蜻蛉日記 中巻 第36章
二度目の初瀬詣
天禄二年(971)八月、作者は多くの供を連れて二度目の初瀬詣に出る。宇治の院では、亡くなった按察使大納言の面影をしのび、鵜船の篝火を夜更けまで眺める。春日社を経て雨風の中を初瀬に着き、帰りは宇治川を舟で下り、鵜飼を間近に見て夜を明かす。
- 1さてさてさて七八日七八日なのかようかばかりばかりばかりありありありててて、、、初初はつ瀨瀨せへへへ出出いででで立立たつつつ。。。巳巳みののの時時ときばかりばかりばかり家家いえををを出出いづづず。。。人人ひといといといと多多おおくくく、、、きらきらしうきらきらしうきらきらしゅうててて物物ものすすすめりめりめり。。。未未ひつじののの時時ときばかりばかりばかりににに、、、このこのこのあぜちあぜちあぜちののの大大だい納納な言言ごんののの領領りょうししし給給たまひひいししし、、、宇宇う治治じののの院院いんににに至至いたりりりたりたりたり。。。人人ひとはははかくかくかくてててのゝしれのゝしれののしれどどど、、、我我わががが心心こころははははつかはつかはつかにににててて、、、めぐらせめぐらせめぐらせばばば、、、あはれあはれあわれににに心心こころににに入入いれれれてててつくろひつくろひつくろい給給たまふふうととと聞聞ききききししし所所ところににによしよしよし。。。このこのこの月月つきにににこそこそこそははは、、、御御おおんはてはてはてはははしししつつつらめらめらめ、、、程程ほどなくなくなく荒荒あれれれにににたるたるたるかなかなかなととと思思おもふふう。。。こゝろこゝろこころののの預預あずかりりりしししけるけるけるものものものゝゝの、、、まうけまうけもうけをををしししたれたれたればばば、、、建建たてててたるたるたるものものものゝゝのこのこのこのなめりなめりなめりととと見見みるるる物物もの、、、とばりとばりとばり、、、すだれすだれすだれ、、、網網あ代代じろ屛屛びょう風風ぶ、、、黑黑くろがいがいがいののの骨骨ほねににに朽朽くち葉葉ばのののかたびらかたびらかたびらかけかけかけたるたるたる几几き帳帳ちょうどもどもどもゝゝも、、、いといといとつきづきしきつきづきしきつきづきしきもももあはれあはれあわれとととのみのみのみ見見みゆるゆるゆる。。。こうじこうじこうじにににたるたるたるこここ風風かぜははは拂拂はらふふうやうやうようににに吹吹ふきききててて、、、頭頭かしらさへさへさへ痛痛いたきききまでまでまであれあれあればばば、、、かざかざかざかくれかくれかくれ作作つくりりりててて見見み出出いだしししたるたるたる。。。やゝやゝやや木木こくらくくらくくらくなりなりなりぬれぬれぬればばば、、、鵜鵜う船船ぶねどもどもども篝篝かがり火火びさしさしさし燈燈ともしししつゝつゝつつ一一ひと人人りはははさしさしさしいきいきいきたりたりたり。。。をかしくをかしくおかしく見見みゆるゆるゆる事事こと限限かぎりなしなしなし。。。頭頭かしらののの痛痛いたさささののの紛紛まぎれれれぬれぬれぬればばばはしはしはしのののすすす卷卷まきききあげあげあげててて、、、見見み出出いだしししててて、、、あはれあはれあわれ我我わががが心心こころとととまうでまうでもうでししし旅旅たび、、、かへさかへさかえさにににあがたあがたあがたののの院院いんにににぞぞぞゆきゆきゆきかへしかへしかえしせせせしししこゝこゝここににになりなりなりけりけりけり。。。見見みしししあぜちあぜちあぜち殿殿どののののおはしおはしおわしててて物物ものなどなどなど仰仰おおせせせ給給たまふふうめりめりめりしししははは哀哀あわれにににもももありありありけるけるけるかなかなかな、、、いかなるいかなるいかなる世世よににに、、、さささだにだにだにありありありけむけむけんととと思思おもひひい續續つづくれくれくればばば、、、目目めもももあはあはあわででで夜夜よ中中なか過過すぐるぐるぐるまでまでまでながむるながむるながむる。。。