蜻蛉日記 中巻 第28章
長精進と不思議な夢
天禄二年三月、父の家に移った作者のもとに兼家が一夜訪れるが、心は通わない。四月、作者は道綱とともに長い精進を始め、「早く死なせて菩提をかなえたまえ」と仏に祈る。修行中に見た二つの不思議な夢を書きとめ、五月の節句には菖蒲も目に入らない。兼家は門前を素通りし、六月一日には白々しい手紙をよこす。
- 1今今いまははは三月三月さんがつつごもりつごもりつごもりににになりなりなりにににけりけりけり。。。いといといとつれづれつれづれつれづれなるなるなるををを忌忌いみももも違違たがへへえがてらがてらがてら、、、しばししばししばしほかほかほかにににととと思思おもひひいててて、、、縣縣あがたありきありきありきののの所所ところににに渡渡わたるるる。。。思思おもひひいさはりさはりさわりししし事事ことももも平平たいらかかかににになりなりなりにににしかしかしかばばば、、、長長ながきききしやうじしやうじしょうじ始始はじめめめむむんととと思思おもひひい立立たちちちててて、、、物物ものなどなどなど取取とりりりしたゝめしたゝめしたためなどなどなどするするする程程ほどににに、、、「「「かうじかうじこうじははは猶猶なおややや重重おもからからからむむん。。。ゆるさゆるさゆるされれれあらあらあらばばば暮暮くれにににいかゞいかゞいかが」」」とととありありあり。。。これこれこれかれかれかれ見見み聞聞ききききててて、、、「「「かくかくかくのみのみのみあくがらしあくがらしあくがらしはつるはつるはつるはははいといといと惡惡あしきしきしきわざわざわざなりなりなり。。。猶猶なおこここたみたみたみだにだにだに、、、御御おおん返返かえりりりやんごとなきやんごとなきやんごとなきにににももも」」」ととと騷騷さわげげげばばば唯唯ただ「「「月月つきももも見見みなくなくなくににに、、、あやしくあやしくあやしく」」」とととばかりばかりばかりものものものしししつつつ。。。かにかにかにあらあらあらじじじととと思思おもへへえばばばいそぎいそぎいそぎ渡渡わたりりりぬぬぬ。。。つれなきつれなきつれなきはははそうそうそうににに夜夜ようちうちうち更更ふけけけててて見見みえええたりたりたり。。。例例れいのののわきわきわきたぎるたぎるたぎることことことももも多多おおかれかれかれどどど、、、ほどほどほどせばくせばくせばく人人ひと騷騷さわがしきがしきがしき所所ところににに息息いきもももえええずずず、、、胸胸むねににに手手てををを置置おきききたらたらたらむむんやうやうようにににててて明明あかしししつつつ。。。心心こころとめとめとめてててそのそのその事事ことかのかのかの事事ことものものものすすすべかりべかりべかりけれけれければばば急急いそぎぎぎぬるぬるぬるをををしもしもしもあるあるあるべきべきべき心心こころををを、、、又又また今日今日きょうややや今日今日きょうやややととと思思おもふふうににに、、、音音おとなくなくなくててて四月四月しがつににになりなりなりぬぬぬ。。。もももいといといと近近ちかききき所所ところなるなるなるををを、、、みかどみかどみかどにににててて車車くるま立立たてててりりり。。。「「「內內うちやややおはしまさおはしまさおわしまさむむんずらずらずらむむん」」」などなどなどやすくやすくやすくもももあらあらあらずずずいふいふいう人人ひとさへさへさへあるあるあるぞぞぞいといといと苦苦くるしきしきしき。。。ありありありしししよりよりよりももも、、、ましてましてまして心心こころををを切切きりりりくだきくだきくだき心心ここちちちすすす。。。返返かえりりり事事ごとをををもももなほなほなおせよせよせよなほなほなおせよせよせよととといひいひいいししし人人ひとさへさへさへ憂憂うくくくつらしつらしつらし。。。
