蜻蛉日記 上巻 第1章
序と兼家の求婚
世の中に頼りなく過ごす一人の女が、世にあふれる作り物語に対して、自分の身の上をありのままに日記に書こうと語りはじめる序。続いて、身分の高い藤原兼家から、仲立ちも立てずに父を通して届いた求婚の歌と、侍女に代筆させてかわしつづけた天暦八年(954)夏から冬の歌のやりとりを読む。
- 1かくかくかくありありありししし時時とき過過すぎぎぎててて世世よののの中中なかにににいといといとものものもの、、、とにとにとにもももかくかくかくにににもももつかつかつか世世よににに經經ふるるる人人ひとありありありけりけりけり。。。
- 2かたちかたちかたちとてとてとてももも人人ひとにににももも似似にずずずこここたましひたましひたましいもももあるあるあるにににもももあらあらあらででで、、、かうかうこうものゝものゝもののやうやうようにににもももあらあらあらででであるあるあるもももことはりことはりことわりととと思思おもひひいつゝつゝつつ唯唯ただ臥臥ふししし起起おききき明明あかししし暮暮くらすすすまゝまゝままににに、、、世世よののの中中なかにににおほかたおほかたおおかたふるふるふる物物もの語語がたりのののはしはしはしなどなどなどををを見見みれれればばば世世よににに多多おおかるかるかるそらそらそらだにだにだにありありあり。。。人人ひとにににもももあらあらあらぬぬぬ身身みののの上上うえまでまでまでうきうきうき日日に記記きしししててて珍珍めずらしきしきしきさまさまさまにににもももありありありなむなむなん。。。天天てん下下かののの人人ひとのののしなしなしなたりきたりきたりきやややととととはとはとはむむんためしためしためしにににもももせよせよせよかしかしかしととと覺覺おぼゆるゆるゆるももも過過すぎぎぎにににししし年年とし月月つきごろごろごろののの事事こともももおぼつかなかりおぼつかなかりおぼつかなかりけれけれければばば、、、さてさてさてもももありありありぬぬぬべきべきべき事事ことなむなむなん多多おおかりかりかりけるけるける。。。
- 3さてさてさてあのあのあのけけけかりかりかりしししすきすきすきごとゞもごとゞもごとどもののの、、、それそれそれはははそれそれそれとととしししてててののの木木こ高高だかきききわたりわたりわたりよりよりよりかくかくかくいはいはいわせせせむむんととと思思おもふふう事事ことありありありけりけりけり。。。例例れいののの人人ひとはははするするする便便たよりもしはもしはもしはなまなまなま女女おんななどなどなどしししててていはいはいわするするする事事ことこそこそこそあれあれあれ。。。此此これははは親親おやとととおぼしきおぼしきおぼしき人人ひとにににたはぶれたはぶれたわぶれにににもももまめやかまめやかまめやかにににもももほのめかしほのめかしほのめかしゝゝしににに、、、ひけきひけきひけきことことことしししいひいひいいつぎつぎつぎをををももも知知しらららずずずがほがほがおににに、、、馬馬うまにににはひはひはい乘乘のりりりたるたるたる人人ひとしししててて打打うちちちたゝかたゝかたたかすすす。。。たれたれたれなどなどなどいはいはいわするするするはははおぼつかなからおぼつかなからおぼつかなからずずず騷騷さわいいいたれたれたればばば、、、もてもてもて煩煩わずらひひい取取とりりり入入いれれれてててもてもてもて騷騷さわぐぐぐ。。。みなみなみなばかばかばかみみみなどなどなどももも例例れいのののやうやうようにににもももあらあらあらずずず、、、いたらいたらいたらぬぬぬ所所ところなしなしなしととと聞聞ききききふるしふるしふるしたるたるたるもももあらあらあらじじじととと覺覺おぼゆるゆるゆるさささででであしけれあしけれあしければばば、、、いといといとぞぞぞあやしきあやしきあやしき。。。ありありありけるけるける事事ことははは、、、
- 4「「「音音おとにににのみのみのみ聞聞きけけけばばばかなしかなしかなしなななほとゝぎすほとゝぎすほととぎすことことことかたらかたらかたらむむんととと思思おもふふうこゝろこゝろこころありありあり」」」
