古典ライブラリー

蜻蛉日記 中巻 第29章

鳴滝への出立と夜の迎え

天禄二年六月四日、作者は兼家の物忌みの明けぬうちにと、西山の寺(鳴滝の般若寺)へ向かう。家に残した薬の包みに歌を書きつけ、兼家への手紙を道綱に託す。兼家は「すぐ行く」と返し、その夜、寺の大門に車で迎えに来る。穢れを理由に車から降りない兼家と作者の間を、道綱が石段を何度も上り下りして取り次ぎ、兼家はついに帰ってしまう。

  1. 1さてさてさて思おも思おもおもふふうににに、、、かくかくかくだにだにだに思おも思おもおもひひい出い出いいづるづるずるもももむづかしくむづかしくむずかしく、、、さきさきさきのののやうやうようににに悔くや悔くやくやしきしきしき事こと事ことこともももこそこそこそあれあれあれ、、、猶なほ猶なほなおしばししばししばし身み身みみをををさりさりさりなむなむなんととと思おも思おもおもひひい立た立たたちちちててて、、、西にし西にしにし山やま山やまやまににに例れい例れいれいのののものものものするするするありありあり、、、そちそちそちものものものしししなむなむなん、、、かのかのかの物もの物ものもの忌いみ忌いみいみ果は果ははてててぬぬぬさまさまさまにににとてとてとて、、、四日よか四日よかよか出い出いいででで立た立たたつつつ。。。物もの物ものもの忌いみ忌いみいみももも、、、今日けふ今日けふきょうぞぞぞあくらむあくらむあくらむととと思おも思おもおもふるふるうるなれなれなればばば、、、心こころ心こころこころあわたゞしくあわたゞしくあわただしく思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ、、、物もの物ものもの取と取ととりりりしたゝめしたゝめしたためなどなどなどするするするににに、、、うはうはうわむしろむしろむしろのののしたしたしたににに、、、つとめてつとめてつとめてくふくふくう藥くすり藥くすりくすりととといふいふいうものものもの、、、たゝうたゝうたとう紙がみ紙がみがみののの中なか中なかなかにににさしさしさし入い入いいれれれてててありありありしししははは、、、こゝこゝここににに行ゆ行ゆゆききき歸かへ歸かへかえるるるまでまでまでありありありけりけりけり。。。これこれこれかれかれかれ見み見みみ出い出いいでゝでゝでて、、、「「「これこれこれ何なに何なになにならならならむむん」」」ととといふいふいうををを、、、取と取ととりりりてててやがてやがてやがてたゝうたゝうたとう紙がみ紙がみがみののの中なか中なかなかにににかくかくかく書か書かかきききけりけりけり、、、
  2. 2「「「さささむしろむしろむしろのののしたしたしたまつまつまつ事こと事ことことももも絕た絕たたえええぬれぬれぬればばば置お置おおかかかむむんかたかたかただにだにだになきなきなきぞぞぞ悲かな悲かなかなしきしきしき」」」
  3. 3とてとてとて、、、文ふみ文ふみふみにににははは「「「身み身みみをををしししかへかへかへねねねばばばとととぞぞぞいふいふいうめれめれめれどどど、、、前まへ前まへまえわたりわたりわたりせせせさせさせさせ給たま給たまたまははわぬぬぬ世せ世せせ界かい界かいかいもももやややあるあるあるとてとてとて、、、今日けふ今日けふきょうなむなむなん。。。これこれこれもももあやしきあやしきあやしき問と問ととはははずずずがたりがたりがたりにににこそこそこそなりなりなりにににけれけれけれ」」」とてとてとて、、、幼をさな幼をさなおさなききき人ひと人ひとひとのののひたやひたやひたやごもりごもりごもりならならならむむんせうそこせうそこしょうそこきこえきこえきこえにににとてとてとて、、、ものものものするするするにににつけつけつけたりたりたり。。。「「「もしもしもし問と問ととはるゝはるゝわるるやうやうようもももあらあらあらばばば、、、これこれこれはははかきかきかき置お置おおきききててて早はや早はやはやくくくものものものしししぬぬぬ、、、置お置おおいいいてててなむなむなん罷まか罷まかまかるるるべきべきべきとととをををものものものせよせよせよ」」」とととぞぞぞいひいひいい持も持ももたたたせせせたるたるたる。。。