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蜻蛉日記 中巻 第18章

高明の北の方に贈る長歌

病が少し癒えた六月の末、作者は、配流された源高明の北の方(愛宮)が尼になり、焼け落ちた西の宮を離れて桃園の邸で嘆き暮らしていると聞く。心を痛めた作者は、春の配流から夏、秋へと移る季節に託して北の方の悲しみを思いやる長歌を書き、高明の兄弟である入道(多武峯の高光)からと偽って届けさせる。

  1. 1かくかくかくててて猶なほ猶なほなお同おな同おなおなじじじやうやうようなれなれなればばば祭まつり祭まつりまつり祓はらへ祓はらへはらえなどなどなどいふいふいう業わざ業わざわざことごとしうことごとしうことごとしゅうはははあらあらあらででで、、、やうやうやうやうようようなどなどなどしししつゝつゝつつみなみなみなつきつきつきののの晦つごもり晦つごもりつごもり方がた方がたがたにににいさゝかいさゝかいささか物もの物ものものおぼゆるおぼゆるおぼゆる心ここ心ここここちちちなどなどなどするするするほどほどほどににに聞き聞ききけけけばばば、、、そちそちそち殿どの殿どのどのののの北きた北きたきたののの尼あま尼あまあまににになりなりなり給たま給たまたまひひいにににけりけりけりとととおはおはおわにににもももいといといとあはれあはれあわれににに思おも思おもおもうううてまつるてまつるてまつる。。。西にし西にしにしののの宮みや宮みやみやへへへ流なが流ながながささされれれ給たま給たまたまひひいててて三日みつか三日みつかみつかととといふいふいうににに、、、かきかきかきはらひはらひはらい燒や燒ややけけけにににしかしかしかばばば、、、北きた北きたきたののの方かた方かたかた我わ我わわががが御み御みみ殿との殿とのとの桃もも桃ももももなるなるなるににに渡わた渡わたわたりりりててていみじげいみじげいみじげにににながめながめながめ給たま給たまたまふふうととと聞き聞ききくくくにににもももいみじういみじういみじゅう悲かな悲かなかなしくしくしく我わ我わわがががうちうちうちのののさわやかさわやかさわやかにににもももならならならねねねばばば、、、つくづくつくづくつくづくととと臥ふ臥ふふしししててて思おも思おもおもひひい集あつ集あつあつむるむるむることことことぞぞぞあひなきあひなきあいなきまでまでまで多おほ多おほおおかるかるかるををを書か書かかききき出いだ出いだいだしししたれたれたればばば、、、いといといと見み見みみ苦ぐる苦ぐるぐるしけれしけれしけれどどど、、、
  2. 2「「「あはれあはれあわれ今いま今いまいまはははかくかくかくいふいふいうかひかひかいもももなけれなけれなけれどもどもどもおもひおもひおもいしししことことことははは
  3. 3はるはるはるのののすゑすゑすえはなはなはななむなむなん散ち散ちちるるるとととさわぎさわぎさわぎしししをををあはれあはれあわれあはれあはれあわれととと
  4. 4聞き聞きききききしししまままににににしにしにしのののみやまみやまみやまのののうぐひすうぐひすうぐいすはははかぎりかぎりかぎりのののこゑこゑこえををを
  5. 5ふりふりふりたてたてたてゝゝてきみきみきみがががむかしむかしむかしのののあたごあたごあたごやまやまやまさしさしさしててて入い入いいりりりぬぬぬととと
  6. 6聞き聞きききききしかしかしかどどどひとひとひとごとごとごとしげきしげきしげきありありありしかしかしかばばばみちみちみちなきなきなきことことことゝゝと
  7. 7なげきなげきなげきわびわびわびたにたにたにがくれがくれがくれなるなるなるやまやまやまみづみづみずのののつひつひついにににながるながるながるととと
  8. 8さわぐさわぐさわぐまままににに世よ世よよををを卯う卯ううつきつきつきにににもももなりなりなりしかしかしかばばばやまやまやまほとゝぎすほとゝぎすほととぎす
  9. 9立た立たたちちちかへりかへりかえりきみきみきみをををしのぶしのぶしのぶのののこゑこゑこえ絕た絕たたえええずずずいづれいづれいずれのののことことことかかか
  10. 10鳴な鳴ななかかかざしざしざしましてましてましてながめながめながめのののさみだれさみだれさみだれはははうきうきうき世よ世よよのののなかなかなかににに
  11. 11ふるふるふるかぎりかぎりかぎりたれたれたれがががたもとたもとたもとかかかたゞたゞただならならならむむん絕た絕たたえええずずずぞぞぞうるふうるふうるう
  12. 12さつきさつきさつきさへさへさへかさねかさねかさねたりたりたりつるつるつるころもころもころも手で手でではははうへうへうえしたしたしたわかわかわかずずず
  13. 13くたしくたしくたしてててきききましてましてましてこひぢこひぢこいじにににおりおりおりたてたてたてるるるあまたあまたあまたののの田た田たた子ご子ごごははは
  14. 14己おの己おのおのがががよゝよゝよよいかいかいかばかりばかりばかりかかかはははそぼちそぼちそぼちけむけむけん四よ四よよつつつにににわかるゝわかるゝわかるる
  15. 15むむんこここどりどりどりのののおのおのおのがががちりぢりちりぢりちりぢり巢す巢すすばなればなればなれてててわづかわづかわずかにににとまるとまるとまる
