古典ライブラリー

蜻蛉日記 中巻 第19章

御嶽詣と屏風歌

兼家が道綱を連れて吉野の金峯山(御嶽)に詣で、作者はその無事を祈る。愛宮への長歌は、届け先の取り違えから正体が知れ、作者はあらためて歌を贈る。八月、小一条左大臣藤原師尹の五十賀の屏風に歌を求められ、月・千鳥・駒・網代などの絵に添える歌を詠む。冬、雪の深い日に、思うにまかせぬ身を恨む。

  1. 1かくかくかくあるあるあるほどほどほどににに心ここ心ここここちちち聊いささか聊いささかいささか人ひと人ひとひとごちごちごちすれすれすれどどど二十日はつか二十日はつかはつかよひよひよいのののほどほどほどににに御み御みみにににとてとてとて急いそ急いそいそぎぎぎ立た立たたつつつ。。。幼をさな幼をさなおさなききき人ひと人ひとひと御おほん御おほんおおん供とも供ともともにににとてとてとて物もの物ものものすれすれすればばばとかくとかくとかく出い出いいだしだしだし立た立たたてゝてゝててぞぞぞそのそのその日ひ日ひひののの暮くれ暮くれくれににに我わ我わわがががもともともとののの所ところ所ところところなどなどなどすりすりすりしししはてはてはてつれつれつればばば渡わた渡わたわたるるる。。。供とも供ともともなるなるなるべきべきべき人ひと人ひとひとなどなどなどさしさしさし置お置おおきききてててけれけれければばばさてさてさて渡わた渡わたわたりりりぬぬぬ。。。それそれそれよりよりよりさかりさかりさかりうしろめたきうしろめたきうしろめたき人ひと人ひとひとをををさへさへさへ添そ添そそへへえてててしかしかしかばばば、、、いかにいかにいかにいかにいかにいかにととと念ねん念ねんねんじじじつゝつゝつつ、、、七月しちぐわつ七月しちぐわつしちがつ一日ついたち一日ついたちついたちのののころころころ曉あかつき曉あかつきあかつきににに來き來ききててて「「「唯ただ唯ただただ今いま今いまいまなむなむなん歸かへ歸かへかえりりり給たま給たまたまへへえるるる」」」などなどなど語かた語かたかたるるる。。。こゝこゝここははは程ほど程ほどほどいといといと遠とほ遠とほとおくくくなりなりなりにににたれたれたればばばしばししばししばしはははありきありきありきなどなどなどももも難かた難かたかたかりかりかりなむなむなんかしかしかしなどなどなど思おも思おもおもふふうににに晝ひる晝ひるひるつつつ方かた方かたかたなつく〳〵なつく〳〵なつかなつかももも見み見みみえええたりたりたりしししはははなになになに事こと事ことことにににかかかありありありけむけむけん。。。
  2. 2さてさてさてそのそのその頃ころ頃ころころ帥そち帥そちそち殿どの殿どのどのののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたいかでいかでいかでにににかかかありありありけむけむけん。。。さゝさゝささののの峯みね峯みねみねよりよりよりなりなりなりけりけりけりととと聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、このこのこのみなみなみなつきつきつきとととごろごろごろとととおぼしおぼしおぼしけるけるけるををを、、、使つかひ使つかひつかいもてもてもてたるたるたるゑゑえててて今いま今いまいま一ひと一ひとひとつつつ所ところ所ところところへへへもてもてもて至いた至いたいたりりりけりけりけり。。。取と取ととりりり入い入いいれれれてててあやしあやしあやしともともともややや思おも思おもおもははわずずずありありありけむけむけん。。。かへりかへりかえりごとごとごとはははどどど聞きこ聞きこきこえええてててけりけりけりととと傅つた傅つたつたへへえ聞き聞きききききててて、、、かのかのかの返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとををを聞き聞きききききててて所ところ所ところところ違たが違たがたがへへえてててけりけりけり。。。いふいふいうかひかひかいなきなきなき事こと事ことことををを又また又またまた同おな同おなおなじじじ事こと事ことことをををももも物もの物ものものしししたらたらたらばばば傅つた傅つたつたへへえてててももも聞き聞ききくくくらむらむらんににに、、、いといといとねぢけねぢけねじけたるたるたるべしべしべし。。。いかにいかにいかに心こころ心こころこころもももなくなくなく思おも思おもおもふふうらむらむらんとととなむなむなん騷さわ騷さわさわがるゝがるゝがるるととと聞き聞ききくくくがががをかしけれをかしけれおかしければばば、、、かくかくかくてててはははやまやまやまじじじととと思おも思おもおもひひいてててさきさきさきののの手て手ててしししててて、、、
  3. 3「「「やまやまやまびこびこびこののの答こたへ答こたへこたえありありありとととははは聞き聞きききききながらながらながらあとあとあとなきなきなき空そら空そらそらをををたづねたづねたずねわびわびわびぬるぬるぬる」」」