鵜鵜う船船ぶねどもどもどもゝゝも、、、のぼりのぼりのぼりくだりくだりくだり行行ゆきききちがふちがふちがうををを見見みつゝつゝつつははは、、、「「「かへしかへしかへしたとたとたとこがるゝこがるゝこがるることことことをををたづぬれたづぬれたずぬればばば胸胸むねのののほかほかほかにににははは鵜鵜う船船ぶねなりなりなりけりけりけり」」」
- 2などなどなど覺覺おぼえええててて、、、猶猶なお見見みれれればばば、、、曉曉あかつきがたがたがたにににははは、、、ひきひきひきかへかへかえててて、、、いさりいさりいさりととといふいふいうものものものをををぞぞぞするするする。。。又又またなくなくなくをかしくをかしくおかしくあはれあはれあわれなりなりなり。。。明明あけけけぬれぬれぬればばば、、、急急いそぎぎぎ立立たちちちててて行行ゆくくくににに、、、立立たつ野野のののの池池いけ、、、泉泉いずみ川川がわ、、、はじめはじめはじめ見見みしししにににははは違違たがははわででであるあるあるををを見見みるるるももも哀哀あわれにににのみのみのみ覺覺おぼえええたりたりたり。。。よろづよろづよろずにににおぼゆるおぼゆるおぼゆる事事こといといといと多多おおかれかれかれどどど、、、物物もの騷騷さわがしくがしくがしくにぎはしきにぎはしきにぎわしきににに紛紛まぎれれれつゝつゝつつありありあり。。。ようようようだてだてだてののの森森もりににに車車くるまとゞめとゞめとどめててて、、、破破わり子子ごなどなどなどものものものすすす。。。皆皆みな人人ひとののの口口くちうまげうまげうまげなりなりなり。。。春春かす日日がへへへとてとてとて過過すぐぐぐ。。。院院いんのののいといといとむつかしげむつかしげむつかしげなるなるなるににに、、、とゞまりとゞまりとどまりぬるぬるぬる。。。あれあれあれよりよりより立立たつつつほどほどほどににに、、、雨雨あめ風風かぜいみじくいみじくいみじく降降ふりりりふゞくふゞくふぶく。。。三三み笠笠かさ山山やまをををさしさしさしててて行行ゆくくくかひかひかいもももなくなくなく濡濡ぬれれれ惑惑まどふふう人人ひと多多おおかりかりかり。。。からうじてからうじてかろうじて詣詣もうでででつきつきつきてててみてぐらみてぐらみてぐら奉奉たてまつりりりててて初初はつ瀨瀨せざまざまざまににに趣趣おもむくくく。。。飛飛あす鳥鳥かにににみみみあかしあかしあかし奉奉たてまつりりりけれけれければばば、、、唯唯ただくぎくぎくぎぬきぬきぬきにににくるくるくるををを引引ひききき懸懸かけけけててて見見みれれればばば木木こ立立だちいといといとをかしきをかしきおかしき所所ところなりなりなりけりけりけり。。。庭庭には淸淸きよげげげにににゐゐいもももいといといと飮飮のまままゝゝまほしけれほしけれほしければばば、、、うべうべうべやどりやどりやどりはははすすすべしべしべしととといふいふいうらむらむらんととと見見みえええたりたりたり。。。いみじきいみじきいみじきあめあめあめいやいやいやまさりまさりまさりなれなれなればばばいふいふいうかひかひかいもももなしなしなし。。。からうじてからうじてかろうじてははははいうはいうはいうにににいたりいたりいたりてててれいれいれいのののことことこととかくとかくとかくしししててて出出いででで立立たつつつほどほどほどににに日日ひももも暮暮くれれれはてはてはてぬぬぬ。。。雨雨あめややや風風かぜ猶猶なおやまやまやまずずず。。。