蜻蛉日記 上巻 第7章
宮の薄とひぐらしの声
章明親王との千鳥の歌の贈答の後、作者は病を払うため山寺にこもり、盂蘭盆の人々を見る。翌年、兼家は殿上を許され、親王の家の庭の薄を所望すると、親王は掘りとって色紙に歌を添えて贈ってくる。やがて兼家の作者の家への滞在が長くなるが、作者は自分の家が正妻の家ではないことを思い知らされる。
- 1さてさてさて二日二日ふつかばかりばかりばかりありありありててて見見みえええたれたれたればばば、、、「「「これこれこれさてさてさてなむなむなんありありありししし」」」とてとてとて見見みすれすれすればばば、、、「「「程程ほど經經へにににけれけれければばばびんびんびんなしなしなし」」」とてとてとて「「「唯唯ただこのこのこの頃頃ころははは仰仰おおせせせごとごとごともももなきなきなきことことこと」」」ととと聞聞きこえええられられられたれたれたればばば、、、かくかくかくのたまへのたまへのたまえるるる、、、
- 2「「「水水みず增增まさりりりうらうらうらもももなぎさなぎさなぎさのののころころころなれなれなればばば千千ち鳥鳥どりのののあとあとあとをををふみふみふみはははまどふるまどふるまどうる
- 3ところところところ見見みつれつれつれ。。。うらみうらみうらみ給給たまへへえりりりわりなきわりなきわりなき。。。みづからみづからみずからとととあるあるあるははは誠誠まことかかか」」」ととと女女おんなにににかきかきかき給給たまへへえりりり。。。男男おとこののの手手てにににてててこそこそこそ苦苦くるしけれしけれしけれ。。。
- 4「「「浦浦うらがくれがくれがくれ見見みるるることことことかたきかたきかたき跡跡あとならならならばばば汐汐しお干干ひをををまたまたまたむむんからきからきからきわざわざわざかなかなかな」」」。。。
- 5又又また、、、宮宮みや、、、
- 6「「「うらうらうらもももなくなくなくふみふみふみやるやるやる跡跡あとをををわたつわたつわたつ海海うみののの汐汐しおののの干干ひるるるまままももも何何なににににかかかはははせせせむむん
- 7とととこそこそこそ思思おもひひいつれつれつれ。。。ことことことざまざまざまにににもももはたはたはた」」」とととありありあり。。。かゝるかゝるかかるほどほどほどにににむらひむらひむらいのののほどほどほどももも過過すぎぎぎぬぬぬらむらむらん。。。たなばたたなばたたなばたははは明日明日あすばかりばかりばかりととと思思おもふふう。。。忌忌いみももも三十日三十日みそかばかりばかりばかりににになりなりなりにににたりたりたり。。。日日ひ頃頃ごろなやましうなやましうなやましゅうしししてててしはぶきしはぶきしわぶきなどなどなどいたういたういとうせせせらるゝらるゝらるるををを物物もののののけけけにににやややあらあらあらむむん、、、加加か持持じももも試試こころみみみむむん、、、せばせばせば所所どころのののわりなくわりなくわりなく暑暑あつきききころころころなるなるなるををを、、、水水みずいいいもももものものものするするする山山やま寺寺でらへへへ上上のぼるるる。。。
- 8十五六日十五六日じゅうごろくにちににになりなりなりぬれぬれぬればばばなどなどなどするするするほどほどほどににになりなりなりにににけりけりけり。。。見見みれれればばばあやしきあやしきあやしきさまさまさまににに荷荷になひひいいたゞきいたゞきいただき、、、さまざまさまざまさまざまにににいそぎいそぎいそぎつゝつゝつつ集集あつまるまるまるををを諸諸もろ共共ともににに見見みてててあはれあはれあわれがりがりがりももも笑笑わらひひいもももすすす。。。
- 9さてさてさて心心ここちちちもももことことことなるなるなることことことなくなくなくててて忌忌いみももも過過すぎぎぎぬれぬれぬればばば京京きょうににに出出いでででぬぬぬ。。。秋秋あき冬冬ふゆはかなうはかなうはかのう過過すぎぎぎぬぬぬ。。。