  16. 16すすすもりもりもりにににもももなになになにかかかはははかひかひかいのののあるあるあるべきべきべきとととくだけくだけくだけてててものものものををを
  17. 17おもふおもふおもうらむらむらんいへいへいえばばばさらさらさらなりなりなりこゝのへこゝのへここのえのののうちうちうちをををのみのみのみこそこそこそ
  18. 18ならしならしならしけめけめけめおなじおなじおなじかずかずかずとととやややこゝのへこゝのへここのえにににしましましま二ふた二ふたふたつつつをををばばば
  19. 19むらむらむらむむんかつかつかつはははゆめゆめゆめかかかととといひいひいいながらながらながらあふあふあうべきべきべきごごごなくなくなく
  20. 20なりなりなりぬぬぬとととやややきみきみきみもももなげきなげきなげきをををこりこりこりつみつみつみてててしほしほしお燒や燒ややくくくあまあまあまととと
  21. 21なりなりなりぬぬぬらむらむらんふねふねふねをををながしながしながしててていかいかいかばかりばかりばかりうらうらうらさびしかるさびしかるさびしかる
  22. 22世よ世よよのののなかなかなかをををながめながめながめかるかるかるらむらむらん行ゆ行ゆゆきききかへりかへりかえりかりかりかりのののわかれわかれわかれににに
  23. 23あらあらあらばばばこそこそこそきみきみきみがががとことことこのののあれあれあれざらざらざらめめめ塵ちり塵ちりちりのみのみのみおくおくおくばばば
  24. 24むなしくむなしくむなしくててて枕まくら枕まくらまくらのののゆくゆくゆくへへへもももしらしらしらじじじかしかしかしいまいまいまはははなみだなみだなみだももも
  25. 25みなみなみなつきつきつきのののこここかげかげかげにににわぶるわぶるわぶるうつせみうつせみうつせみのののむねむねむねさけさけさけてててこそこそこそ
  26. 26歎なげ歎なげなげくくくらむらむらんましてましてましてやややあきあきあきのののかぜかぜかぜ吹ふ吹ふふけけけばばばまがきまがきまがきのののをぎをぎおぎののの
  27. 27なかなかなかなかなかなかにににそよそよそよとととこたへこたへこたえむむんをりをりおりごとごとごとにににいとゞいとゞいとど目め目めめさへさへさへややや
  28. 28あはあはあわざらざらざらばばばゆめゆめゆめにににもももきみきみきみがががきみきみきみををを見み見みみてててながきながきながき夜よ夜よよすがらすがらすがら
  29. 29鳴な鳴ななくくくむしむしむしのののおなじおなじおなじこゑこゑこえにににややや堪た堪たたへへえざらざらざらむむんとととおもふおもふおもうころころころははは
  30. 30おほおほおおあらきあらきあらきもりもりもりのののしたしたしたなるなるなるくさくさくさのののみみみもももおなじくおなじくおなじくぬるぬるぬるととと
  31. 31しるしるしるらめらめらめややや露つゆ露つゆつゆ」」」。。。
  32. 32又また又またまた奧おく奧おくおくににに、、、
  33. 33「「「宿やど宿やどやど見み見みみれれればばばよもぎよもぎよもぎののの門かど門かどかどもももさしさしさしながらながらながらあるあるあるべきべきべきものものものととと思おも思おもおもひひいけむけむけんやややぞぞぞ」」」
  34. 34ととと書か書かかきききててて、、、うちうちうち置お置おおきききたるたるたるをををまへまへまえなるなるなる人ひと人ひとひと見み見みみつけつけつけててて、、、「「「いみじういみじういみじゅう哀あはれ哀あはれあわれなるなるなることことことかなかなかな。。。これこれこれをををかのかのかの北きた北きたきたののの方かた方かたかたににに見み見みみせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららばばばややや」」」などなどなどいひいひいいなりなりなりててて「「「げにげにげにそこそこそこよりよりよりととといはいはいわゞゞばこそこそこそかたくなかたくなかたくなはしくはしくはしく見み見みみぐるしからぐるしからぐるしからめめめ」」」とてとてとてかんやかんやかんやににに書か書かかかかかせせせててて、、、立たて立たてたて文ぶみ文ぶみぶみにににててて削けづり削けづりけずり木ぎ木ぎぎにににつけつけつけたりたりたり。。。「「「いづこいづこいずこよりよりよりとととあらあらあらばばば多た多たた武む武むむののの峯みね峯みねみねよりよりよりととといへいへいえ」」」とととをしふるをしふるおしうるははは、、、このこのこの御おほん御おほんおおんはらからはらからはらからののの入にふ入にふにゅう道だう道だうどうのののののの御おほん御おほんおおんもともともとよりよりよりととといはいはいわせよせよせよとてとてとてなりなりなりけりけりけり。。。人ひと人ひとひととりとりとりててていりいりいりぬるぬるぬるほどほどほどににに使つかひ使つかひつかいははは歸かへ歸かへかえりりりにににけりけりけり。。。かしこかしこかしこにににいかやういかやういかようにににかかかせだめせだめせだめおぼしおぼしおぼしけむけむけんははは知し知ししらららずずず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

