和泉式部日記 第7章
手習の歌と手枕の袖
女の手習いを受け取った宮は、その歌一首ずつに答える歌を返す。九月末、宮は遠国へ下る恋人に贈る歌を女に代作させ、女はその頼みに応じながらも思いをにじませる。十月十日過ぎ、時雨の夜に訪れた宮は「手枕の袖」の歌を詠みかけ、翌朝からその言葉をめぐって歌が交わされる。
- 1宮宮みやわたりわたりわたりにににややや聞聞きこえええさせさせさせましましましととと思思おもふふうににに、、、おはしましおはしましおわしましたりたりたりけるけるけるよよよととと思思おもふふうまゝまゝままににに奉奉たてまつりりりたれたれたればばば、、、うちうちうち見見み給給たまひひいててて、、、かひかひかいなくなくなくははは思思おぼささされれれねねねどどどながめながめながめ居居いたらたらたらむむんににに、、、ふとふとふとやらやらやらむむんとととおぼしおぼしおぼしててて遣遣つかわすすすににに、、、女女おんなやがてやがてやがてながめながめながめ出出いだしししててて居居いたるたるたるにににもてもてもてきききたれたれたればばば、、、あへなきあへなきあえなき心心ここ地地ちしししてててひきひきひきあけあけあけててて見見みれれればばば、、、
- 2「「「秋秋あきのののうちうちうちはははくちくちくちけるけるけるものものものををを人人ひともももさささははは我我わががが袖袖そでとととのみのみのみ思思おもひひいけるけるけるかなかなかな。。。
- 3消消きえええぬぬぬべきべきべき露露つゆのののいのちいのちいのちととと思思おもははわずずずばばば久久ひさしきしきしききくきくきくにににかゝりかゝりかかりやややはははせせせむむん。。。
- 4まどろままどろままどろまででで雲雲くもゐゐいののの雁雁かりののの音音ねををを聞聞きけけけははは心心こころづからづからづからのののわざわざわざにににぞぞぞありありありけるけるける。。。
- 5われわれわれならならならぬぬぬ人人ひともももありありありあけあけあけののの空空そらをををのみのみのみおなじおなじおなじ心心こころにににながめながめながめけるけるけるかなかなかな。。。
- 6よそよそよそにににてててももも君君きみばかりばかりばかりこそこそこそ月月つきははは見見みめめめととと思思おもひひいてててゆきゆきゆきししし今今け朝朝さぞぞぞ苦苦くるしきしきしき。。。いといといとあけあけあけがたかりがたかりがたかりつるつるつる門門かどをををこそこそこそ」」」とととあるあるあるももも、、、物物もの聞聞きこえええさせさせさせたるたるたるかひかひかいもももあるあるある心心ここ地地ちすすすかしかしかし。。。
- 7かくかくかくててて晦日晦日つごもりがたがたがたにににぞぞぞ御御おおん文文ふみあるあるある。。。日日ひごろごろごろのののおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさなどなどなどいひいひいいててて「「「怪怪あやしきしきしき事事ことなれなれなれどどど忍忍しのびびびててて物物ものいひいひいいつるつるつる人人ひとなむなむなん遠遠とおくくくいくいくいくなるなるなるををを、、、哀哀あわれととといひいひいいつつつべからべからべからむむん事事ことひとつひとつひとついはいはいわむむんとととなむなむなん思思おもふふう。。。それそれそれよりよりよりののの給給たまふふう事事ことのみのみのみなむなむなんさささははは覺覺おぼゆるゆるゆるをををひとつひとつひとつ」」」とととののの給給たまへへえりりり。。。
- 8あなあなあなしたりしたりしたりがほがほがおととと思思おもへへえどどど、、、さささはははえええ聞聞きこえええじじじととと申申もうさささむむんもももいといといとさかしけれさかしけれさかしければばば、、、「「「ののの給給たまははわせせせむむん事事ことはははいかでいかでいかでかかか」」」とととばかりばかりばかりにににててて、、、「「「をしまるゝをしまるゝおしまるる涙涙なみだにににかげかげかげはははとまらとまらとまらなむなむなん心心こころもももしらしらしらずずず秋秋あきはははゆくゆくゆくともともとも。。。