火火ひともしともしともしたれたれたれどどど、、、吹吹ふきききけちけちけちててていみじくいみじくいみじく暗暗くらけれけれければばば、、、夢夢ゆめののの道道みちののの心心ここちちちしししててていといといとゆゝしくゆゝしくゆゆしく、、、いかなるいかなるいかなるにににかかかとととまでまでまで思思おもひひい惑惑まどふふう。。。からうじてからうじてかろうじて祓祓はらへへえ殿殿どのににに至至いたりりり給給たまひひいけれけれければばば、、、雨雨あめももも知知しらららずずず。。。唯唯ただ水水みずののの聲聲こえのののいといといとはげしきはげしきはげしきををを、、、うきぬうきぬうきぬなりなりなりととと聞聞きくくく。。。御御み堂堂どうにににものものものするするする程程ほどににに、、、こゝちこゝちここちわりなしわりなしわりなし。。。おぼろげおぼろげおぼろげににに思思おもふふう事事こと多多おおかれかれかれどどどかくかくかくわりなきわりなきわりなきににに、、、物物もの覺覺おぼえええずずずなりなりなりにににたるたるたるべしべしべし。。。何何なに事事ごとももも申申もうさささででで明明あけけけぬぬぬととといへいへいえどどど、、、雨雨あめ猶猶なおおなじおなじおなじやうやうようなりなりなり。。。夜夜よべべべににに懲懲こりりりてててむげむげむげににに晝晝ひるこなしこなしこなしつつつ。。。音音おとせせせででで渡渡わたるるる森森もりののの前前まえををを、、、さすがさすがさすがにににあかまあかまあかまあかまあかまあかまととと唯唯ただ手手てををを搔搔かきききおもておもておもてををを振振ふりりり、、、そこらそこらそこらののの人人ひとのののあぎとふあぎとふあぎとうやうやうようにににすれすれすればばば、、、さすがさすがさすがにににいといといとせせせむむん方方かたなくなくなくをかしくをかしくおかしく見見みゆゆゆ。。。
- 3つばつばつば市市いちににに歸歸かえりりりててて、、、としみとしみとしみなどなどなどいふいふいうれれれどどど、、、我我われははは猶猶なおしやうじしやうじしょうじなりなりなり。。。そこそこそこよりよりより始始はじめめめてててあるじあるじあるじするするする所所ところ行行ゆきききもももやらやらやらずずずありありあり。。。物物ものかづけかづけかずけなどなどなどするするするににに、、、手手てををを盡盡つくしししてててものものものすすすめりめりめり。。。「「「泉泉いずみ河河がわ水水みずまさりまさりまさりたりたりたり。。。いかにいかにいかに」」」などなどなどいふいふいうほどほどほどににに「「「宇宇う治治じよりよりより舟舟ふねののの上上じょう手手ず具具ぐしししててて參參まいれれれりりり」」」ととといふいふいうがががわづらはしわづらはしわずらわし。。。例例れいのののやうやうようにににててて、、、ふとふとふとわたりわたりわたりなどなどなど男男おとこ方方がたにににははは定定さだむるむるむるををを、、、女女おんな方方がたににに猶猶なお舟舟ふねにににてててをををとととあれあれあればばば、、、「「「さらさらさらばばば」」」とてとてとて皆皆みな乘乘のりりりててて遙遙はる々々ばるととと下下くだるるる。。。心心ここちちちいといといとらうらうろうありありあり。。。楫楫かじ取取とりよりよりより始始はじめめめ歌歌うたひひいのゝしるのゝしるののしる。。。宇宇う治治じ近近ちかききき所所ところにににててて、、、又又また車車くるまににに乘乘のりりりぬぬぬ。。。さてさてさて例例れいののの所所ところにににははは、、、方方かた惡惡あしししとてとてとてとゞまりとゞまりとどまりぬぬぬ。。。