- 10年年としかへりかへりかえりてててでふでふでうことことこともももなしなしなし。。。人人ひとののの心心こころのののことことことなるなるなる時時ときははは、、、萬萬よろずおいらにおいらにおいらにかかかぞぞぞありありありけるけるける。。。このこのこのついたちついたちついたちよりよりよりぞぞぞ殿殿てん上上じょうゆるさゆるさゆるされれれてててあるあるある。。。ののの日日ひ例例れいののの宮宮みやよりよりより物物もの見見みけれけれけれはははそのそのその車車くるまににに乘乘のらららむむんとととのたまへのたまへのたまえりりり。。。御御おおん文文ふみののの端端はしにににかゝるかゝるかかる事事ことありありあり、、、
- 11「「「わわわがががとしとしとしのののほんほんほんのののにににかくかくかく」」」。。。
- 12例例れいののの宮宮みやにににはははおはせおはせおわせぬぬぬなりなりなりけりけりけり。。。まちまちまちののの小小こう路路じわたりわたりわたりかかかとてとてとてまゐりまゐりまいりたれたれたればばば「「「上上うえなむなむなんおはしますおはしますおわします」」」ととといひいひいいけりけりけり。。。まつまつまつ硯硯すずりこひこひこいてててかくかくかく書書かきききててて入入いれれれたりたりたり、、、
- 13「「「君君きみがががこのこのこのまちまちまちののの南南みなみにににとみとみとみにににおそきおそきおそきはるはるはるにににはははいまだいまだいまだたづねたづねたずねまゐれまゐれまいれるるる」」」
- 14とてとてとて諸諸もろ共共ともににに出出いででで給給たまひひいにににけるけるける。。。
- 15そのそのそのころほひころほひころおいすぎすぎすぎてててぞぞぞ例例れいののの宮宮みやにににわたりわたりわたり給給たまへへえるるるににに、、、まゐりまゐりまいりたれたれたればばばこぞこぞこぞももも見見みしししににに花花はなおもしろかりおもしろかりおもしろかりききき。。。薄薄すすきむらむらむらむらむらむら茂茂しげりりりててていといといとほそやかほそやかほそやかににに見見みえええけれけれければばば「「「これこれこれ堀堀ほりりりわかたわかたわかたををを給給たまははわゞゞばすこしすこしすこし給給たまはらはらわらむむん」」」ととと聞聞きこえええおきおきおきてててしししををを、、、程程ほどへへへててて河河かわ原原らへへへものものものするするするににに、、、諸諸もろ共共ともなれなれなればばば「「「これこれこれぞぞぞかのかのかの宮宮みやかしかしかし」」」などなどなどいひいひいいててて、、、人人ひとををを入入いるるる。。。まゐらまゐらまいらむむんとととするするするににに「「「をりをりおりなきなきなきるいるいるいのののあれあれあれからからからなむなむなん。。。一日一日ひとひとりとりとりまうすまうすもうす。。。薄薄すすき聞聞きこえええてててとととさぶらはさぶらはさぶらわむむん人人ひとにににいへいへいえ」」」とてとてとて引引ひききき過過すぎぎぎぬぬぬ。。。はかなきはかなきはかなきわらべわらべわらべなれなれなればばば、、、ほどほどほどなくなくなくかへりかへりかえりたるたるたるににに「「「宮宮みやよりよりよりすゝきすゝきすすき」」」ととといへいへいえばばば、、、見見みれれればばば、、、なりなりなりととといふいふいうものものものにににうるはしううるはしううるわしゅう堀堀ほりりりたてたてたてゝゝて靑靑あおききき色色いろ紙紙がみににに結結むすびびびつけつけつけたりたりたり。。。見見みれれればばばかくかくかくぞぞぞ、、、
- 16「「「ほほほににに出出いでででばばば道道みちゆくゆくゆく人人ひとももも招招まねぐぐぐべきべきべきやどやどやどのののすゝきすゝきすすきをををほるほるほるがががわりなきわりなきわりなき」」」。。。いといといとをかしうをかしうおかしゅうもももこのこのこの御御おおんかへりかへりかえりはははいかゞいかゞいかが。。。忘忘わするゝるゝるるほどほどほど思思おもひひいやれやれやればばばかくかくかくてててもももありありありなむなむなん。。。されどされどされどさきざきさきざきさきざきもももいかゞいかゞいかがとととぞぞぞ覺覺おぼえええたるたるたるかしかしかし。。。
