蜻蛉日記 上巻 第4章
女の出産と秋の贈答
天徳元年(957)夏、町の小路の女が出産のため、兼家と同じ車で作者の家の門前を騒々しく通り過ぎる。出産を知らせる無神経な手紙、相撲の節会の衣装の仕立てを頼む非常識に、作者は心を閉ざす。秋には尾花・百草・月・野分の風と、すれ違う夫婦の思いを歌で交わす。
- 1などなどなどいひいひいいつゝつゝつつ夏夏なつにににもももなりなりなりぬぬぬ。。。このこのこの時時ときののの所所ところににに子子こ生生うむむむべきべきべきほどほどほどににになりなりなりてててよきよきよきかたかたかたはははこひこひこいててて、、、一一ひとつつつ車車くるまににに這這はひひい乘乘のりりりててて、、、ひとひとひときやうきやうきょう響響ひびききき續續つづきききててていといといと聞聞ききききにくきにくきにくきまでまでまでのゝしりのゝしりののしりててて「「「このこのこのかどかどかどののの前前まえよりよりよりしもしもしもわたるわたるわたるものものものかかか。。。我我われははは我我われにににもももあらあらあらずずず、、、物物ものだにだにだにいはいはいわねねねばばば見見みるるる人人ひと仕仕つかふふうよりよりより始始はじめめめててて、、、いといといと胸胸むね痛痛いたきききわざわざわざかかか。。。世世よににに道道みちしもしもしもこそこそこそはははあれあれあれ」」」などなどなどいひいひいい罵罵ののしるるるををを聞聞きくくくににに、、、たたたししし死死しぬるぬるぬるものものものにににもももがながながなととと思思おもへへえどどどころころころにににしししかなはかなはかなわねねねばばば今今いまよりよりよりのちのちのち猛猛たけくくくはははあらあらあらずずずともともとも絕絕たえええててて見見みえええずずずだにだにだにあらあらあらむむん、、、いみじういみじういみじゅう心心こころそしそしそしととと思思おもひひいてててあるあるあるににに、、、三四日三四日みかよかばかりばかりばかりありありありててて文文ふみありありあり。。。あさましうあさましうあさましゅうつへたましつへたましつえたましととと思思おもふふう思思おもふふう見見みれれればばば、、、「「「このこのこの頃頃ころこゝこゝここにににわづらはるゝわづらはるゝわずらわるる事事ことありありありててて見見み參參まいらららぬぬぬををを昨日昨日きのうなむなむなんたひらかたひらかたいらかにににものものものせせせられられられめるめるめる。。。けがらひけがらひけがらいもももややや忌忌いむむむとてとてとてなむなむなん」」」とととぞぞぞあるあるある。。。あさましうあさましうあさましゅうめづらかめづらかめずらかなるなるなる事事こと限限かぎりなしなしなし。。。たゞたゞただ「「「賜賜たまはりはりわりぬぬぬ」」」とてとてとてやりやりやりつつつ。。。使使つかいこここ人人ひと問問とひひいけれけれければばば「「「男男おとこ君君ぎみににになむなむなん」」」ととといふいふいうををを聞聞きくくくにににいといといと胸胸むねふさがりふさがりふさがり。。。三四日三四日みかよかばかりばかりばかりありありありてててみづからみづからみずからいといといともももつれなくつれなくつれなく見見みえええたりたりたり。。。何何なにかかか來來きたるたるたるとてとてとて見見み入入いれれれねねねばばば、、、いといといとはしたなくはしたなくはしたなくててて歸歸かえるるることことこと度度たび々々たびににになりなりなりぬぬぬ。。。
- 2七月七月しちがつににになりなりなりてててののの頃頃ころ古古ふるききき新新あたらしきしきしきととと一一ひとくだりくだりくだりづゝづゝずつ引引ひききき包包つつみみみててて「「「これこれこれせせせさせさせさせ給給たまへへえ」」」とてとてとてはははあるあるあるものものものかかか。。。見見みるるるににに目目めくるゝくるゝくるる心心こころぞぞぞするするする。。。
