古典ライブラリー

蜻蛉日記 中巻 第30章

鳴滝の山住み

鳴滝の寺に籠もった作者は、兼家に手紙を送るが返事はない。昼は勤行し、夜は仏を念じる日々。月の障りで御堂を下り、離れた屋に移ると、叔母が見舞いに来る。時鳥や水鶏の声、入相の鐘に心を乱しながら、作者は道綱に出家の思いを語り、道綱は泣きじゃくる。体調を崩した作者を妹が訪ね、続いてにぎやかな見舞いの一行がやって来る。

  1. 1京きやう京きやうきょうへへへ物もの物ものものしししやるやるやるべきべきべき事こと事ことことなどなどなどあれあれあればばば、、、人ひと人ひとひと出いだ出いだいだししし立た立たたつつつ。。。大たい大たいたい「「「よべよべよべのののいといといとおぼつかなきおぼつかなきおぼつかなきををを御み御みみかどかどかどのののへんへんへんにににててて、、、御み御みみけしきけしきけしきももも聞き聞ききかかかせせせむむん」」」とてとてとてものものものすれすれすればばば、、、それそれそれにににつけつけつけててて文ふみ文ふみふみ物もの物ものものすすす。。。「「「いといといとあやしうあやしうあやしゅう、、、おどろおどろしかりおどろおどろしかりおどろおどろしかりししし御おほん御おほんおおんありきありきありきののの、、、夜よ夜よよもももややや更ふ更ふふけけけぬぬぬらむらむらんととと思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえしかしかしかばばば、、、たゞたゞただ佛ほとけ佛ほとけほとけをををおくりおくりおくり聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ給たま給たまたまへへえとととのみのみのみ祈いの祈いのいのりりり聞きこ聞きこきこえええさせさせさせつるつるつる。。。さてさてさてもももいかにいかにいかに覺おぼ覺おぼおぼえええたるたるたる事こと事ことことありありありてててかはかはかはととと思おも思おもおもううう給たま給たまたまへれへれえればばば、、、いまたいまたいまたあまたあまたあまたいたくいたくいたくててて罷まか罷まかまかりりり歸かへ歸かへかえらららむむん事こと事ことことももも難かた難かたかたかるかるかるべきべきべきこゝちこゝちここちしししけるけるける」」」などなどなど、、、こまかこまかこまかににに書か書かかきききててて端はし端はしはしににに、、、「「「昔むかし昔むかしむかしももも御ご御ごご覽らん覽らんらんぜぜぜししし道みち道みちみちとととははは見み見みみ給たま給たまたまへへえつゝつゝつつ、、、罷まか罷まかまかりりり入い入いいりりりしかしかしかどどどたぐひたぐひたぐいなくなくなく思おも思おもおもひひいやりやりやり聞きこ聞きこきこえええさせさせさせししし。。。今いま今いまいまいといといととくとくとくまかでまかでまかでぬぬぬべしべしべし」」」ととと書か書かかきききててて、、、苔こけ苔こけこけららら着つ着つついいいたるたるたる松まつ松まつまつののの枝えだ枝えだえだにににつけつけつけてててものものものすすす。。。曙あけぼの曙あけぼのあけぼのををを見み見みみれれればばば、、、霧きり霧きりきりかかか雲くも雲くもくもかかかととと見み見みみゆるゆるゆるものものもの立た立たたちちち渡わた渡わたわたりりりてててあはれあはれあわれににに心こころ心こころこころすごしすごしすごし。。。晝ひる晝ひるひるつつつ方かた方かたかた出い出いいでででつるつるつる人ひと人ひとひと歸かへ歸かへかえりりり來き來ききたりたりたり。。。「「「御おほん御おほんおおん文ふみ文ふみふみははは出い出いいででで給たま給たまたまひひいにににけれけれければばば、、、をのこをのこおのこどもどもどもににに預あづ預あづあずけけけててて來き來ききぬぬぬ」」」とととものものものすすす。。。さらさらさらずずずともともともかへりかへりかえりごとごとごとあらあらあらじじじととと思おも思おもおもふふう。。。さてさてさて晝ひる晝ひるひるははは日ひ日ひひ一ひと一ひとひと日ひ日ひひ例れい例れいれいののの行おこな行おこなおこなひひいをををししし、、、夜よ夜よよはははあかしあかしあかしののの佛ほとけ佛ほとけほとけををを念ねん念ねんねんじじじ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。めぐりめぐりめぐりててて山やま山やまやまなれなれなればばば晝ひる晝ひるひるももも人ひと人ひとひとややや見み見みみむむむののの疑うたがひ疑うたがひうたがいなしなしなし。。。すだれすだれすだれ卷ま卷ままききき上あ上ああげげげてててなどなどなどあるあるあるににに、、、このこのこの時とき時ときとき過す過すすぎぎぎたるたるたる鶯うぐひす鶯うぐひすうぐいすののの、、、鳴な鳴ななききき鳴な鳴ななきききてててのののたちたちたちがらしがらしがらしににに、、、人ひと人ひとひとくくく人ひと人ひとひとくくくとととのみのみのみいちはやくいちはやくいちはやくいふいふいうにににぞぞぞすだれすだれすだれおろしおろしおろしつつつべくべくべく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆる。。。そそそもももうつしうつしうつし心ごころ心ごころごころもももなきなきなきなるなるなるべしべしべし。。。
