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蜻蛉日記 上巻 第11章

葵祭と菖蒲の節会

病の癒えた兼家との穏やかな日々。賀茂祭では時姫と連歌を交わし、五月の節会の見物は双六の賭けで勝ち取る。結婚して十年余り、それでも人並みでない身を嘆く作者は、八月、口げんかの末に「もう来ない」と言い残して出て行った兼家を待ちながら、角盥に残る水を見て歌を詠む。

  1. 1さてさてさて猶なほ猶なほなお苦くる苦くるくるしげしげしげなれなれなれどどど念ねん念ねんねんじじじててて二三日ふつかみか二三日ふつかみかふつかみかののの程ほど程ほどほどににに見み見みみえええたりたりたり。。。やうやうやうやうようよう例れい例れいれいのののやうやうようににになりなりなりもてもてもて行ゆ行ゆゆけけけばばば、、、例れい例れいれいののの程ほど程ほどほどににに通かよ通かよかよふふう。。。このこのこの頃ころ頃ころころははは四月しぐわつ四月しぐわつしがつ祭まつり祭まつりまつり見み見みみににに出い出いいでででたれたれたればばばかのかのかの所ところ所ところところにににももも出い出いいでででたりたりたりけりけりけり。。。さささなめりなめりなめりととと見み見みみててて迎むか迎むかむかひひいににに立た立たたちちちぬぬぬ。。。待ま待ままつつつ程ほど程ほどほどのののさうざうしけれさうざうしけれそうぞうしければばば橘たちばな橘たちばなたちばなののの實み實みみなどなどなどあるあるあるににに葵あふひ葵あふひあおいをををかけかけかけててて、、、
  2. 2「「「あふひあふひあおいとととかかかきけきけきけどもどもどもよそよそよそにににたちたちたち花ばな花ばなばなののの」」」
  3. 3ととといひいひいいやるやるやる。。。やゝやゝやや久ひさ久ひさひさしうしうしゅうありありありててて、、、
  4. 4「「「きみきみきみがががつらさつらさつらさををを今日けふ今日けふきょうこそこそこそははは見み見みみれれれ」」」
  5. 5とととぞぞぞあるあるある。。。にくかるにくかるにくかるべきべきべきものものものにににてててははは年とし年としとし經へ經へへぬるぬるぬるををを、、、なななとととげにげにげにとととのみのみのみいひいひいいたらたらたらむむんととといふいふいう人ひと人ひとひともももありありあり。。。歸かへ歸かへかえりりりててて「「「さささありありありししし」」」などなどなど語かた語かたかたれれればばば「「「くひくひくいつぶしつぶしつぶしつつつべきべきべき心ここ心ここここちちちこそこそこそすれすれすれとととやややいはいはいわざりざりざりししし」」」とてとてとていといといとをりをりおりしししととと思おも思おもおもひひいけりけりけり。。。
  6. 6今年ことし今年ことしことしははは聞きこ聞きこきこししし召め召めめすすすべしべしべしとてとてとていみじういみじういみじゅう騷さわ騷さわさわぐぐぐ。。。「「「いかでいかでいかで見み見みみむむむととと思おも思おもおもふふうににに所ところ所ところところぞぞぞなきなきなき。。。見み見みみむむむととと思おも思おもおもははわゞゞば」」」とととあるあるあるををを聞き聞きききききはさめはさめはさめててて「「「打う打ううたたたむむん」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「よかよかよかなりなりなり。。。物もの物ものもの見み見みみつぐのひつぐのひつぐのいににに」」」とてとてとてめめめうちうちうちぬぬぬ。。。喜よろこ喜よろこよろこびびびてててさるさるさるべきべきべきさまさまさまののの事こと事ことことどもどもどもしししつゝつゝつつよねよねよねののの間ま間まま靜しづ靜しづしずまりまりまりたるたるたるににに、、、硯すずり硯すずりすずり引ひ引ひひききき寄よ寄よよせせせててて手て手てて習ならひ習ならひならいににに、、、