- 17春春はるうちうちうち過過すぎぎぎててて夏夏なつごろごろごろとのとのとのえええがちがちがちなるなるなるうちうちうちにににつとめてつとめてつとめて一日一日ひとひありありありてててくるれくるれくるればばば參參まいりりりなどなどなどするするするをををあやしうあやしうあやしゅうととと思思おもふふうににに、、、ひぐらしひぐらしひぐらしののの初初はつ聲聲こえ聞聞きこえええたりたりたり。。。いといといとあはれあはれあわれととと驚驚おどろかかかれれれててて、、、
- 18「「「あやしくあやしくあやしくもももよるよるよるののの行行ゆくくくへへへををを知知しらららぬぬぬかなかなかな今日今日きょうひぐらしひぐらしひぐらしののの聲聲こえははは聞聞きけけけどもどもども」」」
- 19ととといふいふいうににに出出いでででがたかりがたかりがたかりけむけむけんしししかしかしかし。。。かくかくかくてててなでふなでふなでう事事ことなけれなけれなければばば、、、人人ひとののの心心こころををを猶猶なおたゆみたゆみたゆみなたりなたりなたりにににたりたりたり。。。月月つき夜夜よののの頃頃ころよからよからよからぬぬぬ物物もの語語がたりしししててて、、、あはれあはれあわれなるなるなるさまさまさまのののことことことゞゞどももも語語かたらひらひらいてててもももありありありしししころころころ思思おもひひい出出いでででられられられてててものものものしけれしけれしければばばかくかくかくいはいはいわるるる、、、
- 20「「「くもりくもりくもり夜夜よののの月月つきととと我我わががが身身みののの行行ゆくくく末末すえのののおぼつかならおぼつかならおぼつかならはははいづれいづれいずれまされまされまされりりり」」」。。。
- 21かへりかへりかえりごとごとごとたはぶれたはぶれたわぶれのののやうやうようににに、、、
- 22「「「敎敎をしへへへけるけるける月月つきははは西西にしへへへぞぞぞ行行ゆくくくさきさきさきははは我我われのみのみのみこそこそこそはははしかるしかるしかるかりかりかりけれけれけれ」」」
- 23などなどなどたのもしげたのもしげたのもしげににに見見みゆれゆれゆれどどど、、、我我わががが家家いえとととおぼしきおぼしきおぼしき所所ところはははことことことににになんなんなんめれめれめればばば、、、いといといと思思おもははわずずずにににのみのみのみぞぞぞ世世よはははありありありけるけるける。。。さいはひさいはひさいわいあるあるある人人ひとのののためためためにににははは年年とし月月つき見見みししし人人ひとももも、、、あまたあまたあまたののの子子こなどなどなどもももたらたらたらぬぬぬををを、、、かくかくかくものものものはかなくはかなくはかなくててて思思おもふふうことことことのみのみのみ繁繁しげししし。。。
現代語訳
さて、二日ほどして、あの人が来たので、「これ(宮の歌)がこういうことでした」と言って見せると、「日が経ってしまったので、お返事しにくい」と言って、「ただもうこの頃は、何の仰せもございません」と申し上げたところ、宮がこうおっしゃった。
「水かさが増して、浦もなく渚となった頃なので、千鳥の跡を踏み迷うように、手紙を書くのに迷っている
ところを見ましたよ。お恨みになっているとは、困ったことだ。ご自分で(返事を書いた)とあるのは本当か」と、女文字でお書きになっていた。男の筆跡では差し障りがあるからだろう。
「浦に隠れて見えにくい千鳥の跡なら、潮が引くのを待ちましょう。つらいことですね」。
また、宮から、
「心を隠すこともなく送った手紙の跡を、わたつみの潮が引く間も、どうして待つことなどしようか
と思っていたのに。別のご様子とはまた」とあった。そうこうするうちに、相撲(すまひ)の節会の頃も過ぎたのだろう。七夕は明日ばかりと思う。忌みも三十日ほどになった。何日も具合が悪くて、咳などがひどく出るのを、物の怪のせいかもしれない、加持祈祷も試してみよう、狭い家でひどく暑い頃なので、水のいい所でもある山寺へ上る。
十五、六日になったので、盂蘭盆などをする頃になった。見ると、妙な格好で供え物を担いだり頭にのせたりして、さまざまに急ぎながら集まって来るのを、あの人と一緒に見て、しみじみしたり笑ったりもする。
さて、気分も特に変わったことはなく、忌みも過ぎたので、京に戻った。秋冬は何ということもなく過ぎた。