- 5とととばかりばかりばかりぞぞぞあるあるある。。。いかにいかにいかにかへりかへりかえり事事ごとはははすべてすべてすべてやややあるあるあるなどなどなどさだむるさだむるさだむるほどほどほどににに、、、かたかたかたゐなかゐなかいなかなるなるなる人人ひとありありありててて猶猶なおとととかしこかしこかしこさりさりさりてててこらこらこらすれすれすればばば、、、
- 6「「「かたらはかたらはかたらわむむん人人ひとなきなきなきさとさとさとにににほとゝぎすほとゝぎすほととぎすかひかひかいなかるなかるなかるべきべきべきこゑこゑこえなななふるしふるしふるしそそそ」」」。。。
- 7これこれこれををを初初はじめめめにににててて、、、またまたまたまたまたまたもももおこすれおこすれおこすれどどどかへりかへりかえりごとごとごともももせせせざりざりざりけれけれければばば、、、
- 8「「「おぼつかなおぼつかなおぼつかな音音おとなきなきなき瀧瀧たきのののみづみづみずなれなれなれやややゆきゆきゆきへへへももも知知しらららぬぬぬ瀨瀨せをををぞぞぞ尋尋たずぬるぬるぬる」」」
- 9これこれこれををを今今いまこれこれこれよりよりよりととといひいひいいたれたれたればばば知知しれれれたるたるたるやうやうようなりなりなり。。。やがてやがてやがてかくかくかくぞぞぞあるあるある、、、
- 10「「「人人ひと知知しれれれずずずいまいまいまやややいまいまいまやややととと待待まつつつほどほどほどにににかへりかへりかえりこここぬぬぬこそこそこそ侘侘わびしかりしかりしかりけれけれけれ」」」
- 11とととありありありけれけれければばば、、、例例れいののの人人ひと「「「かしこしかしこしかしこし。。。やうやうようにににももも聞聞きこえええむむんこそこそこそよからよからよからめめめ」」」とてとてとて、、、さるさるさるべきべきべき人人ひとしししてててあるあるあるべきべきべきににに書書かかかかせせせてててやりやりやりつつつ。。。それそれそれをををしもしもしもまめやかまめやかまめやかにににうちうちうち喜喜よろこびびびててて繁繁しげううう通通かよははわすすす。。。又又またそへそへそえたるたるたる文文ふみ見見みれれればばば、、、
- 12「「「濱濱はま千千ち鳥鳥どりあとあとあともももなぎさなぎさなぎさにににふみふみふみ見見みれれればばばわれわれわれをををこすこすこす波波なみうちうちうちやややけつけつけつらむらむらん」」」。。。
- 13このこのこの度度たびももも例例れいのののまめやかまめやかまめやかなるなるなるかへりかへりかえりごとごとごとするするする人人ひとあれあれあればばば紛紛まぎらはしはしわしつつつ。。。又又またもももありありあり。。。「「「まめやかまめやかまめやかなるなるなるやうやうようにににてててあるあるあるもももいといといと思思おもふふうやうやうようなれなれなれどどど、、、このこのこのたびたびたびさへさへさへ無無のうううばばばいといといとつらうつらうつろうもももあるあるあるべきべきべきかなかなかな」」」などなどなどまめやまめやまめや文文ふみのののはしはしはしににに書書かきききててて添添そへへえけりけりけり。。。
- 14「「「いづれいづれいずれととともももわかわかわかぬぬぬ心心こころはははそへそへそえたれたれたれどどどこここたびたびたびはははさきさきさきににに見見みぬぬぬ人人ひとののの」」」
- 15とととあれあれあればばば例例れいののの紛紛まぎらはしはしわしつつつ。。。かたれかたれかたればばばまめまめまめなるなるなる事事ことにににててて月月つき日日ひははは過過すぐしぐしぐしつつつ。。。秋秋あきつつつ方方かたににになりなりなりにににけりけりけり。。。そへそへそえたるたるたる文文ふみににに心心こころついついついたるたるたるやうやうようににに見見みえええつるつるつるうさうさうさににになむなむなんねんじねんじねんじつれつれつれどどどいかなるいかなるいかなるにににかかかあらあらあらむむん、、、
