古典ライブラリー

蜻蛉日記 中巻 第34章

山を下りる

「今日殿がおいでになる」と京から知らせが届き、地方から戻った父も下山を勧める。やがて兼家が山寺に乗りこみ、勤行の道具を投げ散らし、道綱に命じて荷物をまとめさせる。作者は泣きながら手を引かれて車に乗せられ、夜遅く京の家に帰り着く。撫子の種が取れなかったと話す侍女の言葉を、兼家は大笑いして聞いていた。

  1. 1さてさてさて經ふ經ふふるるるほどほどほどににに、、、京きやう京きやうきょうのののこれこれこれののの許もと許もともとよりよりより、、、文ふみ文ふみふみどもどもどもありありあり。。。見み見みみれれればばば、、、「「「今日けふ今日けふきょう殿との殿とのとのおはしますおはしますおわしますべきべきべきやうやうようににになむなむなん聞き聞ききくくく。。。にたみにたみにたみさへさへさへおりおりおりずずずばばば、、、いといといとつくたましきつくたましきつくたましきさまさまさまににになむなむなん世よ世よよののの人ひと人ひとひとももも思おも思おもおもははわむむん。。。又また又またまたはははたたた、、、世よ世よよににに物もの物ものものししし給たま給たまたまははわじじじ。。。さらさらさらむむん後のち後のちのちににに物もの物ものものしししたらたらたらむむん、、、いかゞいかゞいかが人ひと人ひとひと笑わら笑わらわらへへえならならならむむん」」」ととと人ひと人ひとひと々びと々びとびと同おな同おなおなじじじ事こと事ことことどもどもどもををを物もの物ものものしししたるたるたるににに、、、いといといとあやしきあやしきあやしき事こと事ことことにににもももあるあるあるかなかなかな、、、いかにいかにいかにせせせむむん、、、こここたみたみたみははは世よ世よよにににしぶらすしぶらすしぶらすべくべくべくももも物もの物ものものせせせじじじととと思おも思おもおもひひい騷さわ騷さわさわぐぐぐ程ほど程ほどほどににに、、、我わ我わわががが賴たの賴たのたのむむむ人ひと人ひとひと、、、物もの物ものものよよよにににたゞたゞただ今いま今いまいまのぼりのぼりのぼりけるけるけるまゝまゝままににに來き來ききててて、、、天てん天てんてん下か下かかののの事こと事ことこと語かた語かたかたらひらひらいててて「「「げにげにげにかくかくかくてててもももしばししばししばし行おこな行おこなおこなははわれれれよよよととと思おも思おもおもひひいつるつるつるををを、、、をこをこおこののの君きみ君きみきみいといといと口くち口くちくち惜を惜をおしうしうしゅうなりなりなり給たま給たまたまひひいにににけりけりけり。。。はやはやはや猶なほ猶なほなお物もの物ものものしししねねね。。。けふけふきょうももも日ひ日ひひならならならばばば諸もろ諸もろもろ共とも共ともともにににものものものしししねねね。。。今日けふ今日けふきょうももも明日あす明日あすあすももも迎むか迎むかむかへへえににに參まゐ參まゐまいらららむむん」」」などなどなど、、、うたがひうたがひうたがいもももなくなくなくいはいはいわるゝるゝるるににに、、、いといといと力ちから力ちからちからなくなくなくおもひおもひおもいわづらひわづらひわずらいぬぬぬ。。。釣つり釣つりつりするするするあまあまあまのののうけうけうけばかりばかりばかり、、、思おも思おもおもひひい亂みだ亂みだみだるゝるゝるるにににのゝしりのゝしりののしりててて物もの物ものものににに似に似ににぬぬぬ。。。さささなめりなめりなめりととと思おも思おもおもふふうににに心ここ心ここここちちち惑まど惑まどまどひひいたちたちたちぬぬぬ。。。こここたみたみたみはははつゝむつゝむつつむにににとととなくなくなく、、、さしさしさし步あゆ步あゆあゆみみみててて、、、たゞたゞただ入い入いいりりりににに入い入いいれれればばば、、、侘わ侘わわびびびててて几き几きき帳ちやう帳ちやうちょうばかりばかりばかりををを引ひ引ひひききき寄よ寄よよせせせててて、、、はくはくはくかくるれかくるれかくるれどどど何なに何なになにのののかひかひかいなしなしなし。。。かうかうこうもりもりもりすゑすゑすえすゝれすゝれすすれきあげきあげきあげへへへうちうちうち置お置おおきききなどなどなどしししてててををを見み見みみててて「「「あなあなあな恐おそ恐おそおそろしろしろし。。。いといといとかくかくかくははは思おも思おもおもひひいずずずこそこそこそありありありつれつれつれ。。。いみじくいみじくいみじくけうとくけうとくけうとくてててもももおはしおはしおわしけるけるけるかなかなかな。。。もしもしもし出い出いいででで給たま給たまたまひひいぬぬぬべくべくべくやややととと思おも思おもおもひひいてててまうでまうでもうで來き來ききつれつれつれどどどかへりかへりかえりてててははは罪つみ罪つみつみ得う得ううべかべかべかめりめりめり。。。