こうして、やはり同じような容態なので、祭りや祓えなどということも大げさにはしないで、少しずつ手当てなどをしていると、六月の末ごろに少し正気がつく気がしたころに聞くと、帥殿(源高明)の北の方が尼になっておしまいになったということで、他人ごとながら、たいそうお気の毒にお思い申し上げる。西の宮は、(高明が)流されなさって三日目に、すっかり焼けてしまったので、北の方はご自分のお邸の桃園にお移りになって、ひどく沈みこんで物思いにふけっていらっしゃると聞くにつけても、たいそう悲しく、自分の気分もさわやかにならないので、つくづくと横になって思い集めたことが、どうしようもないほど多いのを書き出してみると、たいそう見苦しいけれど、

「ああ、今はこう言ってもかいのないことですが、思い返されるのは、

春の終わりに、花が散ると騒いでいたのを、ああ、ああと

聞いているうちに、西の深山の鶯(高明)は、最後の声を

ふりしぼって、あなたの昔ゆかりの愛宕山に、まっすぐ入って行ったと

聞いたけれど、人のうわさがうるさかったので、道もないことと

嘆きわびて、谷に隠れている山の水のように、とうとう流される(配流される)と

騒ぐうちに、世の中は卯月(四月)にもなったので、山ほととぎすは

繰り返し、あなたをしのぶ声が絶えず、どれ一つとして

鳴かないことがあろうか。まして長雨の五月雨は、つらい世の中に

降るかぎり、誰の袂がただで済むでしょう。絶えず濡れています。

五月さえ重なった(閏五月の)衣の袖は、表も裏も区別なく

朽ちてしまいました。まして恋路(泥)に下り立つ大勢の田子(お子さまたち)は、

それぞれの夜をどれほど濡れて過ごしたことでしょう。四つに分かれる

鳥の子のように、それぞれ散り散りに巣を離れて、わずかに残る

巣守り(あなた)にとっても、何のかいがあろうかと、心も砕けて物を

思っていらっしゃるでしょう。言うまでもありません。九重(宮中)の内ばかりを

住み慣れていたでしょうに、同じ数だというのか、九重に二つの島を

お選びになって(流されて)、一方では夢かと言いながら、逢う期もなく

なってしまったのかと、あなたも嘆きを樵り積んで、塩を焼く海人のように

なってしまわれたのでしょう。舟を流して、どれほど心寂しい

世の中を眺めていらっしゃることでしょう。行き帰りする雁のような仮の別れで

あるならば、あなたの床も荒れはしないでしょうに。塵ばかり積もるので

むなしくて、枕の行方もわからないでしょう。今は涙も

水無月(六月)の木陰にわびしく鳴く空蝉のように、胸も裂けるほど

嘆いていらっしゃるでしょう。まして秋の風が吹けば、籬の荻が

かえって「そよ」と答えるように、折ごとにいっそう目までも

合わなくなったら、夢にさえあの方を見られず、長い夜通し

鳴く虫と同じ声で(泣き声を)こらえきれないだろうと思う頃は、

大荒木の森の下の草の実も、同じように濡れていると

ご存じでしょうか、露(私の涙)を」。

また、その奥に、

「お邸を見ると、蓬の門も閉ざしたまま、このように(荒れたまま)であるべきものと、思われたでしょうか」

と書いて、置いておいたのを、そばにいる侍女が見つけて、「たいそう胸を打つことですね。これをあの北の方にお見せしたいものです」などと言いだして、「なるほど、こちらからと言ったら、かたくなで見苦しいでしょう」と言って、紙屋紙に書かせて、立文にして削り木につけた。「どこからと尋ねられたら、多武峯からと言いなさい」と教えたのは、北の方のご兄弟の入道の君のもとからと言わせようとしてであった。使いは、先方の人が受け取って奥へ入る間に帰ってきてしまった。あちらでどのようにお思いになったかは知らない。

