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蜻蛉日記 中巻 第26章

道綱の元服と雨の夜

天禄元年(970)八月、兼家は大将となり、少しは訪れるようになる。道綱は元服し、源氏の大納言が加冠役を務めた。十一月の大嘗会では道綱も行幸に供奉して作者を喜ばせる。しかし十二月、兼家はまた来なくなり、雨の夜、昔は雨風もいとわず来てくれたのにと侍女に言われて、作者は熱い涙を流す。

  1. 1かくかくかくててて八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつににになりなりなりぬぬぬ。。。二日ふつか二日ふつかふつかのののよよよさりさりさり方がた方がたがた、、、はかはかはかににに見み見みみえええたりたりたり。。。あやしあやしあやしととと思おも思おもおもふふうににに、、、「「「明日あす明日あすあすははは物もの物ものもの忌いみ忌いみいみなるなるなるををを、、、門かど門かどかど强つよ强つよつよくくくさゝさゝささせよせよせよ」」」などなどなどうちうちうちいひいひいい散ち散ちちらすらすらす。。。いといといとあさましくあさましくあさましく、、、ものゝものゝもののわくわくわくやうやうようにににおぼへおぼへおぼえゆるゆるゆるににに「「「これこれこれさしさしさしよりよりよりかれかれかれ引ひ引ひひきききよせよせよせ念ねん念ねんねんぜぜぜよよよ念ねん念ねんねんぜぜぜよよよ」」」ととと耳みみ耳みみみみおしおしおしそへそへそえつゝつゝつつ、、、まねまねまねさゝめきさゝめきささめき惑まど惑まどまどははわせせせばばば、、、我わ我わわががが一ひと一ひとひと人り人りりのののおれおれおれものものものにににててて向むか向むかむかひひい居ゐ居ゐいたれたれたればばば、、、むげむげむげにににくんじくんじくんじ果は果ははてててにににたりたりたりととと見み見みみえええけむけむけん。。。又また又またまたののの日ひ日ひひももも日ひ日ひひ暮ぐら暮ぐらぐらしししいふいふいうことことこと、、、「「「我わ我わわががが心こころ心こころこころののの違たが違たがたがははわぬぬぬををを人ひと人ひとひとのののあしうあしうあしゅう見み見みみなしなしなしててて」」」とととのみのみのみありありあり。。。いといといといふいふいうかひかひかいもももなしなしなし。。。五日いつか五日いつかいつかののの日ひ日ひひははは司つかさ司つかさつかさ召めし召めしめしとてとてとて大だい大だいだい將しやう將しやうしょうににになどなどなどいとゞいとゞいとどまさりまさりまさりててていといといともももめづらたしめづらたしめずらたし。。。それそれそれよりよりより後のち後のちのちぞぞぞ、、、少すこ少すこすこししし屢しばしば屢しばしばしばしば見み見みみえええたるたるたる。。。このこのこの大おほ大おほおお共とも共ともともうへうへうえににに、、、院ゐん院ゐんいんののの御おほん御おほんおおん給たまはり給たまはりたまわりはかりはかりはかり申まう申まうもうさささむむん。。。幼をさな幼をさなおさなききき人ひと人ひとひとにににかうぶりかうぶりこうぶりせせせさせさせさせてててむむん。。。十とを十とをとをののの日ひ日ひひととと定さだ定さださだめめめてててすすす。。。事こと事ことことどもどもども例れい例れいれいののの如ごと如ごとごとししし。。。ひきひきひきににに、、、源げん源げんげん氏じ氏じじののの大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえりりり。。。事こと事ことことはてはてはてゝゝて方かた方かたかたふたにふたにふたにけりけりけりにににたれたれたれどどど、、、夜よ夜よよ更ふ更ふふけけけぬるぬるぬるをををとてとてとてとゞまれとゞまれとどまれりりり。。。かゝれかゝれかかれどもどもども、、、こここたみたみたみややや限かぎり限かぎりかぎりならならならむむんととと思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころににになりなりなりにににたりたりたり。。。九く九くく、、、十月じふぐわつ十月じふぐわつじゅうがつももも、、、同おな同おなおなじじじさまさまさまにににてててすぐすすぐすすぐすめりめりめり。。。世よ世よよにににははは大おほ大おほおお上かみ上かみかみとととのののごけごけごけおおおとてとてとて騷さわ騷さわさわぐぐぐ。。。我われ我われわれももも人ひと人ひとひとももも物もの物ものもの見み見みみるるるさじきさじきさじきとてとてとて渡わた渡わたわたりりり見み見みみれれればばばみこしみこしみこしのののつらつらつら近ちか近ちかちかくくくつらしつらしつらしとととははは思おも思おもおもへへえどどど、、、目め目めめくれくれくれててておぼゆるおぼゆるおぼゆるににに、、、これこれこれかれかれかれやややいでいでいでなほなほなお人ひと人ひとひとにににすぐれすぐれすぐれ給たま給たまたまへへえりりりかしかしかし。。。「「「あなあなあなあたらしあたらしあたらし」」」などなどなどもももいふいふいうめりめりめり。。。聞き聞ききくくくにににもももいとゞいとゞいとど物もの物ものもののみのみのみすべすべすべなしなしなし。。。
  2. 2しもしもしもつきつきつきににになりなりなりててて、、、大おほ大おほおおまゑまゑまえとてとてとてのゝしるのゝしるののしるべきべきべき、、、そのそのその中なか中なかなかにににははは、、、少すこ少すこすこしししままま近ぢか近ぢかじかくくく見み見みみゆるゆるゆる心ここ心ここここちちちすすす。。。かうぶりかうぶりこうぶり故ゆゑ故ゆゑゆえににに、、、人ひと人ひとひとももも又また又またまたあいなしあいなしあいなしととと思おも思おもおもふふう思おも思おもおもふふう、、、わざわざわざもももなくなくなく經へ經へへててて、、、とかくとかくとかくすれすれすればばば、、、いといといと心こころ心こころこころあわたゞしあわたゞしあわただし。。。事こと事ことことはつるはつるはつる日ひ日ひひ、、、夜よ夜よよ更ふ更ふふけけけぬぬぬほどほどほどにににものものものしししててて、、、行ぎやう行ぎやうぎょう幸かう幸かうこうににに侍さぶら侍さぶらさぶらひひいででであがりあがりあがりぬぬぬべかりべかりべかりつれつれつれどどど、、、夜よ夜よよののの更ふ更ふふけけけぬぬぬべかりべかりべかりつれつれつればばば、、、空そら空そらそら胸むね胸むねむねやみやみやみてててなむなむなんまかでまかでまかでぬるぬるぬる。。。いかにいかにいかに人ひと人ひとひといふいふいうらむらむらん。。。明日あす明日あすあすはははこれこれこれがががきぬきぬきぬ着き着ききかへかへかえさせさせさせててて出い出いいでででむむんなどなどなどあれあれあればばば、、、いさゝかいさゝかいささか昔むかし昔むかしむかしののの心ここ心ここここちちちしししたりたりたり。。。