いかにいかにいかに大たい大たいたい夫ふ夫ふふ、、、かくかくかくてててのみのみのみあるあるあるをををばばばいかゞいかゞいかが思おも思おもおもふふう」」」ととと問と問ととへへへばばば、、、「「「いといといと苦くる苦くるくるしうしうしゅう侍はべ侍はべはべれれれどどどいかゞいかゞいかがははは」」」とととうちうちうちうつぶしうつぶしうつぶしててて居ゐ居ゐいたれたれたればばば、、、「「「あはれあはれあわれ」」」とととうちうちうちいひいひいいいひいひいいててて、、、「「「さらさらさらばばばともともともかくかくかくももも、、、きむぢきむぢきむじががが心こころ心こころこころ、、、出い出いいででで給たま給たまたまひひいぬぬぬべくべくべく車くるま車くるまくるま寄よ寄よよせせせさせさせさせよよよ」」」ととといひいひいいももも果は果ははてててぬぬぬににに、、、立た立たたちちち走はし走はしはしりりりててて散ち散ちちりりりかひかひかいたるたるたる物もの物ものものどもどもども唯ただ唯ただただ取と取ととりりりににに包つつ包つつつつみみみ、、、袋ふくろ袋ふくろふくろににに入い入いいるるるべきべきべきははは入い入いいれれれててて車くるま車くるまくるまどもどもどもににに皆みな皆みなみな入い入いいれれれさせさせさせ、、、引ひ引ひひきききたるたるたるぜさうぜさうぜそうなどなどなどももも放はな放はなはなちちち、、、たくりたくりたくりたるたるたる者もの者ものものどもどもども、、、みしみしみしみしみしみしととと取と取ととりりり拂はら拂はらはらふふう。。。ふりふりふり拂はら拂はらはらふふうににに、、、こゝちこゝちここちはははあきれあきれあきれててて、、、あれあれあれかかか人ひと人ひとひとかかかにににてててあれあれあればばば、、、人ひと人ひとひとははは目め目めめをををくちせくちせくちせいといといとよくよくよくゑみゑみえみてててまはりまはりまわり居ゐ居ゐいたるたるたるべしべしべし。。。「「「このこのこのことことことかくかくかくすれすれすればばば出い出いいででで給たま給たまたまひひいぬぬぬべきべきべきにににこそこそこそはははあああめれめれめれ。。。佛ほとけ佛ほとけほとけにににことことことのののよしよしよし申まう申まうもうししし給たま給たまたまへへえ。。。例れい例れいれいののの作さ作ささ法ほふ法ほふほうなるなるなる」」」とてとてとて、、、天てん天てんてん下か下かかのののさるがうさるがうさるごうことことことをををいひいひいいのゝしらのゝしらののしらるるるめれめれめれどどど、、、ゆめゆめゆめににに物もの物ものものもももいはいはいわれれれずずず。。。淚なみだ淚なみだなみだのみのみのみうけれうけれうけれどどど、、、念ねん念ねんねんじじじかへしかへしかえしてててあるあるあるににに、、、車くるま車くるまくるま寄よ寄よよせせせててていといといと久ひさ久ひさひさしくしくしくなりなりなりぬぬぬ。。。申さる申さるさるののの時とき時ときときばかりばかりばかりににに物もの物ものものせせせしししををを、、、火ひ火ひひともすともすともすほどほどほどににになりなりなりにににけりけりけり。。。つれなくつれなくつれなくててて動うご動うごうごかかかねねねばばば、、、「「「よしよしよしよしよしよし我われ我われわれははは出い出いいでででなむなむなん。。。きひぢきひぢきいじにににますますますとてとてとて立た立たたちちち出い出いいでででぬれぬれぬればばば、、、とくとくとくとくとくとくととと手て手ててををを取と取ととりりりててて、、、泣な泣ななきききぬぬぬばかりばかりばかりにににいへいへいえばばば、、、いふいふいうかひかひかいもももなきなきなきににに出い出いいづるづるずる心ここ心ここここちちちぞぞぞさらにさらにさらに我われ我われわれにににもももあらあらあらぬぬぬ。。。
  2. 2大だい大だいだい門もん門もんもん引ひ引ひひききき出い出いいづれづれずればばば、、、乘の乘ののりりりくはりくはりくわりててて、、、道みち道みちみちすがらすがらすがらうちうちうちももも笑わら笑わらわらひひいぬぬぬべきべきべき事こと事ことことどもどもどもををを、、、ふさふさふさにににあれあれあれどどど、、、ゆめゆめゆめぢかぢかじかものものものぞぞぞいはいはいわれれれぬぬぬ。。。このこのこのもろとももろとももろともなりなりなりつるつるつる人ひと人ひとひとももも、、、暗くら暗くらくらけれけれければばばあへあへあえなむなむなんとてとてとて、、、同おな同おなおなじじじ車くるま車くるまくるまにににあれあれあればばば、、、それそれそれぞぞぞ時とき時ときとき々どき々どきどきいらへいらへいらえなどなどなどするするする。。。はるはるはるはるはるはるととと到いた到いたいたるるる程ほど程ほどほどににに、、、亥ゐ亥ゐいののの時とき時ときときににになりなりなりにににたりたりたり。。。