古典ライブラリー

蜻蛉日記 上巻 第2章

父の旅立ちと町の小路の女

結婚して間もない冬、頼りにしていた父が陸奥守として旅立ち、兼家は別れを嘆く作者を慰める。翌年、道綱が生まれるが、その秋、作者は兼家がほかの女に送ろうとした手紙を見つける。やがて兼家が「町の小路の女」のもとへ通っていると知り、門を開けずに夜を明かした翌朝、「歎きつつ一人寝る夜」の歌を贈る。

  1. 1とととあるあるあるほどほどほどににに、、、わわわがががたのもしきたのもしきたのもしき人ひと人ひとひとみちみちみちのののくにくにくにへへへ出い出いいででで立た立たたちちちぬぬぬ。。。時とき時ときときはははいといといとあはれあはれあわれなるなるなるほどほどほどなりなりなり。。。人ひと人ひとひとはははまだまだまだ見み見みみ馴な馴ななるるるととといふいふいうべきべきべきほどほどほどにににもももあらあらあらずずず。。。見み見みみゆるゆるゆることことことはははたゞたゞただささささしくめるさしくめるさしくめるにににのみのみのみありありあり。。。いといといと心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそくくく悲かな悲かなかなしきしきしきことことことものものものににに似に似ににずずず。。。見み見みみるるる人ひと人ひとひともももいといといと哀あはれ哀あはれあわれににに忘わす忘わすわするるるまじきまじきまじきさまさまさまにににのみのみのみ語かた語かたかたらふらふらうめれめれめれどどど、、、人ひと人ひとひとののの心こころ心こころこころはははそれそれそれににに從したが從したがしたがふふうべきべきべきかはかはかはととと思おも思おもおもへへえばばば、、、唯ただ唯ただただひとへひとへひとえににに悲かな悲かなかなしうしうしゅう心こころ心こころこころぼそきぼそきぼそき事こと事ことことをををのみのみのみ思おも思おもおもふふう。。。
  2. 2今いま今いまいまはははとてとてとて皆みな皆みなみな出い出いいででで立た立たたつつつ日ひ日ひひににになりなりなりててて行ゆ行ゆゆくくく人ひと人ひとひともももせきせきせきあへあへあえぬぬぬまでまでまでありありあり。。。きききまるまるまる人ひと人ひとひとはははたたた况ま况ままいいいててていふいふいう方かた方かたかたなくなくなく悲かな悲かなかなしきしきしきににに、、、時とき時ときとき違たが違たがたがひひいぬるぬるぬるととといふいふいうにににでででもももえええ出い出いいでででやらやらやらずずず。。。又また又またまたみみみなるなるなる硯すずり硯すずりすずりににに文ふみ文ふみふみをををおしおしおし卷ま卷ままきききてててうちうちうち入い入いいれれれててて、、、又また又またまたほろほろほろほろほろほろとととうちうちうち泣な泣ななきききててて出い出いいでででぬぬぬ。。。しばししばししばしははは見み見みみむむむ心こころ心こころこころもももなしなしなし。。。みみみいでいでいではてはてはてぬるぬるぬるにににためらひためらひためらいてててよりよりより何なに何なになに事ごと事ごとごとぞぞぞととと見み見みみれれればばば、、、
  3. 3「「「君きみ君きみきみをををのみのみのみたのむたのむたのむたつたつたつなるなるなるこゝろこゝろこころにににははは行ゆ行ゆゆくくく末すゑ末すゑすえ遠とほ遠とほとおくくくおもほゆるおもほゆるおもおゆるかなかなかな」」」