「「「つとめてつとめてつとめて供とも供ともともにににありかありかありかすすすべきべきべきをのこをのこおのこどもどもどもなどなどなど、、、まゐらまゐらまいらざざざめるめるめるををを、、、かしこかしこかしこにににものものものしししててて、、、行ぎやう行ぎやうぎょう幸かう幸かうこうにににとゝのへとゝのへととのえむむんさうすへさうすへそうすえしししててて來こ來ここよよよ」」」とてとてとて、、、いでいでいでられられられぬぬぬ。。。よろこびよろこびよろこびにににありきありきありきなどなどなどすれすれすればばば、、、いといといとあはれあはれあわれにににうれしきうれしきうれしき心ここ心ここここちちちすすす。。。それそれそれよりよりよりしもしもしも、、、例れい例れいれいののの愼つつし愼つつしつつしむむむべきべきべき事こと事ことことありありあり。。。二日ふつか二日ふつかふつかもももかかかごとごとごとににになむなむなんきたるきたるきたるももも、、、たよりたよりたよりにににもももあるあるあるををを、、、さもさもさもやややととと思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとももも、、、たゞたゞただ一ひと一ひとひと人り人りり出い出いいでででたりたりたり。。。胸むね胸むねむねうちうちうちつぶれつぶれつぶれてててぞぞぞあさましきあさましきあさましき。。。「「「唯ただ唯ただただ今いま今いまいまなむなむなん歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまへへえるるる」」」などなどなど語かた語かたかたれれればばば、、、夜よ夜よよ更ふ更ふふけけけぬるぬるぬるににに昔むかし昔むかしむかしながらながらながらののの心ここ心ここここちちちならならならましかましかましかばばば、、、かゝらかゝらかからましましましやややはははととと思おも思おもおもふふう心こころ心こころこころぞぞぞいみじきいみじきいみじき。。。それそれそれよりよりより後のち後のちのちもももおとおとおとなしなしなし。。。
  3. 3しはすしはすしわすのののついたちついたちついたちににになりなりなりぬぬぬ。。。七日なぬか七日なぬかなのかばかりばかりばかりののの晝ひる晝ひるひるさしさしさしのぞきのぞきのぞきたりたりたり。。。今いま今いまいまはははいといといとまばゆきまばゆきまばゆき心ここ心ここここちちちもももしししにににたれたれたればばば几き几きき帳ちやう帳ちやうちょう引ひ引ひひききき寄よ寄よよせせせててて、、、けしきけしきけしきものものものしげしげしげなるなるなるををを見み見みみててて、、、「「「いでいでいで日ひ日ひひ暮く暮くくれれれにににけりけりけり。。。內うち內うちうちよりよりより召め召めめしししありありありつれつれつればばば」」」とてとてとて立た立たたちちちにににしししまゝまゝままににに、、、おとおとおとづれづれずれもももなくなくなくててて、、、十七八日じふしちはちにち十七八日じふしちはちにちじゅうしちはちにちににになりなりなりにににけりけりけり。。。今日けふ今日けふきょうののの晝ひる晝ひるひるつつつ方かた方かたかたよりよりより、、、雨あめ雨あめあめいといといといたういたういとうはらめはらめはらめにににててて、、、霰あられ霰あられあられにににつれづれつれづれつれづれととと降ふ降ふふるるる。。。ましてましてまして若も若ももしししやややととと思おも思おもおもふふうべきべきべき事こと事ことことももも絕た絕たたえええにににたりたりたり。。。いにしへいにしへいにしえををを思おも思おもおもへへえばばば我わ我わわがががめめめにににしもしもしもあらあらあらじじじ、、、心こころ心こころこころののの本ほん本ほんほん上じやう上じやうじょうにににやややありありありけむけむけん、、、雨あめ雨あめあめ風かぜ風かぜかぜにににもももさはらさはらさわらぬぬぬものものものととと、、、ならはしならはしならわしたりたりたりしししものものものををを、、、今日けふ今日けふきょう思おも思おもおもひひい出い出いいづれづれずればばば、、、昔むかし昔むかしむかしももも心こころ心こころこころのののゆるぶゆるぶゆるぶやうやうようにににもももなかりなかりなかりしかしかしかばばば、、、我わ我わわががが心こころ心こころこころのののおほけなきおほけなきおおけなきにににこそこそこそありありありけれけれけれ、、、あはれあはれあわれさらさらさらぬぬぬものものものととと見み見みみしししものものものををを、、、それそれそれまでまでまで思おも思おもおもひひいかけかけかけられられられぬぬぬととと、、、ながめながめながめ暮くら暮くらくらさささるるる。。。雨あめ雨あめあめののの脚あし脚あしあし同おな同おなおなじじじやうやうようにににててて火ひ火ひひ燈とも燈ともともすすす程ほど程ほどほどもももなりなりなりぬぬぬ。。。南みなみ南みなみみなみおもておもておもてにににこのこのこの頃ころ頃ころころ來く來くくるるる人ひと人ひとひとありありあり。。。足あし足あしあし音おと音おとおとすれすれすればばばさささにににぞぞぞあなたあなたあなた。。。あはれあはれあわれをかしくをかしくおかしく來き來ききたるたるたるはははととと、、、涌わ涌わわきききたぎるたぎるたぎる心こころ心こころこころをををばばば、、、傍かたはら傍かたはらかたわらににに置お置おおきききてててうちうちうちいへいへいえばばば、、、年とし年としとし頃ごろ頃ごろごろ見み見みみ知し知ししりりりたるたるたる人ひと人ひとひとむかひむかひむかいててて、、、「「「あはれあはれあわれこれこれこれにににまさりまさりまさりたるたるたる雨あめ雨あめあめ風かぜ風かぜかぜにににもももいにしへいにしへいにしえ、、、人ひと人ひとひとののの障さは障さはさわりりり給たま給たまたまははわざざざめりめりめりししし物もの物ものものををを」」」ととといふいふいうにににつけつけつけてててぞぞぞうちうちうちこぼるゝこぼるゝこぼるる淚なみだ淚なみだなみだののの熱あつ熱あつあつくくくてててかゝるかゝるかかるににに覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるやうやうよう、、、
  4. 4「「「思おも思おもおもひひいせせせははは胸むね胸むねむねのののひむらひむらひむらはははつれなくつれなくつれなくてててなみだなみだなみだをををわかすわかすわかす物もの物ものものにににざりざりざりけりけりけり。。。」」」ととと、、、くりくりくり返かへ返かへかえしししいはいはいわれれれししし程ほど程ほどほどにににぬるぬるぬるところところところにににもももあらあらあらでででよよよははは明あか明あかあかしししてててけりけりけり。。。そのそのその月つき月つきつきみたるみたるみたるばかりばかりばかりののの程ほど程ほどほどにににててて年とし年としとしははは越こ越ここえええにににけりけりけり。。。そのそのその程ほど程ほどほどののの作さ作ささ法ほふ法ほふほう例れい例れいれいのののことことことなれなれなればばばしるさしるさしるさずずず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