- 16「「「しかしかしかののの音音ねももも聞聞きこえええぬぬぬ里里さとににに住住すみみみながらながらながらあやしくあやしくあやしく逢逢あははわぬぬぬ目目めももも見見みるるるかなかなかな」」」
- 17とととあるあるあるかへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 18「「「高高たか砂砂さごのののをのへをのへをのへわたりわたりわたりにににすまふすまふすまうともともともしかしかしかさめさめさめぬぬぬべきべきべきめめめとととははは聞聞きかかかぬぬぬををを」」」。。。
- 19げにげにげにあやしあやしあやしのののことことことやややとととばかりばかりばかりなむなむなん。。。又又また程程ほど經經へててて、、、
- 20「「「あふあふおう坂坂さかののの關關せきやややなになになになりなりなり近近ちかけれけれけれどどど越越こえええわびわびわびぬれぬれぬればばばなげきなげきなげきてててぞぞぞ經經ふるるる」」」
- 21かへしかへしかへし、、、
- 22「「「越越こえええわぶるわぶるわぶるあふあふおう坂坂さかよりよりよりももも音音おとににに聞聞きくくくなななをををかたきかたきかたき關關せきとととしらしらしらなむなむなん」」」
- 23などなどなどいふいふいう。。。まめまめまめ文文ぶみかよひかよひかよいかよひかよひかよいててて、、、いかなるいかなるいかなるあしたあしたあしたにににかかかありありありけむけむけん、、、
- 24「「「夕夕ゆうぐれぐれぐれののの流流ながれれれくるくるくるまままをををまつまつまつほどほどほどににになみだなみだなみだののの川川かはとととこそこそこそなれなれなれ」」」。。。
- 25かへりかへりかえりごとごとごと、、、
- 26「「「思思おもふふうことことこと大大おお井井いののの川川かはののの夕夕ゆうぐれぐれぐれはははころもころもころもにににもももあらあらあらずずずなかれなかれなかれこそこそこそすれすれすれ」」」。。。
- 27又又また三三みつ日日かばかりばかりばかりのののあしたあしたあしたににに、、、
- 28「「「しのゝめしのゝめしののめにににおきおきおきけるけるけるそらそらそらにににおもほえおもほえおもおえででで怪怪あやしくしくしく露露つゆととと消消きえええかへりかへりかえりつるつるつる」」」
- 29かへしかへしかへし、、、
- 30「「「さだめさだめさだめなくなくなく消消きえええかへりかへりかえりつるつるつる露露つゆよりよりよりもももそらそらそらするするするわれわれわれははは何何なによりよりより」」」
- 31かくかくかくてててあるあるあるやうやうようありありありてててしばししばししばし旅旅たびなるなるなる所所ところにににあるあるあるにににものものものしししてててつとめてつとめてつとめて「「「今日今日きょうだにだにだにのどかのどかのどかにににととと思思おもひひいつるつるつるををを、、、なりなりなりつれつれつればばば。。。いかにいかにいかにぞぞぞ身身みにににははは山山やまがくれがくれがくれとととのみのみのみなむなむなん」」」とととあるあるあるかへりかへりかえりごとごとごとににに、、、たゞたゞただ、、、
- 32「「「思思おもほえほえおえぬぬぬかきかきかきほほほにににをれをれおれははは撫撫なで子子しこのののはなはなはなにににぞぞぞつゆつゆつゆはははたまらたまらたまらざりざりざりけりけりけり」」」
- 33などなどなどいふいふいう程程ほどににに九月九月くがつににになりなりなりぬぬぬ。。。つごもりつごもりつごもりがたがたがたにににしきりしきりしきりててて二二ふた夜夜よばかりばかりばかり見見みえええぬぬぬほどほどほど文文ふみばかりばかりばかりあるあるあるかへりかへりかえりごとごとごとににに、、、
- 34「「「消消きえええかへるかへるかえる露露つゆもももまだまだまだひひひぬぬぬ袖袖そでののの上上うえににに今朝今朝けさはははしぐるゝしぐるゝしぐるる空空そらもももわりなしわりなしわりなし」」」。。。