  4. 4とととあさあさあさはなだはなだはなだなるなるなる紙かみ紙かみかみににに書か書かかきききててて、、、一ひと一ひとひと葉は葉はは繁しげ繁しげしげうううつきつきつきたるたるたる枝えだ枝えだえだににに立たて立たてたて文ぶみ文ぶみぶみにににしししてててつけつけつけたりたりたり。。。またまたまたさしさしさし置お置おおきききててて失う失ううせせせにににけれけれければばば、、、先さき先さきさきのののやうやうようにににやややあらあらあらむむんとてとてとてつゝみつゝみつつみ給たま給たまたまふふうにににやややありありありけむけむけん。。。猶なほ猶なほなおおぼつかなしおぼつかなしおぼつかなし。。。あやしくあやしくあやしくのみのみのみあるあるあるににになななととと思おも思おもおもふふう。。。程ほど程ほどほど經へ經へへてててたしかたしかたしかなるなるなるべきべきべきたよりたよりたよりををを尋たづ尋たづたずねねねてててかくかくかくのたまへのたまへのたまえるるる、、、
  5. 5「「「吹ふ吹ふふくくく風かぜ風かぜかぜにににつけつけつけててて物もの物ものもの思おも思おもおもふふうあまあまあまのののたくたくたくしほしほしおのののけぶりけぶりけぶりははは尋たづ尋たづたずねねね出い出いいでででずずずややや」」」
  6. 6とてとてとて、、、いといといとけなきけなきけなき手て手ててしししててて薄うす薄うすうす純にび純にびにびののの紙かみ紙かみかみにににててて心しん心しんしんののの枝えだ枝えだえだにににつけつけつけててて給たま給たまたまへへえりりり。。。御おほん御おほんおおんかへりかへりかえりにににははは、、、
  7. 7「「「あるゝあるゝあるるうらうらうらににに鹽しほ鹽しほしおののの煙けぶり煙けぶりけぶりははは立た立たたちちちけれけれけれどどどこなたこなたこなたにににかへすかへすかえす風かぜ風かぜかぜぞぞぞなかりなかりなかりししし」」」
  8. 8とてとてとて、、、胡くる胡くるくる桃み桃みみ色いろ色いろいろののの紙かみ紙かみかみににに書か書かかきききててて色いろ色いろいろかはりかはりかわりたるたるたる松まつ松まつまつにににつけつけつけててて。。。
  9. 9八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつににになりなりなりぬぬぬ。。。そのそのその頃ころ頃ころころ小こ小ここ一いち一いちいち條でう條でうじょうののの左ひだり左ひだりひだりのののののの御おほん御おほんおおん賀が賀ががとてとてとて世よ世よよにににのゝしるのゝしるののしる。。。左さ左ささ衞ゑ衞ゑえ門もん門もんもんののの督かみ督かみかみののの御おほん御おほんおおん屛びやう屛びやうびょう風ぶ風ぶぶののの事こと事ことことせせせらるゝらるゝらるるとてとてとて、、、繪ゑ繪ゑえさるさるさるまじきまじきまじきたよりたよりたよりをををはからひはからひはからいててて責せ責せせめめめらるゝらるゝらるる事こと事ことことありありあり。。。契ちぎり契ちぎりちぎりののの所ところ所ところところ々どころ々どころどころ書か書かかききき出いだ出いだいだしししたるたるたるなりなりなり。。。いといといとしらしらしきしらしらしきしらしらしき事こと事ことこととてとてとてあまたあまたあまたゝびゝびたびかへすかへすかえすををを、、、せめてせめてせめてわりなくわりなくわりなくあれあれあればばば、、、宵よひ宵よひよいののの程ほど程ほどほど月つき月つきつき見み見みみるるるあひたあひたあいたなどなどなどににに、、、一ひと一ひとひとつつつ二ふた二ふたふたつつつなどなどなど思おも思おもおもひひいてててものものものしししけりけりけり。。。人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえににに賀が賀ががしししたるたるたる所ところ所ところところありありあり。。。
  10. 10「「「大おほ大おほおお空ぞら空ぞらぞらをををめぐるめぐるめぐる月つき月つきつき日ひ日ひひのののいくいくいくかへりかへりかえり今日けふ今日けふきょう行ゆ行ゆゆくくくすゑすゑすえにににあはあはあわむむんとととすすすらむらむらん」」」。。。
  11. 11旅たび旅たびたび行ゆ行ゆゆくくく人ひと人ひとひとののの濱はま濱はまはまづらづらずらににに馬むま馬むまうまとめとめとめててて千ち千ちち鳥どり鳥どりどりののの聲こゑ聲こゑこえ聞き聞ききくくく所ところ所ところところありありあり。。。
  12. 12「「「一ひと一ひとひと聲こゑ聲こゑこえにににやがてやがてやがて千ち千ちち鳥どり鳥どりどりととと聞き聞きききききつれつれつればばば世よ世よよ々よ々よよをををつくさつくさつくさむむんかずかずかずももも知し知ししららられれれずずず」」」。。。
  13. 13あはだあはだあわだ山やま山やまやまよりよりより駒こま駒こまこま引ひ引ひひくくく。。。そのそのそのわたりわたりわたりなるなるなる人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえににに引ひ引ひひききき入い入いいれれれててて見み見みみるるる所ところ所ところところなりなりなり。。。
  14. 14「「「あまたあまたあまた年とし年としとし越こ越ここゆるゆるゆる山やま山やまやまべべべににに家いへ家いへいえ居ゐ居ゐいしししてててつなつなつなひくひくひくこまこまこまもももおもおもおもなれなれなれにににけりけりけり」」」。。。