  2. 2かくかくかくててて程ほど程ほどほどもももなくなくなくふじやうふじやうふじょうのののことことことあるあるあるををを、、、出い出いいでででむむんととと思おも思おもおもひひい置お置おおきききしかしかしかどどど、、、京きやう京きやうきょうははは皆みな皆みなみな形かたち形かたちかたちことことことにににいひいひいいなしなしなしたるたるたるにににははは、、、いといといとはしたなきはしたなきはしたなき心ここ心ここここちちちすすすべしべしべしととと思おも思おもおもひひいててて、、、さしさしさし離はな離はなはなれれれたるたるたるやややにににおりおりおりぬぬぬ。。。京きやう京きやうきょうよりよりよりをばをばをばなどなどなど思おぼ思おぼおぼしきしきしき人ひと人ひとひとものものものしししたりたりたり。。。「「「いといといとめづらかめづらかめずらかなるなるなるすまひすまひすまいなれなれなればばば、、、しづしづしず心ごころ心ごころごころもももなくなくなくてててなむなむなん」」」語かた語かたかたひひいててて、、、五いつ五いついつなるなるなるほどほどほど六月ろくぐわつ六月ろくぐわつろくがつさかりさかりさかりににになりなりなりにににたりたりたり。。。木こ木ここ蔭かげ蔭かげかげいといといとあはれあはれあわれなりなりなり。。。山やま山やまやま陰かげ陰かげかげののの暗くら暗くらくらがりがりがりたるたるたる所ところ所ところところををを見み見みみれれればばば、、、ほたかほたかほたかしししものものもの思おも思おもおもひひいうすかりうすかりうすかりししし時とき時ときとき二ふた二ふたふた聲こゑ聲こゑこえととと聞き聞ききくくくとととはははなしなしなしにににととと、、、腹はら腹はらはらだゝだゝだたかりかりかりししし時ほと時ほとほと鳥とぎす鳥とぎすとぎすもももうちうちうち解と解ととけけけててて鳴な鳴ななくくく。。。水く水くく鷄ひな鷄ひなひなはははそこそこそこととと思おも思おもおもふふうまでまでまでたゝくたゝくたたく。。。いといといといみじげいみじげいみじげさささまさるまさるまさるものものもの思おも思おもおもひひいのののすみかすみかすみかなりなりなり。。。人ひと人ひとひとやりやりやりならならならぬぬぬわざわざわざなれなれなればばば、、、問と問ととひひいとぶらはとぶらはとぶらわぬぬぬ人ひと人ひとひとありありありともともとも、、、ゆめゆめゆめにににつらくつらくつらくなどなどなど思おも思おもおもふふうべきべきべきならならならねねねばばば、、、いといといと心こころ心こころこころ安やす安やすやすくくくてててあるあるあるををを、、、唯ただ唯ただただかゝるかゝるかかるすまひすまひすまいをををさへさへさへせせせむむんとととはははかまへかまへかまえたりたりたりけるけるける身み身みみののの宿すく宿すくすく世せ世せせばかりばかりばかりをををながむるながむるながむるにににそひそひそいててて、、、悲かな悲かなかなしきしきしき事こと事ことことははは日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろののの長なが長ながながしやうじしやうじしょうじしししつるつるつる人ひと人ひとひとののの、、、たのもしげたのもしげたのもしげなけれなけれなけれどどど、、、みみみゆづるゆづるゆずる人ひと人ひとひともももなけれなけれなければばば、、、かしらかしらかしらもももさしさしさし出い出いいでででずずず。。。松まつ松まつまつののの葉は葉ははばかりばかりばかりににに思おも思おもおもひひいなりなりなりにににたるたるたる身み身みみののの同おな同おなおなじじじさまさまさまにににてててくはくはくわせせせたれたれたれどどど、、、えええもももくひくひくいやらやらやらぬぬぬををを見み見みみるるるたびたびたびにににぞぞぞ淚なみだ淚なみだなみだはははこぼれこぼれこぼれまさるまさるまさる。。。かくかくかくてててあるあるあるはははいといといと心こころ心こころこころ安やす安やすやすかりかりかりけるけるけるををを唯ただ唯ただただ淚なみだ淚なみだなみだもろもろもろなるなるなるこそこそこそいといといとくるしかりくるしかりくるしかりけれけれけれ。。。