蜻蛉日記 中巻 第25章
石山の夜と帰京
石山寺の御堂で、作者は身の上を仏に訴えて泣く。月の明るい夜更け、谷から聞こえる鹿の声に心を乱し、明け方の霧の中、瀬田川のほとりを眺めながら、道綱さえいなければ死んでしまいたいと思う。二日目の夜明け、夢に寺の別当らしい法師が銚子の水を持って現れる。仏のお告げと感じた作者は、舟で湖を渡って京に帰る。
- 1よるよるよるににになりなりなりてててゆゆゆなどなどなど物物ものしししててて御御み堂堂どうににに昇昇のぼるるる。。。身身みのののあるあるあるやうやうようををを佛佛ほとけけるけるけるににに申申もうすすすにににももも淚淚なみだににに咽咽むせぶぶぶ。。。とすてとすてとすていひいひいいもももやらやらやられれれずずず。。。よよようちうちうち更更ふけけけてててとととののの方方かたををを見見み出出いだしししたれたれたればばば堂堂どうははは高高たかくくくてててしもしもしもははは谷谷たにととと見見みえええたりたりたり。。。かたきかたきかたき軒軒のきににに木木きどもどもども生生おひひいこりこりこりててて、、、いといといとこぐらかりこぐらかりこぐらかりたるたるたる。。。二十日二十日はつかののの月月つき夜夜よ更更ふけけけててていといといとあかるけれあかるけれあかるけれはははこここ蔭蔭かげにににもりもりもりててて所所ところ々々どころににに前前まえ方方かたぞぞぞ見見みえええわたりわたりわたりたるたるたる。。。見見みおろしおろしおろしたれたれたればばば麓麓ふもとにににあるあるある泉泉いずみはははかみかみかみのののごとごとごと見見みえええたりたりたり。。。高高こう欄欄らんにににおしおしおし懸懸かかりりりてててとととばかりばかりばかり守守まもりりり居居いたれたれたればばば、、、片片かた岸岸ぎしににに草草くさのののなかなかなかにににそよそよそよそよそよそよしらししらししらしたるたるたるものものものあやしきあやしきあやしき聲聲こえするするするををを、、、「「「こここはははなになになにぞぞぞ」」」ととと問問とひひいたれたれたればばば「「「鹿鹿しかのののいふいふいうなりなりなり」」」ととといふいふいう。。。などなどなどかかかれいれいれいののの聲聲こえにににははは鳴鳴なかかかざらざらざらむむんととと思思おもふふう程程ほどにににさしさしさし離離はなれれれたるたるたる谷谷たにののの方方かたよりよりより、、、いといといとうらうらうら若若わかききき聲聲こえににに遙遙はるかににに詠詠ながめめめ鳴鳴なきききたなりたなりたなり。。。聞聞きくくく心心ここちちち空空そらなりなりなりととといへいへいえばばばおろかおろかおろかなりなりなり。。。思思おもひひい入入いりりりててて行行おこなふふう心心ここちちちものものもの覺覺おぼえええででで猶猶なおあれあれあればばば、、、みみみやややかなるかなるかなる山山やまのののあなたあなたあなたばかりばかりばかりににに、、、おもりおもりおもりののの物物もの追追おひひいたるたるたる聲聲こえいふいふいうかひかひかいなくなくなくなさけなさけなさけなげなげなげにににうちうちうちよばひよばひよばいたりたりたり。。。かうかうこうしもしもしも取取とりりり集集あつめめめててて肝肝きもををを碎碎くだくくくことことこと多多おおからからからむむんととと思思おもふふうぞぞぞ、、、はてはてはてはははあきれあきれあきれてててぞぞぞ居居いたるたるたる。。。さてさてさて後後ご夜夜や行行おこなひひいつれつれつればばばおりおりおりぬぬぬ。。。身身みよわけれよわけれよわければばばゆやゆやゆやにににありありあり。。。
