和泉式部日記 第1章
橘の花と初めての逢瀬
恋人の為尊親王を亡くして一年近く、四月の夕暮れに泣き暮らす女のもとへ、故宮の小舎人童が弟宮の帥宮(敦道親王)の橘の花を届ける。女の「かをる香に」の歌から宮との文通が始まり、宮は人目を忍んで女の家を訪れ、二人は一夜を過ごす。
- 1夢夢ゆめよりよりよりもももはかなきはかなきはかなき世世よののの中中なかををを歎歎なげききき侘侘わびびびつゝつゝつつあかしあかしあかしくらすくらすくらす程程ほどににに、、、はかなくはかなくはかなくててて四四し月月がつ十十とお日日かあまりあまりあまりにににもももなりなりなりぬれぬれぬればばばこのこのこの下下した暗暗くらがりがりがりもてもてもていくいくいく。。。
- 2はしはしはしのののかたかたかたををを眺眺ながむれむれむればばば、、、ついひぢついひぢついじののの上上うえののの草草くさののの靑靑あおやかやかやかなるなるなるももも人人ひとははは殊殊ことににに目目めとゞめとゞめとどめぬぬぬをををあはれあはれあわれにににながむるながむるながむる程程ほどににに、、、近近ちかきききのののもともともとににに人人ひとのののけはひけはひけわいのののすれすれすればばば誰誰たれにににかかかととと思思おもふふうほどほどほどににに、、、さしさしさし出出いでででたるたるたるををを見見みれれればばば故故こににに侍侍さぶらひひいしししこどねりこどねりこどねりなりなりなりけりけりけり。。。
- 3哀哀あわれれれににに物物ものををを思思おもふふうほどほどほどににに來來きたれたれたればばば、、、「「「などなどなどかかかいといといと久久ひさしうしうしゅう見見みえええざりざりざりつるつるつる。。。遠遠とおざかるざかるざかる昔昔むかしのののなごりなごりなごりにににはははととと思思おもふふうををを」」」などなどなどいはすれいはすれいわすればばば「「「そのそのその事事こととととさぶらはさぶらはさぶらわでででははは馴馴なれれれ馴馴なれれれしきしきしきやうやうようにににやややとととつゝましうつゝましうつつましゅうさぶらふさぶらふさぶらううちうちうちににに、、、日日ひごろごろごろ山山やまなななにににまかりまかりまかりありきありきありき侍侍はべりりりてててなむなむなん。。。
- 4いといといとたよりたよりたよりなくなくなくつれづれつれづれつれづれににに候候さぶらへへえしかしかしかばばば、、、御御おおんかはりかはりかわりににに見見み參參まいらせらせらせむむんとてとてとて、、、帥帥そちのののににになむなむなん參參まいりりりててて侍侍はべりりりししし」」」ととと語語かたれれればばば、、、「「「いといといとよきよきよきことことことにににこそこそこそあああなれなれなれ。。。そのそのその宮宮みやはははいといといとあてあてあてにににけぢかうけぢかうけぢこうおはしますおはしますおわしますなるなるなるははは、、、昔昔むかしのののやうやうようにににはははえええしもしもしもあらあらあらじじじ」」」などなどなどいへいへいえばばば
- 5「「「しかしかしかおはしませおはしませおわしませどどど、、、いといといとけぢかうけぢかうけぢこうおはしましおはしましおわしましててて參參まいるるるややや」」」ととと問問とはははせせせ給給たまふふう。。。「「「參參まいりりり侍侍はべりりり」」」ととと申申もうししし侍侍はべりりりつれつれつればばば「「「これこれこれ持持もててて參參まいりりりててていかゞいかゞいかが見見み給給たまふふうとてとてとて奉奉たてまつらせらせらせよよよ」」」とてとてとて橘橘たちばなののの花花はなををを取取とりりり出出いでででたれたれたればばば、、、「「「むかしむかしむかしののの人人ひとととといはいはいわれれれてててまゐりまゐりまいりなむなむなん。。。いかゞいかゞいかが聞聞きこえええさせさせさせむむん」」」ととといへいへいえばばば、、、
- 6ことばことばことばににに聞聞きこえええさせさせさせむむんもももかたはらかたはらかたわら痛痛いとうううててて、、、何何なにかかかはははあだあだしくあだあだしくあだあだしくももも聞聞きこえええさせさせさせ給給たまははわざるざるざるををを、、、はかなきはかなきはかなきことことこともももととと思思おもひひいててて、、、「「「かをるかをるかおる香香かににによそふるよそふるよそうるよりよりよりははは郭公郭公ほととぎす聞聞きかかかばやばやばやおなじおなじおなじ聲聲こえやややまさるまさるまさるととと」」」。。。