- 35たちたちたちかへりかへりかえり、、、かへりかへりかえり事事ごと、、、
- 36「「「おもひおもひおもいやるやるやる心心こころののの空空そらににになりなりなりぬれぬれぬればばば今朝今朝けさ時雨時雨しぐるるるととと見見みゆるゆるゆるなるなるなるらむらむらん」」」
- 37とてとてとて、、、かへりかへりかえり事事ごと書書かきききあへあへあえぬぬぬほどほどほどににに見見みえええたりたりたり。。。又又またほどほどほどへへへててて見見みえええをこたるをこたるおこたるほどほどほど、、、雨雨あめなどなどなど降降ふりりりたるたるたる日日ひぐれぐれぐれににに「「「來來こむむむ」」」などなどなどやややありありありけむけむけん、、、
- 38「「「かしはぎかしはぎかしわぎののの杜杜もりののの下下した草草くさくれくれくれごとごとごとににになほなほなおたのめたのめたのめとととやややもるもるもるををを見見みるるる見見みるるる」」」。。。
- 39かへりかへりかえり事事ごとはははみづからみづからみずから來來きててて紛紛まぎらはしはしわしつつつ。。。かくかくかくててて十月十月じゅうがつににになりなりなりぬぬぬ。。。こゝこゝここにににものものものいみいみいみなるなるなるほどほどほどををを心心こころもともともとなげなげなげにににいひいひいいつゝつゝつつ、、、
- 40「「「なげきなげきなげきつゝつゝつつかへすかへすかえす衣衣ころものののつゆけきつゆけきつゆけきにににいとゝいとゝいとと空空そらさへさへさへしぐれしぐれしぐれ添添そふふうらむらむらん」」」。。。
- 41かへしかへしかへし、、、いといといとふるめきふるめきふるめきたりたりたり。。。
- 42「「「思思おもひひいあらあらあらばばばひひひなましなましなましものものものをををいかでいかでいかでかはかはかは返返かえすすす衣衣ころものののたれたれたれもももぬるぬるぬるらむらむらん」」」
現代語訳
こうして過ぎ去った年月のこと、世の中にたいそう頼りなく、どっちつかずのまま暮らしている人がいた。
器量といっても人並みでなく、才覚もあるわけではなく、こんなふうに役立たずのようでいるのも当然だと思いながら、ただ寝ては起き、夜を明かし日を暮らしているうちに、世間に多く出回っている古い物語の端々などを見ると、ありふれた作りごとでさえ書かれている。人並みでもない身の上を日記にして書いたら、かえって珍しいものにもなるだろう。この上なく身分の高い人との結婚生活とはどんなものかと尋ねる人がいたら、その例にでもしてほしいと思うのだが、過ぎ去った年月のことはおぼろげなので、まあいいかげんにしておいたことも多いのである。
さて、色めいた恋のいきさつはそれはそれとして、柏木のように高い身分の方(藤原兼家)から、求婚の言葉を伝えようということがあった。ふつうの人なら、取り次ぎの便りや、ちょっとした女房などを使って言い寄るものである。ところがこの人は、親にあたる人(父の藤原倫寧)に、冗談めかしたり本気めかしたりしてほのめかしただけで、こちらがふさわしくないことと申し上げたのも知らぬ顔で、馬に乗った使いの者に門を叩かせる。誰からの使いかなどと問わせるまでもなくはっきりしていて、大騒ぎをするので、もてあましながら手紙を受け取って騒ぎ立てる。見れば紙なども求婚の手紙らしくなく、この上なく達筆と聞いていた筆跡とも思えないほどまずいので、まったく妙な気がした。書いてあったのは、
「うわさにばかり聞いているのはせつないことだ。ほととぎすよ、親しく語り合いたいと思う心があるのだ」
とだけある。「どう返事をしたものか、すべきだろうか」などと相談しているうちに、古風な母がいて、「やはり」と恐れ多がって返事をさせるので、
「語り合う相手もいない里で、ほととぎすよ、むだになるだけの声をそう何度も鳴かないでおくれ」。
これを手始めに、何度も何度も手紙をよこしたけれど、返事もしなかったところ、
「はっきりしない。音のしない滝の水なのか、行方も知れない瀬を尋ねている」
