伊勢物語 第15章(第83段〜第86段)
小野の雪とさらぬ別れ
狩から帰る惟喬親王に引き留められる右馬頭、やがて出家した親王を雪の小野に訪ねて「夢かとぞ思ふ」と詠む別れ。長岡に住む老いた母からの「さらぬ別れ」の歌と、それに応える子の歌。出家した主君を正月に訪ねる男、若いころの恋人との行き違いまでを読む。
- 1昔昔むかし、、、水水み無無な瀨瀨せににに通通かよひひいたまひたまひたまいししし惟惟これ喬喬たかのののみこみこみこ、、、例例れいののの狩狩かりしししにににおはしますおはしますおわします。。。供供ともににに馬馬うまののの頭頭かみなるなるなるおきなおきなおきなつかうつかうつこうまつれまつれまつれりりり。。。日日ひごろごろごろ經經へててて宮宮みやにににかへりかへりかえり給給たもうううけりけりけり。。。御御おおんおくりおくりおくりしししてててとくとくとくいないないなむむんととと思思おもふふうににに、、、大大おおみきみきみきたまひたまひたまい祿祿ろくたまはたまはたまわむむんとてとてとて遣遣つかわさゞりさゞりさざりけりけりけり。。。このこのこの馬馬うまののの頭頭かみ心心こころもともともとながながながりりりててて、、、
- 2「「「枕枕まくらとてとてとて草草くさひきひきひきむすぶむすぶむすぶことことこともももせせせじじじあきあきあきののの夜夜よとととだにだにだにたのまたのまたのまれれれなくなくなくににに」」」
- 3とととよみよみよみけるけるける。。。時時ときはははやよひやよひやよいのののつごもりつごもりつごもりなりなりなりけりけりけり。。。みこみこみこ大殿籠大殿籠おおとのごもらららででであかしあかしあかし給給たまひひいてててけりけりけり。。。かくかくかくしししつつつつつつまうでまうでもうで仕仕つこうううまつりまつりまつりけるけるけるををを、、、思思おもひひいののの外外ほかににに御御みぐしぐしぐしおろさおろさおろさせせせ給給たまひひいてててけりけりけり。。。むつきむつきむつきにににをがみをがみおがみ奉奉たてまつらららむむんとてとてとて、、、小小をにににまうでまうでもうでたるたるたるににに、、、比比ひ叡叡えののの山山やまののの麓麓ふもとなれなれなればばば雪雪ゆきいといといとたかしたかしたかし。。。强强しひひいてててみむろみむろみむろにににまうでゝまうでゝもうでて拜拜おがみみみ奉奉たてまつるるるににに、、、つれづれつれづれつれづれととといといといと物物もの悲悲がなしくしくしくててておはしおはしおわしましましましけれけれければばば、、、やゝやゝやや久久ひさしくしくしく候候さぶらひひいててて、、、いにしへいにしへいにしえののの事事ことなどなどなど思思おもひひい出出いででできこえきこえきこえけりけりけり。。。さてさてさてもももさぶらひさぶらひさぶらいてててしがしがしがなななととと思思おもへへえどどど、、、おほやけおほやけおおやけごとごとごとゞもゞもどもありありありけれけれければばば、、、えええ候候さぶらははわででで夕夕ゆう暮暮ぐれにににかへるかへるかえるとてとてとて、、、
- 4「「「わすれわすれわすれてててははは夢夢ゆめかかかとととぞぞぞおもふおもふおもうおもひおもひおもいきききややや雪雪ゆきふみふみふみわけわけわけててて君君きみをををみみみむむんとととははは」」」
- 5とてとてとてなむなむなんなくなくなくなくなくなく來來きにににけるけるける。。。
- 6昔昔むかし、、、男男おとこありありありけりけりけり。。。身身みはははいやしいやしいやしながらながらながら、、、母母ははなむなむなんなりなりなりけるけるける。。。そのそのその母母はは長長なが岡岡おかととといふいふいう所所ところにににすみすみすみ給給たまひひいけりけりけり。。。子子こははは京京きょうににに宮宮みやづかへづかへづかえしししけれけれければばば、、、まうづまうづもうずとととしししけれけれけれどどど、、、しばしばしばしばしばしばえええまうでまうでもうでずずず。。。ひとりひとりひとり子子ごにににさへさへさえありありありけれけれければばば、、、いといといと悲悲かなしうしうしゅうししし給給たまひひいけりけりけり。。。さるさるさるにににしはすしはすしわすばかりばかりばかりににに、、、とみとみとみののの事事こととてとてとて御御おおん文文ふみありありあり。。。驚驚おどろきききててて見見みれれればばば、、、歌歌うたありありあり。。。