- 2ついたちついたちついたちののの日日ひ、、、幼幼おさなききき人人ひとををを呼呼よびびびててて、、、長長ながきききしやうじしやうじしょうじをををなむなむなん始始はじむるむるむる。。。諸諸もろ共共ともにににせよせよせよとととありありありとてとてとて始始はじめめめつつつ。。。我我われはははたたた始始はじめめめつつつ。。。我我われはははたたた始始はじめよりよりよりももも、、、ことごとしうことごとしうことごとしゅうはははあらあらあらずずず、、、たゞたゞただかはらけかはらけかわらけにににかうかうこううちうちうちもりもりもりててて、、、脇脇きょう息息そくののの上上うえににに置置おきききててて、、、やがてやがてやがておしおしおしかゝりかゝりかかりててて、、、佛佛ほとけををを念念ねんじじじ奉奉たてまつるるる。。。そのそのその心心こころばへばへばえ、、、「「「唯唯ただきはめきはめきわめてててさいはひさいはひさいわいなかりなかりなかりけるけるける身身みなりなりなり。。。年年とし頃頃ごろをををだにだにだに、、、世世よににに心心こころゆるびゆるびゆるびなくなくなく、、、うしうしうしととと思思おもひひいつるつるつるををを、、、ましてましてましてかくかくかくあさましくあさましくあさましくなりなりなりぬぬぬ。。。とくとくとく死死しなななさせさせさせ給給たまひひいててて菩菩ぼ提提だいかなへかなへかなえ給給たまへへえ」」」とととこそこそこそ。。。行行おこなふふうまゝまゝままににに、、、淚淚なみだぞぞぞほろほろほろほろほろほろとととこぼるゝこぼるゝこぼるる。。。あはれあはれあわれ、、、今今いま樣樣ようははは女女おんなももも珠珠ず數數ず引引ひきききさげさげさげ、、、經經きょう引引ひきききさげさげさげぬぬぬなしなしなしととと聞聞ききききししし時時とき、、、まさりまさりまさり顏顏がおなさるなさるなさるものものものぞぞぞやもめやもめやもめにににははは成成なるるるてふてふちょうなどなどなどもももときときときししし心心こころはははいづちいづちいずちかかか行行ゆきききけむけむけん。。。よよよののの明明あけけけ暮暮くるゝるゝるるももも心心こころもともともとなくなくなくいとまいとまいとまなきなきなきまでまでまでそこはかともそこはかともそこはかともなけれなけれなけれどどど行行おこなふふう。。。とそてとそてとそてまゝまゝままににに、、、あはれあはれあわれさささいひいひいいしししををを聞聞きくくく人人ひといかにいかにいかにをかしをかしおかしととと思思おもひひい見見みるるるらむらむらん。。。はかなかりはかなかりはかなかりけるけるける世世よををを、、、などなどなどてててさささいひいひいいけむけむけんととと思思おもふふう思思おもふふう行行おこなへへえばばば、、、片片かた時時とき淚淚なみだ浮浮うかばばばぬぬぬ時時ときなしなしなし。。。人人ひと目目めぞぞぞいといといとまさりまさりまさり顏顏がおなくなくなく耻耻はずかしけれかしけれかしければばば、、、おしおしおし隱隱かくしししつゝつゝつつ明明あかししし暮暮くらすらすらす。。。二十日二十日はつかばかりばかりばかり行行おこなひひいたるたるたる夢夢ゆめににに、、、我我わがががかしらかしらかしらをををとりとりとりおろしおろしおろしててて、、、ひたひひたひひたいををを分分わくくくととと見見みるるる。。。惡惡あししし善善よしししもももえええ知知しらららずずず。。。七八日七八日なのかようかばかりばかりばかりありありありててて、、、我我わががが腹腹はらのののうちうちうちなるなるなるくちなはくちなはくちなわありきありきありきててて肝肝きもをををはむはむはむ、、、これこれこれををを治治じせせせむむんやうやうようははは、、、おもておもておもてににに水水みずなむなむなん入入いるるるべきべきべきととと見見みるるる。。。これこれこれもももあやしあやしあやし善善よしししももも知知しらららねねねどどどかくかくかくしるししるししるし置置おくくくやうやうようははは、、、かゝるかゝるかかる身身みのののはてはてはてををを見見み聞聞きかかかむむん人人ひと、、、夢夢ゆめをををももも佛佛ほとけをををももも用用もちゐるゐるいるべしべしべしややや用用もちゐるゐるいるまじまじまじやややととと定定さだめめめよよよとととなりなりなり。。。