- 9まめやかまめやかまめやかにににははは傍傍かたわらいたきいたきいたきことことことににになむなむなん侍侍はべるるる」」」とてとてとてはしはしはしににに、、、「「「さてさてさてももも、、、君君きみをををおきおきおきててていづちいづちいずち行行ゆくくくらむらむらん我我われだにだにだにもももうきうきうき世世よののの中中なかにににしひしひしいてててこそこそこそ經經ふれれれ」」」
- 10とととあれあれあればばば、、、いといといと思思おもふふうやうやうようなりなりなりととと聞聞きこえええさせさせさせむむんももも見見みしりしりしり顏顏がおなりなりなりあまりあまりあまりぞぞぞ推推おししし量量はかりりり給給たまへへえるるる世世よののの中中なかととと侍侍はべるるるめるめるめるははは。。。
- 11「「「うちうちうちすてすてすてゝゝて旅旅たびゆくゆくゆく人人ひとはははさささもももあらあらあらばばばあれあれあれ又又またなきなきなきものものものににに君君きみししし思思おもははわゞゞば。。。ありありありぬぬぬべくべくべくなむなむなん」」」とととののの給給たまははわせせせたりたりたり。。。
- 12かくかくかくいふいふいう程程ほどににに十十じゅう月月がつにににもももなりなりなりぬぬぬ。。。十十とおよよよ日日かのののほどほどほどにににおはしましおはしましおわしましたりたりたり。。。奥奥おくははは暗暗くろうううててておそろしけれおそろしけれおそろしければばばはしはしはし近近じかううううちうちうち臥臥ふさささせせせ給給たまひひいててて、、、哀哀あわれなるなるなる事事ことののの限限かぎりをををののの給給たまははわするするするにににかひかひかいなくなくなくはははあらあらあらずずず。。。
- 13見見みれれればばば月月つきののの曇曇くもりりりてててしぐるゝしぐるゝしぐるる程程ほどなりなりなり。。。わざとわざとわざと哀哀あわれなるなるなるさまさまさまををを作作つくりりり出出いでででたるたるたるやうやうようなりなりなり。。。思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるる程程ほどののの心心ここ地地ちはははいといといとそゞろそゞろそぞろさむきさむきさむきややや。。。
- 14宮宮みや御御ご覽覽らんじじじててて、、、人人ひとのののびなきびなきびなきにににのみのみのみいふいふいうめるめるめる、、、怪怪あやしきしきしきわざわざわざかなかなかな、、、こゝこゝここにににかくかくかくてててあるあるあるよよよととと哀哀あわれにににおぼさおぼさおぼされれれててて、、、女女おんなののの寢寢ねたるたるたるやうやうようにににててて思思おもひひい亂亂みだれれれふしふしふしたるたるたるををを、、、やゝやゝやや驚驚おどろかしかしかし給給たまひひいててて、、、
- 15「「「時雨時雨しぐれにににももも露露つゆにににもももあらあらあらででで寢寢ねたるたるたる夜夜よはははあやしくあやしくあやしくぬるゝぬるゝぬるる手手たのののそでそでそで」」」
- 16とととののの給給たまははわすれすれすれどどど、、、よろづよろづよろずににに物物もののみのみのみわりなくわりなくわりなくおぼゆるおぼゆるおぼゆるににに御御おおんいらへいらへいらえ聞聞きこゆゆゆべきべきべき心心ここちちちもももせせせねねねばばば、、、ものものものももも聞聞きこえええさせさせさせででで唯唯ただ月月つきののの影影かげににに涙涙なみだののの落落おつるつるつるををを哀哀あわれととと御御ご覽覽らんじじじててて、、、「「「などなどなどいらへいらへいらえはははししし給給たまははわぬぬぬ。。。はかなきはかなきはかなき事事こと申申もうししし侍侍はべるるるももも心心こころづきづきづきなしなしなしとととおぼしおぼしおぼしけるけるけるにににこそこそこそ」」」とととあれあれあればばば、、、
- 17「「「いかにいかにいかに侍侍はべるるるにににかかか心心ここ地地ちのののかきかきかきみだるみだるみだるやうやうようにににししし侍侍はべるるる。。。耳耳みみにににはははとまらとまらとまらぬぬぬにににももも侍侍はべらららずずず」」」とてとてとて「「「よしよしよし試試こころみみみさせさせさせ給給たまへへえ。。。手手た枕枕まくらののの袖袖そでととといふいふいう事事こと忘忘わするゝるゝるる折折おりややや侍侍はべりりりけるけるける」」」とととたはぶれたはぶれたわぶれごとごとごとにににいひいひいいなしなしなしててて、、、