  15. 15人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえののの前まへ前まへまえ近ちか近ちかちかききき泉いづみ泉いづみいずみににに八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつ十五じふご十五じふごじゅうごややや月つき月つきつきののの影かげ影かげかげうつりうつりうつりたるたるたるををを女をんな女をんなおんなどもどもども見み見みみるるる程ほど程ほどほどににに、、、垣かき垣かきかきてててのののとととよりよりより大おほ大おほおお路ぢ路ぢじににに笛ふえ笛ふえふえ吹ふ吹ふふきききててて行ゆ行ゆゆくくく人ひと人ひとひとありありあり。。。
  16. 16「「「雲くも雲くもくもゐゐいよりよりよりうちえうちえうちえののの聲こゑ聲こゑこえををを聞き聞ききくくくなべなべなべにににさしさしさしくむくむくむばかりばかりばかり見み見みみゆるゆるゆるつきつきつきかげかげかげ」」」。。。
  17. 17田ゐ田ゐい舍なか舍なかなか人びと人びとびとののの家いへ家いへいえののの前まへ前まへまえののの濱はま濱はまはまづらづらずらににに松まつ松まつまつ原ばら原ばらばらありありあり。。。鶴たづ鶴たづたず群む群むむれれれててて遊あそ遊あそあそぶぶぶ。。。ふたつふたつふたつ歌うた歌うたうたあるあるあるべしべしべしとととありありあり。。。
  18. 18「「「なみなみなみかげかげかげののの見み見みみやりやりやりににに立た立たたてててるるる小こ小ここ松まつ松まつまつばらばらばらこゝろこゝろこころをををよするよするよすることことことぞぞぞあるあるあるべしべしべし」」」
  19. 19松まつ松まつまつのののかげかげかげ眞ま眞まま砂さご砂さごさごのののなかなかなかととと尋たづ尋たづたずぬるぬるぬるはははなになになにのののあかあかあかぬぬぬぞぞぞたづたづたずのののむらむらむらとりとりとり」」」。。。
  20. 20網あ網ああ代じろ代じろじろのののかたかたかたあるあるある所ところ所ところところありありあり。。。
  21. 21「「「あじろあじろあじろぎぎぎににに心こころ心こころこころをををよせよせよせててて日ひ日ひひををを經ふ經ふふれれればばばあまたあまたあまたののの夜よ夜よよこそこそこそ旅たび旅たびたび寐ね寐ねねしししてててけれけれけれ」」」。。。
  22. 22濱はま濱はまはまべべべにににいざりいざりいざり火び火びびともしともしともし釣つり釣つりつり舟ぶね舟ぶねぶねなどなどなどあるあるある所ところ所ところところありありあり。。。
  23. 23「「「いざりいざりいざりびびびもももあまあまあまのののこここ舟ぶね舟ぶねぶねももものどけのどけのどけかなかなかな生い生いいけけけるるるかひかひかいあるあるあるうらうらうらににに來き來ききにににけりけりけり」」」。。。
  24. 24女をんな女をんなおんな車ぐるま車ぐるまぐるま、、、紅もみ紅もみもみ葉ぢ葉ぢじ見み見みみけるけるけるついでついでついでににに、、、又また又またまた紅もみ紅もみもみ葉ぢ葉ぢじ多おほ多おほおおかりかりかりけりけりけり人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえににに來き來ききたりたりたり。。。
  25. 25「「「よろづよろづよろずよよよををを野の野ののべべべのののあたりあたりあたりににに住す住すすむむむ人ひと人ひとひとはははめぐるめぐるめぐるめぐるめぐるめぐるやややあきあきあきををを待ま待ままつつつらむらむらん」」」
  26. 26などなどなどあぢきなくあぢきなくあじきなく、、、あまたあまたあまたにににさへさへさへ强し强ししひひいなさなさなされれれててて、、、これこれこれらららががが中なか中なかなかにににいざりいざりいざりびびびとととむむんこここどりどりどりてててとととはははとまりとまりとまりにににけりけりけりととと聞き聞ききくくくににに、、、ものものものしかうしかうしこうなどなどなどしししゐゐいたるたるたるほどほどほどににに、、、秋あき秋あきあきははは暮く暮くくれれれ冬ふゆ冬ふゆふゆににになりなりなりぬれぬれぬればばば、、、何なに何なになに事ごと事ごとごとにににあらあらあらねねねどどど事こと事ことこと騷さわ騷さわさわがしきがしきがしきこゝちこゝちここちしししてててありありありふるふるふる中なか中なかなか、、、しもしもしも月つき月つきつきににに雪ゆき雪ゆきゆきはははいといといと深ふか深ふかふかくくく積つも積つもつもりりりててて、、、いかなるいかなるいかなるにににかかかありありありけむけむけん、、、わりなくわりなくわりなく身み身みみ心こころ心こころこころ憂う憂ううくくく人ひと人ひとひとつらくつらくつらく悲かな悲かなかなしくしくしく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆる日ひ日ひひありありあり。。。つくづくつくづくつくづくととと詠なが詠ながながむるむるむるににに思おも思おもおもふふうやうやうよう、、、
  27. 27「「「降ふ降ふふるるる雪ゆき雪ゆきゆきにににつもるつもるつもる年とし年としとしをををばばばよそへよそへよそえつゝつゝつつ消き消ききえええむむんごごごもももなきなきなき身み身みみをををぞぞぞ恨うら恨うらうらむるむるむる」」」