- 3古古こ代代たいののの人人ひとははは「「「あなあなあないとほしいとほしいとおし。。。よしよしよしこここにににはははえええ仕仕つこうううまつらまつらまつらずずずこそこそこそはははあらあらあらめめめ」」」。。。なまなまなま心心ごころあるあるある人人ひとなどなどなどさしさしさし集集あつまりりりててて「「「すゞろはしすゞろはしすずろわしややや。。。えええせせせでででわろからわろからわろからむむんをををだにだにだにこそこそこそ聞聞きかかかめめめ」」」などなどなど定定さだめめめてててかへしかへしかえしやりやりやりつるつるつるもももしるくしるくしるく、、、こゝこゝここかしこかしこかしこににになむなむなんもてもてもてちりちりちりてててするするするととと聞聞きくくく。。。かしこかしこかしこにににもももいといといと情情なさけなしなしなしとととかかかやややあらあらあらむむん。。。二十二十にじゅうよよよ日日にち音音おとづれづれずれもももなしなしなし。。。いかなるいかなるいかなるをりをりおりにににかかかあらあらあらむむん、、、文文ふみぞぞぞあるあるある。。。「「「參參まいりりりこここまほしけれまほしけれまほしけれどどどつゝましうつゝましうつつましゅうてててなむなむなん。。。たしかたしかたしかにににことことことあらあらあらばばばおづおづおずおづおづおずももも」」」とととありありあり。。。かへりかへりかえり事事ごともももすすすまじまじまじととと思思おもふふうもももこれこれこれかれかれかれ「「「いといといと情情なさけなしなしなし。。。あまりあまりあまりなりなりなり」」」などなどなどものものものすれすれすればばば、、、
- 4「「「ほほほににに出出いでゝでゝでていはいはいわじじじやややさらにさらにさらにおほよそおほよそおおよそののの靡靡なびくくく尾尾お花花ばなににに任任まかせせせてててももも見見みむむむ」」」。。。
- 5たちたちたちかへりかへりかえり、、、
- 6「「「ほほほににに出出いでででばばばまづまづまず靡靡なびきききなむなむなん花花はなずゝきずゝきずすきこちこちこちてふてふちょう風風かぜののの吹吹ふかかかむむんまにまにまにまにまにまに」」」。。。
- 7使使つかいあれあれあればばば、、、
- 8「「「嵐嵐あらしのみのみのみ吹吹ふくくくめるめるめる宿宿やどにににはなはなはなずゝきずゝきずすき穗穗ほににに出出いでででたりたりたりとととかひかひかいやややなからなからなからむむん」」」
- 9などなどなど、、、よろしうよろしうよろしゅういひいひいいなしなしなしててて又又また見見みえええたりたりたり。。。ののの花花はないろいろいろいろいろいろににに咲咲さききき亂亂みだれれれたるたるたるををを見見みやりやりやりててて臥臥ふしししながらながらながらかくかくかくぞぞぞいはいはいわるゝるゝるる、、、かたみかたみかたみににに恨恨うらむるむるむるきききまのまのまのことことことゞゞどもももあるあるあるべしべしべし、、、
- 10「「「百百もも草草くさににに亂亂みだれれれててて見見みゆるゆるゆるはなはなはなののの色色いろははは置置おくくくしらしらしら露露つゆのののおくおくおくにににやややあるあるあるらむらむらん」」」
- 11とととうちうちうちいひいひいいたれたれたればばば、、、からからからかくかくかくいふいふいう、、、
- 12「「「身身みのののあきあきあきををを思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるる花花はなののの上上うえにににうちうちうちのののこゝろこゝろこころはははいへいへいえばばばさらさらさらなりなりなり」」」
- 13などなどなどいひいひいいててて、、、例例れいのののつれなうつれなうつれのうよぶねよぶねよぶねまちまちまちののの月月つきののの山山やまののの出出いづるづるずるほどほどほどににに出出いでででむむんとととするするするけかしきけかしきけかしきありありあり。。。さまでさまでさまでもももありありありぬぬぬべきべきべき夜夜よかなかなかなととと思思おもふふうけしきけしきけしきややや見見みえええけむけむけん、、、「「「とまりとまりとまりぬぬぬべきべきべき事事ことあらあらあらばばば」」」などなどなどいへいへいえどどどさしもさしもさしも覺覺おぼえええねねねばばば、、、
- 14「「「いかにいかにいかにせせせむむん山山やまののの端端はにににだにだにだにとゞまらとゞまらとどまらでででこゝろこゝろこころももも空空そらににに出出いでででむむん月月つきをををばばば」」」。。。
- 15かへしかへしかへし、、、
- 16「「「久久ひさ方方かたののの空空そらにににこゝろこゝろこころののの出出いづづずととといへいへいえばばば影影かげはははそらそらそらにににもももとまるとまるとまるべきべきべきかなかなかな」」」
- 17とてとてとてとゞまりとゞまりとどまりにににけりけりけり。。。さてさてさて又又またのののやうやうようなるなるなることことことしししててて二日二日ふつかばかりばかりばかりありありありててて來來きたりたりたり。。。「「「一日一日ひとひののの風風かぜはははいかにいかにいかにとととむむん。。。例例れいののの人人ひとはははとひとひといてててましましまし」」」ととといへいへいえばばばげにげにげにとととややや思思おもひひいけむけむけん、、、ことことことなしなしなし。。。