京きやう京きやうきょうにににははは、、、晝ひる晝ひるひる、、、さるさるさるよしよしよしいひいひいいたりたりたりつるつるつる人ひと人ひとひと々びと々びとびと、、、心こころ心こころこころづかひづかひずかいしししちりちりちりかいはきかいはきかいはき、、、戶と戶ととどもどもどもあけあけあけたりたりたりけれけれければばば、、、われわれわれにににもももあらあらあらずずずながらながらながらおりおりおりぬぬぬ。。。心こころ心こころこころももも苦くる苦くるくるしけれしけれしければばば、、、几き几きき帳ちやう帳ちやうちょうさしさしさし隔へだ隔へだへだでゝでゝでて、、、うちうちうち臥ふ臥ふふすすす所ところ所ところところにににこゝこゝここにににあるあるある人ひと人ひとひと、、、ひやうひやうひょうととと寄よ寄よよりりり來き來ききてててふすふすふすととといふいふいう。。。「「「なでしこなでしこなでしこののの種たね種たねたね取と取ととらららむむんとととししし侍はべ侍はべはべりりりかかかどどど根ね根ねねもももなくなくなくなりなりなりにににけりけりけり。。。吳くれ吳くれくれ竹たけ竹たけたけももも一ひと一ひとひとすぢすぢすじ倒たふ倒たふたおれれれててて侍はべ侍はべはべりりりししし。。。つくろはつくろはつくろわせせせしかしかしかどどど」」」などなどなどいふいふいう。。。唯ただ唯ただただ今いま今いまいまいはいはいわでででもももありありありぬぬぬべきべきべき事こと事ことことかなかなかなととと思おも思おもおもへへえばばば、、、いらへいらへいらえもももせせせででであるあるあるににに、、、ねぶるねぶるねぶるかかかととと思おも思おもおもひひいししし人ひと人ひとひと、、、いといといとよくよくよく聞き聞きききききつけつけつけててて、、、このこのこのたびたびたびとりとりとり車くるま車くるまくるまにににててて物もの物ものものしししつるつるつる人ひと人ひとひとののの、、、さうじさうじそうじををを隔へだ隔へだへだでゝでゝでてあるあるあるににに、、、「「「聞き聞ききいいい給たま給たまたまふふうややや。。。こゝこゝここにににことことことありありあり。。。このこのこの世よ世よよをををそむきそむきそむきててて、、、家いへ家いへいえををを出い出いいでゝでゝでて、、、菩ぼ菩ぼぼ提だい提だいだいををを求もと求もともとむるむるむる人ひと人ひとひとににに、、、唯ただ唯ただただ今いま今いまいまこゝこゝここなるなるなる人ひと人ひとひと々びと々びとびとがががいふいふいうををを聞き聞ききけけけばばば、、、なでしこなでしこなでしこはははなでなでなでおほしおほしおおしたるたるたるややや、、、くれくれくれにににけれけれければばばたてたてたてやりやりやりやややとととはははいふいふいう物もの物ものものかかか」」」ととと語かた語かたかたれれればばば聞き聞ききくくく人ひと人ひとひといみじういみじういみじゅう笑わら笑わらわらふふう。。。あさましうあさましうあさましゅうをかしけれをかしけれおかしけれどどど露つゆ露つゆつゆばかりばかりばかり笑わら笑わらわらふふう氣け氣けけ色しき色しきしきももも見み見みみせせせずずず。。。かゝるかゝるかかるににに夜よ夜よよやうやうやうやうようようなかばなかばなかばばかりばかりばかりににになりなりなりぬるぬるぬるににに、、、「「「方かた方かたかたはははいづいづいずかたかたかたかかかふたがるふたがるふたがる」」」ととといふいふいうににに、、、數かぞ數かぞかぞふれふれうればばばうべうべうべもももなくなくなくこなたこなたこなたふたがりふたがりふたがりたりたりたりけりけりけり。。。「「「いかにいかにいかにせせせむむん。。。いといといとからきからきからきわざわざわざかなかなかな。。。いざいざいざ諸もろ諸もろもろ共とも共ともともににに近ちか近ちかちかききき所ところ所ところところへへへ」」」などなどなどあれあれあればばば、、、いらへいらへいらえもももせせせででで、、、あなあなあな物もの物ものものくるほしくるほしくるおし、、、いといといとたとしへたとしへたとしえなきなきなき樣さま樣さまさまにににもももあるあるあるべかべかべかなるなるなるかなかなかなととと思おも思おもおもひひい臥ふ臥ふふしししててて、、、更さら更さらさらににに動うご動うごうごくくくまじけれまじけれまじければばば、、、さささふりふりふりはへはへはえこそこそこそすすすべかべかべかなれなれなれ、、、方かた方かたかた明あ明ああきききなななばばばこそこそこそははは參まゐ參まゐまいりりりくくくべかべかべかなれなれなれととと思おも思おもおもふふうににに、、、例れい例れいれいののの人ひと人ひとひと「「「ゆかゆかゆかののの物もの物ものもの忌いみ忌いみいみににになりなりなりぬぬぬべかりべかりべかりけりけりけり」」」などなどなど惱なや惱なやなやましげましげましげにににいひいひいいつゝつゝつつ出い出いいでででぬぬぬ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