こうして八月になった。二日の夜ごろ、あの人が急に姿を見せた。妙だと思っていると、「明日は物忌みだから、門をしっかり閉めさせよ」などと言い散らす。たいそうあきれて、物の怪が湧くように思われるのに、(侍女たちが)「この戸を閉めて、あれを引き寄せて、ご辛抱なさいませ、ご辛抱なさいませ」と耳に口を寄せて、ささやいてせきたてるので、私が一人愚か者のようになって向かい合っていると、すっかりふさぎこんでしまったと見えたことだろう。翌日も一日中言うことは、「私の心は変わらないのに、あなたが悪く見なして」とばかり。まったく言いようもない。五日には除目で(あの人は)大将になったなどと、ますます栄えて、たいそうめでたい。それから後は、少ししばしば姿を見せるようになった。「この大饗の折に、院の御給を(道綱のために)お願いしよう。幼い子に元服をさせよう」といって、十日と定めて行った。儀式などは例のとおりである。加冠役には、源氏の大納言がお務めくださった。事が終わって、方角がふさがっていたけれど、夜が更けたからといって、あの人は泊まった。こうしてはいても、今度こそ最後だろうかと思う気持ちになっていた。九月、十月も同じ様子で過ぎていくようだ。世間では大嘗会の御禊だといって騒いでいる。私も人々も見物の桟敷だといって行って見ると、御輿の近くにいるあの人を、薄情な人とは思うけれど、目もくらむように思われるにつけ、あの人もこの人も「やはり人にすぐれていらっしゃる」「ああもったいない(あの方を手放すなんて)」などとも言うようだ。聞くにつけても、ますますどうしようもない思いがする。