- 2夜夜よののの明明あくるくるくるまゝまゝままににに見見みやりやりやりたれたれたればばばひんがしひんがしひんがしににに風風かぜはははいといといとのどかのどかのどかにににててて霧霧きり立立たちちちわたりわたりわたり、、、川川かはのののあなたあなたあなたははは繪繪えににに書書かきききたるたるたるやうやうようににに見見みえええたりたりたり。。。川川かわづらづらずらににに放放はなちちち馬馬うまどもどもどものののあさりあさりあさりありくありくありくももも遙遙はるかににに見見みえええたりたりたり。。。いといといと哀哀あわれなりなりなり。。。二二になくなくなく思思おもふふう人人ひとをををももも、、、人人ひと目目めににによりよりよりてててとゞめとゞめとどめ置置おきききてててしかしかしかばばば、、、出出いででで離離はなれれれたるたるたる序序ついでににに、、、死死しぬるぬるぬるたばかりたばかりたばかりをををもももせせせばばばやややととと思思おもふふうにににはははまづまづまずこのこのこのほだしほだしほだし覺覺おぼえええててて戀戀こいしうしうしゅう悲悲かなししし。。。淚淚なみだののの限限かぎりをををぞぞぞ盡盡つくしししはべるはべるはべる。。。をのこをのこおのこどもどもどもののの中中なかにににははは「「「これこれこれよりよりよりいといといと近近ちかくくくなりなりなり。。。いさういさういそうくなたくなたくなたののの身身みにににははは、、、いまいまいまももも口口くちひきひきひき過過すごすごすごすととと聞聞きくくくぞぞぞかうかうこうかかかなるなるなるややや」」」などなどなどいふいふいうををを聞聞きくくくににに、、、さてさてさて心心こころにににもももあらあらあらずずず引引ひかかかれれれいないないなばばばやややととと思思おもふふう。。。かくかくかくのみのみのみ心心こころ盡盡つくせせせばばば物物ものなどなどなどもももくはくはくわれれれずずず。。。「「「しりへしりへしりえののの方方かたなるなるなる池池いけにににしぶきしぶきしぶきととといふいふいうものものものおもひおもひおもいたるたるたる」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「とりとりとりてててもてもてもてこここ」」」ととといへいへいえばばばもてもてもて來來きたりたりたりけるけるける。。。けけけにににあへしらひあへしらひあえしらいてててゆゆゆをををししし切切きりりりてててうちうちうちかざしかざしかざしたるたるたるぞぞぞ、、、いといといとをかしうをかしうおかしゅう覺覺おぼえええたるたるたる。。。さてさてさてははは夜夜よににになりなりなりぬぬぬ。。。御御み堂堂どうにににてててよろづよろづよろず申申もうししし泣泣なききき明明あかしししててて、、、曉曉あかつき方方がたにににまどろみまどろみまどろみたるたるたるににに見見みゆるゆるゆるやうやうよう、、、このこのこの寺寺てらのののととと覺覺おぼしきしきしき法法ほう師師し、、、銚銚ちょう子子しににに水水みずををを入入いれれれててて持持もててて來來きててて、、、右右みぎののの方方かたののの座座ざににに入入いりりりくくくととと見見みるるる。。。ふとふとふと驚驚おどろかかかささされれれててて佛佛ほとけののの見見みせせせ給給たまふふうにににこそこそこそはははあらあらあらめめめととと思思おもふふうににに、、、ましてましてまして物物ものぞぞぞ哀哀あわれににに悲悲かなしくしくしく覺覺おぼゆるゆるゆる。。。
- 3明明あけけけぬぬぬととといふいふいうなれなれなればばばやがてやがてやがて御御み堂堂どうよりよりよりおりおりおりぬぬぬ。。。まだまだまだいといといと暗暗くらけれけれければばば海海うみのののうへうへうえ白白しろくくく見見みえええ渡渡わたりりりててて、、、さささいふいふいういふいふいう人人ひと二十人二十人にじゅうにんばかりばかりばかりあるあるあるををを、、、乘乘のらららむむんとととするするする舟舟ふねののの、、、さしさしさしかげかげかげのののかたへかたへかたえばかりばかりばかりににに見見みくさくさくさささされれれたるたるたるぞぞぞいといといと哀哀あわれにににあやしきあやしきあやしき。。。