伊勢物語 第16章(第87段〜第93段)
布引の滝
摂津の芦屋に住む男のもとに、衛府の次官たちが集まり、布引の滝を見に行って歌を詠み合う。帰り道の漁り火、浜に寄せられた海松布に添えた歌。続いて、月を愛でれば老いが積もると嘆く歌、身分違いの恋の歌、桜に託した明日への不安、行く春を惜しむ歌、棚なし小舟の歌などを読む。
- 1昔昔むかし、、、男男おとこ、、、津津つののの國國くにうばらうばらうばらののの郡郡こおりあしやあしやあしやののの里里さとにににしるしるしるよしよしよししししててていきいきいきててて住住すみみみけりけりけり。。。むかしむかしむかしののの歌歌うたににに、、、
- 2「「「蘆蘆あしののの屋屋やのののなだなだなだのののしほしほしおやきやきやきいとまいとまいとまなみなみなみつげつげつげののの小小お櫛櫛ぐしもももさゝさゝささずずずきききにににけりけりけり」」」
- 3とととよみよみよみけるけるけるはははこのこのこの里里さとをををよめよめよめるるるなりなりなりけりけりけり。。。こゝこゝここをををなむなむなん蘆蘆あし屋屋やのののなだなだなだとととはははいひいひいいけるけるける。。。このこのこの男男おとこ、、、なまなまなま宮宮みやづかへづかへづかえしししけれけれければばば、、、それそれそれをををたよりたよりたよりにににててて、、、のののすけすけすけどもどもども集集あつまりまりまりきききにににけりけりけり。。。このこのこの男男おとこのののももも衞府衞府えふのののかみかみかみなりなりなりけりけりけり。。。そのそのその家家いえののの前前まえののの海海うみのののほとりほとりほとりににに遊遊あそびびびありきありきありきててて「「「いざいざいざこのこのこの山山やまのののかみかみかみにににありありありととといふいふいう布布ぬの引引びきののの見見みにににのぼらのぼらのぼらむむん」」」ととといひいひいいてててのぼりのぼりのぼりててて見見みるるるににに、、、そのそのその瀧瀧たきものものものよりよりよりことことことなりなりなり。。。高高たかさささ二十丈二十丈にじゅうじょう廣廣ひろさささ五丈五丈ごじょうばかりばかりばかりなるなるなる石石いしのののおもておもておもてににに、、、しらしらしらぎぬぎぬぎぬにににいはいはいわををを包包つつめめめらららむむんやうやうようににになむなむなんありありありけるけるける。。。さるさるさる瀧瀧たきのののかみかみかみににに、、、わらわらわらのののおほきおほきおおきさささしししてててさしさしさし出出いでででたるたるたる石石いしありありあり。。。このこのこの石石いしのののうへうへうえににに走走はしりりりかゝるかゝるかかる水水みずははは、、、せうせうしょう、、、栗栗くりののの大大おおきさささにににてててこぼれこぼれこぼれ落落おつつつ。。。そこそこそこなるなるなる人人ひとににに、、、みなみなみな瀧瀧たきののの歌歌うたよまよまよますすす。。。かのかのかの衞府衞府えふのののかみかみかみまづまづまずよむよむよむ。。。
- 4「「「わわわががが世世よをををばばばけふけふきょうかかかあすあすあすかかかととと待待まつつつかひかひかいののの涙涙なみだのののたきたきたきととといづれいづれいずれたかたかたかけむけむけん」」」。。。
- 5あるじあるじあるじ次次つぎににによむよむよむ、、、
- 6「「「ぬきぬきぬきみだるみだるみだる人人ひとこそこそこそあるあるあるらしらしらししらしらしら玉玉たまのののまままなくなくなくももも散散ちるるるかかか袖袖そでのののせばきせばきせばきににに」」」
- 7とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、かたへかたへかたえののの人人ひと笑笑わらふふうことことことにににやややありありありけむけむけん、、、このこのこの歌歌うたにににめでゝめでゝめでて止止やみみみにににけりけりけり。。。かへりかへりかえりくるくるくる道道みち遠遠とおくくくててて、、、うせうせうせにににししし宮宮く內內ない卿卿きょうががが家家いえののの前前まえをををくるくるくるににに日日ひ暮暮くれれれぬぬぬ。。。やどりやどりやどりののの方方かたををを見見みやれやれやればばばあまあまあまのののいさりいさりいさり火火び多多おおくくく見見みゆるゆるゆるににに、、、かのかのかのあるじあるじあるじののの男男おとこよむよむよむ。。。