こうして過ごしているうちに、京のあの人この人のもとから手紙が来る。見ると、「今日、殿がおいでになるように聞いています。今度さえ山を下りなければ、ひどく情けない様子だと世間の人も思うでしょう。それにまた、(殿は)二度とはおいでにならないでしょう。そうなった後で(山を)出たら、どんなに物笑いの種になることでしょう」と、人々が同じことを言ってきたので、たいそう妙なことでもあるなあ、どうしよう、今度はまったく(殿を)しぶらせるようなことはするまいと思って騒いでいるうちに、私の頼みにしている人(父)が、ちょうど今(任国から)上京したままの足でやって来て、いろいろなことを話して、「なるほどこうしてしばらく勤行なさいと思っていたけれど、若君がひどくみすぼらしくおなりになってしまった。早くやはり(山を)お出なさい。今日も(日柄がよい)日なら、一緒に出なさい。今日も明日も迎えに参ろう」などと、何の疑いもなく言われるので、たいそう力も抜けて思い悩んでしまった。釣りをする海人の浮きのように思い乱れていると、(外で)騒ぐ声が並大抵でない。そうらしいと思うと、心が乱れてしまった。今度は(あの人は)遠慮することもなく、ずかずかと歩いてただもう入りに入ってくるので、困って几帳だけを引き寄せて、隠れるけれど何のかいもない。(あの人は)香を盛った器や数珠を、片端から投げやったりして(いるのを)見て、「ああ恐ろしい。まさかこうまでとは思わなかった。ひどく人を寄せつけなくおなりになったものだ。もしかしたら出ておいでになるかと思って参ったけれど、かえって罪を得そうだ。どうだ大夫、こうしてばかりいるのをどう思う」と尋ねると、(道綱は)「たいそう苦しゅうございますが、どうしようも」とうつむいて座っているので、「かわいそうに」と言い言いして、「それなら、どうでもお前の心で、(母上が)お出になれるように車を寄せさせよ」と言いも終わらないうちに、(道綱は)立ち走って、散らばっている物をただ取って包み、袋に入れるべきものは入れて、車に皆入れさせ、引きめぐらしてあった軟障(ぜじょう)なども外し、取り外した者たちが、みしみしと取り払う。払い片づけるので、気持ちはあっけにとられて、自分が自分でないようでいると、あの人は目くばせをして、たいそうにこにこして見回っているのだろう。「このことはこうすれば、お出ましになるだろう。仏にそのことを申し上げなさい。例の作法だ」と言って、ありとあらゆる冗談を言い騒いでいるようだけれど、まったく何も言えない。涙ばかりが浮かぶけれど、こらえていると、車を寄せてからたいそう長い時間がたった。申の刻ごろに来たのに、灯をともす時刻になってしまった。平然として動かないので、「よしよし、私は出るぞ。あとはお前に任せる」と言って立ち出たので、(道綱が)早く早くと手を取って、泣かんばかりに言うので、どうしようもなく出る気持ちは、まったく我を忘れていた。