- 18「「「言言ことののの葉葉はははは散散ちりりりもももやややするするするとゞめとゞめとどめ置置おきききててて今日今日きょうはははみみみからからからもももとふとふとうにににやややはははあらあらあらぬぬぬ」」」
- 19ととといへいへいえばばば、、、
- 20「「「散散ちりりりきてきてきてもももとひとひといぞぞぞしししてててましましまし言言ことののの葉葉はをををこちこちこちはははさささばかりばかりばかり吹吹ふきききしししたよりたよりたよりににに」」」。。。
- 21かくかくかくいふいふいう、、、
- 22「「「こちこちこちととといへいへいえばばばおほおほおおろふろふろうなりなりなりししし風風かぜにににいでいでいでつけつけつけてててはははとはとはとはむむんあたらあたらあたらなななだてだてだてににに」」」。。。
- 23まけまけまけじじじ心心こころにににててて又又また
- 24「「「散散ちらさらさらさじじじとととをしみをしみおしみ置置おきききけるけるける言言ことののの葉葉はをををきききながらながらながらだにだにだにぞぞぞ今朝今朝けさはははとはとはとはましましまし」」」。。。
- 25これこれこれはははさもさもさもいふいふいうべしべしべしとととややや人人ひとことわりことわりことわりけむけむけん。。。又又また十月十月じゅうがつばかりばかりばかりにににそれそれそれはははしもしもしもやんごとなきやんごとなきやんごとなき事事ことありありありとてとてとて出出いでででむむんとととするするするににに、、、時雨時雨しぐれととといふいふいうばかりばかりばかりにににもももあらあらあらずずず、、、あやにくあやにくあやにくにににあるあるあるににに猶猶なお出出いでででむむんとととすすす。。。あさましさあさましさあさましさにににかくかくかくいはいはいわるるる、、、
- 26「「「ことわりことわりことわりのののをりをりおりとととははは見見みれれれどどど小小さ夜夜よ更更ふけけけてててかくかくかくははは時雨時雨しぐれののの降降ふりりりははははつはつはつべきべきべき」」」。。。
- 27ととといふいふいうににに、、、强强しひひいててて人人ひとあらあらあらむむんやはやはやは。。。
現代語訳
などと言っているうちに、夏になった。今を時めくあの女の所では、子を産むはずの時期になって、出産によい方角を選んで、あの人と同じ車に乗り、一つながりに音を響かせて、聞くにたえないほど大騒ぎをして、「わざわざこの家の門の前を通って行くものか」と。私は茫然自失して、何も言えないでいるので、見ている者は仕える者をはじめとして、「なんとまあ胸の痛むことか。世の中に道はほかにいくらでもあるだろうに」などと口々に騒ぎ立てるのを聞くにつけても、ただもう死んでしまいたいと思うけれど、思うにまかせないので、これから先は強気には出られなくても、せめて二度と顔を合わせないでいようと、ひどくつらいと思っていたところ、三、四日ほどして手紙が来た。あきれた、薄情なことだと思いながら見ると、「この頃、こちらに出産で苦しんでいる者がいて、伺えずにいたが、昨日無事に生まれたようだ。けがれをあなたも忌むだろうと思って(行かずにいる)」とある。あきれて、とんでもないこと、この上ない。ただ「承りました」とだけ書いて返した。使いの者に、こちらの者が尋ねると、「男の御子でございます」と言うのを聞いて、ひどく胸がふさがる思いだった。三、四日ほどして、本人がまったく平気な顔でやって来た。何をしに来たのかと、相手にしないでいると、ひどく気まずそうにして帰ることがたび重なった。
七月になって、相撲の節会の頃、古いのと新しいのと衣装をひとそろいずつ包んで、「これを仕立てさせてください」と言ってくるではないか。見るにつけても目がくらむ思いがする。
古風な母は、「ああ、お気の毒に。あちら(町の小路の女)では仕立てられないのでしょう」と言う。分別のありそうな侍女たちが集まって、「気にくわないこと。仕立てられずに不出来だという評判だけでも聞きましょう」などと相談して突き返したところ、案の定、あちこちに分けて仕立てさせていると聞く。あちらでも、ずいぶん薄情なことだと思っているのだろうか。二十日余りも便りがない。どういう折だったのか、手紙が来た。「伺いたいけれど、気がひけて。はっきりお許しがあれば、おそるおそるでも」とある。返事もするまいと思うけれど、周りの者たちが「あまりに薄情です。度が過ぎます」などと言うので、