夕ゆふ夕ゆふゆう暮ぐれ暮ぐれぐれののの入いり入いりいり相あひ相あひあいののの聲こゑ聲こゑこえひぐらしひぐらしひぐらしのののねねね、、、めぐりめぐりめぐりののの小こ小ここ寺でら寺でらでらちひさきちひさきちいさき鐘かね鐘かねかねどもどもども、、、我われ我われわれももも我われ我われわれもももとととうちうちうちたゝきたゝきたたきなどなどなどししし、、、前まへ前まへまえなるなるなる岡をか岡をかをかににに神かみ神かみかみののの社やしろ社やしろやしろもももあれあれあればばば、、、法ほふ法ほふほう師し師ししばらばらばら讀ど讀どど經きやう經きやうきょうまつりまつりまつりなどなどなどするするする聲こゑ聲こゑこえををを聞き聞ききくくくにににぞぞぞいといといとせせせむむん方かた方かたかたなくなくなくものものものははは覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆる。。。
  3. 3かくかくかく不ふ不ふふ淨じやう淨じやうじょうなるなるなるほどほどほどははは、、、夜よ夜よよ晝ひる晝ひるひるののの暇いとま暇いとまいとまもももあれあれあればばばはしはしはしののの方かた方かたかたににに居ゐ居ゐいててて詠なが詠ながながむるむるむるををを、、、このこのこの幼をさな幼をさなおさなききき人ひと人ひとひと「「「入い入いいりりりねねね入い入いいりりりねねね」」」ととといふいふいうけしきけしきけしきををを見み見みみれれればばば、、、物もの物ものものををを深ふか深ふかふかくくく思おも思おもおもひひい入い入いいれれれさせさせさせじじじとととなるなるなるべしべしべし。。。「「「などなどなどかくかくかくはははのたまふのたまふのたまう。。。猶なほ猶なほなおいといといとあああじじじ。。。ねぶたくねぶたくねぶたくももも侍はべ侍はべはべりりり」」」などなどなどいへいへいえばばば、、、「「「ひたひたひた心ごころ心ごころごころににになくなくなくもももなりなりなりつつつべきべきべき身み身みみををを、、、そこそこそこにににさはりさはりさわりててて今いま今いまいままでまでまであるあるあるををを、、、いかゞいかゞいかがせせせむむんずるずるずる。。。世よ世よよののの人ひと人ひとひとのののいふいふいうなるなるなるさまさまさまにににもももなりなりなりなむなむなん。。。むげむげむげににに世よ世よよににになからなからなからむむんよりよりよりははは、、、さてさてさてあらあらあらばばばおぼつかなからおぼつかなからおぼつかなからむむんほどほどほどににに通かよ通かよかよひひいつゝつゝつつなきなきなき物もの物ものものににに思おも思おもおもひひいなしなしなしててて見み見みみ給たま給たまたまへへえ。。。かくかくかくててていといといとありありありぬぬぬべかりべかりべかりけりけりけりととと、、、身み身みみ一ひと一ひとひとつつつににに思おも思おもおもふふうををを、、、唯ただ唯ただただいといといとかくかくかくあしきあしきあしき物もの物ものものしししててて、、、物もの物ものものををを參まゐ參まゐまいれれればばば、、、いといといといたくいたくいたく瘦や瘦ややせせせ給たま給たまたまふふうををを見み見みみるるるなむなむなんいといといといみじきいみじきいみじき。。。形かたち形かたちかたちことことことにににてててもももきやうきやうきょうにににあるあるある人ひと人ひとひとこそこそこそはははととと思おも思おもおもへへえどどど、、、それそれそれなむなむなんいといといともどかしうもどかしうもどかしゅう見み見みみゆるゆるゆることことことなれなれなればばば、、、かくかくかくかくかくかく思おも思おもおもふふう」」」ととといへいへいえばばば、、、いらへいらへいらえもももせせせでででさくりさくりさくりもももよゝよゝよよににになくなくなく。。。さてさてさて五日いつか五日いつかいつかばかりばかりばかりにににきよまはりきよまはりきよまわりぬれぬれぬればばばまたまたまた堂だう堂だうどうににに上のぼ上のぼのぼりりりぬぬぬ。。。日ひ日ひひ頃ごろ頃ごろごろ物もの物ものものしししつるつるつる人ひと人ひとひと今日けふ今日けふきょうぞぞぞ歸かへ歸かへかえりりりぬるぬるぬる。。。車くるま車くるまくるまののの出い出いいづるづるずるををを見み見みみやりやりやりてててつくづくつくづくつくづくとととたてたてたてれれればばば、、、木こ木ここ蔭かげ蔭かげかげにににやうやうやうやうようよういくいくいくももも、、、いといといと心こころ心こころこころすごしすごしすごし。。。