- 18あはれあはれあわれなりなりなりつるつるつるよよよののの氣色氣色けしきもももかくかくかくのみのみのみいふいふいうほどほどほどににに、、、殊殊ことにににたのもしきたのもしきたのもしき人人ひとなどなどなどもももなきなきなきなめりなめりなめりかしかしかしととと心心こころ苦苦ぐるしうしうしゅうおぼえおぼえおぼえててて、、、今今いまのののまままいかゞいかゞいかがとととのたまはのたまはのたまわせせせたるたるたる返返かえ事事りごと、、、
- 19「「「今今け朝朝さのののまままににに今今いまはははひひひぬぬぬらむらむらん夢夢ゆめばかりばかりばかりぬるぬるぬるととと見見みえええつるつるつる手手たまくらまくらまくらののの袖袖そで」」」
- 20ととと聞聞きこえええたりたりたり。。。忘忘わすれれれじじじととといひいひいいつるつるつるににに、、、事事ことをををもももいひいひいいたれたれたればばばをかしうをかしうおかしゅうおぼしおぼしおぼしててて、、、「「「夢夢ゆめばかりばかりばかりなみだなみだなみだにににぬるぬるぬるととと見見みつつつらめらめらめどどどほしほしほしぞぞぞかねかねかねつるつるつる手手た枕枕まくらのののそでそでそで」」」。。。
- 21よべよべよべののの空空そらののの氣色氣色けしきのののあはれあはれあわれににに見見みえええしししははは所所ところがらがらがらにににややや。。。
現代語訳
(女は)宮あたりにでもお送りしようかと思っていたところに、(宮が)いらっしゃったのだと思うとすぐに(手習いを)差し上げたので、(宮は)ご覧になって、かいがないとはお思いにならないけれど、(女が)物思いに沈んでいるところに、すぐに届けようとお思いになって(返事を)おやりになると、女はちょうど外を眺めて座っていたところに持ってきたので、あっけない気持ちがして開けて見ると、
「秋のうちに(涙で)朽ちてしまったのはわたしの袖なのに、あなたも自分の袖だけが(朽ちる)と思っていたのですね。
消えてしまいそうな露の命だと思わないのなら、久しく咲く菊にかかる露のように、(長い命を)頼りにしたりしないでしょう(はかない命だと思えばこそ、長寿の菊にすがるのです)。
まどろみもせずに雲居の雁の声を聞くのは、自分から好んでしていることだったのですね。
わたしではない人も、有明の空ばかりを同じ心で眺めていたのですね。
離れていても、あなたばかりが月を見ているだろうと思って出かけていった今朝は、本当に苦しかった。たいそう開けにくかった門ですね」とあるのも、(手習いを)お見せしたかいもある気持ちがすることよ。
こうして(九月の)末ごろにお手紙がある。このところの無沙汰などを書いて、「妙なことだけれど、こっそり通っていた人が遠国へ行くそうなので、しみじみと心に残るような歌をひとつ贈ろうと思う。あなたがおっしゃることばかりが、そういうものとして心にしみるので、ひとつ(詠んでほしい)」とおっしゃった。
まあ、得意顔なことと思うけれど、そうはお詠み申し上げられませんと申し上げるのもたいそう利口ぶるようなので、「おっしゃることはどうしてお断りできましょう」とだけ書いて、「惜しまれる涙に、(あなたの)面影はとどまってほしい。(あなたの)心も知らずに秋は過ぎてゆくとしても。
本当のところは、気恥ずかしいことでございます」と言って、端に、「それにしても、あなたを残してどこへ行くのでしょう。わたしでさえ、つらい世の中を無理に生きているのに」
とあるので、(宮は)「まことに思いどおりだ」と申し上げるのも、(女の気持ちを)見抜いた顔のようだ。(女は)あまりにも(宮の心を)推し量りすぎていらっしゃる、「世の中」とあるのは。(そこで宮は)
「(わたしを)見捨てて旅立つ人はどうともなれ。またとない人とあなたが思ってくれるなら。それで生きていけるでしょう」とおっしゃった。
こうしているうちに十月にもなった。十日過ぎごろに(宮は)いらっしゃった。奥は暗くて恐ろしいので、端近くに横におなりになって、しみじみとしたことの限りをおっしゃるので、かいがないことはない。
見ると、月が曇って時雨が降るころである。わざわざしみじみとした様子を作り出したようである。思い乱れているときの気持ちは、なんとなく肌寒いことよ。