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

こうしているうちに、気分も少し人心地がついたけれど、(あの人は)二十日過ぎに御嶽へといって急いで出発する。幼い子(道綱)もお供にというので、あれこれ支度をして送り出し、その日の暮れに、私のもとの家などを修理し終えたので移る。供をするはずの人なども残しておいたので、それで移った。それからさらに、気がかりな子まで一緒に行かせたので、どうか無事にと祈りつづけていると、七月一日ごろの明け方に、人が来て「ただ今お帰りになりました」などと話す。こちらは(あの人の家から)ずいぶん遠くなってしまったので、しばらくは通ってくることも難しいだろうなどと思っていると、昼ごろ、思いがけなく姿を見せたのは、何事だったのだろう。

さて、その頃、帥殿の北の方(愛宮)は、どうしたことだろうか。あの長歌は多武峯からだと聞いて、この六月ごろの(歌)とお思いになったのを、使いが持って、もう一方の所(多武峯の入道)へ届けてしまった。(入道は)受け取って、妙だと思わなかったのだろうか。返事などは差し上げたと伝え聞いて、あの返事を聞いて、届け先が違ってしまったのだった。言ってもしかたのないことを、また同じことを送ったら、伝え聞くだろうから、ひどくひねくれたことになるだろう。(北の方は)どんなに心ない者と思っているだろうと騒いでいらっしゃると聞くのがおもしろいので、このままでは終わるまいと思って、先の(長歌と同じ)筆跡で、

「山彦の答え(お返事)があったとは聞きながら、跡もない空を(どこに届いたのかと)尋ねあぐねております」

と浅縹色の紙に書いて、葉がびっしりついた枝に立文にしてつけた。またそっと置いて使いが姿を消したので、先のようなことになるのではと、(北の方は)用心なさったのだろうか。やはりはっきりしない。妙なことばかりだと思う。しばらくして、確かな手づるを探して、こうおっしゃってきた。

