蜻蛉日記 中巻 第29章
鳴滝への出立と夜の迎え
天禄二年六月四日、作者は兼家の物忌みの明けぬうちにと、西山の寺(鳴滝の般若寺)へ向かう。家に残した薬の包みに歌を書きつけ、兼家への手紙を道綱に託す。兼家は「すぐ行く」と返し、その夜、寺の大門に車で迎えに来る。穢れを理由に車から降りない兼家と作者の間を、道綱が石段を何度も上り下りして取り次ぎ、兼家はついに帰ってしまう。
- 1さてさてさて思思おもふふうににに、、、かくかくかくだにだにだに思思おもひひい出出いづるづるずるもももむづかしくむづかしくむずかしく、、、さきさきさきのののやうやうようににに悔悔くやしきしきしき事事こともももこそこそこそあれあれあれ、、、猶猶なおしばししばししばし身身みをををさりさりさりなむなむなんととと思思おもひひい立立たちちちててて、、、西西にし山山やまににに例例れいのののものものものするするするありありあり、、、そちそちそちものものものしししなむなむなん、、、かのかのかの物物もの忌忌いみ果果はてててぬぬぬさまさまさまにににとてとてとて、、、四日四日よか出出いででで立立たつつつ。。。物物もの忌忌いみももも、、、今日今日きょうぞぞぞあくらむあくらむあくらむととと思思おもふるふるうるなれなれなればばば、、、心心こころあわたゞしくあわたゞしくあわただしく思思おもひひいつゝつゝつつ、、、物物もの取取とりりりしたゝめしたゝめしたためなどなどなどするするするににに、、、うはうはうわむしろむしろむしろのののしたしたしたににに、、、つとめてつとめてつとめてくふくふくう藥藥くすりととといふいふいうものものもの、、、たゝうたゝうたとう紙紙がみののの中中なかにににさしさしさし入入いれれれてててありありありしししははは、、、こゝこゝここににに行行ゆききき歸歸かえるるるまでまでまでありありありけりけりけり。。。これこれこれかれかれかれ見見み出出いでゝでゝでて、、、「「「これこれこれ何何なにならならならむむん」」」ととといふいふいうををを、、、取取とりりりてててやがてやがてやがてたゝうたゝうたとう紙紙がみののの中中なかにににかくかくかく書書かきききけりけりけり、、、
- 2「「「さささむしろむしろむしろのののしたしたしたまつまつまつ事事ことももも絕絕たえええぬれぬれぬればばば置置おかかかむむんかたかたかただにだにだになきなきなきぞぞぞ悲悲かなしきしきしき」」」
- 3とてとてとて、、、文文ふみにににははは「「「身身みをををしししかへかへかへねねねばばばとととぞぞぞいふいふいうめれめれめれどどど、、、前前まえわたりわたりわたりせせせさせさせさせ給給たまははわぬぬぬ世世せ界界かいもももやややあるあるあるとてとてとて、、、今日今日きょうなむなむなん。。。これこれこれもももあやしきあやしきあやしき問問とはははずずずがたりがたりがたりにににこそこそこそなりなりなりにににけれけれけれ」」」とてとてとて、、、幼幼おさなききき人人ひとのののひたやひたやひたやごもりごもりごもりならならならむむんせうそこせうそこしょうそこきこえきこえきこえにににとてとてとて、、、ものものものするするするにににつけつけつけたりたりたり。。。「「「もしもしもし問問とはるゝはるゝわるるやうやうようもももあらあらあらばばば、、、これこれこれはははかきかきかき置置おきききててて早早はやくくくものものものしししぬぬぬ、、、置置おいいいてててなむなむなん罷罷まかるるるべきべきべきとととをををものものものせよせよせよ」」」とととぞぞぞいひいひいい持持もたたたせせせたるたるたる。。。ふみふみふみうちうちうち見見みててて、、、心心こころあわたゞしげあわたゞしげあわただしげににに思思おもははわれれれたりたりたりけりけりけり。。。返返かえりりり事事ごとにににははは、、、「「「よろづよろづよろずいといといとことわりことわりことわりにににあれあれあれどどど、、、まづまづまずいくいくいくらむらむらんはははなになになにへへへにににぞぞぞ。。。頃頃ころははは行行おこなひひいにににもももびんびんびんなからなからなからむむんををを、、、こここたみたみたみばかりばかりばかりいふいふいうことことこと聞聞きくくくととと思思おもひひいててて、、、とまれとまれとまれいひいひいいあはすあはすあわすべきべきべき事事こともももあれあれあればばば、、、唯唯ただ今今いま渡渡わたるるる」」」とてとてとて、、、