みみみあかしあかしあかしたてたてたて參參まいらせらせらせししし僧僧そうののの見見み送送おくるるるとてとてとて岸岸きしににに立立たてててるるるににに、、、唯唯たださしさしさし出出いでででにににさしさしさし出出いでででつれつれつればばば、、、いといといと心心こころ細細ぼそげげげにににててて立立たてててるるるををを見見みやれやれやればばば、、、かれかれかれはははめめめなれなれなれにににたるたるたるらむらむらん一一ひとつつつににに悲悲かなしくしくしくややや、、、とまりとまりとまりててて思思おもふふうらむらむらんとととぞぞぞうるうるうる。。。をのこをのこおのこどもどもども「「「今今いまらいねんらいねんらいねんののの友友とも月月づき友友ともひひひ參參まいらららむむんよよよ」」」とととよばひよばひよばいたれたれたればばば「「「さささなりなりなり」」」ととと答答こたへへえててて遠遠とおくくくなるなるなるまゝまゝままににに、、、影影かげのののごとごとごと見見みえええたるたるたるもももいといといと悲悲かなししし。。。空空そらををを見見みれれればばば月月つきはははいといといと細細ほそくくくててて影影かげははは海海うみのののおもておもておもてににに移移うつりりりてててあるあるある。。。風風かぜうちうちうち吹吹ふきききててて海海うみのののおもておもておもていといといと騷騷さわがしうがしうがしゅうさらさらさらさらさらさらととと騷騷さわぎぎぎたりたりたり。。。若若わかきききをのこをのこおのこどもどもども聲聲こえほそやかほそやかほそやかにににててて、、、おもせおもせおもせにににたるたるたるととといふいふいう歌歌うたををを歌歌うたひひい出出いでででたるたるたるををを聞聞きくくくにににもももつぶつぶつぶつぶつぶつぶととと淚淚なみだぞぞぞ落落おつるつるつる。。。いかゞいかゞいかが崎崎さき山山やま吹吹ぶきののの崎崎さきなどなどなどいふいふいう所所ところ々々どころ見見みやりやりやりててて蘆蘆あしののの中中なかよりよりより漕漕こぎぎぎ行行ゆくくく。。。まだまだまだ物物ものうううしかしかしかにににももも見見みえええぬぬぬ程程ほどににに遙遙はるかなるなるなる楫楫かじののの音音おとしししててて心心こころ細細ぼそくくく歌歌うたひひい來來くるるる舟舟ふねありありあり。。。行行ゆきききちがふちがふちがう程程ほどににに「「「いづくいづくいずくのののぞぞぞややや」」」ととと問問とひひいけれけれければばば「「「石石いし山山やまへへへ人人ひとののの御御おおん迎迎むかえににに」」」とととぞぞぞこなふこなふこなうなるなるなる。。。このこのこの聲聲こえもももいといといと哀哀あわれににに聞聞きこゆるゆるゆる。。。めめめいひいひいいおきおきおきししし遲遲おそくくくいれいれいればばば、、、かしこかしこかしこなりなりなりつるつるつるしししててて出出いでででぬれぬれぬればばば違違たがひひいててていくいくいくなめりなめりなめり。。。留留とどめめめてててをのこをのこおのこどもどもどもかたへかたへかたえははは乘乘のりりりかへりかへりかえりててて、、、心心こころのののほしきほしきほしきににに歌歌うたひひい行行ゆくくく。。。瀨瀨せ田田たののの橋橋はしののの本本もと行行ゆきききかゝるかゝるかかるほどほどほどにににぞぞぞほのぼのほのぼのほのぼのととと明明あけけけ行行ゆくくく。。。千千ち鳥鳥どりうちうちうちかけりかけりかけりつゝつゝつつ飛飛とびびびちがふちがふちがう。。。物物ものののの哀哀あわれににに悲悲かなしきしきしき事事ことさらにさらにさらに數數かずなしなしなし。。。さてさてさてありありありししし濱濱はまわわわににに至至いたりりりたれたれたればばば迎迎むかえののの車車くるま出出いででで來來きたるたるたる。。。きやうきやうきょうににに巳巳みののの時時ときばかりばかりばかりいきいきいき着着つきききぬぬぬ。。。