これに対して「そのうちこちらから」と言ってやったので、あちらはわかったようなつもりでいる。すぐにまたこう言ってきた。
「人知れず、今か今かと待っているうちに、返事が来ないのはつらいことだ」
とあったので、例の人(父)が「恐れ多いことだ。きちんとした様子でお返事申し上げるのがよかろう」と言って、しかるべき人にそれらしく書かせて送った。そんな代筆の返事でさえ、本気で喜んでしきりに手紙をよこす。またそれに添えてある手紙を見ると、
「浜千鳥の跡も見えない渚のように、あなたの筆跡も見えない手紙を見ると、私を越えてゆく波が千鳥の跡を消してしまったのだろうか」。
この時も、いつものとおり、きちんとした返事を書く人がいたので、代筆でまぎらわした。またも手紙がある。「きちんとしたお返事をいただくのはまことにありがたいのですが、今度もまたご自筆でないとしたら、ひどくつらいことでしょう」などと、まじめな手紙の端に書き添えてあった。
「どちらがあなたなのか見分けもつかない心で歌を添えたけれど、今度はまだ見ぬ人(あなた)のもとへ(届けてほしい)」
とあったけれど、いつものように代筆でまぎらわした。こうして、まじめなやりとりで月日を過ごした。秋の頃になった。添えてあった手紙に、「利口ぶっているように見えたつらさに、じっと我慢していたのですが、どうしたことでしょうか」とあって、
「鹿の声も聞こえない里に住んでいながら、不思議なことに、逢わずに目を覚ましている目を見ることだ」
とある返事に、
「高砂の尾上のあたりに住んでいても、鹿の鳴き声に目を覚ましてしまうような目とは聞いておりませんのに」。
ほんとうに妙なことだとだけ書いた。また、しばらくたって、
「逢坂の関とはいったい何なのだ。近いのに越えかねているので、嘆きながら日を送っている」
返しに、
「越えかねていらっしゃる逢坂の関よりも、うわさに聞く勿来の関こそ越えにくい関だとご承知ください」
などと言う。まじめな手紙を何度もやりとりして、どういう朝だったか、
「夕暮れになって、あなたのもとへ行く時刻を待っているうちに、涙があふれて大堰川となってしまう」。
返事に、
「物思いの多い大井川の夕暮れは、心にもなく、涙が衣を濡らして流れることです」。
また三日ほどたった朝に、
「明け方、起きて帰る空にぼんやりして、不思議なことに露のように消え入りそうな思いでした」
返しに、
「はかなく消えてしまう露よりも、空頼みをしている私は何なのでしょう」
こうしているうちに、わけがあってしばらくよそに身を寄せていた所に、あの人が来て、翌朝、「せめて今日だけはゆっくりと思っていたのに、都合が悪いようなので帰ります。いかがです、私のほうはあなたが山に隠れているようにばかり思われます」とある返事に、ただ、
「思いがけない垣根に咲いている撫子の花には、露もたまらないのでした(仮住まいでは、あなたもお留まりになりませんね)」
などと言っているうちに、九月になった。月末ごろ、立て続けに二晩ほど姿を見せないで、手紙だけがある時の返事に、
「消え入るばかりの露もまだ乾かない袖の上に、今朝は時雨まで降る空もやりきれません」。
すぐに返事が来て、
「あなたを思いやる心が空にさまよっているので、今朝は時雨が降っていると見えるのでしょう(私の涙の時雨です)」
と言って、こちらが返事を書き終わらないうちに、本人がやって来た。またしばらくして、来るのが途絶えがちだった頃、雨などが降った日の夕暮れに「行くよ」などと言ってきたのだろうか、
「柏木の森の下草のような私は、夕暮れごとに、なお頼みにせよというのですか。雨の漏るのを見ながら(あなたが来ないのを見ながら)」。
返事は、本人がやって来てまぎらわしてしまった。こうして十月になった。こちらが物忌みの間を、待ち遠しそうに言ってよこして、
「嘆きながら裏返して寝る衣が露に濡れているのに、いっそう空まで時雨を添えるのだろう」。
その返しは、ひどく古めかしいものになった。
「本当に思いの火があるのなら乾いてしまうでしょうに、どうして裏返した衣を誰もが濡らすのでしょう」