- 4「「「あさましあさましあさましやややのどかのどかのどかにににたのむたのむたのむとことことこのののうへうへうえをををうちうちうちかへしかへしかえしけるけるける波波なみののの心心こころよよよ。。。
- 5いといといとつらくつらくつらくなむなむなん」」」とととあるあるあるををを見見みれれればばば、、、まいてまいてまいて急急いそぎぎぎまたまたまたりりりてててものものものしししぬぬぬ。。。山山やまぢぢじなでふなでふなでう事事ことなけれなけれなけれどどどあはれあはれあわれにににいにしへいにしへいにしえ諸諸もろ共共ともにににのみのみのみ時時とき々々どきはははものものものせせせしししものものものををを、、、又又またやややむむんことことことありありありししし二三四日二三四日ふつかみかよかもももこのこのこの頃頃ころのののほどほどほどぞぞぞかしかしかし。。。宮宮みや仕仕ずかえももも絕絕たえええ籠籠こもりりりててて、、、諸諸もろ共共ともにににありありありしししはははなどなどなど思思おもふふう。。。げにげにげに遙遙はるかなるなるなる道道みちすがらすがらすがら、、、淚淚なみだもももこぼれこぼれこぼれ行行ゆくくく。。。供供とも人人びと三三み人人たりばかりばかりばかり添添そひひいててていくいくいく。。。まづまづまず僧僧そう坊坊ぼうにににおりおりおりゐゐいててて、、、見見み出出いだしししたれたれたればばば、、、前前まえにににませませませゆひゆひゆいわたしわたしわたしててて、、、またまたまた何何なにとととももも知知しらららぬぬぬ草草くさどもどもども繁繁しげききき中中なかにににぼうたんぼうたんぼうたんどもどもどもいといといと情情なさけなげなげなげにににててて、、、花花はな散散ちりりり果果はてゝてゝてて立立たてててるるるををを見見みるるるにににももも、、、萌萌もゆるゆるゆるうへうへうえはははとよとよとよととといふいふいう事事ことををを、、、かへしかへしかへし覺覺おぼえええつゝつゝつついといといと悲悲かなししし。。。
- 6湯湯ゆなどなどなどものものものしししててて御御み道道どうにににととと思思おもふふう程程ほどににに、、、里里さとよりよりより心心こころあわたゞしげあわたゞしげあわただしげにににててて人人ひとはしりはしりはしり來來きたりたりたり。。。とまれとまれとまれるるる人人ひとののの文文ふみありありあり。。。見見みれれればばば「「「唯唯ただ今今いま殿殿とのよりよりより御御おおん文文ふみもてもてもて、、、それがしそれがしそれがしなむなむなん參參まいりりりたりたりたりつるつるつる。。。さうしてさうしてそうして參參まいりりり給給たまふふう事事ことあああなりなりなり。。。かつかつかつかつかつかつ參參まいりりりててて、、、とゞめとゞめとどめ聞聞きこえええよよよ、、、唯唯ただ今今いま渡渡わたらららせせせ給給たまふふうととといひいひいいつれつれつればばば、、、ありありありのののまゝまゝままにににはやはやはや出出いでででさせさせさせ給給たまひひいぬぬぬ、、、これこれこれかれかれかれももも追追おひひいてててなむなむなん參參まいりりりぬるぬるぬるととといひいひいいつれつれつればばば、、、いかやういかやういかようににに思思おぼしししてててにににかかかあらあらあらむむんとととぞぞぞ御御みけしきけしきけしきありありありつるつるつるををを、、、いかゞいかゞいかがさささははは聞聞きこえええむむんとととありありありつれつれつればばば、、、月月つき頃頃ごろののの御御おおんありありありさまさまさま、、、さうじさうじそうじのののよしよしよしなどなどなどをををなむなむなん物物ものしししつれつれつればばば、、、うちうちうち泣泣なきききててて、、、とまれとまれとまれかくかくかくまれまれまれ、、、まづまづまずとくとくとくををを聞聞きこえええむむんとてとてとて、、、急急いそぎぎぎ歸歸かえりりりぬるぬるぬるををを、、、されされさればばばろなうろなうろのうそこそこそこににに御御おおんせうそくせうそくしょうそくありありありなむなむなん。。。