さかさかさか用用よう意意いしししたりたりたりけれけれければばば、、、鵜鵜う飼飼かい數數かずををを盡盡つくしししててて、、、一一ひと河河かわ浮浮うきききててて騷騷さわぐぐぐ。。。「「「いざいざいざ近近ちかくくくててて見見みむむむ」」」とてとてとて岸岸きしづらづらずらににに物物もの建建たててて、、、しきしきしきなどなどなど取取とりりりもてもてもていきいきいきててて、、、おりおりおりたれたれたればばば、、、足足あしののの下下したににに鵜鵜う飼飼かいちかちかちかうううこここつしつしつしどもどもどもなどなどなどまだまだまだ見見みざりざりざりつるつるつる事事ことなれなれなればばばいといといとをかしうをかしうおかしゅう見見みゆゆゆ。。。きききこここかじかじかじたるたるたる心心ここちちちなれなれなれててて夜夜よののの更更ふくるくるくるももも知知しらららずずず、、、見見み入入いりりりてててあれあれあればばばこれこれこれかれかれかれ「「「今今いまははは歸歸かえらららせせせたびたびたびなむなむなん。。。これこれこれよりよりよりほかほかほかににに、、、今今いまはははなきなきなきををを」」」などなどなどいへいへいえばばば「「「さわきさわきさわき」」」とてとてとてのぼりのぼりのぼりぬぬぬ。。。さてさてさてもももあかあかあかずずず見見み遣遣やれれればばばいいいののの夜夜よ一一ひと夜夜よともしともしともしわたるわたるわたる。。。いさゝかいさゝかいささかまどろめまどろめまどろめばばばふなばたふなばたふなばたをををこほこほこほこほこほこほととと打打うちちち叩叩たたくくく音音おとににに我我われをををしもしもしも驚驚おどろかかかすすすとととんんんやうやうようにににぞぞぞさんるさんるさんる。。。明明あけけけててて見見みれれればばばよるよるよるののの鮎鮎あゆいといといと多多おおかりかりかり。。。それそれそれよりよりよりさべきさべきさべき所所ところ々々どころににに、、、遣遣やりりりあがつあがつあがつめるめるめるももも、、、あらましきあらましきあらましきわざわざわざなりなりなり。。。ひひひよいよいよい程程ほどにににたるたるたるしかしかしかばばば、、、暗暗くらくくくぞぞぞ京京きょうににに來來き着着つきたるたるたる。。。我我われもももやがてやがてやがていづくいづくいずくととと思思おもひひいつれつれつれどどど、、、人人ひともももこうじこうじこうじたりたりたりとてとてとて、、、えええものものものせせせずずず。。。
現代語訳
さて七、八日ほどして、初瀬へ出発する。巳の刻ごろに家を出る。供の人がたいそう多く、華やかに出かけるようだ。未の刻ごろに、あの按察使大納言が領有していらした宇治の院に着いた。人々はこうして騒いでいるけれど、私の心は上の空で、見回すと、しみじみと心を入れて手入れをなさっていると聞いた所なので(趣深い)。この月にこそ一周忌の法要はなさったのだろう、ほどなく荒れてしまったものだと思う。ここの管理をしていた者が支度をしてくれたので、しつらえたものがこれなのだろうと見る物、帳(とばり)、簾、網代屏風、黒柿の骨に朽葉色の帷子をかけた几帳なども、たいそうふさわしいのも、しみじみとばかり見える。疲れているところに、風は払うように吹いて、頭まで痛いので、風よけを作って外を見やる。だんだん木の下が暗くなったので、鵜船どもが篝火をともして、一人一人と漕いで行った。趣深く見えることはこの上ない。頭の痛さも紛れたので、端の簾を巻き上げて外を見やって、ああ、自分の心から参詣した旅の帰り道に、地方回りの人の院に行き帰りしたのは、ここだったのだ、ご覧になった按察使殿がいらして、何かとおっしゃったのは、しみじみとしたことだったなあ、どんな前世の縁で、それだけのことがあったのだろうと思い続けると、目も合わず、夜中過ぎまで物思いにふける。鵜船どもが上り下りして行き交うのを見ては、