- 8「「「はるゝはるゝはるる夜夜よのののほしほしほしかかか川川かわ邊邊べののの螢螢ほたるかかかもももわわわがががすむすむすむかたかたかたのののあまあまあまのののたくたくたく火火ひかかか」」」
- 9とととよみよみよみててて家家いえにににかへりかへりかえりきききぬぬぬ。。。そのそのその夜夜よ南南みなみののの風風かぜ吹吹ふきききててて浪浪なみいといといとたかしたかしたかし。。。つとめてつとめてつとめてそのそのその家家いえのののめめめのののこここどもどもどもいでゝいでゝいでて、、、浮浮うきみるみるみるののの浪浪なみににによせよせよせられられられたるたるたるをををひろひひろひひろいててて家家いえののの內內うちにににもてもてもてきききぬぬぬ。。。女女おんながたがたがたよりよりよりそのそのそのみるみるみるをををたかたかたかつきつきつきににに盛盛もりりりててて、、、かしはかしはかしはをををおほひおほひおおいててていだしいだしいだしたりたりたり。。。そのそのその柏柏かしわにににかくかくかくかけかけかけりりり。。。
- 10「「「わたつわたつわたつ海海うみのののかざしかざしかざしにににさすさすさすととといはふいはふいわう藻藻もももも君君きみがががためためためにににははは惜惜おしまままざりざりざりけりけりけり」」」。。。
- 11田舍田舍いなか人人びとののの歌歌うたにににてててははは、、、あまれあまれあまれりりりやややたらたらたらずずずややや。。。
- 12むかしむかしむかし、、、いといといとわかきわかきわかきにににはははあらあらあらぬぬぬこれこれこれかれかれかれ友友ともたちたちたちどもどもども集集あつまりまりまりててて月月つきををを見見みてててそれそれそれがががなかなかなかにににひとりひとりひとり、、、「「「おほかたおほかたおおかたははは月月つきをををもももめでめでめでじじじこれこれこれぞぞぞこのこのこのつもれつもれつもればばば人人ひとののの老老おいとととなるなるなるものものもの」」」。。。
- 13昔昔むかし、、、賤賤いやしからしからしからぬぬぬ男男おとこ、、、我我われよりよりよりはははまさりまさりまさりたるたるたる人人ひとををを思思おもひひいかけかけかけててて年年とし經經へけるけるける。。。
- 14「「「人人ひとしれしれしれずずずわれわれわれ戀戀こひひい死死しなななばばばあぢきあぢきあじきなくなくなくいづれいづれいずれののの神神かみににになきなきなき名名なおほせおほせおおせむむん。。。」」」
- 15むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、つれなきつれなきつれなき人人ひとをををいかでいかでいかでととと思思おもひひいわたりわたりわたりけれけれければばば、、、あはれあはれあわれとととややや思思おもひひいけむけむけん、、、「「「さらさらさらばばば明日明日あす物物ものごしごしごしにににてててもももととといへいへいえりりりけるけるけるををを、、、かぎりかぎりかぎりなくなくなく嬉嬉うれしくしくしく、、、またまたまた疑疑うたがはしかりはしかりわしかりけれけれければばば、、、おもしろかりおもしろかりおもしろかりけるけるける櫻櫻さくらにににつけつけつけててて、、、
- 16「「「さくらさくらさくら花花ばなけふけふきょうこそこそこそかくかくかくははは匂匂におふふうともともともあなあなあなたのみたのみたのみがたがたがたあすあすあすののの夜夜よのののことことこと」」」
- 17ととといふいふいう心心こころばへばへばえもももあるあるあるべしべしべし。。。
- 18むかしむかしむかし、、、月月つき日日ひのののゆくゆくゆくをををさへさへさえなげくなげくなげく男男おとこ、、、やよひやよひやよいのののつごもりつごもりつごもりがたがたがたににに、、、