宮はご覧になって、人が不都合なことばかり言うようだが、不思議なことだ、ここにこうしているではないかと、しみじみとお思いになって、女が寝たふりをして思い乱れて横になっているのを、少し揺り起こしなさって、
「時雨にも露にも濡れていないのに、寝ている夜は、不思議に濡れるわたしの手枕の袖だ」
とおっしゃるけれど、何事もひたすらやりきれなく思われるので、お答え申し上げる気持ちにもなれず、何も申し上げないで、ただ月の光に涙が落ちるのを、しみじみとご覧になって、「どうして返事をなさらないのか。つまらないことを申したのも気に入らないとお思いなのでしょう」とあるので、
「どうしたのでしょうか、気持ちがかき乱れるようなのでございます。お耳にとまらないわけではございません」と言って、「まあ、試してごらんなさいませ。手枕の袖ということを、忘れることがございましょうか」と冗談めかして言いなして、
しみじみとした夜の様子も、このように言い合っているうちに(過ぎ)、(宮は)とりわけ頼りになる人などもいないようだと気の毒にお思いになって、(翌朝)「今はどうですか」とおっしゃったお返事に、
「今朝のうちに、今はもう乾いてしまったでしょう。ほんの夢のように少し濡れると見えた手枕の袖は」
と申し上げた。(女が)忘れまいと言ったとおりに、(手枕の袖の)ことを言ってきたので、(宮は)趣深くお思いになって、「ほんの夢ほど涙に濡れると見たのでしょうが、乾かしかねているのですよ、わたしの手枕の袖は」。
昨夜の空の様子がしみじみと見えたのは、場所がら(あなたの家だったから)だろうか。
意訳
女の手習いに、宮は一首ずつ答えて返す。「朽ちるのはわたしの袖のほう」「わたしも雲居の雁を聞いていた」「わたしも有明の空を同じ心で眺めた」と、女の独白を一つ一つ受けとめる。門を開けてもらえなかった今朝のつらさも、恨みではなく共感として語られる。手習いを見せたかいがあったと女が思うのは当然である。
ところが九月末、宮は「遠国へ行く女に贈る歌を詠んでほしい」と頼んでくる。恋人に別の恋人への歌を代作させる、残酷とも無神経とも見える依頼である。女は断れば利口ぶることになると、引き受けながら、端に「あなたを残してどこへ行くのか、わたしでさえつらい世を生きているのに」と書き添える。その一首に、自分の思いを忍ばせた。
宮は「旅立つ人などどうでもよい、あなたさえいれば」と返す。女の歌がかえって宮の心を女に向けさせたのである。
十月、時雨の夜に訪れた宮は、寝たふりをする女に「時雨にも露にも濡れていないのに濡れる手枕の袖」と詠みかける。涙で答えられない女を見て、宮は頼る人もないのだと心を痛める。翌朝からは「手枕の袖」が二人の合言葉になり、この先の贈答にくり返し登場する。
語釈・文法注
- 手枕
- 手枕(たまくら)。腕を枕にすること。男女が共寝するときの、相手の腕枕をいう。「手枕の袖」はこの日記を代表する言葉で、伝本によっては『和泉式部日記』を「手枕の袖」の題でも呼ぶ。
文法
- 「宮わたりにや聞えさせまし」
- 「まし」はためらいの意志。宮あたりにでもお送りしようか。
- 「まどろまで雲ゐの雁の音を聞けは」
- 底本は「聞けは」と濁点を付けない。「聞けば」の意。
- 「あなしたりがほ」
- 「したり顔」。得意げな顔。恋人に別の恋人への歌を詠ませるなんて、と女はあきれる。
- 「いと思ふやうなりと…世の中と侍るめるは」
- 底本のまま。女の歌を受けた宮の言葉と、それに対する女の受け取り方が入りまじって書かれている。通行本文では「あまりぞおしはかりたまへる。世の中と侍るめるは」と宮の言葉とする。
- 「そゞろさむきや」
- 「すずろ寒し」。なんとなく寒い。
和歌
秋のうちはくちけるものを人もさは我が袖とのみ思ひけるかな
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の手習い「秋のうちに朽ちはてぬべし」への返事。
修辞
- 言葉の受け
- 女の「朽ち」「袖」を受けて、朽ちたのはわたしの袖だと返す。
消えぬべき露のいのちと思はずば久しききくにかゝりやはせむ
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の「消えぬべき露の我が身」を受けた歌。