- 7さしさしさし出出いでででたりたりたり。。。まだまだまだはしはしはしにににおはしましおはしましおわしましけるけるける程程ほどににに、、、かのかのかの童童わらわかくれかくれかくれののの方方かたにににけしきばみけしきばみけしきばみありけありけありけばばば、、、かくれかくれかくれののの方方かたにににててて御御ご覽覽らんじじじつけつけつけててて「「「いかにいかにいかにぞぞぞ」」」ととと問問とはははせせせ給給たまふふうににに、、、御御おおん文文ふみをををさしさしさし出出いでででたれたれたればばば御御ご覽覽らんじじじててて、、、
- 8「「「おなじおなじおなじえええににに鳴鳴なきききつゝつゝつつをりをりおりししし郭公郭公ほととぎす聲聲こえはははかはらかはらかわらぬぬぬものものものととと知知しらららなむなむなん」」」。。。
- 9ととと書書かかかかせせせ給給たまひひいててて童童わらわににに賜賜たまははわすすすとてとてとて「「「斯斯かかるるる事事こと人人ひとにににいふいふいうななな。。。すきがましきすきがましきすきがましき事事ことのののやうやうようなりなりなり」」」とてとてとて入入いらららせせせ給給たまひひいぬぬぬ。。。もてもてもて行行いきききたれたれたればばばをかしをかしおかしととと見見みれれれどどど、、、常常つねにににはははとてとてとて御御おおん文文ふみははは聞聞きこえええずずず、、、給給たまははわせせせそめそめそめててて又又またののの日日ひ、、、「「「うちうちうちいでいでいでゞゞでもももありありありにににしししものものものをををなかなかなかなかなかなかににに苦苦くるしきしきしきまでまでまでももも歎歎なげくくく今日今日きょうかなかなかな」」」
- 10とととののの給給たまははわせせせたりたりたり。。。もともともとののの心心こころ深深ふかからからからぬぬぬ人人ひとののの、、、ならはならはならわぬぬぬつれづれつれづれつれづれのののわりなくわりなくわりなくおもほゆるおもほゆるおもおゆるににに、、、はかなきはかなきはかなき事事ことなれなれなれどどど目目めとまるとまるとまることことことなれなれなればばば御御おおん返返かえししし聞聞きこゆゆゆ、、、
- 11「「「けふけふきょうのののまままのののこゝろこゝろこころにににかへかへかへててて思思おもひひいやれやれやれながめながめながめつゝつゝつつのみのみのみすぐすすぐすすぐす月月つき日日ひををを」」」。。。
- 12かくかくかくしばしばしばしばしばしばのののたまはするたまはするたまわするににに、、、御御おおん返返かえしししもももときどきときどきときどき聞聞きこゆゆゆ。。。又又またつれづれつれづれつれづれととと少少すこししし慰慰なぐさむむむ心心こころちちちしししてててあるあるあるほどほどほどににに又又また御御おおん文文ふみありありあり。。。ことばことばことばなどなどなどこまやかこまやかこまやかにににててて、、、
- 13「「「かたらはかたらはかたらわゞゞば慰慰なぐさむむむかたかたかたもももありありありやややせせせむむんいふいふいうかひかひかいなくなくなくばばば思思おもははわざらざらざらなむなむなん。。。あはれあはれあわれなるなるなる御御おおん物物もの語語がたりももも聞聞きこえええばやばやばや。。。忍忍しのびびびてててくれくれくれにににはははいかゞいかゞいかが」」」とととののの給給たまははわせせせたれたれたればばば、、、
- 14「「「慰慰なぐさむむむととと聞聞きけけけばばばかたらかたらかたらまほしけれまほしけれまほしけれどどど身身みのののうきうきうき事事ことにににいふいふいうかひかひかいぞぞぞなきなきなき」」」。。。おひおひおいたるたるたるにににてててはははかひかひかいなくなくなくややや」」」ととと聞聞きこえええつくれつくれつくればばば、、、
- 15思思おもひひいかけかけかけぬぬぬににに忍忍しのびびびててていかいかいかむむんとととおぼしおぼしおぼしててて、、、晝晝ひるよりよりよりさるさるさる御御み心心こころちちちしししててて日日ひ頃頃ごろももも御御おおん文文ふみとりとりとりつぎつぎつぎててて奉奉たてまつるるる右右う近近こんのののなるなるなる人人ひと靜靜しずめめめててて忍忍しのびびびててて召召めしししててて、、、「「「物物ものへへへいかいかいかむむん」」」とととののの給給たまははわすれすれすればばば、、、さささなななめりめりめりととと思思おもひひいてててさぶらふさぶらふさぶらう。。。