- 4此此これ彼彼かれ集集あつまりまりまりてててせかいせかいせかいにににまでまでまでなどなどなどいひいひいい騷騷さわぎぎぎけるけるけることことことなどなどなどいへいへいえばばば「「「さささもももあらあらあらばばばあれあれあれ、、、今今いまははは猶猶なおしかるしかるしかるべきべきべき身身みかはかはかは」」」などなどなどぞぞぞ答答こたふるふるうる。。。おほやけおほやけおおやけにににすまひすまひすまいののの頃頃ころなりなりなり。。。幼幼おさなききき人人ひと參參まいらららまほしげまほしげまほしげににに思思おもひひいたれたれたればばば、、、さうぞかさうぞかそうぞかせせせててて出出いだししし立立たつつつままま殿殿とのへへへとてとてとて物物ものしししたりたりたりけれけれければばば、、、車車くるまのののしりしりしりににに乘乘のせせせててて、、、暮暮くれにににはははこなたこなたこなたざまざまざまににに物物ものししし給給たまふふうべきべきべき人人ひとののの、、、さるさるさるべきべきべきににに申申もうしししつけつけつけててて、、、をををはははあなたあなたあなたざまざまざまにににときときときはははにににももも、、、ましてましてまして淺淺あさましましまし。。。又又またののの日日ひもももきききののののののごとごとごと參參まいるるるさまさまさまにににえええ知知しらららでででよよよさりさりさりははは一一ひとつつつのののさうきさうきそうき、、、これこれこれらららかれかれかれががが送送おくりりりせよせよせよとてとてとて、、、さいさいさいだだだちちちててて出出いでででにににけれけれければばば、、、獨獨ひとり罷罷まかでゝでゝでて、、、いかにいかにいかに心心こころににに思思おもふふうらむらむらん、、、例例れいならならならましかましかましかばばば、、、諸諸もろ共共ともにににあらあらあらましましましをををととと、、、幼幼おさなききき心心ここちちちににに思思おもふふうなるなるなるべしべしべし。。。うちうちうちぐしぐしぐしたるたるたるさまさまさまにににててて入入いりりりくるくるくるををを見見みるるるににに、、、せせせむむんかたかたかたなくなくなくいみじくいみじくいみじく思思おもへへえどどど、、、何何なにのののかひかひかいかかかあらあらあらむむん。。。身身み一一ひとつつつをををのみのみのみ切切きりりり碎碎くだくくく心心ここちちちすすす。。。
現代語訳
夜になって、湯浴みなどをして御堂に上る。身の上のありさまを仏に申し上げるにつけても、涙にむせぶ。最後まで言い終えることもできない。夜が更けて外の方を見やると、御堂は高くて、下の方は谷と見えた。崖の側の軒に木々が茂り合って、たいそう小暗くなっている。二十日の月が夜更けてたいそう明るいので、木陰から漏れて、あちこちに前の方が見渡される。見下ろすと、麓にある泉は鏡のように見えた。高欄に寄りかかってしばらく見つめていると、片側の崖の草の中で、そよそよと音を立てているものが、妙な声を出すので、「これは何か」と尋ねると、「鹿が鳴いているのです」と言う。どうしていつもの声では鳴かないのだろうと思っているうちに、遠く離れた谷の方から、たいそう若々しい声で、はるかに長く引いて鳴いたようだ。聞く気持ちは、上の空などと言っては言い足りない。思い入って勤行する気持ちも、何もわからないままでいると、はるか向こうの山のあたりで、田の番人が獣を追う声が、どうしようもなく情けなさそうに叫んでいる。こうまでもかき集めて、心を砕くことが多いものかと思うと、しまいにはあきれてぼうっとしていた。さて、後夜の勤行を終えたので、御堂を降りた。体が弱っているので、湯屋にいる。
