蜻蛉日記 中巻 第35章
下山の後
山を下りた作者に、兼家は精進落としを勧める手紙をよこす。七月三日、兼家が来ると知らせがあり、家中で支度をして待つが、夜更けに「車の装束を解いた」と知らされる。山にいればこんな思いはしなかったと嘆く作者に、尚侍登子から歌が届く。数日後、父の家に移った作者のもとに兼家がふいに現れ、勤行の道具を投げ散らかしていく。
- 1つとめてつとめてつとめて文文ふみありありあり。。。「「「夜夜よ更更ふけけけにににけれけれければばば、、、心心ここちちちいといといと惱惱なやましくましくましくてててなむなむなん。。。いかにいかにいかにぞぞぞ。。。はやはやはやとしみとしみとしみをををこそこそこそししし給給たまひひいてててめめめ。。。このこのこの大大たい夫夫ふのののさもさもさもふつゝかふつゝかふつつかににに見見みゆるゆるゆるかなかなかな」」」などなどなどぞぞぞあああめるめるめる。。。何何なにかかかははは、、、かばかりかばかりかばかりぞぞぞかしかしかしととと思思おもひひい離離はなるゝるゝるるものものものからからから物物もの忌忌いみはてはてはてむむん日日ひいぶかしきいぶかしきいぶかしき心心ここちちちぞぞぞ添添そひひいててて覺覺おぼゆるゆるゆるににに、、、六日六日むいかををを過過すごしごしごしててて七月七月しちがつ三日三日みつかににになりなりなりにににたりたりたり。。。「「「晝晝ひるつつつ方方かた渡渡わたらららせせせ給給たまふふうべしべしべし。。。こゝこゝここににに侍侍さぶらへへえさささなむなむなん仰仰おおせ事事ごとありありありつるつるつる」」」ととといふいふいう。。。物物ものどもどもどもゝゝも來來きたれたれたればばば、、、これこれこれかれかれかれ騷騷さわぎぎぎててて、、、日日ひ頃頃ごろみだれみだれみだれかはしかりかはしかりかわしかりつるつるつる所所ところ々々どころをををさへさへさへ、、、こほこほこほこほこほこほととと造造つくるるるををを見見みるるるににに、、、いといといと傍傍かたわらいたくいたくいたく思思おもひひい暮暮くらすすすににに、、、暮暮くれれれはてはてはてぬれぬれぬればばば來來きたるたるたる。。。をのこをのこおのこどもどもども「「「御御み車車くるまのののさうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどももも、、、みなみなみなしししつるつるつるををを、、、などなどなど今今いままでまでまではははおはしまさおはしまさおわしまさゞゞざらむらむらん」」」などなどなどいふいふいう程程ほどににに、、、やうやうやうやうようよう夜夜よもももふけふけふけぬぬぬ。。。あるあるある人人ひと々々びと「「「猶猶なおあやしあやしあやし。。。いざいざいざ人人ひとしししててて見見みせせせににに奉奉たてまつらららむむん」」」などなどなどいひいひいいててて、、、見見みせせせににに遣遣やりりりたるたるたる人人ひと歸歸かえりりりにににててて、、、「「「唯唯ただ今今いまなむなむなん御御み車車くるまのののしやうぞくしやうぞくしょうぞく解解ときききててて、、、みみみずゐしんずゐしんずいしんばらばらばらももも皆皆みな亂亂みだれれれ侍侍はべりりりぬぬぬ」」」ととといふいふいう。。。されされさればばばよよよとととぞぞぞ又又また思思おもふふうににに、、、はしたなきはしたなきはしたなき心心ここちちちすれすれすればばば、、、思思おもひひい歎歎なげかかかなどなどなど更更さらにににいふいふいう限限かぎりなしなしなし。。。山山やまならならならましましまし時時とき、、、かくかくかく胸胸むねふたがるふたがるふたがる目目めををを見見みましましましやややととと、、、こよなくこよなくこよなく思思おもふふう。。。ありありありとととあるあるある人人ひとももも、、、あやしあやしあやしあさましあさましあさましととと思思おもひひいさわぎさわぎさわぎあへあへあえりりり。。。事事ことどもどもども三三み夜夜よばかりばかりばかりににに來來こずずずなりなりなりぬるぬるぬるやうやうようにににぞぞぞ見見みえええたるたるたる。。。いかいかいかばかりばかりばかりのののことことことにににてててとととだにだにだに聞聞きかかかばばば、、、やすかるやすかるやすかるべしべしべしととと思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるる程程ほどににに、、、まらうどまらうどまろうどぞぞぞ物物ものしししたるたるたる。。。心心ここちちちのののむつかしきむつかしきむつかしきにににととと思思おもへへえどどど、、、とかくとかくとかく物物ものいひいひいいなどなどなどするするするにににぞぞぞ少少すこししし紛紛まぎれれれたるたるたるぞぞぞ。。。