十一月になって、大嘗会だといって騒ぐことになっているが、その中では、少し身近に見える気がする。道綱の元服のために、人々もまたつまらないと思いながらも、特別のこともなく日を過ごして、あれこれしていると、たいそう慌ただしい。事が終わる日、夜も更けないうちにあの人がやって来て、「行幸にお供して、(宮中に)上がるはずだったが、夜が更けそうだったので、胸の病を口実にして退出してきた。人はどう言っているだろう。明日はこの子に衣を着替えさせて出かけよう」などと言うので、少し昔の気持ちがした。「明朝、供として歩かせるはずの下人などが、参らないようだから、あちら(自邸)に行って、行幸に整えて装束をつけて来なさい」と言って、お出かけになった。道綱が(昇進の)お礼回りなどをしているので、たいそうしみじみとうれしい気持ちがする。それから後、例の慎むべきこと(物忌み)があった。二日(の日)も神事にかこつけて来たが、ちょうどよい折でもあるのに、もしやと思う人(兼家)も、ただ一人で出て行ってしまった。胸がつぶれて、あきれる思いがする。(道綱が)「ただ今お帰りになりました」などと話すので、夜が更けたのに、昔のままの気持ちであったら、こんなことはなかっただろうにと思う心が、ひどくつらい。それから後も音沙汰がない。