「かへりみて焦がれることを尋ねれば、胸のほかには鵜船(の篝火)なのだった」
などと思われて、なおも見ていると、明け方には打って変わって、漁(いさり)というものをする。たとえようもなくおもしろく、しみじみとする。夜が明けたので、急いで出発して行くと、立野の池、泉川が、初めて見た時と変わらないでいるのを見るのも、しみじみとばかり思われる。何かにつけて思われることはたいそう多いけれど、騒がしくにぎやかなのに紛れている。よう立ての森で車をとめて、破子などを食べる。皆の口がおいしそうだ。春日へといって過ぎる。院(宿所)がたいそう見苦しかったが、そこに泊まった。そこから出発する頃に、雨風がひどく降り吹きつける。三笠山を目指して行くかいもなく、濡れて困る人が多かった。やっとのことで参詣し着いて幣を奉り、初瀬の方へ向かう。飛鳥(寺)に灯明を奉ったので、ただ釘貫に車を引きかけて見ると、木立のたいそう趣深い所だった。庭も清らかで、井戸の水もたいそう飲みたくなるので、「宿りはすべし」と言うのももっともだと見えた。ひどい雨がいよいよ激しくなるので、どうしようもない。やっとのことで椿市に着いて、いつもの(作法の)ことをあれこれして出発するうちに、日も暮れてしまった。雨や風はなおもやまない。灯をともしたけれど、吹き消されてひどく暗いので、夢の中の道のような気がしてたいそう恐ろしく、どうなることかとまで思い惑う。やっとのことで祓殿に着きなさったので、雨もわからない。ただ水の音がたいそう激しいのを、浮かんでいるのだと聞く。御堂に参る時には、気分がひどく悪い。並々ならず思うことが多いけれど、こう苦しいので、何もわからなくなってしまったのだろう。何も申し上げないで夜が明けたというけれど、雨はなおも同じようである。昨夜に懲りて、すっかり昼に移動することにした。音もさせずに渡る森の前を、さすがに「あかま、あかま」とただ手を振り顔を振って、大勢の人が口をぱくぱくさせるようにするので、さすがにたいそうどうしようもなくおかしく見える。
椿市に帰って、精進落としなどと言うけれど、私はなおも精進である。そこから始めて、もてなしをしてくれる所が、行き過ぎることもできないほどある。褒美の品を与えたりするのに、手を尽くしているようだ。「泉川の水が増しました。どうしましょう」などと言っているうちに、「宇治から舟の上手を連れて参りました」と言うのがわずらわしい。いつものように、さっと(陸路を)渡るなどと男たちは決めているが、女たちはやはり舟でということなので、「それなら」と言って皆乗ってはるばると下る。気持ちがたいそうのびのびとする。楫取をはじめとして歌って騒ぐ。宇治の近くで、また車に乗った。さて、いつもの所には方角が悪いといって泊まった。そういう用意をしてあったので、鵜飼が数を尽くして、川一面に浮かんで騒ぐ。「さあ近くで見よう」と言って、岸辺に物を建て、敷物などを持って行って降りると、足の下に鵜飼が近く、こつし(鵜を操る者)なども、まだ見たことのないことなので、たいそうおもしろく見える。疲れていた気分も慣れて、夜の更けるのも知らずに見入っていると、人々が「もうお帰りください。これより他には、今はもうありませんから」などと言うので、「それなら」と言って上った。それでも飽きずに見やると、一晩中(篝火を)ともし続けている。少しまどろむと、船端をこつこつと叩く音に、私を起こそうとするかのようである。夜が明けて見ると、夜の鮎がたいそう多い。それをしかるべき所々に配っているようなのも、ふさわしいことである。日が良い頃になったので、暗くなってから京に着いた。私もすぐにどこか(あの人の所)へと思ったけれど、人々も疲れたというので、行くことができない。