年が改まって、何ということもない。あの人の心が変わりのない時は、万事がおっとりと穏やかであった。この正月から、殿上を許されている。御禊(みそぎ)の日に、例の宮から、物見に行くならその車に乗りたいとおっしゃってきた。お手紙の端に、こう書いてあった。
「わがとしの……」。
例の宮(の御所)にはおいでにならないのだった。町の小路あたりかと思って参上すると、「宮様はおいでになります」と言った。まず硯を借りて、こう書いて差し入れた。
「あなた様が、この町の南に急にいらしたのに、遅い春(出遅れた私たち)は、まだ尋ねて参ったばかりです」
と言って、ご一緒にお出かけになった。
その頃が過ぎて、例の宮のお住まいにお移りになった時に、参上すると、去年も見たが、花が美しかった。薄があちこちに茂って、たいそうほっそりとして見えたので、「これを掘って株分けしていただけるなら、少しいただきたい」とお願いしておいたのを、しばらくして河原へ出かける時に、一緒だったので、「これがあの宮のお邸だよ」などと言って、人を入れる。「参上しようとしたところ、折悪しく用があって。後日いただきに参ります。薄のことを申し上げて、と、お仕えしている人に言いなさい」と言って、通り過ぎた。使いはたわいない子どもなので、ほどなく帰って来て、「宮様から薄が」と言うので、見ると、長櫃という入れ物に、きちんと掘って植え立て、青い色紙に結びつけてあった。見ると、こうある。
「穂に出たら、道行く人も手招きしそうな宿の薄を、掘って持っていくのはつらいことだ」。たいそう趣深いが、このお返事はどうしたものか。忘れるほどに時がたったのを思うと、このままでもよいだろう。けれども、今までの例からするとどうだろうと、思われたことだった。
春も過ぎて夏の頃、あの人が宮中の宿直がちになる勤めのため、朝早くに、一日こちらにいて、暮れると参内などするのを、妙だと思っていると、ひぐらしの初めての声が聞こえた。たいそうしみじみとして、はっとして、
「不思議なこと、あなたの夜の行方は知らないことです。今日、ひぐらしの声(日暮らし、あなたの声)は聞いているのに」
と言うと、出かけにくかったのであろう。こうして何事もないので、あの人の心はやはり気がゆるんできた(訪れが間遠になった)。月夜の頃、楽しくない話をして、しみじみとしたことなども語り合ったころを思い出して、ものうく思われたので、こう口にした。
「曇った夜の月と、わが身の行く末の頼りなさとは、どちらがまさっているでしょう」。
返事は冗談のように、
「教えた月は西へ行くのだ。行く先は、私だけが頼りになるのだよ」
などと、頼もしそうに見えるけれど、私の家と思われる所(正妻の家)は別にあるようなので、まったく思いどおりにならないことばかりの世の中であった。幸運な人のためには、長年連れ添った人も、多くの子どももいるけれど、私はそうでなく、このように頼りなくて、思うことばかりが多い。
意訳
〔宮との贈答〕章明親王は、作者の返歌が自筆かと確かめ、男の筆跡では差し障りがあると女文字で書いてくるなど、こまやかな気づかいを見せる。親王との交際は、兼家との緊張した関係とは違う、文雅の遊びとして描かれている。
〔山寺と盂蘭盆〕夏、病がちの作者は加持のために山寺にこもり、盆の供え物を担いで集まる庶民の姿を、兼家と並んで眺める。作者が都の外の暮らしを目にした数少ない場面である。
〔薄の贈り物〕翌年、兼家は殿上を許され、御禊の日には親王と同じ車で見物に出かける。作者が所望した薄を、親王は長櫃に植えて青い色紙に歌を結んで贈ってくれた。贈り物ひとつにも趣向をこらす王朝の雅が感じられる。
〔ひぐらしの声〕しかし、夏になると兼家は宮中の勤めを口実に夜は出かけてしまう。「日暮らし」の声は聞くのに夜の行方は知らない、と作者は嘆く。兼家は「行く先は私だけが頼り」と言うが、作者の家は正妻の家ではない。子の多い時姫と違い、作者には道綱一人しかいない。その心細さが、次の章の母の死によって、いっそう深まっていく。
語釈・文法注
- 女手
- 女性の書く文字。平仮名。男性は漢字(男手)で書くのが普通だった。
- ぼに
- 盆。盂蘭盆会。七月十五日に先祖の霊を供養する行事。
- みそぎ
- 御禊。賀茂祭(四月)の前に、斎院が賀茂川で身を清める儀式。見物人でにぎわった。