十二月の一日になった。七日ごろの昼、ちょっと顔をのぞかせた。今はたいそう顔を合わせるのも気恥ずかしい気持ちがするので、几帳を引き寄せて(隠れていると)、機嫌が悪そうなのを見て、「さあ日が暮れた。宮中からお召しがあったので」と言って立ち去ったまま、音沙汰もなくて、十七、八日になった。今日の昼ごろから、雨がひどく激しく降って、霰まじりにしとしとと降る。まして、もしやと思うようなこともなくなった。昔を思うと、私の身のせいでもあるまい、あの人の本来の心だったのだろうか、雨風にも妨げられないものと思い慣れていたのに、今日思い出してみると、昔も心が休まるようなこともなかったのだから、私の心が身の程知らずだったのだ、ああ、そういうものではないと(雨風にもかまわず来るものと)見ていたのに、それさえ思いもかけないことになったと、物思いに沈んで日を暮らす。雨の降り方は同じようで、灯をともす時刻にもなった。南の面に、この頃通ってくる人(隣の女のもとに通う男)がある。足音がするので、あの人だ、ああ、こんな雨の中をよく来たものだと、心がわき立つのを、傍らに置いて(こらえて)言うと、長年見知っている侍女が向かいにいて、「ああ、これよりひどい雨風の時でも、昔は、あの方は妨げられることはなかったようですのに」と言うにつけて、こぼれ落ちる涙が熱く頬にかかるので、こう思われた。

「思いの火は、胸の火むら(炎)はそ知らぬ顔をして、涙をわかすものだったのですね」と、繰り返し口ずさんでいるうちに、寝る所でもなく、夜を明かしてしまった。その月も、そんなふうにして年は越えてしまった。その頃の作法は例年のことなので書かない。

意訳

〔大将となる兼家〕八月、兼家は右大将に昇進した。昇進後は少し訪れが増え、道綱の元服も執り行われた。加冠役には源氏の大納言が立ち、道綱は一人前の貴族となる。それでも作者は「今度こそ最後か」と思わずにいられない。大嘗会の御禊の行列で、御輿の近くに立つ兼家の姿は、人々が「やはりすぐれていらっしゃる」と噂するほど立派だった。

