和泉式部日記 第14章
宮邸に迎えられる
心細いことを言う宮と呉竹の歌を交わしたのち、宮は自ら迎えに行こうと決め、十二月十八日の月の夜に女を車に乗せて自邸に連れ帰る。女は北の方の目をはばかって奥の部屋に隠れ住むが、事はすぐに知れ、北の方は嘆く。宮は北の方を言いくるめて女を身近に仕えさせ、正月には院の拝礼に参る宮の晴れ姿を女房たちと見る。
- 1いかにいかにいかにおぼしめさるゝおぼしめさるゝおぼしめさるるにににかかかあらあらあらむむん。。。心心こころ細細ぼそききき事事ことどもどもどもをををののの給給たまははわせせせててて、、、「「「猶猶なお世世よののの中中なかにににありありありはつはつはつまじきまじきまじきにににややや」」」とととののの給給たまははわせせせたれたれたればばば、、、「「「くれくれくれ竹竹たけのののよゝよゝよよのののふるふるふる事事ごとおもほゆるおもほゆるおもおゆるむかしむかしむかしがたりがたりがたりははは我我われのみのみのみぞぞぞせせせむむん」」」
- 2ととと聞聞きこえええたれたれたればばば、、、「「「吳吳くれ竹竹たけのののうきうきうきふしふしふし繁繁しげききき世世よののの中中なかにににあらあらあらじじじとととぞぞぞ思思おもふふうしばししばししばしばかりばかりばかりももも」」」などなどなどののの給給たまははわせせせててて、、、
- 3人人ひと知知しれれれずずずすゑすゑすえさせさせさせ給給たまふふうべきべきべき所所ところなどなどなどももも、、、おきておきておきてならはならはならわぬぬぬ人人ひとなれなれなればばばはしたなくはしたなくはしたなく思思おもふふうなめりなめりなめり、、、こゝこゝここにににももも唯唯ただ聞聞ききききにくゝにくゝにくくぞぞぞいはいはいわむむん、、、唯唯ただ我我われいきいきいきてててゐゐいてててこここむむんととと思思おぼしししててて、、、
- 4十二月十二月じゅうにがつ十八日十八日じゅうはちにちののの月月つきのののよきよきよきほどほどほどににになりなりなりにににたるたるたる程程ほどにににおはしましおはしましおわしましたりたりたり。。。例例れいののの「「「いでいでいでさせさせさせ給給たまへへえ」」」とととのたまはすれのたまはすれのたまわすればばば、、、「「「今今こ宵宵よいばかりばかりばかりにににこそこそこそあめあめあめ」」」とてとてとて一一ひと人人り乗乗のれれればばば
- 5「「「人人ひとゐゐいててて坐坐おわせせせかしかしかし。。。さりさりさりぬぬぬべくべくべくばばばあすあすあすあさてあさてあさてももものどやかのどやかのどやかににに物物もの語語がたり聞聞きこえええむむん」」」とととあれあれあればばば、、、例例れいはははかくかくかくもももののの給給たまははわせせせぬぬぬををを、、、もしもしもしやややかくかくかくととと覺覺おぼすすすべきべきべきにににやややとてとてとて、、、さりさりさりぬぬぬべきべきべき人人ひと一一ひと人人りゐゐいててていくいくいく。。。
- 6例例れいののの所所ところにににはははあらあらあらでででいといといとよくよくよくしししててて忍忍しのびびびててて人人ひとどもどもども具具ぐしししててて居居いよよよととと、、、せせせられられられたりたりたり。。。されされさればばばよよよととと思思おもひひいててて、、、何事何事なにごとかかかはははわざとわざとわざとしたてしたてしたてむむん、、、いかでいかでいかでかかかははは參參まいらららましましまし、、、いついついつ參參まいりりりしししぞぞぞとととなかなかなかなかなかなか人人ひとももも思思おもへへえかしかしかしととと思思おもひひいててて、、、明明あけけけぬれぬれぬればばば櫛櫛くしのののはこはこはこなどなどなどとりとりとりにににやるやるやる。。。
- 7宮宮みや參參まいらららせせせ給給たまふふうとてとてとてしばししばししばしこなたこなたこなたののの格格こう子子しなどなどなどあげあげあげずずず。。。恐恐おそろしきしきしき事事ことにににはははあらあらあらねねねどどどむつかしむつかしむつかし。。。「「「今今いまかのかのかの北北きたののの方方かたににに渡渡わたししし參參まいらせらせらせむむん。。。こゝこゝここにににははは近近ちかけれけれければばばゆるしゆるしゆるしげげげなしなしなし」」」などなどなどののの給給たまははわすれすれすればばば、、、おろしおろしおろし籠籠こめめめてててひそかひそかひそかににに聞聞きけけけばばば、、、