大門を出ると、(あの人も)乗り加わって、道中、笑ってしまいそうなことをたくさん言うけれど、まったく何も言えない。一緒に(山に)いた人(妹)も、暗いからかまうまいと言って、同じ車に乗っているので、その人が時々返事などをする。はるばると着く頃には、亥の刻になっていた。京では、昼にそういうことを知らせてきた人々が、気をつかって塵を払い掃き、戸などを開けておいたので、我にもあらず車を降りた。気分も苦しいので、几帳を隔てて横になっている所に、ここにいる侍女が、ひょいと寄って来て臥して言う。「撫子の種を取ろうとしましたが、根もなくなってしまいました。呉竹も一本倒れてしまいました。手入れはさせましたけれど」などと言う。今言わなくてもいいことなのにと思うので、返事もしないでいると、眠っているかと思った人(兼家)が、たいそうよく聞きつけて、今度一緒の車で来た人(妹)が、障子を隔てているのに、「聞いていらっしゃいますか。ここに事件がありますよ。この世を背いて家を出て、菩提を求める人に、今ここにいる人たちが言うのを聞くと、撫子はなでて育てたか、呉竹は立てたか、とは言うものですかね」と話すので、聞く人はひどく笑う。あきれるほどおかしいけれど、少しも笑う様子は見せない。こうしているうちに、夜がだんだん更けて夜中ごろになると、「方角はどちらがふさがっているか」と言うので、数えてみると、案の定、こちらがふさがっていた。「どうしよう。たいそう困ったことだ。さあ一緒に近い所へ(方違えに)」などと言うけれど、返事もしないで、ああばかばかしい、たいそうとんでもない様子でもあるようだと思って横になって、まったく動きそうにないので、(あの人は)わざわざ(方違えを)しなければならないようだ、方角が開いたらまた来よう、と思うのだろう、例の人は「床の物忌みになってしまいそうだ」などと苦しそうに言いながら出て行った。