- 19「「「をしめをしめおしめどもどもども春春はるのののかぎりかぎりかぎりのののけふけふきょうののの日日ひののの夕夕ゆうぐれぐれぐれにににさへさへさえなりなりなりにににけるけるけるかなかなかな」」」。。。
- 20聞聞きききき知知しるるる人人ひともももなしなしなしややや。。。
- 21むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、戀戀こいしさしさしさににに來來きつゝつゝつつかへれかへれかえれどどど、、、女女おんなにににせうそこせうそこしょうそこをををだにだにだにえええせせせでででよめよめよめるるる、、、
- 22「「「あしあしあしべべべ漕漕こぐぐぐ棚棚たななしなしなし小小おぶねぶねぶねいくいくいくそそそたびたびたびゆきゆきゆきかへるかへるかえるらむらむらん知知しるるる人人ひともももなみなみなみ」」」。。。
- 23むかしむかしむかし、、、男男おとこ、、、身身みははは賤賤いやしくしくしくててていといといとににになきなきなき人人ひとををを想想おもひひいかけかけかけたりたりたりけりけりけり。。。少少すこしししももも賴賴たのみみみぬぬぬべきべきべきさまさまさまにににやややありありありけむけむけん、、、臥臥ふしししててておもひおもひおもい起起おきききててておもひおもひおもい、、、おもひおもひおもいわびわびわびてててよめよめよめるるる、、、
- 24「「「思思おもひひいはははすすすべしべしべしなぞへなぞへなぞえなくなくなくたかきたかきたかき賤賤いやしきしきしきくるしかりくるしかりくるしかりけりけりけり」」」。。。
- 25むかしむかしむかしもももかゝるかゝるかかることことことははは世世よのののことわりことわりことわりにににやややありありありけむけむけん。。。
現代語訳
〔第87段〕昔、ある男が、摂津の国菟原の郡、芦屋の里に領地がある縁で、そこへ行って住んでいた。昔の歌に、
「芦屋の灘で塩を焼く海人は、暇がないので、黄楊の小櫛も挿さずにやって来たことだ」
と詠んだのは、この里を詠んだのだった。ここを芦屋の灘といったのである。この男は、形ばかりの宮仕えをしていたので、それを頼りにして、衛府の次官たちが集まって来た。この男の兄も衛府の長官であった。その家の前の海のほとりを遊び歩いて、「さあ、この山の上にあるという布引の滝を見に登ろう」と言って、登って見ると、その滝はほかの滝とは違っていた。高さ二十丈、幅五丈ほどの岩の表面に、白絹で岩を包んだように流れていた。その滝の上に、円座ほどの大きさで突き出た岩がある。その岩の上に走りかかる水は、小柑子や栗ほどの大きさの粒となってこぼれ落ちる。そこにいた人々に、みな滝の歌を詠ませる。あの衛府の長官がまず詠む。
「私の世(出世の時)を、今日か明日かと待つかいもなく流す涙の滝と、この滝と、どちらが高いだろうか」。
主人が次に詠む、
「玉の緒を抜いて乱す人がいるらしい。白玉が絶え間なく散ってくることだ。受けとめる私の袖は狭いのに」
と詠んだので、そばの人々は笑うことにでもなったのだろうか、この歌に感心して、それきり詠むのをやめてしまった。帰り道は遠くて、亡くなった宮内卿もちよしの家の前を通るころに日が暮れた。泊まる家の方を見やると、海人の漁り火がたくさん見えるので、あの主人の男が詠む。
「晴れた夜の星か、川辺の螢か、それとも私の住むあたりの海人の焚く火なのか」
と詠んで、家に帰って来た。その夜、南風が吹いて波がたいそう高い。翌朝、その家の女の童たちが浜に出て、浮き海松が波に打ち寄せられたのを拾って家の中に持って来た。女主人の方から、その海松を高坏に盛って、柏の葉をかぶせて出した。その柏の葉にこう書いてあった。
「海の神が髪にさす飾りとして大切にしている海藻も、あなたのためには惜しまずに差し上げます」。
田舎の人の歌としては、出来すぎだろうか、それとも足りないだろうか。
〔第88段〕昔、それほど若くはない友人たちが集まって月を見て、その中の一人が、「おおよそ月をめでるのはやめよう。これこそが、積もり積もれば人の老いとなるものなのだから」。
〔第89段〕昔、身分の低くない男が、自分よりも身分の高い人を思い慕って年月を過ごした。