- 16「「「あやしきあやしきあやしき車車くるまにににてててかくかくかくなむなむなん」」」ととといはいはいわせせせ給給たまへへえれれればばば、、、女女おんないといといとびなきびなきびなき心心ここ地地ちすれすれすれどどどなしなしなしととと聞聞きこゆゆゆべきべきべきにににもももあらあらあらずずず。。。晝晝ひるももも御御おおん返返かえししし聞聞きこえええさせさせさせつれつれつればばば、、、ありありありながらながらながらはははさながらさながらさながら返返かへししし奉奉たてまつらららむむんもももなさけなさけなさけなしなしなし。。。
- 17ものものものばかりばかりばかりははは聞聞きこえええさせさせさせむむんととと思思おもひひいててて、、、西西にしののの妻妻つま戶戶どにににさしさしさし出出いでででゝゝて入入いれれれ奉奉たてまつるるるににに、、、世世よののの人人ひとのののいへいへいえばばばにににやややあらあらあらむむん誠誠まことににになべてなべてなべてののの御御おおんさまさまさまにににはははあらあらあらずずずいといといとなまめかしなまめかしなまめかし。。。これこれこれももも心心こころづかひづかひづかいせせせられられられててて、、、ものものものなどなどなどきこゆるきこゆるきこゆるほどほどほどににに月月つきさしさしさし出出いでででぬぬぬ。。。いといといとあかしあかしあかし。。。
- 18「「「ふるめかしうふるめかしうふるめかしゅうおくおくおくまりまりまりたるたるたる身身みなれなれなればばばかゝるかゝるかかる所所ところなどなどなどにににははは居居いならはならはならわぬぬぬををを、、、いといといとはしたなきはしたなきはしたなき心心ここ地地ちもももするするするかなかなかな。。。そのそのそのおはするおはするおわする所所ところにににすゑすゑすえ給給たまへへえ。。。よもよもよもさきざきさきざきさきざき見見み給給たまふふうらむらむらん人人ひとのののやうやうようにににはははあらあらあらじじじ」」」とととののの給給たまへへえばばば、、、
- 19「「「あやしあやしあやし。。。今今こ宵宵よいのののみみみこそこそこそ聞聞きこえええさすさすさすなどなどなど思思おもひひい侍侍はべれれれ。。。さきざきさきざきさきざきはははいかでいかでいかでかかかははは」」」とととはかなきはかなきはかなき事事こと聞聞きこゆるゆるゆるほどほどほどににに、、、夜夜よもももやうやうやうやうようよう更更ふけけけぬぬぬ。。。かくかくかくてててあかしあかしあかしつつつべきべきべきにににやややとてとてとて、、、
- 20「「「はかはかはかもももなきなきなき夢夢ゆめをををだにだにだに見見みででであかしあかしあかしてててばばばなになになにをををかかか夏夏なつののの夜夜よがたりがたりがたりにににせせせむむん」」」
- 21とととののの給給たまへへえばばばかくかくかくなむなむなん、、、
- 22「「「よよよととと共共ともにににぬるぬるぬるとととははは袖袖そでををを思思おもふふうみみみももものどかのどかのどかににに夢夢ゆめををを見見みるるるよひよひよいぞぞぞなきなきなき。。。まいてまいてまいて」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。
- 23「「「かろがろしきかろがろしきかろがろしきありきありきありきなどなどなどすすすべきべきべきにににもももあらあらあらずずず。。。なさけなさけなさけなきなきなきやうやうようにににおぼすおぼすおぼすともともとも、、、誠誠まことににに物物もの悲悲がなしきしきしきまでまでまでこそこそこそおぼゆれおぼゆれおぼゆれ」」」とととののの給給たまひひいててて、、、やをらやをらやおらすべりすべりすべり入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 24いといといとわりなきわりなきわりなき心心ここ地地ちすれすれすれどどどいふいふいうかひかひかいなきなきなきににに事事ことどもどもどもをををいひいひいい契契ちぎりりりててて、、、明明あけけけぬれぬれぬればばば歸歸かえりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。「「「今今いまのののまままはははいかゞいかゞいかが怪怪あやしくしくしくこそこそこそ」」」とてとてとて、、、