  4. 4とととぞぞぞあるあるある。。。見み見みみるるるべきべきべき人ひと人ひとひと見み見みみよよよとととなななめりめりめりとととさへさへさへ思おも思おもおもふふうにににいみじういみじういみじゅうててて、、、ありありありつるつるつるやうやうようにににおきおきおきててて、、、とばかりとばかりとばかりあるあるあるほどほどほどにににものものものしししたりたりたり。。。目め目めめももも見み見みみ合あは合あはあわせせせずずず思おも思おもおもひひいいりいりいりてててあれあれあればばば「「「などなどなどかかかよよよのののつねつねつねのののとととにににこそこそこそあれあれあれ。。。いといといとかうかうこうしもしもしもあるあるあるはははわれわれわれををを賴たの賴たのたのまままぬぬぬなななめりめりめり」」」などなどなど硯すずり硯すずりすずりなるなるなる文ふみ文ふみふみををを見み見みみつけつけつけててて「「「哀あはれ哀あはれあわれ」」」ととといひいひいいててて、、、門かど門かどかど出で出ででののの所ところ所ところところににに、、、
  5. 5「「「我われ我われわれをををのみのみのみたのむたのむたのむととといへいへいえばばばゆくゆくゆくすゑすゑすえのののまつまつまつののの千ち千ちち代よ代よよをををもももきみきみきみこそこそこそははは見み見みみめめめ」」」
  6. 6とととなむなむなん。。。かくかくかくててて日ひ日ひひののの經ふ經ふふるるるまゝまゝままににに旅たび旅たびたびののの空そら空そらそらををを思おも思おもおもひひいやるやるやるだちだちだちいといといとあはれあはれあわれなるなるなるににに、、、人ひと人ひとひとののの心こころ心こころこころもももいといといとたのもしげたのもしげたのもしげにににははは見み見みみらんらんらんずずずなむなむなんありありありけるけるける。。。しはすしはすしわすににになりなりなりぬぬぬ。。。橫よ橫よよにににものものものするするすることことことありありありててて上のぼ上のぼのぼりりりぬぬぬ。。。人ひと人ひとひと「「「雪ゆき雪ゆきゆきににに降ふ降ふふりりりこめこめこめられられられててていといといと哀あは哀あはあわれれれににに戀こひ戀こひこいしきしきしき事こと事ことこと多おほ多おほおおくくくなむなむなん」」」とととあるあるあるにににつけつけつけててて、、、
  7. 7「「「氷こほ氷こほこおるるるらむらむらんよかはよかはよかわののの水みづ水みづみずににに降ふ降ふふるるる雪ゆき雪ゆきゆきもももわわわがががごとごとごと消き消ききえええてててものものものははは思おも思おもおもははわじじじ」」」
  8. 8などなどなどいひいひいいてててそのそのその年とし年としとしはかなくはかなくはかなく暮く暮くくれれれぬぬぬ。。。
  9. 9正月しやうぐわつ正月しやうぐわつしょうがつばかりばかりばかりににに二三日ふつかみか二三日ふつかみかふつかみか見み見みみぬぬぬ程ほど程ほどほどにににものものものへへへ渡わた渡わたわたらららむむんとてとてとて「「「人ひと人ひとひとこここばばば取と取ととらららせよせよせよ」」」とてとてとて書か書かかききき置お置おおきききたるたるたる、、、
  10. 10「「「知し知ししららられれれねねねばばば身み身みみををを鶯うぐひす鶯うぐひすうぐいすのののふりふりふりいでいでいでつゝつゝつつなきなきなきてててこそこそこそ行ゆ行ゆゆけけけ野の野ののにににもももやまやまやまにににももも」」」。。。
  11. 11かへりかへりかえりごとごとごとありありあり、、、
  12. 12「「「うぐひすうぐひすうぐいすのののあたあたあたにににててて行ゆ行ゆゆかかかむむん山やま山やまやまくくくにににもももなくなくなく聲こゑ聲こゑこえ聞き聞ききかかかばばば尋たづ尋たづたずぬぬぬばかりばかりばかりぞぞぞ」」」