意訳

〔高明の北の方〕病の癒えはじめた六月、作者は、配流された源高明の北の方が尼になったと聞く。西の宮の邸は配流から三日後に焼け落ち、北の方は桃園の邸で嘆き暮らしているという。北の方は兼家の異母妹(愛宮)でもある。

〔長歌〕作者は、配流の春から、ほととぎすの鳴く初夏、五月雨、蝉の鳴く六月、荻の風の秋へと、季節を追って北の方の悲しみを思いやる長歌を書く。散り散りになった子どもたちを「四つに分かるる鳥の子」にたとえ、残された北の方を「巣守り」と呼ぶ。自分の病の苦しみと重ねながら、他人の悲しみに深く寄り添う作者の姿がある。

〔匿名の贈り物〕侍女の勧めで、作者はこの長歌を、北の方の兄弟で多武峯に籠もる入道(高光)からのものと偽って届けさせた。自分からと言えば出過ぎた振る舞いになると考えたのである。返事を待たずに使いは帰り、北の方がどう思ったかはわからない――このいきさつは、次の章でもう一度展開する。

語釈・文法注

そち殿の北の方
源高明の北の方、愛宮(あいみや)。藤原師輔の娘で、兼家の異母妹。高明の配流後、出家した。
桃園
京の一条の北、大宮の西にあった地。愛宮の邸があった。
かんや紙
紙屋紙(かんやがみ)。京の紙屋院で漉いた紙。反故紙を漉き返した薄墨色の紙もある。
入道の君
入道した貴人。愛宮の同母兄弟の藤原高光。応和元年(961)に出家し、多武峯に住んだ。

文法

「やうやうなどしつゝ」
底本どおり。注記に「よう」の異文がある。少しずつ手当てをして、の意に解する。
「おはにも」
底本どおり。注記に「よそ」の異文があり、「よそにも」(他人ごとながら)と解される。
「にしのみやま」
「西の深山」に、高明の「西の宮」を掛ける。
「鳴かざしまして」
底本の注記に「り」の脱字かとあり、「鳴かざりし」と解する。
「むらむかつは」
底本の注記に「選(え)」の脱字かとあり、「選らむ」と解する。
「あふべきごなく」
「逢ふべき期なく」。逢う機会もなく。
「きみがきみを見て」
底本どおり。注記に異文がある。
「かせだめ」
底本どおり。注記に「さだめ」の異文があり、「定め」と解する。

和歌

あはれ今はかくいふかひもなけれどもおもひしことははるのすゑ…おほあらきもりのしたなるくさのみもおなじくぬるとしるらめや露

詠者
道綱母(作者)
状況
配流された源高明の北の方(愛宮)の悲しみを思いやって詠んだ長歌。多武峯の入道からと偽って届けた。

修辞

構成
三月の配流から、四月のほととぎす、五月雨、閏五月、六月の空蝉、秋の荻の風へと、季節を追って北の方の嘆きを描く。
見立て
高明を「にしのみやまのうぐひす」、子どもたちを「四つにわかるるむこどり」、北の方を「すもり」にたとえる。
掛詞
「あたごやま」に高明が逃げた愛宕山、「卯つき」に「憂」、「こひぢ」に「恋路」と「泥(こひぢ)」、「おほあらき」に殯(あらき)の森を掛ける。

宿見ればよもぎの門もさしながらあるべきものと思ひけむやぞ

詠者
道綱母(作者)
状況
長歌の奥に書き添えた歌。

修辞

掛詞
「さし」に門を「鎖し(閉ざし)」と「さながら(そのまま)」を響かせる。

解説

源高明の北の方愛宮は、藤原師輔の五女で、兼家の異母妹にあたる。高明が配流されると出家し、桃園の邸で暮らした。作者は兼家の妻として、また同じ女性として、夫を失った愛宮の悲しみに深く心を寄せた。

長歌は、配流から季節の移り変わりを追って、愛宮の心情を思いやるものである。ほととぎす、五月雨、空蝉、荻の風といった景物を連ね、自分の病の六月と重ねていくところに、作者の筆の冴えがある。ただし、自分の名を出さずに、愛宮の兄弟で多武峯の入道高光の名を借りたのは、配流された人の家族と関わることをはばかったためでもあろう。

このいきさつには続きがある。愛宮は、多武峯の高光に礼を言い、高光がそれを知らずにいぶかったため、作者は改めて歌を贈ることになる(第19章)。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、67–69頁(コマ36–37)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日