- 3五月五月ごがつにににもももなりなりなりぬぬぬ。。。我我わががが家家いえにににとまれとまれとまれるるる人人ひとのののもともともとよりよりより「「「おはしまさおはしまさおわしまさずずずともともとも、、、しやうぶしやうぶしょうぶ葺葺ふかかかででではははゆゝしからゆゝしからゆゆしからむむんををを、、、いかゞいかゞいかがせせせむむんずるずるずる」」」ととといひいひいいたりたりたり。。。「「「いでいでいでなになになにかかかゆゝしからゆゝしからゆゆしからむむん。。。
- 4世世よののの中中なかにににあるあるある我我わががが身身みかはかはかはわびわびわびぬれぬれぬればばば更更さらにににあやめあやめあやめももも知知しららられれれざりざりざりけりけりけり」」」
- 5とととぞぞぞいひいひいいやらやらやらまほしけれまほしけれまほしけれどどど、、、さるさるさるべきべきべき人人ひとしししなけれなけれなければばば心心こころににに思思おもひひい暮暮くらさささるるる。。。かくかくかくててていみいみいみはてはてはてぬれぬれぬればばばれいれいれいののの所所ところにににわたりわたりわたりててて、、、ましてましてましていといといとつれづれつれづれつれづれにににてててありありあり。。。ながめながめながめににになりなりなりれれればばば草草くさどもどもども生生おひひい立立たちちちてててあるあるあるををを、、、行行おこなひひいのののひまひまひまににに掘掘ほりりりあかたあかたあかたせせせなどなどなどするするする。。。あさましきあさましきあさましき人人ひと、、、我我わがががかどかどかどよりよりより、、、例例れいのののきらきらしうきらきらしうきらきらしゅう追追おひひい散散ちらしらしらしててて渡渡わたるるる日日ひありありあり。。。行行おこなひひいししし居居いたるたるたるほどほどほどににに、、、「「「おはしますおはしますおわしますおはしますおはしますおわします」」」とととのゝしれのゝしれののしればばば、、、例例れいののの如如ごとくくくぞぞぞあらあらあらむむんととと思思おもふふうににに、、、胸胸むねつぶつぶつぶつぶつぶつぶとととはしるはしるはしるににに、、、ひきひきひき過過すぎぎぎぬれぬれぬればばば皆皆みな人人ひとおもておもておもてをををまぼりまぼりまぼりかくしかくしかくしててて居居いたりたりたり。。。我我われはははましてましてまして二二ふた時時とき三三み時時ときまでまでまで物物ものもももいはいはいわれれれずずず。。。人人ひとははは「「「あなあなあな珍珍めずららからからか。。。いかなるいかなるいかなる御御み心心こころならならならむむん」」」とてとてとて泣泣なくくくもももありありあり。。。わづかわづかわずかにににためらひためらひためらいててて、、、「「「いみじういみじういみじゅう悔悔くやしうしうしゅう人人ひとにににいひいひいい妨妨さまたげげげられられられててて、、、今今いままでまでまでかゝるかゝるかかる里里さと住住ずみをををしししててて、、、又又またかゝるかゝるかかる目目めををを見見みつるつるつるかなかなかな」」」とととばかりばかりばかりいひいひいいててて胸胸むねのののこがるゝこがるゝこがるる事事ことはははいふいふいう限限かぎりもももあらあらあらずずず。。。