意訳

〔下山の圧力〕京の人々からは「今日、殿がおいでになる。今度出なければ物笑いになる」と手紙が届き、任国から戻った父も「若君がみすぼらしくなった。早く出なさい」と勧める。作者は追いつめられていく。

〔乗りこむ兼家〕兼家はずかずかと御堂に入りこみ、几帳の陰に隠れる作者を見つけると、勤行の道具を投げやり、道綱に命じて荷物を車に積ませる。冗談を言って笑う兼家に、作者は一言も返せない。日が暮れても動かない作者に、兼家は「あとは任せた」と先に出て、道綱が泣きながら母の手を引いた。約二十日間の鳴滝籠りは、こうして終わった。

〔撫子と呉竹〕京の家に帰り着くと、侍女が「撫子の種が取れず、呉竹も倒れました」と報告する。兼家はそれを聞きつけて、「出家した人に、撫子をなでて育てたか、呉竹を立てたかと言うものか」と大笑いし、作者の妹も笑う。作者は笑う顔を見せまいとこらえる。悲壮な籠居が、兼家の冗談で喜劇のように終わる場面である。

語釈・文法注

文法

「にたみさへおりずば」
底本どおり。注記に「こ」の異文があり、「こたみさへ下りずば」(今度さえ山を下りなければ)と解する。
「つくたましき」
底本どおり。注記に「ゆ」の異文がある。情けない、の意に解する。
「しぶらす」
しぶらせる。ためらわせる。
「物よにたゞ今のぼりけるまゝに」
底本どおり。注記に「り」の異文があり、「物よりただ今のぼりけるままに」(任国から今上京したばかりで)と解する。
「をこの君」
底本の注記に「こ」の異文があり、「この君」(道綱)と解する。
「釣するあまのうけばかり」
古歌「伊勢の海に釣する海人の浮子(うけ)なれや心ひとつを定めかねつる」(『古今和歌集』)をふまえる。
「はくかくるれど」
底本どおり。注記に「たかく」の異文がある。
「かうもりすゑすゝれきあげへうち置きなどして」
底本どおり。注記に異文があり、香を盛った器や数珠を投げやって、の意に解される。
「ぜさう」
軟障(ぜじょう)。幕の一種。
「目をくちせ」
底本どおり。注記に「は」の異文があり、目くばせ、と解する。
「さるがうこと」
猿楽言。冗談。
「きひぢにます」
底本どおり。注記に「きむぢ」とあり、「きむぢに任す」(お前に任せる)と解する。
「乘りくはりて」
乗り加わって。
「ゆめぢかものぞいはれぬ」
底本どおり。注記に「たゞ」などとある。まったく何も言えない。
「ゆかの物忌」
底本どおり。注記に「二字ゆふ」などとある。

解説

天禄二年(971)六月末、作者は兼家に連れ戻される形で鳴滝の山寺を下りた。籠居は約二十日間に及んだ。兼家が自ら山寺に乗りこみ、道綱に荷物をまとめさせて妻を連れ帰る場面は、兼家の強引さとともに、作者を手放すまいとする執着をも示している。

帰宅後の撫子と呉竹の場面は、悲劇的な籠居を喜劇的に締めくくる。出家を思いつめて山に籠もった妻に、侍女が庭の草花の報告をし、それを兼家が冗談にして笑う。作者は笑いをこらえながらも、そのおかしさを書きとめずにはいられなかった。作者の自己を客観視する目がよく表れている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、103–106頁(コマ54–56)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日