「人知れず私が恋い死にしたならば、つまらないことに、あの人はどの神のたたりだと、ありもしない評判を負わせるのだろうか。」
〔第90段〕昔、ある男が、つれない人をなんとかしてと思いつづけていたところ、女は気の毒に思ったのだろうか、「それでは、明日、物越しにでも」と言ったのを、男はこの上なくうれしく、またそれが本当かどうか疑わしくもあったので、美しく咲いた桜の枝につけて、
「桜の花は、今日こそこのように美しく咲いているけれど、ああ頼りにならない、明日の夜のことは」
という気持ちもあったのだろう。
〔第91段〕昔、月日の過ぎていくことまで嘆く男が、三月の末ごろに、
「惜しんでも、春の終わりの今日という日の、夕暮れにまでなってしまったことだ」。
この気持ちを分かってくれる人もいないことだ。
〔第92段〕昔、ある男が、恋しさのあまり女のもとへ来ては帰るけれど、女に手紙さえ出せずに詠んだ、
「芦辺を漕ぐ棚なし小舟のように、何度行ったり来たりするのだろう。知る人もいないので」。
〔第93段〕昔、ある男が、身分は低くて、この上なく高貴な人を思い慕っていた。少しは望みがありそうな様子だったのだろうか、寝ては思い、起きては思い、思いわびて詠んだ、
「恋は身のほどに応じてするべきだ。比べものにならないほど身分の高い人と低い人の恋は、苦しいものだったよ」。
昔も、このようなことは世の道理だったのだろうか。
意訳
〔第87段〕芦屋に住む男のもとへ、衛府の同僚や兄が訪れ、六甲山の布引の滝を見物する。兄は、出世を待ちわびて流す自分の涙の滝と比べ、男は、滝のしぶきを、誰かが玉の緒を抜いて散らした白玉に見立てる。帰り道の漁り火を星や螢にたとえる歌、翌朝の海松に添えた女主人の歌と、海辺の一日が歌でつづられる。都の宮仕えから離れた男たちの、のびやかで少しほろ苦い遊びの記録である。
〔第88〜91段〕月を愛でるたびに年が積もるという嘆き、身分違いの恋に死んだら神のたたりと噂されるだろうという歌、「明日物越しにでも」という約束を桜の花に託して疑う歌、春の最後の夕暮れを惜しむ歌。過ぎゆく時と、頼りにならない明日への不安が重なる。
〔第92・93段〕手紙さえ出せずに女の家の前を行き来する男を、芦辺の棚なし小舟にたとえる歌。身分違いの恋の苦しさから、恋は身のほどに応じてすべきだと悟る歌。語り手は「昔もこうしたことは世の道理だったのだろうか」と結ぶ。
語釈・文法注
- 衞府
- 宮中の警護にあたる役所(近衛府・衛門府・兵衛府)。「すけ」は次官、「かみ」は長官。
- このかみ
- 兄。ここでは業平の兄、在原行平とされる。
- 布引の瀧
- 摂津国の生田川上流にある滝(今の神戸市中央区)。布を垂らしたように見えることからの名。
- わらふた
- 藁蓋。藁で丸く編んだ敷物。円座。
- せうかうじ
- 小柑子。小さなみかん。
- もちよし
- 宮内卿であった人の名。誰を指すかは諸説ある。
- おふなおふな
- 語義未詳。「おほなおほな(身のほどに応じて)」の意とする説、「一途に」とする説などがある。
文法
- 「いとまなみ」
- 「なみ」は「無し」の語幹+「み」で、暇がないので。
- 「なま宮づかへ」
- 「なま」は中途半端な。形ばかりの宮仕え。
- 「包めらむやう」
- 包んだような様子。「らむ」は婉曲。
- 「いづれたかけむ」
- 「たかけむ」は「高からむ」の古い形。どちらが高いだろうか。
- 「あまれりやたらずや」
- 語り手の評。出来すぎか、足りないか。
- 「なき名おほせむ」
- ありもしない評判を負わせるだろう。底本は「おほせむ。」と句点のあとに鉤括弧を閉じる。
- 「さらば明日物ごしにても」
- 底本は「「さらば明日物ごしにても」の閉じ括弧を欠く。
- 「なみ」
- 「無し」の語幹+「み」で、いないので。
- 「なぞへなく」
- 比べようもなく。
和歌
蘆の屋のなだのしほやきいとまなみつげの小櫛もさゝずきにけり
- 詠者
- 昔の歌(よみ人しらず)
- 状況
- 芦屋の里を詠んだ古歌として引かれる。『万葉集』巻三の石川少郎の歌に似る。
修辞
- 掛詞
