう節会の多い時期でね」などと言う。翌朝帰る時に、しばらく立ち止まっていた男たちの中から、こう書きつけて、女房たちの中に差し入れた。
「下野の、桶の蓋が、つまらないことに、影も映らない鏡のように見える(何ももらえない)」。
その蓋に、酒や果物を入れて差し出す。土器に女房が、
「差し出した蓋を見れば、身を捨てて、好むのは玉(のような酒)が来ないことだと決めつけたのですね」。
こうして、なまじの身で暇のないのにかこつけて、世間の人々が(する精進を)避けて勤行もしないで、十四日は過ぎた。十四日ごろに、「古い上着、これをきれいに仕立てて」などと言ってきた。「着る日は」などと聞いたが、急ぐとも思わないでいると、使いが翌朝「遅いではないか」と言ってきたので、
「久しいとは心もとない。唐衣を着て慣れ親しもう、そうして早く贈らせよ」
とあるのに、行き違いに、こちらから手紙もつけずに送ったので、「これからはよろしいようだ。着慣れないのがよくない」とある。くやしさにこう書いてやった。
「つらく思って、また早くと騒ぐけれど、かいがなくて、時のたつものはこんなふうなのでした」と書いた。それから後は「除目で(忙しい)」などと言って音沙汰がない。今日は二十三日、まだ格子を上げない時分に、ある人が起きて端に出て、妻戸を押し開けて、「雪が降っていたのですね」と言っているうちに、鶯の初声がしたけれど、今年はまして心も老いない(若々しい)。来て、いつものかいのない一言も思われなかった。二十五日の除目に(あの人は)大納言になったなどと騒いでいるけれど、私のためには、まして窮屈なことになるだろうと思うので、お祝いなどをよこす人も、かえってからかわれているような気がして、少しもうれしくない。大夫だけは、言いようもなく内心喜んでいるようだ。翌日ごろ、(あの人から)「どうして『どうでしたか』とも言わないのか、喜びのかいもない」などとある。また月末の日ごろに、「何事かあるか。忙しくてね。どうして便りさえくれないのか、つらい」などと、しまいには言うことがないのだろうか、あべこべのことを言ってくる。今日も自分では来ようとは思っていないようだと思うので、返事に、「御前に参る人こそ、お暇もないでしょうけれど、それも(私には)つまらないことです」とだけ書いてやった。
こうしてはいるけれど、今は何とも思わなくなってしまったので、かえってたいそう気楽で、夜も気を許して横になって寝ていた時に、門を叩く音に目が覚めて、妙だと思っているうちに、さっと開けてしまったので、それぞれ慌てて思っているうちに、妻戸口に立って「早く開けよ」などと言うようだ。前にいた侍女たちも、皆くつろいでいたので逃げ隠れた。見苦しいので、いざり寄って、「せめてためらいがちにでも来ることさえなくなってしまったのに、たいそう難しいこと」と言って開けると、「差し出てばかり参るからだろうか」と言う。……明け方に松を吹く風の音がたいそう荒く聞こえる。長い間ひとりで明かした夜に、こんな音がしなかったので、(あの人がいるのは)物の助けであったのだとまで思われる。夜が明けると、二月になったようだ。雨がたいそうのどかに降っている。格子などを上げたけれど、いつものように気ぜわしくないので、雨のせいなのだろう。けれども(あの人が)泊まっていくとは思いもかけないでいると、しばらくして、「男たちは参っているか」などと言って起き出して、柔らかくない直衣と、ほどよく糊の落ちた練絹の袿を一重ね着て、帯をゆるやかに締めて歩み出ると、侍女たちが粥などを調えてございますようだが、いつも食べないものなので、「いや、よい」などと機嫌よく言って、「太刀を早く」と言うので、大夫が取って、簀子に片膝をついて控えていた。ゆっくりと歩み出て見回して、「前栽をめちゃくちゃに焼いてしまったようだな」などと言う。すぐにそのあたりに雨皮を張った車を寄せて、男たちが軽々と持ち上げると、這い乗ったようだ。下簾を引き整えて、中門から引き出して、先払いをほどよくさせて行くのも、妬ましく聞こえる。何日もひどく風が強いというので、南面の格子は上げなかったのを、今日はこうして外を見やって、しばらくいると、雨がほどよくのどかに降って、庭がいくらか荒れた様子で、枯れ草のあちこちが青み渡っていた。しみじみと見えた。昼ごろ、北風が吹き返して、晴れそうな空ではあったが、気分が妙に悪くて、日が暮れきるまで物思いにふけって過ごした。