ふみふみふみうちうちうち見み見みみててて、、、心こころ心こころこころあわたゞしげあわたゞしげあわただしげににに思おも思おもおもははわれれれたりたりたりけりけりけり。。。返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとにににははは、、、「「「よろづよろづよろずいといといとことわりことわりことわりにににあれあれあれどどど、、、まづまづまずいくいくいくらむらむらんはははなになになにへへへにににぞぞぞ。。。頃ころ頃ころころははは行おこな行おこなおこなひひいにににもももびんびんびんなからなからなからむむんををを、、、こここたみたみたみばかりばかりばかりいふいふいうことことこと聞き聞ききくくくととと思おも思おもおもひひいててて、、、とまれとまれとまれいひいひいいあはすあはすあわすべきべきべき事こと事ことこともももあれあれあればばば、、、唯ただ唯ただただ今いま今いまいま渡わた渡わたわたるるる」」」とてとてとて、、、
  4. 4「「「あさましあさましあさましやややのどかのどかのどかにににたのむたのむたのむとことことこのののうへうへうえをををうちうちうちかへしかへしかえしけるけるける波なみ波なみなみののの心こころ心こころこころよよよ。。。
  5. 5いといといとつらくつらくつらくなむなむなん」」」とととあるあるあるををを見み見みみれれればばば、、、まいてまいてまいて急いそ急いそいそぎぎぎまたまたまたりりりてててものものものしししぬぬぬ。。。山やま山やまやまぢぢじなでふなでふなでう事こと事ことことなけれなけれなけれどどどあはれあはれあわれにににいにしへいにしへいにしえ諸もろ諸もろもろ共とも共ともともにににのみのみのみ時とき時ときとき々どき々どきどきはははものものものせせせしししものものものををを、、、又また又またまたやややむむんことことことありありありししし二三四日ふつかみかよか二三四日ふつかみかよかふつかみかよかもももこのこのこの頃ころ頃ころころのののほどほどほどぞぞぞかしかしかし。。。宮みや宮みやみや仕づかへ仕づかへずかえももも絕た絕たたえええ籠こも籠こもこもりりりててて、、、諸もろ諸もろもろ共とも共ともともにににありありありしししはははなどなどなど思おも思おもおもふふう。。。げにげにげに遙はるか遙はるかはるかなるなるなる道みち道みちみちすがらすがらすがら、、、淚なみだ淚なみだなみだもももこぼれこぼれこぼれ行ゆ行ゆゆくくく。。。供とも供ともとも人びと人びとびと三み三みみ人たり人たりたりばかりばかりばかり添そ添そそひひいててていくいくいく。。。まづまづまず僧そう僧そうそう坊ばう坊ばうぼうにににおりおりおりゐゐいててて、、、見み見みみ出いだ出いだいだしししたれたれたればばば、、、前まへ前まへまえにににませませませゆひゆひゆいわたしわたしわたしててて、、、またまたまた何なに何なになにとととももも知し知ししらららぬぬぬ草くさ草くさくさどもどもども繁しげ繁しげしげききき中なか中なかなかにににぼうたんぼうたんぼうたんどもどもどもいといといと情なさけ情なさけなさけなげなげなげにににててて、、、花はな花はなはな散ち散ちちりりり果は果ははてゝてゝてて立た立たたてててるるるををを見み見みみるるるにににももも、、、萌も萌ももゆるゆるゆるうへうへうえはははとよとよとよととといふいふいう事こと事ことことををを、、、かへしかへしかへし覺おぼ覺おぼおぼえええつゝつゝつついといといと悲かな悲かなかなししし。。。
  6. 6湯ゆ湯ゆゆなどなどなどものものものしししててて御み御みみ道だう道だうどうにににととと思おも思おもおもふふう程ほど程ほどほどににに、、、里さと里さとさとよりよりより心こころ心こころこころあわたゞしげあわたゞしげあわただしげにににててて人ひと人ひとひとはしりはしりはしり來き來ききたりたりたり。。。とまれとまれとまれるるる人ひと人ひとひとののの文ふみ文ふみふみありありあり。。。見み見みみれれればばば「「「唯ただ唯ただただ今いま今いまいま殿との殿とのとのよりよりより御おほん御おほんおおん文ふみ文ふみふみもてもてもて、、、それがしそれがしそれがしなむなむなん參まゐ參まゐまいりりりたりたりたりつるつるつる。。。