蜻蛉日記 中巻 第17章
閏五月の病と遺書
安和二年閏五月、作者は原因のわからない病にかかり、加持祈祷も効かない。新しい邸の造営に忙しい兼家は立ち寄って見舞うだけで、蓮の実を届けてくる。死を覚悟した作者は、脇息に寄りかかって兼家に遺書を書く。自分の命は惜しくないが、幼い道綱の行く末だけが気がかりだと訴え、唐櫃にしまう。
- 1ととといふいふいう程程ほどににに閏閏うるうさささ月月つきにににもももなりなりなりぬぬぬ。。。晦日晦日つごもりよりよりより何何なにごちごちごちにににかかかあらあらあらむむん、、、そこはかとなくそこはかとなくそこはかとなくいといといと苦苦くるしけれしけれしけれどどど、、、さばれさばれさばれとととのみのみのみ思思おもふふう。。。命命いのちをををしむしむしむととと人人ひとににに見見みえええずずずもももありありありにににしがなしがなしがなとととのみのみのみ念念ねんずれずれずれどどど、、、見見み聞聞きくくく人人ひとたへたへたえならならならででで芥芥け子子しのののやうやうようなるなるなるわざわざわざすれすれすれどどど、、、猶猶なおしるししるししるしなくなくなくててて程程ほどふるふるふるににに、、、人人ひとはははかくかくかくきよまはるきよまはるきよまわるほどほどほどゝゝとててて例例れいのののやうやうようにににももも通通かよははわずずず。。。新新あたらしきしきしき所所ところ造造つくるるるとてとてとて通通かよふふうたよりたよりたよりにににぞぞぞ立立たちちちながらながらながらなどなどなど物物ものしししててて、、、いかにいかにいかにぞぞぞなどなどなどもももあるあるある。。。心心ここちちち弱弱よわくくく覺覺おぼゆるゆるゆるにににおしおしおしかこかこかこててて悲悲かなしくしくしく覺覺おぼゆるゆるゆる夕夕ゆう暮暮ぐれににに例例れいののの所所ところよりよりより歸歸かえるるるとてとてとてはすはすはすののの實實み一一ひと本本もとををを人人ひとしししててて入入いれれれたりたりたり。。。「「「暗暗くらくくくなりなりなりぬれぬれぬればばば參參まいらららぬぬぬなりなりなり。。。これこれこれ彼彼かし處處このののなるなるなるををを見見み給給たまへへえ」」」とととなむなむなんいふいふいう。。。返返かえりりり事事ごとにににははは唯唯ただ「「「生生いきききててて生生いけけけらららぬぬぬとととこえこえこえよよよ」」」ととといはいはいわせせせててて思思おもひひい臥臥ふしししたれたれたればばば、、、哀哀あわれれれげげげにににいといといとをかしをかしおかしかかかなるなるなる所所ところををを、、、命命いのちももも知知しらららずずず人人ひとののの心心こころももも心心こころももも知知しらららねねねばばばいつしかいつしかいつしか心心こころ見見みせせせむむんとととありありありしししももも、、、さささもももあらあらあらぬぬぬにににやややみみみなむなむなんかしかしかしととと思思おもふふうももも哀哀あわれなりなりなり。。。
- 2「「「花花はなににに咲咲さききき實實みににになりなりなりかはるかはるかわる世世よををを捨捨すてててゝゝて浮浮うき葉葉はののの露露つゆとととわれわれわれぞぞぞ消消けぬぬぬべきべきべき」」」
- 3などなどなど思思おもふふうまでまでまで日日ひををを經經へててて同同おなじじじやうやうようなれなれなればばば心心こころ細細ぼそししし。。。よからよからよからずずずばばばとととのみのみのみ思思おもふふう身身みなれなれなればばば露露つゆばかりばかりばかり惜惜をしししとととにににはははあらあらあらぬぬぬををを、、、唯唯ただこのこのこの一一ひと人人りあるあるある人人ひといかゞいかゞいかがせせせむむんとととばかりばかりばかり思思おもひひいつゞくるつゞくるつづくるにににぞぞぞ淚淚なみだせきせきせきあへあへあえぬぬぬ。。。猶猶なお怪怪あやしくしくしく例例れいののの心心ここちちちににに違違たがひひいててて覺覺おぼゆるゆるゆるけしきけしきけしきももも見見みゆゆゆべけれべけれべければばば、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき僧僧そうなどなどなど呼呼よびびびおこせおこせおこせなどなどなどしししつゝつゝつつ試試こころみるみるみるににに更更さらにににいかにいかにいかにもももいかにいかにいかにもももあらあらあらねねねばばば、、、かうかうこうしししつゝつゝつつ死死しにににもももこそこそこそすれすれすれ、、、俄俄にはかにににてててはははおぼしきおぼしきおぼしき事事こともももいはいはいわれれれぬぬぬものものものにににこそこそこそ、、、あはれあはれあわれ、、、かくかくかくててて果果はてててなななばばばいといといとくちをしかるくちをしかるくちおしかるべしべしべし、、、あるあるあるほどほどほどにににだにだにだにあらあらあらばばば思思おもひひいあらあらあらむむんにににたがひたがひたがいてててももも語語かたらひらひらいつつつべきべきべきをををととと思思おもひひいててて、、、脇脇きょうにににおしおしおしたがへりたがへりたがえりててて書書かきききけるけるける事事ことははは「「「命命いのちなかるなかるなかるべしべしべしとととのみのみのみのたまへのたまへのたまえ。。。