- 7「「「老老おいいいぬれぬれぬればばばさらさらさらぬぬぬのののありありありととといへいへいえばばばいよいよいよいよいよいよみまくみまくみまくほしきほしきほしき君君きみかなかなかな」」」
- 8とととなむなむなんありありありけるけるける。。。これこれこれををを見見みててて、、、うまうまうまにににももも乘乘のりりりあへあへあえずずず。。。まゐるまゐるまいるとてとてとてうちうちうち泣泣なきききててて、、、みちみちみちすがらすがらすがら思思おもひひいけるけるける、、、
- 9「「「世世よののの中中なかにににさらさらさらぬぬぬわかれわかれわかれのののなくなくなくもももがながながな千千ち代代よもももととといのるいのるいのる人人ひとののの子子このののためためため」」」。。。
- 10昔昔むかし、、、男男おとこありありありけりけりけり。。。わらはわらはわらわよりよりより仕仕つこうううまつりまつりまつりけるけるける君君きみ、、、御御みぐしぐしぐしおろしおろしおろし給給たもうううてててけりけりけり。。。むつきむつきむつきにににははは必必かならずずずまうでまうでもうでけりけりけり。。。おほやけおほやけおおやけののの宮宮みや仕仕づかえしししけれけれければばば常常つねにににはははえええまうでまうでもうでずずず。。。されどされどされどもともともとののの心心こころ失失うしなははわでででまうでまうでもうでけるけるけるににになむなむなんありありありけるけるける。。。昔昔むかし仕仕つこうううまつりまつりまつりししし人人ひと、、、俗俗ぞくなるなるなる、、、禪禪ぜん師師じなるなるなる、、、あまたあまたあまた參參まいりりり集集あつまりまりまりててて、、、むつきむつきむつきなれなれなればばば、、、ことことことだつだつだつとてとてとて大大おおみきみきみきたまひたまひたまいけりけりけり。。。雪雪ゆきこぼすこぼすこぼすがががごとごとごと降降ふりりりてててひねもすひねもすひねもすににに止止やまままずずず。。。みなみなみな人人ひと醉醉えひひいててて、、、雪雪ゆきににに降降ふりりりこめこめこめられられられたりたりたりととといふいふいうををを題題だいにににててて歌歌うたありありありけりけりけり。。。
- 11「「「おもへおもへおもえどもどもども身身みをををしししわけわけわけねねねばばばめめめかれかれかれせせせぬぬぬ雪雪ゆきのののつもるつもるつもるぞぞぞ我我わがががこゝろこゝろこころなるなるなる」」」
- 12とととよめよめよめりりりけれけれければばば、、、みこみこみこいといといといたういたういとうあはれあはれあわれがりがりがり給給たもうううててて、、、御御おおんぞぞぞ脫脫ぬぎぎぎてててたまへたまへたまえりりりけりけりけり。。。
- 13むかしむかしむかし、、、いといといとわかきわかきわかき男男おとこ、、、わかきわかきわかき女女おんなをををあひあひあいいへいへいえりりりけりけりけり。。。おのおのおのおのおのおの親親おやありありありけれけれければばば、、、つゝみつゝみつつみててていひいひいいさしさしさしててて止止やみみみにににけりけりけり。。。年年としごろごろごろへへへててて女女おんなのののもともともとににに、、、なほなほなおこゝろざしこゝろざしこころざしはたさはたさはたさむむんとととややや思思おもひひいけむけむけん、、、男男おとこ歌歌うたをををなむなむなんよみよみよみてててやれやれやれりりりけりけりけり。。。いかゞいかゞいかがおもひおもひおもいけむけむけん、、、
- 14「「「今今いままでまでまでにににわすれわすれわすれぬぬぬ人人ひとははは世世よにににもももあらあらあらじじじおのおのおのがががさまざまさまざまさまざま年年としのののへへへぬれぬれぬればばば」」」
- 15とてとてとて止止やみみみにににけりけりけり。。。男男おとこももも女女おんなももも、、、あひあひあいはなれはなれはなれぬぬぬ宮宮みや仕仕づかえににになむなむなんいでいでいでにににけるけるける。。。
現代語訳
〔第83段〕昔、水無瀬にお通いになっていた惟喬親王が、いつものように狩りにお出かけになる。お供に、右馬頭である翁がお仕えしていた。何日かたって、親王は京の御殿にお帰りになった。右馬頭はお送りして、早く帰ろうと思っていたが、親王は御酒をくださり、褒美をくださろうとして、帰してくださらなかった。この右馬頭は気がかりに思って、