  13. 13などなどなどいふいふいううちうちうちよりよりよりなほなほなおもももあらあらあらぬぬぬありありありててて春はる春はるはる夏なつ夏なつなつなやみなやみなやみ暮くら暮くらくらしししててて、、、八月はちぐわつ八月はちぐわつはちがつつごもりつごもりつごもりにににとかうとかうとこうものものものししし。。。そのそのその程ほど程ほどほどののの心こころ心こころこころばへばへばえしもしもしも懇ねむごろ懇ねむごろねんごろなるなるなるやうやうようなりなりなりけりけりけり。。。さてさてさて九月くぐわつ九月くぐわつくがつばかりばかりばかりににになりなりなりててていでいでいでにににたるたるたるほどほどほどににに箱はこ箱はこはこのののあるあるあるををを手て手ててまさぐりまさぐりまさぐりにににあけあけあけててて見み見みみれれればばば、、、人ひと人ひとひとのののもともともとにににやらやらやらむむんとととしししけるけるける文ふみ文ふみふみありありあり。。。あさましさあさましさあさましさににに見み見みみてててけりけりけりとととだにだにだにしらしらしられれれむむんととと思おも思おもおもひひいててて書か書かかきききつくつくつく。。。
  14. 14「「「うたがはしうたがはしうたがわしほかほかほかににに渡わた渡わたわたせせせるるるふみふみふみ見み見みみれれればばばこゝこゝここやややとだえとだえとだえにににならならならむむんとととすすすらむらむらん」」」
  15. 15などなどなど思おも思おもおもふふうほどほどほどににに、、、心こころ心こころこころえええなうなうのう十月じふぐわつ十月じふぐわつじゅうがつつごもりつごもりつごもり方がた方がたがたににに三み三みみよよよしきりしきりしきりててて見み見みみえええぬぬぬ時とき時ときときありありあり。。。つれなうつれなうつれのうてててしばししばししばし試こころ試こころこころみるみるみるほとほとほとににになどなどなどけしきけしきけしきありありあり。。。これこれこれよりよりより夕ゆふ夕ゆふゆうさりさりさりつつつかたかたかた「「「うちうちうちのののかたるかたるかたるまじかりまじかりまじかりけりけりけり」」」とてとてとて出い出いいへるへるえるににに心こころ心こころこころをををててて人ひと人ひとひとをををつけつけつけててて見み見みみすれすれすればばば「「「まちまちまちののの小こう小こうこうなるなるなるそこそこそこそこそこそこににになむなむなんとまりとまりとまり給たま給たまたまひひいぬるぬるぬる」」」とてとてとて來き來ききたりたりたり。。。さればよさればよさればよととといみじういみじういみじゅう心こころ心こころこころ憂う憂ううしししととと思おも思おもおもへへえどもどもどもいはいはいわむむんやうやうようももも知し知ししらららででであるあるある程ほど程ほどほどににに、、、二三日ふつかみか二三日ふつかみかふつかみかばかりばかりばかりありありありてててあかつきあかつきあかつきがたがたがたににに門かど門かどかどももも叩たた叩たたたたくくく時とき時ときときありありあり。。。さささなめりなめりなめりしししととと思おも思おもおもふふうににに、、、憂う憂ううくくくてててあけあけあけさせさせさせねねねばばば、、、例れい例れいれいののの家いへ家いへいえとととおぼしきおぼしきおぼしき所ところ所ところところにににものものものしししたりたりたり。。。つとめてつとめてつとめて猶なほ猶なほなおもももあらあらあらじじじととと思おも思おもおもひひいててて、、、
  16. 16「「「歎なげ歎なげなげきききつゝつゝつつ一ひと一ひとひと人り人りりぬるぬるぬる夜よ夜よよののの明あ明ああくるくるくるまままはははいかにいかにいかに久ひさ久ひさひさしきしきしきものものものとととかはかはかは知し知ししるるる」」」
  17. 17ととと例れい例れいれいよりよりよりはははひきひきひきつくろひつくろひつくろいててて書か書かかきききててて、、、うつろひうつろひうつろいたるたるたる菊きく菊きくきくにににさしさしさしたりたりたり。。。かへりかへりかえりををを明あ明ああくるくるくるまでまでまでももも試こころ試こころこころみみみむむんとととしししつれつれつれどどど、、、とみとみとみなるなるなるめしめしめし使つかひ使つかひつかいののの來き來ききあひあひあいたりたりたりつれつれつればばばなむなむなん。。。いといといとことわりことわりことわりなりなりなりつるつるつるははは、、、