「吹く風につけて物思いをする海人の焚く塩の煙(私の嘆き)は、どこから立つのか、尋ね出せないのでしょうか」

と、たいそう幼い筆跡で、薄鈍色の紙に書いて、樒(しきみ)の枝につけてくださった。お返事には、

「荒れた浦に塩焼く煙は立ちのぼりましたが、こちらへ(返事を)吹き返す風はありませんでした」

と、胡桃色の紙に書いて、色の変わった松につけて差し上げた。

八月になった。その頃、小一条の左大臣(藤原師尹)の五十の御賀だといって世間が騒いでいる。左衛門督(師尹の子、済時)が屏風を作らせなさるというので、私には縁のないはずの手づるを頼って、歌を詠めと責められることがあった。絵の場面の所々を書き出したものである。たいそう興ざめなことだと思って何度も断ったけれど、無理にとせがまれるので、宵のころ月を見る合間などに、一つ二つなどと思って詠んだ。人の家で賀の祝いをしている所がある。

「大空をめぐる月日が幾たびめぐって、今日のようなおめでたい行く末に会うのでしょう」。

旅をする人が浜辺に馬をとめて、千鳥の声を聞いている所がある。

「一声で、すぐに千鳥(千代)と聞いたので、幾世を尽くすか、その数も知れません」。

粟田山から駒を引いて来る。そのあたりの人の家に引き入れて見ている所である。

「長年、駒が越える山辺に住んでいるので、綱で引かれてくる駒も見慣れてしまったことだ」。

人の家の前近くの泉に、八月十五夜の月の影が映っているのを女たちが見ていると、垣根の外の大路を笛を吹いて行く人がある。

「雲居から(聞こえる)笛の声を聞くにつれて、手ですくえるほどに見える月影だ」。

田舎人の家の前の浜辺に松原がある。鶴が群れて遊んでいる。二首の歌があるようにとのこと。

「波の影の見渡すかぎりに立っている小松原は、(鶴が)心を寄せることもあるのでしょう」

松の陰か砂の中かと尋ねているのは、何が飽き足りないのか、鶴の群れよ」。

網代のある所がある。

「網代木に心を寄せて日を過ごすので、幾夜も旅寝をしてしまったことだ」。

浜辺に漁り火をともし、釣舟などがある所がある。

「漁り火も海人の小舟ものどかなことだ。生きているかいのある浦に来たことよ」。

女車が、紅葉を見たついでに、また紅葉のたくさんある人の家に来ている。

「万代を、野辺のあたりに住む人は、めぐりめぐって秋を待っているのでしょう」

などと、つまらないものを、たくさん無理に詠まされて、これらの中で、漁り火の歌と群鳥の歌とが(屏風に)採られたと聞くにつけて、不愉快な思いなどしているうちに、秋は暮れ冬になったので、何ということもないけれど慌ただしい気持ちで過ごしているなか、十一月に雪がたいそう深く積もって、どうしたことだろうか、むやみにわが身も心もつらく、人もつらく、悲しく思われる日がある。つくづくと物思いにふけって思うことは、

「降る雪に、積もる年を重ね合わせながら、消える時もない(死ぬこともできない)この身を恨むことです」

意訳

〔御嶽詣〕七月、兼家は道綱を連れて吉野の金峯山(御嶽)に参詣した。作者は修理を終えたもとの家に移り、二人の無事を祈る。兼家の家から遠くなったので通いも途絶えるだろうと思っていたのに、兼家は帰るとすぐに顔を見せた。

〔愛宮との贈答〕愛宮への長歌は、使いが多武峯の入道のもとへも届けてしまったため、贈り主が別人であることが知れてしまった。愛宮が困惑していると聞いた作者は、同じ筆跡で「山彦の答えがあったとは聞きながら」と歌を贈る。愛宮は確かな手づるを探して、喪の薄鈍色の紙に書いた返歌を寄こし、二人の歌のやりとりが実現した。

〔屏風歌〕八月、兼家の叔父の左大臣藤原師尹の五十賀の屏風に、作者は歌を求められる。断りきれずに月夜の合間に詠んだ歌が、賀の祝い、千鳥、粟田山の駒、十五夜の泉、浜の鶴、網代、漁り火、紅葉と並ぶ。採用されたのは二首だけと聞いて、作者はおもしろくない。冬、深い雪の日、作者は「消えむ期もなき身」を恨む。