さるさるさる用用よう意意いせよせよせよ」」」などなどなどぞぞぞ、、、いひいひいいたるたるたるををを見見みててて、、、うたてうたてうたて心心こころ幼幼おさなくくくおどろおどろしげおどろおどろしげおどろおどろしげにににややや、、、もしもしもしいいいなななつつつらむらむらん、、、いといといと物物ものしくしくしくもももあるあるあるかなかなかな、、、けがれけがれけがれなどなどなどせせせばばば明日明日あす明後日明後日あさてなどなどなどももも出出いでででなむなむなんとととするするするものものものをををととと思思おもひひいつゝつゝつつ、、、湯湯ゆののの事事こと急急いそがががしししててて道道どうにににのぼりのぼりのぼりぬぬぬ。。。あつけれあつけれあつければばば、、、しばししばししばし戶戶と推推おしししあけあけあけててて見見みわたせわたせわたせばばば、、、塔塔とういといといと高高たかくくくててて立立たてててりりり。。。山山やまめぐりめぐりめぐりててて、、、ふところふところふところのののやうやうようなるなるなるににに、、、木木こ立立だちいといといと繁繁しげくくく面面おも白白しろけれけれけれどどど、、、闇闇やみのののほどほどほどなれなれなればばば唯唯ただ今今いま暗暗くらがりがりがりてててぞぞぞあるあるある。。。しよそしよそしよそややや行行おこなふふうとてとてとて法法ほう師師しばらばらばらさうぞけさうぞけそうぞけばばば、、、戶戶とおしおしおしあけあけあけててて念念ねんずするずするずするほどほどほどににに、、、時時ときははは山山やま寺寺でらわざわざわざののの貝貝かい四四よつつつふくるふくるふくるほどほどほどににになりなりなりにににたりたりたり。。。
- 7大大だい門門もんののの方方かたににに「「「おはしますおはしますおわしますおはしますおはしますおわします」」」ととといひいひいいつゝつゝつつ、、、のゝしるのゝしるののしる音音おとすれすれすればばば、、、あげあげあげたるたるたるすすすどもどもどもうちうちうちおろしおろしおろしててて見見みやれやれやればばば、、、こまこまこまよりよりより、、、火火ひふたふたふたともしともしともしみみみともしともしともし見見みえええたりたりたり。。。幼幼おさなききき人人ひとけいめいけいめいけいめいしししててて出出いでででたれたれたればばば、、、車車くるまながらながらながら立立たちちちてててあるあるある。。。「「「御御おおん迎迎むかえににになむなむなん參參まいりりりきつるきつるきつるををを、、、今日今日きょうまでまでまでこのこのこのけがらひけがらひけがらいあれあれあればばばえええおりおりおりぬぬぬををを、、、いづくいづくいずくにににかかか車車くるまはははよすよすよすべきべきべき」」」ととといふいふいうににに、、、いといといとものものものくるほしきくるほしきくるおしき心心ここちちちすすす。。。返返かえりりりみみみににに、、、「「「いかやういかやういかようににに思思おぼしししてててかかかかくかくかく怪怪あやしきしきしき御御おおんありきありきありきはははありありありつつつらむらむらん。。。今宵今宵こよいばかりばかりばかりととと思思おもふふうみみみ侍侍はべりりりてててなむなむなんのぼりのぼりのぼり侍侍はべりりりつれつれつればばば、、、ふじやうふじやうふじょうのののことことこともももおはしますおはしますおわしますなれなれなればばば、、、いといといとわりなかるわりなかるわりなかるべきべきべき事事ことににになむなむなん。。。夜夜よ更更ふけけけててて侍侍はべりりりぬぬぬらむらむらん。。。とくとくとく歸歸かえらららせせせ給給たまへへえ」」」ととといふいふいうををを始始はじめめめててて行行ゆきききかへるかへるかえる事事こと度度たび々々たびににになりなりなりぬぬぬ。。。一一いっ丁丁ちょうののの程程ほどをををいしいしいしばしばしばしおりおりおりのぼりのぼりのぼりなどなどなどすれすれすればばば、、、ありくありくありく人人ひとこうじこうじこうじててて、、、いといといと苦苦くるしうしうしゅうするするするまでまでまでなりなりなりぬぬぬ。。。これこれこれかれかれかれなどなどなどははは「「「あなあなあないとほしいとほしいとおし」」」などなどなど弱弱よわききき方方かたざまざまざまにににのみのみのみいふいふいう。。。このこのこのありくありくありく人人ひと、、、「「「すべてすべてすべてきんぢきんぢきんじいといといと口口くちをしをしおし。。。