  18. 18「「「げにげにげにやややげにげにげに冬ふゆ冬ふゆふゆののの夜よ夜よよならならならぬぬぬ眞ま眞まま木き木ききののの戶と戶ととににに遲おそ遲おそおそくくくあくるあくるあくるははは侘わび侘わびわびしかりしかりしかりけりけりけり。。。
  19. 19さてさてさてもももいといといとあやしかりあやしかりあやしかりつるつるつるほどほどほどにににことなしことなしことなしびびびたるたるたる、、、しばししばししばしははは忍しの忍しのしのびびびたるたるたるさまさまさまにににこうぢこうぢこうじににに」」」などなどなどいひいひいいつゝつゝつつぞぞぞあるあるあるべきべきべきをををいといといとしうしうしゅう心こころ心こころこころつきつきつきなくなくなく思おも思おもおもふふう事こと事ことことぞぞぞ限かぎ限かぎかぎりりりなきなきなきややや。。。
  20. 20年とし年としとしかへりかへりかえりててて三月さむぐわつ三月さむぐわつさんがつばかりばかりばかりにににもももなりなりなりぬぬぬ。。。桃もも桃ももももののの花はな花はなはななどなどなどやややとりとりとり設まう設まうもうけけけたりたりたりけむけむけん。。。待ま待ままつつつににに見み見みみえええずずず。。。今いま今いまいま一ひと一ひとひとかたかたかたももも例れい例れいれいははは立た立たたちちちさらさらさらぬぬぬ心ここ心ここここちちちににに今日けふ今日けふきょうぞぞぞ見み見みみえええぬぬぬ。。。さてさてさて四日よか四日よかよかのののつとめてつとめてつとめてぞぞぞ皆みな皆みなみな見み見みみえええたるたるたる。。。「「「夜よ夜よよべべべよりよりより待ま待ままちちちくらしくらしくらしたるたるたるものものものどもどもども猶なほ猶なほなおあるあるあるよりよりよりははは」」」とてとてとて、、、こなたこなたこなたかなたかなたかなたとりとりとり出い出いいでででたりたりたり。。。志こころざし志こころざしこころざしありありありししし花はな花はなはなをををおもうちおもうちおもうちののの方かた方かたかたよりよりよりあるあるあるををを見み見みみれれればばば、、、心こころ心こころこころたゞたゞただにににしもしもしもあらあらあらででで手て手ててならひならひならいにににしししたりたりたり。。。
  21. 21「「「待ま待ままつつつほどほどほどのののきのふきのふきのう過す過すすぎぎぎにににししし花はな花はなはなのののえええははは今日けふ今日けふきょう折を折をおるるる事こと事ことことぞぞぞかひかひかいなかりなかりなかりけるけるける」」」
  22. 22ととと書か書かかきききててて、、、よしやよしやよしやにくきにくきにくきにににととと思おも思おもおもひひいてててかくしかくしかくしつるつるつるけしきけしきけしきををを見み見みみててて、、、ばひばひばいとりとりとりててて返かへ返かへかへししししししたりたりたり。。。
  23. 23「「「みちみちみちとせとせとせをををみつみつみつべきべきべきみみみにににははは年とし年としとし每ごと每ごとごとにににすくすくすくにににもももあらあらあらぬぬぬ花はな花はなはなととと知し知ししらららせせせむむん」」」
  24. 24とととあるあるあるををを今いま今いまいま一ひと一ひとひと夜よ夜よよだにだにだにももも聞き聞きききききててて、、、
  25. 25「「「花はな花はなはなににによりよりよりすくすくすくてふてふちょう事こと事ことことのののゆゝしきゆゝしきゆゆしきににによそよそよそながらながらながらにににててて暮くら暮くらくらしししてててしししなりなりなり」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