「はっきりと穂に出して(言葉に出して)言うまいとは思いません。おおかたの靡く尾花にまかせて、あなたのお心のままにご覧なさい」。
すぐに返事があって、
「穂に出たら(はっきりお許しが出たら)まずそちらに靡こう、花すすきは、東風(あなた)が吹くのにまかせて」。
使いが待っていたので、
「嵐ばかりが吹くような家に、花すすきが穂に出ても、かいがないでしょう」
などと、うまく取りつくろって、またやって来た。前栽の花が色とりどりに咲き乱れているのを見やって、横になったまま、ついこう口をついて出た。互いに恨み合う様子があったのだろう。
「さまざまな草に乱れて見える花の色は、置く白露の奥(露を置く心の奥)にあるのでしょうか」
と口にすると、あの人はこう言う。
「わが身の秋(飽き)を思い乱れている花の上に、私の心の内は、言うまでもない(乱れている)」
などと言って、例によって平気な顔で、寝待ちの月が山から出るころに出て行こうとする様子がある。そこまでしなくてもよさそうな夜だと私が思っている様子が見えたのだろうか、「泊まらなければならない事情があるなら」などと言うけれど、それほどにも思わないので、
「どうしたらよいでしょう、山の端にさえとどまらずに、心も空に出て行こうとする月を」。
返しに、
「遠い空に心が出て行くというのなら、月影(私の姿)は空にもとどまるだろうよ」
と言って、泊まっていった。さて、また野分のような風が吹いて、二日ほどしてやって来た。「先日の風はどうだったかと、ふつうの人なら見舞うでしょうに」と言うと、もっともだと思ったのだろうか、何とも言わない。
「お見舞いの言葉は散ってしまうかと、しまっておいて、今日はご自身で見舞いに来たのではないのですか」
と言うと、
「散ってきても見舞いをしただろうに。その言葉を、東風があれほど吹いたついでに(運んだはずだ)」。
こう言う。
「東風といえば、いいかげんだった風に、いったいついでにことづけて見舞うのでしょうか。惜しい評判を立てて」。
負けまいとする心で、また、
「散らすまいと惜しんでしまっておいた言葉を、来ながらでさえ、今朝は見舞いの言葉としてくださればよいのに」。
これは、そう言うのももっともだと、あの人も思ったのだろうか。また十月ごろに、あの人が、どうしても外せない用事があると言って出て行こうとすると、時雨というほどでもないが、あいにく雨が降っているのに、それでも出て行こうとする。あきれて、ついこう口から出た。
「やむを得ないお出かけとは思うけれど、夜も更けて、こんなにも時雨が降りしきってよいものでしょうか」。
と言うのに、それでも無理に出かける人がいるだろうか(さすがに泊まっていった)。
意訳
〔門前の行列〕町の小路の女の出産の日、二人は同じ車に乗り、わざわざ作者の家の前を騒々しく通っていく。侍女たちまで憤慨する中、作者は「ただ死ねたら」と思うほどの屈辱を味わう。追い打ちをかけるように、兼家は「無事に生まれた。けがれを忌むだろうから行かない」と、平然と知らせてくる。生まれたのは男の子だった。
〔衣装の仕立て〕七月の相撲の節会の前には、町の小路の女の衣装まで作者に仕立てさせようとする。作者の家では突き返したが、母は「あちらでは縫えないのでしょう」と気の毒がる。兼家の無神経さと、身分の低い女の家を見下す作者側の誇りとが、生々しく書かれている。
〔秋の贈答〕それでも夫婦の縁は切れない。尾花、百草、月、野分の東風と、秋の景物にことよせた歌のやりとりは、恨みとからかい、意地の張り合いが入りまじり、作者は「まけじ心」で言い返す。最後は時雨の夜、出て行こうとする兼家を歌で引き止める。表面は機知に富んだ贈答だが、その底には、夫の心を確かめずにはいられない作者の不安がある。
語釈・文法注
- すまひ
- 相撲の節会。毎年七月に宮中で行われた行事で、諸国から召した相撲人が技を競った。参列する貴族は装束を新調した。
- ぜざい
- 前栽。庭先に植えた草木。底本は「ぜざい」と刷る。
- のわき
- 野分。秋に吹く激しい風。台風。
文法
- 「この時の所」
- 今を時めく所。兼家が通う町の小路の女の家。
- 「よきかたはこひて」
- 底本どおり。出産によい方角を選んで(方違えをして)、の意に解する。
- 「ひときやう」
- 底本どおり。一続きに音を響かせて、の意に解する。通行本文は「ひとき京」(京中に響き続けて)とする。
- 「たし死ぬるものにもがな」
- 底本の注記に「た」は「だ」かとある。ただ死ねるものであればよいのに。