- 2さてさてさて明明あけけけぬれぬれぬればばば、、、大大たい夫夫ふ「「「何何なに事事ごとににによりよりよりてててにににかかかありありありけむけむけんととと、、、參參まいりりりててて聞聞きかかかむむん」」」とてとてとて物物ものすすす。。。「「「よべよべよべははは惱惱なやみみみ給給たまふふう事事ことなむなむなんありありありけるけるける。。。俄俄にはかにににいといといと苦苦くるしかりしかりしかりしかしかしかばばばなむなむなんえええ物物ものせせせずずずなりなりなりにににしししとととなむなむなんのたまひのたまひのたまいつるつるつる」」」ととといふいふいうしもしもしもぞぞぞおいおいおいかゝりかゝりかかりにににあるあるあるべかりべかりべかりけるけるけるとととぞぞぞ覺覺おぼえええたるたるたる。。。さはりさはりさわりにににぞぞぞあるあるあるををを、、、もしもしもしとととだにだにだに聞聞きかかかばばば、、、何何なにををを思思おもははわましましましととと思思おもひひいむつかるむつかるむつかる程程ほどににに、、、ないしないしないしのののかんかんかんののの殿殿とのよりよりより、、、御御おおん文文ふみありありあり。。。見見みれれればばば、、、まだまだまだ山山やまさささかかかとととおぼしくおぼしくおぼしくててて、、、いといといとあはれあはれあわれなるなるなるさまさまさまにににのたまへのたまへのたまえりりり。。。「「「などなどなどかはかはかはさびしげさびしげさびしげさささまさるまさるまさるすさびすさびすさびをををもももししし給給たまふふうらむらむらん。。。されどされどされどそれそれそれにににもももさはりさはりさわり給給たまははわぬぬぬ人人ひともももありありありととと聞聞きくくくものものものををを、、、もてもてもて離離はなれれれたるたるたるさまさまさまにににのみのみのみいひいひいいなしなしなし給給たまふふうめれめれめればばば、、、いかなるいかなるいかなるぞぞぞととと覺覺おぼ束束つかなきなきなきにににつけつけつけてててももも、、、
- 3妹妹いも背背せ川川がわむかしむかしむかしながらながらながらのののなかなかなかならならならばばば人人ひとのののゆきゆきゆきゝゝきのののかげかげかげははは見見みてててましましまし」」」。。。
- 4御御おおんかへりかへりかえりにににははは、、、「「「山山やまのののすまひすまひすまいははは秋秋あきののの氣氣け色色しきもももこここ給給たまははわむむんとととせせせしししににに、、、又又また憂憂うききき時時ときのののやすらひやすらひやすらいにににててて中中なか空空ぞらににになむなむなん。。。しげさしげさしげさははは知知しるるる人人ひともももなしなしなしとととこそこそこそ思思おもううう給給たまへへえししし。。。いかにいかにいかに聞聞きこししし召召めしししたるたるたるにににかかか、、、おぼめかおぼめかおぼめかせせせ給給たまふふうにににもももげにげにげにまたまたまた、、、
- 5よしやよしやよしや身身みのののあせあせあせむむんなげきなげきなげきははは妹妹いも背背せ山山やまなかなかなか行行ゆくくく水水みずののの名名なもももかはりかはりかわりけりけりけり」」」
- 6などなどなどぞぞぞ聞聞きこゆるゆるゆる。。。かくかくかくててて、、、そのそのその日日ひをををひまひまひまにににててて、、、又又また物物もの忌忌いみににになりなりなりぬぬぬととと聞聞きくくく。。。明明あくるくるくる日日ひこなたこなたこなたふたがりふたがりふたがりたるたるたる。。。またまたまたのののひとひとひとひひひををを見見みむむむかしかしかしととと思思おもふふう心心こころこりこりこりずまずまずまなるなるなるににに、、、夜夜よ更更ふけけけててて見見みえええられられられたりたりたり。。。一一ひと夜夜よののの事事ことどもどもどもしかじかしかじかしかじかととといひいひいいててて「「「今宵今宵こよいだにだにだにとてとてとて急急いそぎぎぎつるつるつるををを、、、忌忌いみみみたるたるたるべきべきべきににに、、、皆皆みな人人ひと物物ものしししつるつるつるををを出出いだしししたてゝたてゝたてて、、、やがてやがてやがて見見みすてゝすてゝすててなむなむなん」」」などなどなど、、、罪罪つみもももなくなくなくさりげさりげさりげもももなくなくなく、、、いふいふいうかひかひかいもももなしなしなし。。。