- 25「「「戀戀こいととといへいへいえばばば世世よのののつねつねつねのののとととややや思思おもふふうらむらむらん今今け朝朝さののの心心こころはははたぐひたぐひたぐいだにだにだになしなしなし」」」。。。御御おおんかへしかへしかえし、、、
- 26「「「世世よののの常常つねのののことことことゝゝともももさらにさらにさらにおもほえおもほえおもおえずずずはじめはじめはじめててて物物ものををを思思おもふふう身身みなれなれなればばば」」」
- 27ととと聞聞きこえええてててももも猶猶なお怪怪あやしかりしかりしかりけるけるける身身みかなかなかな。。。
現代語訳
夢よりもはかない男女の仲を嘆き悲しみながら、明かし暮らしているうちに、むなしく四月十日過ぎにもなったので、木々の下陰もしだいに暗くなっていく。
端近くの方を眺めると、築地の上の草が青々としているのも、ほかの人は格別目もとめないのを、しみじみと眺めているところに、近くの透垣のもとに人の気配がするので、誰だろうと思っていると、顔を出したのを見れば、亡き宮にお仕えしていた小舎人童であった。
しみじみと物思いにふけっているところに来たので、「どうしてずいぶん長い間顔を見せなかったの。遠ざかってゆく昔の思い出のよすがとして(あなたを)思っているのに」などと(侍女に)言わせると、「これといった用もございませんでは、なれなれしいようではないかと遠慮しておりますうちに、このごろは山寺などに出歩いておりまして。
たいそう頼りなく所在なくおりましたので、亡き宮のお身代わりにお仕えしようと思って、帥宮さまのもとへ参っております」と語るので、「たいそう結構なことね。その宮さまはたいそう上品で、近寄りがたい方でいらっしゃるそうだから、昔(の故宮のころ)のようにはいかないでしょう」などと言うと、
「そのとおりでいらっしゃいますが、たいそう親しみやすくいらっしゃって、『(あの方のところへ)参るのか』とお尋ねになります。『参ります』と申し上げましたところ、『これを持って参って、どうご覧になるかと言って差し上げよ』とおっしゃって、橘の花をお取り出しになったので、(わたしが)『昔の人の』とつい口ずさまれて、それで参ったのです。どのようにお返事申し上げましょうか」と言うので、
言葉でお返事申し上げるのもきまりが悪くて、なに、(宮は)浮ついた方だという評判もお立ちにならないのだから、ちょっとした歌でもと思って、「橘の香りによそえて昔の人をしのぶよりは、ほととぎすの声を聞きたいものです。亡き方と同じ声かどうか、聞きくらべてみたいので」。
(と書いて)差し出した。(童が戻ると、宮は)まだ端近くにいらっしゃったところで、あの童が物陰で合図をする様子でうろうろしていたので、(宮は)物陰でお見つけになって「どうだった」とお尋ねになるので、お手紙を差し出すと、ご覧になって、
「同じ枝に鳴いていたほととぎすです。声は兄と変わらないものと知ってほしい」。
とお書きになって童にお与えになるとき、「こういうことを人に言うな。好色めいたことのようだ」とおっしゃって奥へお入りになった。(童が)持って行くと、(女は)趣深いとは思うけれど、いつもいつもはと思って、お返事は申し上げない。(宮は)一度お便りをし始めて、翌日、「思いを口に出さずにいればよかったものを、かえって苦しいほどに嘆く今日であることよ」
とおっしゃった。もともと思慮深くない人なので、慣れない所在なさがやりきれなく思われるときに、ちょっとしたことではあるけれど目にとまる歌なので、お返事を申し上げる。
「今日一日のあなたのお心の苦しさに比べて思いやってください。物思いにふけりながら過ごしているわたしの月日のつらさを」。
こうしてたびたびお便りをくださるので、お返事も時々申し上げる。また所在なさが少し慰められる気持ちがしていると、またお手紙がある。言葉などこまやかで、
「語り合ったら、慰められることもあるのではないでしょうか。話し相手にならないと言うのなら、思ってもくださらなくてよいのですが。しみじみとしたお話も申し上げたいものです。人目を忍んで夕暮れにはいかがですか」とおっしゃったので、