三日になった夜、降った雪が三、四寸ほど積もって、今も降っている。簾を巻いて眺めると、「あれを見よ」という声があちこちに聞こえる。風までも強い。世の中がたいそうしみじみとする。さて、日が晴れたりして、八日ごろに地方回りの人(父)の家に移ったところ、若い人が多くて、箏の琴や琵琶などを、折にふさわしい音色に調べたりして、笑ってばかりいて日が暮れた。翌朝、客が帰った後、心がのどかである。ちょうど今来た手紙を見ると、「長い物忌みに続いて、若座(臨時の物忌み)ということをして慎んでいたので、今日こそ早く(行こう)と思う」などと、たいそうこまやかだ。返事を書いて、いっそうもっともらしいようだけれど、まさかそうでもあるまい、今は人知れずの仲になっていくのにと、思って過ごして、あきれたことに、
意訳
〔下巻の始まり〕天禄三年、作者は「憂きもつらきも共に心ち晴れて」新年を迎える。道綱が父に拝礼する姿に涙ぐみ、「今年は憎い人がいても思い悩むまい」と心に決める。中巻の苦しみを経て、作者の心はいくらか落ち着きを取り戻している。
〔桶の蓋〕兼家の供の男たちが、桶の蓋を「影も映らない鏡」と詠んで酒をねだり、女房たちが蓋に酒や果物を入れて歌を返す。下巻は、こうした軽やかな場面から始まる。
〔大納言昇進〕正月の除目で兼家は大納言に昇進する。道綱は内心大喜びだが、作者は「自分にはかえって窮屈になるだけ」と喜ぶ気にもなれない。
〔二月の朝〕夜中に門を叩いて訪れた兼家は、翌朝、雨ののどかな中、ゆっくりと身支度をして、道綱から太刀を受け取り、前栽を見回して帰っていく。夫の姿をじっくりと描いたこの場面には、かつてのような激しい恨みは見られない。
語釈・文法注
文法
- 「ふざうなる事」
- 不浄なること。月の障り。
- 「帝の御かうぶり」
- 円融天皇の元服。天禄三年正月三日。
- 「しもつけや桶のふたく」
- 「下野や」は「桶」にかかる。「ふたく」は「蓋」か。底本の注記に異文がある。
- 「このむは玉のこぬ」
- 底本どおりで意味がとりにくい。
- 「世の人々のさりて」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「きをならぬがわろさ」
- 底本どおり。注記に「よ」の異文がある。
- 「哢ずる」
- 弄ずる。からかう。
- 「さかさまごと」
- あべこべのこと。来ない兼家が、便りをくれないと作者を責めること。
- 「御まへまうしこそ」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「よるも裏もなう」
- 底本どおり。注記に異文がある。気を許して、の意に解する。
- 「きとかあり月方に」
- 底本どおり。注記に「六字さてあかつきがた」とあり、「さて暁方に」と解する。
- 「さしでのみ」
- 差し出て(でしゃばって)ばかり。
- 「あまかは」
- 雨皮。牛車の雨よけの覆い。
- 「若座」
- 底本どおり。臨時の物忌みか。
- 「あれとかむ」
- 底本どおり。注記に「五字あな見む」などとある。
和歌
しもつけや桶のふたくをあぢきなきかげもうかばぬ鏡とぞ見る
- 詠者
- 兼家の供の男たち
- 状況
- 正月、兼家が帰る時、供の男たちが女房たちに酒をねだって書き入れた歌。
修辞
- 見立て
- 桶の蓋を、影も映らない鏡に見立てて、何も入っていない(酒がもらえない)ことを嘆く。
わびて又とくと騷げどかひなくて程經る物はかくこそありけれ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 上着の仕立てを急かす兼家への返事に添えた歌。
修辞
- 皮肉
- 急いで仕立てても、ほったらかしにされてきた自分と同じだと、兼家の訪れのなさを当てこする。
解説
下巻は天禄三年(972)から天延二年(974)の大晦日までの三年間を描く。上巻・中巻に比べて、兼家との関係を嘆く記事は少なくなり、養女を迎えること、道綱の成長と恋、周囲の人々との交わりなどが中心になる。
天禄三年正月、兼家は大納言に昇進した。兄の伊尹は太政大臣・摂政として権勢をふるっており、兼家も一族の中で地位を高めていった。作者は夫の昇進をよそごとのように見ている。
二月の朝、兼家が身支度をして帰る場面は、日記の中でも印象的な描写である。糊の落ちた練絹の袿、ゆるやかに締めた帯、片膝をついて太刀を差し出す道綱。作者は夫の姿を、もはや恨みよりも観察の目で見つめている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、113–117頁(コマ59–61)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日