  7. 7「「「あやめあやめあやめ草ぐさ草ぐさぐさ生お生おおひひいにににししし數かず數かずかずをををかぞへかぞへかぞへつゝつゝつつひくひくひくややや五月さつき五月さつきさつきのののせちせちせちににに待ま待ままたるたるたるととと」」」
  8. 8とてとてとてさしさしさしやりやりやりたれたれたればばばうちうちうち笑わら笑わらわらひひいててて、、、
  9. 9「「「隱かく隱かくかくれれれぬぬぬににに生お生おおふるふるうる數かず數かずかずをををばばば誰たれ誰たれたれかかか知し知ししるるるあやめあやめあやめ知し知ししらららずずずににに待ま待ままたるたるたるなるなるなるかなかなかな」」」
  10. 10ととといひいひいいててて、、、見み見みみせせせむむんののの心こころ心こころこころありありありけれけれければばば、、、宮みや宮みやみやののの御おほん御おほんおおんさじきさじきさじきののの一ひと一ひとひと續つづ續つづつづきききにににててて二ふた二ふたふたまままありありありけるけるけるををを別わ別わわけけけてててめでたうめでたうめでとうしつらひしつらひしつらいててて見み見みみせせせつつつ。。。かくかくかくててて人ひと人ひとひとにくからにくからにくからぬぬぬさまさまさまにににててて十とを十とをとをととといひいひいいててて、、、一ひと一ひとひとつつつふたつふたつふたつののの年とし年としとしははは餘あま餘あまあまりりりにににけりけりけり。。。されどされどされど明あ明ああけけけ暮く暮くくれれれ世よ世よよののの中なか中なかなかののの人ひと人ひとひとのののやうやうようならならならぬぬぬををを歎なげ歎なげなげきききつゝつゝつつ盡つ盡つつきききせせせずずず過す過すすぐすぐすぐすなりなりなりけりけりけり。。。それそれそれもももことわりことわりことわり、、、身み身みみのののあるあるあるやうやうようはははよるよるよるとてとてとてももも人ひと人ひとひとののの見み見みみえええ怠おこた怠おこたおこたるるる時とき時ときときははは、、、人ひと人ひとひとずくなずくなずくなににに心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそううう、、、今いま今いまいまははは一ひと一ひとひと人り人りりををを賴たの賴たのたのむむむ。。。たのもしたのもしたのもし人びと人びとびとはははこのこのこの十と十ととよよよ年とせ年とせとせのののほどほどほどあがたあがたあがたありきありきありきにににのみのみのみありありあり。。。たまさかたまさかたまさかににに京きやう京きやうきょうなるなるなるほどほどほどももも四し四しし五ご五ごご條でう條でうじょうのののほどほどほどなりなりなりけれけれければばば我われ我われわれははは左さ左ささ近こん近こんこんのののうまうまうまばばばををを片かた片かたかた岸ぎし岸ぎしぎしにににしししたれたれたればばばいといといと遙はるか遙はるかはるかなりなりなり。。。かゝるかゝるかかる所ところ所ところところもももももも取と取ととりりりつくろひつくろひつくろいかゝはるかゝはるかかわる人ひと人ひとひともももなけれなけれなければばばいといといとあしくあしくあしくのみのみのみなりなりなり行ゆ行ゆゆくくく。。。これこれこれをををつれなくつれなくつれなく出い出いいででで入い入いいりりりするするするははは殊こと殊ことことににに心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそううう思おも思おもおもふふうらむらむらんなどなどなど、、、深ふか深ふかふこううう思おも思おもおもひひいよらよらよらぬぬぬなめりなめりなめりなどなどなどちぐさちぐさちぐさににに思おも思おもおもひひい亂みだ亂みだみだるるる。。。事こと事ことこと繁しげ繁しげしげしししととといふいふいうははは何なに何なになにかかかこのこのこの荒あ荒ああれれれたるたるたる宿やど宿やどやどののの蓬よもぎ蓬よもぎよもぎよりよりよりももも繁しげ繁しげしげげげげなりなりなりととと思おも思おもおもひひい眺なが眺ながながむるむるむるににに、、、八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつばかりばかりばかりににになりなりなりにににけりけりけり。。。