- 「ころにしかなはねば」
- 底本どおり。注記に「ころ」は「心」かとある。思うにまかせないので。
- 「いみじう心そしと思ひて」
- 底本どおり。注記に「う」の異文があり、「心うし」(つらい)と解される。
- 「つへたまし」
- 底本どおり。通行本文は「つれなし」とも「すさまじ」とも解される。薄情だ、の意。
- 「使こ人問ひければ」
- 底本の注記に「に」の脱字かとある。使いに、こちらの人が尋ねると。
- 「よしこにはえ仕うまつらず」
- 底本どおり。注記に「か」の異文があり、「よしかこには」(あちらには適当な人がいなくて)と解される。
- 「えせでわろからむをだにこそ聞かめ」
- 仕立てられずに、出来が悪いという評判だけでも聞きたいものだ。
- 「恨むるきまの」
- 底本どおり。注記に「さ」の脱字かとあり、「恨むるさまの」と解する。
- 「よぶねまちの月」
- 底本の注記に「ね」の脱字かとある。「寝待ちの月」(十九日の月)の意に解する。
- 「けかしき」
- 底本どおり。「けしき」(様子)の意に解する。
- 「いかにとむ」
- 底本どおり。注記に「問は」の脱字かとあり、「いかにと問はむ」と解する。
和歌
ほに出でゝいはじやさらにおほよその靡く尾花に任せても見む
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 訪れの途絶えた兼家から「お許しがあれば伺う」と手紙が来たときの返歌。
修辞
- 掛詞
- 「ほ」に「穂」と「秀(表立つ)」を掛け、尾花(すすき)の縁で、はっきり来いとは言わないと答える。
ほに出でばまづ靡きなむ花ずゝきこちてふ風の吹かむまにまに
- 詠者
- 藤原兼家
- 状況
- 作者の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「こち」に「東風」と「此方(こちら)」を掛ける。
百草に亂れて見ゆるはなの色は置くしら露のおくにやあるらむ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 前栽の花を見ながら、横になったまま口ずさんだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「おく」に、露を「置く」と心の「奥」を掛け、花の色の乱れに兼家の浮気心をほのめかす。
いかにせむ山の端にだにとゞまらでこゝろも空に出でむ月をば
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 寝待ちの月の出る頃、帰ろうとする兼家を引き止めた歌。
修辞
- 見立て
- 兼家を、山の端にとどまらず空へ出ていく月にたとえる。
ことわりのをりとは見れど小夜更けてかくは時雨の降りははつべき
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 十月、時雨の夜に、用事があると言って出て行こうとする兼家に詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「降り」に「古り(古びる、飽きられる)」を響かせ、時雨に作者の涙を重ねる。
解説
天徳元年(957)の夏、町の小路の女は兼家の子を産んだ。出産は穢れとされ、産婦は方角を選んで別の家に移ることがあったが、その行列が作者の家の門前を通ったのである。わざとではなかったかもしれないが、作者にはこれ以上ない侮辱と映った。作者の家の侍女たちの怒りの声まで書きとめることで、作者は自分の屈辱を周囲の目からも裏づけている。
相撲の節会の装束を妻に仕立てさせるのは、当時の夫婦では普通のことであった。妻の家が夫の衣服の世話をするのは、通い婚における妻の役目の一つである。それをほかの女の所で過ごす時期に頼んでくる兼家の無頓着さと、それを突き返す作者の家の誇りが対照的である。
秋の贈答では、作者と兼家が互いに機知を競い合う。作者は「まけじ心」で言い返し、兼家もそれを面白がって受けて立つ。二人の関係は、憎しみだけでなく、歌を通じた知的な遊びによっても結ばれていた。それだけに、心が通い合わないもどかしさが、いっそう際立っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、32–35頁(コマ19–20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日