さうしてさうしてそうして參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふう事こと事ことことあああなりなりなり。。。かつかつかつかつかつかつ參まゐ參まゐまいりりりててて、、、とゞめとゞめとどめ聞きこ聞きこきこえええよよよ、、、唯ただ唯ただただ今いま今いまいま渡わた渡わたわたらららせせせ給たま給たまたまふふうととといひいひいいつれつれつればばば、、、ありありありのののまゝまゝままにににはやはやはや出い出いいでででさせさせさせ給たま給たまたまひひいぬぬぬ、、、これこれこれかれかれかれももも追お追おおひひいてててなむなむなん參まゐ參まゐまいりりりぬるぬるぬるととといひいひいいつれつれつればばば、、、いかやういかやういかようににに思おぼ思おぼおぼしししてててにににかかかあらあらあらむむんとととぞぞぞ御み御みみけしきけしきけしきありありありつるつるつるををを、、、いかゞいかゞいかがさささははは聞きこ聞きこきこえええむむんとととありありありつれつれつればばば、、、月つき月つきつき頃ごろ頃ごろごろののの御おほん御おほんおおんありありありさまさまさま、、、さうじさうじそうじのののよしよしよしなどなどなどをををなむなむなん物もの物ものものしししつれつれつればばば、、、うちうちうち泣な泣ななきききててて、、、とまれとまれとまれかくかくかくまれまれまれ、、、まづまづまずとくとくとくををを聞きこ聞きこきこえええむむんとてとてとて、、、急いそ急いそいそぎぎぎ歸かへ歸かへかえりりりぬるぬるぬるををを、、、されされさればばばろなうろなうろのうそこそこそこににに御おほん御おほんおおんせうそくせうそくしょうそくありありありなむなむなん。。。さるさるさる用よう用ようよう意い意いいせよせよせよ」」」などなどなどぞぞぞ、、、いひいひいいたるたるたるををを見み見みみててて、、、うたてうたてうたて心こころ心こころこころ幼をさな幼をさなおさなくくくおどろおどろしげおどろおどろしげおどろおどろしげにににややや、、、もしもしもしいいいなななつつつらむらむらん、、、いといといと物もの物ものものしくしくしくもももあるあるあるかなかなかな、、、けがれけがれけがれなどなどなどせせせばばば明日あす明日あすあす明後日あさて明後日あさてあさてなどなどなどももも出い出いいでででなむなむなんとととするするするものものものをををととと思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ、、、湯ゆ湯ゆゆののの事こと事ことこと急いそ急いそいそがががしししててて道だう道だうどうにににのぼりのぼりのぼりぬぬぬ。。。あつけれあつけれあつければばば、、、しばししばししばし戶と戶とと推お推おおしししあけあけあけててて見み見みみわたせわたせわたせばばば、、、塔たふ塔たふとういといといと高たか高たかたかくくくててて立た立たたてててりりり。。。山やま山やまやまめぐりめぐりめぐりててて、、、ふところふところふところのののやうやうようなるなるなるににに、、、木こ木ここ立だち立だちだちいといといと繁しげ繁しげしげくくく面おも面おもおも白しろ白しろしろけれけれけれどどど、、、闇やみ闇やみやみのののほどほどほどなれなれなればばば唯ただ唯ただただ今いま今いまいま暗くら暗くらくらがりがりがりてててぞぞぞあるあるある。。。しよそしよそしよそややや行おこな行おこなおこなふふうとてとてとて法ほふ法ほふほう師し師ししばらばらばらさうぞけさうぞけそうぞけばばば、、、戶と戶ととおしおしおしあけあけあけててて念ねん念ねんねんずするずするずするほどほどほどににに、、、時とき時ときときははは山やま山やまやま寺でら寺でらでらわざわざわざののの貝かひ貝かひかい四よ四よよつつつふくるふくるふくるほどほどほどににになりなりなりにににたりたりたり。。。
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引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