夜が明けるにつれて見やると、東の方に風はたいそうのどかで、霧が立ちこめ、川の向こうは絵に描いたように見えた。川べりに放し飼いの馬たちが草を食んで歩いているのも、はるかに見えた。たいそうしみじみとする。二人とないほど大切に思う人(道綱)も、人目をはばかって家に残してきたので、こうして家を離れた機会に、死ぬ算段でもしたいものだと思うにつけて、まずこの足かせ(道綱)が思われて、恋しく悲しい。涙のかぎりを尽くした。男たちの中に「ここから(瀬田の)川はたいそう近い。……」などと言うのを聞くと、そのまま心ならずも(川に)引き込まれて行ってしまいたいと思う。こうしてばかり心を尽くしているので、食べ物なども喉を通らない。「後ろの方にある池に、しぶき(羊蹄)というものが生えています」と言うので、「取って持っておいで」と言うと、持って来た。器に盛り合わせて、柚子を切ってのせたのが、たいそうおもしろく思われた。そうしているうちに夜になった。御堂で何もかも申し上げて泣き明かし、明け方にまどろんだところ見た夢は、この寺の別当と思われる法師が、銚子に水を入れて持って来て、(私の)右の方の座に入ってくると見た。ふと目が覚めて、仏がお見せになったのであろうと思うと、いっそう、もの哀れに悲しく思われる。
夜が明けたというので、すぐに御堂から降りた。まだたいそう暗いので、湖の上が白く見渡されて、そうはいっても供の者が二十人ほどいるのに、乗ろうとする舟が、棹の陰の片隅ばかりに見えるほど小さいのが、たいそう哀れで妙である。灯明を立てて差し上げた僧が見送るといって岸に立っているところに、ただ漕ぎ出し漕ぎ出して行くと、たいそう心細そうに立っているのを見やると、あの僧は見慣れてしまったここで、ひとり悲しく残って思っているだろうと思われる。男たちが「来年の同じ月にまた参りますよ」と呼びかけると、「そうですね」と答えて、遠くなるにつれて、影のように見えるのもたいそう悲しい。空を見ると、月はたいそう細くて、その光は湖の面に映っている。風が吹いて湖の面がひどく騒がしく、さらさらと波立っている。若い男たちが声を細くして、「おもせにたる」という歌を歌い出したのを聞くにつけても、ぽろぽろと涙が落ちる。いかが崎、山吹の崎などという所々を見やりながら、葦の中から漕いで行く。まだ物の形もはっきり見えないうちに、はるかに櫓の音がして、心細く歌いながら来る舟がある。行き違う時に「どこの舟か」と尋ねたところ、「石山へ人のお迎えに」と答えるようだ。この声もたいそうしみじみと聞こえる。(迎えを)言い置いておいたのが遅かったので、あちらにいる者たちで出発したから、行き違いになったのだろう。舟を止めて、男たちの一部はその舟に乗り移って、思う存分に歌いながら行く。瀬田の橋のたもとに差しかかるころに、ほのぼのと夜が明けていく。千鳥が飛びかけりながら行き交う。もの哀れに悲しいことは、まったく数えきれない。さて、行きに乗った浜辺に着くと、迎えの車が出て来ていた。京には巳の刻ごろに帰り着いた。
人々が集まってきて、(あの人が)よそまで(捜しに)行こうとしていたなどと騒いでいたことなどを話すので、「どうでもいい、今はもう、そんなことを気にする身でしょうか」などと答える。朝廷では相撲の節会の頃である。幼い子(道綱)が参上したそうに思っているので、装束を着せて送り出す。殿(兼家)のもとへと行ったところ、車の後ろに乗せて(宮中へ行き)、夕方には、こちら(作者の家)へ送るべき人に、しかるべく申しつけて、自分はあちら(時姫の方)へ常のように(帰った)とは、まったくあきれたことだ。翌日も昨日のように参内したが、(父がどうしたのか)わからないまま、夜は一人の雑色に「この子の送りをせよ」と言って、先に立って出てしまったので、ひとりで退出して、どんな気持ちでいるだろう、いつもなら一緒にいただろうにと、子ども心に思っているのだろう。しょんぼりした様子で入ってくるのを見ると、どうしようもなくつらく思うけれど、何のかいがあろうか。わが身一つを切り刻むような気持ちがする。