「草を結んで枕にして旅寝をすることもいたしますまい。秋の夜長ならともかく、春の短い夜ですから、頼りにはできませんので」
と詠んだ。時は三月の末であった。親王はおやすみにならずに夜を明かしておしまいになった。このように参上してお仕えしていたが、思いがけず、親王はご出家なさってしまった。正月に拝謁しようとして、小野に参上したところ、比叡山のふもとなので、雪がたいそう高く積もっている。無理をしてご庵室に参上して拝謁すると、親王は所在なく、たいそうもの悲しいご様子でいらっしゃったので、しばらく長くお仕えして、昔のことなどを思い出してお話し申し上げた。そのままお仕えしていたいと思ったが、宮中の公務などもあったので、お仕えしていることができずに、夕暮れに帰るというので、
「ふと現実を忘れては、夢ではないかと思います。思ったでしょうか、こんなに深い雪を踏み分けて、わが君にお目にかかろうとは」
と詠んで、泣く泣く帰って来たのだった。
〔第84段〕昔、ある男がいた。身分は低かったが、母は皇女であった。その母は長岡という所に住んでいらっしゃった。子は京で宮仕えをしていたので、母のもとへ参上しようとしたけれど、たびたびは参上できなかった。そのうえ一人っ子であったので、母はたいそうかわいがっていらっしゃった。ところが、十二月ごろに、急ぎの用事だといってお手紙が来た。驚いて見ると、歌があった。
「年老いてしまったので、避けられない別れ(死別)があるというから、いよいよ会いたいと思うあなたです」
と書いてあった。これを見て、男は馬に乗るのもそこそこに、参上しようとして泣きながら、道すがら思った、
「世の中に避けられない死別などなければよいのに。千年も長生きしてほしいと祈る子のために」。
〔第85段〕昔、ある男がいた。子どものころからお仕えしていた主君が、ご出家なさってしまった。男は正月には必ず参上した。宮中の宮仕えをしていたので、ふだんは参上できない。けれども、もとの真心を失わずに参上していたのだった。昔お仕えしていた人々が、俗人も僧も、大勢参上して集まって、正月なので特別にといって、主君は御酒をくださった。雪がこぼすように降って一日中やまない。みな酔って、「雪に降りこめられた」ということを題にして歌を詠んだ。
「心ではいつもお仕えしたいと思っても、身を二つに分けることはできないので、離れずにいられるこの雪の降り積もるのが、私の心にかなうことです」
と詠んだので、親王はたいそう深く感じ入りなさって、お召し物を脱いでお与えになった。
〔第86段〕昔、たいそう若い男が、若い女と語らう仲になった。それぞれ親がいたので、遠慮して言いかけたまま終わってしまった。何年かたって、女のもとに、やはり昔の思いを遂げようと思ったのだろうか、男が歌を詠んで贈った。女はどう思ったのだろうか、
「今まで忘れずにいる人は、世の中にいないでしょう。互いに別々の道を歩んで、年月がたってしまったのですから」
と詠んで、それきりになってしまった。男も女も、あまり離れていない同じ宮中に宮仕えに出ていたのだった。
意訳
〔第83段〕狩りから帰った惟喬親王は、右馬頭を名残惜しんで帰さず、夜を明かす。やがて親王は思いがけず出家し、比叡山のふもとの小野に隠棲する。正月、深い雪を踏み分けて訪れた右馬頭は、昔を語り合ったのち、公務のために帰らねばならない。「夢かとぞ思ふ」の歌は、皇子として華やかに暮らした人の変わり果てた姿を前にした衝撃と、主従の深い情愛を伝えて、『伊勢物語』屈指の名歌とされる。
〔第84段〕長岡に住む老いた母から、急ぎの手紙が届く。「老いた身には避けられない別れがあるから、いっそうあなたに会いたい」。子は「そんな別れがこの世になければよいのに」と泣きながら馬を急がせる。親子の情愛を率直にうたった二首である。
〔第85・86段〕出家した主君を正月に訪ねる男は、雪に降りこめられて帰れないのが自分の心にかなう、と詠んで、主君から衣を賜る。若いころ親に遠慮して終わった恋の相手には、年月がたってから歌を贈るが、女は「今まで忘れずにいる人などいない」と返して、それきりになる。
語釈・文法注
- 小野