  11. 11心こころ心こころこころのどかのどかのどかににに暮く暮くくらすらすらす日ひ日ひひはかなきはかなきはかなき事こと事ことこといひいひいいいひいひいいのののはてはてはてににに、、、我われ我われわれももも人ひと人ひとひとももも惡あ惡ああしうしうしゅういひいひいいなりなりなりてててうちうちうち怨ゑん怨ゑんえんじじじててて出い出いいづるづるずるににになりなりなりぬぬぬ。。。端はし端はしはしののの方かた方かたかたにににあゆみあゆみあゆみ出い出いいでゝでゝでて幼をさな幼をさなおさなききき人ひと人ひとひとををを呼よ呼よよびびび出い出いいでゝでゝでて「「「我われ我われわれははは今いま今いまいまはははこここじじじとととすすす」」」などなどなどいひいひいい置お置おおきききててて出い出いいでででにににけるけるける即すなは即すなはすなわちちち這は這ははひひい入い入いいりりりててておどろおどろしうおどろおどろしうおどろおどろしゅう泣な泣ななくくく。。。「「「こここはははなななぞぞぞおおおぞぞぞ」」」ととといへいへいえどどどいらへいらへいらえもももせせせででで、、、ろんなうろんなうろんのうさやうさやうさようにににぞぞぞあらあらあらむむんととと推お推おおしししはからはからはからるれるれるれどどど、、、人ひと人ひとひとののの聞き聞ききかかかむむんもももうたてうたてうたて物もの物ものもの狂ぐる狂ぐるぐるほしほしおしけれけれければばば、、、問と問ととひひいさしさしさしてててとかうとかうとこうこしらへこしらへこしらえてててあるあるあるににに、、、五六日いつかむいか五六日いつかむいかいつかむいかばかりばかりばかりににになりなりなりぬるぬるぬるににに音おと音おとおともももせせせずずず。。。例れい例れいれいならならならぬぬぬほどほどほどににになりなりなりぬれぬれぬればばば、、、あなあなあな物もの物ものもの狂ぐる狂ぐるぐるほしほしおし、、、戯たは戯たはたわぶれぶれぶれ事ごと事ごとごととととこそこそこそ我われ我われわれははは思おも思おもおもひひいしかしかしか、、、はかなきはかなきはかなきなかなかなかなれなれなればばばかくかくかくててて止や止ややむむむやうやうようもももありありありなむなむなんかしかしかしととと思おも思おもおもへへえばばば、、、心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそうううててて眺なが眺ながながむるむるむる程ほど程ほどほどににに、、、出い出いいでででししし日ひ日ひひつかひつかひつかいししし、、、ののの水みづ水みづみずはははさながらさながらさながらありありありけりけりけり。。。上うへ上うへうえにににちりちりちり居ゐ居ゐいてててありありあり。。。かくかくかくまでまでまでとととあさましうあさましうあさましゅう、、、
  12. 12「「「絕た絕たたえええぬるぬるぬるかかか影かげ影かげかげだにだにだにあらあらあらばばば問と問ととふふうべきべきべきをををかたみかたみかたみののの水みづ水みづみずはははみくさみくさみくさゐゐいにににけりけりけり」」」
  13. 13などなどなど思おも思おもおもひひいしししひしひしひしももも見み見みみえええたりたりたり。。。例れい例れいれいののの事こと事ことことにににててて止や止ややみみみにににけりけりけり。。。かやうかやうかようににに胸むね胸むねむねつぶらはしきつぶらはしきつぶらわしき折をり折をりおりのみのみのみあるあるあるががが世よ世よよににに心こころ心こころこころゆるびゆるびゆるびなきなきなきなむなむなん侘わび侘わびわびしかりしかりしかりけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