修辞
- 掛詞
- 「きく」に「菊」と「聞く」を掛ける。菊は長寿の花。
- 縁語
- 「露」「かかる」は菊の縁語。
まどろまで雲ゐの雁の音を聞けは心づからのわざにぞありける
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の「まどろまであはれいく夜に」への返事。
修辞
- 言葉の受け
- 女の「まどろまで」「かりがね」「わざ」を受ける。
われならぬ人もありあけの空をのみおなじ心にながめけるかな
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の「我ならぬ人もさぞ見む」への返事。
修辞
- 掛詞
- 「ありあけ」に「(人も)あり」と「有明」を掛ける。
よそにても君ばかりこそ月は見めと思ひてゆきし今朝ぞ苦しき
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の「よそにても同じこゝろに」への返事。
修辞
- 言葉の受け
- 女の「よそにても」「月を見る」を受ける。
をしまるゝ涙にかげはとまらなむ心もしらず秋はゆくとも
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮に頼まれて、遠国へ下る女性への別れの歌として代作した歌。
修辞
- 掛詞
- 「秋」に「飽き」を響かせ、心変わりを恐れる気持ちをにじませる。
君をおきていづち行くらむ我だにもうき世の中にしひてこそ經れ
- 詠者
- 女
- 状況
- 代作の歌の端に書き添えた歌。
修辞
- 引歌
- 『古今和歌集』「君をおきてあだし心をわが持たば」の句を借りる。
うちすてゝ旅ゆく人はさもあらばあれ又なきものに君し思はゞ
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の代作の歌と書き添えの歌への返事。
修辞
- 強調
- 「君し」の「し」は強意。あなたさえ思ってくれるなら、と言う。
時雨にも露にもあらで寢たる夜はあやしくぬるゝ手枕のそで
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 十月の時雨の夜、寝たふりをする女に詠みかけた歌。
修辞
- 縁語
- 「時雨」「露」「ぬるる」と濡れることにちなむ語を重ねる。
- 暗示
- 女の涙で自分の袖が濡れることを言う。
今朝のまに今はひぬらむ夢ばかりぬると見えつる手まくらの袖
- 詠者
- 女
- 状況
- 翌朝、「今はどうか」と問う宮への返事。
修辞
- 掛詞
- 「ぬる」に「濡る」と「寝る」を掛ける。
夢ばかりなみだにぬると見つらめどほしぞかねつる手枕のそで
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 女の手枕の袖の歌への返事。
修辞
- 言葉の受け
- 女の「夢ばかり」「ぬる」「ひぬらむ」を受けて「ほしぞかねつる」と返す。
解説
宮が女の手習いの歌に一首ずつ答えるのは、手紙の形をとらない独白に、相手が一つ一つ応じてくれるという、贈答の理想のような場面である。宮が女の歌を深く理解できる人であることが、ここではっきりする。
一方、遠国へ下る恋人への歌を女に代作させる場面には、宮の無邪気さと身勝手さが見える。平安時代には歌の代作は珍しくなかったが、恋人に頼むのは異例である。女はそれを引き受けながら、書き添えた歌で宮の心をつかむ。宮が女を「歌の名手」として頼りにしていることもわかる。
「手枕の袖」の贈答はこのあと第9章まで続き、この日記の中心となる言葉になる。「時雨にも露にもあらで」の歌は、のちに『新古今和歌集』にも敦道親王の歌として採られた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(和泉式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、436–438頁(コマ230–231)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日