見見みえええててて奉奉たてまつりりりてててむむんとととのみのみのみ思思おもひひいつゝつゝつつありありありつるつるつるにににう〳〵う〳〵ううよよよもももやややなりなりなりぬぬぬらむらむらん。。。怪怪あやしくしくしく心心こころ細細ぼそききき心心ここちちちのののすれすれすればばばなむなむなん。。。常常つねににに聞聞きこゆるゆるゆるやうやうようににに世世よににに久久ひさしきしきしきことことことのののいといといと思思おもははわずずずなれなれなればばば塵塵ちりばかりばかりばかり惜惜おしきしきしきにににはははあらあらあらずずず。。。唯唯ただこのこのこの幼幼おさなききき人人ひとののの上上うえなむなむなんいみじくいみじくいみじく覺覺おぼえええ侍侍はべるるる。。。物物ものかかかおりおりおりけるけるける戯戯たわぶれぶれぶれにににももも御御み氣氣け色色しきののの物物ものしきしきしきをををばばば、、、いといといと侘侘わびしししととと思思おもひひいてててはんべるはんべるはんべるめるめるめるをををばばばいといといとおほきおほきおおきなるなるなる事事ことなくなくなくててて侍侍はべらららむむん。。。さささははは御御み氣氣け色色しきなどなどなど見見みせせせ給給たまふふうななな。。。いといといと罪罪つみ深深ぶかききき身身みににに侍侍はべらららばばば、、、
- 4風風かぜだにだにだにももも思思おもははわぬぬぬ方方かたににによせよせよせざらざらざらばばばこのこのこの世世よのののことことことはははかのかのかの世世よにににももも見見みむむむ。。。
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現代語訳
そう言っているうちに、閏五月になった。月末から、何の病気だろうか、どこということもなくひどく苦しいけれど、どうにでもなれとばかり思う。命を惜しむと人に見られないでいたいとばかり念じていたけれど、見聞きする人が見かねて、芥子焼きのような祈祷をするけれど、やはり効き目がなくて日が経つうちに、あの人は、こうして身を清める期間だからといって、いつものようにも通ってこない。新しい邸を造るといって通う途中に、立ったままなどで立ち寄って、「どうだ」などと言う。気分が弱く思われるうえに、ひどく悲しく思われた夕暮れに、いつもの所(新邸)から帰る途中だといって、蓮の実を一本、人に持たせて差し入れた。「暗くなったので寄らないのだ。これはあちら(新邸)に生ったものだ、ご覧なさい」と言う。返事にはただ、「生きていても生きた心地がしないと申し上げよ」と言わせて、思い沈んで横になっていると、ほんとうに趣深いらしいあの新邸を、自分の命もわからず、人の心もわからないので、早く見せようと言っていたのも、そうもならずに終わるのだろうと思うと、悲しい。
「花が咲き実となって移り変わるこの世を捨てて、浮き葉の上の露のように、私は消えてしまうのでしょう」
などと思うまで日が経っても、同じ容態なので心細い。死んでもいいとばかり思っている身なので、命は少しも惜しいとは思わないけれど、ただこの一人の子(道綱)をどうしたらよいかとばかり思いつづけると、涙をこらえきれない。やはりいつもの気分とは違って妙に感じられる様子も見えたのだろう、尊い僧などを呼んで祈らせたりしたけれど、いっこうに効き目がないので、こうして死んでしまうかもしれない、急に死んでは、思っていることも言えないものだ、ああ、このまま終わってしまったら、ひどく残念なことだろう、生きているうちに、思うことと違っても話しておこうと思って、脇息に寄りかかって書いたことは、「(あなたは私に)命が長くないとばかりおっしゃいました。お目にかかりたいとばかり思っていましたのに、もう長くはないのでしょうか。妙に心細い気持ちがするのです。いつも申し上げているように、この世に長く生きることは思いもしませんので、命は塵ほども惜しくはありません。ただこの幼い子の身の上だけが、ひどく気がかりでございます。ちょっとした冗談にも、あなたのご機嫌が悪いのを、ひどくつらいと思っているようですので、たいした過ちもなくおりましょう。どうか(この子に)不機嫌な顔をお見せにならないでください。たいそう罪深い身でございますから、
(風さえも思わぬ方へ吹き寄せなければ、この世のことはあの世でも見守りましょう)。