- 「つげ」に「黄楊(つげ)」と「告げ」を掛けるとする説がある。
わが世をばけふかあすかと待つかひの涙のたきといづれたかけむ
- 詠者
- 衛府の長官(男の兄)
- 状況
- 布引の滝を見に登って、まず詠んだ歌。『新古今和歌集』雑中に在原行平の歌として載る。
修辞
- 掛詞
- 「待つかひ」に「待つ甲斐」と「(滝の)峡(かひ)」を掛けるとする説がある。
- 比較
- 自分の涙の滝と布引の滝を比べ、不遇を嘆く。
ぬきみだる人こそあるらししら玉のまなくも散るか袖のせばきに
- 詠者
- あるじ(男)
- 状況
- 布引の滝のしぶきを見て詠んだ歌。『古今和歌集』雑上に在原業平の歌として載る。
修辞
- 見立て
- 滝のしぶきを、玉の緒を抜いて散らした白玉に見立てる。
はるゝ夜のほしか川邊の螢かもわがすむかたのあまのたく火か
- 詠者
- あるじ(男)
- 状況
- 布引の滝からの帰り道、海人の漁り火を見て詠んだ歌。『新古今和歌集』雑中に在原業平の歌として載る。
修辞
- 見立て
- 漁り火を、星か螢かと見まがう。
わたつ海のかざしにさすといはふ藻も君がためには惜まざりけり
- 詠者
- 女主人
- 状況
- 浜に打ち寄せられた海松を高坏に盛り、柏の葉に書いて出した歌。
修辞
- 擬人法
- 海の神が髪飾りにして大切にしている藻と見なす。
おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人の老となるもの
- 詠者
- 友人の一人
- 状況
- それほど若くはない友人たちと月を見て詠んだ歌。『古今和歌集』雑上に在原業平の歌として載る。
修辞
- 掛詞
- 「月」に天体の月と、暦の月日を重ねる。
人しれずわれ戀ひ死なばあぢきなくいづれの神になき名おほせむ
- 詠者
- 男
- 状況
- 自分より身分の高い人を思い慕って詠んだ歌。
修辞
- 推量
- 「む」で、自分の死後に立つ噂を思いやる。
さくら花けふこそかくは匂ふともあなたのみがたあすの夜のこと
- 詠者
- 男
- 状況
- 「明日物越しにでも」と言われ、うれしく思いながらも疑って、桜の枝につけて贈った歌。
修辞
- 寓意
- 散りやすい桜に、変わりやすい女の心を重ねる。
をしめども春のかぎりのけふの日の夕ぐれにさへなりにけるかな
- 詠者
- 男
- 状況
- 三月の末に、春の終わりを惜しんで詠んだ歌。『古今和歌集』春下に載る。
修辞
- 詠嘆
- 「けるかな」で、春の最後の夕暮れを迎えた感慨を表す。
あしべ漕ぐ棚なし小ぶねいくそたびゆきかへるらむ知る人もなみ
- 詠者
- 男
- 状況
- 恋しさに女の家まで来ては、手紙も出せずに帰って詠んだ歌。『古今和歌集』恋四によみ人しらずとして載る。
修辞
- 序詞
- 「あしべ漕ぐ棚なし小ぶね」が「ゆきかへる」を導く。
おふなおふな思ひはすべしなぞへなくたかき賤しきくるしかりけり
- 詠者
- 男
- 状況
- 身分の高い人を思いわびて詠んだ歌。
修辞
- 教訓
- 恋は身のほどに応じてすべきだと、自分の体験から言う。
解説
第87段の布引の滝は、今の神戸市の新神戸駅の裏手にある滝で、雄滝・雌滝などからなる。平安時代から歌枕として知られ、この段の兄弟の歌によって名高くなった。衛府の長官である兄は在原行平とされ、出世を待ちわびる行平と、それをからかうように明るく詠む業平の対比がおもしろい。
第88段の「おほかたは月をもめでじ」の歌は、『古今和歌集』に業平の歌として載る。月を見ることと月日が積もることを重ね、老いを嘆く歌で、のちに『源氏物語』宿木の巻などでも引かれる。
第89段から第93段は、身分違いの恋や、かなわぬ恋を詠む短い段が続く。とくに第93段の結び「むかしもかゝることは世のことわりにやありけむ」は、物語の「今」から「むかし」を振り返る語り手の姿勢をよく表している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、64–66頁(コマ36–37)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日