かばかりかばかりかばかりののの事事ことをををばばば、、、いひいひいいなさなさなさぬぬぬはははなどなどなどぞぞぞ。。。御御み氣氣け色色しき惡惡あししし」」」とてとてとて、、、なきなきなきにににもももなくなくなく。。。「「「されどされどされどなどなどなどてててかかかににに更更さらにににものものものすすすべきべきべき」」」ととといひいひいいはてはてはてつれつれつればばば、、、「「「よしよしよしよしよしよしかくかくかくけがらひけがらひけがらいたれたれたればばば、、、とまるとまるとまるべきべきべきにににもももあらあらあらずずず。。。いかゞいかゞいかがはははせせせむむん。。。車車くるまかけかけかけよよよとととありありあり」」」ととと聞聞きけけけばばば、、、いといといと心心こころ安安やすししし。。。ありきありきありきつるつるつる人人ひとははは、、、「「「御御おおん送送おくりりりせせせむむん。。。御御み車車くるまのののしりしりしりにににてててまきるまきるまきる心心こころ更更さらにににまたまたまたははは詣詣もうででで來來こじじじ」」」とてとてとて泣泣なくくく泣泣なくくく出出いづれづれずればばば、、、これこれこれをををたのもしたのもしたのもし人人びとにににてててあるあるあるにににいみじういみじういみじゅうもももいふいふいうかなかなかなととと思思おもへへえどもどもども、、、ものものものいはいはいわででであれあれあればばば人人ひとなどなどなど皆皆みな出出いでででぬぬぬととと見見みえええてててこのこのこの人人ひとははは歸歸かえりりりててて御御おおん送送おくりせせせむむんとととしししてててつれつれつれどどど、、、きんぢきんぢきんじはははよからよからよからむむん時時ときにににをををとてとてとて、、、おはしましおはしましおわしましぬぬぬ」」」とてとてとてしゝしゝししととと泣泣なくくく。。。いとほしういとほしういとおしゅう思思おもへへえどどど、、、あひあひあいしれしれしれそそそとととをををさへさへさへかくかくかくてててやむやむやむやうやうようもももあらあらあらじじじなどなどなどいひいひいいならさならさならさむむん。。。時時ときははは八八やつつつににになりなりなりぬぬぬ。。。道道みちはははいといといと遙遙はるかなりなりなり。。。「「「御御おおん供供ともののの人人ひとはははとりとりとりあひあひあいけるけるけるににに從從したがひひいててて、、、京京きょうのののうちうちうちののの御御おおんありきありきありきよりよりよりももも、、、いといといとすくすくすくなりなりなりつるつるつる」」」ととと人人ひと々々びといとほしがりいとほしがりいとおしがりなどなどなどするするする程程ほどににに、、、夜夜よははは明明あけけけぬぬぬ。。。
現代語訳
さて思うに、こうして思い出すことさえわずらわしく、以前のように悔しいこともあるかもしれない、やはりしばらく身を隠してしまおうと思い立って、西山にいつも参詣する寺がある、そちらへ行こう、あの人の物忌みの明けないうちにと思って、四日に出発する。物忌みも今日明けるだろうと思うので、気ぜわしく思いながら、物をまとめなどしていると、上筵の下に、あの人が朝飲む薬というものを、畳紙の中に差し入れてあったのが、ここに(あの人が)行き帰りした時のまま残っていた。侍女たちが見つけて、「これは何でしょう」と言うのを取って、すぐに畳紙の中にこう書いた。
「狭筵の下で(あなたを)待つことも絶えてしまったので、(この薬を)置いておく場所さえないのが悲しいことです」
と書いて、手紙には、「身を変えなければ(どこへ行っても同じ)と言うようですが、あなたが前を通り過ぎなさらない世界もあろうかと思って、今日(出かけます)。これもおかしな問わず語りになってしまいました」と書いて、幼い子が(私と一緒に)籠もりきりになるだろうから、そのことを申し上げにと言って、使いに行くのにつけて持たせた。「もし(どうしたのかと)尋ねられることがあったら、これは(母が)書き置いて、早く出かけてしまいました、私も置いてから(母の所へ)参ります、と申し上げよ」と言い含めて持たせた。(あの人は)手紙を見て、気ぜわしげに思われたようだ。返事には、「何もかももっともだが、まず、行くというのはどこへだ。この頃は勤行にも具合が悪いだろうから、今度だけは私の言うことを聞くと思って、ともかく相談しなければならないこともあるので、今すぐ行く」と言って、