私のいなくなった世で、この子をよそよそしく扱う人がいたら、つらく思うことでしょう。長年、最後までお見届けいただけないだろうと思いながら、これほどまでにもお変わりにならなかったお心を拝見してきましたので、どうかこの子のことをよくお世話してください。(この子をあなたに)譲っておいてなどと思っていたのも、そのとおりになって、こうなってしまいそうなので、末長くお願い申し上げます。人にも言わない内々のことを、おもしろおかしく申し上げたのも、お忘れにならないでしょう。折も折、お目にかかって申し上げられる時でもなかったので、
露の多い道とかいう、死出の山へ行く前から、早くも涙に濡れる袖をどうしたらよいのでしょう」
と書いて、端に「(この子には)跡を訪ねて供養することなども、少しも怠らないようにと、よく教えておいたとおっしゃってください」と書いて封をして、上に「忌みなどが明けたら、ご覧に入れなさい」と書いて、そばにある唐櫃にいざり寄って入れた。見ている人は妙だと思うだろうけれど、長く患ったら、こうして書きおくことさえできなくなることが、ひどくつらいだろうからである。
意訳
〔病と蓮の実〕閏五月、作者は原因のわからない病に苦しむ。兼家は新しい邸(東三条邸)の造営に忙しく、物忌みを理由に立ち寄るだけ。新邸に生った蓮の実を届けてよこし、いつか新邸を見せたいと言っていたが、作者はその日も来ないまま死ぬのだろうと思う。
〔遺書〕死を覚悟した作者は、脇息に寄りかかって兼家への遺書を書く。命は惜しくない、ただ幼い道綱だけが気がかりだ、この子に冷たくしないでほしい、私がいなくなっても疎んじる人がいたらつらい――。遺書の言葉には、夫への恨みよりも、残される子を思う母の切実な願いがあふれている。唐櫃にしまったこの遺書は、作者の回復によって読まれることなく終わる。
語釈・文法注
- 芥子やき
- 芥子焼き。芥子の実を火に投じて行う密教の祈祷(護摩)。
- 脇息
- 座ったときに肘をかけて寄りかかる道具。
文法
- 「何ごちにか」
- 底本の注記に「こゝ」の脱字かとあり、「何心地にか」(何の病気か)と解する。
- 「さばれ」
- 「さはあれ」の約。どうにでもなれ。
- 「おしかこて」
- 底本どおり。注記に「み」の脱字かとあり、「おしこめて」とも解される。
- 「生きて生けらぬとこえよ」
- 底本の注記に「聞」の脱字かとあり、「生きて生けらぬと聞こえよ」と解する。
- 「う〳〵よもやなりぬらむ」
- 底本どおりで意味がとりにくい。注記に異文がある。通行本文では「いまはかぎりにやなりぬらむ」などと解され、もう長くはないのでしょうか、の意に解した。
- 「物かおりける」
- 底本どおり。注記に「かた」の異文があり、「物語りける」(話した)と解する。
- 「年こゝろ」
- 底本どおり。注記に「ごろ」の異文があり、「年頃」と解する。
- 「からうつ」
- 底本どおり。注記に「ひつ」の異文があり、「唐櫃(からびつ)」と解する。
- 「むせ痛かるべければ」
- 底本どおり。注記に「ね」の異文があり、「胸痛かるべければ」と解する。
和歌
花に咲き實になりかはる世を捨てゝ浮葉の露とわれぞ消ぬべき
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 病床で、兼家が届けた新邸の蓮の実を見て詠んだ歌。
修辞
- 縁語
- 「花」「實」「浮葉」「露」と蓮の縁語でまとめ、花が実を結ぶ移り変わりの世に、自分は露のように消えていくと嘆く。
露しげき道とかいとゞしでの山かつがつぬるゝそでいかにせむ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 兼家への遺書の終わりに書いた歌。
修辞
- 見立て
- 死出の山へ向かう道を露の多い道とし、まだ行く前から涙で袖が濡れると嘆く。
解説
安和二年(969)は閏五月があった。作者はこの月、原因のわからない病に倒れる。兼家は東三条邸の造営に忙しく、作者の家にはなかなか来ない。新邸は、兼家がのちに摂政となって住む壮麗な邸宅で、時姫が住むことになる。作者は、その新邸の蓮の実を受け取りながら、自分がそこに迎えられる日は来ないだろうと感じている。
遺書は日記の中でも特に心を打つ部分である。作者は兼家への不満を一切書かず、ひたすら道綱の行く末を頼んでいる。「人にもいはぬ事のをかしうなど聞えつるも忘れずやあらむ」と、二人だけの思い出にも触れている。この遺書は結局、兼家の目に触れることはなかったが、作者はそれを日記にそのまま書き写している。
平安時代の貴族の女性にとって、子どもの将来は父親の後ろ盾に大きく左右された。受領の娘である作者には、兼家のほかに道綱の出世を支える力はない。作者の遺書は、母としての愛情とともに、当時の女性の立場の弱さも伝えている。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、65–67頁(コマ35–36)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日