そうしているうちに、私の頼りにしている人(父)が陸奥の国へ赴任することになった。季節もたいそうもの悲しい頃である。あの人(兼家)とは、まだ慣れ親しんだと言えるほどの間柄でもない。会うといっても、ほんのわずかな時間しかない。心細く悲しいことは何にもたとえようがない。あの人もたいそうしみじみと、私を忘れないような様子でばかり話してくれるけれど、人の心がその言葉どおりになるものだろうかと思うと、ただひたすら悲しく心細いことばかり思う。

いよいよ皆が出発する日になって、旅立つ父も涙をこらえきれないほどである。まして残る私は言いようもなく悲しいのに、「出立の時刻が過ぎてしまう」と人が言っても、父はなかなか出かけられない。そばにある硯箱に手紙を巻いて入れて、またはらはらと泣いて出て行った。しばらくは見る気にもなれない。すっかり出て行ってしまってから、気を落ち着けて、何だろうと見ると、

「あなた(兼家)だけを頼みにする旅立ちの心には、行く末が遠く案じられることだ(どうか娘を末永く頼みます)」

とある。見るべき人に見てほしいということなのだろうと思うと、いっそうたまらなくなって、元のように置いておいたところ、しばらくしてあの人が来た。私が目も合わせずに思い沈んでいると、「どうしたのだ、こういうことは世の常のことではないか。こんなにまでふさぎこむのは、私を頼りにしていないのだな」などとあしらいながら、硯箱の手紙を見つけて、「ああ、気の毒に」と言って、父の門出の宿に、

「私だけを頼りにすると言われるのだから、行く末の松の千年までも、あなたこそ見届けなさるでしょう(私は末長く娘を守ります)」

と送った。こうして日がたつにつれて、旅の空の父を思いやる気持ちがしみじみとつのるのに、あの人の心もあまり頼もしいようには見えないのだった。十二月になった。あの人は横川に用事があって山に登った。「雪に降り込められて、たいそうしみじみとあなたが恋しいことが多い」と言ってきたので、それにつけて、

「凍っているでしょう横川の水に降る雪も、私のように、消え入るほど物思いをすることはないでしょう」

などと言って、その年ははかなく暮れた。

正月ごろ、二、三日あの人が来ない時に、私がよそへ出かけようとして、「あの人が来たら渡しなさい」と言って書き置いた歌、

「あなたに知られないので、わが身を憂いと鶯のように声をふりしぼって、泣きながら出て行きます、野にも山にも」。

返事が来て、

「鶯が飛んで行くそのあたりの山にでも、鳴く声が聞こえたら、尋ねて行くまでだ」

などと言っているうちから、ただならぬ身(身ごもった身)となって、春夏を苦しんで過ごし、八月の末にようやく出産した(道綱の誕生)。その頃のあの人の心遣いは、いかにも心のこもったものであった。さて、九月ごろになって、あの人が出て行った後に、文箱があるのを何気なく開けてみると、ほかの女のもとに送ろうとしていた手紙がある。あきれて、せめて見てしまったことだけでも知らせようと思って書きつける。

「疑わしいことです。ほかの女に送ろうとしている手紙を見ると、ここへの訪れはもう途絶えようとしているのでしょうか」

などと思っているうちに、案の定、十月の末ごろに三晩続けて来ない時があった。素知らぬ顔で、「しばらくあなたの気持ちを試してみるうちに」などと言う様子である。私の家から夕方、「宮中に、行かずにはいられない用があるのだった」と言って出て行くので、不審に思って人をつけて見させると、「町の小路の、どこそこにお泊まりになりました」と言って帰って来た。やはりそうだったかと、ひどくつらく思うけれど、どう言ってやればいいのかもわからずにいるうちに、二、三日ほどして、明け方に門を叩く時があった。あの人が来たのだろうと思うと、情けなくて門を開けさせずにいると、あの女の家と思われる所へ行ってしまった。翌朝、このまま黙ってはいられないと思って、