- 6六月六月ろくがつのののついたちついたちついたちののの日日ひ、、、「「「御御おおん物物もの忌忌いみなれなれなれどどど、、、みかどみかどみかどのののしたしたしたよりよりよりももも」」」とてとてとて文文ふみありありあり。。。怪怪あやしくしくしく珍珍めずららからからかなりなりなりととと思思おもひひいててて見見みれれればばば「「「いたみいたみいたみははは今今いまはははももも過過すぎぎぎぬぬぬらむらむらんをををいついついつまでまでまであるあるあるへへへにににたるたるたるすみすみすみぞぞぞ。。。いといといとびんびんびんなかなかなかめりめりめりしかしかしかばばばえええ物物ものせせせずずず。。。ものものもの詣詣もうでゝでゝでてけがらひけがらひけがらい出出いででで來來きてててとゞまりとゞまりとどまりぬぬぬ」」」などなどなどぞぞぞあるあるある。。。そこらそこらそこらにににととといまだいまだいまだきりきりきりぬぬぬやうやうようもももあらあらあらじじじととと思思おもふふうににに心心こころうううさささもももまさりまさりまさりぬれぬれぬれどどど念念ねんじじじてててかへりかへりかえりごとごとごとかくかくかく、、、「「「いといといと珍珍めずらしきしきしきはははおぼめくおぼめくおぼめくまでまでまでなむなむなん。。。こゝこゝここにににはははひさしくひさしくひさしくなりなりなりぬるぬるぬるをををげにげにげにいかでいかでいかでかはかはかはおぼしおぼしおぼしよらよらよらむむん。。。さてさてさてももも見見み給給たまひひいしししあたりあたりあたりとととははは、、、思思おぼしししかけかけかけぬぬぬ御御おおんありきありきありきののの度度たび々々たびににになむなむなん。。。すべてすべてすべて今今いままでまでまで世世よににに侍侍はべるるる身身みののの怠怠おこたりりりなれなれなればばば、、、さらにさらにさらにきこえきこえきこえずずず」」」とととものものものしししつつつ。。。
現代語訳
今は三月の末になった。たいそう所在ないので、方忌みも避けがてら、しばらくよそにと思って、地方官を務める人(父)の家に移る。気がかりだったことも無事に済んだので、長い精進を始めようと思い立って、物などを片づけたりしているうちに、(兼家から)「勘事(お怒り)はまだ重いのだろうか。お許しがあれば、夕暮れにどうだろう」と言ってきた。侍女たちが見聞きして、「こんなふうに心を離れさせてばかりいるのは、たいそうよくないことです。せめて今度だけでも、お返事は丁重に」と騒ぐので、ただ「月も見ないのに、妙なことを」とだけ書いてやった。まさか(来は)すまいと思っていたので、急いで(父の家に)移った。それなのに平気な顔で、夜更けに姿を見せた。例によって心の煮えたぎることも多かったけれど、狭くて人の騒がしい所なので、息もつけず、胸に手を当てたような思いで夜を明かした。(あの人は)気をつけてあれこれしなければならないことがあったので急いで帰ったが、それならそうで(また来る)心があってもよいのに、また今日か今日かと思っているうちに、音沙汰もなくて四月になった。(あの人の家は)たいそう近い所なのに、門前に車が止まっている。「お入りになるのでしょうか」などと、心穏やかでなく言う人までいるのが、たいそう苦しい。以前よりも、いっそう心を切り刻む思いがする。返事をきちんとせよ、きちんとせよと言っていた侍女たちまで、恨めしくつらい。