さて思うに、こうして思い出すことさえわずらわしく、以前のように悔しいこともあるかもしれない、やはりしばらく身を隠してしまおうと思い立って、西山にいつも参詣する寺がある、そちらへ行こう、あの人の物忌みの明けないうちにと思って、四日に出発する。物忌みも今日明けるだろうと思うので、気ぜわしく思いながら、物をまとめなどしていると、上筵の下に、あの人が朝飲む薬というものを、畳紙の中に差し入れてあったのが、ここに(あの人が)行き帰りした時のまま残っていた。侍女たちが見つけて、「これは何でしょう」と言うのを取って、すぐに畳紙の中にこう書いた。

「狭筵の下で(あなたを)待つことも絶えてしまったので、(この薬を)置いておく場所さえないのが悲しいことです」

と書いて、手紙には、「身を変えなければ(どこへ行っても同じ)と言うようですが、あなたが前を通り過ぎなさらない世界もあろうかと思って、今日(出かけます)。これもおかしな問わず語りになってしまいました」と書いて、幼い子が(私と一緒に)籠もりきりになるだろうから、そのことを申し上げにと言って、使いに行くのにつけて持たせた。「もし(どうしたのかと)尋ねられることがあったら、これは(母が)書き置いて、早く出かけてしまいました、私も置いてから(母の所へ)参ります、と申し上げよ」と言い含めて持たせた。(あの人は)手紙を見て、気ぜわしげに思われたようだ。返事には、「何もかももっともだが、まず、行くというのはどこへだ。この頃は勤行にも具合が悪いだろうから、今度だけは私の言うことを聞くと思って、ともかく相談しなければならないこともあるので、今すぐ行く」と言って、

「あきれたことだ。のどかに頼みにしていた床の上を、ひっくり返してしまった波のような(あなたの)心よ。

たいそうつらい」とあるのを見ると、ますます急いで出かけてしまった。山道は何ということもないけれど、しみじみと、昔はあの人と一緒にばかり時々来たものだった、また病気のことがあって二、三、四日(籠もったの)もこの頃の季節だったなあ。(あの人は)宮仕えもやめて籠もって、一緒にいたものだったなどと思う。ほんとうに遠い道すがら、涙もこぼれていく。供の人は三人ばかりついて行く。まず僧坊に降りて座って、外を見やると、前に垣根を結いめぐらして、また名も知らない草々が茂る中に、牡丹がたいそう情けなさそうに、花が散り果てて立っているのを見るにつけても、「萌ゆる上は」という歌を繰り返し思い出して、たいそう悲しい。

湯浴みなどをして御堂にと思っているうちに、里から気ぜわしげに人が走って来た。留守番の者の手紙がある。見ると、「ただいま殿からお手紙を持って、某が参りました。こうしてお出かけになるということだ。すぐに行って、お引き止め申し上げよ、今すぐ(殿が)おいでになる、と言いましたので、ありのままに、もうお出かけになりました、誰それもお後を追って参りました、と言いましたところ、どんなお気持ちでおいでになったのだろうかと、殿のご様子があったが、どうお伝えしましょうかと言いますので、この数か月のご様子、精進のことなどを話しましたら、泣いて、ともかく、早くこのことを申し上げようといって、急いで帰りましたので、それならきっとそちらにお便りがあるでしょう。その用意をなさいませ」などと言ってきたのを見て、困ったことに子どもっぽく大げさな、もしや(殿に)言いつけたのだろうか、たいそう不愉快だ、穢れなどに触れたら明日明後日にも山を出ようとしているのに、と思いながら、湯の支度を急がせて御堂に上った。暑いので、しばらく戸を押し開けて見渡すと、塔がたいそう高く立っている。山がめぐって懐のようになっていて、木立がたいそう茂って趣深いけれど、闇夜の頃なので、もう暗くなっている。初夜の勤行をするといって法師たちが装束を整えるので、戸を押し開けて念じているうちに、時は山寺の法螺貝を四つ吹く頃になった。

大門の方で「おいでになります、おいでになります」と言いながら騒ぐ音がするので、上げてあった簾を下ろして見やると、木の間から、松明が二つ三つ見えた。幼い子が慌てて出て行くと、車に乗ったまま止まっている。「お迎えに参ったのだが、今日まではこの穢れがあるので降りられない。どこに車を寄せればよいのか」と(あの人が)言うので、たいそう物狂おしい気持ちがする。返事に、「どのようなお気持ちで、このような妙なお出ましがあったのでしょう。今夜ばかりと思って上って参りましたので、不浄のこともおありのようですから、たいそう困ったことでございます。夜も更けましたでしょう。早くお帰りください」と言ったのを始めとして、(道綱が)行き来することがたび重なった。一丁ほどの距離を石段を下りたり上ったりするので、歩く子は疲れて、ひどく苦しそうにするまでになった。侍女たちは「ああお気の毒に」などと弱気なことばかり言う。この使いの子が、「(父上が)『何もかもお前はふがいない。これくらいのことを言いなすことができないとは何事だ』と、ご機嫌が悪いのです」と言って、泣くにも泣けないでいる。「それでも、どうして(山を)出られましょう」と言い切ったので、「よしよし、こうして穢れているのだから、とどまることもできない。しかたがない、車に牛をかけよ」とおっしゃったと聞くと、たいそうほっとした。使い歩いていた子は、「お送りします。お車の後ろについて行って、もう二度とここへは参りません」と言って泣く泣く出て行くので、この子を頼みにしているのに、ひどいことを言うものだと思うけれど、何も言わずにいると、人々は皆出て行ったと見えて、この子は帰ってきて、「お送りしようとしたけれど、『お前はよい時に(来い)』と言って、お帰りになりました」と言って、しくしくと泣く。かわいそうに思うけれど、「そんなにかまうな、このままで終わることもあるまい」などと言い慰めよう。時刻は八つ(夜中の二時頃)になった。道はたいそう遠い。「お供の人は、ありあわせの者だったので、都の中のお出かけよりも、たいそう少なかった」と、侍女たちが気の毒がったりしているうちに、夜は明けた。