「あきれたことだ。のどかに頼みにしていた床の上を、ひっくり返してしまった波のような(あなたの)心よ。
たいそうつらい」とあるのを見ると、ますます急いで出かけてしまった。山道は何ということもないけれど、しみじみと、昔はあの人と一緒にばかり時々来たものだった、また病気のことがあって二、三、四日(籠もったの)もこの頃の季節だったなあ。(あの人は)宮仕えもやめて籠もって、一緒にいたものだったなどと思う。ほんとうに遠い道すがら、涙もこぼれていく。供の人は三人ばかりついて行く。まず僧坊に降りて座って、外を見やると、前に垣根を結いめぐらして、また名も知らない草々が茂る中に、牡丹がたいそう情けなさそうに、花が散り果てて立っているのを見るにつけても、「萌ゆる上は」という歌を繰り返し思い出して、たいそう悲しい。
湯浴みなどをして御堂にと思っているうちに、里から気ぜわしげに人が走って来た。留守番の者の手紙がある。見ると、「ただいま殿からお手紙を持って、某が参りました。こうしてお出かけになるということだ。すぐに行って、お引き止め申し上げよ、今すぐ(殿が)おいでになる、と言いましたので、ありのままに、もうお出かけになりました、誰それもお後を追って参りました、と言いましたところ、どんなお気持ちでおいでになったのだろうかと、殿のご様子があったが、どうお伝えしましょうかと言いますので、この数か月のご様子、精進のことなどを話しましたら、泣いて、ともかく、早くこのことを申し上げようといって、急いで帰りましたので、それならきっとそちらにお便りがあるでしょう。その用意をなさいませ」などと言ってきたのを見て、困ったことに子どもっぽく大げさな、もしや(殿に)言いつけたのだろうか、たいそう不愉快だ、穢れなどに触れたら明日明後日にも山を出ようとしているのに、と思いながら、湯の支度を急がせて御堂に上った。暑いので、しばらく戸を押し開けて見渡すと、塔がたいそう高く立っている。山がめぐって懐のようになっていて、木立がたいそう茂って趣深いけれど、闇夜の頃なので、もう暗くなっている。初夜の勤行をするといって法師たちが装束を整えるので、戸を押し開けて念じているうちに、時は山寺の法螺貝を四つ吹く頃になった。
大門の方で「おいでになります、おいでになります」と言いながら騒ぐ音がするので、上げてあった簾を下ろして見やると、木の間から、松明が二つ三つ見えた。幼い子が慌てて出て行くと、車に乗ったまま止まっている。「お迎えに参ったのだが、今日まではこの穢れがあるので降りられない。どこに車を寄せればよいのか」と(あの人が)言うので、たいそう物狂おしい気持ちがする。返事に、「どのようなお気持ちで、このような妙なお出ましがあったのでしょう。今夜ばかりと思って上って参りましたので、不浄のこともおありのようですから、たいそう困ったことでございます。夜も更けましたでしょう。早くお帰りください」と言ったのを始めとして、(道綱が)行き来することがたび重なった。一丁ほどの距離を石段を下りたり上ったりするので、歩く子は疲れて、ひどく苦しそうにするまでになった。侍女たちは「ああお気の毒に」などと弱気なことばかり言う。この使いの子が、「(父上が)『何もかもお前はふがいない。これくらいのことを言いなすことができないとは何事だ』と、ご機嫌が悪いのです」と言って、泣くにも泣けないでいる。「それでも、どうして(山を)出られましょう」と言い切ったので、「よしよし、こうして穢れているのだから、とどまることもできない。しかたがない、車に牛をかけよ」とおっしゃったと聞くと、たいそうほっとした。使い歩いていた子は、「お送りします。お車の後ろについて行って、もう二度とここへは参りません」と言って泣く泣く出て行くので、この子を頼みにしているのに、ひどいことを言うものだと思うけれど、何も言わずにいると、人々は皆出て行ったと見えて、この子は帰ってきて、「お送りしようとしたけれど、『お前はよい時に(来い)』と言って、お帰りになりました」と言って、しくしくと泣く。かわいそうに思うけれど、「そんなにかまうな、このままで終わることもあるまい」などと言い慰めよう。時刻は八つ(夜中の二時頃)になった。道はたいそう遠い。「お供の人は、ありあわせの者だったので、都の中のお出かけよりも、たいそう少なかった」と、侍女たちが気の毒がったりしているうちに、夜は明けた。