意訳
〔序〕私は、器量も才もなく、ただ何となく日を送るだけの女だった。けれども、世の物語には、ありもしない絵空事さえ書かれている。それなら、人並みでもない私の身の上をそのまま書けば、かえって珍しいものになるだろう。高貴な方の妻の暮らしとはどんなものかと知りたい人がいたら、その答えにしてほしい。ただ、昔のことなので、記憶のおぼつかないところもある――。作者はこう述べて、物語の「作りごと」に対し、自分の人生の「真実」を書くという、日記文学の出発を宣言する。
〔求婚〕最初の求婚の仕方からして型破りだった。身分の高い兼家は、ふつうなら女房を介して手紙を届けるところを、父に直接ほのめかし、馬に乗った使いに門を叩かせた。しかも手紙は紙も筆跡もぞんざいで、うわさに聞く貴公子のものとも思えない。作者はこの粗雑さを冷ややかに書きとめており、すでに二人の気質の違いがのぞいている。
〔贈答〕兼家は「ほととぎす」「滝の水」「浜千鳥」と、さまざまなたとえで返事をせがむ。作者は代筆でかわしつづけ、ようやく自分で書いても「何の関でしょう」「勿来の関こそ越えにくいのです」と、そっけなく切り返す。やがて二人は結ばれ、後朝の歌が交わされるが、それでも作者の歌は「そらだのめする私は何なのか」と、はじめから不安をにじませている。求婚する男の熱心さと、それを素直に受け取れない女の心の距離が、この日記全体の主題を予告している。
語釈・文法注
- ものはかなく
- いかにも頼りなく。身分もよりどころもはっきりしないさま。
- とにもかくにもつかで
- どちらつかずで。どこにも身の落ち着き先がなく。
- そらごと
- 作りごと。うそ。ここでは古物語の荒唐無稽な話をいう。
- かしはぎ
- 柏木。葉守の神が宿る木とされ、そこから兵衛・衛門の官(宮中を守る役)の異称となった。兼家は当時、右兵衛佐であった。
- あない
- 案内。取り次ぎを頼んで事情を伝えること。
- 手
- 筆跡。
- がり
- …のもとへ。人を表す語について、その人の所へ、の意。
- をさをさしき
- きちんとした。しっかりした。
- さかしら
- 利口ぶること。
- なこそ
- 勿来の関(今の福島県いわき市)。「な来そ(来るな)」と掛けて歌に詠まれる。
- おほゐ
- 大堰川。京の西、嵐山のふもとを流れる川。「多い(涙が多い)」と掛ける。
- そらだのめ
- あてにならないことをあてにさせること。空頼み。
- びなげ
- 便なげ。都合が悪そう。具合が悪い。
文法
- 「かくありし時過ぎて」
- 「こうして過ぎ去った年月」。日記の書き出しで、これから書く過去全体を指す。作者は自分を「人」と三人称で語りはじめる。
- 「うき日記して」
- 底本の本文は「うき日記」。小字の注記に異文「かき」があり、通行本文は「書き日記して」とする。
- 「天下の人のしなたりきや」
- 底本どおり。通行本文は「天下の人の品高きや」で、この上なく身分の高い人(との結婚生活)はどうかと尋ねる人、と解される。
- 「あのけかりしすきごと」
- 底本どおりの本文で意味がとりにくい。小字の注記に「ふな」の異文があり、通行本文は「あはつけかりし」(軽々しかった)とする。
- 「ひけきことし」
- 底本どおり。注記の異文は「びなきこと」で、ふさわしくないこと、の意に解する。
- 「みなばかみ」
- 底本どおり。注記は「みなればかふみ」かとし、紙なども例のようではなく、と解される。
- 「すべてやある」
- 底本どおり。注記に「く」の異文があり、「すべくやある」(返事をすべきだろうか)の意に解する。
- 「な…そ」
- 「こゑなふるしそ」の「な…そ」は禁止。声を古びさせないで(何度も鳴かないで)。
- 「まめや文」
- 底本の本文で、注記に「か」の脱字かとある。「まめやかなる文」の意に解する。
- 「無うば」
- 「なくば」のウ音便。(自筆の返事が)ないならば。
和歌
音にのみ聞けばかなしなほとゝぎすことかたらむと思ふこゝろあり