意訳

〔鳴滝へ〕天禄二年六月四日、作者は兼家の物忌みが明けないうちにと、西山の寺へ向かう。兼家が置いていった薬の包みに「置く場所さえない」と歌を書き、「あなたが前を素通りしない世界もあるかと」と皮肉をこめた手紙を残す。兼家は「今すぐ行く」と返してくる。

〔思い出の寺〕この寺は、かつて兼家と一緒に何度も訪れ、兼家が病の時には宮仕えを休んでともに籠もった思い出の場所でもあった。散り果てた牡丹を見て、作者は涙を流す。

〔夜の迎え〕その夜、兼家は本当に車で迎えに来た。しかし穢れを理由に車から降りず、作者も山を下りようとしない。二人の間を、十七歳の道綱が一丁もの石段を何度も往復して取り次ぎ、父に叱られて泣く。兼家はついに帰り、作者は泣く道綱を慰める。夫婦の意地の張り合いのはざまで、もっとも苦しんだのは道綱だった。

語釈・文法注

西山に例のものする寺
鳴滝(今の京都市右京区)にあった般若寺とされる。作者は以前にも兼家とともにここを訪れていた。
ぼうたん草
牡丹。

文法

「身をしかへねば」
古歌「いづこにも身をし変へねば…」(どこへ行っても身は変わらない)をふまえる。
「ひたやごもり」
ひたすら籠もること。
「まづいくらむはなにへにぞ」
底本どおり。注記に「いづへ」などの異文がある。まず、行くというのはどこへだ、の意に解する。
「急ぎまたりて」
底本どおり。注記に「かきり」とあり、意味がとりにくい。
「又やむことありし」
底本の注記に「まひ」の脱字かとあり、「又病(やまひ)ことありし」と解する。
「萌ゆるうへはとよ」
古歌の一節を引くか。
「さうして」
底本の注記に「三字かう」とあり、「かうして」(こうして)と解する。
「もしいなつらむ」
底本の注記に「二字でカ」とあり、「もし言ひなつらむ」(言いつけたのだろうか)と解する。
「しよそや」
底本の注記に「初夜(そや)」とある。夜の初めの勤行。
「貝四つふく」
山寺で時刻を知らせる法螺貝。四つは亥の刻(午後十時ごろ)。
「こまより」
木の間より。
「思ふみ侍りて」
底本の注記に「た」の脱字かとあり、「思ひ給へ侍りて」と解する。
「きんぢ」
お前。目下の者への呼びかけ。
「まきる心」
底本の注記に「二字かむら」とあり、意味がとりにくい。
「しゝと泣く」
しくしくと泣く。
「あひしれそ」
底本どおり。注記に異文がある。そんなにかまうな、の意に解する。

和歌

さむしろのしたまつ事も絕えぬれば置かむかただになきぞ悲しき

詠者
道綱母(作者)
状況
鳴滝へ発つ日、兼家が筵の下に置いていった薬の包みに書きつけた歌。

修辞

掛詞
「まつ」に「待つ」と、薬を置く「下」を掛け、夫を待つことも絶えたので薬の置き場もないと言う。

あさましやのどかにたのむとこのうへをうちかへしける波の心よ

詠者
藤原兼家
状況
作者が鳴滝へ発つと知って、慌てて返した歌。

修辞

掛詞
「とこ」に「床」を、「うちかへし」に寄せ返す波と、ひっくり返す意を重ねる。

解説

天禄二年(971)六月、作者は鳴滝の般若寺に籠もった。これが中巻の後半を占める「鳴滝籠り」で、約二十日間に及ぶ。家を出て山寺に籠もるという作者の行動は、夫に対する無言の抗議であり、出家への一歩でもあった。

兼家はすぐに迎えに来たが、穢れを理由に車から降りなかった。作者も山を下りない。夫婦の意地の張り合いの間で、道綱が石段を何度も往復させられる場面は痛ましい。父には「ふがいない」と叱られ、母のもとに戻っては泣く道綱の姿に、作者は「いとほしう」と思いながらも、自分の意志を曲げなかった。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、92–95頁(コマ49–50)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日