〔大嘗会と道綱〕十一月の大嘗会では、道綱が行幸に供奉する。兼家は装束の支度を指図し、作者は少し昔に戻ったような気持ちになる。けれども、物忌みの日にも兼家は一人で帰ってしまい、作者はまたあきれる。

〔雨の夜〕十二月、兼家は几帳越しに作者の不機嫌を見て、すぐに帰ってしまった。それきり音沙汰もない。霰まじりの雨の夜、足音を聞いて胸を躍らせるが、それは別の人だった。「昔はこれよりひどい雨風でも、殿はいとわずおいでになったのに」という侍女の言葉に、作者の頬を熱い涙が伝う。思いの火が涙をわかす、という歌に、作者の嘆きのすべてがこめられている。

語釈・文法注

ひきいれ
引入。元服の儀式で冠をかぶせる役(加冠役)。

文法

「はかに見えたり」
底本の注記に「に」の脱字かとあり、「にはかに見えたり」と解する。
「ものゝわくやうにおぼへゆるに」
底本どおり。注記に「二字衍」とある。物の怪が湧くように思われるので、の意に解する。
「まねさゝめき惑はせば」
底本の注記に「ま」は衍字かとある。ささやいてせきたてるので。
「くんじ果てにたり」
「屈じ果つ」。すっかりふさぎこむ。
「いともめづらたし」
底本どおり。注記に「五字めでたし」とあり、「いともめでたし」と解する。
「この大共うへに」
底本どおり。注記に「三字大饗の」などとあり、大饗の折に、と解する。
「院の御給」
院(冷泉上皇)の年給。院の推薦で官位を与えてもらう制度。道綱の叙爵をいう。
「方ふたにけりにたれど」
底本どおり。注記に「二字がり」とあり、「方ふたがりにたれど」と解する。
「大上とのごけおとて」
底本どおり。注記に「大嘗会の御禊とて」とある。
「大まゑ」
底本どおり。注記に「二字大嘗会」とある。
「空胸やみて」
胸の病を口実にして。
「とゝのへむさうすへして」
底本どおり。注記に「二字さぞカ」とあり、「ととのへむ、装束して」と解する。
「二日もかごとに」
底本どおり。注記に「みか」の異文があり、「神事(みかごと)に」と解する。
「心の本上」
本性。もともとの心。
「さにぞあなた」
底本どおり。注記に「る」の異文があり、「さにぞあなる」(あの人だ)と解する。
「その月みたるばかりの程にて」
底本どおり。注記に異文がある。そんなふうにして、の意に解する。

和歌

思ひせは胸のひむらはつれなくてなみだをわかす物にざりけり

詠者
道綱母(作者)
状況
十二月、霰まじりの雨の夜、昔は雨風もいとわず来たのにと侍女に言われ、熱い涙をこぼしながら詠んだ歌。

修辞

掛詞
「思ひ」に「火」を掛け、「ひむら(炎)」「わかす」と火の縁語でつなぎ、胸の思いの火が涙を熱くわかすと詠む。

解説

天禄元年(970)八月、兼家は右大将に任じられた。兄の伊尹が摂政となり、兼家も一族の中で重きをなしていく。道綱は十六歳で元服し、院の御給によって叙爵した。父の昇進と息子の成人という晴れがましい出来事の中で、作者はかえって自分が取り残されていく不安を感じている。

大嘗会の御禊で、作者は御輿の近くにいる兼家の姿を遠くから見る。人々が兼家の立派さをほめるのを聞きながら、作者は「つらし」と思いつつも目がくらむ思いがする。夫の栄達と、夫婦の心の離反とが、同時に進んでいることがよくわかる場面である。

雨の夜の場面は、中巻の中でも特に名高い。かつては雨風にも構わず訪れてくれた夫が、今は来ない。侍女の何気ない言葉が、作者の心の奥にしまっていた思い出をよみがえらせ、熱い涙となってあふれ出る。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、84–87頁(コマ45–46)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日