見み見みみやりやりやりてててももも詠なが詠ながながめめめたてたてたてりりりつるつるつる程ほど程ほどほどににに、、、けけけやややあがりあがりあがりぬぬぬらむらむらん、、、心ここ心ここここちちちいといといとおぼえおぼえおぼえてててわざとわざとわざといといといと苦くる苦くるくるしけれしけれしければばば山やま山やまやま籠ごも籠ごもごもりりりしししたるたるたるぜじぜじぜじ呼よ呼よよびびびててて護ご護ごご身しん身しんしんせせせにるにるにる。。。夕ゆふ夕ゆふゆう暮ぐれ暮ぐれぐれににになるなるなるほどほどほどににに、、、念ねん念ねんねんずずず聲ごゑ聲ごゑごえににに加か加かか持ぢ持ぢじしししたるたるたるををを、、、あなあなあないみじいみじいみじととと聞き聞きききききつゝつゝつつ思おも思おもおもへへえばばば、、、むかしむかしむかし我わ我わわががが身み身みみにににあらあらあらむむんことことこととととはははゆめゆめゆめににに思おも思おもおもははわででで、、、あはれあはれあわれににに心こころ心こころこころすごきすごきすごき事こと事ことこととてとてとてはははたたた高たか高たかたかやかやかやかににに思おも思おもおもふふうにににももも、、、うきうきうき心ここ心ここここちちちのののあまりあまりあまりにににいひいひいいにににもももいひいひいいててて、、、あなあなあなゆゝしゆゝしゆゆしとととかつかつかつははは思おも思おもおもひひいしししさまさまさまににに一ひと一ひとひとつつつ違たが違たがたがははわずずず覺おぼ覺おぼおぼゆれゆれゆればばば、、、かゝらかゝらかからむむんとてとてとて、、、物もの物ものもの思おも思おもおもははわせせせいはいはいわでででなりなりなりけるけるけるととと、、、思おも思おもおもひひい臥ふ臥ふふしししたるたるたるほどほどほどににに、、、我わ我わわががが元もと元もともとのののはらからはらからはらから一ひと一ひとひと人り人りりまたまたまた人ひと人ひとひとももも歸かへ歸かへかえりりりもももにににものものものしししたりたりたり。。。這は這ははひひい寄よ寄よよりりりてててまづまづまずいかなるいかなるいかなる心ここ心ここここちちちぞぞぞとととさとりさとりさとりててて、、、思おも思おもおもひひいがたくがたくがたくまゐるまゐるまいる日ひ日ひひよりよりよりももも、、、山やま山やまやまににに入い入いいりりり立た立たたちちちてててはははいみじくいみじくいみじく物もの物ものもののののおぼえおぼえおぼえはべるはべるはべることことこととてとてとてふだんふだんふだんすすすまるまるまるなりなりなりとてとてとて、、、よゝよゝよよととと泣な泣ななくくく。。。人ひと人ひとひとやりやりやりにににもももあらあらあらねねねばばば、、、念ねん念ねんねんじじじ返かへ返かへかえせせせどどどえええ堪た堪たたへへえずずず。。。泣な泣ななきききみみみ、、、わかるわかるわかるみみみ、、、よろづよろづよろずののの事こと事ことことをををいひいひいいあかしあかしあかしててて、、、明あ明ああけけけぬれぬれぬればばば「「「るゐるゐるいしししたるたるたる人ひと人ひとひといそぐいそぐいそぐ事こと事ことことあるあるあるををを今日けふ今日けふきょうははは歸かへ歸かへかえりりりててて後のち後のちのちににに參まゐ參まゐまいりりり侍はべ侍はべはべらららむむん。。。そもそもそもそもそもそもかくかくかくてててのみのみのみやややははは」」」などなどなどいといといと心こころ心こころこころぼそげぼそげぼそげにににいひいひいいてててももも、、、かすかかすかかすかなるなるなるさまさまさまにににててて、、、歸かへ歸かへかえるるる心ここ心ここここちちち、、、けしうけしうけしゅうはははあらあらあらねねねばばば、、、例れい例れいれいののの見み見みみ送おく送おくおくりりりててて詠なが詠ながながめめめ出いだ出いだいだしししたるたるたるほどほどほどににに、、、またまたまたをさなくをさなくおさなくとととのゝしりのゝしりののしりてててくるくるくる人ひと人ひとひとありありあり。。。さささならならならむむんととと思おも思おもおもひひいてててあれあれあればばば、、、いといといとにぎはゝしくにぎはゝしくにぎわわしく、、、さささととと心ここ心ここここちちちしししてててうつくしきうつくしきうつくしき者もの者ものものどもどもども、、、さまざまさまざまさまざまにににさうぞきさうぞきそうぞき集あつま集あつまあつまりりりててて、、、二ふた二ふたふた車くるま車くるまくるまぞぞぞあああ馬むま馬むまうまどもどもどもなどなどなどふさふさふさににに引ひ引ひひききき散ちら散ちらちらししし、、、かいてかいてかいて騷さわ騷さわさわぐぐぐ。。。破わり破わりわり子ご子ごごややや何なに何なになにやややとととふさふさふさにににありありあり。。。誦ず誦ずず經きやう經きやうきょううちうちうちししし、、、哀あはれ哀あはれあわれげげげなるなるなる法ほふ法ほふほう師し師ししばらばらばらににに、、、かたびらかたびらかたびらややや