- 比叡山の西のふもと(今の京都市左京区大原付近)。惟喬親王が出家後に隠棲した地。
- 母なむみや
- 母は皇女であった。業平の母、伊都内親王(桓武天皇の皇女)を指すとされる。
- さらぬ別
- 避けられない別れ。死別。
文法
- 「遣さゞりけり」
- 「遣(つかは)す」は、帰らせる。帰してくださらなかった。
- 「たのまれなくに」
- 「れ」は可能。頼りにすることもできないのに。
- 「大殿籠らで」
- 「大殿籠る」は「寝」の尊敬語。おやすみにならずに。
- 「御ぐしおろさせ給ひてけり」
- 「御ぐしおろす」は髪を剃って出家する。
- 「さぶらひてしがな」
- 「てしがな」は願望。お仕えしていたいものだ。
- 「おもひきや」
- 「き」は過去、「や」は反語。思っただろうか、いや思いもしなかった。
- 「うまにも乘りあへず」
- 「あふ」は、…しきる。馬にもしっかり乗りきらないうちに、急いで。
- 「ことだつ」
- 特別に(改まって)する。
- 「身をしわけねば」
- 「し」は強意。身を二つに分けることはできないので。
和歌
枕とて草ひきむすぶこともせじあきの夜とだにたのまれなくに
- 詠者
- 右馬頭
- 状況
- 狩りから帰った惟喬親王に引き留められ、帰ろうとして詠んだ歌。
修辞
- 表現
- 「草ひきむすぶ」は草を結んで枕にする、旅寝をすること。
- 対比
- 長い秋の夜と、短い春の夜を対比して、泊まるわけにはいかないと言う。
わすれては夢かとぞおもふおもひきや雪ふみわけて君をみむとは
- 詠者
- 右馬頭
- 状況
- 出家した惟喬親王を、雪深い小野に訪ねて帰るときに詠んだ歌。『古今和歌集』雑下に在原業平の歌として載る。
修辞
- 倒置
- 「おもひきや…とは」で、驚きを強く表す。
- 反語
- 「おもひきや」で、思いもしなかったと言う。
老いぬればさらぬ別のありといへばいよいよみまくほしき君かな
- 詠者
- 男の母
- 状況
- 長岡に住む母が、京で宮仕えする一人息子に送った歌。『古今和歌集』雑上に業平の母、伊都内親王の歌として載る。
修辞
- 強調
- 「いよいよ」で、老いとともにつのる思いを表す。
世の中にさらぬわかれのなくもがな千代もといのる人の子のため
- 詠者
- 男
- 状況
- 母の歌を見て、馬を急がせながら詠んだ返歌。『古今和歌集』雑上に在原業平の歌として載る。
修辞
- 対応
- 母の「さらぬ別」をそのまま受けて返す。
おもへども身をしわけねばめかれせぬ雪のつもるぞ我がこゝろなる
- 詠者
- 男
- 状況
- 出家した主君のもとで、正月、雪に降りこめられたことを題に詠んだ歌。『古今和歌集』雑下に載る。
修辞
- 表現
- 「めかれせぬ」は目を離さない、そばを離れない。
今までにわすれぬ人は世にもあらじおのがさまざま年のへぬれば
- 詠者
- 女
- 状況
- 若いころの恋人から何年もたって歌を贈られ、返した歌。
修辞
- 表現
- 「おのがさまざま」は、互いに別々の境遇。
解説
惟喬親王は貞観十四年(872)に出家し、比叡山のふもとの小野に住んだ。第83段の「わすれては夢かとぞ思ふ」の歌は、『古今和歌集』の詞書にも「惟喬親王のもとにまかり通ひけるを、頭おろして小野といふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに」とある。のちに謡曲や物語で、時勢に取り残された皇子と、それを慕う人々の哀話として語りつがれた。
第84段の母子の贈答も『古今和歌集』に載り、業平の母、伊都内親王と業平の歌とされている。伊都内親王は桓武天皇の皇女で、長岡に住んだ。主人公が「身はいやしながら母なむ宮なりける」と語られるのは、業平が天皇の孫でありながら臣籍に降りた身の上を表している。
第85段の主君も惟喬親王と考えられ、第82段から第85段までは、親王をめぐる段が続いている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(伊勢物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、62–63頁(コマ35)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日