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蜻蛉日記 中巻 第31章

山を下りよとの勧め

鳴滝の寺に、兼家の勧めで見舞いの一行がにぎやかにやって来る。「このままでは物笑いの種になる」と下山を迫られても、作者の心は動かない。雷雨の日、精進落としの魚を取りに京へやった道綱の身を案じ、兼家からは「出る日があれば迎えに行く」と手紙が届く。作者は入相の鐘に音を添える身の上を歌に詠む。

  1. 1布ぬの布ぬのぬのやややなどなどなど、、、さまざまさまざまさまざまにににくばりくばりくばり散ち散ちちらしらしらしててて、、、物もの物ものもの語がたり語がたりがたりのののついでついでついでににに、、、「「「多おほ多おほおおくくくははは殿との殿とのとのののの御おほん御おほんおおんもよほしもよほしもよおしにににてててなむなむなん詣まう詣まうもうででで來き來ききつるつるつる。。。きうきうきゅうしししててて物もの物ものものしししたりたりたりしかしかしかどどど出い出いいでででなりなりなりにににききき。。。又また又またまた物もの物ものものしししたりたりたりともともともさささこそこそこそあらあらあらめめめ、、、おのおのおのががが物もの物ものものせせせむむんにににはははととと思おも思おもおもへへえばばば、、、えええものものものせせせずずず。。。のぼりのぼりのぼりてててあがちあがちあがちたてまつれたてまつれたてまつれ。。。法ほふ法ほふほう師し師ししばらばらばらにににももも、、、いといといとたいだいしくたいだいしくたいだいしく經きやう經きやうきょう敎をし敎をしをしへへへなどなどなどすすすなるなるなるははは、、、なでふなでふなでうことことことぞぞぞとととなむなむなんのたまへのたまへのたまえりりりししし。。。かくかくかくてててのみのみのみはははいかなるいかなるいかなる人ひと人ひとひとかかかあるあるある。。。世よ世よよののの中なか中なかなかにににいふいふいうなるなるなるやうやうようににに、、、ともともともかくかくかくももも限かぎり限かぎりかぎりににになりなりなりててておはせおはせおわせばばば、、、いふいふいうかひかひかいなくなくなくてててもももあるあるあるべしべしべし。。。かくかくかくててて人ひと人ひとひとももも仰おほ仰おほおおせせせざらざらざらむむん時とき時ときとき、、、歸かへ歸かへかえりりり出い出いいでゝでゝでてゐゐい給たま給たまたまへへえらむらむらんももも、、、をこをこおこにににぞぞぞあらあらあらむむん。。。さりともさりともさりとも今いま今いまいま一ひと一ひとひと度たび度たびたびはははおはしおはしおわしなむなむなん。。。それそれそれにににさへさへさへ出い出いいででで給たま給たまたまははわずずずばばばいといといと人ひと人ひとひと笑わら笑わらわらへへえにににはははなりなりなりはてはてはて給たま給たまたまふふうらむらむらん」」」などなどなど、、、ものものものほこりかほこりかほこりかにににいひいひいいのゝしるのゝしるののしるほどほどほどににに、、、西にし西にしにしののの京きやう京きやうきょうににに侍さぶら侍さぶらさぶらふふう人ひと人ひとひと々びと々びとびとこゝこゝここにににおはしましおはしましおわしましぬぬぬとてとてとて、、、奉たてまつ奉たてまつたてまつらららせせせたるたるたるとてとてとて、、、天てん天てんてん下か下かかのののものものものふさふさふさにににありありあり。。。山やま山やまやまののの末すゑ末すゑすえととと思おも思おもおもふふうやうやうようなるなるなる人ひと人ひとひとのののためためためににに遙はるか遙はるかはるかぞぞぞあるあるあるににに、、、ことことことなるなるなるにににももも身み身みみのののうきうきうきことことことはははまづまづまず覺おぼ覺おぼおぼえええけりけりけり。。。夕ゆふ夕ゆふゆう影かげ影かげかげににになりなりなりぬれぬれぬればばば急いそ急いそいそぐぐぐとととあれあれあればばばえええひきひきひきももも聞きこ聞きこきこえええずずず、、、おぼつかなくおぼつかなくおぼつかなくはははありありあり、、、「「「猶なほ猶なほなおいといといとこそこそこそあしけれあしけれあしけれ。。。さてさてさていついついつともともともおぼさおぼさおぼさぬぬぬかかか」」」ととといへいへいえばばば「「「唯ただ唯ただただ今いま今いまいまはははいかにいかにいかにもももいかにいかにいかにももも思おも思おもおもははわずずず。。。今いま今いまいま物もの物ものものすすすべきべきべき事こと事ことことあらあらあらばばばまかでまかでまかでなむなむなん。。。つれづれつれづれつれづれなるなるなるこゝろこゝろこころなれなれなればばばにににこそこそこそあれあれあれ」」」などなどなどゝゝとててて、、、とてとてとてももも、、、出い出いいでででむむんももも行おこな行おこなおこなひひいみみみむむんつきつきつき。。。さささややや思おも思おもおもひひいなるなるなるとてとてとて、、、出いだ出いだいださささじじじととと思おも思おもおもふふうなるなるなる人ひと人ひとひとのののいはいはいわするするするならならならむむん、、、さとらさとらさとらでででももも何なに何なになにわざわざわざをををかかかせせせむむんずるずるずるととと思おも思おもおもへへえばばば、、、「「「かくかくかくてててあああべきべきべきほどほどほどばかりばかりばかりととと思おも思おもおもふふうなりなりなり」」」ととといへいへいえばばば「「「こここもももなくなくなくおぼすおぼすおぼすにににこそこそこそあああなれなれなれ。。。萬よろづ萬よろづよろずののの事こと事ことことよりよりよりももも、、、このこのこの君きみ君きみきみのののかくかくかくそゞろそゞろそぞろなるなるなるしやうじしやうじしょうじをををしししててておはするおはするおわするよよよ」」」ととと、、、かつかつかつうちうちうち泣な泣ななきききつゝつゝつつ、、、車くるま車くるまくるまにににものものものすれすれすればばば、、、こゝこゝここなるなるなるこれこれこれかれかれかれ、、、送おく送おくおくりりりににに立た立たたちちち出い出いいでででたれたれたればばば、、、「「「思おも思おもおもふふうどちどちどちももも皆みな皆みなみなかんだうかんだうかんどうにににあたりあたりあたり給たま給たまたまふふうなりなりなり。。。よくよくよく聞きこ聞きこきこえええてててはやはやはや出いだ出いだいだししし奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへへえ」」」などなどなどいひいひいい散ち散ちちらしらしらしててて歸かへ歸かへかえるるる。。。