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

京へ使いを出す用事などがあるので、人を送り出す。大夫(道綱)が「昨夜(父上が帰られた後)がたいそう気がかりなので、ご門のあたりで、ご様子もうかがわせよう」と言って使いを出すので、それにつけて手紙を出す。「たいそう妙な、大げさなお出かけで、夜も更けただろうと思いましたので、ただ仏に(無事に)お送り申し上げてくださいとばかり祈っておりました。それにしても、どんなお考えがあって(いらしたの)かと存じますので、まだまだ、ひどく(苦しくて)帰ることも難しい気がいたします」などと、こまごまと書いて、端に、「昔もご覧になった道だとは思いながら山に入りましたが、たとえようもなく(あなたのことを)思いやり申し上げました。もうすぐ退出いたしましょう」と書いて、苔のついた松の枝につけて送る。明け方を見ると、霧か雲かと見えるものが立ちこめて、しみじみともの寂しい。昼ごろ、出て行った使いが帰ってきた。「お手紙は、(殿が)お出かけになっていたので、下男たちに預けて参りました」と言う。そうでなくても返事はないだろうと思う。さて、昼は一日中いつもの勤行をし、夜は本尊の仏を念じ申し上げる。周りが山なので、昼も人に見られるかという心配はない。簾を巻き上げていたりすると、季節外れの鶯が、鳴き鳴きして、枯れた木の立ち枝で「人来、人来」とばかりしきりに鳴くので、簾を下ろしたくなる。それも、正気を失っているからなのだろう。