- 8「「「晝晝ひるははは人人ひと々々びと院院いんののの殿殿てん上上じょう人人びとなどなどなど參參まいりりり集集あつまりまりまりててて、、、いかにいかにいかにぞぞぞかくかくかくてててはははありありありぬぬぬべしべしべしややや。。。ちかちかちかおとりおとりおとりいかにいかにいかにせせせむむんととと思思おもふふうこそこそこそ苦苦くるしけれしけれしけれ」」」とととののの給給たまははわすれすれすればばば、、、「「「それそれそれをををなむなむなん思思おもひひい給給たまへへえるるる」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆる。。。
- 9笑笑わらははわせせせ給給たまひひいててて「「「まめやかまめやかまめやかにににはははよよよなどなどなどあなたあなたあなたにににあらあらあらむむんをりをりおりははは用用よう意意いししし給給たまへへえ。。。けしからけしからけしからぬぬぬものものものどもどもどもはははのぞきのぞきのぞきもももぞぞぞするするする。。。今今いましばししばししばしににになりなりなりなばなばなば、、、晝晝ひるなどなどなどはははあのあのあののののあるあるあるかたかたかたにににおはしおはしおわしててておはせおはせおわせ。。。まろまろまろががが晝晝ひるあるあるあるかたかたかたははは人人ひとももも寄寄よらららずずずぞぞぞ」」」などなどなどのたまはのたまはのたまわせせせててて、、、
- 10二三日二三日ふつかみかありありありててて北北きたののの方方かたののの對對たいににに渡渡わたらららせせせ給給たまへへえりりりけれけれければばば、、、人人ひと々々びと驚驚おどろきききてててうへうへうえににに申申もうししし參參まいらすれらすれらすればばば、、、「「「かゝるかゝるかかる事事ことなくなくなくてててだにだにだに恠恠あやしかりしかりしかりつるつるつるををを、、、何何なにののの高高たかききき人人ひとにににもももあらあらあらずずず。。。かくかくかく」」」などなどなどののの給給たまははわせせせててて、、、
- 11わざとわざとわざと仰仰おおせせせばばばこそこそこそ忍忍しのびびびてててゐゐいててておはしおはしおわしたらたらたらめめめとととおぼすおぼすおぼすににに、、、いといといと心心こころづきづきづきなうなうのうててておはすれおはすれおわすればばば、、、例例れいよりよりよりももも物物ものむつかしげむつかしげむつかしげににに思思おもひひいててておはすれおはすれおわすればばば、、、いとほしういとほしういとおしゅうおぼしおぼしおぼしててて、、、しばしばしばしばしばしばうちうちうちににに入入いらららせせせ給給たまひひいててて、、、
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- 13「「「人人ひとつかはつかはつかわむむんからからからににに御御おおんおぼえおぼえおぼえのののなかるなかるなかるべきべきべき事事ことかかかははは。。。御御み氣色氣色けしきににに隨隨したがひひいてててなどなどなどもももにくげにくげにくげににに思思おもひひいたるたるたるがががむつかしきむつかしきむつかしきににに、、、かしらかしらかしらなどなどなどもももけづらけづらけずらせせせむむんとてとてとて呼呼よびびびたるたるたるなりなりなり。。。こなたこなたこなたなどなどなどにににももも召召めしししつかはつかはつかわせせせたまへたまへたまえかしかしかし」」」とととあれあれあればばば、、、いといといと心心こころづきづきづきなくなくなくあれあれあれどどど物物ものももものたまはのたまはのたまわせせせずずず。。。