一日、幼い子を呼んで、「長い精進を始めるのです。一緒にしなさい」と言って始めた。私も始めた。私も、初めから大げさにはせず、ただ土器に香を盛って、脇息の上に置いて、そのまま寄りかかって仏を念じ申し上げる。その心は、「ただもう、この上なく幸いのなかった身です。長年でさえ、世に心の休まることもなく、つらいと思っていたのに、まして今はこんなにあきれたことになってしまいました。早く死なせていただいて、菩提をかなえてください」というものである。勤行するにつれて、涙がほろほろとこぼれる。ああ、今どきは女も数珠を下げ、経を下げない者はないと聞いた時、「得意顔をする人ほど、やもめになるそうよ」などと非難した心は、どこへ行ったのだろう。夜の明けるのも暮れるのも待ちかねるほど、暇もないくらいに、何ということもなく勤行する。そうするにつけて、ああ、あんなことを言ったのを聞いた人は、どんなにおかしいと思って見ていることだろう。はかないこの世なのに、どうしてあんなことを言ったのだろうと思いながら勤行すると、片時も涙の浮かばない時はない。人目もたいそう得意顔どころではなく恥ずかしいので、隠しながら日を明かし暮らす。二十日ほど勤行した夜の夢に、私が髪を下ろして、額を分ける(尼になる)と見た。吉凶もわからない。七、八日ほどして、私の腹の中にいる蛇が動きまわって肝を食む、これを治すには、顔に水を注ぐのがよいと見た。これも吉凶はわからないけれど、こうして書きとめておくわけは、このような身の行く末を見聞きする人に、夢も仏も信じるべきか信じるべきでないかを、判断してほしいからである。
五月にもなった。わが家(もとの家)に残っている人のもとから、「(殿が)おいでにならなくても、菖蒲を葺かないのは縁起が悪いでしょうに、どうしましょう」と言ってきた。「いや、何が縁起が悪いことがあろう。
世の中にある私の身だろうか(もう世に生きている身ではない)、わびしく思っているので、まったく菖蒲(文目=物の道理)もわからなくなってしまった」
と言ってやりたいけれど、言ってやるのにふさわしい人もいないので、心の中で思って日を暮らす。こうして物忌みも明けたので、いつもの家に戻って、ますます所在なく過ごしている。長雨になったので、草々が生い茂っているのを、勤行の合間に掘り分けさせたりする。あきれた人(兼家)が、わが家の門前から、例のように華やかに先払いをして通る日があった。勤行をしていると、「おいでになります、おいでになります」と騒ぐので、いつものように(素通り)だろうと思うものの、胸がどきどきと騒ぐのに、通り過ぎてしまったので、皆、顔を見合わせて隠しあって座っている。私はまして二、三時間も口がきけない。侍女たちは「まあ珍しい。どんなお心なのでしょう」と言って泣く者もいる。わずかに気を落ち着けて、「ひどく悔しいことに、人に言い止められて、今までこんな里住まいをして、またこんな目を見たことよ」とだけ言って、胸の焦げることは言いようもない。
六月一日、「物忌みだけれど、門の下からでも(届けよ)」と言って手紙が来た。妙に珍しいことだと思って見ると、「(あなたの)お怒りは今はもう過ぎたろうに、いつまで籠もっている墨染めの身なのか。たいそう具合が悪そうだったので行けなかった。物詣でをして、穢れが生じて(家に)とどまっていたのだ」などとある。そんなことがあったはずもないと思うと、いっそう情けなくなったけれど、こらえて返事を書く。「たいそう珍しいお手紙は、どなたからかと思うほどで。こちらは久しくご無沙汰になりましたので、なるほどどうしてお思いつきになりましょう。それにしても、昔ご覧になったあたりとは、お思いにもならないお出かけがたびたびで。すべて今まで世に生きている私の身の怠りですので、何も申し上げません」と書いてやった。
意訳
〔通じない心〕三月末、父の家に移った作者のもとに、兼家は夜更けに訪れる。けれども狭い家の騒がしさの中で、作者は胸に手を当てるような思いで一夜を明かすだけ。四月になると、兼家の車は作者の家の前に止まっても、中には入らない。