  2. 2このこのこの度たび度たびたびのののなごりなごりなごりははは、、、まいてまいてまいていといといとこよなくこよなくこよなくさうざうしけれさうざうしけれそうぞうしければばば、、、我われ我われわれならならならぬぬぬ人ひと人ひとひとはははほとほとほとほとほとほとなななにににぬぬぬべくべくべく思おも思おもおもひひいたりたりたり。。。かくかくかくおもておもておもておもておもておもてにににとととざまざまざまかくかくかくざまざまざまにににいひいひいいなさなさなさるれるれるれどどど、、、我わ我わわががが心こころ心こころこころはははつれなくつれなくつれなくなむなむなんありありありけるけるける。。。惡あ惡ああしししともともとも善よ善よよしししともともともあらあらあらむむんををを辭いな辭いないなむむむまじきまじきまじき人ひと人ひとひとはははこのこのこの頃ころ頃ころころきやうきやうきょうににに物もの物ものものししし給たま給たまたまははわずずず。。。文ふみ文ふみふみにににてててかくかくかくてててなむなむなんとととあるあるあるにににはははたたたよかよかよかなりなりなり。。。忍しの忍しのしのびやかびやかびやかにににてててさてさてさて暫しばら暫しばらしばらしししももも行おこな行おこなおこなはるはるわるとととあれあれあればばば、、、いといといと心こころ心こころこころ安やす安やすやすししし。。。人ひと人ひとひとはははなほなほなおしししすかしすかしすかしがてらがてらがてらににに、、、さささもももいはいはいわるゝるゝるるにににこそこそこそあらあらあらめめめ、、、限かぎり限かぎりかぎりなきなきなき腹はら腹はらはらををを立た立たたつつつとととかゝるかゝるかかる所ところ所ところところををを見み見みみ置お置おおきききててて歸かへ歸かへかえりりりにににしししまゝまゝままにににいかにいかにいかにともともともおとろれおとろれおとろれてててずずず、、、いかにいかにいかにもももいかにいかにいかにもももなりなりなりなななばばば、、、しるしるしるべくべくべくやややはははありありありけるけるけるなどなどなど思おも思おもおもへへえばばば、、、これこれこれよりよりより深ふか深ふかふかくくく入い入いいるるるともともともぞぞぞおぼえおぼえおぼえけるけるける。。。今日けふ今日けふきょうははは十五日じふごにち十五日じふごにちじゅうごにち、、、いもひいもひいもいなどなどなどしししてててありありあり。。。からくからくからく催もよほ催もよほもよおしししててていをいをいおなどなどなどものものものせよせよせよとてとてとて、、、けさけさけさ京きやう京きやうきょうへへへ出いだ出いだいだししし立た立たたてゝてゝてて、、、思おも思おもおもひひいながむるながむるながむるいいいどどどににに、、、空そら空そらそら暗くら暗くらくらききき松まつ松まつまつ風かぜ風かぜかぜ音おと音おとおと高たか高たかたかくくくててて、、、我われ我われわれこほこほこほこほこほこほとととなきなきなき今いま今いまいましししまたまたまた降ふ降ふふりりりくくくべかべかべかるるるらむらむらんものものものををを、、、道みち道みちみちにににててて雨あめ雨あめあめもももややや降ふ降ふふらららむむん、、、神かみ神かみかみもももややや鳴な鳴ななりりりまさらまさらまさらむむんととと思おも思おもおもふふうににに、、、いといといとゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう悲かな悲かなかなしくしくしくててて佛ほとけ佛ほとけほとけににに申まう申まうもうしししつれつれつればばばにににやややあらあらあらむむん、、、晴は晴ははれれれててて程ほど程ほどほどもももなくなくなく歸かへ歸かへかえりりりたりたりたり。。。「「「いかにいかにいかにぞぞぞ」」」ととと問と問ととへへへばばば「「「雨あめ雨あめあめもももやややいたくいたくいたく降ふ降ふふりりり侍はべ侍はべはべるるるととと思おも思おもおもへへえばばば、、、神かみ神かみかみののの鳴な鳴ななりりりつるつるつる音おと音おとおとににになむなむなん出い出いいでゝでゝでてまうでまうでもうで來き來ききつるつるつる」」」ととといふいふいうををを聞き聞ききくくくにににもももいといといとあはれあはれあわれにににおぼゆおぼゆおぼゆ。。。こびのこびのこびのたよりたよりたよりにににぞぞぞ文ふみ文ふみふみあるあるある。。。「「「いといといとあさましくあさましくあさましくててて、、、歸かへ歸かへかえりりりにににしかしかしかばばば、、、又また又またまた々また々またまたもももさささこそこそこそはははあらあらあらめめめ、、、うくうくうく思おも思おもおもひひいはてはてはてにににためためためれれればばばととと思おも思おもおもひひいてててなむなむなん。。。若も若ももしししたまさかたまさかたまさかににに出い出いいづづずべきべきべき日ひ日ひひあらあらあらばばば吿つ吿つつげげげよよよ。。。迎むか迎むかむかへへえはははせせせむむん。。。怖おそろ怖おそろおそろしきしきしき物もの物ものものににに思おも思おもおもひひい果は果ははてててにににためためためれれればばば、、、近ちか近ちかちかくくくはははえええ思おも思おもおもははわずずず」」」などなどなどぞぞぞあるあるある。。。又また又またまた人ひと人ひとひとののの文ふみ文ふみふみどもどもどもあるあるあるををを見み見みみれれればばば、、、「「「とてとてとてさささのみのみのみやややはははあらあらあらむむんとととけるけるける。。。日ひ日ひひののの經ふ經ふふるるるまゝまゝままにににいみじくいみじくいみじくなむなむなん思おも思おもおもひひいやるやるやる」」」などなどなどさまざまさまざまさまざまににに問と問ととひひいたりたりたり。。。又また又またまたののの日ひ日ひひ返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとすすす。。。さてさてさてのみのみのみやややはははとととあるあるある人ひと人ひとひとのののもともともとににに、、、「「「かくかくかくてててのみのみのみとととしもしもしも思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえねねねどどど、、、詠なが詠ながながむるむるむるほどほどほどににになむなむなん、、、はかなくはかなくはかなくててて過す過すすぎぎぎつつつ。。。日ひ日ひひ數かず數かずかずぞぞぞつもりつもりつもりにににけるけるける。。。
  3. 3かけかけかけてててだにだにだに思おも思おもおもひひいやややはははせせせししし山やま山やまやま深ふか深ふかふかくくく入い入いいりりりあひあひあいののの鐘かね鐘かねかねににに音ね音ねねををを添そ添そそへへえむむんとととははは」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