- なりびつ
- 底本の注記に「が」の異文があり、長櫃(ながびつ)の意に解される。
- うちずみ
- 内住み。宮中に宿直すること。
文法
- 「ふみはまどふる」
- 底本では次の行の「ところ見つれ」に続く。「踏み(文)は惑ふるところ見つれ」。
- 「むらひのほど」
- 底本どおり。注記に「す」の異文があり、「すまひ(相撲の節会)のほど」と解される。
- 「水いもものする」
- 底本どおり。注記に「かれ」の異文がある。水の便もよい、の意に解する。
- 「でふこともなし」
- 底本どおり。注記に「な」の脱字かとあり、「なでふこともなし」(何ということもない)と解する。
- 「萬おいらにかぞ」
- 底本どおり。「おいらかにぞ」(おっとりと穏やかに)の意に解する。
- 「わがとしのほんのにかく」
- 底本どおりで、意味がとれない。親王の歌の一部と見られるが、本文に欠けがあるらしい。
- 「をりなきるいの」
- 底本どおり。注記に「る」の異文があり、意味がとりにくい。折悪しく用事があって、の意に解する。
- 「とのえがちなる」
- 底本どおり。注記に「ゐ」の異文があり、「宿直(とのゐ)がちなる」と解される。
- 「出でがたかりけむしかし」
- 底本の注記に「し」は衍字かとある。出かけにくかったのだろう。
- 「猶たゆみなたりにたり」
- 底本どおり。注記に「なうなりた」の異文がある。訪れがゆるみがちになった、の意に解する。
- 「しかるかりけれ」
- 底本どおり。注記に「べか」の脱字かとあり、「しかるべかりけれ」(頼りになるはずだ)と解する。
和歌
水增りうらもなぎさのころなれば千鳥のあとをふみはまどふる
- 詠者
- 章明親王
- 状況
- 作者の返事が遅れた理由を兼家から聞いた親王が、からかって贈った歌。
修辞
- 掛詞
- 「なぎさ」に「無き」、「ふみ」に「踏み」と「文」を掛け、千鳥の足跡に筆跡を重ねる。
浦がくれ見ることかたき跡ならば汐干をまたむからきわざかな
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 親王の歌への返歌。
修辞
- 縁語
- 「浦」「汐干」「からき(塩辛い)」と海の縁語でまとめる。
ほに出でば道ゆく人も招ぐべきやどのすゝきをほるがわりなき
- 詠者
- 章明親王
- 状況
- 作者が所望した薄を掘って贈ったとき、青い色紙に結びつけた歌。
修辞
- 掛詞
- 「ほる」に「掘る」と「欲る(欲しがる)」を掛ける。穂の出た薄が手招きするという見立てをふまえる。
あやしくもよるの行くへを知らぬかな今日ひぐらしの聲は聞けども
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 昼は家にいて夜になると出かける兼家に、ひぐらしの初声を聞いて詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「ひぐらし」に蝉の「ひぐらし」と「日暮らし(一日中)」を掛け、昼の声は聞くのに夜の行方は知らないと皮肉る。
解説
応和三年(963)から康保元年(964)にかけての記事である。兼家は応和三年正月に殿上を許され、宮廷での地位を取り戻しつつあった。章明親王との交際は続き、御禊の見物、薄の贈答と、王朝の雅なひとこまが描かれる。
盂蘭盆の場面は、山寺にこもった作者が、盆の供え物を担いで集まる人々を見る珍しい記述である。貴族の女性が庶民の生活を目にする機会は少なく、作者はその姿を「あやしきさま」と書きながらも、兼家と一緒に「あはれがりも笑ひもす」と、親しみのこもった目で見ている。
この章の終わりで、作者は「我が家とおぼしき所はことになんめれば」と書く。兼家にとって本当の家は、多くの子をもつ時姫の家であり、作者の家はそうではない。妻としての不安定な立場を自覚した作者に、次の章で母の死という大きな悲しみが訪れる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、42–44頁(コマ24–25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日