明明あくれくれくればばば、、、知知しらららぬぬぬところところところににに物物ものしししつるつるつる人人ひと々々びと、、、いかにいかにいかにとてとてとてなむなむなん出出いででで來來きぬぬぬ。。。それそれそれよりよりより後後のちももも七八日七八日なのかようかににになりなりなりぬぬぬ。。。あがたあがたあがたあるきあるきあるきののの所所ところははは、、、御御ごぜんぜんぜんなどなどなどあれあれあればばば、、、諸諸もろ共共ともにににとてとてとて愼愼つつしむむむ所所ところにににわたりわたりわたりぬぬぬ。。。所所ところかへかへかへたるたるたるかひかひかいなくなくなく午午うまののの時時ときばかりばかりばかりににに俄俄にはかにににのゝしるのゝしるののしる。。。あさましあさましあさましややや。。。「「「誰誰たれかかかあなたあなたあなたのののかどかどかどはははあけあけあけつるつるつる」」」などなどなどあるじあるじあるじももも驚驚おどろききき騷騷さわぐぐぐににに、、、ふとふとふと這這はひひい入入いりりりててて、、、日日ひ頃頃ごろ例例れいのののかうかうこうもりもりもりすゑすゑすえててて行行おこなひひいつるつるつるももも俄俄にはかににに投投なけけけ散散ちらしらしらし珠珠ず數數ずもももまきまきまきにににうちうちうちあげあげあげなどなどなど、、、らうがはしきらうがはしきろうがわしきににに、、、いといといとぞぞぞあやしきあやしきあやしき。。。そのそのその日日ひのどかのどかのどかにににくらしくらしくらしててて又又またののの日日ひ歸歸かえるるる。。。
現代語訳
翌朝、手紙が来た。「夜が更けてしまったので、気分がひどく悪くてね。どうしている。早く精進落としをなさいよ。この大夫がたいそう不格好に(痩せて)見えるな」などとあるようだ。何の、これくらいのものなのだと思い離れるものの、物忌みが明ける日が気がかりな気持ちも加わって思われるうちに、六日を過ごして七月三日になった。「昼ごろお渡りになるでしょう。こちらに控えていよと、そう仰せがありました」と(使いが)言う。(支度の)品々も届いたので、侍女たちが騒いで、日ごろ散らかっていた所々まで、ごとごとと整えるのを見ると、たいそうきまり悪く思いながら日を暮らすが、すっかり日が暮れたので、(男たちも)来た。下男たちが「お車の支度なども皆したのに、どうして今までおいでにならないのだろう」などと言っているうちに、だんだん夜も更けた。侍女たちが「やはり変です。さあ人をやって様子を見させましょう」などと言って、見にやった人が帰ってきて、「たった今、お車の装束を解いて、御随身たちも皆散ってしまいました」と言う。やっぱりそうだとまた思うと、きまりの悪い気持ちがするので、思い嘆くことは言いようもない。山にいたら、こんな胸のふさがる目を見ただろうかと、この上なく思う。家中の者も皆、妙だ、あきれたと騒ぎ合っている。(あの人は)三晩ほどで来なくなってしまったように見えた。どれほどのわけがあったのかとだけでも聞けば、安心できるだろうにと思い乱れているうちに、客が来た。気分がふさいでいるのにと思うけれど、あれこれ話などするうちに、少しは気が紛れた。
さて夜が明けると、大夫が「何のわけがあったのかと、参上して聞いてこよう」と言って出かける。「昨夜はご気分が悪いことがあったのです。急にひどく苦しくなったので来られなくなったと、おっしゃいました」と言うけれど、それならそうと(昨夜のうちに)言ってくるべきだったと思われる。差し障りがあったのなら、せめてそうとでも聞いていたら、何を思うことがあろうと思ってむしゃくしゃしているうちに、尚侍の殿からお手紙が来た。見ると、まだ山にいるとお思いのようで、たいそうしみじみとした様子でおっしゃっている。「どうして寂しさのつのる慰みごとをなさっているのでしょう。けれども、そんなことにも差し支えない人もいると聞きますのに、(あなたは)離れてしまったようにばかりおっしゃるので、どうなのかと気がかりなのにつけても、
妹背川のように、昔のままの仲であるならば、人(兄)の行き来する姿は見られるでしょうに」。
お返事には、「山の住まいは、秋の景色も見ようとしていましたが、また、つらい時のためらいで、どっちつかずになってしまいました。(山の)茂さは知る人もないと思っておりました。どうお聞きになったのでしょうか、とぼけておっしゃるのにも、ほんとうにまた、
ままよ、わが身の浅くなる嘆きは、妹背山の間を流れる川の名も変わってしまったように(夫婦の仲も変わってしまいました)」