布などを、さまざまに配り散らして、話のついでに、(見舞いの人が)「多くは殿のお勧めで参りました。(殿は)急いでおいでになったけれど、(あなたは)出ていらっしゃらなかった。またおいでになっても同じことでしょう、自分が行ったのでは(だめだ)とお思いになって、おいでにならない。(私たちに)上って行って、(あなたを)お連れ申し上げよ。法師たちにも、たいそう大げさに経を教えたりしているそうなのは、どういうことか、とおっしゃっていました。こうしてばかりいる人がどこにいましょう。世間で言うように、どうでもいよいよ(出家の)限りになってしまわれたのなら、言ってもかいのないことでもありましょう。こうしていて、誰も(出てこいと)おっしゃらない時に、帰って出ていらっしゃるのも、間の抜けたことでしょう。それでも、もう一度は(殿が)おいでになるでしょう。それにさえ出ていらっしゃらなかったら、ひどく物笑いの種になってしまわれるでしょう」などと、得意げに言い騒いでいるうちに、西の京に仕える人々が、「こちらに(あの方が)おいでになった」と聞いて、差し上げたといって、ありとあらゆる物がたくさんある。山の奥と思う私のために、はるばる届けてくれたのにつけても、身のつらさがまず思われる。夕方になったので、急ぐというので、ゆっくり話すこともできず、気がかりではある。「やはりたいそうよくないことです。それで、いつ(出る)ともお考えにならないのですか」と言うので、「ただ今は何とも考えておりません。そのうち、するべきことがあれば出ましょう。所在ない心からこうしているのです」などと言って、……そう思うようになったのだと、(私を)出すまいと思う人が言わせているのだろう、わからないでも何をしようかと思うので、「こうしていられる間だけと思っているのです」と言うと、「限りなくお思いになっているのですね。何よりも、この若君がこうしてわけもない精進をしておいでなのが(お気の毒)」と言って、一方では泣きながら車に乗るので、ここにいる者たちが見送りに出ると、「(殿は)親しい人たちにも皆お咎めがあるのです。よく申し上げて、早くお出し申し上げなさい」などと言い散らして帰った。