- 14かくかくかくててて日日ひごろごろごろふれふれふればばば、、、やうやうやうやうようよう侍侍さぶらひらひらいつきつきつきててて、、、晝晝ひるもももうへうへうえににに侍侍さぶらひひいみぐしみぐしみぐしなどなどなど參參まいりりりよろづよろづよろずにににつかはつかはつかわせせせ給給たまふふう。。。更更さらにににおおおまへまへまえもももさげさげさげさせさせさせ給給たまははわぬぬぬ程程ほどににに、、、うへうへうえなどなどなどももも御御おおん方方かたににに渡渡わたらららせせせ給給たまふふう事事こともももたまさかたまさかたまさかににになりなりなりもてもてもていくいくいく。。。思思おぼししし歎歎なげくくく事事こと限限かぎりなしなしなし。。。
- 15年年としかへりかへりかえりててて正正しょう月月がつ一一つい日日たちににに院院いんのののににに、、、をのこをのこおのこばらばらばら數數かずをををつくしつくしつくしててて參參まいりりり給給たまへへえるるるににに宮宮みやももも坐坐おわしますしますしますををを見見みれれればばば、、、いといといと若若わこううう美美うつくしげしげしげにににててて多多おおくくくののの人人ひとににに優優すぐれれれ給給たまへへえりりり。。。これこれこれにににつけつけつけてててももも我我わががが身身み耻耻はずしうしうしゅう覺覺おぼゆるゆるゆるににに、、、
- 16上上うえののの御御お前前まえにににももも女房女房にょうぼうたちたちたち出出いででで居居いててて物物もの見見みるるるににに、、、先先まず其其それをををばばば見見みでででこのこのこの人人ひとををを見見みむむむこのこのこの人人ひとををを見見みむむむととと穴穴あなをををあけあけあけててて見見み騒騒さわくくくぞぞぞいといといとさまさまさま惡惡あしきしきしきややや。。。
- 17暮暮くれれれぬれぬれぬればばば事事ことはてはてはてゝゝて宮宮みやももも入入いらららせせせ給給たまひひいぬぬぬ。。。御御おおん送送おくりりりににに上上かん達達だちべべべ數數かずををを盡盡つくしししててて御御おおん遊遊あそびなどなどなどありありあり。。。いといといとをかしきをかしきおかしきにににもももつれづれつれづれつれづれなりなりなりししし故故ふる鄕鄕さとまづまづまず思思おもひひい出出いでででらるらるらる。。。
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- 19かゝるかゝるかかるもももいといといとかたはらかたはらかたわらいたういたういとう覺覺おぼゆれゆれゆれどどど、、、いかゞいかゞいかがはははせせせむむん、、、唯唯ただともかくもともかくもともかくも知知しらららでででもてなさもてなさもてなさせせせおはしまさおはしまさおわしまさむむんまゝまゝままににに隨隨したがひひいてててとてとてとてさぶらふさぶらふさぶらう。。。
現代語訳
(宮は)どのようにお思いになっているのだろうか。心細いことをいろいろとおっしゃって、「やはりこの世に最後まで生きながらえることはできないのではないか」とおっしゃったので、「呉竹の節(よ)ごとに、昔のことが思われます。その昔語りは、わたしひとりがすることになるのでしょうか」
と申し上げると、「呉竹の節のように、つらいことの多い世の中に生きていまいと思う、しばらくの間も」などとおっしゃって、
(宮は)人知れず(女を)住まわせなさる所なども、(女は宮邸の)しきたりに慣れていない人なので、きまり悪く思っているのだろう、こちら(邸の人々)でも聞き苦しく言うだろう、いっそわたしが行って連れて来ようとお思いになって、
十二月十八日の、月のよいころになったときにいらっしゃった。いつものように「お出なさい」とおっしゃるので、「今夜だけのことでしょう」と思ってひとりで乗ると、
「人を連れていらっしゃい。できることなら明日、あさっても、ゆっくりお話ししたいから」とあるので、いつもはこんなこともおっしゃらないのに、もしやこのまま(邸に住まわせる)とお思いなのだろうかと思って、しかるべき侍女をひとり連れて行く。
いつもの所ではなく、たいそうよく整えて、こっそり人々を伴って住むように、とおしつらえになっていた。やはりそうだったと思って、何事をわざわざ大げさにしたてようか、どうして(改まって)参ったりしよう、いつ参ったのかとかえって人も思えばよい、と思って、夜が明けたので櫛の箱などを取りにやる。