意訳
〔宇治の院〕天禄二年八月、作者は大勢の供を連れて二度目の初瀬詣に出る。三年前の初瀬詣の帰りに泊まった宇治の院は、その後亡くなった按察使大納言の山荘で、作者は故人の面影をしのぶ。鵜船の篝火が行き交う夜の宇治川を、作者は夜中過ぎまで眺めつづける。
〔雨の初瀬〕春日社に詣で、雨風の中を初瀬へ向かう。暗闇の山道は「夢の道」のようで、着いた時には気分が悪く、何も祈れずに夜が明けた。三年前の初瀬詣と比べると、作者の心は重い。
〔宇治の鵜飼〕帰りは宇治川を舟で下り、宇治で鵜飼を間近に見る。初めて見る鵜飼のおもしろさに、作者は夜の更けるのも忘れて見入った。旅の終わりのこの場面は、中巻の中でも珍しく明るい。
語釈・文法注
文法
- 「我が心ははつかにて」
- 底本どおり。注記に「か」の異文がある。上の空で、の意に解する。
- 「心に入れてつくろひ給ふと聞きし所によし」
- 底本どおり。注記に「二字ぞかし」とある。
- 「こゝろの預り」
- 底本どおり。注記に「二字ころ」とあり、「ここの預り」(ここの管理人)と解する。
- 「建てたるものゝこのなめり」
- 底本どおり。注記に「これ」の異文がある。
- 「黑がい」
- 黒柿。
- 「こうじにたるこ風は」
- 底本どおり。注記に「に」の異文がある。
- 「かへさにあがたの院にぞゆきかへしせし」
- 前の初瀬詣(第15章)の帰りに宇治の院に寄ったことをいう。
- 「かへしたとこがるゝ」
- 底本どおり。注記に「かへりみて」などの異文がある。
- 「ようだての森」
- 底本どおり。注記に「かう」の異文がある。
- 「くぎぬき」
- 釘貫。柵の一種。
- 「ゐもいと飮まゝほしければ」
- 底本どおり。注記に「四字ひも」などとある。井戸の水も飲みたいので、の意に解する。
- 「ははいう」
- 底本の注記に「四字つばいち」とあり、椿市と解する。
- 「あかまあかま」
- 底本の注記に「な」の脱字かとある。
- 「あぎとふ」
- 口をぱくぱくさせる。
- 「心ちいとらうあり」
- 底本どおり。注記に異文がある。
- 「こつし」
- 底本の注記に「こつち」とも。鵜匠の一種か。
- 「きこかじたる」
- 底本どおり。注記に「かう」とあり、「疲(こう)じたる」と解する。
- 「さわき」
- 底本の注記に「二字ばれ」とあり、「さばれ」(それなら)と解する。
和歌
かへしたとこがるゝことをたづぬれば胸のほかには鵜船なりけり
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 宇治の院で、夜中過ぎまで鵜船の篝火を眺めて思った歌。
修辞
- 掛詞
- 「こがるる」に、胸が焦がれると、鵜船の篝火が燃える意を掛ける。
解説
天禄二年(971)八月、作者は二度目の初瀬詣に出た。三年前の初瀬詣(第14〜15章)が人目を忍ぶ旅だったのに対し、今回は大勢の供を連れた華やかな旅であった。兼家が手配したものとも考えられる。
宇治の院は、按察使大納言藤原師氏の山荘で、前の初瀬詣の帰りにも立ち寄った所である。師氏は天禄元年に亡くなっており、作者はかつての主の不在に世の無常を感じている。
宇治の鵜飼の場面は、平安時代の鵜飼を伝える貴重な記録でもある。篝火をたいて夜通し行われる鵜飼に、作者は初めて間近に接し、旅の疲れも忘れて見入っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、108–110頁(コマ57–58)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日