〔長精進〕四月一日、作者は道綱とともに長い精進を始める。祈りは「早く死なせて菩提をかなえたまえ」。かつて数珠や経を持ち歩く女たちを笑った自分が、今はひたすら勤行に打ちこんでいる。作者は自嘲をこめてそれを書く。
〔二つの夢〕精進の間に見た夢は、髪を下ろして尼となる夢と、腹の中の蛇が肝を食み、顔に水を注げば治るという夢だった。作者は吉凶もわからないまま、夢や仏を信じるべきかどうかを、後の世の読者に判断してほしいと書き残す。日記を読む他者を意識した、注目すべき一文である。
〔白々しい手紙〕五月、菖蒲を葺くことさえ「あやめも知られず」と思う作者の家の前を、兼家は先払いを響かせて素通りする。六月一日に届いた手紙は「物詣でで穢れたから行けなかった」という見え透いた言い訳で、作者は皮肉をこめて返事を書く。
語釈・文法注
文法
- 「縣ありきの所」
- 地方官として地方を回る人(父倫寧)の家。
- 「かうじは猶や重からむ」
- 「勘事(かうじ)」は、とがめ、お怒り。作者の怒りをいう。
- 「あくがらしはつる」
- すっかり心を離れさせてしまう。
- 「かにあらじ」
- 底本どおり。注記に「よも」の脱字かとあり、「よもかくはあらじ」と解する。
- 「つれなきはそうに」
- 底本どおり。注記に「さ」の異文がある。平然と、の意に解する。
- 「もいと近き所なるを」
- 底本どおり。注記に「り」の脱字かとあり、「いと近き所なるを」と解する。
- 「我はた始めつ。我はた始よりも」
- 底本どおり。注記に「四字衍歟」とあり、重複と見られる。
- 「かはらけにかう」
- 土器に香を(盛って)。
- 「まさり顏なさるものぞやもめには成るてふ」
- 得意顔をする女ほどやもめになる、という言いぐさ。
- 「とそてまゝに」
- 底本どおり。注記に「三字さするイ」とあり、意味がとりにくい。
- 「くちなは」
- 蛇。
- 「ながめになりれば」
- 底本の注記に「ぬ」の脱字かとあり、「長雨になりぬれば」と解する。
- 「掘りあかたせ」
- 底本どおり。「掘り分かたせ」の意に解する。
- 「まぼりかくして」
- 見つめ合って隠し合う。顔を見合わせる。
- 「ある へにたるすみぞ」
- 底本どおり。注記に「三字すみぞめ」などとあり、墨染めの(尼のような)身、の意に解する。
- 「そこらにといまだきりぬやうも」
- 底本どおりで意味がとりにくい。そんなことがあったはずもない、の意に解する。
和歌
世の中にある我が身かはわびぬれば更にあやめも知られざりけり
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 五月の節句に、菖蒲を葺かないのは縁起が悪いと言ってきた留守の者に、言ってやりたかった歌。実際には送らなかった。
修辞
- 掛詞
- 「あやめ」に「菖蒲」と「文目(物の道理)」を掛ける。
解説
天禄二年(971)四月、作者は長い精進を始めた。精進は肉食を断ち、身を清めて仏道に励むことで、出家への準備でもあった。作者は道綱にも一緒に精進させている。
精進中の二つの夢を記した後、作者は「夢をも仏をも用ゐるべしや用ゐるまじやと定めよ」と書く。これは、後にこの日記を読む人に向けた言葉であり、作者が自分の日記を他者に読まれるものとして書いていたことを示している。
兼家の言い訳の手紙に対する作者の返事は、皮肉に満ちている。「見給ひしあたりとは思しかけぬ御ありき」とは、昔通った家の前を素通りすることへの痛烈な当てこすりである。この後、作者は鳴滝の般若寺に籠もる決意を固める。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、89–92頁(コマ47–49)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日