「慰められると聞くとお話ししたいけれど、わが身のつらさには話してもかいがありません。生い茂った葦(=言うかいのない身)なのですから」と申し上げると、
(宮は)思いがけない時に忍んで行こうとお思いになって、昼からそのおつもりで、日ごろもお手紙を取り次いで差し上げている右近の尉という人を、人を静めてこっそりお召しになって、「出かけよう」とおっしゃるので、(右近の尉は)そういうことだなと思ってお供をする。
「粗末な車で、こうして参りました」と取り次がせなさるので、女はたいそう具合の悪い気持ちがするけれど、いないと申し上げるわけにもいかない。昼もお返事を申し上げたので、家にいながらそのままお帰し申し上げるのも情けない。
お話だけは申し上げようと思って、西の妻戸に円座を差し出してお入れ申し上げると、世の人が噂するからだろうか、本当に並々のご様子ではなく、たいそう優美である。こちらも自然と気を遣わずにはいられなくて、お話などを申し上げているうちに、月が出た。たいそう明るい。
「古風で引きこもってばかりいる身なので、こういう所などに座り慣れていないから、たいそう落ち着かない気持ちがするなあ。あなたのいらっしゃる所に座らせてください。まさかこれまでお会いになった人のようではないでしょう」とおっしゃるので、
「妙なことを。今夜だけお話し申し上げると思っておりますのに。これまでなどということがどうしてありましょう」と、とりとめのないことを申し上げているうちに、夜もしだいに更けた。こうして夜を明かしてしまってよいものかと、
「はかない夢さえ見ないで夜を明かしてしまったら、何を夏の夜の語りぐさにしようか」
とおっしゃるので、このように、
「いつも涙に濡れて寝る袖だと思うので、この身はのどかに夢を見る夜とてありません。まして(今夜は)」と申し上げる。
「軽々しい外出などしてよい身分でもない。思いやりのない振る舞いだとお思いでも、本当に悲しくなるほどあなたが恋しく思われるのです」とおっしゃって、そっと(簾の内へ)すべり込んでおしまいになった。
たいそうどうしようもない気持ちがするけれど、どうにもならないので、あれこれ将来を約束し合って、夜が明けたのでお帰りになった。(宮から)「今の間はいかがですか。不思議なほど(恋しくて)」とあって、
「恋というと、世間並みのありふれたものと思うだろうか。今朝のわたしの心は比べるものもないほどなのに」。お返事に、
「世間並みのこととは決して思われません。初めて物思いをするわが身ですから」
と申し上げても、やはり不思議な身の上であることよ。
意訳
冒頭の「夢よりもはかなき世の中」は、亡き為尊親王との恋を指す。夢よりはかなかった恋の終わりを嘆き続けて、季節だけが移ってゆく。物語の幕は、喪失の悲しみの中で開く。
誰も目をとめない築地の草に目をとめるのは、女の心が沈んでいるからである。そこへ現れたのが、亡き宮に仕えていた小舎人童。過去と現在をつなぐ使者の登場である。
女は童に「昔のなごり」として来てほしかったと言う。童の返事は控えめだが、実は新しい主人のもとに移ったことを伝える前置きになっている。
童が仕え始めたのは、亡き宮の弟の帥宮。女は「近寄りがたい方だから昔のようにはいかない」と言うが、それは帥宮に関心がある裏返しでもある。
帥宮が童に持たせたのは橘の花。橘は『古今和歌集』の「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」で、亡き人をしのぶ花である。宮は「兄を思い出しませんか」と謎をかけ、女は思わずその歌の一句を口ずさんだ。
女の返歌は大胆である。昔の人をしのぶ香りよりも、今のあなたの声が聞きたい、亡き兄と同じ声かどうか確かめたい、と言う。弔いの花を、新しい恋の誘いに読み替えた。
童は宮が端近くで待ちかねていたところへ戻る。宮が返事を心待ちにしていたことがわかる。
宮の返歌は、兄と自分は同じ枝で鳴いたほととぎす、声も変わらないと応じる。兄の代わりとしてでもよいから近づきたい、という含みがある。
「人に言うな」と口止めしながらも、宮は翌日すぐ次の歌を送る。思いを打ち明けたことで、かえって恋の苦しさが増したと訴える。女は軽々しく見られまいと、すぐには返さない。
女は自分を「心深からぬ人」と卑下しながら、所在なさに負けて返事を書く。日記の語り手が女自身を三人称で語っていることが、この「人」という言い方に表れている。