今度の名残は、まして、たいそうこの上なく寂しいので、私以外の人は、ほとんど死にそうに思っている。こうしてあれこれと、人それぞれにさまざまに言われるけれど、私の心は平然としていた。良いとも悪いとも(私のすることを)拒まないはずの人(父)は、この頃は京においでにならない。手紙で「こうしております」と言ったのに対しては、「それもよいだろう。ひっそりとしばらく勤行なさるのなら、たいそう安心だ」とあったので、たいそう心安い。あの人(兼家)は、やはりなだめすかしがてらに、そう言わせているのだろう、限りない腹を立てて、こんな所を見ておきながら帰ったきり、どうしているとも便りをよこさない、もし私がどうにかなってしまっても、知るはずもなかったのだと思うと、ここよりももっと深く(山に)入ってしまおうかとまで思われた。今日は十五日で、精進潔斎などしている。(道綱に)ぜひとも魚などを食べさせようと思って、今朝、京へ送り出して、物思いにふけっているうちに、空が暗くなり松風の音が高くなって、ごろごろと雷が鳴って、今にもまた降ってきそうなのに、道中で雨が降るのではないか、雷がひどく鳴るのではないかと思うと、たいそう不吉で悲しくて仏にお祈りしたからだろうか、晴れて、ほどなく帰ってきた。「どうだった」と尋ねると、「雨がひどく降るのではないかと思いましたので、雷が鳴った音を聞いてすぐ出て参りました」と言うのを聞くにつけても、たいそうしみじみと思われる。この使いのついでに(兼家の)手紙がある。「たいそうあきれて帰ったので、またまた同じことだろう、すっかり嫌われてしまったようだからと思って(行かなかった)。もしたまたま出る日があれば知らせよ。迎えには行こう。恐ろしい者にすっかり思われてしまったようなので、近づくことは思いもよらない」などとある。また人々の手紙があるのを見ると、「それにしても、そうしてばかりいられようかと(思います)。日がたつにつれて、たいそう思いやっております」などと、さまざまに見舞ってくれている。翌日、返事をする。「そうしてばかりはいられまい」と言ってきた人のもとに、「こうしてばかりいようと思ってはいないのですが、物思いにふけっているうちに、はかなく過ぎてしまいました。日数が積もってしまったことです。