意訳
〔鳴滝へ〕天禄二年六月四日、作者は兼家の物忌みが明けないうちにと、西山の寺へ向かう。兼家が置いていった薬の包みに「置く場所さえない」と歌を書き、「あなたが前を素通りしない世界もあるかと」と皮肉をこめた手紙を残す。兼家は「今すぐ行く」と返してくる。
〔思い出の寺〕この寺は、かつて兼家と一緒に何度も訪れ、兼家が病の時には宮仕えを休んでともに籠もった思い出の場所でもあった。散り果てた牡丹を見て、作者は涙を流す。
〔夜の迎え〕その夜、兼家は本当に車で迎えに来た。しかし穢れを理由に車から降りず、作者も山を下りようとしない。二人の間を、十七歳の道綱が一丁もの石段を何度も往復して取り次ぎ、父に叱られて泣く。兼家はついに帰り、作者は泣く道綱を慰める。夫婦の意地の張り合いのはざまで、もっとも苦しんだのは道綱だった。
語釈・文法注
- 西山に例のものする寺
- 鳴滝(今の京都市右京区)にあった般若寺とされる。作者は以前にも兼家とともにここを訪れていた。
- ぼうたん草
- 牡丹。
文法
- 「身をしかへねば」
- 古歌「いづこにも身をし変へねば…」(どこへ行っても身は変わらない)をふまえる。
- 「ひたやごもり」
- ひたすら籠もること。
- 「まづいくらむはなにへにぞ」
- 底本どおり。注記に「いづへ」などの異文がある。まず、行くというのはどこへだ、の意に解する。
- 「急ぎまたりて」
- 底本どおり。注記に「かきり」とあり、意味がとりにくい。
- 「又やむことありし」
- 底本の注記に「まひ」の脱字かとあり、「又病(やまひ)ことありし」と解する。
- 「萌ゆるうへはとよ」
- 古歌の一節を引くか。
- 「さうして」
- 底本の注記に「三字かう」とあり、「かうして」(こうして)と解する。
- 「もしいなつらむ」
- 底本の注記に「二字でカ」とあり、「もし言ひなつらむ」(言いつけたのだろうか)と解する。
- 「しよそや」
- 底本の注記に「初夜(そや)」とある。夜の初めの勤行。
- 「貝四つふく」
- 山寺で時刻を知らせる法螺貝。四つは亥の刻(午後十時ごろ)。
- 「こまより」
- 木の間より。
- 「思ふみ侍りて」
- 底本の注記に「た」の脱字かとあり、「思ひ給へ侍りて」と解する。
- 「きんぢ」
- お前。目下の者への呼びかけ。
- 「まきる心」
- 底本の注記に「二字かむら」とあり、意味がとりにくい。
- 「しゝと泣く」
- しくしくと泣く。
- 「あひしれそ」
- 底本どおり。注記に異文がある。そんなにかまうな、の意に解する。
和歌
さむしろのしたまつ事も絕えぬれば置かむかただになきぞ悲しき
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 鳴滝へ発つ日、兼家が筵の下に置いていった薬の包みに書きつけた歌。
修辞
- 掛詞
- 「まつ」に「待つ」と、薬を置く「下」を掛け、夫を待つことも絶えたので薬の置き場もないと言う。
あさましやのどかにたのむとこのうへをうちかへしける波の心よ
- 詠者
- 藤原兼家
- 状況
- 作者が鳴滝へ発つと知って、慌てて返した歌。
修辞
- 掛詞
- 「とこ」に「床」を、「うちかへし」に寄せ返す波と、ひっくり返す意を重ねる。
解説
天禄二年(971)六月、作者は鳴滝の般若寺に籠もった。これが中巻の後半を占める「鳴滝籠り」で、約二十日間に及ぶ。家を出て山寺に籠もるという作者の行動は、夫に対する無言の抗議であり、出家への一歩でもあった。
兼家はすぐに迎えに来たが、穢れを理由に車から降りなかった。作者も山を下りない。夫婦の意地の張り合いの間で、道綱が石段を何度も往復させられる場面は痛ましい。父には「ふがいない」と叱られ、母のもとに戻っては泣く道綱の姿に、作者は「いとほしう」と思いながらも、自分の意志を曲げなかった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、92–95頁(コマ49–50)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日