こうしているうちに、ほどもなく月の障りがあったので、山を出ようと思っていたけれど、京ではみな(私が)尼になったように言いふらしているので、(今帰っては)たいそうきまりの悪い気がするだろうと思って、離れた小屋に下りた。京から叔母と思われる人がやって来た。「たいそう珍しいお住まいなので、落ち着かなくて」と話して、五日ほどいるうちに、六月の盛りになった。木陰がたいそうしみじみとする。山陰の暗くなった所を見ると、(都で)物思いの薄かった頃は「二声と聞くとはなしに」と腹立たしかった時鳥も、ここでは打ち解けて鳴く。水鶏は、すぐそこと思うほど近くで戸を叩くように鳴く。いっそうひどく物思いのつのる住まいである。人に強いられたのではない自分からしたことなので、見舞わない人があっても、決してつらいなどと思うべきではないから、たいそう気楽にしているけれど、ただ、こんな住まいまでするようになった身の宿縁ばかりを思いながめるのに加えて、悲しいのは、日ごろ長い精進をしていた子(道綱)が、頼りないけれど、ほかに任せる人もいないので、(世間に)顔も出さない。松の葉ばかり(の粗食)でよいと思うようになった私と同じものを食べさせているが、とても食べきれないでいるのを見るたびに、涙がこぼれまさる。こうしているのはたいそう気楽だったのに、ただ涙もろいのがたいそう苦しい。夕暮れの入相の鐘の声、ひぐらしの声、周りの小寺の小さな鐘が我も我もと打ち鳴らされ、前の岡に神の社もあるので、法師たちが読経の奉納などをする声を聞くと、どうしようもなく物思いにふけってしまう。

このように不浄の期間は、夜昼の暇もあるので、端近くに座って物思いにふけっていると、この幼い子が「奥へお入りなさい、お入りなさい」と言う様子を見ると、物を深く思いつめさせまいとするのだろう。「どうしてそうおっしゃるの。やはりここがいいのです。それに眠くもないし」などと言うと、(私は)「ひたすらに死んでしまいたい身を、あなたが心残りで今まで生きているけれど、どうしたらよいでしょう。世間の人が言うように(尼にでも)なりましょう。まったくこの世にいなくなるよりは、そうして生きていれば、気がかりな時に通ってきて、亡き者と思いなして会ってください。こうしてもいられたのだと、自分一人では思うけれど、ただひどくこんな粗末なものを召し上がって、ひどくお痩せになるのを見るのがたいそうつらい。尼姿でも都にいる人もあるとは思うけれど、それはひどく見苦しく見えることなので、こうこう考えているのです」と言うと、返事もしないでしゃくりあげておいおいと泣く。さて、五日ほどで身が清まったので、また御堂に上った。何日もいた叔母が、今日帰った。車が出て行くのを見送ってつくづく立っていると、木陰をだんだん遠ざかって行くのも、たいそうもの寂しい。見送りながら物思いにふけって立っていたうちに、のぼせたのだろうか、気分がひどく悪くなって、ひどく苦しいので、山に籠もっている禅師を呼んで護身の加持をさせる。夕暮れになるころ、念じる声で加持しているのを、ああ、すごいことだと聞きながら思うと、昔、自分の身に起こることとは夢にも思わず、しみじみともの寂しいことだと、声高に思って、つらい気持ちのあまりに口にも出して、ああ縁起でもないと思ったその様子と一つも違わないように思われるので、こうなるはずだったから、あんなことを思わせ、言わせたのだったと、思って横になっているうちに、私の同腹の妹が一人、また人とともにやって来た。這い寄って、まずどんな気分かと事情を察して、「思いがけず参った日よりも、山に入ってみると、ひどく物思いがされることです」と言って、しきりにおいおいと泣く。人に強いられたわけでもないので、こらえ返すけれど、こらえきれない。泣いたり、笑ったりして、よろずのことを語り明かして、夜が明けると、「同行した人が急ぐ用事があるので、今日は帰って、後でまた参りましょう。そもそも、こうしてばかりいるのは(よくない)」などと、たいそう心細そうに言って、ひっそりとした様子で帰る気持ちも悪くはないので、いつものように見送って物思いにふけっていると、また「幼い(子が)」と騒いでやって来る人がいる。そうだろうと思っていると、たいそうにぎやかで、さっぱりとした気持ちのする美しい者たちが、さまざまに装束をつけて集まって、車二台、馬なども大勢引き連れて騒ぐ。破子や何やかやとたくさんある。誦経をして、気の毒な様子の法師たちに、帷子や