- 詠者
- 藤原兼家
- 状況
- 最初の求婚の歌。父の倫寧を通して、使いに門を叩かせて届けた。
修辞
- 擬人
- 作者をほととぎすにたとえ、うわさの声だけでなく、親しく語り合いたいと訴える。
かたらはむ人なきさとにほとゝぎすかひなかるべきこゑなふるしそ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 兼家の歌への最初の返歌。母にうながされて返した。
修辞
- 見立て
- 兼家をほととぎすに見立て、語り合う相手のいない里で鳴いてもむだだと、やんわり断る。
濱千鳥あともなぎさにふみ見ればわれをこす波うちやけつらむ
- 詠者
- 藤原兼家
- 状況
- 代筆の返事に、作者の自筆を求めて添えた歌。
修辞
- 掛詞
- 「なぎさ」に「無き」、「ふみ」に「踏み」と「文」を掛け、鳥の足跡(筆跡)が見えないと嘆く。
越えわぶるあふ坂よりも音に聞くなこそをかたき關としらなむ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 「逢坂の関」を越えかねると訴える兼家への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「逢坂」に「逢ふ」、「なこそ」に勿来の関と「な来そ(来るな)」を掛け、近づくことを拒む。
さだめなく消えかへりつる露よりもそらだのめするわれは何より
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 結ばれたあとの後朝の歌への返歌。
修辞
- 比較
- 露よりもはかない自分を問いかけの形で示し、兼家の誠意をあてにできない不安をにじませる。
思ほえぬかきほにをれは撫子のはなにぞつゆはたまらざりけり
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 仮住まいに来て翌朝早く帰った兼家への返事。
修辞
- 掛詞
- 「撫子」に、なでいつくしむ子(作者自身)を重ねる。露がたまらないことに、兼家が留まらないことをたとえる。
思ひあらばひなましものをいかでかは返す衣のたれもぬるらむ
- 詠者
- 道綱母(作者)
- 状況
- 物忌みで逢えない間に、衣を返して寝る嘆きを訴えた兼家への返し。
修辞
- 掛詞
- 「思ひ」に「火」を掛け、本当に思いの火があれば濡れた衣も乾くはずだと切り返す。
解説
『蜻蛉日記』は、藤原道綱母(936?〜995)が、夫の藤原兼家(929〜990)との結婚生活を中心に、天暦八年(954)から天延二年(974)までの約二十年を、上・中・下の三巻に書きつづった日記である。上巻は結婚から十五年ほどを、のちに振り返ってまとめたもので、冒頭の序には、作り物語への反発と、自分の身の上を書きとめようとする意図がはっきり語られている。
作者は受領(地方官)の藤原倫寧の娘で、本朝三美人の一人に数えられるほどの美貌と、すぐれた歌才で知られた。兼家は右大臣藤原師輔の三男で、当時は右兵衛佐。のちに摂政・関白となり、道長の父となる人物である。身分の違う相手からの求婚に、作者の家は恐縮しつつ代筆で応じ、作者自身もなかなか本心を見せない。
この章の歌の多くは、兼家が言い寄り、作者が切り返すという形をとる。和歌の贈答で心を探り合うのは当時の恋の作法だが、作者の返歌には、はじめから相手を信じきれない冷めたまなざしがある。序で「人にもあらぬ身」と卑下しながらも、自分の目で事実を書こうとする強い自意識が、この日記を女性による最初の本格的な自伝文学にしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(蜻蛉日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、23–26頁(コマ14–16)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日