などと申し上げる。こうして、その日を(忌みの)すきまにして、また物忌みになったと聞く。翌日はこちらの方角がふさがっている。その次の日には(会えるか)見たいものだと思う心も懲りずにいると、夜更けに姿を見せた。先夜のことを、これこれと言って、「せめて今夜はと急いだのだが、物忌みをしているはずなのに、みんな来たのを送り出して、すぐに見捨てて(来た)」などと、悪びれもなく平然としているので、言いようもない。夜が明けると、知らない所に行っていた人々が、どうしたのかと言って出てきた。それから後も七、八日になった。地方回りの人(父)の家では、御膳など(物忌みの支度)があるので、一緒にといって慎む家に移った。所を変えたかいもなく、午の刻ごろに急に騒がしくなる。あきれたことだ。「誰があちらの門を開けたのだ」などと家の主人も驚き騒いでいるうちに、(あの人が)ふと這い入ってきて、日ごろいつものように香を盛った器を据えて勤行していたのも、急に投げ散らし、数珠も巻きに投げ上げたりして、乱暴なので、たいそう妙なことだ。その日はのんびりと過ごして、翌日帰った。
意訳
〔装束を解いた車〕山を下りた作者のもとに、七月三日、兼家が来ると知らせがあり、家中で掃除をして待つ。ところが夜更けに、兼家は車の装束を解いてしまったと知らされる。「山にいたら、こんな胸のふさがる思いはしなかったのに」と作者は嘆く。
〔登子との贈答〕尚侍登子は、作者がまだ山にいると思って「妹背川のように昔のままの仲なら」と歌を寄せる。作者は「妹背山の間を流れる川の名も変わってしまった」と、夫婦の仲の変化を歌で返す。
〔投げ散らされた数珠〕その後、兼家は物忌みの合間に夜更けに訪れ、悪びれもせずに言い訳をする。父の家に移った日にも突然やって来て、作者の勤行の道具や数珠を投げ散らし、翌日帰っていった。兼家は、妻が仏道に心を寄せることを、力ずくでやめさせようとしているかのようである。
語釈・文法注
文法
- 「としみ」
- 精進落とし。
- 「ふつゝかに」
- 不格好に。痩せてみすぼらしく。
- 「こゝに侍へさなむ仰事ありつる」
- 底本どおり。注記に「さなむ」の異文がある。
- 「みだれかはしかりつる」
- 底本どおり。注記に「がは」の異文があり、「乱りがはしかりつる」(散らかっていた)と解する。
- 「みずゐしんばら」
- 御随身ばら。御随身たち。
- 「思ひ歎かなど」
- 底本どおり。注記に「二字くなど」とある。
- 「おいかゝりにあるべかりける」
- 底本どおりで意味がとりにくい。(昨夜のうちに)言ってくるべきだった、の意に解する。
- 「まだ山さかと」
- 底本どおり。注記に「に」の異文があり、「まだ山にか」と解する。
- 「さびしげさまさるすさび」
- 寂しさのつのる慰みごと。山籠りを指す。
- 「秋の氣色もこ給はむ」
- 底本どおり。注記に「見」の異文があり、「秋の気色も見給へむ」と解する。
- 「こりずま」
- 懲りずま。懲りないで。
- 「まきにうちあげ」
- 巻きに投げ上げ。
- 「らうがはしき」
- 乱暴な。騒々しい。
和歌
妹背川むかしながらのなかならば人のゆきゝのかげは見てまし
- 詠者
- 登子(尚侍)
- 状況
- 作者がまだ山寺にいると思って贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「妹背川」に兄妹・夫婦の仲を重ね、「なか」に川の「中」と仲を掛ける。兄兼家との仲を案じる。
よしや身のあせむなげきは妹背山なか行く水の名もかはりけり
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 登子の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「あせむ」に水が「浅せむ」と身が衰える意を掛け、妹背山の間を流れる川の名が変わったと詠んで、夫婦の仲の変化を言う。
解説
鳴滝から帰った後も、兼家の態度は変わらなかった。来ると知らせておきながら来ない、来れば悪びれずに言い訳をする。作者は「山ならまし時、かく胸ふたがる目を見ましや」と、山を下りたことを悔やむ。
父の家での場面で、兼家が勤行の道具を投げ散らすのは、作者の仏道への傾倒を嫌ったためであろう。山寺から妻を連れ戻した兼家は、妻が再び出家に向かうことをおそれていた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、106–108頁(コマ56–57)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日