意訳

〔山の日々〕鳴滝の寺での暮らしは、昼は勤行、夜は本尊の仏を念じるもの。周りは山で、人目を気にすることもない。季節外れの鶯が「人来、人来」と鳴けば、思わず簾を下ろしたくなる。

〔時鳥と水鶏〕月の障りで御堂を下りても、作者は都に帰らない。都では「出家した」と噂されていたからである。時鳥や水鶏の声、入相の鐘、法師たちの読経。山の音のすべてが物思いをつのらせる。何より悲しいのは、一緒に籠もる道綱が、母と同じ粗食で痩せていくことだった。

〔母と子〕作者は道綱に、「死ぬよりは尼になって生きていたい。そのときは亡き者と思って会いに来て」と語る。道綱は返事もできずに泣きじゃくる。叔母や妹が見舞いに来ては帰り、作者の心は揺れつづける。

語釈・文法注

大夫
五位の通称。叙爵した道綱を指す。以後、日記では道綱を「大夫」と呼ぶ。

文法

「いまたあまたいたくて」
底本どおり。注記に異文がある。まだまだひどく(苦しくて)、の意に解する。
「あかしの佛」
本尊の仏。
「たちがらし」
立ち枯れした木。
「人く人くと」
鶯の鳴き声を「人来(ひとく)、人来」と聞きなす。人が来る、の意。
「ふじやうのこと」
不浄のこと。月の障り。
「京は皆形ことにいひなしたる」
都ではみな、(作者が)出家して姿を変えたと言いふらしている。
「五なるほど」
底本どおり。注記に「五六日」の異文があり、五、六日いるうちに、と解する。
「ほたかし」
底本どおり。注記に「四字ほたるはおもろくまで」などとあり、意味がとりにくい。都にいた頃は、の意に解する。
「二聲と聞くとはなしに」
古歌「二声と聞くとはなしに郭公夜深く目をも覚ましつるかな」(『後撰和歌集』)をふまえる。
「水鷄はそこと思ふまでたゝく」
水鶏の鳴き声は戸を叩く音に似ているとされた。
「みゆづる人」
底本の注記に「見」の異文がある。任せる人。
「猶いとあじ」
底本どおり。注記に「よ」の異文がある。
「きやうにある人」
京にいる人。
「けやあがりぬらむ」
のぼせたのだろうか。
「護身せにる」
底本の注記に「さす」の誤りかとあり、「護身せさする」と解する。
「るゐしたる人」
同行した人。
「またをさなくとのゝしりて」
底本の注記に「おはす」の異文があり、「またおはすとののしりて」とも解される。

解説

鳴滝での籠居は、中巻の中心をなす部分である。作者は山寺の自然と、そこでの生活を細やかに描いている。鶯、時鳥、水鶏、ひぐらし、入相の鐘など、山の音が作者の心と響き合う。

道綱は母とともに山寺に籠もり、同じ粗食をとっている。作者は、出家を考えながらも、痩せていく道綱を見て心を痛める。尼になっても生きていたいと語る作者の言葉には、出家への覚悟と、子への愛情との間で揺れる心が表れている。

叔母や妹が次々に見舞いに来ることからも、作者の籠居が周囲に大きな衝撃を与えていたことがわかる。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、95–97頁(コマ50–51)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日