語釈・文法注

御嶽
吉野の金峯山(きんぷせん)。蔵王権現をまつり、修験の霊山として貴族も参詣した。参詣の前には長い精進(御嶽精進)をした。
小一條の左のおとゞ
藤原師尹(もろただ、920〜969)。師輔の弟で兼家の叔父。小一条に住んだ。安和二年(969)左大臣となったが、この年の十月に亡くなった。

文法

「すりしはてつれば」
底本どおり。注記に「修理」とあり、「修理し果てつれば」と解する。
「それよりさかり」
底本の注記に「は」の脱字かとあり、「それよりはさかり」と解する。
「なつく〳〵」
底本どおり。注記に「つかなつかしく」などとある。思いがけなく、の意に解する。
「さゝの峯」
底本どおり。注記に「たふ」の異文があり、「多武(たふ)の峯」と解する。
「みなつきとごろ」
底本の注記に「の」の脱字かとあり、「六月の頃」と解する。
「もてたるゑて」
底本どおり。注記に「たがへ」の異文があり、「持て違へて」(取り違えて)と解する。
「かへりごとはど聞えてけり」
底本の注記に「な」の脱字かとあり、「かへりごとはなど聞えてけり」と解する。
「さきの手して」
前の(長歌の)筆跡で。
「薄純」
底本どおり。「薄鈍(うすにび)」(喪の色の薄墨色)の意に解する。
「心の枝」
底本どおり。注記に「樒(しきみ)」の異文がある。仏前に供える木。
「繪さるまじきたより」
底本どおり。注記に「さ」の異文がある。縁のないはずの手づる、の意に解する。
「しらしらしき事」
興ざめなこと。
「垣てのと」
底本どおり。注記に異文がある。垣根の外、の意に解する。
「うちえの聲」
底本どおり。注記に「ふえ」かとあり、笛の声と解する。
「いざりびとむこどりて」
底本どおり。注記に「むらどり」かとあり、漁り火の歌と群鳥の歌、と解する。

和歌

やまびこの答ありとは聞きながらあとなき空をたづねわびぬる

詠者
道綱母(作者)
状況
愛宮への長歌が多武峯からのものではないと知れたあと、同じ筆跡で贈った歌。

修辞

見立て
愛宮の返事を「山彦の答え」にたとえ、自分は名乗れない身であることを「あとなき空」と言う。

あるゝうらに鹽の煙は立ちけれどこなたにかへす風ぞなかりし

詠者
道綱母(作者)
状況
愛宮から「塩の煙は尋ね出でずや」と歌が届いたことへの返歌。

修辞

縁語
「うら」「鹽」「煙」「風」と海辺の縁語でまとめ、返事が自分に届かなかったことを言う。

一聲にやがて千鳥と聞きつれば世々をつくさむかずも知られず

詠者
道綱母(作者)
状況
藤原師尹の五十賀の屏風の、浜辺で千鳥の声を聞く旅人の絵に添えた歌。

修辞

掛詞
「千鳥」に「千(ち)」を響かせ、千代を重ねる長寿の祝いとする。

降る雪につもる年をばよそへつゝ消えむごもなき身をぞ恨むる

詠者
道綱母(作者)
状況
十一月、雪の深く積もった日に詠んだ歌。

修辞

縁語
「降る」「つもる」「消え」と雪の縁語でまとめ、年を重ねても死ぬこともできない身を恨む。

解説

安和二年(969)七月、兼家は道綱を連れて吉野の金峯山に参詣した。御嶽詣は、長い精進を経て行う厳しい参詣で、兼家は自身の昇進や一族の繁栄を祈ったのであろう。道綱はこのとき十五歳で、父に連れられての旅であった。

愛宮との贈答は、作者が身分を隠して歌を送り、それが思わぬところから露見して、改めて交流が始まるという、物語のような展開である。愛宮が喪の薄鈍色の紙に書き、樒の枝に結んだ返歌は、配流された夫を持つ尼としての悲しみを伝えている。

屏風歌は、屏風に描かれた絵の場面に合わせて詠む歌で、歌人の腕の見せどころであった。作者が左大臣の賀の屏風歌を依頼されたことは、歌人としての評価が高かったことを示している。もっとも作者は「いとしらしらしき事」と気が進まず、採用が二首にとどまったことにも不満を漏らしている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、69–72頁(コマ37–39)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日