「嘆きながら一人で寝る夜が明けるまでの間が、どんなに長いものか、あなたはご存じでしょうか」

と、いつもよりは改まった調子で書いて、色の変わりかけた菊に挿して送った。返事は、「夜が明けるまで門を開けてくれるのを待っていようとしたけれど、急な召しの使いが来合わせたので帰ったのだ。あなたが怒るのももっともだが、

「まったくそのとおり。冬の夜でもない真木の戸でも、開くのが遅いのはつらいことだ」。

それにしても、ひどく妙なことだった」などとある。何事もなかったようなふりをして、しばらくは隠れて「宮中に」などと言っていればよいものを、ますます不愉快に思うことはこの上ない。

年が改まって三月ごろにもなった。桃の花などを用意してあったのだろう。待っていたのに、あの人は来ない。もう一方の家(時姫)でも、いつもは離れずにいる心地なのに、今日はあの人が見えない。さて、四日の朝に、皆の所に姿を見せた。「昨夜から待って用意したものも、そのまま置いておくよりは」と言って、こちらでもあちらでも取り出した。心をこめて用意した花を、あの人が手折って持ってきたのを見ると、心穏やかでなく、手習いのように書きつけた。

「待っていた昨日(三月三日)が過ぎてしまった桃の花の枝は、今日折っても、かいのないことです」

と書いて、どうせ憎まれてもと思って隠したのを、あの人が見て、奪い取って返歌をした。

「三千年に一度実るという桃を見届けるはずのあなたには、毎年好んで咲くような花ではないと知らせよう」

とあるのを、もう一方の人(時姫)も聞いて、

「花のせいで好き心と言われるのが不吉なので、よそにいて一日を暮らしたのです」。

意訳

〔父の旅立ち〕結婚してまだ日も浅い冬、作者の父藤原倫寧が陸奥守として遠国へ旅立つ。頼りにしていた父がいなくなる心細さの中で、父は「君をのみたのむ」と娘を兼家に託す歌を硯箱に残した。兼家は「松の千代」を見届けると請け合うが、作者は「人の心はそれに従うものか」と、夫の言葉を初めから信じきれない。

〔道綱の誕生と疑い〕翌年八月、のちの道綱が生まれ、兼家の心遣いも細やかだった。ところがその直後、作者は文箱の中に、ほかの女へ送るはずの手紙を見つける。三晩続けて訪れのないある夜、人をつけさせると、兼家は「町の小路」の女の家に泊まっていた。

〔歎きつつ〕明け方に門を叩く兼家を、作者は開けずに帰してしまう。翌朝贈った「歎きつつ一人寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る」は、のちに百人一首にも採られる名歌である。兼家は「戸を開けるのが遅いのはつらい」と軽く受け流すが、作者はその白々しさを許せない。桃の節句の贈答でも、時姫(兼家のもう一人の妻)を交えたやりとりの中で、作者のとげのある歌が際立つ。

語釈・文法注

あへしらひ
あしらう。相手をしながら軽く受け答えする。
橫河
横川。比叡山延暦寺の三塔の一つ。兼家の父師輔が首楞厳院を建てた。
なほもあらぬこと
普通でない状態。ここでは懐妊をいう。
とかうものしつ
あれこれと事が済んだ。出産したことを遠回しにいう。この時に生まれたのが道綱である。
まちの小路
町小路。平安京の南北の小路。兼家が通った女の家がここにあり、「町の小路の女」と呼ばれる。