意訳
〔石山の夜〕御堂で身の上を訴えて泣いた作者は、夜更け、月光に照らされた谷を高欄から見下ろす。草の中で鳴く鹿、遠い谷から響く若い鹿の声、田の番人の叫ぶ声。あらゆる音が心にしみ、作者は「心を砕くことがこうも集まるものか」とあきれてしまう。
〔死への思いと夢〕夜明けの霧に煙る瀬田川を眺めながら、作者は家を離れたこの機に死んでしまいたいと思う。けれども、まず道綱のことが思われて、死ぬこともできない。二日目の夜、夢に寺の別当らしい法師が銚子の水を持って現れ、作者の右の座に入ってきた。作者は仏のお告げと受けとめる。
〔帰京と道綱〕夜明けの湖を舟で渡り、瀬田の橋のたもとで夜が明ける。帰ってみると、兼家は相撲の節会に道綱を連れて行きながら、夜は一人で帰らせ、自分は時姫のもとへ帰ってしまう。しょんぼりと帰ってきた道綱を見て、作者は身を切り刻まれるような思いがする。
語釈・文法注
- べたう
- 別当。寺の事務を統括する僧。
文法
- 「佛けるに申すにも」
- 底本の本文は「佛ける」で、小字の注記に「ほとけ」とある。仏に申し上げるにつけても、の意に解する。
- 「とすていひもやられず」
- 底本どおり。注記に「二字かく」とある。最後まで言うこともできない、の意に解する。
- 「との方」
- 外の方。
- 「かたき軒」
- 底本どおり。注記に「は」の異文があり、「片崖(かたぎし)の軒」と解する。
- 「かみのごと」
- 底本の注記に「が」の脱字かとあり、「鏡のごと」と解する。
- 「しらしたる」
- 底本の注記に「な」の異文があり、「鳴らしたる」と解する。
- 「みやかなる山」
- 底本の注記に「はる」の異文があり、「はるかなる山」と解する。
- 「おもりの物追ひたる聲」
- 底本の注記に「た」の異文があり、「田守(たもり)の物追ひたる声」(田の番人が鳥獣を追う声)と解する。
- 「いさうくなたの身には…かうかなるや」
- 底本どおりで意味がとりにくい。男たちが川の近さを話している言葉と解される。
- 「しぶき」
- 羊蹄(ぎしぎし)の古名とされる。食用にした。
- 「け」
- 笥。食器。
- 「さしかげのかたへばかりに見くさされたる」
- 底本どおり。棹の陰の片隅ばかりに見えるほど(舟が小さい)、の意に解する。
- 「かれはめなれにたるらむ」
- 底本どおり。注記に異文がある。あの僧は見慣れてしまったここで、の意に解する。
- 「今らいねんの友月友ひ」
- 底本どおり。注記に「今、来年の同月同日」と解する説がある。
- 「こなふなる」
- 底本の注記に「た」の異文があり、「答ふなる」と解する。
- 「せかいにまで」
- 世界にまで。よその所まで(捜しに)。
- 「さうき」
- 底本の注記に「二字所の雑色カ」とあり、雑色(下級の召使い)と解する。
解説
石山寺での参籠は二晩に及んだ。夜更けの御堂から見下ろす谷、月光、鹿の声、田守の叫び声と、作者の感覚は研ぎ澄まされ、そのすべてが心の痛みに響いてくる。参籠中に見た夢は、のちに石山寺の霊験を語る話としても伝えられた。
作者が「死ぬるたばかりをもせばや」と考えながら、「まづこのほだし覚えて」思いとどまる場面は、前の章で道綱が鷹を放ったことと響き合っている。道綱は、作者をこの世につなぎとめる「ほだし(足かせ)」であった。
帰京後、兼家が道綱を宮中に連れて行きながら、一人で帰らせた出来事は、作者だけでなく道綱までが兼家の家族の外に置かれていることを示している。作者の悲しみは、自分の身の上から、息子の行く末へと広がっていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、82–84頁(コマ44–45)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日