さて、あの人はまだ苦しそうだったけれど、こらえて二、三日のうちにやって来た。だんだんいつもの様子になっていったので、いつもの間隔で通ってくる。この頃、四月の賀茂祭の見物に出かけたところ、あちら(時姫)も見物に出ていた。そうらしいと見て、向かいに車を立てた。待つ間が手持ちぶさたなので、橘の実などがあるのに葵をかけて、

「葵(逢う日)とは聞くけれど、よそに立っている橘の花の(ようにお目にかかれませんね)」

と言ってやる。だいぶたってから、

「あなたのつれなさを、今日こそ見ることです」

と返ってきた。憎らしいはずの相手として年月を過ごしてきたのに、どうして「ほんとうに」とだけ(素直に)言ったのだろうと言う人もいた。帰って「こういうことがあった」と話すと、あの人は「食いつぶしてやりたい気持ちがすると言わなかったのか」と言って、たいそうおもしろいことだと思っていた。

今年は節会を天皇がご覧になるというので、たいそう騒いでいる。「何とかして見たいと思うけれど、見物の場所がない」「見たいと思うなら(用意しよう)」と言うのを聞いて、「双六を打ちましょう」と言うと、「よかろう。物見の代償に」と言って打って、私が勝った。喜んでしかるべき準備などをして、夜も静まったころ、硯を引き寄せて、手すさびに、

「菖蒲が生えた(共に過ごした)年数を数えながら、五月の節会を待っていますと(あなたの言葉を待っています)」

と差し出すと、あの人は笑って、

「人知れず生えている菖蒲の数を誰が知ろう。その数も知らずに待っているのだね」

と言って、見せてやろうという気持ちがあったので、宮(章明親王)の桟敷の一続きで二間あったのを分けて、立派にしつらえて見せてくれた。こうして、あの人とは憎からぬ仲で、十年と一、二年が過ぎた。けれども、明けても暮れても人並みでない身を嘆きながら、尽きることなく過ごしているのだった。それももっともで、わが身のありようは、夜でもあの人が来ない時は、人も少なく心細くて、今はただ一人(父)を頼りにしている。その頼もしい人は、この十年余り、地方官として任国ばかりにいる。たまに京にいる時も、四条五条のあたりなので、私は左近の馬場の片側に住んでいるから、たいそう遠い。こんな家も手入れをして世話をする人もいないので、ひどく荒れてゆくばかりである。こんな所に平気で出入りしているあの人は、私がどんなに心細く思っているかなど、深くは思いも寄らないのだろうなどと、あれこれ思い乱れる。「事しげし」とは、何が、この荒れた家の蓬よりも茂っているのかと思いながら物思いにふけっていると、八月ごろになった。

のんびり過ごしていたある日、たわいないことを言い合っているうちに、私もあの人もひどいことを言うようになり、あの人は怒って出て行くことになった。端の方に歩み出て、幼い子(道綱)を呼び出して、「私はもう来ないつもりだ」などと言い置いて出て行った。そのとたん、子が這い入ってきて大声で泣く。「これはどうしたの、どうしたの」と言っても返事もしないで、きっとそういうことなのだろうと推し量られるけれど、人が聞くのもいやで、ばかばかしいので、聞くのをやめて、あれこれなだめていると、五、六日ほどたっても音沙汰がない。いつにない間遠さになったので、ああばかばかしい、冗談だとばかり私は思っていたのに、はかない仲だから、このまま終わることもあるだろうと思うと、心細くて物思いにふけっていると、出て行った日に使った泔坏(ゆするつき)の水は、そのまま残っていた。水の上に塵が浮いている。こんなにまでと、あきれて、

「仲は絶えてしまったのか。せめて影でも映っていたら尋ねようものを、形見の水には水草が生えてしまった」

などと思っていたその日に、あの人が姿を見せた。いつものことで、うやむやになってしまった。このように胸のつぶれるような思いをする時ばかりあるのが、まったく心の休まることがなくてつらいのだった。

意訳

〔葵祭の連歌〕兼家の病が癒え、二人の仲は穏やかである。賀茂祭の見物で時姫の車と向かい合った作者は、「逢う日(葵)と聞くのによそに立つ橘」と上の句を送り、時姫は「あなたのつらさを今日こそ見る」と下の句をつける。ライバル同士の連歌に、兼家は「食いつぶしてやりたいと言わなかったのか」と面白がる。