かりそめにも思ったでしょうか、山深く入って、入相の鐘に泣く音を添えようとは」。

意訳

〔下山の勧め〕兼家の意を受けた見舞いの一行が、にぎやかに山寺を訪れる。「このまま籠もっていては、物笑いの種になってしまいますよ」と口々に下山を迫るが、作者の心は「つれなくなむありける」――少しも動かない。

〔雷雨の日〕作者を支持してくれる父は地方にいて、「しばらく勤行するのもよい」と手紙をくれる。精進落としの魚を食べさせようと道綱を京にやった日、雷雨になり、作者は道綱の身を案じて仏に祈る。雷を聞いてすぐに戻ってきた道綱に、作者は胸を打たれる。

〔兼家の手紙〕兼家からは「すっかり嫌われたようだから、近づくことも思いよらない。出る日があれば迎えに行く」と手紙が来る。作者は見舞ってくれた人に、「山深く入って入相の鐘に泣く声を添えるとは思いもしなかった」と詠み送る。

語釈・文法注

文法

「きうして物したりしかど出でなりにき」
底本どおり。注記に「急ぎて」「出でずなりにき」などの異文がある。急いでおいでになったが、(あなたは)出ていらっしゃらなかった、の意に解する。
「あがちたてまつれ」
底本どおり。注記に異文がある。お連れ申し上げよ、の意に解する。
「たいだいしく」
大げさに。
「ものほこりかに」
得意げに。
「えひきも聞えず」
底本どおり。注記に異文がある。ゆっくり話すこともできず、の意に解する。
「出でむも行ひみむつき」
底本どおりで意味がとりにくい。
「こもなく」
底本どおり。注記に「限り」の異文がある。
「かんだう」
勘当。お咎め。
「ほとほとなにぬべく」
底本の注記に「し」の脱字かとあり、「ほとほと死にぬべく」と解する。
「辭むまじき人」
(作者のすることを)拒まないはずの人。父倫寧。
「おとろれてず」
底本どおり。注記に「づれ」の異文があり、「おとづれず」と解する。
「いもひ」
斎(いもい)。精進潔斎。
「いどに」
底本どおり。注記に「ほ」の異文があり、「ほどに」と解する。
「我こほこほとなき」
底本の注記に「神」の異文があり、「神こほこほと鳴き(鳴り)」と解する。
「こびのたより」
底本どおり。注記に「たび」の異文があり、「この度のたより」と解する。
「とてさのみやはあらむとける」
底本どおり。注記に「さても」などの異文がある。

和歌

かけてだに思ひやはせし山深く入りあひの鐘に音を添へむとは

詠者
道綱母(作者)
状況
鳴滝の寺から、見舞いの手紙をくれた人に返した歌。

修辞

掛詞
「入りあひ」に、山に「入り」と「入相(夕暮れ)」を掛け、「音」に鐘の音と泣く「音」を掛ける。

解説

鳴滝籠りが長引くにつれ、兼家は周囲の人々を使って作者に下山を勧めた。見舞いの一行は、作者が出家してしまえば物笑いの種になると説得するが、作者は動じない。兼家自身は「恐ろしい者に思われている」と言って近づかず、作者からの連絡を待つという態度をとる。

作者の父倫寧は、娘の籠居に理解を示した。受領として地方にいた父の手紙は、作者にとって数少ない心の支えであった。

雷雨の日に道綱の身を案じる場面は、山寺での作者の心が、出家の決意と子への愛情の間で揺れていることを示している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、98–100頁(コマ52–53)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日