文法

「たゞささしくめるにのみ」
底本どおり。「ささ」の一字に衍字の注記がある。通行本文は「ただ、さしくめるにのみ」とし、ほんの短い間にだけ、と解される。
「きまる人」
底本どおり。注記に「止カ」とあり、通行本文は「とまる人」。都に残る作者をいう。
「况いて」
「まして」のイ音便。
「みいではてぬる」
底本どおり。父がすっかり出てしまってから、の意に解する。
「見らんずなむありける」
底本どおり。注記に「ず」の脱字かとある。頼もしいようには見えなかった、の意に解する。
「人こば取らせよ」
「人来ば」。あの人が来たら(この手紙を)渡しなさい。
「出へるに心をて」
底本どおりで、意味がとりにくい。通行本文は「出づるに、心得で」とし、出て行くので不審に思って、と解される。
「げにやげに冬の夜ならぬ眞木の戶」
兼家の返歌は、作者の歌の「明くる間」を受け、戸を「開くる」と取りなして、門を開けてもらえなかったつらさを言う。
「おもうち」
底本どおり。小字の注記に「二字折りてカ」とあり、あの人が折って持ってきた、の意に解する。
「ばひとりて」
「奪ひ取りて」の「う」の落ちた形。奪い取って。

和歌

君をのみたのむたつなるこゝろには行く末遠くおもほゆるかな

詠者
藤原倫寧(作者の父)
状況
陸奥守として旅立つ日、硯箱に残して兼家に娘を託した歌。

修辞

掛詞
「たつ」に、旅に「発つ」と「立つ(心)」を重ねる。

我をのみたのむといへばゆくすゑのまつの千代をもきみこそは見め

詠者
藤原兼家
状況
倫寧の歌を見て、門出の宿に送った返歌。

修辞

掛詞
「まつ」に「松」と「待つ」を掛け、千年も変わらない松のように、末長く娘を守ると誓う。

歎きつゝ一人ぬる夜の明くるまはいかに久しきものとかは知る

詠者
道綱母(作者)
状況
町の小路の女のもとに通う兼家が明け方に訪れたのを、門を開けずに帰した翌朝、色あせた菊に挿して贈った歌。『拾遺和歌集』恋四に入り、百人一首の第53首。

修辞

反語
「かは知る」は、ご存じないでしょう、という反語。一夜を嘆き明かした長さを、待たせた男に突きつける。
小道具
うつろいかけた菊は、心変わりした兼家の心をほのめかす。

みちとせをみつべきみには年每にすくにもあらぬ花と知らせむ

詠者
藤原兼家
状況
桃の節句の翌日、作者が隠した歌を奪い取って返した歌。

修辞

故事
西王母の桃は三千年に一度実るという故事による。「すく」に、好く(好色)を掛ける。

解説

作者の父藤原倫寧は、天暦八年(954)十月に陸奥守となった。受領の娘である作者にとって、父は経済的にも精神的にも最大の後ろ盾であった。その父が、婿の兼家に「君をのみたのむ」と娘を託して旅立つ場面は、身分の高い夫に頼るしかない妻の立場を象徴している。

翌天暦九年(955)八月に生まれたのが道綱である。しかし出産の直後から、兼家は町小路に住む女のもとへ通いはじめる。当時は一夫多妻の通い婚で、夫が複数の妻をもつのは珍しくない。それでも作者は、隠れて通う夫の不誠実を許せず、門を閉ざして抗議する。「歎きつつ」の歌は、『拾遺和歌集』では、兼家が「門を遅く開けたので、待ちくたびれた」と言ったのに答えた歌とされるが、日記では、門を開けなかった翌朝、作者のほうから贈った歌になっている。日記のほうが、作者の怒りと誇りをよく伝えている。

兼家には、作者より先に結婚した時姫(藤原中正の娘)がいた。時姫はのちに道隆・道兼・道長、超子・詮子を産み、正妻の地位を得る。この章の終わりの桃の節句の場面には、その時姫も「今一かた」として登場し、作者と同じように兼家を待つ妻の一人として描かれている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、27–29頁(コマ16–17)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日