一日の苦しさを嘆く宮に、わたしは月日を物思いで過ごしているのだと返す。悲しみの長さで宮の上をいき、恋の訴えをかわしている。
文のやりとりが重なり、女の所在なさは少しずつ慰められてゆく。
宮は「語り合えば慰めになる」と、直接会うことを持ちかける。
女は会いたい気持ちを認めつつ、自分の身は語るかいもないと言う。「生ひたる葦」は「言ふかひなし」を導く言葉で、謙遜しながら拒みきらない返事である。
宮はその返事を誘いと受けとめ、昼から心づもりをして、右近の尉だけを連れて忍んで出かける。身分の高い親王の忍び歩きであることがわかる。
昼に返事を出した以上、居留守は使えない。女は追い返すのも情けないと、迷いながら迎え入れる。
宮の姿は噂どおり優美で、女も気を張らずにはいられない。月が明るく出て、場面に華やぎが加わる。
宮は「もっと奥へ」と求め、ほかの男と同じに扱わないでほしいと言う。女の恋愛遍歴を知ったうえでの、冗談めかした口説きである。
女は「今夜だけ」と身をかわすが、夜は更けてゆく。
宮の歌は、夢も見ないまま夜を明かしたら夏の夜の語りぐさもない、と共寝を求める。「夢」は男女の契りをほのめかす。
女はまだ歌で応じる。
女の歌は、涙で濡れる袖のために夢を見る夜もない、と亡き宮への悲しみを言い、拒む。しかし「まして」と言いさして、今夜の心の揺れものぞかせている。
宮は身分の重さを口にしながら、それでも恋しさを抑えられないと言って、簾の内に入ってしまう。
女は困惑しながらも宮を受け入れ、行く末を約束し合う。翌朝さっそく後朝の文が届く。
宮は、今朝の恋心は世間並みのものではないと訴える。
女は、初めて物思いをする身だと応じる。為尊親王との恋も経た女が「初めて」と言うところに、この恋の特別さを言い表そうとする気持ちがある。
語り手は、そう言いながらも心が揺れる自分を「怪しかりける身」とふり返る。
語釈・文法注
- すいがい
- 透垣(すいがい)。竹や板を少し間をあけて組んだ垣。
- 故宮
- 亡き宮。冷泉天皇の第三皇子、為尊親王(977〜1002)。和泉式部の恋人で、長保四年(1002)六月に二十六歳で没した。
- こどねりわらは
- 小舎人童。貴人に仕えて雑用や使い走りをする少年。故宮に仕えていたこの童が、二人の文の使いとなる。
- 帥の宮
- 冷泉天皇の第四皇子、敦道親王(981〜1007)。大宰帥を兼ねたので帥宮と呼ばれる。為尊親王の同母弟。
- 「むかしの人の」
- 『古今和歌集』夏・読人しらず「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」の一句。橘の花を見て、女が思わず口ずさんだ。
- おひたる足
- 「生ひたる葦」。葦は「悪し」に通じ、「言ふかひなし」を導く。前の歌の結句を受けて、話し相手にもならない身だと卑下する言い方。底本は「足」と書く。
- 右近のぞう
- 右近衛府の尉(じょう)。宮の側近で、忍び歩きの供をし、文の取り次ぎもする。
- わらふだ
- 円座(わろうだ)。藁や菅を渦巻き状に編んだ丸い敷物。
文法
- 「日ごろ山なにまかりありき」
- 底本のまま。通行本文は「山寺にまかり歩き」。山寺などへ出歩いていたの意に解した。
- 「むかしの人のといはれてまゐりなむ」
- 底本のまま。「いはれて」は自発で、つい口に出て。通行本文は「『昔の人の』と言はれて」のあとに「さらば参りなむ」と続く。
- 「聞かばやおなじ聲やまさると」
- 底本は「まさる」の横に異本の字を小字で注記する。本文は底本の大字に従った。「ばや」は自己の願望の終助詞。
- 「ありけば」
- 底本のまま。「ありけ」は「歩き」の意で、物陰で合図しながら行き来していたので、と解した。
- 「思ふみものどかに」
- 底本のまま。「思ふ身も」の意。
- 「かくてあかしつべきにや」
- 「つ」は強意、「べき」は推量。このまま夜を明かしてしまってよいものか。
和歌
かをる香によそふるよりは郭公聞かばやおなじ聲やまさると
- 詠者
- 女(和泉式部)
- 状況
- 帥宮が小舎人童に持たせた橘の花への返事。「昔の人をしのびませんか」という宮の謎かけに応じた歌。
修辞
- 本歌
- 『古今和歌集』「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」をふまえる。
- 見立て