宮が(北の方のもとへ)いらっしゃるというので、しばらくこちらの格子なども上げない。恐ろしいことではないけれど、気づまりである。(宮が)「そのうち北の方のほうへお移しいたしましょう。ここは(わたしの居所に)近いので、気が許せない」などとおっしゃるので、(格子を)下ろしこめてひそかに聞いていると、
「昼は人々や院の殿上人などが参り集まって(騒がしいが)、どうだね、こうしていられそうかね。(近くで見て)見劣りしたらどうしようと思うと、気が気でない」とおっしゃるので、「それをこそ(わたしも)思っております」と申し上げる。
(宮は)お笑いになって、「本当のところは、夜など、あちら(北の方の方)にいるときは用心なさい。不届きな者たちがのぞいたりするといけない。もうしばらくたったら、昼などはあの宣旨のいる所にいらっしゃい。わたしが昼いる所には人も寄りつかないよ」などとおっしゃって、
二、三日して、(宮が)北の方の対の屋にお渡りになったところ、人々が驚いて北の方に申し上げたので、(北の方は)「こんなことがなくてさえ(宮のふるまいは)おかしかったのに、(相手は)何の高貴な人でもない。こんなことを」などとおっしゃって、
わざわざ(宮が)仰せになったからこそ、こっそり連れていらっしゃったのだろうとお思いになると、たいそう不快でいらっしゃるので、いつもより何となく機嫌が悪そうに思っていらっしゃるので、(宮は)気の毒にお思いになって、たびたび(北の方の)部屋にお入りになると、
(北の方は)「人の言うことも聞き苦しいのです。(女房たちの)様子も気の毒で、こちら(の対)にいらっしゃるのです。しかじかのことがあるそうなのを、どうしておっしゃってくださらないのですか。お止め申し上げるわけでもありません。たいそうこのように(わたしの)身が人並みでなく、人に笑われて恥ずかしいことになりそうです」と泣く泣く申し上げなさるので、
(宮は)「人を召し使うからといって、(あなたへの)ご愛情がなくなるはずがありましょうか。(あなたの)ご機嫌に従って、中将なども(わたしを)憎らしげに思っているのが面倒なので、髪などもとかさせようと思って呼んだのです。こちらなどでも召し使いなさい」とあるので、たいそう不快だけれど、何もおっしゃらない。
こうして日がたつと、(女は)しだいにお仕えするのに慣れて、昼も宮のおそばに控えて、御髪のお世話などをして、(宮は)何事にもお使いになる。まったくおそばから下がらせなさらないので、北の方のもとへお渡りになることも、まれになってゆく。(北の方が)お嘆きになることは限りない。
年が改まって、正月一日に院への拝礼に、男たちが数を尽くして参りなさったが、宮もいらっしゃるのを見ると、たいそう若く美しく、多くの人よりすぐれていらっしゃる。それにつけても、わが身が恥ずかしく思われるが、
北の方の御前でも女房たちが出て見物していると、まず北の方ではなく、この人(女)を見よう、この人を見ようと、(障子に)穴をあけて見て騒ぐのは、まったくみっともないことだ。
日が暮れたので行事が終わって、宮も(邸に)お入りになった。お送りに上達部が大勢やって来て、管弦の遊びなどがある。たいそう趣深いにつけても、所在なかった(以前の)ふるさとの家がまず思い出される。
こうしてお仕えしているうちに、下仕えの者などの中にも不快なことを言っているらしいのを(宮は)お聞きになって、このように人(北の方)がお思いになったりおっしゃったりすべきことでもないのに、いやなことだと不快なので、(北の方の)部屋にお入りになることはいっそう間遠になった。
このようなことも(女には)たいそう心苦しく思われるけれど、どうしようもない、ただどうなりとも、(北の方のことは)知らないふりをして、(宮が)お扱いになるままに従っていようと思ってお仕えしている。
意訳
宮はなおも「この世に長くはいられまい」と心細いことを言う。女は呉竹の歌で「昔語りをするのはわたしだけになるのか」と応じ、宮も「つらい世にしばらくもいるまい」と返す。死を予感するような贈答の直後、宮は迎えの準備を周到に整え、自ら女を迎えに行く。