〔菖蒲の節会〕五月の節会の見物を、作者は双六の賭けで兼家から勝ち取る。菖蒲(あやめ)にことよせて、共に過ごした年月を数えて待っていると詠む作者に、兼家は親王の桟敷を分けて見せてくれた。結婚して十年余り、二人の関係が最も安定した時期である。

〔泔坏の水〕それでも作者は、父も遠国にいて頼る人もなく、荒れた家に住む身を嘆く。八月、口論の末に兼家が「もう来ない」と言って出て行き、道綱が泣いて這い入ってくる。五、六日音沙汰がないなか、作者は兼家が使った泔坏(ゆするつき)の水に塵が浮いているのを見て、「影だにあらば」と詠む。結局兼家はまた来て、うやむやに終わるが、こうした胸のつぶれる思いの繰り返しが、作者を苦しめていた。

語釈・文法注

せち
節会。ここでは五月五日の端午の節会。天皇が武徳殿で騎射などをご覧になり、見物人でにぎわった。
すぐろく
双六。盤上で白黒の駒を、さいころの目によって進める遊び。賭け事にも用いた。
ゆるつき
底本どおり。注記に「す」の脱字かとあり、「ゆするつき」(泔坏。髪を洗い整えるための湯水を入れる器)と解される。

文法

「なとげにとのみ」
底本どおり。注記に「か」の脱字かとあり、「などかげに」と解する。
「いとをりしと思ひけり」
底本どおり。注記に「か」の異文があり、「をかし」(おもしろい)と解する。
「めうちぬ」
「目打ちぬ」。双六で勝ちの目を打った、勝った、の意に解する。
「よねの間」
底本どおり。注記に異文がある。夜の間、の意に解する。
「十といひて、一つふたつの年は餘りにけり」
結婚して十年と一、二年が過ぎた。
「かゝる所もも取りつくろひ」
底本どおり。注記に「だ」の異文があり、「かかる所をだに」と解される。
「こはなぞおぞ」
底本どおり。通行本文は「こはなぞ、こはなぞ」。

和歌

あふひとかきけどもよそにたち花の/きみがつらさを今日こそは見れ

詠者
道綱母(作者)/時姫
状況
賀茂祭の見物で向かい合った時姫の車に、作者が上の句を送り、時姫が下の句をつけた連歌。

修辞

掛詞
「あふひ」に「葵」と「逢ふ日」、「たち花」に「立ち」と「橘」を掛ける。

あやめ草生ひにし數をかぞへつゝひくや五月のせちに待たると

詠者
道綱母(作者)
状況
双六の賭けに勝ち、五月の節会の見物を待つ時に、手すさびに書いた歌。

修辞

掛詞
「ひく」に菖蒲を「引く」、「せち」に「節会」と「切(せち)に」を掛ける。

絕えぬるか影だにあらば問ふべきをかたみの水はみくさゐにけり

詠者
道綱母(作者)
状況
口論の末に兼家が出て行き、五、六日音沙汰のない時、兼家が使った器の水を見て詠んだ歌。

修辞

見立て
水面に映る「影」に兼家の面影を重ね、水草が生えた(塵が浮いた)ことで、時の経過と途絶えを表す。

解説

康保三年(966)、兼家の病は癒え、作者との関係は穏やかなものになった。賀茂祭での時姫との連歌は、ライバル同士の機知に富んだやりとりとして知られる。兼家が「食いつぶしてやりたいと言わなかったのか」と言ったのは、二人の妻の対立を面白がる、いかにも兼家らしい冗談である。

「十といひて、一つふたつの年は餘りにけり」とあるように、作者と兼家の結婚は十二年目を迎えていた。しかし作者は、父が任国にいて後ろ盾のない身を嘆き、荒れていく家を見つめている。夫が通ってくる妻の家は、妻の実家が管理するのが普通だったから、父の不在は暮らしの心細さに直結していた。

角盥(泔坏)の水の歌は、夫婦げんかの末の数日の途絶えを、器の水に浮いた塵と水草で表している。去り際の夫が使った水をそのまま残しておくところに、帰りを待つ作者の心と、観察の細かさがうかがえる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、52–54頁(コマ29–30)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日