- 亡き為尊親王と帥宮を、同じ声で鳴くほととぎすに見立てる。
おなじえに鳴きつゝをりし郭公聲はかはらぬものと知らなむ
- 詠者
- 帥宮(敦道親王)
- 状況
- 女の歌への返事。兄と自分は同じ枝で育った兄弟だと応じた。
修辞
- 掛詞
- 「え」に「枝」と「縁」を掛ける。
- 見立て
- 兄弟をほととぎすに見立て、女の歌の比喩をそのまま受ける。
うちいでゞもありにしものをなかなかに苦しきまでも歎く今日かな
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 初めて歌を交わした翌日、宮から送った歌。
修辞
- 縁語
- 「うちいで(打ち出で)」はほととぎすが声を出すことにも通じ、前日の歌を受ける。
けふのまのこゝろにかへて思ひやれながめつゝのみすぐす月日を
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の「歎く今日かな」に答えた歌。
修辞
- 対比
- 宮の「今日」一日と、自分の「月日」を対比する。
- 掛詞
- 「ながめ」に「眺め(物思い)」と「長雨」をかけて、五月を前にした季節を感じさせる。
かたらはゞ慰むかたもありやせむいふかひなくば思はざらなむ
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 直接会って話したいと誘う歌。
修辞
- 語の響き
- 「かたらはゞ」「かた」「いふかひ」と、語らいに関わる語を重ねる。
慰むと聞けばかたらまほしけれど身のうき事にいふかひぞなき
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の誘いへの返事。会いたい気持ちを認めつつ身の上を嘆く。
修辞
- 言葉の受け
- 宮の「慰む」「いふかひなく」をそのまま受けて返す。
- 続く言葉
- 歌のあとに「生ひたる葦にては」と添え、「葦」から「言ふかひなし」を導く。
はかもなき夢をだに見であかしてばなにをか夏の夜がたりにせむ
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 初めて訪れた夜、更けてゆく中で共寝を求める歌。
修辞
- 縁語
- 「夢」「夜」「夜がたり」と夜にちなむ語を重ねる。
よと共にぬるとは袖を思ふみものどかに夢を見るよひぞなき
- 詠者
- 女
- 状況
- 宮の歌への返事。亡き宮を思って泣き濡れる身だと拒む。
修辞
- 掛詞
- 「ぬる」に「寝る」と「濡る」を掛ける。
- 言葉の受け
- 宮の「夢」を受けて、夢を見る宵もないと返す。
戀といへば世のつねのとや思ふらむ今朝の心はたぐひだになし
- 詠者
- 帥宮
- 状況
- 初めての逢瀬の翌朝に送った後朝の歌。
修辞
- 強調
- 「たぐひだになし」で、比べるものさえない恋心を強く言う。
世の常のことゝもさらにおもほえずはじめて物を思ふ身なれば
- 詠者
- 女
- 状況
- 後朝の歌への返事。
修辞
- 言葉の受け
- 宮の「世のつね」をそのまま受けて打ち消す。
解説
『和泉式部日記』は、長保五年(1003)四月から翌年正月まで、和泉式部と帥宮敦道親王の恋の経過を、百四十首あまりの贈答歌を中心に描く。女は自分を「女」と三人称で書き、宮の心中まで語る。このため物語のようでもあり、伝本によっては『和泉式部物語』とも題される。底本も題の下に「一本作物語」と小字で注記する。
和泉式部は、越前守大江雅致の娘。和泉守橘道貞と結婚して和泉式部と呼ばれ、娘の小式部内侍をもうけた。その後、為尊親王との恋が世の評判となり、親王の死後一年足らずで、この日記の恋が始まる。
冒頭の場面は、橘の花という古歌の約束ごとを使って、亡き兄宮の思い出と弟宮との新しい恋を重ねてみせる。贈答歌の一首ごとに言葉を受け渡しながら距離が縮まってゆくのが、この日記の読みどころである。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(和泉式部日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、419–422頁(コマ221–223)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日