十二月十八日、月のよい夜。宮は「侍女を連れておいで、明日もあさってもゆっくり話そう」と言い、女はそれが宮邸入りの合図だと悟る。改まって参るのではなく、いつの間にか住みついたように見せようと、女は翌朝、櫛の箱を取りにやる。さりげない一文に、女の覚悟と周到さがのぞく。
宮は「見劣りしたら困る」と冗談を言いながら、北の方の側に用心せよと気づかう。二、三日後、宮が北の方の対に渡ると、事はすでに知れていた。北の方は「身分の低い女を、わざわざ」と嘆き、宮は「髪をとかさせるために呼んだ召使いだ」と言いくるめる。北の方と女の、直接顔を合わせない対立が始まる。
女は宮の身辺の世話をするようになり、宮は北の方のもとへ足を運ばなくなる。正月の院の拝礼で、女は宮の晴れ姿に見とれる一方、北の方の女房たちは障子に穴をあけて女をのぞき見する。華やかな宴の中で、女はかつての孤独な家を思い出す。宮の寵愛を受けるほど、周囲の視線は厳しくなる。
語釈・文法注
- せし
- 宣旨(せんじ)。宮家に仕える上席の女房の呼び名。宮が昼に使う居所の近くにいる女房で、そこに隠れていればよいと言う。
- 中將
- 北の方に仕える女房の呼び名。北の方の気持ちを汲んで宮を快く思っていない。
- はいらい
- 拝礼。正月一日、親王や公卿たちが院(冷泉院)の御所に参って新年の拝賀をする儀式。
文法
- 「人知れずすゑさせ給ふべき所なども…唯我いきてゐてこむ」
- 宮の心中の思い。女を迎える場所の用意はできたが、女は慣れないので気後れするだろう、いっそ自分が迎えに行こう、と考える。
- 「今宵ばかりにこそあめ」
- 「あめ」は「あらめ」の撥音便の無表記「あんめ」。今夜だけのことでしょう。
- 「いつ參りしぞとなかなか人も思へかし」
- 改まって参ったのではなく、いつの間にか住みついたと人に思われたい、という女の配慮。
- 「ちかおとり」
- 近劣り。近くで見るとかえって見劣りすること。宮の冗談。
- 「人つかはむからに御おぼえのなかるべき事かは」
- 宮の北の方への言い訳。召使いを置いたからといって、北の方への愛情が薄れるはずはない。
- 「先其をば見でこの人を見む」
- 北の方の女房たちが、拝礼の行列そっちのけで、新参の女のほうを見ようとする。
和歌
くれ竹のよゝのふる事おもほゆるむかしがたりは我のみぞせむ
- 詠者
- 女
- 状況
- 「この世に長くいられまい」と言う宮への返事。
修辞
- 掛詞
- 「よ」に竹の「節(よ)」と「世」、「ふる」に「古る」と竹の「経る」を掛ける。
- 枕詞
- 「くれ竹の」は「よ」「ふし」にかかる。
吳竹のうきふし繁き世の中にあらじとぞ思ふしばしばかりも
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の呉竹の歌への返事。
修辞
- 掛詞
- 「ふし」に竹の「節」と「(憂き)ふし(事柄)」を掛ける。
- 言葉の受け
- 女の「くれ竹」をそのまま受ける。
解説
女が宮邸に入るのは、長保五年(1003)十二月十八日。正式な妻としてではなく、宮の身辺に仕える「召人」としてである。宮は北の方に「髪をとかさせるために呼んだ」と説明するが、実際には女を片時もそばから離さず、北の方の対へ渡ることもまれになってゆく。
北の方は、藤原済時の娘。姉の娍子は東宮(のちの三条天皇)の女御で、名門の出である。北の方の嘆き、女房たちののぞき見、下仕えの者たちの陰口と、女を取り巻く宮邸の空気が生々しく描かれる。女はそれを「知らでもてなさせおはしまさむままに」受け流そうとする。
正月の院の拝礼で、宮の美しさに見とれながら「つれづれなりし故郷」を思い出す女の心は複雑である。かつては宮の訪れを待つだけの孤独な日々だったが、宮邸での暮らしは、愛されることと引きかえに、多くの人の視線の中に身を置くことでもあった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(和泉式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、452–454頁(コマ238–239)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日